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削りあう

 

 マークは業術で生み出した煙草の煙を口から吐きながら、改めてセレシアの姿を確認する。

 見た目は鎧を身に纏った少女だが、使徒の見た目と実年齢は比例しない。ここまで戦った限りではセレシアは相当な技量を持つ戦士だというが分かってる。

 鍛錬を積み丁寧に磨き上げた技術に加えて、戦闘に際しては経験によって獲得した判断力と対応力。そして直感に身を任せられる大胆さも併せ持っている。

 武器は全長60cmほどの片手剣に上半身を隠せる程度の大きさの円盾ラウンドシールド

 それに加えて対抗魔術アンチマジックで魔術を相殺して防ぐということもできる。

 セレシアが使った魔術はマークの知らない世界のものだから、マークはすぐに妨害をする方法は思いつかない。


「どうした、かかって来ないのか?」


 セレシアは挑発するように言うと、手に持つ盾を自分の剣で叩き始めた。

 威嚇と挑発の意味のある行動である。その行動に対してのマークの反応はというと──


「……火とは始まりの象徴である」


 マークは魔術の詠唱を始める。

 その瞬間、セレシアは一気に距離を詰め斬りかかる。

 セレシアの常識であれば詠唱中の魔術士は隙だらけであり、攻撃のチャンスだからだ。

 しかしながら、マークはそういったセレシアの動きは予測している。


「……水とは持続の象徴である」


 マークは詠唱しながら手に持った警棒でセレシアの剣を受け止める。

 そして受け止め防ぐと自然な動きで反撃の打撃を行う。


「……風とは変化の象徴である」


 反撃を行いながらマークの詠唱は続く。

 マークの意識は完全にセレシアの方に向いており、その動きに対応しながら口だけが魔術の詠唱を行う。


「……地とは永遠の象徴である」


 魔術の発動に思考のリソースを割いたら、それだけ相手の動きへの対応が遅れる。

 それ故にマークは魔術の発動に関して可能な限り、思考を必要とするプロセスを省く。


「四元は象徴であり、現象──」


 セレシアは盾で身を守りながら、後ろに下がる。


術式コード──ダオス・アクティオス」


 直後に放たれるマークの魔術。

 それは盾を構えるセレシアの頭上から振り下ろされる漆黒の鉄鎚。

 闇色の柱がセレシアを押し潰すが──


「……詠唱と実際の魔術が噛み合ってないな」


 セレシアは咄嗟に盾を真上に向け闇色の柱を受け止めていた。

 上から押し潰そうとする漆黒の柱に耐えながらセレシアはマークの魔術について言及する。


「そりゃそうだろ。詠唱から効果が分かる魔術なんて使っても防がれるからな」


 言いながらマークは足の裏を地面にこすりつける。

 それは良く見れば、足の裏で何かを書いているようにも見え、それを見てセレシアはマークが何をしたかを察する。


「分かったって顔だな。足の裏で魔法陣を書いて発動したんだよ。詠唱は全くのでまかせってわけ」


「なるほど、腑に落ちたよ」


 セレシアはそう言うと辛うじて耐えていた様子だった闇の柱を掻き消し、マークに向かって駆け出す。


「ブラフ頼りの不意打ちしか能のない奴であればで恐れるに足らず!」


 セレシアは一気に距離を詰めて剣で斬りかかろうとするが、その瞬間セレシアの体が突然燃え上がる。


「悪いな、全くのでまかせってのがでまかせなんだ」


 燃え上がるセレシアの体に強風が吹きかかかり、炎はさらに勢いよく燃え上がる。


「ちゃんと詠唱はしてたんだよ。ただ、発動が遅かったってだけ」


 セレシアの体の周囲に魔術によって液体の玉が生み出される。

 それを水と思ったセレシアは自分の体を焼く炎を消すために、液体の玉に手を伸ばすが、その瞬間セレシアは爆発に巻き込まれる。


「水じゃなくて可燃性の液体だよ。水属性の魔術って毒液を生み出すのもあるんだから油を生み出すってのもできるんじゃないかと思ったらできたんだよ。俺の経験だと水属性ってのは水を司るっていうより、水っぽい物──液体全般を司ると思うんだが、どう思う?」


