障害物
──マークにセレシアの相手を任せ、俺達は塔への道を急ぐ。
魔導院は目前つまり賢聖塔も間近だ。
「マークは大丈夫かな……」
ジュリアンが俺の後ろの走りながら呟く。
ジュリアンにもセレシアの強さは何となく分かるんだろう。
でも、それならマー君の強さってのも信じてやって欲しいね。
「ま、心配はいらないだろ。相性ゲームになったらマー君に勝てる奴はいないからな」
能力の相性から見ればマー君がセレシアに敗けるってことは無いだろう。
セレシアは使えるのが魔力だけだし、魔力しか使えないのならマー君に勝つのは不可能に近い。
「駆動態になったらマークが勝つのは間違いないだろう」
ジュリアンの後ろ最後尾を走りながら敵を警戒するゼティも俺と同意見だ。
ま、そうは言っても俺らの中では弱い方だから何が起きるかは分かんねぇけどさ。
マー君の業術は魔術士というか対魔力に偏ってるから、使徒の中では結構厳しい。
物理攻撃も魔力を使った攻撃も無効化できるけど、逆にいえばそれ以外の闘気を用いた攻撃は防げないし、そもそも戦う相手が業術の駆動以上を使えってくれば無効化はできない。
マー君の物理攻撃なんかを無効化してるのは『マー君が考えた世界のルール』を自分に適用してるからってだけで、他の業術使いが『自分の考えた世界のルール』を適用してきた状態で殴られれば防げない。なので、俺が業術を発動した状態ならマー君が業術を使っても殴れたりする。
「なんにせよ、そこまで心配することはないと思うね」
セレシアは魔力を使った攻撃しかできないし、業術も使え無さそうだったからマー君が本気になれば相性の差でマー君が勝つのは間違いないってこと。
だから、ジュリアンが気にすることは無いし、それよりもキミは──
「心配するなら自分の方だな」
俺は立ち止まり振り向くと、ジュリアンの襟首を掴んで、俺の方に引き寄せる。
直後、一瞬前までジュリアンが立っていた場所に魔術による火球が着弾する。
「な、なんで?」
ジュリアンは魔導院の方を見て声をあげる。
魔導院を囲む壁の上には学生と思しき連中が立っており、そいつらが魔術を使うために用いる杖を俺達に向けていた。
「どうやら、敵認定をくらってるみたいだぜ?」
ま、理由は分からなくもねぇけど。
魔導院の敷地の中に入るためには門を抜けなければいけないわけだが、城門を思わせるような魔導院の門は固く閉ざされ、魔導院を囲む壁の上にはこちらを狙う大量の学生。
門までの距離はまだまだあるが、さてどうしたもんか。まぁ、悩むほど答えが難しいわけじゃねぇけどね。
「ゼティ、行け」
俺が命令するとゼティが門に向けて全速力で駆け出す。
「何をするつもりなんだ」
剣一本で門を破れるわけないって?
「大丈夫、アイツは城だって真っ二つに斬ったことあるからな」
門なんて楽勝よ。
ゼティを近づけないように壁の上から学生たちがゼティに魔術を撃つが──
「魔鏖剣九の型──破魔九浄」
ゼティが振るう剣から放たれた光が魔術を消し飛ばす。
破魔の技って本人は言っていたけど実際は魔力なんかも問答無用に消し飛ばす技だ。
業術を発動したマー君は体が魔力で構成された状態になるから、これ食らうと消し飛ばされて一発で死ぬんだよ。相性ってのは大きいね。
魔術が一瞬で掻き消され狼狽える学生達をしり目に瞬く間に門へと辿り着いたゼティは剣を大きく振りかぶる。そして──
「魔鏖剣八の型──剛衝八破」
鋭さや速さを捨て去り、ただひたすらに強烈な一撃を叩き込むことだけに全力を注いだ一太刀。ゼティが振り抜いた剣が爆音を轟かせ、門を打ち破る。その一撃の強烈さは辺りを揺るがし、壁の上に立っていた学生たちが思わず尻餅をつく。
「よし、行こうか」
俺はジュリアンを急がせ、壁の上の学生達が尻餅をついて怯えている内に魔導院の敷地の中に突入する。
「このまま塔まで行くのか?」
「当然だろ。ちゃっちゃとお姫様を助けに行こうぜ」
門を破った勢いのまま先を進んでいたゼティと合流し、俺達は学院の校舎の中に入り、そこから研究院の建物を抜けて賢聖塔を目指そうとするが。そうして進もうとした俺達の前に現れたのは──
「げっ」
校舎に入るなり俺は俺の担任のジョニー先生……ジョニセンとバッタリ出くわしてしまった。
……担任ってわけじゃなかったっけ? まぁいいや。とりあえず知り合いの先生だ。
「げっ──ってなんスかねぇ、先生。可愛い生徒にそんな態度は傷つくぜ」
「マトモに授業も受けないくせに何が生徒だ──ってそんなこと言ってる場合じゃねぇや」
ジョニセンは俺達から逃げるように走り出す。
そのまま放っておいても良さそうだったんだけど、なんだか気になったので俺はその後を追う。
「おい?」
「ちょっと?」
ゼティとジュリアンが俺の行動に驚くが、その二人より驚いたのは当然──
「なんで追いかけてくんだよ、お前は!?」
そりゃあ、逃げるからでしょ。
ちょっとお話をしようぜ、先生?
