冒険の地へ
「全然、来ねぇじゃん」
ゼティの言葉を信じて、俺はカイル達が帰ってくるのラザロスの町の外で待っているのだが、昼を過ぎても帰ってくる気配が無い。
「そうだな」
ゼティは他人事のように言いながら、黙々と作業を続けている。
ゼティは町の中に入ることも無く、俺と一緒に町の外に野宿していたんで、昨日からずっと一緒だ。
ゼティの言い分では、俺から目を離すわけにはいかないから一緒にいるんだってよ。
そんな俺のお目付け役のゼティは今は作業中。
何をやっているかというと俺の──邪神アスラカーズの像を作っている。20㎝くらいの小さな木の像をひたすらに木片を削って作ってくれている。
なんで、そんなことをしているかというと、それが俺達に取って極めて重要なことだからだ。どうして重要なのか説明すると長くなるが、とにかく大事。現状では俺よりもゼティにとっての死活問題なので、ゼティも必死に作ってくれている。
「何かあったんだろうなぁ」
ゼティは俺の呟きに反応することなく、ナイフを使って邪神像を彫っている。
流石に俺の姿そのままにしても邪神っぽくないんで、ゼティがそれらしいデザインを考案している。どんなのかというと半裸で翼と角が生えている美形のマッチョだ。
色んな世界を旅していて、その中には剣だけで食っていけない世界もあったから、そういう世界で生き抜くためにゼティはこういう内職っぽい仕事にも通じているんで、任せていても問題ない。
「何があったと思う?」
厄介事だと良いなぁって思いながらゼティに話しかけるが、ゼティは俺を無視してひたすら像を彫り続けている。朝から作り始めて、10個ほど出来上がっているが、いくらあっても足りないんで作り続けている。
暇なので検品してやろう。
「これとこれは駄目だな。これも……微妙だな」
三個ほど気に入らない出来だったんで、ゼティに伝えるがゼティは俺を無視する。
使徒としてそういう態度はどうなの?ってことは思わない。別に忠誠を誓えとか、俺を崇めろとか、俺の命令に絶対服従とかはさせていないんで、どんな態度を取ろうが構わないんだよね。
「どこかに行っててくれないか?」
俺が絡んでくるのがウザかったのか、そんなことを言いだすゼティ。
俺も退屈だから、どっかに行きたいんだけどね。でも、カイル達が帰ってくるかもしれんし、この場を離れるのもなぁ。
そういうわけで、ゼティに嫌がられながらも、この場に居座ってカイル達が戻ってくるのを待っていると──
「お邪魔するぞ」
待っていたカイルではなく、ジョンがやって来た。
農村出身だと思っていたけど、こいつはいつまで町にいるんだろうね?
つーか、俺に何か用か? 先日はボクシングを教えてやったけど、今日はそんな気分じゃないから、追い返そうかなと思っていると、俺が口を開くより早くゼティが動く。
ゼティは制作中の邪神像を放り捨て、一瞬で距離を掴むとジョンの両肩を掴み──
「キミ、良い体をしてるな! 剣術に興味は無いか!?」
悪い癖が出やがった。
ゼティは剣が大好きの剣術キチガイ略して剣キチなんだよね。
ちょっと見込みがある奴を見ると——まぁ、見込み無くてもだけど、とにかく自分が身に着けた剣を教えたがって、剣術の良さっての世の中の人間に広めようとしやがるのよ。
ジョンはガタイが良いから、ゼティのお眼鏡にかなったんだろうね。
「いや、無いっす」
ジョンの方は急に訳の分からない奴に絡まれたせいで、反射的に断ってしまったようだ。
断られたことでゼティはあからさまに肩を落として、元の位置に戻って邪神像を彫るのを再開する。
ジョンのゼティを見る目が頭のおかしい人間を見るような目になっているのは気にしないでやった方が良いな。
「なんか用か?」
ゼティのことは気にしないでおいてやることにして、ジョンの要件を聞こうか。
俺とジョンは拳で語りあった仲なので、俺を見る目には信頼が感じられるね。やっぱ剣より拳だよな。まぁ、俺のメインウェポンは刀なんですけどね。
「そろそろ村に帰ろうと思ったんで、挨拶に来たんだ」
「律儀な奴だなぁ。俺のことなんか気にせず、さっさと帰ればいいのによ」
でもまぁ、その律義さは好ましいもんだし、ご褒美に良い物をあげようか。
「まぁ、せっかく挨拶に来てくれたんだ、餞別でもくれてやろう」
そう言って、俺はジョンにゼティ作の木彫りの邪神像を投げて渡す。
これはなんだ?って感じで受け取ったジョンは首を傾げているが、いらないとは言わないようだ。
まぁ、出来栄えを見る限り、何処に出しても金を取れる仕上がりだからな。高価な物だと思ってくれているんだろう。
「それは闘神アスラカーズの像だ」
嘘だけどな。だって、邪神像だって言ったら貰ってくれないじゃん?
