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研究棟の中

再開


 

 ラ゠ギィとの戦闘を終えた俺は気持ちを落ち着かせ、俺は研究棟の入り口の扉を開ける。

 すると、中から湿ってカビ臭い空気が外へと流れ出て、俺達の鼻孔を不快な臭いが通り抜ける。


「この中から『抜け殻』の連中は出てきたって話らしいけど、その割には空気が悪いね」


 一回か二回扉を開けたくらいじゃ換気は出来ないくらい、澱んだ空気が染みついてるってことなのかね。

 まぁ、どうでもいいことだけどさ。

 臭かろうが何だろうが、入らなきゃいけないわけだしさ。


「先に行くかい?」


 俺は俺の後ろから、扉の奥を覗き見ているジュリアンに聞いてみた。

 自分の女を助けに行くのに、いつまでも俺の後ろをくっついて歩いているってのも格好がつかないと思わないかい?


「えっと……じゃあ、僕から」


 そう言ってジュリアンは俺の前を歩いて研究棟の中へと入っていき、俺もその後をついて行く。

 研究棟の入り口の扉の先はそのまま通路で奥へと続いていた。


「玄関ホールとかあっても良いと思うんだけどね」


 通路は飾り気も何も無い。

 両脇の壁に魔術による照明があるが、それだって電灯みたいな無機質さだ。


「そこらへんどう思う?」


 俺はジュリアンに話しかけるが、ジュリアンは怯えた様子で周囲を警戒しながら進んでいて、俺の言葉に答える余裕は無さそうだ。

 一本道の通路なんだから怯えることはないと思うんだけどね。

 後ろは俺が警戒してるから、ジュリアンは前だけを見てればいいんだから、余計な方向に注意を向けなくても良いと思うんだけど、まぁそこら辺は経験が無いからかな。


「無視すんなよぉ」


 俺は後ろを歩きながらジュリアンの背中を突っつく。


「うわっ」


 指で突っついただけなのに刺されたみたいにビビッてて可愛いね。

 情けないって思わないでやるのも年長者としての振る舞いだよな。


「やめてよ」


 ゴメンネ。でも、脅かされて怒ったからって後ろを向きながら歩くのは良くないと思うよ。

 俺は振り向いたジュリアンの襟首を掴んで引きずり倒す。直後、一瞬前までジュリアンの頭のあった場所に向かって矢が飛来してくる。

 それは俺達が進んでいた通路の奥の方からで、そちらに視線をやるとそこには──


「玄関も受付もないけれど、出迎えは丁重はなんだな」


 通路の奥には鎧を身に纏った兵士達が数名立っていた。

 隊列を組んで、矢を構えている兵士達だが、その兜から覗く表情には生気というものが感じられない。

 それを見て、俺が思い出したのは──


「そういえば、ゼティが研究棟を警備してる奴らがいるとか言ってたね」


 俺達に矢を向けてる兵士達がゼティの言っていた警備の連中だろう。

 生気がない顔なのはきっと、俺達がここに来るまでに戦っていた『抜け殻』の連中と同じような存在だから何だろうね。ただ、こっちは魔術士だった奴らじゃなく、おそらく見た目通り生きてた時は兵士だったとか、そういう連中を『抜け殻』にしているんだろう。

