汚れもの
「殺す殺す殺す、絶対に殺す! テメェだけは絶対に殺す!」
発狂したように俺への殺意を繰り返し言葉にするギース。
怖いねぇ、俺はキミにそんなにひどいことをしたかな?
「まいったね、そんなに恨まれるようなことをしたつもりは無いってのに」
俺と出会ってからギースの人生は転落の一途を辿っているわけだが、それだって因果応報ってもんだろ?
俺のせいにばっかりされても困るぜ。ついでにギースの腕に関しては俺じゃなくてゼティの仕業なわけだし、その怒りまで俺に向けられるのはちょっと理不尽な気もするね。
「ま、別に恨まれようが構わないんだけどさ。だって戦う相手なわけだしね」
怒りの表情のままギースが飛び出してくる。
その速さはさっきよりも上がっているが、おそらく俺の加護がガンガンに効いてるんだろう。
俺の加護は身体能力の強化に偏っているから、ギースの動きが早くなるのも当然。
「死ねぇ!」
弾丸のような速さで俺に飛び掛かりながらギースは手甲剣を振り下ろす。
それを半歩横にズレて躱した俺はそのままギースの横に回り込んで側面から脇腹に拳を叩き込む。
打撃による衝撃によって、ギースの体が浮き上がり押し飛ばされるが、ギースはその状態から着地すると即座に体勢を立て直して再び俺に向かってくる。
「良いね、そうじゃなきゃ」
小細工に走るよりも、そうやって愚直に飛び込んでくるのが良い。
テクニックに欠けるならパワーとスピードを上げていくってのは俺好みだ。だけど──
「今のままじゃ物足りないな」
俺は突っ込んでくるギースが踏み込んだ前足を蹴って払う。
すると、ギースは面白くなるくらい見事に前のめりに体勢を崩し、そうして生まれた隙に合わせて俺はギースの顎を足を振り上げて蹴り上げる。
顎に食らった衝撃でギースの体は仰け反り、俺はそこから追撃として距離を詰めギースの鳩尾に拳をねじ込む。すると今度は逆に体がくの字に曲がり、俺の胸元までギースの頭が下がる。
「お辞儀をしてくれるなんて礼儀正しいね」
俺は下がったギースの頭を掴み、そこに膝を叩き込む。
その衝撃で跳ね上がった頭を押さえ、俺は左手でギースの頭を固定した状態で右の拳を顔面に撃ち込む。
一発、二発、三発……三発目の思いきりのパンチをくらった時ギースは吹っ飛び床の上を転がっていた。
「ヘイヘイヘイ、もうお寝んねかい? 殺す殺すと口先のだけのお坊ちゃんはお昼寝の時間かなぁ?」
俺は倒れているギースに近づくとうつぶせのギースの傍にしゃがみこみ話しかける。
直後、起き上がりながらギースが手甲剣を俺に向けて振ろうとするが──
「はい、残念」
俺はその動きより早くギースの頭を掴み、その顔面を床へと叩きつけた。
その結果がどうなったかと思い、俺は髪を掴んでギースの頭を持ち上げて確認すると、その顔は──
「うわ、鼻が折れてやんの」
鼻字が止まらないようだし、前歯にひびが入っているように見えるね。
歯はともかく鼻はこれ治るかな? 俺の加護は怪我の治りも早くなるけど一回の戦闘中に何度も同じ怪我をすると簡単には治らなくなるんだよね。
怪我をした状態が普通って加護が認識しちまうから、治すのにコツがいるんだが、ギースの場合はどうだろうか? けっこう何度も顔面に拳だったり膝だったりをぶち込んでるわけだし、もしかしたら治らないかもなぁ。
「ま、イケメンになったと思おうぜ? 美しさってのは普通からの逸脱から生まれるもんだし、鼻が折れてるからこそカッコいいってこともあるよっと」
俺に髪を掴まれていたギースが手を振り回して俺を殴ろうとしてきたので、俺はギースから手を放して飛び退く。
何が気に食わなかったんだろうね? 美しさの話が納得いかなかったかな?
「時代によっては太ってるってのが美人の条件だったりするわけだけど、そういう時代ってのは普通にしてたら太るのが困難だから、太っているという特別さが美しさの条件の一つになってた思うんだよね。逆に現代……っていうのも変か? まぁ、気にすんな。とにかく太るのが簡単な時代なんかだと痩せたままでいるってのも楽じゃないから、痩せてるっていうのが特別な意味を持ち、その特別さが痩せているということを美の基準にしているとも考えられないだろうか?」
そんなことを聞いているんじゃないって?
