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俺を嫌いな奴

 

 やっぱり、こういう雰囲気は好きだね。裏社会の人間の根城に乗り込んだ時に感じる雰囲気って奴。

 ヤクザの事務所だったり、マフィアのボスの屋敷だったり、そういう所に乗り込んでいった時のことを思い出すぜ。


「テメェ、俺達が何者か知らねぇのか!」


「知らないな」


 俺は立ちふさがるチンピラをぶちのめしながら屋敷の中を徘徊する。

 市場で好き勝手下だけでシマを荒らしてるとか難癖をつけられたから、その落とし前をつけに来てやったってのに歓迎が足りないね。


「それに士気も低い」


 俺は襲い掛かってきたチンピラの頭を掴んで壁に叩きつける。

 弓とか使っても良いんだぜ? それか用心棒とかいないのかい?


「キミらにとっては、今の組織は必死になって守るようなものじゃないのかな?」


 俺は手斧を振りかぶりながら突進してくるチンピラの顔面に蹴りを入れる。

 他にもチンピラはいて俺を取り囲んでいるが、どいつもこいつも及び腰。

 嫌だねぇ、る気がないのに戦わざるをえないとかさ。そういう奴と戦っても俺も楽しくないし、キミらも楽しくないだろ?


「もしかして、キミらってボスが怖くて仕方なく従ってるとか、そういう感じなのかな?」


 だとしたら、キミらのボスってのは人望が無いなぁ。

 組織が潰れるかもしれないってのに、部下は自分の身の安全の方を考えてるぜ?

 俺の方からボスに言ってあげようか? アンタに従うのはウンザリだってさ。


「まぁ、俺はキミらのボスが何者なのかは知らないから、何かを言う資格は無いんだけどね」


 とはいえ、何事も資格がなければしてはいけないって決まりがあるわけで、できないわけじゃないんだけどさ。

 俺なんか車とか無免許で運転してたし、医師免許持ってないのに金取って手術をしたことあるわけで、資格がないってことはできないってことではないから──


「おっと失礼、余計なことを考えてた」


 俺は背後から組み付こうとしてきたチンピラの顔面に振り向くことなく裏拳を叩き込む。

 うーん、ちょっと……可哀想だけど、ちょっとつまらねぇな。


「普段だったら、もう少し楽しくれてたんだろうけど、今の俺には物足りねぇな」


 ソーサリアに来てから仙理術士一人に使徒二人と喧嘩してるからな。

 ちょっと舌が肥えすぎか?


「好き嫌いは無い方だと思うけど、味の濃いものを食った後だと薄味のものは不味く感じるのと似たような感じだろうか? どう思う?」


 余興のつもりで聞いてみるが答えは返ってこない。

 まぁ、しょうがねぇか。


「喧嘩売ってきたのはそっちからだろ? それなのに、ぶっ殺してやるって気概が無いのはどうかと思うぜ?」


 言いながら、俺はスッと前に出る。

 すると、俺のことを取り囲んでいたチンピラ連中が後ずさる。

 だけど、なにぶん大勢で俺を取り囲んでいるもんだから、俺を取り囲む円は二重三重になっており、一番前にいた奴は後列の奴が邪魔になって後ろに下がれない。

 そうして、足が止まった奴の顎先を拳でスコンと殴ると、そのチンピラは糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちる。


「頑張ろうぜ? もっとさ」


 もっと、真剣に俺と喧嘩しようって奴はいねぇのかい?