 研究院の実態を考えれば、研究棟に『抜け殻』を警備として用いるのは当然だ。知られたくないことがありすぎるんだから、喋れない奴らを警備に置くほかないもんだ。


「ア、アッシュ……」


「後ろに下がっててくれると助かるね」


 俺は不安そうに俺の名を呼ぶジュリアンの体を引っ張って俺の後ろに隠す。

 手伝ってもらうのは無理だし、こうなるのは仕方ない。

 囚われのお姫様を救出に来たのに、別のお姫様の護衛をしてるような気分になるけど……ま、悪くはねぇ。でも……


「……こういう時に手駒が尽きると嫌だよなぁ──」


 矢が俺に向かって飛んでくる。それを拳を振って打ち払い防ぐ。

 ゼティやマー君がいれば、任せられるんだけど、生憎とこの場にはいないからね。


「俺だけじゃなく、キミらにとっても嫌な展開だぜ? なにせ、ちょっとご機嫌斜めの俺とらなくちゃいけないんだからさ」


 実を言うと、ラ゠ギィとの戦闘で生じたイラつきは完全には収まっていない。

 何かに八つ当たりするのは良くないとは思うんだけど──


「ちょっとストレス解消させてもらおうか」


 俺は新たな矢をつがえ、弓を構える『抜け殻』の兵士達に向かって、一気に距離を詰める。

 そして懐に飛び込んだ俺は手始めの兵士の頭を拳で粉砕する。

 即座にその横にいた兵士の首を足刀でへし折りつつ──


顕現せよアライズ、我がカルマ。遥かなそらへ至るため」


 業術を発動。

 発動した業術によって、俺の内力が熱を帯び、それは即座に物体を発火させるほどに熱を高める。

 そうして高熱の内力を帯びた拳の握りしめ俺は、残りの『抜け殻』の兵士と向き合う。

 兵士達は接近してきた俺に対して弓を捨て、剣を構えて斬りかかってくるが──


「俺は弱い者いじめは好きじゃないんだぜ。本当はさ」


 俺に触れた剣が俺が身に纏う内力の熱で溶ける。

 そして武器を失った兵士の体を熱を帯びた手で撫でると、それだけで俺の敵は燃え上がる。


「ま、キミらは者じゃなくて物だから、そこまで罪悪感はねぇんだけどさ」


 人の脂が燃える匂いがする。

 火達磨になりながらも『抜け殻』の兵士達は誰かからの命令に従って俺の行く手を遮ろうとするが、焼かれて炭化していく体は、やがて自重すらも支えきれなくなり、足から崩れ落ちて前のめりに倒れる。その姿はまるで──


「俺に跪いてるようじゃないか」


 燃える人型の炭が俺に向かって頭を下げてやがる。

 まったく嗤えるぜ……いや、笑い事じゃねぇけどさ。

 良くねぇよ、哀れむ所だろここはさ。可哀想だと思おうぜ? 

 魂も何もかも失って誰かの道具になり、最後はこのザマだぜ?

 哀れ以外の何があるよ。


「片付いたから、行こうぜ?」


 俺は離れた所で見ていたジュリアンの方を振り向いて言う。

 ジュリアンは俺を見て、若干躊躇した気配を放つが、すぐさまその表情を隠して俺を先導するように前に立って歩き出す。

 何も見なかったし、自分は何も気にしてないって言いたいのかね? 嫌だねぇ、気を遣わせてしまったかな?


「……僕は大丈夫だから」


 何が大丈夫なんだろうね。

 怖くないってか? 


