宿屋にて
マークはリィナに案内された宿屋の部屋で煙草を口に咥えて、ラスティーナが来るのを待っていた。
アッシュに頼まれラスティーナが滞在しているという宿屋にやって来たマークであるが、到着した時にはまだラスティーナは帰って来ておらず、部屋で待たされることとなった。
ラスティーナ達が使っていた403号室は王族も泊まるようなランクの高い宿屋の中でも、特に高級な部屋であり、居心地は悪くなくラスティーナを待つことに何の文句も無い。
ただ、それは何も無ければの話で目の前にはバツが悪い表情のシステラが座っていれば話は別で、さっさと帰りたいというのがマークの今の気持ちであった。
「…………」
システラは何も言わない。
マークの方は聞きたいことが無くもないのだが、聞いたら後悔しそうな気がしたので聞かないように努めていた。
「……どうして、ここにいるか聞かないんですか?」
「……聞いて欲しいのかよ?」
「それは勿論。というか、女の子が困った顔で黙っていたら真っ先に話を聞くべきなんじゃないですか?」
かまってちゃんかよ──とマークは溜息を吐きたくなったが我慢する。
「そういう気遣いができないから、女の子に縁が無いんですよ」
「何で俺が説教されてんの?」
マークはウンザリした気分で煙を吐く。
煙草を吸って気分を落ち着かせようとしていたのだが、その煙草が落ち着いて吸えない状況だった。
「あの、煙草やめてもらえます? 煙草苦手なんで」
「はぁ……」
マークは諦めた様子で吸っていた煙草を放り投げると、煙草の吸殻は魔術によって灰も残らずに焼き尽くす。
「……で、何があったんだよ」
一応、人造生命体であるシステラの創造主の一人であるので親のような気持ちでマークはシステラの話を聞く。
「寮にいるのが嫌になったんでラスティーナ殿下の所に身を寄せてるんです」
それは分かってる。
そう言いたかったが話の腰を折らないようにマークは何も言わずに我慢した。
「なんで寮にいるのが嫌になったんだ?」
「寮が……というよりは学院が嫌になったんです」
なんでまた急に……と思った瞬間、脳裏によぎるのはジュリアンとシステラの一戦で、劣等生であるジュリアンに敗北した結果、他の生徒にイジメられるようにでもなったのだろうかとマークは考えるが──
「試合に負けて以来、みんな私のことを前より褒めてくれなくなったし、チヤホヤもしてくれなくなったんです。それで何だか学院って面白くないなぁって思ったら急に行く気も無くなって嫌になって……」
「……イジメられたりとかは?」
「は? そんなのあるわけないじゃないですか」
「…………」
マークは何を言えば良いのか分からなくなった。
というか、何よりもどうしてシステラがこんな風に成長してしまったのかが分からない。
「社会経験を積ませなかったのが悪いのか……」
承認欲求が満たされないというだけで学校を辞めるとかどうなんだろうとマークは思うが、システラに対して何を言えば良いか分からない。
そうして言葉がでないマークは遂には諦めて新しい煙草を口に咥えて火を点けた。ある種の現実逃避である。
マークは自分が作るのに関わった人造生命体が、ちょっと難しい年頃の女子の精神性を獲得したことをどう処理して良いか分からなくなっていた。
「……なぁ、システラは何歳になった?」
「100歳にはなってないと思いますけど」
100歳にはなってないけど、数十年は生きている。
それなのに、こういう精神性なのはどういうことなのかとマークは思うが、それが既に間違いでもある。
長く生きてれば、それだけで立派な大人の人格を持てるかと言うとそういうわけはないからだ。
システラは生きている時間こそ地球年齢で換算すれば100歳に近いが、社会経験は10代前半程度であるのだから、精神的な成長を期待するのは難しかった。
「……話が変わるが、他の世界ではどうだったんだ?」
「本当に唐突ですね。まぁ、他の世界は楽しかったですよ。だって、真面目な顔して、それっぽいこと言って、適当に何かあげれば、みんな褒めてくれて、チヤホヤしてくれて、崇めてくれますから」
うーん……とマークは唸る他なかった。
