全て燃え尽きるまで
「展開せよ、我が業。遥かな天に至るため」
業術の詠唱を始める俺に対し、セシアリウスは余裕の表情だ。
ウケるぜ、戦ってて分かんねぇかな?
俺の問題はキミが弱すぎてキミを殺す火力が出せないだけで、戦闘能力自体は俺の方が遥かに上だってのに、余裕をぶっこきやがってさぁ。
ま、余裕をぶっこいてこっちの発動を待ってくれるなら、こっちも助かるんで良いんだけどさ。
「眼下の命の輝きに、天上の星は夢を見た。永き旅路が終わりを迎える」
業術の詠唱に関して俺は『顕現』と『駆動』は短縮できるが『展開』は短縮が無理だから時間がかかる。
どんなに修行しても短縮詠唱で発動しないんだもん。どうしようもねぇぜ。できる奴はいるから不可能じゃないと思うんだけどね。
「恐れも勇気も枯れ果てた。輝く世界はこの身を残して過ぎ去った」
詠唱に関しては意味があるとも言えるし無いとも言える。
結局は自分の感じたことを言葉に出しているだけだ。
業術は基本的に無詠唱は不可能。どんなに短くとも言葉に出さなきゃいけない。
言葉に出すことで世界に己の存在を浸透させる必要があるからだ。
「天に座する我が身は敗者の遺骸。この身が放つ光は栄華の残光」
段々と力が高まっていく。
おそらく、塔の外にいるマー君も俺が『展開』しようとしてるのに気づいているだろう。
俺に『展開』されたら困るから、発動の気配を感じた瞬間、俺を殺しにかかるだろうね。
でもまぁ、マー君は俺の守りを抜けないだろうし、ゼティに頼むかも。ゼティが周囲の被害を気にせずに剣を振るったら、この場所にいる俺を殺すことは可能だろうけど、ゼティに周囲の被害を考えないなんて真似は不可能だから、心配の必要はないね。
「故に我が身を光を越えて、人よ飛べ。空を貫き、閃光すらも追いぬいて、天き宙の果てを目指せ」
俺の高まっていく力に危険な気配を感じたのか、セシアリウスが余裕の表情を崩す。
セシアリウスは魔術で水の槍を生み出すと俺に向かって、それを撃ち出すが──
「輝くその身は遥かな恒星。己の全てを燃やし、無限の天を征く栄光の光」
発射のタイミングなんて分かってるんだから回避は簡単だ。
俺は詠唱を続けつつ、飛んできた水の槍を横に跳んで躱し、そして──
「展開──星よ耀け、全て燃え尽きるまで」
詠唱が完成する。その瞬間、俺を中心に周囲に放たれる深紅の光。
感覚的には魔導院をすっぽりと飲み込むくらいの範囲だろうか?
俺の放った光が呑み込んだ範囲全てが俺の『展開』の効果の及ぶ範囲。
この中にいる限り俺の業術の効果からは誰も逃れられない。
「……何をした?」
『展開』の範囲内は、深紅の光が火の粉ように宙を舞い散り漂う。
セシアリウスは辺りに舞う火の粉ような光を見て、警戒の表情を露にしている。
「そんなに心配そうな顔をするなよ。安心しろって、きっと楽しいことになるからさ」
嘘はついてないぜ?
たぶん、キミにとって楽しいことになるし、俺にとっても楽しいことになる。
ま、最初の内はだけどさ。
「……調子に乗るな」
セシアリウスが俺に掌を向けて魔力弾を放つ。
その放たれた速度が速すぎて俺はマトモに反応できずに直撃を受けて、吹き飛ばされると同時に着弾した魔力弾は俺の体をぶち抜いて、壁さえも貫いていった?
