逢い引き
ソーサリアの街中にいたガイは呟く。
「なんでオレはこんな仕事をさせられてるんだろう?」
アッシュに仕事を言いつけられ、マークがリィナと出かけてからすぐ、ガイはアッシュに言われてソーサリアの街中へと足を運んだ。
アッシュに頼まれた仕事というのはジュリアン・ピュレーとロミリア・ギュネスを見張ってるというものである。しかしながら、ガイはその二人の顔が分からない。
ジュリアンの方とは一度は顔を合わせてはいるのだが、だからといってガイがジュリアンの顔を覚えているということは無く、記憶にあるのは背が低く線は細いながらも男の骨格をした金髪の少年であることくらいだった。
そんな程度の顔認識力しかない自分にこういう仕事は向いてないのではないかと思わなくもなかったが、何もしないというのも手持無沙汰なのでガイは立候補したわけだが、結局このザマである。
アッシュに言われた通り、ソーサリアの中心部にある広場にはやってきたが、ジュリアンの姿は勿論のこと、ロミリアの姿もガイは分からなかった。
「どう思います、お姉さん?」
「いやだよ、もう、こんな年寄りを捕まえて、お姉さんだなんて」
途方に暮れたガイは半ば仕事を放棄し、広場に並ぶ屋台の店主に話しかける。
ガイが「お姉さん」と呼んだ相手は中年から初老に入りかけの女性である。
「あれ、そうなの? 全然わからなかった。お姉さん若く見えるって言われない?」
「お世辞を言ったって何も出ないよ」
お世辞のつもりは無いんだけどなぁ……と呟くガイに気を良くした店主の女性は気前よく、売り物をガイに渡す。
「口の上手いお兄さんにはちょっとサービスをしてやろうかね」
「うわぁ、ありがとう、お姉さん」
渡されたのは串焼きでガイはそれを頬張ると店主の女性に礼を言って、その場を立ち去る。
そうして、立ち去りながらガイは首を傾げ──
「……うーん、年寄りだったか。髪は長くて声が高いから女の人だってのは合ってたけど、骨格がしっかりしてたし姿勢も良かったから若いと判断したのは間違いだったかな?」
難しいなぁ……ガイは呟きながら串焼きを頬張りつつ広場を見回す。
ジュリアンは金髪で背が低くて、ロミリアは赤い髪でジュリアンより背が高い。
その二人組を探せば良いとアッシュからは言われているが──
「あ、見つけた」
物事にはタイミングというものがあるようで、それまで見つからなかったのが嘘のようにガイはジュリアンとロミリアが出会う瞬間を目の当たりにした。
「……待たせただろうか?」
「ううん、僕も今来たところだから、大丈夫」
ガイは二人から気付かれないように注意しながら二人の様子を伺う。
アッシュからは二人はデートしているだろうから邪魔するなと言われているので、言われた通りガイは邪魔しないように注意する。
ジュリアンとロミリアの関係についてガイは幼馴染としか聞かされていない。
「はぇぇ、生身の人間同士のデートとか初めて見るよ」
漫画やアニメ、ゲームなどでは見たことがあったが、現実世界で見ることはガイにとっては初めての経験である。
そもそもガイの生きていた世界では人間が自由に歩いていること自体が稀であったし、使徒になってから訪れた幾つかの異世界でも文化慣習の関係で婚姻前の男女が二人で出歩くということもなかったため、こうして男女が寄り添い連れ立って歩くなど見たことが無かった。
「でも、マジで『待った?』『いま来たところだから大丈夫』ってのやるんだなぁ。漫画とかだけのことだと思ったけど違うんだなぁ」
ガイの知識のベースは漫画、アニメ、ゲーム、映画である。
ガイが生きた世界は一応は21世紀の地球の日本ではあるが、ガイが生まれた頃には文明は崩壊しており、知識を得る手段は漫画などのメディアしか残っていなかった。一応はちゃんとした本もあったのだが、つまらなかったということでガイは全く手を付けていない。
「で、では行こうか」
「う、うん」
ガイが遠くから見ている中でジュリアンとロミリアはドギマギとしながら手をつなぎ歩き出した。
「なるほど、手をつないで歩くんだな」
人と手をつないで何が楽しいのかとガイは理解できないが、きっとそれがデートの作法なんだとガイは納得する。
