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武装解禁

 


 ギースが業術に覚醒したのは別に驚くことじゃない。

 使徒じゃなきゃ業術が使えないわけじゃなくて、俺の加護があればそれだけで充分。

 内力──まぁ魔力だけでも良いけれど、その量が多ければもう一つの条件もクリア。業術の発動に必要な内力量があればいいだけだ。

 そんでもって、最後に重要なのは強烈な自我エゴ。これが業術を習得する最大の難関だ。

 だが、ギースの自我エゴはこの状況を見るに業術の発動が可能な域に達しているのは間違いない。

 加護、内力量、自我エゴの三つが揃っていれば、術を使う奴の強烈な自我に呼応して俺の加護が内力をリソースにして業術を組み立て始める。

 だからまぁ、最初に関しては条件さえ整っているなら業術を使えているのは別に驚くことじゃない。


「新しい力に目覚めたのはどんな気分だい?」


「最高の気分だ」


 ギースはそう言いながら左手を振って粘液を俺に向けて飛ばす。

 やっぱり、さっきまで感じていたほどの嫌悪感はない。さっきは粘液をゲロとクソを煮詰めて腐らせたようなもののように感じたが、今はせいぜい茶色くてネバネバとした液程度にしか思わない。

 俺は避けることはせず、逆に飛んできた粘液を腕で防御しながらギースに向かって走り出す。

 ビチャビチャと粘液は腕にかかるが皮膚に感じる感覚が気持ち悪いだけで俺には何の影響もない。


「余裕!」


 それと、こうやって発動した最初の業術は基本的には不完全で能力だって定まっているわけではなく、さっきは発動した効果も次の瞬間には無くなっているってことも多い。

 最初に目覚めた能力を段々と整理し、能力の形を定めていくことで業術ってのは本当の完成を見る。俺の加護でサポートして最初から完成形にするってこともできなくはないんだが、そうすると、どうしても弱くなるんだよね。


「さっきは逃げてたじゃねぇか!」


「さっきと今は違うってことだよ」


 俺は距離を詰めギースに向かって拳を放とうとするが、殴ろうとし思った瞬間、ギースに触れることに抵抗を覚える。その感覚はゲロやクソの中に手を突っ込みそうになってる感覚で俺はギースの体に拳を叩き込むことを躊躇する。


「俺には触りたくないってことか?」


 ギースは俺の躊躇に気付いたようで、逆に俺に近づき、そうされた瞬間、俺は自分から逃げるように後ろに跳んで距離を取った。


「ガキの頃を思い出すぜ。みんな俺が近づくのを嫌がってなぁ。汚いだの臭いだの言いやがって、俺から逃げるんだ。孤児なんだから仕方ねぇだろうが! でも、慣れると面白かったぜ、俺の方から触りに行くと蜘蛛の子を散らすように逃げて触られた奴は泣き出すんだからなぁ!」


 やべぇなぁ。ハイになって自分語りしてる状態の業術使いってのはスゲェヤバい。

 自分の怒りとか衝動は口に出すことによって明確化され、そうした怒りと衝動が業術の性能を上げる。

 業術っての自分の欲望、衝動、感情で世界を自分の色に塗りつぶす術だから、自分の中のそういった物がハッキリしてる方が強い。


「キミのガキの頃の話をされても共感はしないぜ?」


 共感性が低いんでね、俺はさ。

 拳で殴るのはちょっと無理そうだ。いや、気持ちの問題か?

 とりあえず試してみるしかないか。

 そう決めて俺は再びギースとの距離を詰める。ギースの方も俺が殴るのに抵抗があるのを見抜いたのか大胆に距離を詰めてくる。


「舐められてるなぁ」


 普通の殴り合いじゃ全く勝てなかったくせに、ちょっと自分に有利な点が見つかったからって調子に乗ってやがる。まぁ、そういう奴の方が好きだけどね。すぐに俺に怯える奴よりはよっぽどマシだ。


「死ねや!」


 ギースが手甲剣を俺に向けて突き出す。

 顔面に向けて放たれたそれを俺は首を振って躱しながら、前へと踏み出し、蹴りを放つ。

 俺の勘では手は無理だ。肉体的接触は本能的な拒否が生じる。そう考えた俺は靴を履いた足での蹴りを放つことにした。

 足の甲を当てるローキックは……無理。

 爪先で鳩尾を蹴るのは……無理。

 踵落としも……嫌だね。

 膝蹴りは……というか、蹴った際にズボンがギースに触れることになりそうなのは基本的に嫌だ。靴も靴の目立つ箇所がギースに触れるのは考えただけでも気分が悪くなる。となれば、できるのは──