 爆発によって炎が吹き飛んだセレシアは焼け焦げた姿で地面に転がっていた。

 これでようやく一回殺せたか。そう思ったマークはセレシアに聞こえないように気をつけながら、ホッと一息吐く。


「……どいつもこいつも使徒というのは卑怯者しかいないのか」


 使徒のセレシアは数回殺した程度では死なない。

 焼け焦げた死体だったセレシアの姿が巻き戻って最初の状態に戻る。

 鎧も何もかも戦闘開始時と同じ状態だ。


「テメェの価値観で卑怯者と言われてもな。女を攫って行くような奴に言われたくはねぇよ」


 自分も同じ条件なわけだが、マークは何度も生き返るセレシアにウンザリした気分になる。

 セレシアの方はマークの言い草が癇に障ったのか、マークを睨みつけるが、マークは業術で生み出した煙草を吸いながら視線を受け流す。


「ちなみに教えておくが、テメェに火を点けたのは『水とは持続を象徴する』って詠唱の方な。詠唱と魔術の効果の意味が合わないように思うかもしれないが、詠唱の言葉で魔術を発動させたわけじゃないんだよな──っと」


 セレシアが動き出し、マークは後ろに飛び退く。


「講釈の途中なんだけどな」


「そちらが勝手に喋っているだけだろう。私が聞いてやる義理はない」


 マークはセレシアから距離を取れないと察し、即座に自分の目の前に魔術で防御壁を作り出す。だが、その防御壁を前にして、セレシアは盾を全く見当違いの方向に放り投げた。


「何をして──」


 セレシアの盾を投げる行動の意味が分からないマークは目を見開く。

 だが、直後に背中に衝撃を受けて、前のめり倒れた瞬間に何が起きたかを察する。

 セレシアが投げた盾は大きく旋回して防御壁の後ろへ周りこみ、壁の後ろに立っていた自分に激突したのだとマークは理解する。

 視界の端で自分の背中を強打した後で盾が周囲の建物にぶつかりながらピンボールの要領でセレシアの手に収まるのが見えた。


「講釈の続きをしても良いぞ──」


 セレシアが剣を振り上げながら近づいてくるのが見える。

 マークは今の命を捨てることを決めた。残機はまだある。セレシアとどちらが多いかは定かではないが、二回から三回死んだところで問題はない。


「──話ができるならな」


 マークはセレシアの剣で首を斬り落とされることを甘んじて受け入れる。

 ──首を落とされたマークの死体は即座に塵となり、次の瞬間にはセレシアから数メートルほどの距離に無傷の状態の肉体が再生される。


「──話の続きをしてやろうか?」


 マークは業術で生み出した煙草を口に咥えて吸うと、自分の魔力を混ぜた煙草の煙をゆっくりと吐く。


「世界の数だけ魔術はある。詠唱の言葉が魔術を発動させるための鍵である場合もあれば、イメージが魔術の発動の鍵になり、詠唱はそのイメージを補うためだけにあるといった世界もある。そして、詠唱の言葉ではなく『音』が魔術を発動させる鍵となる世界もある。例えば『トォン』という言葉を口にした場合」


 マークがそう言った瞬間、周囲に無数の炎の矢が生み出され、それらがセレシアに向かって発射される。


消魔ドゥスト


 セレシアがそう唱えるとセレシアに届く前に炎の矢は消え去り、威圧感を振りまきながらセレシアはマークに向かってゆっくりと近づいていく。


「今のは『トォン』という呪文によって魔術が発動したんじゃない。『ト』と『ォ』と『ン』の三つの音に同じ波長の魔力を乗せて発声することで、魔術的な現象を引き起こす力ある言葉となり魔術となる。重要なのは言葉ではなく音と音に乗せる魔力だ」