「でも、良く分かんないから見てても楽しくないな」
ガイはアッシュから渡されていたメモを見る。
そこに書かれていたのはこれまでの経緯が書かれた物であり、ガイはそれを読んで二人の関係を把握することに努める。
「なになに、二人は幼馴染でお互いに夢を語り合い約束をした、かけがえのない存在。しかしながら、諸事情があって二人は離れ離れ、しかし偶然、学院で再会と──ふむふむ、しかしながらジュリアンはロミリアが昔の約束を忘れてると思い込んだ。けれども、自分が頑張ったらもしかしたらロミリアは自分のことを思い出してくれるのではないかと思い、必死に努力しシステラに勝って自分の力を証明した。しかし、そもそもロミリアはジュリアンのことなど忘れてはおらず、ジュリアンが昔のように話しかけてくれることを期待していた。今の二人はそういった込み入った事情が解消された状態であり、同時に子供の頃は友情で済んでいた感情が、互いに年頃の男女となったことで、愛情に変化しつつある──って長いわ!」
ガイはメモを破り捨て二人の監視を続ける。
ジュリアンとロミリアは手をつないで、ソーサリアの街中を歩き一緒に本屋へと入って行った。
「意味わかんないなぁ」
ガイは二人がしていることが良く分からない。
お互いに好き合ってるのならば、さっさと交尾をすれば良いじゃないかとガイは思えてならない。
少なくともガイの常識ではそれが正しい男女の在り方である。
「本屋の次は雑貨屋か」
店の外から見ているだけなのでガイは店の中の二人の会話は聞こえてこない。
とはいえ、様子は見えるので二人が互いに気に入った雑貨に興味を持って、話し合いながら笑い合ってるのをガイは見ていて首を傾げる。
「見た感じ仲は良いんだけどね」
互いに好き合ってるのにどうしてまだるっこしいことをしているのか、ガイにはやはり分からない。
こうして二人で連れ立って外を歩くより部屋の中で行為に及んでいる方がよほど生産的だとガイは思う。
互いの趣味嗜好を把握することに意味があるのだろうか?
ガイの知識にある漫画やゲーム、アニメでは番となる男女は互いの感情が通じ合っている方が良いように描写されていたが、それはフィクションの話だとガイは思う。
少なくともガイの生きた現実では人間の男女の関係にそういった感情の要素は皆無であり、感情の要素は排除し、より良い遺伝子の交配が行われることと、繁殖の成功率および効率性によってのみ男女のマッチングは行われていた。
恋や愛はガイの常識においてはフィクションにのみ存在する物であり、いま目の前にあるジュリアンとロミリアの関係を見ても奇妙な物としか思えなかった。
「そして宝飾店にジュリアンの方がロミリアをリードして連れていく──と」
何かプレゼントするとかそういう流れなんだろう。
ガイにはその行動の理由が理解できないが、自身の知識の中にある漫画やアニメなどと照らし合わせて見当をつける。
「ああいうのって物で釣ってるという奴なんじゃないんだろうか?」
首を傾げ、独り言を呟くガイに答える者は誰もいない。
宝飾店の店内ではジュリアンとロミリアの二人がお揃いのアクセサリーを買ってるのが見えたが、それを見てもガイは二人の行動に対して奇妙以外の感情を抱かなかった。
「買い物をしたら最後はレストランね」
中に入ると気付かれそうな気がしたためガイは店の中には入らず、店の入り口が見える場所にあったベンチに腰掛け、ジュリアンとロミリアが出てくるのを待つことにした。
「思ったよりもつまんないな」
こんなことならば自分も学院に入れて貰えば良かったとガイは思う。
ガイが生きていた頃の日本は──というか地球は教育制度が崩壊しており学校などはフィクションの世界でしか見たことが無かったため、実際の学校がどんな場所か興味があった。
「システラが入れて俺が入れないってのはおかしくないかな」
ガイの独り言の癖は、使徒になる前の誰とも会話せず一人で長い時を生きてきた際に生じたもので、人と会話することが多くなった今も消えてはいない。
「あの人間もどきが人間らしい生活しててオレができてないっておかしいんじゃない?」
そもそもアッシュもゼルティウスもマークもシステラに甘すぎるとガイは常日頃から思っている。