「て、てめぇ、どんな目的があって俺達に喧嘩を売ってきやがったんだ!」


 おいおい、そこからかよ。


「さっきも言ったじゃねぇか、喧嘩を売って来たのはそっちだってさ」


「そんなの知らねぇよ!」


 知らねぇってことは無いと思うけどなぁ。


「聞いてないかい? 俺はキミらの縄張りシマの中の市場で好き勝手してた奴なんだけど──」


「あのチンピラか!」


 チンピラにチンピラ呼ばわりされるとはなぁ。

 そういう生き方しかしてないから仕方ないんだけどね。


「そう、そのチンピラです」


 俺は認め、俺を取り囲んでいる、俺より自分を上等だと思っているチンピラどもに近づく。


「逃げても良いぜ?」


 怯えた様子の相手に楽しく戦闘は期待できないんで提案する。

 すると、俺から見て後ろの方にいた何人かのチンピラがこっそりと俺に背を向けて逃げ出そうとするが──


「何をしているグズ共!」


 そんな声が聞こえ、逃げ出そうとしたチンピラが殴り飛ばされて俺の方にまで吹っ飛んできた。

 聞こえてきた声と吹っ飛んだ仲間を見てチンピラたちは自分達の背後を振り向く。


「ボス!」


 怯えの感じられる声が聞こえると、俺を取り囲んでいるチンピラたちの集団が二つに分かれて道を作る。


「どけ、役立たず共が!」


 チンピラたちの作った花道を歩きながら俺に近づいてくるそいつは──


「久しぶりだなぁ、アッシュ・カラーズ!」


「確かギースだったっけ?」


 ギースレイン……イクサス領であった悪党だったよな。

 シウス・イクサスっていう領主代行の手下で領民に酷いことをやってたんだよな。

 でもって──


「ゼティに腕を斬り落とされたんじゃなかったか?」


 俺はギースの右腕を見ると、そこには真紅の鎧が身につけられている。

 そして久しぶりに見た顔は腕を斬り落とされてから随分と苦労したのか、荒んだ生活の影響が感じられ、顔色は悪く、やつれて険しい眼差しになっている。


「良い顔になったじゃないか」


 皮肉で言っているわけじゃないぜ?

 俺の好きな顔だ。取り繕う余裕もなくなって素を曝け出した顔ってのが俺は好きなのさ。


「……殺してやる」


 とはいえ、俺の好きって感情は素直に受け取ってもらえないことが殆どでね。

 世の中の人間ってのは人の感情の機微に疎くて困る。どいつもこいつも、ラブコメ漫画の鈍感系主人公かよって感じだぜ。


「しかし、生きてたとは驚きだぜ。ゼティからは死んだだろうって聞いてたからさ。逃げ延びてから大変だったんじゃない?」


 俺が訊ねるとギースは近くの壁を右腕でぶん殴った。

 石を積み上げて作ったとおぼしき、白い壁がその衝撃で粉々に破壊される。

 イラついたからって物にあたるのは良くないと俺は思うね。


「あぁ、そうだよ! テメェのせいで俺の人生は台無しだ! あのままシウスの元で甘い汁を吸おうと思ってたのになぁ!」


 テメェって酷いな。俺以外にもキミの人生を台無しにした奴はいると思うけどな。

 例えばキミの腕を斬り落としたゼティとか、ゼティとか、ゼティとか。

 というか、そもそもそんなに将来性があるとは思わないんだが、こいつは何を以てあのままの生活を送れると思ってたんだろうか?

 あの国の王女のラスティーナが調査に来てた時点で詰んでたと思うんだけどなぁ。


「だが、それでも神は俺を見放さなかったみたいでなぁ! あの剣士に腕を斬り落とされた直後に降ってきた瓦礫が俺の体を覆い隠して、テメェの仲間の剣士は俺を見失った。そして、あの場を逃げ延びたってわけだ!」


 そりゃ凄い。俺は思わず拍手する。

 ゼティから逃げ切ったなんて凄いぜって心から褒め称えたつもりだったのに、ギースは馬鹿にされてると思ったのか、近くにいた部下の頭を右腕で殴りつける。すると、その一撃は先程の石壁と同じような結果を生み出し、部下の頭が粉砕され鮮血と肉片が周囲に飛び散る。