 ──直後、セレシアの周囲に先程以上の数の炎の矢が生み出されてセレシアに襲い掛かる。


消魔ドゥストっ!』


 しかし、それらもやはりセレシアは簡単に掻き消す。

 マークは防がれても予想していた様子で──


「魔術の発動は別に連続した音じゃなくても良い。重要なのは音に乗せる魔力を一定の波長にすること。音と音を結ぶのじゃなく、音に乗せた魔力を結び合わせることで魔術が発動する……」


 マークはそこで一旦区切り煙草を吸い、セレシアがそれを見た瞬間に走り出す。


「さて、ここで問題だ。俺はここまでどれだけの音を口にしただろうな? 意味のある言葉の連続ではなく、音に魔力を乗せて結び付けるだけで魔術が発動するのなら、俺が口にした音の数だけ魔術が発動すると思わないか?」


 セレシアはマークその言葉を聞いた瞬間、足を止め周囲を警戒する。

 マークの言う通りならば、それこそただ喋っているだけでも魔術が発動するのだから、どこからどんな魔術が来るかは分からない。しかし、セレシアが警戒を強めても、マークの言うように大量の魔術が発動するということは無く──


「嘘に決まってんだろ? どこまでが嘘とは教えねぇがな」


 セレシアは自分がからかわれたことに気づき、顔を怒りで真っ赤に染め、マークに向かう。

 だが、その瞬間セレシアの体はまたもや炎に包まれた。


「嘘と言ったのが嘘。相手の体を発火させる魔術の発動にに必要な音は『ト』と『ワ』って音だ」


 マークが口を開くとセレシアの体が更に燃え上がるが、燃え尽きるほどの炎ではなく、炎はすぐに収まり、焼けたセレシアの体も一瞬で元通りになる。


「これを何回続ければいいんだろうな」


 煙草を咥え、マークは煙を吐く。

 既に周辺の空気中の魔力はマークの業術によって汚染され、マークの支配下にある。

 それによってマークは空気中の魔力を自分の体内の魔力と同じように自由に扱うことができる。


術式コード──万火征焼、天上天下を焼き払え──ラーガ・スフィールド」


 周辺の魔力が収束されマークの頭上に太陽を思わせる火球が創り出される。

 セレシアはそれを見た瞬間、その火球に盾を投げつけ、火球の形成の妨害を図る。


消魔ドゥスト!」


 盾から放たれた魔力の波が魔術を打ち消し、火球を消滅させる。


術式コード──奈落集成、万象を食い尽くせ──ダオス・スフィールド」


 盾の無いセレシアに向けてマークが放つのは掌に収まるサイズの漆黒の球体。

 反応が遅れたセレシアは回避しきれず、その球体が腕を掠める。すると、その瞬間漆黒の球体は急激に膨張し、セレシアの体を飲み込み、消滅させる。

 マークの魔術を受けて跡形も無くなったセレシアだが、しかし、消え去ったと思った瞬間、無傷のセレシアがマークの前に現れる。

 その表情は何かが腑に落ちたようで──


「なるほど、復活の仕方が分かってきた」


 セレシアはそう言うと自分の首を手に持った剣で斬り落とした。

 直後、セレシアの体は光の粒子となって散り、消え去る。

 マークは即座に背後を振り向こうとするが、それより早くマークの背中を剣が貫いた。

 マークが辛うじて後ろを見ると、そこには一瞬前に自分の首を斬り落としたはずのセレシアが立っていた。


「使徒が死んだ際、復活できる場所はある程度自由に選べる。しかし、自分が死んだ場所から離れるほど、力を多く消耗すると、そういうことか」


「その通り」


 マークはセレシアから距離を取って復活する。

