表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/379

禁句

 

 研究棟の入り口の前に立ちはだかるラ゠ギィ。

 俺は邪魔なラ゠ギィを排除するために近づく。

 る気満々な俺に対してラ゠ギィは──


「お手柔らかにお願いします」


 まるで、これから散歩にでも出かけるような気楽さだった。

 舐められてるのかね? いや、それはねぇか。

 ラ゠ギィは棒立ちで俺が近づくのを待っているように見えるが、その立ち姿には一分の隙も無い。


「優しくできるかどうかはそっち次第だけどな──」


 答えながら俺は一気に距離を詰めながら拳を突き出す。

 いつだって、どんな相手だろうと先手を取るのは俺。

 俺はそうありたいと思ってる。

 まぁ、思ってるのと実際どうなるかは別なんだけどね。


 先制するつもりで放った俺の拳は空を切る。

 ラ゠ギィは俺の攻撃に合わせて後ろに跳び、俺の拳の射程外に逃れると同時に蹴りを放つ。

 後ろに跳びながらでも足のリーチならば届く。ラ゠ギィの蹴りは空振った俺の拳と入れ違いに俺の顎先をかすめる。


「いいね」


 良く合わせたよ。

 最初の一発をマトモに食らう奴だったらガッカリだったけど、そんなことはなくてよかった。

 けれどもノーダメージ。もっと、俺をビビらせてくれるんだろ?


「……仕方ないか」


 後ろに跳んだラ゠ギィは着地するなり構えを取る。

 拳を握らない構えだが、足はしっかりと地面についている。

 地球でいう中国武術に近い構え。奇しくも俺と同じだ。


「堂に入ってやがる」


 格好は牧師って感じで、体格も細いってのに構えた姿はゴ゠ゥラより遥かに威圧感がある。


「では、りましょう」


「こっちは最初からそのつもりなんだけどね」


 俺は右拳を前に突き出したまま、右足から踏み込む。変則的なジャブだ。

 しかし、ラ゠ギィは俺の拳をボクシングのパリングのような動きをして掌で叩き落とす。

 俺は即座に左足を前にする構えを取り、左のジャブを放つ。だが、それもラ゠ギィは掌で叩き落として自分に拳を届かせない。だったら、これはどうだろうか?


 俺はジャブを防がれた瞬間に右拳でストレートを放つ。

 しかし、ラ゠ギィは俺の攻撃を読んで後ろに下がって、俺の拳の勢いが弱るのと自分が見切るための僅かな時間を稼ぐのを狙い、そして俺の拳をやはり掌で叩き落とす。


 ハンドスピードが恐ろしく速い。

 俺の拳に対して腕を盾にしてガードするんじゃなくて、手で叩き落として防げてるってことはラ゠ギィの手を動かす速度は俺の拳と同じか、俺より速いってことだ。

 これが攻撃に移った場合どうなるか、それを俺はすぐに知ることになる。


「攻めますよ」


 ラ゠ギィが今度は距離を詰めてくる。

 殴り合いをお望みなら受けて立とうじゃないか。

 俺はラ゠ギィに合わせて距離を詰めようとするが、ラ゠ギィは俺より素早く、俺よりも更に近い距離を選んだ。それは顔と顔が密着するような距離、拳を振り抜くことなど不可能な超至近距離だ。

 俺は即座にラ゠ギィに組み付こうとするが、そんな俺の顔面にラ゠ギィの拳が叩き込まれる。


 肘を曲げ、肩の動きだけで腕を振り回して放つ打撃だ。

 踏み込みも無く、腰も入らないので打撃に重みは無いが、密着状態でも相手に拳を叩き込むことができる。

 殴るというより拳で叩くような超高速の連打。それが俺の顔面を捉えていた。

 手打ちゆえ威力は無いが速い。しかし、いくら軽いと言っても拳という硬い部位を素早く当て続けていれば効いてくる。


 俺はガードをするために腕を上げるが、ラ゠ギィの拳は蛇のような軌道で俺の拳を躱し、俺の顔面を強かに打つ。だが、俺もやられてばかりじゃない。俺は首を振ってラ゠ギィの拳が俺の額にあたるように調節する。