一応、身内とはいえ、所詮は人間の形を真似て作られた道具なんだから、それ相応の扱いをすればいいだろうにとガイはアッシュたちのシステラへの対応に不満を抱いている。
もっとも、それをアッシュたちの前で口にすることは無く、独り言の段階で留めているのでガイは自制することが出来ているので、その程度の不満とも言えるのだが。
「退屈だなぁ……」
色々と思う所はあるが、それでもガイは言われた通りにジュリアンとロミリアを見張り、二人が店から出てくるのをベンチに座って待っているのだが、そんなガイに不意に近づく人影が現れた。
「……ガイ様」
ガイが座るベンチの傍に立ちガイに声をかけるのはローブをまとい顔を隠した何者か。
魔術師が多く暮らすソーサリアでは魔術士が良く着ることもあってローブを着た人物は珍しくも無く、顔を隠していても誰も気にも留めない。もっとも、そうして気にも留めないのはガイも同じで、ガイはローブを着た人物が自分のそばに立っても完全に無視していた。
「……進展はどうかと主が気を揉んでおります」
「……」
ガイは話しかけてくる人物を存在しないものと扱い無視する。
「……主と貴方様の間には契約があることを努々お忘れなきよう──」
最後まで言い終えることなく、次の瞬間ローブの人物はガイの隣に強制的に座らされていた。
周囲では僅かに風が巻き起こっただけであったが、実際にはガイが誰にも反応も認識できない速度で動いて、ローブの人物の体を捕まえて、自分の隣に座らせたのだった。それはローブを着た人物にも何が起きたか分からない一瞬の出来事だった。
「……オレはお前らが嫌いなんだよね。そりゃあ契約はあるよ? でも、それを盾に偉そうな態度を取られるとイラつくよ、マジで」
ガイはローブの人物の肩を掴みながら肩を組む。
「お前は勘違いしてるようだから言っておくけど、オレとお前の主の契約関係ってのは俺の善意で辛うじて成り立ってるんだよ? 召喚された立場だから我慢してやってるんだ。オレがその気になれば契約なんて簡単に破棄できるって分かってんのか?」
ガイがローブで隠された顔を覗き込みながら言う。
ローブの人物は震えあがって声も出ない。それはガイの強さを知っているが故の反応だった。
「……お、出てきたな」
ガイはレストランの入り口からジュリアンとロミリアの二人が出てくるのを見つけるとベンチから立ち上がり、二人の後をつけるために動き出そうとするが、その前に──
「……オレはお前にイラついたから、次に会ったら殺すんで、よろしくな」
ガイはローブの人物にそれだけ伝えるとジュリアンとロミリアを追って歩き出す。
「……なんだか、様子が変だなぁ」
レストランを出てからガイは二人を尾行しているわけだが、その二人の様子がどういうわけかおかしい。
互いに妙に顔が赤いし、デートの始まりに繋いでいた手も繋がず、むしろちょっと手が触れただけでも驚いた様子で互いに手を引っ込めてしまう。
食事中に何かあったんだろうけど、ガイは何があったか想像がつかない。漫画やアニメで似たようなシチュエーションを見たことはあるが、そのシチュエーションがどういった時に生じるかまでは見当がつかない。
「揉めてるなら間に入った方が良いんだろうか? でも──」
トラブルが起きないように二人を見張ってろとアッシュに言われていたのでガイは今がトラブルの現場だと判断し自分が問題を解決するべきかと思うのだったが──
「オレ以外にも見てる奴がいるんだよな」
アッシュからはおそらく二人の仲を引き裂こうとするやつが現れるだろうから、その対処もするようにとガイは言い渡されている。
ジュリアンとロミリアの問題を解決するよりも、そっちを先に何とかする方が先かと思い、ガイは自分以外に二人を監視している集団のもとへと向かおうと、その者たちが隠れている路地裏へと足を踏み入れた。
「なぁ、ちょっと良いかな?」
ガイは二人を監視している気配を感じ取り、その集団の前に立ちはだかる。
二人を見ていたのはどう見てもカタギとは言い難い雰囲気の集団であった。
そんな集団がジュリアンとロミリアの歩いている大通りからすぐそばの路地裏にたむろしていた。
「あそこの二人を見ていたようだけど、何をしていたんだい?」