 それを見届けたセレシアは即座にマークに向かって盾を投げつける。

 高速で飛来する盾に危険を感じたマークは咄嗟に魔術で防御壁を張るが──


「口を開かせると危険だと分かった。ここから、もう口は開かせない」


 セレシアの投げた盾は防御壁に弾かれることなく防御壁に激突したまま壁を突き破ろうとする。

 マークが危険を感じ、壁から距離を取ろうとするが、それよりも早くセレシアが防御壁に向かって走りこんでいる。セレシアは駆け寄りながら飛翔し壁を突き破ろうとする自分の盾に向かって撃ち出すように剣を叩きつける。すると、セレシアの打撃によって勢いを増した盾は防御壁を突き破り、マークに向かって一直線に飛ぶ。


術式コード──っ!?」


 魔術を発動しようとしたマークにセレシアの撃ち出した盾が激突し、マークの体が吹っ飛ばされる。

 マークを吹き飛ばした盾は跳ね返り、セレシアの手元に戻ってくると、セレシアは今度は盾を真上に放り上げ、野球のノックをするように自分の盾を剣で打った。

 セレシアの一打により盾は高速で飛び、吹き飛ぶマークに直撃し、その体を叩き落とす。


「口を開いて講釈を垂れてみせろ!」


 セレシアは地面に落ちたマークに駆け寄る。

 マークに激突し跳ね返った盾が、走るセレシアの手に自然な動きで収まるが、セレシアは再びその盾を投擲する。ただし、今度は全くマークに向けて直接ではなく、周囲の建物の方に向けて。


「喋らせてくれるなら、しゃべ──」


 マークが起き上がり口を開こうとした瞬間、マークの首が斬り落とされる。

 斬り落としたのはセレシアが一瞬前にまるで見当違いの方向に投げた盾だった。

 セレシアの盾は近くの建物の壁に弾かれピンボールの要領でマークの背後に回り込むと、マークの意識の外から飛来し、その首を斬り落としたのだった。


「クソ女──!」


 斬り落とされた首が一瞬で元通りになり、マークは向かってくるセレシアに向けて魔術を放つ。


省略詠唱インスタントキャスト──アダマントの槍」


 形代を一枚使い、最速で放つ黄金の槍の射出。

 向かってくるセレシアは回避できるタイミングではない。

 しかし、槍が射出される直前にセレシアの手に盾が戻り、それが次の展開を決定した。


「見せてやる私の技を──」


 眼前に迫る黄金の槍を見てもセレシアの思考には恐れはない。

 黄金の槍に向けてセレシアは盾を構える。それで防ぐだけならば技ではない。

 セレシアは飛翔する槍に対して、受け止めるのではなく受け流す。ただし、その際に盾の角度と自身の体勢を調整。槍を後ろに受け流しながら、その方向を調整することで進行方向を調整、直進していた黄金の槍はセレシアを支点に急激に方向を変え、Uターンしてマークの方向へと撃ち返される。

 マークの眼にはセレシアが盾で槍を受け止めたと同時にその場で回転したと思ったら、自分が放ったはずの魔術が自分に向かって跳ね返ってきたようにしか思えなかった。


 何かの術か──

 それを考え、対処しようとした瞬間、マークは自分の放った黄金の槍で自分の体を貫かれた。

 セレシアがマークの魔術を撃ち返したそれは術は術でも、単なる技術だ。


 魔術でも特殊能力でもなく技術だけで相手の投射物を跳ね返す。

 セレシアが人間だった頃「矢返し」と呼ばれた技だ。もっとも返したことのあるのは矢に留まらず、投げ槍、魔術、投石器、銃弾、砲弾など、ありとあらゆる物を、セレシアは技だけで相手に跳ね返してきた。