「無抵抗で殺されてくれるのか──」


 俺はこれしかないと思い、靴底をギースの顔面に叩き込んだ。

 おっと、喋ってる途中だったみたいだね。すまんすまん。

 カウンター気味に足裏を叩き込む蹴りを食らったギースは顔を押さえて膝を突く。

 普段の俺なら、隙だらけになったギースに対し、何かしらの追撃をするのだが、今はそんな余裕がない。


「クソッ、すげぇ気分悪い」


 俺は広間の絨毯に足裏を必死でこすりつけて汚れを落とそうとする。

 ウンコを踏んづけた気分だ。靴底には何もついていないのに汚く感じる気持ちが消えてくれない。

 足の裏で蹴ってこれなら、殴るのなんかとてもじゃないが無理だろ。

 初めての発動でこれとか結構ヤバい業術かもしれん。


 ちゃんと修行を積んで能力が定まってくると、もっと厄介な性質が生まれるかもしれないな。

 当然と言えば当然なんだけど、他者を害しようとする気持ちが強ければ強いほど業術の攻撃性は高くなる。

 とはいえ、業術を使えるくらい強くなれるような奴の場合、もう他の奴なんかどうでもいいやって気持ちになる奴が多いんで、攻撃性は若干落ちてくる。対してギースなんかは自分以外の人間に対する憎しみの強さを維持してるんだから、業術も凶悪になっていくだろう。


「殺すべきかな」


 ゼティやマー君なら問答無用で殺してるだろうなぁ。

 こいつの事情とか何も興味は持たずに、ギースは殺しても問題ない悪党だと認識して速攻で殺すだろうね。

 でも、俺はなぁ……まぁなんとも。人間ってのは殺したらそれっきりだからさ。

 良くない癖が出てるって気もするんだけどね。


「殺してやる……!」


 顔を押さえながらギースが立ち上がる。

 口の中を切ったのか、それとも歯が折れたのか唇の端から血が流れ出ていた。

 ちょっと俺が不利な気配を出してたけど、まぁ実際はこんな感じなんだよね。

 普通に戦ったら今でも勝てるってこと。

 その証拠に俺が自分に課している手加減の呪いはギースに対する業術の使用を許してない。つまり、俺の呪いさんはギースには俺が業術を使う必要はないって判断したってこと。とはいえ──


「テメェは絶対に殺す!」


 俺への殺意に比例してギースの内力量が増えている。

 そして内力量が増えるってことは身体能力も上がるし、業術自体も強力になってくるわけで──

 思考が横道にそれた瞬間、目の前のギースが動き出す。

 速度は更に上がり、踏み込みの際の脚力によって床が粉砕される。だが、それでもまだ俺の対処できる速さだ。


「こいつでぇ──!」


 ギースは飛ぶような速さで俺に向かってきながら左手から粘液を飛ばしてくる。

 今度はさっきと違って絶対に触りたくない気分で俺は咄嗟に横に逃げる。


「──どうだぁっ!」


 俺が慌てて逃げるのも想定済みだったのかギースは俺の逃げた方に粘液を飛ばしてくる。

 その際に風の魔術を使い、粘液の飛ぶ速度を上げようとするが、そうして加速した粘液は結果的にまとまって飛ばずに飛沫として拡散する。だが、その結果──


「くそっ、かかった」


 ほんの小さな粘液の飛沫が俺の顔に飛ぶ。

 その瞬間、とんでもない不快感が襲い掛かってくる。

 いや、もう本当に気持ちが悪い。俺はとにかく顔についた粘液の飛沫を拭こうとするが──


「はははは、隙だらけだなぁ!」


 集中が削がれた俺にギースが蹴りを叩き込んだ。

 たたらを踏んで後ずさる俺にギースは手甲剣を振りかぶり、斬りかかってくる。

 ギースのスピードとパワーは俺の対処できる範囲内。だけど──俺は躱すよりも自分の顔が気になって仕方なかった。


「いってぇ!」


 なんとか後ろに下がって傷を皮一枚に収める。

 怪我は良いんだよ、怪我はそんなことより顔を拭きたくてたまらねぇんだ。

 俺は流れた自分の血で急いで顔を拭く。水が欲しいけど、水が無いんだから仕方ない。

 とにかく何でもいいから顔を綺麗にしたい。


「良いザマだ!」


 ギースが笑いながら剣を振るって俺を追い詰めようとしてくる。

 けれど、俺の方も血でも汚れは流せたのか若干、気分は良くなってるんでね。

 余裕で反撃できるぜ──っと?