「くっ」


 直後、声を漏らしたのはラ゠ギィ。

 狙い通りラ゠ギィの拳が当たった俺の額はパックリと裂け、血が噴き出す。

 対してラ゠ギィは俺の硬い額を殴った際に拳に痛みが走ったようで、それによって連打のタイミングが僅かに遅れる。それは一瞬の隙だが、俺にとっては充分すぎる隙だ。


「内臓破裂の経験は?」


 俺はその場で地面を踏みしめ、密着状態から全力の発勁を放つ。

 この世界の人間には使えない殺すつもりで放つ一撃。俺はそれをラ゠ギィの腹に叩き込んだ。

 即座に手に伝わる衝撃。確かな手応えを俺は感じる。

 ラ゠ギィは内臓が破裂して吹っ飛ぶ。そんな手応えだ。しかしラ゠ギィは──


「かはっ──」


 息を漏らしたラ゠ギィが吹っ飛んだのは横方向ではなく縦方向。

 ラ゠ギィは俺の拳をくらって真上に吹っ飛んだ。


 それはつまり衝撃を受け流されたってことだ。

 横方向に吹っ飛んでいくはずの打撃の衝撃を受け方によって別の方向に逃がした。その結果、分散した衝撃によって本来飛ばない方向にラ゠ギィの体が吹っ飛んだんだろう。

 おそらく俺の拳の威力は半分も伝わっていない。となれば次は──


 俺は真上に吹っ飛んだラ゠ギィの姿を目で追うことはせずに、正面を向いたまま腕だけを首の後ろにやり、延髄をガードする。そして直後に腕に来る衝撃。

 俺の一撃で真上に吹き飛ばされたラ゠ギィはその勢いのまま俺の頭上から俺の背後に回り込み、延髄を蹴りこんできたんだろう。


 俺はその攻撃を防いだ直後に後ろを振り向いて拳を突き出す。俺の拳の軌道は背後にいたラ゠ギィを捉えていた。ラ゠ギィは咄嗟の反応で腕を盾にして防御の構えを取っているが、俺はその腕をへし折るつもりで拳を放っている。


「ッシィァッ!」


 しかし、ラ゠ギィは次の瞬間にガードを解き、あの手の速さで俺の腕を掴む。

 直後、俺の視界が回転し、天地が逆転する。

 合気道の要領で俺の拳の勢いを利用して俺を投げ飛ばしたんだろう。……凄く良いじゃないか。


 ラ゠ギィは投げ飛ばされ頭から真っ逆さまに地面に落ちようとしてる俺に向かってダメ押しの蹴りを放つ。

 頭から地面に落ちる俺へのローキックだ。それは当然、俺の頭を狙っている。

 その攻撃に対して、俺は頭から落ちる寸前で片手で地面に手を突き、逆立ちの姿勢になり、もう片方の手でラ゠ギィのローキックを防ぐと同時に、逆立ち状態からラ゠ギィの頭に蹴りを叩き込んだ。

 体勢が悪いせいで威力は無いが、意識の範囲外からの攻撃をくらってラ゠ギィはたたらを踏んで後ずさる。


「……思っていた以上に強いですね」


 口の中を切ったのか、ラ゠ギィは唇の端から流れ落ちた血を手で拭いながら俺を見る。


「体術は俺の方が上かな?」


「さぁ、それはどうでしょう?」


 負けを認めてはいないがラ゠ギィは構えを取らない。


「小手調べは終わりにして、仙理術を見せてくれてもいいんだぜ?」


「いえ、もう充分です」


 そう言うとラ゠ギィは俺達の戦いを前にして硬直していたジュリアンの方を見る。


「どうぞ、お通りください」


 そう言ってジュリアンに一礼する。


「えっと?」


 当然、ジュリアンは困惑するがラ゠ギィはシレっとした表情で──


「通さないつもりだったんですが、通してしまったので私の敗けです。どうぞお通りください」


 戦闘の最中に俺とラ゠ギィの位置関係は変わり、ラ゠ギィは扉を塞ぐ位置には立っていない。

 俺の後ろに回り込んだ時点で俺を通したことになるからラ゠ギィにとっては負けってことなんだろう。


「いいのかい?」


「いいも何も私の方は最初から貴方と戦うつもりはありませんからね。先輩がどうしても貴方と戦うと言うから、協力して貴方の足止めをしていただけです」


 ラ゠ギィはそう言うと先程までゴ゠ゥラがいた場所を見る。

 いつの間にかゼティとゴ゠ゥラは戦闘の場所を移していたようだ。


「先輩ではゼルティウス殿には勝てないでしょうし、少しでも足止めをした時点で義理は果たしました。あとは適当に先輩の面倒を見て連れて帰ろうかなと思います」


 本気で言ってんのかね?

