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宿屋にて(401号室)

 

「っがあぁああああっ!?」


 修行中のラ゠ギィは絶叫を耳にして瞑想を解いた。

 ゴ゠ゥラは意識を失って寝ており、しばらく目を覚ますことはないので、絶叫をあげるような怪我人は一人しかいない。ラ゠ギィは座禅の姿勢から立ち上がりギースレインのベッドサイドに立つ。

 ラ゠ギィ達がいま滞在している宿屋は王族も泊まるような高級な宿であり、防音はしっかりしているのでギースレインの叫び声が外に漏れることは無いが、部屋の中にはその声は響く。


「少しお静かに願えませんか?」


 ラ゠ギィはたしなめる様に言うが、それを聞いている余裕などはギースレインには無い。


「俺の、俺の腕はどこだ!? なんで俺の腕が無いっ! 俺の腕は何処だ!」


 意識を取り戻したばかりで錯乱していると認識するべきなのか、それとも腕が無いことに気付けるだけ冷静なのか。ラ゠ギィは後者だと判断し、淡々と態度でギースに応対する。


「起きたばかりでそれだけ騒げるのなら、とりあえずは大丈夫でしょう」


「ふざけてるんじゃねぇっ! 俺の腕は何処だ! なんで、俺の左腕がねぇんだよぉ!?」


 叫びながらギースが左腕を振り上げると、その肘から先は無くなっていた。

 それについてラ゠ギィは変わらず淡々と──


「そのままにしておくと命の危険があったため切断しました」


 その答えに絶句するギースレイン。

 ラ゠ギィはそれだけではないと、ギースレインの股間を指差す。

 ギースレインは呆然としたまま、視線を自分のズボンに下ろし、そして指差しの指示に従うままズボンの中を見て、またもや言葉を失う。


「そちらのほうは……とりあえず排泄器官としての役割は果たせると思いますが、男性としての機能は無いと思った方が良いかもしれません」


 ラ゠ギィが伝えるのはお前の股間のモノは小便をする以外には使えないという宣言だった。


「だ、だれがこんなことを……」


「一応、形を整えて最低限、排泄器官としての役割が残るように応急処置をしたのは私です。放っておいたら排尿も難しいような状態だったので」


「そんなことを聞いてるんじゃねぇ! だ、誰が俺の俺のモノをこんな風に……」


「それは貴方の方が覚えているのでは?」


 ラ゠ギィに言われギースレインの頭をよぎるのは下水道で出会った男の顔である。


「あ、あの野郎、あの野郎、絶対に殺してやる……いや、殺すだけじゃ物足りねぇ、奴のナニも切り刻んで……」


 不意にギースレインは言葉を詰まらせる。

 どうしたのかと思ってラ゠ギィがその顔を見ると、ギースレインは目に大粒の涙を浮かべており、そして──


「ひどすぎるっ……! どうして、どうして俺ばっかり、こんな目に遭うんだよぉ!」


 ギースレインはベッドにうずくまり、大声で泣きわめく。


「俺はただ! この世に生きてる人間の全てをドン底に叩き落としたいだけなのにっ! なんでこんな目に遭うんだよ! 俺はみんなを不幸にしてやりたかっただけなのに、どいつもこいつもゲロ以下のクソ虫で平等にしてやろうとしたかっただけなのにぃぃぃ!」


 ギースレインは残っている義手の右腕をベッドに叩きつける。


「まだ、俺は犯してない女がいっぱいいるんだぞ。これから先、旦那の前で嫁を犯すとか、親父の前で娘を犯すとか、そういうことも出来なくなるっていうのかよぉぉぉ! こんな仕打ちはあんまりだろうがぁぁぁぁぁっ!」