「毎日、その像にお祈りを捧げると闘神アスラカーズが力を授けてくれるぞ」
「それって本当か!?」
あっさり食いつきやがった。いやぁ、仕事が楽で助かるぜ。
「本当だとも。実は俺もアスラカーズに祈りを捧げることで強くなったんだ」
「それはスゲェな、本物かよ!」
これも嘘。自分で自分に祈りを捧げるってどういうことよ。
でも、ジョンは信じてくれたようで、おぉ!って言いながら自分の手の中にある邪神像改め闘神像をキラキラした目で見つめている。しかし、すぐに不安な顔になって俺を見てきた。
「でも、そんな凄い物をタダで貰っても良いのか?」
「本当だったら、金を取る所なんだが、俺とお前の仲だ。今日はタダで譲ってやるよ」
「マジか!? いやぁ、嬉しいなぁ」
タダと分かってジョンは大喜びだ。それを見ると俺も嬉しくなるね。
ゼティも嬉しいようで、ニヤリと悪い笑みを浮かべているのが見えた。まぁ、俺もニヤリと笑っているんだけどね。想像していた以上に上手くいっているからな。
「いいか、祈りを捧げるんだぞ? 祈り自体適当でも良い、やることが大事なんだ。とにかく何でもいいから闘神様に祈れば、力を授けてくれるからな」
「わかった!」
分かってくれれば良いよ。
俺の言った通り、その像に祈りを捧げれば、その瞬間からキミも邪神アスラカーズの信徒だ。
そうなりゃ、色々と良いことがあるよ。俺にとってもジョンにとってもな。
真相を知らなくても、みんなハッピーなんだから、何の問題も無いだろ? だけど、そう思わない人間もいるようで──
「それって詐欺じゃない?」
急に聞こえてきた女の子の声。
誰だろうと思って声の方を見ると、10代半ばくらいの年頃の女の子がジョンの持っている邪神像──じゃなくて闘神像を指差しながら、栗色のポニーテールを揺らして、こちらに近づいてくる。
革の胸当てを身に着け、腰に剣を帯びていることから冒険者とかのように見えるが、さて何者だろうか?
「騙されちゃ駄目よ。お祈りをしただけで強くなれるわけないわ」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
それは神のみぞ知るって奴だけど、俺は邪神なので知っていますよ。
俺の像に祈れば強くなるのは間違いない。だって、俺の信徒になれば、俺の加護がかかるからね。
加護ってのは神として能力というよりは生態みたいなもんだから、この世界に来ても残ったままなんで、それを特定の誰かに与えることだって今の状態でも問題なく出来るんだよね。
だから、お祈りさえしてくれれば、俺は加護を与えるし、俺の加護を受けることもできる。俺の加護は強さに関わる物だから、加護を受ければ強くなれるんで、お祈りさえすれば強くなれるってのは間違いじゃないんだよなぁ。
「でもタダで貰ったもんだし。損してるわけじゃないから」
そうだよねぇ。
詐欺だとか言われても、今のところは損はしてないんだし外野が口を出すことじゃないぜ。
まぁ、ジョンだけが得をするような仕組みにはなっていないし、俺も得をするようにはなってるけどさ。
「そういう事を言っているから、世の中に悪人が蔓延るの! 自分は損をしてないからじゃなくて、これから騙されて損をする人が出ないように怪しい話をする奴は罰していかないと!」
怖いなぁ。何をそんなに怒っているんだい?