 ゴ゠ゥラはゼティと戦ってんだぜ? それってゼティを出し抜くってことだと思うんだけど、それができると思ってんのかね?

 っていうか、そもそも──


「俺は見逃すなんて言ったつもりは無いんだけどね」


 本音を言うと、青神とか賢者よりもテメェとる方が遥かに楽しそうだし、そっちを優先したい気持ちなんだよねぇ。俺は長期的視点を持てない、その場の快楽に生きる男だからさ。


「そんなことを言っても見逃すでしょうね、貴方は」


 ラ゠ギィはそう言うと未だに困惑しているジュリアンを見る。


「貴方は言動ほど狂気に満ちているわけではない。いつも状況を見て動いている。そんな貴方が楽しそうだからという理由で、そこの少年を見捨てるとは私は思えませんからね」


「随分と買い被られてんなぁ。俺がイカレてないって? いやぁ、キミが俺の何を知ってるって言うんだい?」


「何も知りません。ただ勘で言ってるだけですよ」


 ちょっとイラついてきたぞ。

 やべぇな、掌で転がされてる気がする。ちょっと冷静になろうか。

 ……まぁ、良いじゃねぇか。別に見透かされても相手の思い通りになってもさ。

 相手の思い通りの展開になっているのが俺の思い通りの展開って考えようぜ。


「ま、いいや。見逃してやるから行けよ」


「御慈悲に感謝いたします。アスラカーズ様」


 慇懃無礼って言葉知ってるかい?

 まぁ、良いけどね。次に会ったらガチで殺すから、それまでは優しい俺は見逃しておいてやるよ。

 つっても、次に俺と会う前にゴ゠ゥラを助ける過程でゼティに殺されると思うけどね。


「え……っと、ありがとうございます」


 ようやく状況が掴めたジュリアンはラ゠ギィに頭を下げて、その横を通り過ぎ、研究棟へ入る扉の前に立つ俺に近寄ってくる。


「どのような事情があるかは存じませんが頑張ってください。応援しています」


 ラ゠ギィは本心かどうか読めない表情でジュリアンに激励の言葉を送る。

 この様子を見る限りだと、ラ゠ギィは本当に賢者とは関係がないようだ。

 関係ない奴にいつまでも構ってる暇はねぇわな。俺はジュリアン君の前に立ち──


「じゃ、行くか」


 そう言って研究棟の中に入ろうとした、そんな俺の背中にラ゠ギィが何かを思い出したように声をかけてきた。


「そういえば、お聞きしたいことがあったんですが──」


「なんだよ」


 俺は研究棟の入り口の扉に手をかけた状態でラ゠ギィの方を振り向く。


「イザリア・ローランという名をご存知ですか?」


「誰だよ、そいつ?」


 知らない名前だね。

 俺は記憶力に自信がある方じゃないが、その名に関しては聞いたことが無いと断言できる。

 しかし、俺の答えを聞いたラ゠ギィは奇妙だと言いたげな表情を浮かべていた。


「おかしいですね。あの方の口振りからするに、貴方とはお知り合いだと思ったのですが」


「だから、誰だよ。そのイザリアって奴は」


 肩書きを聞けば名前を思い出すと思うから、教えてくれてもいいんだぜ?


