目的地
「研究院ってのは本当に名前だけなんだな」
塔を目指して研究棟の中を走っている俺とジュリアン。
研究棟の中はその名前に反して、研究施設らしきものは何一つなく、ある物と言えば、建物中に所狭しと置かれた、人間が中に入ったガラス容器くらいだ。
研究棟なんて言っても建物の中は研究してる気配なんかは全く無い。そもそも生きてる人間自体がいないしな。
「こんなんで良くもまぁ長い間、誤魔化せたもんだ」
そこら中に置かれた人間が入ったガラス容器は、とてもじゃないが隠せる量じゃない。
査察とかされたら一発だと思うけれど、それでも隠す気が無いってのは誰も調べようとしないからかな。
「確か、賢者が魔族の住む領域と人間の住む領域を隔てる結界を張ってるんだよな?」
俺は前を走るジュリアンに聞く。
「そういう話らしいけど……」
ジュリアンはハッキリとしない態度だ。
おそらくジュリアンのこれまでの認識では賢者は人間の住む世界を守るために結界を張っている立派な魔術士だったんだろう。けれど、実際は人間を自分の都合で使い捨てるような輩だったわけで、色々と思う所があるんだろう。
今までの価値観が覆され、賢者のことを信じられなくなり、賢者の結界の話も鵜呑みにはできないって思ってんだろうね。
「魔力を吸ったり、魂を奪ったりしてるのは、その結界を維持するためだったりしてね。もしかしたら、ロミリアの体を奪おうとしてるのも結界を張り続ける力を保ち、人間の住む世界を守るためだったりするかもよ?」
俺は可能性の一つを提示して見る。
ちょっと意地悪かもしれないね。まぁ、意地悪したくなるのは性分だからどうしようもないと思って欲しい。
「そう考えたら、俺達のしていることって平和を乱す行為かもしれないけれど、そうだったらどうするよ? ロミリアを助けたら結界を維持できなくて魔族が侵攻してくるかもしれないぜ? それでもロミリアを助けるかい?」
俺はこの世界の魔族って連中を知らないから、侵攻してくるかどうかは本当の所は分からないんだけどね。でも、実際よく考えるべきところではあると思うぜ?
俺達は良いことをしてるつもりでも、それは結局、俺達にとって良いことってだけで、世の中の大多数の人間にとっては悪いことかもしれないってね。
「それは……」
走っていたジュリアンが急に足を止める。
色々と考えてしまったんだろう。
もしかしたらってことを考えてたら、不安になったんじゃないかな。
別に俺の言うことなんて気にしなくても良いのにね。
意地悪で言ってみただけだぜ? だから、迷ったりするのを責めるつもりは無いし、議論をしたいわけでもない。俺は前を走っていたジュリアンと肩を組むと──
「自信を持てよ。大丈夫、キミは正しいよ。惚れた女のために頑張るってことの何が悪いってんだよ」
肩を組んで、そう言った俺はジュリアンの背中を押して足を前へと進ませる。
「周りを見てみろよ。どんな理由があろうが、多くの人間の命を犠牲にしていた賢者の方が悪者だ。こっちは図々しく正義の味方を気取って行こうじゃないか。それでも文句をいう奴がいるとしたら、賢者をぶっ倒して結界が解けて魔族がやってきた時には俺が責任をもって魔族連中を倒してやるからさ」
責任って言葉は嫌いだけどね。まぁ、仕方ない。
「何もかも、けしかけた俺のせいってことでキミは余計なことを考えずロミリアを助けた時にかける最初の言葉でも考えておけばいい。面倒なことは全部、俺が片付けてやるからさ」
「……ありがとう」
御礼を言われるようなことはしてないんだけどね。
俺自身、けっこう楽しんでるわけだしさ。気付けば周りは敵ばかりの最高の展開、こういう状況に巻き込んでくれて感謝の言葉しかないぜ。
──話している内に、どうやら研究棟の出口に辿り着いたようで、大きな扉が見える。
研究棟の中は人間の入ったガラス容器が並ぶだけの一本道だったので迷うこともないし、俺達に襲い掛かる敵も最初に襲ってきた奴らだけ。
何の苦労も無く、ここまでやって来れたわけだが、さて、これからはどうなるんだろうね。
俺は期待を持って、研究棟の出口の扉に手をかけて押し開き、そうして開いた扉の先には──
「賢聖塔……」
出口を出て真っ先に視界に飛び込んできたものをジュリアンは呟く。
研究棟の出口はそのまま賢聖塔の真下に続いていた。賢聖塔を囲むように円形に研究棟は配置されているのだから、当然と言えば当然だ。
「行こうぜ?」
呆けた表情で天高くへと伸びる塔を見上げるジュリアンに声をかけ、俺は賢聖塔へ入り込むルートを見つけようとするが、その矢先、目の前に入り口が見えた。
近づいてみて分かったが、賢聖塔は窓らしきものはなく一見する限りでは外から塔内に入れるのは目の前に見える入り口くらいしかない。
「正面突破しても良い?」
進入路を探すより、入り口から入った方が楽だよね。
罠がありそうな気もするけど、それは俺が何とかしてやるから正面から入らないかい?
