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 ──ギースレインは負傷した体を押して、ソーサリアの各所に設けてある隠れ家の一つに身を隠すことにした。そうして、ソーサリアのスラム街の一画にある隠れ家へとやってきたギースレインであるが、そこでは──


「どうすんだよ、ボスもいなくなって、これから!」


「知るか! あんなクズなんかどうなろうと知った事じゃねぇ!」


 ギースレインの隠れ家には手下たちが逃げ込んでいた。

 そして、その手下たちはというとギースレインの存在など無かったように、これからの話をしていた。


「もとはと言えば、あのクズが無茶をやるせいだろうが。先代を殺して、組織を乗っ取った上に変なクスリを売りさばきやがってよぉ。そのせいで、ヤバい連中に目をつけられてこのザマだぞ」


「とんだ疫病神って奴だ。いなくなってせいせいするぜ」


「でもよぉ、これからどうすんだ?」


「心配いらねぇよ、ピュレー商会の連中から仕事を貰ったらしいから、そこから少しずつ手を広げてきゃ、前ほどにはいかなくても多少は稼げるだろうよ」


「俺らみたいな連中を必要としてる連中は多いってことだな」


 将来について希望的な観測をもって話す手下たち。

 もっとも、既にギースレインの手下であるという感覚はないようなので、手下たちと表現するのは適当ではないかもしれない。


「──随分と楽しそうな話をしてるじゃあないか」


 ギースレインは手下たちの会話に一区切りがついたと見るや、自然な様子で手下たちの前に姿を現す。

 平静を装うギースレイン、しかしその姿を見て手下たちの顔は一瞬で青ざめる。

 ギースレインは普段通りを装っているつもりだが、その顔は幽鬼のようにやつれ、顔色は青を通り越して真っ白。本人は普通に立ってるつもりなのだろうが、常に左右に揺れており、尋常な様子ではない。


「ぼ、ボス、御無事で──」


 手下の一人は声をかけるが、その瞬間に頭をギースレインの右腕に砕かれ、その血が隠れ家の一室に撒き散らされる。手下たちは一歩も動けず降り注ぐ血を浴びるだけだった。


「……お前らのボスは誰だ?」


 ギースレインは自分を忘れようとしていた手下たちを見回す。

 その表情には恐怖が浮かんでおり、ギースレインに逆らうよな気概を持つ者は一人もいなかった。


「ギースレインです!」


 そう答えた手下の頭をギースレインは義手の右腕で握り潰す。


「ギースレイン様だろうがぁ! このクズ共がぁ! 俺を、俺を舐めてやがるのか! テメェも、テメェも! テメェらもっ!」


 ギースレインは手当たり次第にその場にいた手下を殺戮して回る。

 そうして、手下が残り一人になって、ようやくギースレインは落ち着いたようで、最後の一人にギースレインは穏やかな様子で話しかける。


「他にも生き残ってる奴はいるんだろ?」


 その問いに生き残った手下は首が千切れるような勢いで頷く。


「だったら、全員集めろ……すぐにだ、すぐに集めろって言ってんだよ、なんで俺が言った瞬間に動かねぇんだよ! テメェも俺を舐めてんのか!」


 ギースレインは近くの壁を右腕で何度も殴りつける。


「で、でも何のために?」


 恐怖が限界を超えているせいか、手下は自分でも予想外の行動として質問をしてしまう。

 とはいえ、それは当然の疑問で人を集めるにしても何のために集めるのか言わなければ、ギースレインの手下たちも集まらないだろうと心の中で思っていたが故に出た疑問だった。


「何のため? 決まってんだろうが! アッシュ・カラーズ! 奴を殺すためだ!」


 ギースレインの頭にあるのは復讐ただそれだけだった──


「お前ら全員、奴を殺すために死ね。殺せなければ、俺がお前ら全員、お前らの家族、一族郎党、親類縁者全員殺す! 分かったら、さっさと俺の手下を全員集めろ!」





 ──ラ゠ギィは争いの爪痕が残る宿の一室で物思いに耽っていた。

 ラ゠ギィは宿を襲撃したローブの集団と戦闘になったが、それは結果としてアスラカーズの使徒を助けることに繋がってしまったこと。というか使徒の一人に直接、助太刀してしまったことをどう処理したものか悩んでいた。

 現時点では敵対する理由は無いが、とはいえ友好関係を築くべき相手でもない。

 ……見捨てるべきだったか? そんな思考が頭をよぎるが、アスラカーズの使徒は女性を守ろうとしていた。おそらく、その気になれば簡単にローブの集団など撃退できただろうが、そうした場合、使徒が守ろうとした人々は少なからず傷を負っていた可能性がある。

 それを考えればラ゠ギィは助太刀が人道的な価値観で考えれば適切な行いであったと自分を納得させることにする。しかし、同時にそんなことを考える自分を滑稽だともラ゠ギィは思う。