「何が大丈夫なんですかねぇ。ちょっと分かったような雰囲気出しちゃってさぁ」


 俺は馴れ馴れしくジュリアンと肩を組む。

 どういう気持ちかは……まぁ、冷静に考えるようなことじゃねぇな。

 それでも、なるべく楽しい気持ちになるように努める。ナーバスでヒステリックは良くねぇしな。

 俺は囚われのお姫様を助けに行く王子様……王子様かなぁ? まぁ、とりあえず王子様ってことで、その王子様の手下なんだから、そういう気持ちでいるのが気楽で良いか。


「俺の事なんか気にせず、さっさと行こうぜ? お姫様が待ってんだからさ」


 そうしてジュリアンと肩を組んで通路を歩いていると、俺とジュリアンはやがて開けた場所に出る。

 だが、その場所は──


「これは……」


 ジュリアンが息を呑み、俺はドン引きする。

 俺達がやって来た場所は死体安置所だった。

 もっとも、死体安置所ってのは俺のたとえで、実際は──


「研究院に選ばれた人達……?」


 ジュリアンが信じられないといった感じに呟き、視線を向けるのは広い部屋の壁一面に備え付けられた液体の充填された大量のガラスの容器の中に浮かぶ人間たちだ。

 俺はガラス容器の中の人間を見てホルマリン漬けの動物を思い浮かべる。

 ……つっても、こういう光景は俺からすれば、そんなに珍しいもんじゃないんで、そこまで感情は動かされないんだけどさ。


「標本にされてる……?」


 ガラス容器に入った人間を見て、ジュリアンが顔を青ざめさせながら呟く。

 まぁ、見慣れてない奴には結構、衝撃的な光景だよな。

 俺はこういう光景を見慣れてるから平気だけど。実際の所、色んな世界を見てたら、こういうことは良くあるんだよな。


「標本ってのは違うと思うね」


 俺はジュリアンの呟きに返事をしながら、近づいて液体の満たされた容器の中に浮かぶ観察する。

 中に入ってる人間は若いので、やはり学生なんだろうね。でもって、どうして、こんなところに入れられているかと言えば、理由はある程度、察しがつく。


「……もしかして、魔力を吸われてる?」


 ジュリアンも察しがついたようで、俺が言おうとしていた答えの一部を漏らす。

 確かに魔力を吸われてはいるんだろうけど、それだけなら俺が戦った『抜け殻』の連中のようにはならないと思うね。だから、おそらくは──


「魂も吸ってると思うね」


「魂?」


「キミは知らないと思うけど、魂ってのは結構な資源リソースなんだよ。使い方次第で魔力なんかよりも大量のエネルギーを生み出すことができる」


 その使い方を教えるわけにはいかないけどさ。

 まぁ、そこまで難しいわけじゃないから、いつかは辿り着くかもしれない。

 現に、俺の目の前で魂を使い潰してるわけだしな。


「ここの容器の中に浮かんでる奴らは、魔力だけじゃなく魂も吸われた結果『抜け殻』になってしまったって所だろうな」


 魂ってのは生き物の複雑な精神領域を構成する物体だから、それが無くなれば心を失うのも当然だ。

 使えば使うだけで減っていき、回復はせず、やがて魂が消滅すれば、魂に宿っていた精神は失われて『抜け殻』になる。


「なんとかできない?」


 ジュリアンが懇願するように俺を見る。


「なんとかできるなら、言われる前にしてるんだけどね」


 魂ってのは新しく作るのに結構な労力がかかる代物だから、多くの世界では輪廻転生って概念を利用して魂を使いまわしてるくらいだ。その時に魂に宿る記憶は漂白はしてるけれど、それと『抜け殻』の連中は状況が違う。

 そもそもの魂が使い潰され失われているんだから、こいつらを何とかするためには新しい魂を作り出す他ないし、それをできる余裕が今の俺には無い。


「まぁ、新しい魂を作ったとして、それを『抜け殻』の中に入れても同じ人間にはならないから、魂自体が使い潰され無くなってしまったら、俺にできることはないよ」


 一応、新しい魂を入れたとしても肉体の方──脳味噌の中の記憶に従って行動するから一見すると、同じ人間のように思えるけど、記憶に依らない部分が元々の魂とは違う行動を取らせてしまうから、結局、同じ人間にはならないし、そんな復活は誰も望まないだろうから、俺はするべきじゃないと思う。


「……気になったんだけど、どうしてアッシュは魂とか、そういうことに詳しいんだ?」


 おっと、喋りすぎたかな。流石におかしいと思われるよな。

 まぁ、隠すようなことじゃないし、そもそも隠すつもりもなかったんだけどね。


「そりゃあ、俺は神様だからね。詳しいのは当然だろ?」


 衝撃のカミングアウトって感じ。

 さて、ジュリアンはどんな反応をしてくれるだろうか。


「今の状況で冗談はちょっと……」


 あらら、信じてもらえてねぇよ。

 俺の日頃の行いのせいか、それともジュリアンの固定化された観念のせいか。

 俺みたいにフレンドリーな神様がいるとは思いもよらなかったジュリアンは、俺が神であるという現実を素直に受け止めることができないんだろうね。


「まぁ、いいや。信じるも信じないもキミの自由だしな。──それはそうとして、キミはどうするんだい? ここの魂と魔力を吸われてる連中に対して随分と感傷的な気分になってるようだけど、こいつらを助けたいってことでいいのかな?」


「それは勿論──」


「いやいや、それは駄目だよ。さっき俺が言ったじゃん。俺にできることはないってさ。俺にできることはないんだから、当然キミにできることもないぜ?」


 優しい気持ちってのは大事だと思うけど、この状況でそれを出すのは良くねぇよ、ジュリアン。


「博愛精神は素晴らしいと思うけどね。キミにとって大事なのはこいつらなのかい?」


「それは……」


「生きてるように見えるけど、もう死んだも同然の連中だぜ? 気にせず、さっさと進もうぜ」


 今、大事にするべきなのはロミリアの方だろ?