「──いってぇっな!」
腹に風穴が開き、口から血をぶちまけながら膝を突く俺。
対してセシアリウスは理解の外のことが起きたような顔で魔力弾を放った自分の手を呆然と見ていた。
「隙だらけだぜ!」
腹に穴が空いたくらいで俺が止まるわけはねぇ。
俺は立ち上がって駆け出し、セシアリウスに向かって突進する。
『展開』しても『駆動』の能力は継続している。俺は無限の内力で身体能力を極限まで強化し、セシアリウスへと近寄ろうとするが──
「……ふん」
動き出した瞬間、反応もできない速度で発動した水の魔術が俺の体を串刺しにする。
床から生えた水の槍が俺の体を貫き、それで俺は一回、死ぬ。
「──良いじゃねぇか!」
即座に再生して復活した俺はもう一度セシアリウスに近づこうと走り出そうとするが、足が前に出ない。
何が起こったかと思って足元を見ると、いつの間にか俺の足首に魔術によって生み出された水が縄のように絡まり、俺の動きを封じている。
俺は力任せにそれを引っ張ろうとするが、俺の力よりもセシアリウスの魔術の拘束の方が強く、俺は身動きが取れない。
「……なんだこれは?」
セシアリウスの困惑した声が聞こえ、そちらを見るとセシアリウスの周囲には無数の水球が浮かんでいた。直後、その水球から放たれた水の弾丸が俺の全身を蜂の巣のように撃ちぬいて、俺の命を一つ奪う。
「勝ってんのに不思議な顔をしてんなよ」
俺の死体が光の粒子となって散り、死んだ場所から僅かに離れた場所へ、光の粒子が集まると俺の体が再生し、俺は状況の理解に時間がかかってるセシアリウスに向かって話しかけた。
「……なるほど」
どうやらセシアリウスは状況に対する自分なりの答えを出したようだ。
良いね、順応性が高い奴は好きだよ。
俺は楽しい気分で、セシアリウスに向かって接近戦をしようと距離を詰めるために、踏み込む。
『展開』の発動前までは俺の方が能力的に上だったわけで、当然こうやって俺の全力の動きには反応できなかったのだが──
「……見えるぞ」
距離を詰めたと思った瞬間、セシアリウスが俺から距離を取っていた。
それは身体能力による回避じゃない。
いつの間にかフロアの床は水浸しになっていて、セシアリウスは青神の力か魔術によるものか、水の上を滑って高速移動し、近づく俺から距離を取ったようだ。
「良いね、戦い方も良くなってるぜ」
セシアリウスは水の上を滑るように移動しながら、俺に向かって水の槍を放ってくる。
その速さは見切れないほどの速さであり、俺は咄嗟に腕を盾のように構えて防御するが、水の槍は俺の防御を貫き、俺の体を撃ちぬく。流石に耐えきれずに俺は膝を突いた。
そうして跪いた俺に対してセシアリウスは──
「……どうやら、何らかの術を使ったようだが失敗したようだな」
失敗と言われ、俺は頭を上げセシアリウスを見ると、セシアリウスの体からは膨大な量の魔力が溢れ出している。量だけで言えば、俺の数十倍だ。なるほど、失敗ね。
「……見ろ! 力が溢れてくるぞ! 今までに感じたことのない力だ!」
セシアリウスの表情は最初に見た時とは打って変わって感情を露にし、喜びに満ち溢れている。
力を手に入れられたのが嬉しいようだね。
いやぁ、困った困った。超困るぜ。
「自分の力を増すつもりだったのだろう? それが私に力を与えることになるとはな!」
「喜んでくれて嬉しいぜ」
俺は立ち上がり、構えを取る。
お話をしてくれたおかげで、体力も回復したから問題なしだ。
「貴様が術で作り上げたこの空間は貴様の力を増すための物だろう? それが失敗し、逆に相手に力を与えることになっている。違うか?」
「随分と饒舌だねぇ。力が増して気分も上り調子かい?」
まるで酔っぱらってるようだぜ?
力に酔ってるってやつ?
まぁ、最初に見た時の冷めた感じよりは今の方が好きだから良いんだけどね。
「どうやら負け惜しみを言うのが精一杯のようだな。切り札の発動に失敗した以上、それしかできることが無いということか?」
「さぁ、どうだろうね?」
「まぁいい、失敗したとはいえ私にこれほどの力を与えてくれる術だ。その術に敬意を表して丁重に殺してやろう」
「そいつは嬉しいことこの上ないね」
強い敵と殺し殺され合いってのは最高だぜ。
それじゃあ、戦ろうか?
ところで、失敗、失敗というけれど、何をもって失敗と言うんだろうね?