分かってるよ、そんなの。
俺はギースがイラつくと思って喋ってるだけさ。
俺は人の気持ちが分かる男なんでね、どうされたらイライラするのかと良く分かるのさ。
「俺を馬鹿にするんじゃねぇ!」
「馬鹿にしてるわけじゃねぇよ、本気でキミと向き合ってるから、キミの精神を揺さぶるようなこともするんだぜ? 馬鹿にするどころか、本気も本気だってのに、そういう言い方は傷つくぜ。おっと、もしかしたら、俺にマトモなダメージを与えた初めての瞬間か? すごいね、頑張った」
俺が褒め称えようと拍手するとギースは凄まじい表情で睨みつけてきた。
良いね、殺意が全く消えてない。どんだけぶちのめされて全く気持ちが折れてないとか最高じゃないか。
「……気に入らねぇ」
ギースの口から洩れる声。
かすれているが、その声は不思議と俺の耳に届く。
「気に入らねぇ……」
何が気に入らないんだろうね。気に入らないことがあるなら言ってみたらいいんじゃないかな?
まぁ、俺がそんなことを言わなくても言うだろうけどさ。もう我慢できないって様子だしさ。
「気に入らねぇんだよ、テメェは!」
今更だね。でも、良いよ。
俺は俺のことを嫌いな奴が好きだから、そんな風に言ってくれるキミが好きだぜ。
「そうだ、そのツラが気に入らねぇ! 初めて見た時からそうだ! どんな時だって余裕を見せてる、そのツラ! 自信に満ち溢れたテメェのそのツラが俺は気に入らねぇんだよ!」
ギースは発狂したように叫ぶと頭を左手で掻きむしる。
イカレたかな? そんな風に俺が思った瞬間ギースの魔力が爆発的に増加する。
「自分は何でもできますってツラが許せねぇ! 何でも思い通りになると心から思ってそうなツラが憎い! テメェの存在そのものが俺をイラつかせるんだよ!」
ツラって言われてもね。俺はそんなに美男子のつもりはないんだけどね。
俺の顔は俺が生きてきた積み重ね。俺は俺のこれまで生きてきた結果から自分という存在を心の底個から信じているんで、それが表情になって出ているんだろう。でもってギースはそれが気に食わないということなんだろう。
良いね、俺の存在そのものが許せねぇとか最高じゃねぇか。そこまで嫌われるとかなかなか出来ないぜ?
逆に言えば、そんなに思えるほど俺のことを意識してくれてるってことだから、むしろ、誇らしささえ感じられるね。俺は他人にそんなに影響を与えられる存在だって確認できるんだからさ。
「殺してやる、殺してやるよ! アッシュ・カラーズ!」
更にギースの魔力が膨れ上がる。
膨れ上がるだけじゃなく、感じられる魔力の質も変わってきて、魔力の中に俺が闘気と感じる物も混じり始める。それはつまり、俺が扱う内力と似通った性質なわけで──
「テメェだけじゃねぇ! 全員だ! この世界に生きている奴ら全てが気に入らねぇんだよ!」
俺への怒りからギースは自分の憎しみの本質を知る。
これはちょっとヤバいかもしれないと、ゼティやマー君がこの場にいたら即座にギースを殺すだろうね。
でも、俺はギースの憎悪の終着点が見たいんで、様子を見ることにする。
「どいつもこいつも気取ったツラをして楽しく生きてやがる。それが許せねぇ、みんなドン底に堕としてやりたい、俺と同じクソまみれの人生を味合わせてやりたい。……あぁ、そうだ俺はそのために生きている」
ギースの魔力の増幅が止まり、安定する。最初の時と比較して数十倍と言ったところだろうか?
魔力の安定に合わせてギースの精神状態も安定したようで、口調は穏やかだが、その眼差しには──
「まずは手始めにテメェを殺してやるよ」
ギースの眼差しには俺への憎しみが変わらず宿っている。
どうやら、俺はよっぽど気に入らない人間のようだ。嬉しいね。
「どうやって? と聞いても良いかい?」
さっきから、殺す殺すと息巻いていたけど、何もできていないじゃないか。
それなのに殺せると未だに言える根拠は? そう俺が訊ねようとした瞬間にギースが動き出す。
莫大な魔力で強化した身体能力に高速移動。とはいえ、それだけじゃ同じなんだよなぁ。
確かにドンドン速くなってるし強くもなってるようだけど、それだけで俺を倒すには今の数倍はないとね。
方向性は間違ってないんだけど、方向だけあっていてもしょうがないってことさ。
俺はこれまでと同じようにギースを迎撃しようと拳を突き出そうとするが、そうしようとした瞬間──
「うわっ」
俺は思わず拳を引っ込めた。
確実に当たるタイミングだが、俺は拳を出せなかった。
なんでかって? その理由は単純──俺がギースのこと触りたくないほど汚いと思ったからだ。
「死ねぇ!」
俺の迎撃がなかったギースは狙い通りに手甲剣を振るうが、俺は後ろに下がってそれを躱す。
……ちょっと待て、なんで俺は相手が汚いと思った程度で殴るのを躊躇したんだ?