「いまさら人道的などと私は何を考えているんでしょうね」


 自嘲するような笑みを口元に浮かべたラ゠ギィはこの場にいても仕方ないと思って自室に戻ろうとするが──


「──市民の方は建物から出ないでください!」


 ラ゠ギィは外から聞こえてきた声に耳を傾ける。


「アウルム王国が賢者様を暗殺するため兵士を市内に潜入させています。魔導院の兵が掃討に当たっていますので、皆さんは家に戻り、外に出ないでください」


 この街の事情は把握していないが、厄介なことになっているようだと感じたラ゠ギィは関わり合いになるのを避けようとだけ思って自分の部屋に速やかに戻る。そうして部屋に戻ると──


「もう、起きて大丈夫なんですか?」


 寝ていたはずのゴ゠ゥラが意識を取り戻し、ベッドから起き上がっていた。

 それはラ゠ギィにとってはあまり歓迎すべきことではない。


「あぁ、馴染んだからな」


 ゴ゠ゥラはそう言うがラ゠ギィは嘘だと思った。

 ヒト喰いをして取り込んだ存在を完全に吸収し我が物としたとゴ゠ゥラは思っているようだが、ラ゠ギィにはそうは思えない。その証拠にゴ゠ゥラは自分では気づいていないようだが、ゴ゠ゥラの姿は以前とは違う物になっていたからだ。

 2mを優に越えていたはずの体格は2mギリギリ。過剰にも思えるほど筋肉を積載していたはずの肉体は常識的な筋肉量に変わっている。何より、その顔つきは以前のゴ゠ゥラとは異なり、どことなく取り込んだ学生の面影が浮かんでいる。


「見ろ、こんなこともできるようになった」


 ゴ゠ゥラは自分の変化に気づいていないようで、無邪気に、そして自慢げな様子でヒト喰いによって手に入れた力を見せびらかすため、指先に火球を生み出す。


「俺は魔術を使えるようになったぞ、どうだ」


 仙理術士はヒト喰いによって取り込んだ存在の知識、技能、記憶を手に入れることができる。

 ゴ゠ゥラが魔術を使えるようになったのは取り込んだのが魔導院の学生だったからだ。


「それは何よりです」


 ただ、その程度の力を手に入れるために自分の存在を削ることに意味はあるのかともラ゠ギィは思う。

 ヒト喰いに失敗すると取り込む存在の影響が取り込んだ方に流れ込み、いずれは取り込んだ側の本来の姿や性格は失われる。

 本来ならばヒト喰いをした場合、ゴ゠ゥラのように取り込んだ存在の影響が自分に出るということは無い。ゴ゠ゥラが言ったように取り込んだ存在が馴染んでいるのならゴ゠ゥラの見た目には何も変化がないはずなのに、変化がでてるということはゴ゠ゥラが適切な形でヒト喰いを成し遂げていないということだ。それは適切な方法でヒト喰いをしなかったという理由もあれば、単純にゴ゠ゥラの実力が足りないということも考えられるとラ゠ギィは思う。


「それで、どうしますか先輩? 教皇猊下からは魔族について調べるように言われてますが──」


「くだらん!」


 ゴ゠ゥラは指先に生み出した火球を部屋の調度品の花瓶に向けて投げつける。

 花瓶は火球の直撃を受けて簡単に砕け散り、火球の火があたりに飛び散るが、燃え広がるということは無い。燃え広がる前にラ゠ギィが火をり潰して消したからだが、ゴ゠ゥラはそれに気づかず、高らかに吠える。


「俺がこの力を手に入れたのは教皇如きの使いをするためではない。アスラカーズ、奴に勝つために俺は力を手に入れたのだぞ! ならば、すべきことは一つだろうが!」


「……具体的に何をするか聞いても良いですか?」


 ラ゠ギィは顔に諦めを浮かべゴ゠ゥラに訊ねる。


「決まっている! アスラカーズ、奴を殺しに行く!」


 そう一方的に告げ、ゴ゠ゥラは部屋を出て行く。

 ラ゠ギィはどうしようもないと諦めたような表情で肩を竦めると、部屋から出て行ったゴ゠ゥラの背中を追うのだった。






 ──セレシア・サングティスは賢聖塔に戻ると攫ってきた意識のないロミリアを丁重に扱い、塔の一室に寝かせた。

 賢聖塔の内部は宮廷のようで一見すると華やかな雰囲気ではあるが、人の気配は全くせず実際に訪れるものがいるとしたら華美な内装に反して不気味な印象を与える場所であった。