頭の中でこれはマズいのではないかという思考がグルグルと巡っているが、同時に責任を放棄しても良いのではないかという気分になってきてもいた。
別に自分は製造を手伝っただけだし、人格形成は自分が関与する部分ではないので自分には関係ないというのがマークの結論である。
とりあえずシステラの人間性については自分はもう関わらないようにしようと思い、マークは話題を変えようと口を開こうとするが──
「すまない、待たせたかな?」
そこにちょうど、ラスティーナが帰ってきた。
これ以上システラと話すことがないマークにとっては最高タイミングである。だが──
「失礼します」
ラスティーナに続いて部屋の中に入ってくるラスティーナの侍女とリィナ。
部屋は広いので多少、人が増えてもスペースの面での圧迫感はないのだが、マークは精神的な圧迫感を感じていた。
「女4人に男は俺だけ?」
マークは異性に囲まれている状況に居心地の悪さを感じていた。
もっとも大勢の側はそんなことは感じてはいないので、普段通りであるが。
「それで、どのような用件だろうか?」
ラスティーナに聞かれるが、マークはどう答えていいものか困る。
そもそも自分はアッシュに言われてやって来ただけで、アッシュから話は通ってるものだとマークは思っていたが、目の前のラスティーナの様子からそうではないことを察し困惑していた。
マークの感覚だと初対面の自分のことを何も知らない相手に「魔術関連のことで困ってるだろうからアドバイスしに来た」などと言うのは自分の実力を鼻にかけてるようで躊躇われた。
自分の実力を知ってる相手に調子に乗った態度を見せるのは何も思わないのだが、何も知らない相手に自分の実力をひけらかすようなことはマークの感性では恥ずかしいことであるからだ。
「うぅん、まぁ、用件というか」
「殿下、この者はアッシュが一目置く魔術士だそうで、殿下の助言役ということでアッシュが寄越しました」
マークの代わりにリィナが事情を説明する。
すると、ラスティーナはシステラの方を見て──
「そうなのか?」
──と訊ねる。
システラもアッシュと関係が深いことを知ってるからラスティーナはマークのことをシステラに訊ねたのだった。
「まぁ、そうですね。というか、あの男は魔術とか魔法の関係のことは全部この人に任せてるんで、一目置くどころではないかもしれないです」
「ほう?」
ラスティーナはマークを興味深げに見る。
「なるほど、あの男が頼りにする魔術士か。であれば、相当な実力者なのだろうな?」
「頼りにしているといっても便利屋程度にしか思っていないだろうけどな」
──などとは口に出さずマークは曖昧な笑みを浮かべる。
初対面の女性に対して軽口で応じられるような精神性を持ち合わせていないマークは女性四人に男一人という空間が与える居心地の悪さもあって借りてきた猫のようになり、煙草の火も何時の間にか消え、吸殻も無くなっていた。
「では、凄腕であり、現状についても理解しているであろう魔術士殿にお聞きしたいのだが、貴殿は魔導院をどう思っている?」
随分とハードルを上げてくるなと思いつつ、マークはどう答えるべきか考える。
漠然とした質問に対しては質問者の望む答えを返すべきだとは思うが──
「結論だけ言っていいか?」
順を追って説明をしようとすると面倒なことになるのでマークは先に結論を述べるべきだと思い──
「構わない」
ラスティーナはそれを了承する。
どちらも話が早く済むならそれに越したことはないという思考だった。
マークは同意が得られたのでさっさと結論をだけ伝えようと思い、勿体ぶることも無く淡々と口を開く。
「魔導院は学生を攫って魔力を奪っている」
「なぜ、そう思う?」
「俺はこう見えても、けっこう長く生きてるんでね。今のような状況を何度も見てるから分かるんだよ」
ラスティーナはマークの答えに疑わし気な視線を向けるが、口を挟むことはせずに先を促す。
「魔術士が魔力確保のために魔力タンクとなる人間を飼うのは珍しいことじゃない。学院の生徒として魔力タンクに相応しくなるまで成長させたら後は収穫って感じだな」
「そんなことをしてバレるんじゃない?」
リィナの疑問はもっとものように思える。
だが、本当にそうだろうか?