俺は最高に楽しい状況だってのにさ。
「弱い奴が強くなって、俺と互角以上に戦れるとか最高だと思わねぇか?」
じゃあ、成功ってのは何なんだろうねって話さ。
ま、答え合わせは少し後にしようか、今はこの一瞬は楽しもうじゃないか!
一方その頃、塔の外では──
「クソクソクソ、クソすぎんぞ、クソが!」
アッシュの業術が『展開』された領域内でマークは絶望的な戦いを余儀なくされていた。
「ははは、力が溢れてくる! なんだこれは!」
マークが戦っている相手は賢者の側に着いた学院の教師。
本来であれば問題なく倒せる相手、しかしその相手にマークは苦戦を強いられていた。
「見ろ! 私が最強の魔術士だ!」
自信に満ち溢れた言葉と同時に放たれる火球。
マークはそれを防ごうと魔力で障壁を作り出すが、障壁はいともたやすく打ち砕かれ、火球はマークのすぐ横を通り過ぎて行った。
「冗談じゃねぇよ、まったく」
マークは即座に撤退を選択し、背を向けて走り去ろうとするが──
「何処へ行こうというのだ?」
教師は高速で転移魔術を発動し、マークの逃げようとした方向に回り込む。
息をするより早い魔術の発動だ。
すくなくとも、それだけで現時点でのマークよりも魔術の扱いに長けてるのが明らかに分かる。
「本当にクソだ……」
アスラカーズの『展開』ではいつもこうなる。
マークはウンザリした気分で呟くと覚悟を決めて、自分より上となってしまった魔術師に挑むのだった──
「はぁ……」
ゼルティウスは学院の校舎の中で剣を杖にして、それによりかかりながら、息を吐く。
辺りには気絶した学生や教師、衛兵が転がっているが、その中心に立つゼルティウスの負った傷は倒れている者たちよりも多い。
「セレシアは……」
他の使徒とは戦闘の最中にはぐれてしまっていた。
マークが無事なのは間違いないとしてセレシアはどうしたろうと思い、ゼルティウスは使徒の気配を探るが、セレシアの気配は近くに無い。
「『排出』されたか……」
ゼルティウスが自分の周りに倒れている意識を失った人々を見ると、すぐに人々の姿は光に包まれて、ゼルティウスの目の前から消え去った。
アスラカーズの『展開』の中では戦えなくなった者は指定された人物以外は放り出される。セレシアも同じように意識を失い、戦闘能力を失ったから放り出されたのだろうとゼルティウスは推測する。
「あの……」
ゼルティウスのそばには隠れていた学生たちがいた。
戦いを煽る賢者派に従わずに戦いを避けていた学生だ。
その学生達が傷を負ったゼルティウスに心配そうに近づく。
「俺は大丈夫だ。君たちは隠れてろ」
それと自分の身を守るためであっても絶対に戦おうと思うな。
ゼルティウスはそれを伝えようと思ったが、伝えるより早く新たな敵がゼルティウスの前に現れる。
「見つけたぁ!」
新たな敵は学院の学生だ。
その学生はゼルティウスの姿を見つけるなり、躊躇なく魔術を放つ。
その速度はこの世界でのマークに匹敵する速度であり、威力に関してはマークを上回る。
放たれた魔術は火球であったが、ゼルティウスは防ぎ切れずにそれをマトモに食らって吹き飛び、校舎の外に飛び出した。だが──
「え、え?」
ゼルティウスの近くにいた学生は全くの無傷だった。
火球が放たれた瞬間、戦う意思を持ってなかった学生の体は深紅の光に覆われ、魔術による影響を完全に防いでいた。そして──
「この辺りにはもう誰もいないな。他の奴を探さなきゃ」
ゼルティウスに魔術を放った学生は深紅の光に覆われた戦いを避けた学生の存在など目に入らずその場を後にした。
「……『戦う意思の無い者は守られる』、『戦えなくなった者は除かれる』。ただし、自分と使徒以外は除く」
ゼルティウスは校舎の中から外へと吹き飛ばされ、学院の中庭に落ちていた。
「セレシアは初体験だったから、その原則から逃れることができたが、俺達は……」
