盾に向かう
──本当の使徒の強さを見せる。
そう啖呵を切って見せたマークであったが、実際にセレシアに相対して思うのは『最悪』の一言だけであった。
ここまでの戦闘を見てマークはセレシアの能力が防御寄りであることは察している。使徒の中では防御寄りの能力は弱い方だと言われるが、だからといって楽に勝てるというものではない。
「見た所、術士のようだが、術士が一対一で私に勝てるとでも?」
「勝てるから残ってんだよ。バーカ」
そうマークが強がりを言った瞬間にセレシアは動き出す。
盾を構えたまま、迷いのない突撃を敢行するセレシアに対し、マークは即座に魔弾を放ち迎撃を行う。
警棒を握った手の人差し指だけをセレシアに向けて魔弾を放つが、突撃するセレシアは盾で防いで距離を詰める。
想像していた通りの防御力にマークは右手の魔弾は効果が無いと見切りをつけ、左の掌を向けてセレシアに高威力の魔弾を放つ。マークの魔弾は右手が速射性、左手が威力を重視と効果を分けているのだが、そうして威力の高い方の魔弾を撃っても、盾を構えたセレシアの突進を止めることはできない。
左の魔弾が盾に当たってもセレシアはそれをそよ風程度にしか感じていないようで全く勢い弱めず、マークとの距離を詰める。
「チィっ!」
舌打ちしてマークは距離を取るために後ろに跳ぶが、そのバックステップよりもセレシアの距離を詰める速度の方が早い。
「貰った!」
やってねぇよ!
マークは心の中で毒づき、近づくセレシアに向けて左手を叩きつけるように突き出し、至近距離からの魔弾を放とうとするが、セレシアは逆にマークの左手に自分の持つ盾を押し付け、ゼロ距離で魔弾を炸裂させる。
その衝撃によってマークの左手が大きく跳ね上がるが、セレシアの持つ盾は揺るがない。態勢を崩したマークをセレシアはそのまま盾で殴りつける。
顔面を狙ったシールドバッシュはマークの意識を一瞬刈り取り、致命的な隙を作り出す。そうして出来た隙を逃さず、セレシアは剣を突き出し、マークの心臓を穿つが──
「反応術式──生贄の山羊」
セレシアの剣がマークの胸を貫いた瞬間、その姿は幻となって消え去り、残ったのは人の形を模した紙片。セレシアの剣が貫いていたのは、その紙だった。
それに気づいた瞬間、セレシアは即座に後ろを振り向き、マークの攻撃に備えると、直後に魔術によって生み出された黄金の槍がセレシアに襲い掛かる。
「省略詠唱──代償設定──代償20──アダマントの槍」
マークは懐から取り出した人の形をした紙──形代を生贄にして魔術を発動する。
本来は人間の命を対価にするような魔術をマークは一枚の紙を一人の人間と誤認させるような技術を持ち、魔術の代償を踏み倒すことができる。
「それがどうした!」
セレシアは高速で飛来する無数の黄金の槍を盾で受け流しがらマークとの距離を詰める。
それに対してマークは──
「方位術式──赤雷塵敵」
事前に準備していたマークを基準にして特定の位置に入った瞬間に自動で発動する魔術がセレシアに襲い掛かる。
それは魔力によって生み出された赤き雷がまさしく雷光の速度でセレシアに迫る。反応は出来ず回避も出来ないタイミング。普通の相手であれば防ぐことは不可能。だがセレシアは──
『消魔!』
その言葉と共にセレシアの体から放たれた魔力の波がマークの魔術を打ち消す。
「対抗魔術かっ」
マークは見ただけでセレシアが何をやったのか理解する。
セレシアが唱えたのは魔術を打ち消すという魔術だ。極めてシンプルな効果の魔術。だからこそ、その見事さがマークにも分かる。
しかし、セレシアはマークの魔術に反応もできていないはずなのに、どうして対抗魔術を打つことができたのか。
その理由は極めて単純であり、単なる直感によるものだった。
セレシアは反応も何もできていなかったが、不意に危険を感じて勘だけで魔術を発動した。
長年の戦闘経験によって養われた戦闘における直感が、セレシアの身を守った。
見た目は少女のセレシアであるがマークのような使徒の例にもれず、見た目通りの年齢ではない歴戦の戦士である。
「私を舐めたな!」
セレシアは距離を詰め、剣を突き出す。