「どうしたぁ!」


 殴れないから蹴ろうとしたが、俺が蹴るよりも早くギースの剣が俺の頬を掠める。

 反応が遅れたせいだ。

 蹴ろうとした瞬間に蹴って大丈夫かなって余計な考えが頭をよぎるのと、意識がどうしても剣よりもギースの手の方に向かっちまうせいで、一瞬の判断が勝負を分ける近接戦闘で俺の判断速度が遅れている。

 防御だけじゃなくて、攻撃の面でも集中を散らせるんだから使い勝手が良い業術だぜ。だけどな──


「まだ余裕だぜ」


 俺は足裏でギースを押すように蹴る。

 その蹴りは防御されるが突き飛ばす衝撃までは殺し切れずにギースは俺から後ずさり俺から距離を取る。


「嫌な業術だなぁ」


 気持ちよく殴り合いをさせてくれない時点で俺の嫌いなタイプの業術だぜ。

 でもまぁ、俺の嫌がることをしてくれてるって工夫は評価したいね。

 さて、評価ついでにギースの業術を整理しようか。

 ギースの方も距離を取って様子を見てるみたいだし都合が良い。自分が急に優勢になってるのを俺の罠だとか疑ってるんだろうね。

 キミの実力で俺に優勢になってるんだよって言ってやりたい気持ちもあるけど、そんなことを言ってもギースは強くならないだろうから俺は言わないんだけどね。

 ──で、ギースの業術だけど恐らく発動したばかりで顕現アライズ駆動ドライブの区別が無いのは間違いない。

 今後の修行次第だろうけど、顕現態だとギースの業術は内力をさっきから俺にぶっかけてる粘液に変えるとか、そんな感じだと思うね。俺の内力を熱に変える顕現態と同じ系統だ。

 修行次第でその粘液に何らかの能力が付与される可能性はあると思うが、俺の勘だと粘液というかギースの放つ内力に対して不快感を抱くってのは駆動ドライブの段階に分類される業術であるようにも思うね。

 根拠はまぁ色々とあるんだけど勘だね。ともあれ、現時点では内力を粘液に変えるのと、ギースやギースが生み出した粘液に対して強烈な嫌悪感を催すっていうのがギースの業術の能力だろう。


 今はそれだけ整理できていれば深く考える必要はない。

 ギースの業術は目覚めたばかりで、これが完成形というわけじゃない。これから別の能力に変わることだってあるんだから、今だけかもしれないものを、そこまで本気で考えても仕方ないだろ?

 いま大事なのは、ギースをぶちのめすことだけだ。

 とはいえ、現状ではマトモな殴り合いも難しいんだよね。だからまぁ、俺は一つ提案をしようと思う。


「なぁ、ちょっと頼みがあるんだけどさ」


 ギースは俺に対して警戒の眼を向ける。

 自分が優勢になったから少し冷静になってんな。

 そういうタイプは好きだぜ。まぁ自分が有利になったら調子にのるタイプも嫌いじゃねぇけどさ。


「武器を使っても良いかい?」


 俺はギースの返答を待たず、部屋の窓まで駆け出すと、そこにあったカーテンに手をかけて引き裂く。


「何をしてやがる」


「武器を作ってるのさ」


 俺の突然の行動に虚を突かれたギースは動きを止めて俺を見る。

 そうしている内に引き裂いたカーテンを俺は自分が求める形に千切り、そうして出来上がったのは一枚の長い帯。


「なんだそれは?」


「これが俺の武器さ」


 帯を軽く振り回し、使用感を確かめながら俺は言う。

 ただの布、それがキミを倒すための俺の武器さってね。


「さぁ、それじゃあろうぜ」


 そろそろ決着をつけようじゃないか、なぁ!








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