「ゼティ!」
マークがゼルティウスのもとへと走りながら声をあげる。
マークも中庭に逃げてきたようで、その様子はゼルティウスと同じくらいボロボロであった。
「大変そうだな」
「『展開』されるといつもこうだぜ」
味方が現れたことで使徒の二人はホッと息を吐く。
「セレシアは?」
「もういない。おそらく『排出』された」
「クソ、初回の奴は良いよなぁ。途中で逃げられて」
マークが最後に見たセレシアはただの衛兵の剣に困惑し、防ぎ切れずに吹っ飛ばされていた。
おそらく、その流れのまま何回も死に、『展開』された領域から追い出されたんだろうとマークは推測する。
「危険な奴はいたか?」
ゼルティウスの問いにマークは学院の教師ともう一人の事を思い出す。
「二人いた」
「こちらは一人だ」
ゼルティウスは先程、自分を圧倒した学生の姿を思い出す。
「毎度、死にたくなるよ。一般人に殺されかけるとな」
「仕方ないだろう。それが奴の業術なんだからな」
ウンザリした顔のマークをゼルティウスが窘めるが、そのゼルティウスの顔も相当なものだった。
しかし、そんな顔をしてられるのも、その場限りで──
「見つけたぁ!」
中庭にゼルティウスを吹き飛ばした学生が姿を現す。
その学生の魔力の量はマークを遥かに上回っていた。
しかし、マークもゼルティウスもそれを驚かずに受け入れる。
この『展開』の中では、それが起きるのが当然だからだ。
「邪魔だ」
直後、ゼルティウスを追った学生を虫を払うように薙ぎ倒し学院の教師が現れる。
だが、その教師も次の瞬間には突風のように現れた学生に胸を剣で貫かれ、倒れ伏す。
「……あれが二人目か?」
「いや、知らない顔だ」
二人を追って中庭に姿を現した学生と教師は一瞬で倒れ、残っているのは剣を持った学生。
そこにマークを追った衛兵が姿を現すが、現した瞬間、剣を持った学生にみじん切りに刻まれた。
「いま、死んだのが俺が会ったヤバい奴な」
マークは一応、伝えておく。
死んだと言っても、この領域内では追い出されるだけだから心配する必要はない。
もっとも、ゼルティウスとマークは別のことを心配する必要があったが──
「……かなり厳しいな」
「……だよな」
ゼルティウスとマークが向かい合うのは剣を持った学生。
「……才能が目覚めるのは条件が要ると奴は言ってたよな」
「この『展開』された領域の中でなければ目覚めないのを『才能』と言って良いのか疑問だがな」
ゼルティウスは剣を持った学生を見てマークに忠告する。
「気をつけろ。あの学生は俺より才能があるぞ──」
マークに声をかけた瞬間、ゼルティウスの視界の中にいた学生の姿が掻き消え、直後にマークが斬られ、血を噴き出して膝を突く。
「チィッ」
ゼルティウスは咄嗟に剣を振るい、自分の首筋を狙って放たれた剣を受け止める。
そして鍔迫り合いになり、ゼルティウスの眼前に剣をもった学生の顔。
「どんどん力が溢れてくる!」
学生は力だけでゼルティウスを押し飛ばした。
距離が開き、学生は手に持った剣を素振りするように振り回す。
「凄いな。剣は初めて持ったけど、こんなに良いものだったなんて」
その発言に対してゼルティウスは特に驚きを示さない。
この『展開』の中ではそういうことが良くあるからだ。
「今だけのものだ。存分に楽しむといい」
負け惜しみでもなくゼルティウスは淡々と言う。
強くはなったが、所詮その力はまやかしなのだから、慌てる必要はない。
「まだ対処可能だ」
「……だよなぁ」
マークの傷は再生されゼルティウスの隣に立つ。
その表情は強張ってはいるものの怯えは無く、どこかしら余裕を感じさせるものだった。
「この『展開』の中にいる者は強くなる……だったか?」
「正確には『潜在能力の解放。内力の強化、身体能力の強化、闘争本能の強化。倒した相手の力の一部を得る』だな」