「それはどうだろうな。魔導院にはお誂え向きの場所があるんだぞ?」
考えればなんとなく察しはつくだろうとマークは周りを見回すとラスティーナが答えを呟いた。
「……研究院か」
「そう、その通りだ。あそこは機密保持って名目で外部からの連絡が取れないようにしてるそうじゃないか。となれば研究院に入れさえすれば、後はもう何をしようが外に漏れることは無い」
親が音信不通の自分の子供を気にして魔導院に連絡なりしてきても、機密保持を理由に断るだろう。
そもそも親の方も研究院に入れた場合は連絡が取れなくなるということを承知で我が子の成功を願って学院に入れるんだから、最初から連絡が無くても騒ぎは起きないのかもしれないとマークは思う。
「なら、最初から研究院は生徒から魔力を奪うためにあるってこと?」
「最初からかは分からないがな。中の様子が分からないから、俺の推理が間違ってる可能性だって無くはない」
「いや、でも、研究院は魔術の研究成果も発表しているし、魔力を奪うためだけの場所なら研究成果の発表をしているのはおかしいんじゃ……」
「別におかしくは無いだろ。魔術の研究なんて一人でもできる。というか、優れた魔術師ほど研究は一人でやりたがるもんだ。百人の助手より、百人分の魔力の方が研究の役に立つっていう奴はいるし、俺もそのタイプだからな」
まぁ、自分は誰かを犠牲にして魔術の研究はしたことがないが──とマークは言いつつ話を続ける。
「研究院は機密保持の観点から内部を公開していないし、どういう風に研究を行っているかも明らかになっていないんだから、本当に研究院に入った連中が研究をしているかも分からない。それに加えて研究院に入った奴がただの魔力タンクになっている可能性も考えたら、研究院で研究に励んでいるのはもしかしたら賢者様だけかもしれないな。ま、俺の勘だが」
そんなことがあり得るのかとラスティーナ達はマークを見る。
その視線を受けてマークはというと──
「だから、勘だって言ってるだろ。それと俺の経験上の話をしてるだけだ」
同じようなことをしている魔術士は何人もみたことがあるし、この魔導院でも同じことが行われていないとは限らないとマークは言う。
「……攫われた生徒たちは何なんだ?」
ラスティーナは完全に納得はしていないものの、とりあえずはマークの説明を受け入れ、そこから更に状況を整理しようとしていた。
「あっちは別ルートで研究院に押し込んで魔力タンクにする奴らだと俺は思う」
「なぜ、そんなことをする? 研究院に入る生徒は選別しているんだろう? それだけでは足りないのか?」
「足りないんだろうさ」
「それこそ何故だ? 露見する恐れが高いというのに」
「言うほど高いとも思えないけどな。攫った生徒は市外には出さずにソーサリアの研究院だけで消費している。家族には研究院に入ることができたという連絡だけしておけば、納得はしてもらえなくても理解はしてもらえるだろう。というか、場合によっては連絡すらしなくても良いかもな」
落ちこぼれな生徒の場合、親との連絡を取ってないこともあるし、親の方も落ちこぼれな子供を見捨ててることもあるかもしれない。
特に魔導院のような魔術を極めるという目的があるような場所に入れる家であれば、魔術の技量だけが存在価値となっている家もあるだろうし、その場合落ちこぼれの子供などいない者として扱うこともあるだろうとマークは思う。
「もしかしたら、生徒の方は攫って魔力タンクにしておいて、親の方には誰かが代筆で順調だとか連絡してるかもな。ついでに親からの仕送りだけはちゃっかり受け取ってるようなこともあるかもしれない」
魔導院が生徒を攫うのを主導してるなら、生徒の方は研究員が魔力タンクとして活用し、学院は生徒の仕送りを着服してるということもあるかもしれない。
「ま、何事も証拠を集めなきゃどうにもならないがな。現状は俺の推理だけだからな」