 ラ゠ギィは言葉が出ない。

 極限状態になった時に人間の本性が出るというが、その状態においてもギースレインの口から出るのは他人を害するという想いだけだった。


「……はぁ、殺してやる……。俺をこんな目に遭わせやがった奴を殺す! 全員殺す!」


 絶望を吐き出したギースレインは最後に残っていた怒りと憎しみを生きる燃料にして立ち上がる。

 傷自体は左腕と股間の欠損だけであるので、動くことは不可能ではない。

 ラ゠ギィとしてもギースレインが動くこと自体を止めるつもりは無いが、それでも言っておきたいことはあった。


「一応、伝えておきますけれど、貴方の性器を再起不能にしたのはアッシュ・カラーズの仲間ですよ」


 ラ゠ギィは遠距離にある場所を見通す仙理眼の術でみたガイ・ブラックウッドのことを伝える。

 アッシュ・カラーズの仲間と言っておけば、それだけでラ゠ギィは自分を傷つけたのはアッシュの指示だと思い込んでアッシュに対する憎しみを強くしてくれる。

 今後のことを考えればラ゠ギィにとってギースレインの憎しみがアッシュに集中している方が都合が良かった。

 憎しみもまた業術を成長させる要素であり、そのことを知っているラ゠ギィはギースレインの業術の強化のためギースレインの憎しみがアッシュにだけ向かうように誘導している。憎しみの対象は拡散されるより一人に向かう方が憎しみは強くなるからだ。


「…………へ、ひ、はははは、あのやろぅ、やっぱりなぁ……そうじゃねぇかと、思ったんだよ、やっぱり全部アイツが悪いんじゃねぇかよぉ……俺が、おれが、こうなってんのは、やっぱりアイツのせいじゃぁぁねぇぇのかよぉぉぉっ!」


 ラ゠ギィの情報を聞いたギースレインは一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、それを切っ掛けに感情が溢れ出す。


「殺す、殺す、絶対に殺す! アイツの全部をぶっ壊す! アイツの周りの全てを殺す! みんな、みんな殺す! 全部殺す、何もかも殺す! アッシュ・カラーズという存在に関わる全てを殺してやるっ!」


 ギースレインはよろよろとベッドから立ち上がり、歩き出す。

 傷が思いのほか体に影響を与えているのか、その足取りは真っ直ぐとは言えなかった。

 ふらつくギースレインの背中にラ゠ギィは声をかける。


「まだ、治療の礼を言ってもらっていないような気がするのですが?」


 わざわざ声をかける内容でもないと思うが、それでもラ゠ギィは一言くらいあってもいいのではないかとも思い、礼を要求する。


「貴方を助けて、治療したのは私です。一度、取引をしただけの貴方に対してそこまでする義理は無いというのに力を尽くしてくれた私に対する感謝はありませんか?」


 ラ゠ギィの言葉を背中に受けてギースレインはラ゠ギィの方を振り返る。

 その表情には怒りが貼り付いており──


「俺の無様な姿を見ておきながら、今も生きてられるってだけでも俺が温情をかけてるって分からねぇのか?」


 生かしてるというだけでも感謝の気持ちを表してやってるとギースレインは言い、ラ゠ギィはそれに対して肩を竦め、それ以上は要求しないことにした。


「お大事に。次に何かあっても私は助けないので、その点はご了承ください」


 ラ゠ギィの最後の言葉に反応を示すことなくギースレインはふらつきながら部屋を出て行く。

 その様を見届けたラ゠ギィはギースレインが出て行ったドアを見ながら口元に笑みを浮かべている。


「まぁ、感謝はこちらの方が言いたいんですがね」


 呟きながらラ゠ギィはギースレインの寝ていたベッドサイドに置いてあった布に包まれた物体を開く。


「置いてあったのに持っていかなかったということは必要ないということで良いんでしょう」


 包みの中にあったそれはギースレインの左腕──肘から先の前腕であった。

 手首から先は弾けて原形を留めていないが、手首から肘まではほぼ無傷。ラ゠ギィは手術にこじつけて、ギースレインの腕を確保していた。命の危険があったなどとは全くのでまかせであり、そもそもギースレインの生命の危機などは存在せず、命のために肘から先など切り落とす必要などは無かった。

 それでもラ゠ギィがギースレインの腕を切り落とした理由は──


「業術に目覚めたばかり、つまりは業術を習得する余地がありながら、まだ白紙であり可能性に溢れている。そのような状態の者の腕。彼には必要が無いかもしれませんが、私には必要な物ですから、不用品ならいただいてしまいましょう」