 ちょっと、気を取られて足を止めるくらいは良いけど、それ以上はやめた方が良いと俺は思うね。


「…………」


 ジュリアンも思う所はあるんだろうが、とりあえずこの場は納得してくれたようで、黙ってこの場を後にするため歩き出す。

 俺はその背中を見ながらジュリアンの後ろをついて歩くが、そうして歩きながら思うのは、この場所の違和感についてだ。


「こんだけ学生を攫っておいて本当にそのことが明るみに出ないもんなのかね」


 この世界の文化とか常識に詳しいわけじゃないから、俺の感覚の方がこの世界の一般的な感覚とズレてるかもしれないが、機密事項を取り扱う研究院に入ったから連絡が取れませんって理由で学生の親が無条件に納得できるもんかね。

 連絡を取らせろって騒ぎ立てる親もいるだろうし、親以外の関係者も魔導院に対して騒がないってのも変じゃねぇかな。


 ──ま、そういうものだって言われたら俺も納得するしかねぇんだけどさ。

 常識ってのは、その常識の外から見てる奴にはおかしいものにしか見えなくても、常識の中にいる奴にとっては当然のことなんだし、それを俺の感覚だけでおかしいって思うのは行儀がよろしくねぇしな。

 ただ、それでも違和感は拭えねぇんだよなぁ。なんというか、お膳立てが出来すぎてるっていうか、最初から、そういうことになってるから、そういうものだっていう設定を作られているような違和感があるんだよね。


「アッシュ?」


 おっと、余計なことを考えてたのがジュリアンにバレたようだ。

 ジュリアンは俺の方を振り向き、心配するような表情を浮かべている。

 色々と違和感はあるが、今はそれについて考えてる場合じゃねぇってか。


「悪いね、さっさと行こうか」


 思考が散るのは良くない傾向だぜ。

 集中が途切れてる感じがあるのはラ゠ギィが余計なことを言ったせいかな?

 後で、あの野郎には落とし前をつけなきゃな。


 それと、ロミリアを助けるのも大事だけど、賢者もぶちのめさなきゃな。

 さっきの広間の様子をを見る限りではああいうことをしている賢者も何とかしなきゃいけない存在だ。

 それは、不幸な目にあう人間を減らすためってこともあるけど、世界の安定のために必要なことだしな。


 魂ってのは輪廻転生の概念に則って基本的には使いまわすものなわけだから、その使いまわす魂を使い潰されたら、世界に存在する魂の総量が減り、それによって生き物に宿らせる魂が減ることにもつながる。

 基本的には生命が生まれるには肉体に魂を入れる必要があるから、魂が無いと生まれることができなくなる。だから、魂を使い潰すってのは、その世界全体の生命の出生率自体を引き下げることになる。


 さっきの広間の容器に浮かんでいた人間に加えて、俺が戦った『抜け殻』の数を合わせたら確実に人間、千人分の魂は吸い取って使い潰してるだろうから、この世界はその分だけ永続的に命の数が失われた。

 この世界はちゃんとした神がいないみたいだし、新しい魂を作れる奴はいないわけだから、減った命は減ったままだ。

 放っておけば、この世界の命の総数が減り続けることを考えれば、ここの賢者のやってることは止めないといけないんだよな。


「ロミリアを助けて、賢者を倒す」


 やるべきことはシンプルだ。

 確認するように呟き、俺はジュリアンの後ろについて研究棟の中を通り抜け、賢者のいる塔への道を急ぐことにした。






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