 その技術が、使徒になった今、マークに向けて使われたのだった。


「クソが──」


 槍に腹を貫かれたマークは自ら命を絶って、仕切り直そうと血を吐きながら自分の体に魔術を使おうとするが──


「させると思うか?」


 セレシアはマークに近づきその顔を盾で殴り飛ばす。


「殺したら復活するんだろう? それなら半殺しにして放置してやる」


 セレシアはマークを踏みつけるとその体に剣を振り下ろそうとするが、その瞬間セレシアの体が赤い雷に貫かれる。セレシアの体がよろめいた瞬間、マークは自ら命を絶ち、距離を取って無傷な状態で復活を果たす。


「魔術の発動には色々な方法があるんだよ。例えば、今みたいに舌で魔法陣を描く。口の中で描けば相手には見えないし、俺が知る限りでは一番バレずに使える動作型の魔術発動方式だ」


 セレシアはダメージから立ち直り、講釈するマークを見据えていた。


 さぁ、どうする?

 マークはセレシアの視線を余裕の表情で受けながらも背中には汗をかいている。

 マークがセレシアに自分の魔術をわざわざ説明をするのは大量の情報を与えることで、セレシアに自分の魔術について必要以上の警戒をさせたり、魔術に対応するために行動を狭めたりしてくれることを期待してのものだ。それと大量の情報で混乱もしてくれたらいいと思っている。

 つまるところ、マークは余裕があるから喋っているのではなく、余裕が無いからこそ必要以上に喋っていた。なるべく多くの情報を与えることでセレシアを警戒させ、行動を狭めさせる。それがマークの狙いの一つであるのだが──


「……なんとなく、考えてることが読めてきたぞ」


 セレシアもマークの狙いに察しがついたようで、見透かしたような眼でマークを見る

 だが、その直後だったセレシアの口から血がこぼれたのは──


「……俺の狙いは時間稼ぎだったんだがな」


 マークは臆面もなくもう一つの狙いこそが本命だったと口にする。

 時間稼ぎはマークの魔力で汚染された空気をセレシアが充分に吸い込むことを狙ったもの。

 全身に循環する血中の酸素にもマークの魔力は結び付いており汚染されている。結果、セレシアの全身は血液の循環と共にマークの魔力に汚染されていた。


「さっき半殺しと言ったな? 俺も同じようにさせてもらうぜ」


 セレシアの四肢が破裂し千切れ飛ぶ、セレシアの体内の魔力を操作した結果だ。

 相手の体の中の魔力が使えるなら魔力を操作して暴れさせれば魔術を唱えるよりも手っ取り早い。

 傷を負ったことでセレシアの体が再生を始めるが、それが始まった瞬間マークは再び四肢を吹き飛ばす。

 だが、そうして吹き飛ばしたと同時にセレシアの体が塵となって消えた。

 マークが殺すつもりは無かったのに何故だと思った瞬間、無傷の状態のセレシアが姿を現し、そしてセレシアはマークに対して見せつけるように舌を出す。


「舌を噛み切ったのか?」


 マークの魔力で汚染されていたとまで分からなかっただろうが嫌な予感がしたセレシアは即座に自分の舌を噛み切った。もっとも舌を噛み切ったところで簡単には死なない。舌を噛んで死ぬとしたら、その場合は噛み切った舌が丸まり気道を塞ぐことで窒息死を引き起こす場合が殆ど。セレシアが中々死ななかったのは窒息するまで時間がかかったからというだけだった。


 いくら死んで復活できるからと言って苦しい死に方である窒息死を即座に選べる精神力は恐るべきものだとマークは思い、セレシアに対する警戒を強める。だが、当のセレシアはというと復活してから棒立ちだった。