思考が一瞬だけ目の前のギースから逸れ、その隙を突いてギースが生身の左拳で俺に殴りかかる。
回避のタイミングを逃した俺は拳を前腕で受け止め、その打撃の衝撃を利用して後ろに飛び退く。
ダメージは殆ど無い、だが──
「なんだコレ、汚ぇ!」
殴られた腕に不快感を覚えて眼をやるとそこにはおぞましい茶褐色の粘液が付着していた。
冗談じゃないほど気持ち悪い。臭いがあるわけでも毒があるわけでもないってのは直感的に分かるんだけど、とにかく汚く感じて、それが腕についてるのが気持ち悪くて仕方ない。
「マジで何なんだコレ──」
俺は腕についた粘液を何とか拭き取ろうとするが、拭き取ろうとした瞬間、横合いから衝撃を受けて吹っ飛び、広間の床の上を転がった。
完全にギースのことを忘れてたぜ。
俺は立ちあがり、ギースを見る。そうして見たギースの姿は先程と変わらないように見えるが──
「おぇ」
ギースの姿は見てるだけで吐き気がするほど汚かった。
いや、良く見たら何も変わらねぇんだよ。ただ、俺の感覚がギースは汚いものだと認識してるというかね。
……ヤバいかも集中力が全く無くなってる。少し冷静になろう。
「何かしたかい?」
俺はギースに聞きながら考える。
たぶん何かの能力に目覚めて、俺はそれを食らってるんだろう。
それを冷静に考えなければならないんだが……俺のは俺の右腕が凄く気になる。
右腕についた汚い粘液の存在が気になって気になって仕方ない。
ギースのことを考えるよりも何よりも、まずは汚れを拭かない落ち着かない。そのままでも問題ないって俺の頭の冷静な部分が訴えてるが気分的に我慢できない。
俺は近くに落ちていた布で腕の汚れを拭く。だが、落ちてる気がしないのでこする。
けれども、なんだか汚れが皮膚の下にまで染みていってるような気がして、俺は思わず自分の手で右腕の汚れた部分の皮膚を引き剥がす……って、どう考えても異常だろうが!
完全になんかの能力に嵌まってるぞ、俺!
汚いからってだけの理由で自分の腕の皮を剥がすかよ!
「俺が何かしたのか?」
「自覚なしだったのかよ」
失敗したね。取り乱したところを見られた。
これでギースは自分が何かの能力を得たことに気付いただろうし──
「なるほどな、こういうことか」
ギースの生身の手のひらから粘液がこぼれ落ちる。
その粘液をみた瞬間、俺は本能的にギースから距離を取った。
汚い。卑怯とかそういう意味じゃなく、衛生的な意味で汚いっていう感覚。
それが俺の足を下がらせる。いや、冗談じゃなくてさ。
「俺のことを汚いって思ってるな?」
手のひらから粘液を滴らせながらギースが俺に近づいてくる。
「分かるぜ、ガキの頃、俺を見てる連中はそんな目をしてたからなぁ。だけどな──」
ギースは左手から垂れる粘液の雫を俺に向かって飛ばしてくる。
俺は嫌悪感から必要以上に大きく回避してしまう。
「テメェも俺と同じように汚してやるよ!」
必要以上に大きな回避は隙を生み出し、そして俺の意識は既に回避したはずの粘液の雫の方に向かっていた。
なるべく汚いものから遠ざかろうという本能、しかしその本能によって俺の動きは単調になっていたようで、俺の動きを読んだギースが俺に飛び掛かる。
普段だったら問題なく避けられるタイミング。だが俺の思考は粘液の垂れるギースの左手の方にどうしても向かってしまい、手甲剣の刃を回避するという思考が頭に浮かばなくなる。そして、その結果──
「クソッ!」
ギースの刃が俺の胸元の皮一枚を切り裂く。それに悪態を漏らしたのはギースでチャンスに仕留めきれなかったんだから仕方ないよな。対して俺はというと──
「良いね」
距離を取りながら呟く。
散々汚いって思ってたけど、それが良い。
俺にそう思わせるほどの完成度の術ってことだからな──ギースの業術は。
「思いもがけず業術使いに覚醒か」
確証は無いが俺の直感はギースは業術に目覚めていると訴えている。
おそらく本人に自覚は無いだろう。というか、そもそも業術が何かも知らないんだから意識して使う何も無い。顕現とか駆動も分からず本能的に使用しているって感じだろう。
「何をゴチャゴチャと言っている! 来いよ、殺してやるからよぉ!」
ギースは叫びながら、左手からこぼれる粘液を辺りに撒き散らす。
だけど、それはさっき感じていたほどの嫌悪感は俺に与えない。どうにも能力の効果が安定していないようだ。目覚めたばかりのせいなのか、それとも何か発動に条件があるのか。
どっちにしろ攻略のしがいがある。
さぁ、楽しくなって来たぜ。