その剣をマークは右手に持った特殊警棒で受け止め、即座に反撃を繰り出す。
それは警棒による一撃。マークの魔力を帯びた警棒の一撃は重量級の打撃武器に匹敵する威力を生み出すはずだが、セレシアはそれを盾で苦も無く受け止める。
そもそも、アッシュの拳やゼルティウスの剣を防げているのだから、いくら威力が上がっていると言ってもその二人より腕力の劣るマークの打撃など問題にならない。
「クソ硬ぇなぁっ!」
マークが叫ぶが、そこにセレシアは剣を突き出す。
その刃はマークの頬を掠め、危険を察したマークは後ろに跳ぶが、セレシアはそれを追って距離を詰める。
マークは状況を打開するためにセレシアを見据え──
「呪詛術式──相互殺詞」
『抗呪ッ!』
マークが発動しようとしたのは自分が負ったダメージを相手にも与えるという魔術。セレシアの攻撃を回避不可能と判断したが故の選択だったが、それと同時にセレシアが唱えたのは呪いに類する魔術を打ち消す対抗魔術だった。
セレシアが呪いを打ち消すことを選んだのはマークが最初に見せた入れ替わりの魔術に僅かに呪いの気配を感じたからであり、今回も回避に呪いに類する魔術を使うだろうという直感に従って対抗魔術を放っただけであった。しかし、それが見事に嵌まる。
「クソがっ!」
後ろに下がるマークに追いついたセレシアは盾をマークに向けて全力で叩きつける。
その一撃は否定しようのないほど見事なクリーンヒットで、マークはその衝撃で吹き飛ばされ、近くにあった建物の壁を突き破っていった。
「最初の威勢はどうした!」
セレシアは戦いの高揚感から声をあげ、マークに向かって叫ぶ。だが、そうして叫んだ直後、セレシアの口からは血がこぼれ落ち、セレシアは膝を突く。
「祝聖術式──相分殺詞」
マークは建物から姿を現し術式の名を呟く。
それは先に唱えた魔術と同じ効果も持つもの。ただし先に唱えたのが呪いであるのに対して、こちらは祝福である。それ故に呪いを打ち消す魔術では消すことはできない。
「とある世界では神の名のもとに心中させる魔術だ。愛する二人が現世に絶望して心中する際にどちらか一方が死に損なわず一緒に仲良くあの世にいけるようにするっていう神様の慈悲に基づいた神聖な術らしいぜ。まぁ、効果は呪いと変わらねぇんだがな」
マークは説明しながら口に溜まった血を唾と一緒に吐き捨てる。
ダメージはあるが、戦闘に支障がはなく、戦いを続けるのに何の問題も無い。
「我々はそういう関係ではないだろう……」
セレシアも問題なく立ち上がる。
「ま、そう言うなよ。これから、そういう仲になる可能性だって無きにしもあらずだ」
マークの何時の間にか手に持っていた煙草を口に咥える。
「顕現せよ、我が業。深く沈むように響く」
業術の発動。
業術によって生み出された煙草の煙を吸い、自分の魔力と混ぜて吐くことで、周辺の空気中の魔力を汚染し、マークの支配下に置く。そして、汚染された魔力の混じった空気を相手が吸えば、マークは相手の体内の魔力も汚染することもできる。
「手を抜いていたわけじゃねぇが、ここからが全力だ」
「私も小手調べは終わりにさせてもらう」
セレシアは言いながら腕に括り付けていた盾のベルトを緩め、盾を手だけで持つ。
それを見ればセレシアと一度戦ったアッシュはセレシアが何をしてくるか察することができるが、セレシアの戦闘スタイル関する情報が共有されていないためマークには想像もつかない。
それでも、ここまでの戦闘でセレシアの強さを理解したマークは警戒を強める。
──魔法騎士とか聞いてねぇよ!
マークは話が違うと叫びたい気分だ。
シンプルな騎士タイプの相手かと思ったら魔術も使えるなどという話は聞いていない。
盾を使った防御的な近接戦闘技術に加えて、魔術を使った防御によって対応力も備えるような相手はマークが最も苦手とするタイプだ。
近距離での攻防は不利、中遠距離戦においても盾での防御と対抗魔術でしのがれるので戦い辛い。負けるとは思っていないが、苦戦は必至だとマークは感じている。
「それでも何とかするしかねぇんだよな」
マークはセレシアに聞こえないように呟くと、セレシアに向けて魔術を放ち、戦闘を再開するのだった。