「何を言っている」
学生が剣を構え、突進する。
その動きに合わせ、ゼルティウスがマークをかばうように学生を迎え撃ち剣を振る。
「確かに剣の才能はある。だが、それはこの空間が与える補正を受けてようやく目覚めるような才能というだけだ」
学生はゼルティウスの剣を軽々と受け止め、即座に斬り返し反撃をするが、既にゼルティウスは後ろに飛び退き、剣の間合いから遠ざかっていた。
「……こっちはそういう補正無しにテメェらみたいに借り物の力でイキる連中を相手しなきゃならねぇんだよ、クソ学生。分かるか、この大変さが?」
『展開』の中にいる間、敵はひたすらに強くなり、その中には剣でゼルティウスを上回る者、魔術でマークを上回る者も出てくる。
「それがアスラカーズの業術だ。テメェに文句を言ったってしょうがねぇんだけどさ、でもテメェは粋がりすぎだ」
剣を持った学生の方はマークの言っていることは理解できない。
頭の中には戦いを求める欲求しかなかったからだ。
そして相手を倒せばより強い力が手に入るという力への欲求。それが戦うこと以外の思考を奪っていた。
この学生とて数十分前までは、戦いを厭い殺し合いを忌避する思考を持っていた。しかし、アスラカーズの『展開』の中で、その思考は失われ、今はただ戦いを求める修羅となっていた。
「時間切れまで遊んでやるよ──ゼティ!」
マークが声をかけると同時にゼルティウスが学生に向かって一気に距離を詰め斬りかかる。
その速度は神速と言って良いが、今日、初めて剣を握った学生は辛うじて受け止めて見せる。
「喜べ、それだけ強ければ、手加減をしない俺の剣を見られるぞ」
使徒には自分より弱い相手には相応の手加減をしなければいけない呪いがアスラカーズからかけられている。では、この『展開』の中で力を得て強くなった以上、そんな相手に手加減をする必要はあるのだろうか? その答えはすぐに明らかになる。
「……こっちは大変な思いをしてるのに、そっちは楽しい思いをしてんだろうな、ホントにクソだぜ」
マークは視線を塔に向け呟き、その視界の端でゼルティウスが学生を斬り捨てていた──
「──どうした! 来いよ! もっと気合いを入れろ!」
俺は放たれる無数の水の矢を拳で叩き落とす。
業術によって発する俺の熱は床石を溶かすほどにも高まっているが、飛んでくる水の矢は魔術で作りだされているので、蒸発せず俺の体に突き刺さる。
「はははははは!」
全身を撃ちぬかれても俺は最高に楽しい気分で突進しセシアリウスの懐に飛び込むと、その頭を拳でぶん殴り粉砕する。飛び散る鮮血、その鮮血が宙に留まり直後に血の針になって俺の全身を刺し貫く。
「ははっはあはは!」
飛び散った頭が逆再生で戻りながらセシアリウスは高らかに笑う。
「なんだこれは! 力が際限なく溢れてくる! 素晴らしいぞ!」
喜びを口に出しながら放つ水の魔術。
俺の周りに水球──ではなく可燃性のある液体を浮かべ、それを着火させ爆発を起こす。
「良いじゃん、良いじゃん! 乗ってるねぇ!」
上半身の半分が吹き飛び、俺の内臓が飛び散る。
幸い腸は残っていたので、俺は自分の腸を引きずり出し、セシアリウスに近づくと自分の腸でセシアリウスの首を絞め落として殺す。
「腸だけに超苦しい──」
言っている最中に復活したセシアリウスの魔術で頭を吹っ飛ばされて俺は死ぬ。
「この力だ! この力があれば私は──!」
発動も見えない速度で水の槍が俺の体をぶち抜く。
速度が速すぎて撃った瞬間に蒸発するが、どういう原理か水プラズマ溶射と同様の効果で俺の体を最大温度30000度の火となって俺の体を溶かし貫いた。
「私の求めていた力が遂に私の手に! もう煩わしいものはいらない! この力ならば全てが私だけで完結する!」
そいつは喜ばしいね。
喜びついでに俺の喧嘩に付き合ってくれませんかねぇ!