──逃げ切れないと観念したジョニセンは俺達と一緒に空き教室の中に入る。
そうしてちゃんと話ができる状況になった瞬間、ジョニセンは──
「今度は何をやったんだ、お前は?」
「俺を名指しかよ」
ジョニセンは俺を見ていう。
まるで俺が問題児と決めてかかっているような態度だ。
「泣けてくるぜ」
教師の決めつけは生徒の心を殺すんだぜ?
まぁ、俺は生徒じゃないから良いんだけどね。
「ええと、ジョニー先生にお聞きしたいんですが、学院は今どうなってるんですか?」
「どうなってるもこうなってるもない。みんなイカレてるんだ。特にお偉い先生方がな」
む、ジョニセンはどうしてジュリアンにはちゃんと対応するんですかね。
生徒に対して差をつけた対応は良くないと思いますねぇ。文句言って良いですか?
「お偉い先生というのは?」
「そのままの意味ですよ。えーと、ゼルティウス先生? どうしてアッシュ・カラーズと一緒に?」
なーんで、ゼティに丁寧語なんですかね。
用務員の先生で同僚だからか?
俺は問題児だからおざなりな対応しかしてくれないってのか?
泣けてくるね。肩書きだったり日頃の行いで人を判断するとかさ。
「できれば、もう少し詳しくお願いします、ジョニー先生」
「もう少し詳しくって言われても……長いこと学院の教師をしていて発言力のある先生たちが急に『アッシュ・カラーズは賢者様を脅かす存在だ!』なんて言い出したんですよ。そしたら、次は学院と賢者を守るためだとか言い出して学生達に魔導院の防衛に加わるように言い出したんです」
壁の上にいた学生たちは教師の口車に乗って学院の防衛に乗り出した連中かな。
「先生は何をしていたんですか?」
ゼティは質問をしているけれど、実際には尋問なんだよなぁ。
変な答えを言ったら、真っ二つなんだけど、ジョニセンはそれを分かってるだろうか。
「いや、私は付き合いきれないなぁって思って、同じことを思った他の先生や学生と一緒に隠れてたんですよ」
「お偉い先生の言葉には乗らなかったんだ」
キミの方が偉いね。
乗ってたら、俺達と敵対することになってたからゼティに首を落とされてたかもしれないぜ?