「えぇと、それはちょっと怖いというか」
「ここまで来て怖いとか言ってんなよ。楽しいぜ? 『俺の女を取り返しに来た』って人の家に正面から乗り込むのはさ」
俺も嫁に懸想した奴に嫁を攫われた時にそれをやったけど楽しかったから、キミも楽しめると思うぜ?
俺の時はその相手が別の世界の神だったんだけど、そいつの住処に踏み込んで、そいつの使徒、数百人をゼティやマー君やアダムとかと一緒に皆殺しにしてやったんだよね。
「……まだ、そういう関係じゃないから、そういうことを言うのに抵抗があるんだけど……」
「まだってことは少しは自信があるのかね。いやぁ、カッコイイぜ。なら、まだをまだじゃなくするためにお姫様を助けないとね」
俺はジュリアンの前に立って歩き出す。
向かう先は目の前に見えている賢聖塔の入り口。
近づく俺に対して防衛機能やら何やらは働いていない。
俺達を歓迎してるから何もしてこないのか、それとも最初から侵入者を想定してないのか。
「ま、どっちでもいいんだけどね」
気分はだいぶ落ち着いてきた。
コンディションはベスト。これなら楽しく戦れるだろう。
俺は拳を握りしめる。塔の入り口は俺が近づいても開く気配はない。
「自動ドアとか気の利いた設備はないようだね」
開けてくれないなら、力尽くで開けられても文句はねぇよな?
俺は握りしめた拳を躊躇なく全力で扉に叩きつけた。
その瞬間、轟音が辺りに響き、俺の拳によって扉が砕けて塔の入り口が開く。
「ノックにしては強かったかな?」
さて、こんだけ派手に入って来たんだから何かしらの反応はあるだろう。
俺はそう思ったんだが──
「えぇと、罠は?」
俺の後ろにおっかなびっくりとついてきたジュリアンが何事も無いことを不思議に思う。
俺の方も不思議な感じがして、塔の中へと足を踏み入れるが、そうして入った塔の中はというと──
「俺達のことなんか眼中に無いってことね」
扉を破られたことなど気にも留めずに塔の中では『抜け殻』が忙しなく動き回り、雑用をこなしていた。
俺達が足を踏み入れたのは塔の入り口の玄関ホールとも言うべき場所なんだが、その場にいた『抜け殻』たちは扉を破ったことなど欠片も気にせずに普段通りと思しき仕事を止めることもしない。
「ま、都合が良いと考えるべきかね」
歓迎がないのは寂しいしつまらないが、こっちも用事があるわけだし、俺達のことを気にしないでくれるというなら、それはそれで助かるから良いと考えようか。
「邪魔はされないにしても、ロミリアを探すにしても何処を探せば……」
ジュリアンは辺りを見回し、途方に暮れたような顔になる。
入り口ホールだけで相当な広さがあり、一つの階層だけでもかなりの面積になるだろう。
外から見た限りでは塔の高さが200メートルくらいはあったので、ロミリアを探すにしても探索しなければいけない範囲は極めて広い。
「知ってる奴に聞くのが一番なんだけどね」
セレシアがいれば教えてもらうことはできたかも。まぁ、素直に教えてはくれなかっただろうけど。
そういえばマー君はどうしただろうね。マー君の業術の気配は感じたし、セレシアには勝ってると思うけど、負けたセレシアをここまで連れて来てくれるとかは期待できないだろうか。
ま、無理だろうけどさ。
「とりあえず、声をかけてみるか?」
視界に入ってるはずなのに俺達の事を侵入者だと騒ぎ立てる気配のない『抜け殻』に俺は話しかけた。
「ちょっと良いかい? ロミリアって女の子がここに連れてこられたと思うんだけど、何処にいるか知らない?」
「ちょっと待って──」
唐突な俺の行動に驚いたジュリアンが俺を止めようとするが、その心配は杞憂で、俺が話しかけても『抜け殻』は無視して去って行った。この感じじゃ、ぶちのめして情報を吐かせるってのも無理そうだ。となれば、どうする?