「プロミネンス・アロゥ!」
上半身が消し飛んだ俺は再生と同時に指先に内力を集める。
そして指先に集められ、深紅の色を帯びた内力をダーツの要領でセシアリウスに投げつけた。
防御しようと魔術の障壁を作り出すが俺の投げつけた深紅の矢はそれを容易く貫き、セシアリウスに直撃すると、その体を一瞬で蒸発させる。
「貴様には感謝してやる! 失敗したとはいえ私にこれほどの力を与えてくれた術は褒める他ないだろう!」
蒸発したセシアリウスの体が一瞬で元通りになる。
俺はセシアリウスに接近し、殴り合いを挑もうとするとセシアリウスは逃げることもせずに俺と殴り合った。膨大な魔力によって強化されたセシアリウスの拳が異常な速さで俺のガードを貫き、その衝撃で俺の上半身が弾け飛ぶが、即座に修復され反撃の拳をセシアリウスの顔面に叩き込んだ。
「まだだ!」
セシアリウスは膨大な魔力で俺の拳を耐えると俺の頭を殴り返す。
魔術士だった筈なのに良い拳だぜ。きっと、こっちの方が向いていたんじゃないかねぇ!
「プロミネンス・ブロゥ!」
深紅の内力を纏わせた拳を俺は放つ。
セシアリウスは咄嗟にガードをするが、その構えは堂に入ったものだった。
格闘技をちゃんとやってたら俺も敵わない才能だったかもね。でも、そんな『もしも』はありえない。
俺の拳を受けたセシアリウスの上半身が蒸発するが、セシアリウスの体は一瞬で再生し、セシアリウスは俺の肩を掴むと頭突きをして、俺の鼻をへし折ると、衝撃で仰け反った俺のこめかみにハイキックで爪先を叩き込んだ。
たまらず崩れ落ちる俺。そしてセシアリウスは──
「どうだ! 私の勝ちだ! はははははは!」
声をあげながらセシアリウスは膝を突いた俺に近づき、俺の襟首を掴むと拳を振り合げ追撃を放つ。だが、その拳の衝撃は俺には届かない。
「なんだこれは……」
俺を殴りつけたはずのセシアリウスの拳の方が逆に砕ける。
それだけではなくセシアリウスの全身がひび割れ砂のように崩れ出す。
セシアリウスは何が起きたか分からずに、俺から飛び退き、距離をとって様子を見ようとする。
そろそろ良い頃だろうか? 良い頃だよな。楽しい夢から覚める時だ。
「俺の業術は失敗してないってことだよ」
崩れ始めた自分の腕を見ているセシアリウスに対し、俺は距離を詰めてその顔面を殴りつける。
俺の方は絶好調。ついさっきも、セシアリウスが弱すぎて使えない『プロミネンス』の技も使えてたくらいだしな。
「俺の術はその範囲内にいる俺以外の全てヒトをどこまでも強くする。単純に言えば、それだけだ」
俺らしくて良いだろ?
俺は俺より強い奴と戦いたいんだから、自分じゃなくて自分以外の奴を強くするのは当然じゃないか?
まぁ、そうして強くなった奴相手には俺も手加減をする必要が無くなるんだから、俺も強くなるんだけどね。強くなったセシアリウス相手には『プロミネンス』なんたらって俺の必殺技も撃つ条件が満たされるんで、結果的には俺も強くなってるんだけどさ。
要するに俺の『展開』は俺より弱い奴を強くして、俺が気を遣わずに全力でぶちのめすために使う術なわけなんだが、俺の意図に反して、それだけでは済まない効果もあるんだよね。
「キミの強さは今では本来の数十倍に達しているんだが、当然そんな力にキミの体は耐えられないわけで、崩壊するよね」
セシアリウスの体が砂のように崩れ出す。
でも、俺はそういう幕引きは好まないわけで──
「他の誰かを倒せば、そいつから力を奪い延命できるように俺の『展開』は出来ている」
だから、俺の『展開』の中にいる奴らは敵味方の区別なく自分の命を守るために殺し合う。
俺の業術で能力が強化されてるから、どんなに察しが悪い奴でもそれが最適解だと直感してくれるんで、放っておいても殺し合い、力を奪い合う。
そうして力を奪いあった結果、最強になった奴が俺の前に立ちはだかり、俺は最強の敵と戦えるという、俺にとって都合の良い仕組みだ。
まぁ、今の状況だと力を奪い合って最強に至る相手は学院の方にいるだろうから、俺が戦うことはできないんだけどね。きっと、ゼティやマークが急に才能に目覚めた奴を相手にしてるんだろうね。
「残念だね。周りにヒトがいないキミは延命できないぜ。それはつまり、キミが崩れ去るより先に、俺をぶち殺して業術を停止させるというチキンレースをするしかないわけだが──」
俺が言い終わるより早くセシアリウスが動き出し、俺に殴りかかってくるが、俺はその拳を受け流しつつ返す刀でセシアリウスの顔面を拳で撃ちぬいた。
「なんで魔術を使わなかったのかな?」
ほんの少し前からキミは俺を殴ってばかりな気がしないだろうか?