「いや、だっておかしいだろ。急に学院を防衛せよとか言われても、そんなの普通のことじゃないし、素直に従えるわけがない。それに学生を動員するってのも、何を考えてるんだって話だ。学生は勉強しにここに来てるのに、何で兵隊の仕事をしなきゃならないんだ。それなのに戦わせようなんて言ってる奴らはどう考えてもおかしいだろ? だから、俺は学生達を他の教師やら好戦的な学生に見つからないように匿って、とりあえず自体が収まるまで待とうと──うわっ!?」
俺は話してるところ悪いと思いながらもジョニセンに蹴りを入れて突き飛ばす。
直後、ジョニセンが立っていた場所に教室の外から岩の塊が突っ込んできた。
「な、なんだ!?」
なんだろうね。
まぁ、俺達を狙ってる奴らだろうけど。
「──何をしているんですかジョニー先生。教職員及び全生徒は学院の防衛にあたるように学院長代理から命令が出ているはずですが?」
岩が突っ込んでできた穴から教室の中に入ってくるのは白服の学生達。
その中には風紀委員の腕章をつけた者もいる。
「ふざけんな! 学び舎の中で何が命令だ! ここは戦場でもなければ俺達は軍隊でもねぇんだぞ!」
尻餅をついたままジョニセンが白服の学生達に向かって怒鳴る。
「戦う気のない学生を無理矢理に戦わせようとして、お前ら自分達が何をしてるか分かってんのか?」
ジョニセンの言っていることは真っ当なような気もするけど、悲しいことに相手は真っ当な意見が通じる相手では無かったようだ。
白服の学生達は呆れた様子で肩を竦めると俺達の方に向き直る。
「魔導院を奪おうと画策するアウルム王国の手先め!」
どうやら、そういう物語が作られたようだ。
俺達は賢者を暗殺して魔導院を乗っ取ろうとする悪役って感じか?
良いね、楽しそうで。
「貴様らに賢者様を暗殺などはさせん。そして我々が魔導院を守る」
あぁ、そうですか。頑張って。
何も真実を知らないってのは可哀想だけど同時に笑えてくるね。
「アッシュ」
ゼティがスッと前に出たので俺は注文を付ける。
「殺すなよ」
騙されてるだけのただの学生だ。
殺すのは可哀想だから手を抜けよ?
「無論だ──」
──白服の学生達は語るほどの出来事も無く一瞬でゼティに倒された。
「アウルム王国の手先ってやっぱりお前らが原因かよ」
ジョニセンの方を見ると、ジョニセンの周りにも白服の学生達が何人か倒れている。
どうやら一人で倒してしまったようだ。けっこう強いんだね、驚き。
まぁ、白服の連中が弱いってのもあるのかもしれないけどさ。
「俺達が原因だったら、どうするんだい?」
「どうもしねぇよ、俺はこの状況にイカレてない教師や学生を守らないといけないから。お前らになんか関わってられないんだ」
「その割には校舎内をほっつき歩いていたみたいだけど?」
「そりゃ、逃げ遅れた奴がいないか探してたからだよ」
ま、何でも良いけどね。
「あの、先生。僕たちはどうしても行かなければいけないんです。お願いですから見逃してくれませんか?」
ジュリアンがジョニセンに涙ながらに訴える。
見逃さないって言われても、その時は倒せば良いだけだから必死に頼まなくて良いと思うけどね。
「だから言ってるだろ。お前らなんかに関わってられないって。そもそも関わり合いたくもないんだよ。こっちは面倒を見ないといけない奴らが大勢いるんだから、問題児の相手なんかしてられるか」
「悲しいぜ、見捨てられてるとかさ」
「日頃の行いを省みたら、見捨てられるのが当然だと分かるだろうが」
「俺は過去を振り返らない男なもんでね。未来に思いをはせ、空想の中に学ぶ男なのさ」
俺の前向きな未来志向を聞いたジョニセンは大きく溜息を吐く。
「もう何でもいい、とにかくこのイカレた状況を何とかしてくれるなら俺は何でも構わない。さっさと行ってくれ」
「もうちょっと激励の言葉を送ってくれてもいいんじゃないですかねぇ、センセイ?」
「職場をぶっ壊そうとしてるかもしれない奴に激励を言えるかっての」
まぁ、それもそうか。
俺達はジョニセンに追い払われるようにして教室を出て、再び塔への道を進む。
ジョニセンが意外にマトモでちょっと驚いてる。でもまぁ、悪い気分じゃないね。