 どうしたのかと思い、マークは警戒しながらセレシアを見ているとセレシアは急に──


「……もうやだ……」


 絞り出すような声を出し、そして──


「もういやだぁぁぁ!」


 唐突に泣き出すと、近くの壁を自分の盾で殴り始め、泣き叫びだした。


「ムカつく、ムカつく、ムカつく! ホントにムカつくぅぅぅぅぅっ!」


 泣き叫びながら殴りつけられた建物が衝撃で崩れ落ちる。


「なんで、私がこんな目に遭わなきゃなんないの!」


 剣を抜いて大きく振り抜くと、剣の切っ先から放たれた衝撃波が近くの建物を切り裂いた。


「新しい人生で今度こそマトモに騎士らしくカッコよく生きられるって聞いたのに! なんで、こんな泥臭く戦わなくちゃならないのよぉぉぉぉ!」


 セレシアが地団太を踏み、石畳の地面がひび割れる。


「敵はグチャグチャうるさくて気持ち悪い魔法使いだし、仕える主はそれに輪をかけて気持ち悪い魔法使いだし、ウンザリぃぃぃ!」


 とうとうセレシアは地面に倒れこみ駄々っ子のように泣きわめく。


「女の子を攫うなんて汚れ仕事はさせられるし、使徒とか全然楽しくないっ! 楽しいって言ってたアダム殿は嘘つきだ! 神様は頭おかしいし、他の使徒は変な連中だし、使徒になったって良いことないじゃない! 神に仕える騎士ってことで、物語の騎士のようなカッコいい日常が送れるって言われたのに、全然そんな生活じゃない!」


「……イカレたか?」


 マークはセレシアの尋常でない様子を見て呟くが、そもそも使徒に選ばれるくらいなんだからマトモな人間ではないだろうとマークは自分の発言で気付く。今まで真面目な女騎士だったのはそう装っていただけで、こちらが本性なのだろう。

 そんな風にマークが推測しているなど露知らず、セレシアは何事もなかったかのようにスッキリした表情で立ち上がった。


「……待たせた」


 先程までの有様は何だったのかと言いたくなるくらいセレシアは堂々とした表情でマークを見る。

 悪い冗談だろうと思ってマークはセレシアを見返すが、その瞬間マークは即座にセレシアから距離を取る。


「何だ 私が怖いか?」


「いや、マジじゃねぇか」


 セレシアの眼差しはアッシュやゼティのような戦士寄りの使徒が本気になった時の物と同じだった。

 思考を完全に戦闘用に切り替えた時の眼差し、目の前の敵を殺すこと以外の何も考えず、ありとあらゆる脳のリソースを敵の抹殺に使用しているような状態だ。

 泣きわめいたことで気持ちがリセットされたということだろうか? マークはそう考え警戒を強める。


「……もういいと思うことにした。もう知らん、ここまで大変な思いをしてまで戦うほど、あの主に義理があるわけではないんだから、もうどうなろうと知らん。そもそもアレのために戦ってると思うと力が出ない」


 なら、戦う理由もないんじゃないだろうかとマークは思うが、セレシアの考えは違うようだった。


「なんだか、戦う理由が無いと言いたげな顔をしてるが、それは違う。私は私のために戦うことにしたのだから、私が私の嫌いな相手を私の勝手で殺すことに何も問題は無いだろう?」