「衝動的に味方を殺すなよ」


 人殺しが道義的にどうかってのは俺は言える立場にないんで、とやかく言うつもりはないけれど、戦力的には良くないんじゃないかなって思うぜ。

 ついでに組織の維持やキミの人望の面でもマイナスの結果しか生み出さないと思ったから俺は注意したんだけど、そんな俺の言葉に対してギースはというと──


「味方? こいつらが? 笑わせてくれるなよ」


 ギースはそう言うと近くにいたチンピラと唐突に肩を組む。


「こんなグズでバカな連中が俺の味方? そんな大層なもんじゃねぇよ、この間抜け共は俺の手駒だ、手駒!」


 そう言った瞬間、ギースは肩を組んでいたチンピラの首を鎧に覆われた右手でへし折る。

 右腕は義手のような物に見えるが、それにしても腕力が強すぎる気がするな。

 もしかするとギースは……


「知ってるか? このアホ共はもとは別の組織だったんだぞ! そして、この屋敷もそいつらの物だったんだ!」


 俺の思考を遮るようにギースはテンション高く叫ぶ。

 イカレてるのか? それともイカレてるふり?


「恩だってあっただろうに、俺が良い儲け話があるって言ったら簡単に自分の組織を裏切りやがった。俺みたいな余所者の話を真に受けてなぁ! 野良犬の方がまだ義理堅いと思うだろ? 犬以下の忠誠心しか持ち合わせてない奴らを味方だなんて思えるかよ」


 チンピラたちが目を伏せる。

 なるほどねぇ……全容は掴めないけど、ギースはイクサス領か命からがら逃げ延びて、この街に流れ着き、この街に元からあった犯罪組織か何かを乗っ取ったってことか。


「そこの連中が間抜けなのか、キミが凄いのか」


 イクサス領の戦いから半年も経ってないのに一つの組織を乗っ取ってるって時点でギースの能力は認めなきゃなんないんだろうけどね。まぁ、別に相手を認めることに抵抗があるわけじゃないんで、素直に褒めておこうと思う。


「両方だよ。俺が凄くて、こいつらが間抜けなのさ。裏切った結果、今みたいに俺のケツを舐める羽目になっても、俺から貰える見返りが惜しくて逃げることも出来ないクズどもだからなぁ!」


 良いね、自分に自信がある奴は好きだよ。


「それで、その凄い人はこれからどうするつもりなんだい?」


 俺が問うとギースは目を細め、俺に殺意を向けてくる。

 良いね、そういうのを待ってたんだよ。

 ゴチャゴチャ喋って終わりじゃないだろ?

 お涙頂戴の苦労話でも聞かせて同情を買おうとしてくるとかじゃなくて本当に良かった。

 俺達のやることはシンプルに決まってる。


「お前を殺す」


 ギースは宣言し、そして動き出す。

 砲弾のような速度で踏み込み、一瞬で距離を詰めて放たれる真紅の鎧に覆われた右腕。

 それを俺は腕でガードするが、食らった衝撃は凄まじく、俺はギースの拳によって大きく吹っ飛ばされる。


「やっぱ、これアレだよな」


 吹き飛ばされた俺は空中で体勢を立て直し、着地しながらギースのパワーについての推理に確信を持つ。


「俺の加護が効いてるんだろうなぁ」


 ゆっくりと近づいてくるギース。

 その表情は俺を始末できるという念願が叶う喜びに満ちている。


「キミの腕を斬り落としたのはゼルティウスって奴なんだけどなぁ」


 俺はもっともな指摘をしたつもりなんだが、ギースはそれを鼻で笑い、俺に向けて指を突きつけてくる。


「俺の転落はそもそも、お前と会った時からだ。だから全ての原因はお前にあると思わないか? 俺はそう思っているから、そもそもの原因のお前をぶち殺して、落とし前をつける」


 答えが出てるなら、俺に聞くんじゃねぇよ。

 まぁ、それはともかくとして随分と俺にご執心頂いてくれているようでなにより。


「良いね、好きになってきちまうぜ」


 俺は俺を想ってくれている奴が好き。そして、俺は俺のことが嫌いな奴が好きだ。

 俺のことが嫌いで、ずっと殺してやりたいとか想ってくれてるとか最高だぜ。


「それじゃあ、楽しくろうぜ?」


 戦いに応じる俺の言葉にギースは歓喜を顔に浮かべて叫ぶ。


「あぁ、楽しく殺してやるよ! アッシュ・カラーズッ!」


 さぁ、戦闘開始だ。


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