物陰に隠れてジュリアンとロミリアを見ていたことを指摘すると、怪しげな集団は──
「テメェには関係ねぇだろ!」
俄かに殺気立ち自分たちの行く手を遮るガイを睨みつける。
その視線を受けても肩を竦めるだけ退く様子の無いガイに対して、その集団はというと──
「まぁ、待て」
集団の後ろから一人の男が姿を現す。
カタギには見えない集団の中でその男だけが真っ当な社会に生きている人間の気配を発していた。
「そこの人、我々は極めて重大な一件があり、あの二人の行く末を案じているだけだ。何もやましいことはないので、どうか道を開けてくれないだろうか?」
「……なるほど」
アッシュの言っていた通りだとガイはアッシュが言っていたことを思い出す。
なんでもジュリアンの実家はジュリアンとロミリアが交際するのを良く思っていないらしく、二人の仲を邪魔しようとしているとか。
それと、そういう場面に二人を見張っている最中に出くわしたら、物騒な集団の中にマトモそうな奴もいるだろうから、そのマトモそうな奴にあったら『金は貰ったけど二人の仲を裂くの無理そうだったんで、失敗しました。愛の力ってのは強いですね。ちなみに前金は返さないのであしからず』と伝えるようにもガイは頼まれていた。
「愛し合う二人の仲を引き裂くのは良くないんじゃないかな」
ガイは自分を越えてジュリアンとロミリアのもとへ向かおうとする集団に向けて言う。
「良くないんじゃないかな」というように断言できないのはガイ自身も愛の重要性というのが分かっていないからで、自分が目にしたフィクションの中では愛や恋は大事だと言っていたから、そういうものなんだろうといった感じで何となく言っているだけだった。
「……これは一族の将来に関わる問題です。部外者には口を挟んでもらいたくない」
「そこの物騒な連中も部外者に見えるけどね」
「彼らは私が雇ったのですから関係者です」
そういえばアッシュのことを言った方が良いのかとガイが思った瞬間、殺気立っていた集団は抑えが効かずにガイに襲い掛かる。
ナイフを抜き放ち行く手を遮ると同時に知られては困ること知った者を排除するための行動。それに対してガイは構えを取ることも無く棒立ち。次の瞬間、無防備なガイの腹にナイフが突き立てられるが──
「いや、効かないから」
ナイフはガイの腹に突き立てた瞬間にへし折れた。
ガイの方は全く無傷なのに対しガイに仕掛けた側はナイフが折れた際の衝撃で痛めたのか手を押さえてうずくまっている。
「オレは人間は殺さないし、なるべく傷つけたくないから何もしないよ。でも、オレはここから動かないけどさ」
そう言っている最中に棍棒を持ったゴロツキがガイの頭を殴りつけるがナイフと同じように棍棒の方がへし折れる。
「殴る方が痛い思いをするんだから、そういうことはやめて帰った方が良いんじゃないだろうか」
「何をしている!」
「そんなこと言うなよ。可哀想じゃないか」
たしなめる様に言うガイの首に長剣の刃が迫る。
棒立ちで避ける気も無いガイに向かった長剣は真っ直ぐ叩き込まれるが、その刃はガイの首筋に触れるとそれ以上、進むことなく、皮膚で長剣の刃は受け止められていた。
「ん? あれ、お前は人間じゃないな?」
ガイは長剣を叩き込んだ男の頭に目をやるとそこに獣の耳が生えていることを確認した。
「お前は人間じゃないから殺すね」
それだけ言うと、次の瞬間には長剣の男の首が引きちぎられてガイの手に握られていた。
誰も何が起きたか分からない、それほどの早業である。
「よく見たら、一人二人……三人くらいいるじゃないか。オレは人間は殺さないけど、人間じゃない奴は殺すことにしてるから、残念だったね」
そう言った瞬間に三人の首が地面に転がる。
それを見た残りのゴロツキが腰を抜かして地面にへたり込む。
ガイはそのゴロツキ達に微笑むと──
「キミらは帰っても良いよ。見逃すからさ。それと、そのえーと良く分からないけどカタギの人もオレは見逃すから帰って良いよ。また別の機会に出直したら良いんじゃないかな」
ガイはアッシュに言われてジュリアンとロミリアを守っているだけなのでガイの命令が無ければ二人がどうなろうがそこまで関心は無い。