 そんな塔の中をセレシアは歩いて塔の主である賢者セシアリウスのもとに向かう。途中ですれ違うのは忙しそうに動くローブを纏った人々。

 もっとも、それも一見すればそう見えるだけで、よく見ればたった一人のために動く歯車であり、忙しいという人間的な感覚で捉えることに違和感を覚える。


「──器を連れてきました」


 セレシアは塔の最上階に着くと、礼儀などは全く気にせずに報告だけをする。

 その報告をした相手こそ、ソーサリアの実質的な支配者であり魔導院の主でもある賢者セシアリウスであった。。

 セシアリウスはセレシアを見ることなく机に向かっている。セレシアの報告に対しても「そうか……」とだけ言うと、セレシアの方を見ることも無くずっと机に向かっている。


「この後は何をお望みですか?」


 セレシアはセシアリウスに訊ねるとセシアリウスは机に向かったままセレシアに命を下す。


「……私の魂を器に移すまで塔はこのままだ。ちゃんと警備しろ」


 適当な命令にセレシアは不満そうな顔をするが、それを気配で察したのかセシアリウスはセレシアに釘を刺す。


「……私の使い魔に相応しい仕事ぶりを見せることだ」


 セシアリウスの言葉にセレシアの眼がスッと据わる。

 自分を使い魔程度の存在と認識ているセシアリウスへの怒りだ。


「承知しました」


 セシアリウスの言葉に従うような態度を見せるセレシアだが、召喚された身でなければ、この瞬間にセシアリウスを殺しているとセレシアは思う。

 数か月前に召喚されて以来、セシアリウスのセレシアに対する認識は使い魔以上の物ではなく、ちゃんと仕事をする召使としかセレシアを意識していない。

 自分を取るに足らない存在と思う輩を主と思うことに抵抗のあるセレシアではあったが、その辺りの不満は理性でもって抑えて、使徒として召喚した人物に誠意をもって仕えている。

 それが使徒の使命だと、使徒になったばかりで、そのうえ使徒として初めて人に召喚されたセレシアの意識は極めて生真面目なものである。

 それは元々のセレシアの性格によるものであり、理不尽なことでも自分が仕える主の言葉であれば従うのが当然であるという生前の常識によるものだった。

 だから、セシアリウスの命令には不本意であっても従うし、不満があってもそれを人に見せるということはしない。


「……最近は煩わしいことが多い。『肉』の質も落ちている。農場主は何をしている?」


 農場主とは学院長のことで『肉』とは定期的に送り届けられる魔力の豊富な学生のことだ。

 セレシアの本心では許容できることではないが、召喚された以上、召喚主には逆らうべきではないと思い、不本意ながらセシアリウスの行いを見逃している。


「学院長は死にました」


 自分が殺したんだろうにとはセレシアは言わない。

 セシアリウスは半ば正気を失っており、自分のしていることが分からない。

 そんな輩に事実を告げても意味がない。


「……学院長? あぁ、そんな物を作っていたな……そういえば奴は『器』のことを他の誰かに漏らしていた……そんな記憶があるな。ということは私が始末したのか?」


 セレシアは何も言わない。

 セシアリウスは塔を通してソーサリアの全てのことを知ることができる。

 しかし、知ったことを適切に処理できているかは別だ。


「……あぁ、あぁ、もしや誰かが私を殺しに来るのか? ……煩わしい、煩わしい。農場主が私の事を漏らしたというなら、何処かの国が攻めてくるのか? ……なんとかしろ、使い魔」


 セレシアはセシアリウスの言葉をマトモには受け止めず、適当に相槌を打つ。


「ソーサリアの統治機構の者たちに連絡をしておきます。その他、使える『肉』を使い、主に危害を為す者たちを排除します。それで良いですか」


「……構わん」


 セシアリウスはそこで不意にセレシアの方を見る。

 恐ろしく整った美貌の男だ。

 金糸のように煌めく髪にサファイアのような瞳を持つ長い耳のエルフ。

 それがセシアリウスだった。もっとも、体を替えている可能性があるので、これが本来の物かはセレシアは判断がつかなかったが。


「……なぜ、どいつもこいつも私の邪魔をする。私はただ魔術の研究をしていたいだけなのに……ただ魔術をもって、この世の真理を解き明かし、叡智を手に入れたいだけなのに……なぜ、この世の愚か者共は私を放っておいてくれぬのだ」


 それは貴方が自分のために人々を踏みつけにしているからですよ──とはセレシアは思っていても言わない。

 そんなセレシアの視界、俯くセシアリウスの背後にボンヤリと青い影が浮かぶ。それは人の形を取り、セシアリウスに失望の表情を向けると共にセレシアへ哀れみの眼差しを向ける。


「……失礼します」


 セレシアは哀れみの視線から逃げるように、その場を後にした。

 そして、セレシアは自分の仕事は、この召喚主を守ることだと割り切り、この世界での主のため、間違いなくその主を傷つけるであろう本来の主であるアスラカーズを倒すため塔を出るのだった。





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