良い人間を見ると心が温かくなるぜ。
「そう思うよな?」
「え、何が?」
分からないなら別に良いさ。
さて、研究院のある研究棟へ続く通路に着いたわけだが、ちょっと問題が発生してるようだ。
「アッシュ」
ゼティが俺に声をかけ、ジュリアンを挟むようにして俺の後ろに着き、後方を警戒する。
通路の先にあるのは研究棟へ入るための扉。結界の気配は感じられないが、そんな結界よりも厄介な存在が扉の前に立っているのが目に入った。
「これはこれは、随分と不思議な場所で会うものですね。邪神アスラカーズ様」
研究棟へ入る扉の前に立っていたのは黒い祭衣を身に纏った白神教会の宣教師であるラ゠ギィだ。ラ゠ギィは俺達の行く手を遮るように扉の前に立っている。
「随分とお急ぎのようですが、私の後ろの扉の方に何か御用時でもあらせられるのですか?」
「えぇ、そうです。御用事があらせられるのですよ」
わざとらしい丁寧な言葉はこちらを挑発する意図があるんだろうね。まぁ乗らねぇけどさ。
でも、挑発には乗らないけど、喧嘩は買うよ、俺はね。
俺はジュリアンにその場に立ち止まるように手で合図しラ゠ギィにゆっくりと近づく。
「そちらもこちらに何か御用時があってそこに立っていらっしゃるんですかねぇ!」
偶然ってことはねぇよな。
殺気を出しながら俺はラ゠ギィに近づくがラ゠ギィは狐を思わせる顔つきに口元だけ笑みを浮かべながら俺を見ている。戦る気があるかは判断が付かない。
ま、それはいいとして、どうしてラ゠ギィがここにいるんだろうね、とりあえずそれが聞きたい。
「えぇ、貴方様のおっしゃる通り、こちらはそちらに用事があってまいりました。市内で戦っている貴方様の気配を感じ、進行方向から目的地はここだと察して、待ち伏せしておりました」
「ってことは、賢者とは何も関係なし?」
俺の疑問にラ゠ギィは笑みを浮かべ頷く。
「はい、関係ございません。我々の狙いは貴方様、ただ一人でございます」
前方に立つのは慇懃無礼を絵にかいたような態度のラ゠ギィ、そして直後に感じる背後からの濃密な殺気──
「アスラカァァァァズッ!」
ラ゠ギィがいるとなれば当然ゴ゠ゥラもいる。
ラ゠ギィが前にいるのなら背後からはやはり当然ゴ゠ゥラ。
だけどな──
「行かせると思うか?」
──俺の後ろにはゼティがいる。
ゼティは後方から突進してくるゴ゠ゥラの前に立ちはだかると剣を一閃。
次の瞬間、ゴ゠ゥラは体から血を吹き出して倒れこんだ。
「まったく先輩は……」
ラ゠ギィが呆れて肩を落とす。だが、そんな落胆に反して傷を負ったゴ゠ゥラは平然と立ち上がり、自分の邪魔をしたゼティを睨みつけていた。
ラ゠ギィの態度も気になるが、それよりも俺が気になるのはそんなゴ゠ゥラの姿だ。
以前に見たゴリラのような体格は明らかに縮んでおり、顔つきも以前とは異なっている。
俺はそれを見て何があったか察し、ゼティもゴ゠ゥラの変化に気づき明らかな怒りを覚えている。
「おまえ、アイツにヒト食いをさせたのか?」
割とマジで信じられねぇんだけど。
実力の足りない奴がヒト食いをしたらどうなるか知らないわけじゃないだろうに、正気とは思えねぇよ。
「先輩の望んだことですから」
ラ゠ギィは顔に何の感情も出さずに肩を竦める。
やっぱり分かってて食わせやがったな、コイツ。
俺は少しラ゠ギィに対してイラついた気分になる。
誰も幸せになる可能性のない結末をコイツは分かってて選んだ。それが俺の癪に障る。
コイツはどうしてくれようか? 俺がラ゠ギィを見据えると後ろからゼティの声が呼びかけてくる。
「アスラ、お前は先に行け。俺はこいつを殺してから行く」
底冷えのするような冷たい声。
俺はその声に答えない。ゼティは俺が了承以外の返事はしないと分かっているから確認のために聞いただけだ。
「……私を倒すより先に進むことの方が大事のような言い方ですね」
ラ゠ギィは俺の後ろ、ゴ゠ゥラと対峙するゼティの方を見て言う。
「こっちは忙しいんだよ。お前の相手をするよりも大事なことがあってね」
俺の後ろにいるジュリアンのためにも、俺の行く手を遮るというなら、ぶちのめすだけだ。
さぁ、戦るかい、仙理術士のラ゠ギィ君?