「魂を移し換える儀式をするんだから、その準備をしてる連中がいるはずだよな。人の気配を多い方に向かってみるか?」
少人数で準備は難しいんじゃないかっていう根拠の薄い推測に基づいて動くのはリスクが高い気もするけれど、ノーヒントなんだし仕方ないよな。後は『抜け殻』の向かう方向についていくかくらいしかないしな。
「ま、なんにせよ行動あるのみだ」
俺はそう決めて走り出す。
「あ、待って」
ジュリアンが走り出した俺の後をついてくる。
向かう先は入り口のホールから上階へと続く階段。
上に気配が集まってるし、『抜け殻』達の流れも上の階へと向かっている。俺の勘では上の階にロミリアがいると思うんだが、さぁどうなることやら。
「ここはちゃんと研究をしてるんだ」
塔を上へと昇っていく最中、俺達は塔の各階の様子が目に入った。
各階では『抜け殻』が何らかの装置と向き合って作業をしている様子やデータを紙にまとめている。
その様子を見ると、研究施設のようにも見えるが──
「実際は、こいつら自身は何も考えてないんだろうけどね」
『抜け殻』のこいつらは自分の意思を失ってるから賢者の言いなり。
だから、研究をしてるように見えても実際は賢者からの指示に従ってるだけだ。
研究における作業を自分の代わりに行う手足として『抜け殻』を使ってるんだろう。
「でも、ここにいる人たちは魔力を感じるから、魔力を奪われてないんじゃ……」
「それはないと思うけどね。魔術に関する研究の助手をさせるんなら魔力が無いと困るだろうから、魔力を失った『抜け殻』に賢者が魔力を注ぎ込んでるんだと思うぜ? 俺らと戦った『抜け殻』連中も同じように賢者に魔力を与えられてると俺は思うね」
与えていると言っても奪った魔力を再分配してるだけだろうけどさ。
その証拠と言えるかは分からないけれど、魔力を持ってる『抜け殻』連中は全員、同じ量の魔力なんだよね。魔力なんて個人差のあるものがピッタリ同じってのはおかしいだろう?
「じゃあ、賢者様は何の罪もない人の心を奪って自分の研究を手伝わせるための奴隷にしてるってこと?」
罪の有る無しまでは俺は分からないけどね。
ただ、魂と魔力を奪った『抜け殻』を再利用しているってのは確かだわな。
「外にいた奴らは戦闘用で、こいつらは研究の助手用って所なのかね。それ以外の事はしないように命令されてるんだろう」
研究室の中を通っても『抜け殻』達は俺達に対して何の反応も見せず、与えられた仕事だけを黙々とこなしているようだった。それに対して色々と思う所はあるけれども、俺達の邪魔をしてくる気配が無くて好都合と考えよう。
俺達は途中で妨害されることも無く階段を上り、塔の上を目指す。研究設備のある塔内で戦闘になるのを賢者が嫌がったせいなのか、戦闘用の『抜け殻』は姿を見せなかった。
そうして、何の邪魔も入らずスムーズに数十メートル分の高さを上った頃、不意にフロアの様子に変化が見られた。それまでは研究室のような無機質な雰囲気だったのか、生活感のある空間に変わる。
「『抜け殻』が生きるのに生活感のある空間が必要かね?」
俺は必要ないと思うんだが、どうだろうね。
この塔内で必要になるとしたら『抜け殻』じゃない賢者と、ここにいたらしいセレシア。そして──
「この階にロミリアがいるかもしれないな」
攫われてから一日も経ってないんだから、ここを利用しているとは思わないけれど、閉じ込めておくなら、ロミリアの精神衛生を考えてこういうフロアを選ぶんじゃないかと、俺は辺りの気配を調べながら思う。そうして気配を調べるとすぐに──
「かなりの数の『抜け殻』がこの階にいるな」
『抜け殻』の数が多いだけでも、この階が重要な場所であるのは明らかだ。
「ロミリアがこの階に?」
「俺はそんな予感がするぜ。少し詳しく調べようか?」
まぁ、調べるって言っても、真っ直ぐ人の気配の多い場所に行くだけなんだけどさ。
俺が前を歩き気配のする方に進むと、『抜け殻』が一つの扉のそばで忙しなく動き回り、何に使うか俺には見当のつかない機械の整備をしている場面に出くわす。