俺に対して怒っているのは分かるけどな。
「知り合いか?」
ポニーテールの女の子があまりにも物怖じせずに説教をかましてくるので、とりあえずジョンに知り合いか聞いてみる。
「いや、知らない子」
じゃあ、誰の知り合い?
「俺の知り合いだ」
答えたのはゼティ。
知り合いの癖に知らない振りをして、俺の背中に隠れて邪神像を彫り続けているんだが、何をしてるのかね。
知り合いなら挨拶でもしろよ。しかし、俺がそういうよりも素早く、女の子は俺の後ろに隠れているゼティを見つけだす。
女の子はゼティを見つけるなり、顔を花が咲いたようにパァっと輝かせてゼティに駆け寄りながら弾むような声で言うのだった。
「ゼルティウス様ぁ~~!」
俺とゼティの視線が合うが、その瞬間ゼティはバツが悪そうに俺から顔を背けた。
「どうして何も言わずに出て行ってしまったんですかぁ~~? みんな心配してましたよ~~?」
「それは悪かったな、えーと、リィナだったか?」
「はい、リィナです!」
リィナちゃんというらしいポニーテールの女の子はゼティに近づくだけにはとどまらず、ピッタリとくっつく体を密着させる。どうやら、親密な間柄のようだね。
俺達はお邪魔みたいだから、どこか行こうかジョン君。
「待て、行くな! 事情を説明させろ!」
ゼティが呼び止めたので足を止める。すると、リィナちゃんが凄い顔で俺を睨んでくる。
「なんですかアイツら? ゼルティウス様のお知り合いですか?」
「そうだ、俺の仲間だ」
仲間ってのは良い響きだよなぁ。
仲間なら面倒ごとを押し付けてあっても美談になりそうだもんな。
でも、それが良い。俺は面倒ごとが大好きだから、この場を何とかしてやろうじゃないか!
「俺とゼティはマブダチだぜ」
「はぁ?」
リィナちゃんが凄い顔で睨んでくる。
俺に喧嘩を売ってるような態度。いいねぇ、好きになってきそうだぜ。
「本当だ。でもって、俺はあいつと旅をするから勇者を止めることにした。だから、お前とはもう関係ない他人だ」
いきなり何を言いだすんだ、テメェはよぉ。
この場面で、そのセリフはどうなの? お前を慕ってここまでやってきた女の子に言うセリフじゃねぇよ。
つーか、勇者って言った? ゼルティウス君、勇者になってしまったの? ダセェなぁ、クソうける!
「なりゆきで仕方なくだ。俺から名乗ったわけじゃない! ただ、そう誤解して貰った方が都合が良かっただけで、俺は勇者のつもりは無かった!」
へぇ、そうですかぁ。
ゼルティウス君も大人になったねぇ、世間の評判とか色々気にして、肩書とか大事にしちゃう年頃ですか? いやぁ、立派だねぇ、邪神様もゼルティウス君の成長に大感激だよ。
勇者様ともなれば、みんなからチヤホヤされていたんだろうねぇ。いやぁ、楽しそうで羨ましいね。
「アイツ、なんだかすごく無礼なことを考えてるようですから、手討ちにしても良いですか? っていうか田舎者を騙そうとしていた詐欺師ですし始末した方がいいんじゃ?」
「駄目だやめろ。というか、俺はもう勇者じゃないんだから、そんなことはしなくて良い」
やってみろよ、リィナちゃん。
喧嘩なら大歓迎だぜ?