そう言いつつもマークは自分の推理があながち間違ってはいないだろうと思っている。
「とりあえず今は学院に行っているゼティの報告待ちだな」
ゼルティウスが少しずつ情報収集をしているんで、いずれは正確なことも分かるだろうとマークは思うのだが──
「ふむ、彼とは学院で会ったな。私も魔導院については怪しいと思ったので加減をせずに調査することを許すと視線で伝えたつもりだが、伝わっただろうか?」
まぁ、伝わっていないだろうと冗談めかした感じで言うラスティーナだが、そのことに対してマークはというと──
「いや、それはマズいだろ。ゼティに思いっきりやれって許可を出すとか、今頃、学院の連中とか始末されてるんじゃないか?」
冗談めかした態度のラスティーナに対してマークは真剣な表情で言う。
その場にいた女性陣四名はマークの不安がイマイチ理解できなかった。
彼女たちが知る限りではゼルティウスは冷静で誠実、穏やかな好人物であるので、始末などという物騒な言葉とゼルティウスが結びつかなかった。
「アッシュではあるまいに、そんな荒事になるとは……」
「いや、アンタらはアッシュのことを理解してないから、そう思うかもしれないが実際にはアッシュはクソ甘いからな? それに対してゼティは悪党と思ったなら容赦なしだ。今までは許可が無かったから我慢してたかもしれないが、アンタが許しちまった以上、何をしでかすか分からんぞ?」
まさか、そんなわけはないだろうと四人はマークの言い分を信じない。
それも当然で、この場にいる四人は全員がアッシュにからかわれたり、迷惑をかけられたりしているのだから、アッシュに対する評価は最低であり、とにもかくにもアッシュは問題を起こす人間だという認識が固定化されているので、何かやらかすのはアッシュだと思い込んでいた。
対してゼルティウスの評価はというと、すぐそばにアッシュという最低評価の存在がいるせいで、相対的に好人物に見えることもあり過大評価されていた。
「まぁ、ゼルティウスのことは良いだろう。彼ならばきっと上手くやってくれるはずだ」
いや、上手くいくわけないだろうとマークは思うが、ラスティーナはそんな思いを察することも無くマークへと質問をする。
「そもそも疑問なのは、どうして、そんなに魔力を必要とするのかだ。その理由も納得できなければ、貴殿の推理を受け入れるのも難しいのだが……」
「まぁ、実際には魔力だけじゃないと思うけどな。学生を攫って、その身柄を確保しているってのも俺は意味があると思うんだが、その意味ってのは──」
そこまで言いかけてマークは何かに気付いたのか窓の外を見る。
「どうした?」
釣られてラスティーナ達が窓の外を見る。
窓の外にはソーサリアの普段通りの街並みが広がっていたが、次の瞬間──
「やっぱり、やらかしやがったな」
マークの視線の先──ソーサリアの街の中央に突如として賢聖塔が姿を現す。
「塔はしばらくは現れないはずでは?」
「事情が変わったってことだろうさ」
ゼティが学院で何かしでかした結果、賢聖塔が姿を現し、そこにいる賢者が自ら動かなければいけない状況になったんだろマークは推測する。
「なんで魔力が必要かって聞いたよな? それはたぶん、研究に必要だっていう理由もあるだろうが、おそらくはアレが原因だ」
そう言ってマークは窓の外に見える塔を指差す。
「ま、その理由は追々説明するとして、今はどうして生徒の身柄を確保しているのかって方の答え合わせが先だな。それと、何で魔導院が研究院に選抜する生徒を戦闘能力を基準に選ぶのか、その理由も教えてやれるかな」
マークは宿屋の外に感じる複数の殺気を纏った人の気配を感じ取っていた。
リィナとシステラも同様に気配を感じ取り戦闘態勢を取る。
「さぁ、気をつけろ。クソどもが来るぞ」
警戒をするように伝え、マークが懐から取り出した煙草を口に咥えた次の瞬間、部屋の中に宿の外から魔術が撃ち込まれ、マークたちがいた部屋は炎に包まれた──