「アッシュ」
「あぁ」
扉の奥に何かあるのは間違いないだろうね。
俺達は作業にのみ意識を向けている数人の『抜け殻』の間を通り抜けて扉に近づく。
それでも命令された作業しかできない『抜け殻』は俺達の行動に全く興味を持たず、俺達が扉のそばにちかづくことを許す。
「ここを開ける役目はキミに譲るよ」
俺はそう言ってジュリアンに扉を開けさせた。
そしてジュリアンの後ろから扉の先にあった部屋の中を覗くと、そこには──
「ロミリア!」
──俺達の探していたお姫様がベッドの上に寝かされていた。
ジュリアンはロミリアの姿を見つけるなり、部屋の中に駆け込む。
だが、その部屋の中には──
「おっと、人の恋路を邪魔するのは感心しねぇな」
警備のためか戦闘用の『抜け殻』が一人いた。
そいつが、部屋に侵入してきたジュリアンに魔術を放とうとしたので、俺はすぐさまジュリアンの後を追って部屋の中に飛び込むと、『抜け殻』が魔術を撃つより早くそいつに飛び掛かり、『抜け殻』の顔面に拳を叩き込み、魔術の発動を防ぐ。そして、続けざまに俺は『抜け殻』の頭を掴むと、力任せにその頭を近くの壁に叩きつけて粉砕する。
──これで、邪魔はいなくなったぜ。
「どけ!」
ジュリアンは声を荒げると、ベッドのそばに立っていた研究用の『抜け殻』を力強く突き飛ばしてロミリアのそばに駆け寄る。
おっと、邪魔はまだいたみたいだね。こいつは失礼。俺はジュリアンに突き飛ばされた『抜け殻』の首を踏みつけて、へし折り、安全を確保する。
「ロミリア! ロミリア!」
ジュリアンが声をかけてもロミリアは目を覚まさない。
「どうしよう、アッシュ! ロミリアが!」
ジュリアンが縋るように俺を見てくる。
俺もジュリアンと同様にベッドに近づいてロミリアの様子を調べる。
もしかしたら、手遅れだったのだろうか? そう思って、気乗りしない気分でロミリアの状態を確認すると、その結果──
「薬か何かで眠らされてるだけだね。いつ起きるかは分からないけれど、マー君に見せれば何とかしてくれると思うぜ」
眼は覚まさないが呼吸も体温も脈拍も何も問題ない。
これなら大丈夫だと俺は思うけど、詳しいことはマー君辺りに調べて貰わないと分かんないね。
「それじゃあロミリアは大丈夫なんだね」
パッと顔を明るくさせるジュリアン。
とりあえず不安は減ったのなら何よりだぜ。
じゃあ、後は──
俺はベッドに眠るロミリアの体を起こすと、突然の俺の行動に困惑しているジュリアンの背中にロミリアの体を預けた。
「最後まで面倒を見てやりたかったけど、ここでお別れだ」
ジュリアンが困惑した表情になる。自分とロミリアを最後まで守ってくれると思ってたのかもしれないけど、ちょっとそれは無理なんだよね。
「アッシュはどうするつもり?」
「俺は賢者をぶちのめしに行かなきゃいけないんだよね」
だから、キミらとはここでお別れだ。
「少し部屋の中で待ってから、ロミリアを連れて塔を出ろ。塔を出たら学院の中でゼティかマー君が助けに来るまで隠れてろ」
キミらが無事に逃げられるように塔の中にいる連中は俺が引き付けておくからさ。
俺が充分に引き付けたと思ったら、この部屋から出るといい。
「アッシュ──」
俺は最後に何か言おうとしたジュリアンの言葉を聞くことなく、ジュリアンとロミリアを残して部屋を出た。そして部屋を出るなり、俺に向けられる複数の殺気。
どうやら、塔の中にも戦闘用の『抜け殻』はいたんだろう。流石にロミリアを奪っていくってのは許せなかったのか、塔内が戦場になるのも構わず賢者は戦闘用の『抜け殻』を投入してきた。
「野暮天ばかりで嫌になるねぇ。人の恋路を邪魔する奴がこんなに多いとは。まぁ、そんなことを考えられるような頭はもう無いんで、命令に従ってるだけだろうけどさ」
俺は周囲を囲む『抜け殻』に向かって拳を構える。
「それじゃあ、戦ろうか。未来ある二人のために俺はキミらをぶちのめすぜ」
そして二人が逃げられたら、残るは賢者ただ一人。
さぁ、決戦の時は近い。ワクワクしてくるぜ。