「はぇ~、スゲェ人ばっかだなぁ」
ジョンは成り行きを眺めているだけだけど、それが一番賢いのかもしれないが、賢いよりも馬鹿の方が面白い場面に出会えるから、俺は馬鹿で良い。
「勇者をやめるってどういうことですか!? 私たちを捨てるんですか!?」
「女の子を捨てるってのは穏やかじゃないなぁ、ちょっと話を聞かせてくれませんか、ゼティさん?」
「アンタは黙ってろ。っていうか私とゼルティウス様の話を邪魔するな!」
邪魔すんなって言われた邪魔したくなるねぇ。どうやって邪魔してやろうか。
俺とリィナちゃんが揉めそうになるや、ゼティは慌てた様子で場を取り繕おうと声を上げる。
「俺は勇者ではなく剣士ゼルティウスとして、アッシュ・カラーズと冒険をすることになったから、今までのパーティーは解散! これ以上、お前らは俺の活躍のおこぼれに与ることは出来ないんだから、俺の近くにいる理由もないはずだ。だから帰れ!」
詳しくは良く分からんけど、リィナちゃんはゼティの取り巻きをやっていた女の子の一人なんだろうね。ゼティと一緒にいてうまい汁を吸おうって魂胆なんだろうけど──
「それならそれで私は良いです! ゼルティウス様が普通の剣士になるっていうなら、私はその弟子になります。お師匠様と呼ばせてください。私が惚れ込んだのは貴方の勇者という肩書ではなく、貴方の強さなんです!」
おっと、凄い展開になって来たぞ。どうやら純愛だったようだ。
いや、純愛とは言わねぇ気がするな。なんて言ったら良いか、まったく思いつかないけど、予想外の展開になって来たぞ。だけど、この展開はリィナにとって有利だ。だってゼティはなぁ……
「そうか弟子か……それならまぁ良い」
弟子を取るのが大好きだし、剣を教えるのが大好きだからな。
今は表情を消してるけど、内心じゃニヤニヤしてると思うぜ?
「ゼティの弟子ってことは俺にとって妹みたいなもんだね。よろしくなリィナちゃん」
「うっさい、話しかけんな」
すげぇな、速攻で反抗期の妹的なムーブを決めてきたぜ。
自分で言っておいて妹ってなんだよって思ったけど乗ってくれるなんて良い子じゃないか、好きになってきたぜ。
「お近づきのしるしにこれをどうぞ」
リィナちゃんに俺は邪神像改め、闘神像を差し出す。
「なにそれ、キモい」
おいおい、そんなこと言って良いのか?
「それは俺が作ったんだが……」
「とっても素敵な像ですね! 大事にします!」
ゼティが作ったと分かったら、俺から奪い取って懐に収める。
それについて俺は特に何も思わない。世の中の芸術作品ってのは作品の質と同じくらい誰が作ったかを重要視されるもんだからな。
「ところで、聞きたいんだがベーメン村にいた俺達以外の冒険者について何か知らないか?」
ゼティがリィナちゃんにカイル達について訊ねる。
その質問に対して真っ先に反応したのはリィナちゃんではなくてジョンだった。
「俺の故郷に何か用でもあんのか?」
声をあげたジョンに対して、リィナちゃんが気まずそうな表情を向ける。
その様子から何か悪いことでもあったってのが分かる。
「何があった?」
「実は──」
そうして告げられたのは、俺とゼティにはピンとこないけれど結構な重大事件のようで——
「ベーメン村の近くにダンジョンが出現しました」
どうやらダンジョンが出来たようだ。だけど、この世界のダンジョンってのが、どういうものなのか分からない俺とゼティにはその危機が伝わらなかった。
「お師匠様が村を抜け出した翌日にダンジョンが出現し、冒険者は村人に依頼されてダンジョンの調査に向かいました」
──ってことはカイル君たちはそのダンジョンにいるんだね。
じゃあ、そこに行こうか。ついでにダンジョンも探検してみようぜ?