 ラ゠ギィはギースレインの左腕を再び丁寧に包み、自分の荷物の中に隠す。

 これは自分の切り札。誰にも知られるわけにはいかない。たとえイザリア・ローランでさえも。


 ラ゠ギィは荷物の中に左腕を隠すと、再び修行のための瞑想に戻ろうとするのだが、その直後ことであった。突然、宿の中に爆発の音が鳴り響き、建物が揺れたのは──


「まったく騒がしい」


 おそらくは戦闘の音だろう。

 宿屋の中は突然の出来事に天と地がひっくり返ったような騒ぎだ。

 そんな中でラ゠ギィは騒動の原因がどこかと耳を澄まし周囲の気配を読み取ろうとする。

 すると、騒ぎの大本が何処かはすぐに分かり、それは同じ階にある403号室であることが判明した。

 数日前に宿屋の主人に「とても高貴な身分の方」が泊まるので、気を付けて欲しいと言われた部屋だ。

 言われた通りラ゠ギィの方は気を遣って静かにして関わらないようにしていたのだが──


「向こうが迷惑をかけてくる以上は仕方ないでしょう」


 自分の部屋にはまだゴ゠ゥラが安静にしている。

 彼の眠りを妨害する輩を排除しようとラ゠ギィは部屋を出た。


「なるほど、防音がしっかりしすぎているというのも問題ですね」


 廊下へ出ると戦闘の音は全く聞こえてこない。

 これだとむしろ室内で何をやってるか分からないぶんセキュリティに問題があるなとラ゠ギィは自分達の行いを棚に上げて思う。後ろ暗い素性の人間を宿に入れて密かに治療をしていたラ゠ギィも宿とそこに泊まる客にとって不安な存在であっただろうし、それが露見していたなら宿から追い出されていただろう。


「何か御用ですか?」


 ラ゠ギィは廊下に出るなり感じた気配の方に顔を向ける。

 すると、そこにはローブをまとい顔を隠した集団が立っており、ラ゠ギィが立っている先へと進もうとしているように見えた。


「あぁ、なるほど貴方たちは増援ですか?」


 403号室ではまだ戦闘の気配がしている。

 ラ゠ギィは自分の横を通り過ぎようとしている者たちが403号室へ向かおうとしているのを察する。


「…………」


 ローブの集団は何も言わずにラ゠ギィの横を通り過ぎようと動くが──


「いや待った。誰も通すとは言ってませんよ」


 軽やかな動きでラ゠ギィはローブの集団の前に立ちはだかる位置へと移動する。


「貴方がたがどういう集団で、どういう目的を持ち、どういう相手を狙うのか私は知りません。ただ、こういう公共の場所で人々の迷惑も顧みずに行動しているのはどうにもいただけない」


 ラ゠ギィを敵と判断したのかローブの集団は即座に戦闘態勢を取る。

 それを見てラ゠ギィは肩を竦め、ローブの集団を指差す。


「そういう所もいただけない。少しでも自分達の邪魔をすれば即座に敵と判断する所。戦闘は最後の手段ということを理解していない。そちらが敵対的な態度を取るのなら、こちらも敵対的な態度で応じなければいけないということを貴方がたは理解していないのでしょうね」


 ラ゠ギィの言葉を無視してローブの集団の内の数人が魔術を発動する構えを取る。だが、その瞬間──


「まずは話し合い、互いの落とし所を探る。それが人と人が対峙した時にする最初の手段。その最初の手段も取らないような輩は獣も同然であり、襲い掛かってくるなら獣と同じように殺されても仕方ないとは思いませんか?」


 ローブの集団の中の魔術を発動しようとした者の体が突然発火し、燃え上がる。

 続けて他の者の体も突然、発火し燃え上がる。一瞬にしてラ゠ギィの前に立つローブの集団の半数以上の体が燃え上がり火達磨となって宿の廊下をのたうち回る。


「ふむ、燃やされてもおとなしいということは貴方たちは喋れないのでしょうか? そうなら何か言う必要はありません。黙って後ろを向いて逃げるなら私は見逃します。ですが、これを見ても向かってくるというなら──」


 ラ゠ギィの言葉を最後まで聞くことなく残ったローブの集団は動き出す。

 それを見てラ゠ギィは──


「──馬鹿どもが」


 吐き捨てるように呟いた瞬間、ラ゠ギィの目の前にいたローブの集団全員が()()()()()()

 一瞬前まで人の形をしていた存在が、圧倒的な力によって骨も肉も原形も留めずにすり潰された、廊下一面に広がる血の海へと姿を変える。


「……さて、他も静かにさせに行きましょうか」


 403号室ではまだ戦闘が続いている。

 この騒ぎではゴ゠ゥラも大人しくは寝ていられない。

 ラ゠ギィはゴ゠ゥラのためにも、この騒動を鎮めるために403号室へと向かうのだった。





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