「白神教の教皇ですよ。御存知ありませんか?」


「御存知ねぇなぁ」


 全く聞いたこともねぇよ。

 ただ、良い情報ではあるね。白神教に関しては色々と知りたいこともあるんで、そのトップの名前が分かったのは収穫と言って良いかも。


「もう良いかい? 俺らはけっこう急いでんだよ」


 暇そうに見えるけど、ここにいるジュリアンの彼女を助けに行かなきゃいけなくてさぁ。


「では最後にもう一つだけ──」


 俺はラ゠ギィの方を振り向くことなく最後の質問を聞き流す。


「──アロンデイルという地名に聞き覚えは?」


 ……………………あー、うん。

 あぁ、そうそう、そういう感じですか。

 おっけー、おっけー、俺は冷静ですよってね。

 大丈夫、大丈夫、問題なし。


「あぁ、そうだねぇ、どこかで聞いたことがあるかもなぁ。でも、ちょっと思い出せないなぁって──」


「それはおかしな話ですね。アロンデイルは貴方の今は亡き奥方の生きていた世界の名前では──」


 最後まで言わせずに俺はラ゠ギィの言葉を遮るようにその体を内力を変換した炎で焼き尽くす。

 しかし、焼き尽くしたはずのラ゠ギィの声が辺りに響く。


「あぁ、そういえば猊下は貴方と会ったら、こう言うようにと仰られていました──『アロンデイルを思い出せ』──と」


「──殺せドライブ、我が衝動カルマ。三千世界をかばねで埋めろ」


 姿を見せなくても良いぞ。

 話したいことがあるなら、好きなだけ喋ると良い。

 とりあえず、秒でこの世界を滅ぼすから、滅びるまで好きに喋ってればいい。

 教皇がどうとか言ってたが知った事か。要は俺に喧嘩を売ってるんだろう?

 だったら皆殺しにしたほうが手っ取り早い。この世界の全ての生き物を殺せば教皇も死ぬだろ?


「御気分を害してしまったのなら申し訳ございません。これ以上、御不快な思いをさせないよう、私はこの辺りで失礼させていただきます」


 一方的にそう言い残しラ゠ギィの気配は消える。

 逃げたか? 逃げる? 逃げられねぇよ。

 俺にぶち殺されたくて、俺が聞きたくないことを話してたんだろう?

 自殺志願だっていうなら、望みを叶えてやるよ──

 殺意が高まるのを感じる。だが、その瞬間、不意に目に入ったのは──


「アッシュ?」


 ……少し冷静になろうか。ジュリアンが心配そうな顔で俺を見ている。

 多分だけど、今の俺はちょっとヤバい顔をしてそうだね。


 ……これは良くねぇよなぁ、良くねぇよ。

 もうちょっと気持ちを穏やかにしないと駄目だね。

『アロンデイル』? 俺の死んじまった嫁さんの故郷ってだけじゃないか。

 そんなにナーバスになるようなことはねぇって。

 ほら、フェルムにいた時も俺は俺の嫁さんとの思い出をわざわざ見せられたんだし、それと同じことさ。

 大丈夫、大丈夫、俺は我慢・・できている。


「イザリア・ローランね」


 ……うん、ラ゠ギィは良いことを教えてくれたぜ。

 アロンデイルの事を知ってるとか、これはもうマジで話を聞きにいくしかねぇよな。

 でも、今は──


「あの、大丈夫?」


 ジュリアン少年の邪な望みを叶えてあげるのを優先しないとね。

 邪神たるもの、邪な願いを無視するわけにはいかないって、だから教皇の事は今は後回し。


「なぁ、ジュリアンはロミリアを助けたら何がしたいんだっけ?」


 急な俺の質問にジュリアンはキョトンとし、続けて顔を真っ赤にする。


「あぁ、ごめんごめん。エロいことをしたいんだったね? 口には出せないようなヤバいプレイをしたいし、ロミリアに野球チームを作れるくらい子供を産ませたいんだっけ?」


「そんなことは言ってない!」


 そうだね、この世界には野球は無いから野球チームを作れるくらいなんてジュリアンが言うはずないもんな。じゃあ、サッカーチームを作れるくらいだったかな。まぁ、なんにせよ──


「いやらしいねぇ」


「何がっ!?」


「分かってるって、みんなには内緒にしておくから大丈夫だよ」


「何も分かってない……」


 邪な願いを持ってるとか知られたくないもんな。

 俺は個人情報は守る邪神だし、守秘義務を順守するコンプライアス意識の強い邪神だから大丈夫。


「ま、何でもいいから、さっさとロミリアを助けに行こうじゃないか。ジュリアンの下半身のムラムラが限界を迎えないうちにさ」


「何を言っているのか全く分からない……」


 俺は肩を落とすジュリアンを尻目に意気揚々とした気分で研究棟の扉を開ける。


 ……今は教皇のこともラ゠ギィのことも「アロンデイルを思い出せ」って言葉も忘れよう。

 まずはロミリアを助けてジュリアンの願いを叶える。そのために頑張ろうじゃないか。色々と考えるのはその後でいい。


 さぁ、お姫様を救出しにいこうか。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