もしかしたら二人が危害を加えられるかもしれないし、そうなった場合、人間が傷つけられたことをガイは悲しく思うが、それも人間同士の事情であるのでガイは口を挟む気は無い。
人間以外が人間を傷つけようとすればガイは許せないが、人間が人間を傷つけるのは仕方ないというのがガイの考え方である。
「何をしている貴様ら! 高い金を払ったのに仕事を放棄するのか! 頭目が捕まったからと泣きついてきた貴様らに手を差し伸べてやった私への恩を返す気は無いのか!」
そんなことを言ったところで戦意が無くなっているのだから無理だろうとガイは思う。
どんなに騒いだところで自分に向かってくる気力は無いだろうと思ったガイは目の前のゴロツキを放っておいてジュリアンとロミリアの方に視線を向けようとし、そして──
「あ、塔だ」
ソーサリアの街の中心に塔が突然出現する瞬間を目撃した。
ガイはゴロツキ達をその場に放っておいて路地裏から大通りに出ると、大通りを歩いていた人々が一斉に塔の方へと平伏する光景に出くわす。
ソーサリアの住人にとっては賢聖塔は信仰の対象なのだということが分かる場面ではあったが、ガイにとって重要なのはジュリアンとロミリアである。
二人もソーサリアの住人であれば他の住人と一緒に平伏している可能性もあるとガイは思ったのだが、ガイが目にした状況は想像していたものと全く違っていた。
「なんだ貴様らは!」
ロミリアの声が大通りに響き、ガイが声をした方を見るとロミリアはローブを着た集団と──
「我々は賢者セシアリウスに仕える者です。主の命に従い貴方を迎えに参りました……極めて不本意ながら」
使徒の気配がする女騎士に取り囲まれていた。
ガイは使徒の気配のする女騎士がアッシュの言っていたセレシアという名の使徒だと確信する。
「大人しくついていくと思うのか? こんな真似をしておいて!」
ロミリアの怒りが気になりガイはロミリアの傍を見るとジュリアンが地面に倒れていた。
ガイはロミリアを守ろうとして逆にやられたとかそんな所だろうと推測する。
「……私も不本意だが、これも主の命だ。諦めてくれ」
セレシアは申し訳なさそうに言うと、素早く距離を詰めてロミリアの腹に拳を叩き込み、その意識を刈り取る。その光景を間近で見ていたガイであるが、特に何もしなかった。
ガイはセレシアの能力は把握していないが絶対に負けないという確信はあるが場所が悪い。使徒同士の戦闘になった場合、この場にいる人間たちに被害が及ぶ可能性もあることからガイは戦闘に踏み切る気にはなれなかった。
そして、その躊躇の結果ロミリアはセレシアに連れ去られ、意識を失ったジュリアンが撃ち捨てられているのをガイはただ見ているだけだった。
「ま、人間同士のいざこざの可能性もあるし、俺が口を挟むことじゃなかったかもしれないし、これはこれで良いか」
ロミリアを攫って行った連中のバックにいるのが誰なのかは分からないが、それが人間であるのならば、ガイとしてはその者の願いも尊重されるべきであるとも思う。
アッシュは文句を言うかもしれないが、とりあえずデートを邪魔する集団を一つ防いだだけで仕事は果たしただろうとガイは思うことにした。ゴロツキの集団に関してもガイ個人としては好きにすれば良いと思っていたがアッシュの顔を立てて、言われた通りに仕事をしただけである。
人間が死ぬのは悲しいことだけれど、それが人間同士のいざこざによるものなら、人間同士が選んだ結果なのだから、それはそれで仕方ないと人間という種を守護してきた身としてガイは思う。
ガイは地面に転がされていたジュリアンを拾い上げ、近くにあったベンチに座らせる。
そのままにしておくのは可哀想だという深い意味をもっての行動ではない。
「状況が良く分からないけど頑張って。もしも、キミの好きな子を連れ去ったのが人間じゃなかったら、俺が手伝ってあげても良いからさ」
ガイは意識のないジュリアンにそう言い残すと、その場から離れようとしながらソーサリアの中心に現れた塔を見上げる。
「……我が主か」
ガイはそう呟くとセレシアが去って行った方を眺めながら、自嘲気味な笑みを浮かべて肩を竦め、ソーサリアの街の路地裏へと消えて行くのだった。