「ここぞってところでキミは魔術を使わないってことはどういうことなんだろうか? なんで即座に打撃をしてきた?」
俺の拳の直撃を受けたと思いきやセシアリウスは首を振ってその衝撃を軽減し、速やかに打撃で反撃に移る。その拳は俺の『展開』によって強化されてるとはいえ、鋭く重く、セシアリウスが研鑽を積んできた筈の魔術よりも驚異的な威力だった。
「俺の作りだしたこの空間の中でキミは気付いてしまったんじゃないかな?」
「黙れぇ!」
セシアリウスの魔力が更に増大する。
量だけで言ったら、今の俺なんかとは比べ物にならない量だが──
「必死な態度を見せつつも、使うのは魔術ではなく拳なんだね」
放たれた拳を躱して俺は逆にセシアリウスの顎を撃つ。
「俺の『展開』はその領域内にいるヒトの能力を高め、本来目覚める筈のない才能を否が応でも引き出す」
それによって剣を持ったことも無い奴でも剣を持った瞬間に達人になったりする。
もしかしたら、そういう奴とゼティやマー君が戦ってるかも。そういうルールを分かってないと俺の『展開』の中で使徒は生き残りづらいんだよね。
「キミは拳を選んでいる。それはキミの本能が、キミが大事にしていた魔術よりも、キミがこの領域内で才能に目覚めた拳の方が有望だと判断した結果だと思わないかい?」
「黙れぇ!」
俺の言葉に反抗するようにセシアリウスは水の魔術を撃つが、悲しいことにその精度は先程の拳に全く及ばない。
俺が強くなったセシアリウスに合わせて強くなってるにしても容易く防げたことから、どうやらセシアリウスの魔術の才能は底を打ったようだ。才能を引き出すはずの俺の業術によっても、向上が望めないということはそういうことだ。
「自分でも気づいたんじゃないかな?」
セシアリウスは狂ったように魔術を放ってくるが危険な感じはしない。
さっきは見切れなかったが、それは俺の能力が制限されていたからで、セシアリウスの戦闘能力が向上し、俺の能力の制限も解除された今では問題なく見切れる──というか、当たっても、そもそも通らないだろうけどさ。
「まぁ、頑張ってるとは思うよ。でもなぁ……」
俺はセシアリウスが乱射してくる魔術を躱し、手で弾いてセシアリウスに近づく。するとセシアリウスは咄嗟の反応で俺に向かって拳を放ち、俺はそれに反応しきれず直撃を受けてたたらを踏む。
「悲しいことにキミの才能は魔術ではなかったようだね」
殴り合いの方に才能があったんだと思うよ。もっとも、それだって俺には及ばないけどね。
いま、俺を殴った時点で気付いたんじゃないだろうか、いろんなことにさ。
「全てを捧げて尽くしてきたものに裏切られた気分はどんな気分だい? 自分で他に才能があるものに気づかされた気分は? 今までの自分が費やしてきた全てに対して詫びる気持ちは?」
俺は訊ねながら拳を構え誘うように突き出すと、セシアリウスは魔術を使わずに本能のような動きでそれを防いで見せた。その際に見せるセシアリウスの苦しげな顔。可哀想だと思うと同時に見応えがあると感じるのは性格が悪いかな?
「キミの生きてきた人生は何だったんだろうね?」
至近距離で跳ね上げた俺のハイキックをセシアリウスは腕を上げて防ぐ。
「自分は特別と思って研究してきたことについて、実は自分は特別でもなんでもなく才能がなかったのはどんな気分だい?」
蹴りを防がれた俺は即座に拳を放つが、その拳もセシアリウスは見切っていたかのように防ぐ。
俺の『展開』で潜在能力を引き出されているとはいえ、見事な動きだ。もっとも、そのことを喜ぶかどうかは分かんねぇけどさ。
「ほら、防御に魔術を使わない。恥ずかしいとは思わないのかな?」
魔術を極めた賢者様なんだよね? それが体術で攻撃を防ぐとかどうなの?