 いや、それは問題があるだろう──

 そう言おうとしながらマークは反射的に魔弾を放つ。

 しかし、放とうとした瞬間にセレシアが投げた剣がマークの心臓を貫いていた。


「殺すは言いすぎだな。だが、とりあえず私を何度も殺したのだから、その報いは受けてもらう」


 マークは即座に再生して魔術を放とうとするが、それよりも早くセレシアが投げつけた盾がマークの体に激突する。


「お前を始末したら私は旅立ち、理想の主を探しに行く!」


 マークの体勢が整うより早くセレシアは距離を詰める。

 マークに激突し、跳ね返ってきた盾をキャッチしつつ、そのままマークを盾で殴りつける。


「顔が良くて!」


 魔弾を放とうと伸ばした腕を盾で叩き落とされる。


「私より強くて!」


 盾で殴られて地面に押し倒される。


「金を持っていて!」


 セレシアは馬乗りになりマークの顔面を盾で殴りつける。


「土地を持っていて!」


 マークの口が僅かに開く、そこを見逃さずセレシアはマークの口の中に手を突っ込み、舌を引き千切る。


「私に優しい言葉をかけてくれる!」


 セレシアは盾のふちを使ってマークの手足を潰し切り──


「できれば高い地位の!」


 最後に残った首を縦のふちで押し潰してへし折る。


「私はそんな平凡な主を探しに行く」


 吹っ切れたセレシアは思いの丈を思うままにぶちまけたことで晴れ晴れとした表情になる。

 対するマークは復活しても何とも言えない表情だった。


「高望みじゃ──」


 口を開いた瞬間セレシアの盾が面の部分を前にしてマークの顔面に叩きつけられる。

 セレシアの動き出しが早すぎてマークは対応が間に合わない。


 先程までの迷いがある状態のセレシアはマークの行動に合わせながら自分の攻めや守りを考えていたが、今のセレシアは自分の身体能力、反応速度に任せて相手に何もさせない。

 余計なことは考えず、自分の望む展開だけを考えて、そのために動く。シンプルな思考は肉体の反応速度を最大限まで高め、元々のスペックを上回る身体能力を与える。

 こうなってくると、マークが先程まで行っていた大量の情報を与えて相手の行動を逆に狭めるということは不可能になる。なにせ今のセレシアはマークを叩きのめすこと以外考えていないのだから、迷わずマークを殴りに行き、その迷いの無さが肉体の枷を外す。


「何か言ったか? さっきまでの気持ち悪い講釈を聞かせてくれるのか?」


 セレシアは盾でマークの顔面を押さえつけながら、盾の上からマークの顔を蹴る。

 ここまで殺される中でセレシアは自分達の命の数について自分なりの見識を得るに至っていた。

 それは一回死ねば命が必ず一つ減るわけではないということ。アッシュやマークは残機と言っているそれは、死に方によっては生き返る際に一つ以上減るようだということをセレシアは感覚的に理解していた。

 死んだときの肉体の損傷が大きいほど残機は一つですまなくなる。それも感覚で察したセレシアはマークを殺すにしても可能な限り傷つけた方が良いのだろうと推測しており、今のようにマークの顔を踏みつけぐちゃぐちゃにしてから殺すことを考えていた。


「私はな。お前みたいな口先で人を操ろうとする敵は大嫌いなんだ。男なら男らしく真正面から向かってこい! ……などと言っても無駄か」


 セレシアは自分が足蹴にしていたマークの体が塵となって消えるのを見届けると、復活したマークの方を見る。


「……降参するなら、見逃してやらないでもないぞ」


 セレシアは落ちていた自分の剣を拾いながらマークに言う。

 その発言に対してマークはというと困ったような顔で肩を竦めるが──


「その発言は俺を舐めてのものだと認識していいのか?」


 その表情に浮かぶの怒りだった。

 舐められたら我慢できない。それがアスラカーズの使徒のだいたいの特徴である。


「真正面から向かってこいって、テメェはそう言ったな? 吐いた唾は呑み込めない、言っちまった言葉を取り消すことはできない。分かってんだろうな?」


「できるのなら、やってみると良い。まぁ口だけだろう?」


 セレシアは煽るように言葉を返す。

 しかし、その表情に油断は無く、マークが何かした瞬間に即座に動き出しマークの動きを潰せるだけの気力に満ち溢れている。


「そこまで言われたら俺も本気マジでやるしかねぇよな」


 マークは決意し、静かに言葉を紡ぐ。


謳え(ドライブ)、我が魔導(カルマ)。深く沈むように響く──」


 ここからマーク・ヴェインそしてアスラカーズの使徒マクベインの本領。

 真正面から敵を打ち砕くため、マークは己の業を解き放つ。






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