俺の問いに対するセシアリウスの反応は魔術の障壁による防御だったが──
「プロミネンス・クロゥ」
俺は貫手の構えで深紅の内力を帯びた突き出しセシアリウスの防御を突き破り、その心臓を抉る。
「情けないゴミだな」
ちょっと意地悪かな。でも、コイツは数えきれない人間の人生を台無しにしてきたわけだから、そんなに加減をする必要も無いか。
「いやぁ、ご立派ご立派! 色んな人を踏みつけにしてきてキミが極めようとしてきた魔術に関してキミは才能が無いって気づいたのに、それに尽くそうとか、忠誠心が素晴らしくて涙が出るぜ」
ヨヨヨと泣き崩れるふりをする俺に対して、再生したセシアリウスが即座に距離を詰めて殴りかかる。
ホント、殴り合いだけの練習をしてたら俺も舌を巻く才能だったんだろうけどね。
「でも、悲しいことに俺には及ばない」
俺は殴りかかってきたセシアリウスの拳を躱しながら、相手の顎先を拳で撃ちぬいた。
脳を揺らされたセシアリウスは立っていられずに、崩れ落ちるように膝を突く。
「罪悪感はわかないかい? 自分が他人を踏みつけにしても許されると思ったのは自分が才能があると思ったから。しかし、その自信を持っていた才能ってのは結局、誰かのちょっとした術によって覆されるものだった。そんな不確かなものに縋って自分を特別だと思って、多くの人間の人生を台無しにしてきた、そのことに罪悪感は?」
俺は言う。キミは特別なヒトじゃなかった。
キミは自分が特別なヒトだから何をしても許されると思っていたけれど、キミがキミ自身を特別と定義するための魔術の才能は、ここぞという場面でキミがそれを頼りにせず、本能に任せて殴りかかるような物だと分かった以上、キミは自分の特別さを信じれるんだろうか?
「……殺せ」
自分の無様さに気づいたセシアリウスは膝をついたまま俺に言う。
殺せと言われてもなぁ……
「俺的には自分で死ぬのを選んで欲しいんだけどね。自分がちょっと才能があっただけでそこら辺の人間と大差ない存在だと気づいてくれたなら、今までの自分の振る舞いを省みて行動を正してくれるなら、俺は何も言うことが無いんだけど──」
俺の『展開』の中だと、範囲内にいる奴は感情的になりすぎて駄目だね。殺したがるし、死にたがる。
俺はそんなに殺しが好きじゃないから、生きて償うと言うなら、それはそれで良いんだけどね。
セシアリウスは自分が尽くしてきた事柄に対して、自分から才能が無いことに気づいてしまい、今までの自分の人生が無意味なことに気づいてしまった。
咄嗟の際で長年修練を積んだ魔術より、直前に俺の業術によって目覚めた体術に頼った。その時点で自分のこれまでの人生が無意味なものだったと思うのに充分すぎたようだ。
そして、無意味な人生と気付いたことで、これまでの人生で奪ってきた命が全て無駄だと気付いてしまったことに気づいた絶望はどんな気分だろうね。もう取り返しがつかないのだから、死ぬしかないと思うのだろうか?
「もっと楽しく命を削り合えるかと思ったけど、ちょっと残念だね」
戦闘の意欲を失ったセシアリウスに対して、俺は気持ちが萎えると同時に業術の『展開』が解ける。
それでもセシアリウスは膝を突いたまま体勢を変えない。どうやら本当に気持ちが折れたようだ。
俺としては本気で反省し、これからの人生を奪ってきた命のために償って過ごすというなら、文句も何も無いが──
「──いや、それは無いでしょ」
不意に聞こえてきた声。
俺はセシアリウスの方を見ると、一瞬前まであったセシアリウスの首から上は消え去り、俺の目の前にはセシアリウスの首を手に持つガイの姿があった。




