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裏の底

 

 ギースレインは顔を合わせた瞬間、ラ゠ギィを信用できない人間だと感じた。そして深く関わるべき相手ではないことも。


「教会の方とは珍しい、今日はどんな御用件で?」


 ギースレインはラ゠ギィに椅子を勧め、自分は目の前に座る。

 部屋の中に漂う臭いにラ゠ギィは僅かに顔をしかめながらもギースレインの勧めを断ることなく部屋の中央に置いてあるソファに腰かけた。


「誰か調子の悪い方でも?」


 部屋の中にはついさっきまでいた学生の吐瀉物の臭いが残っていた。

 ラ゠ギィは暗にそのことを伝えたつもりだがギースレインはというと──


「いつものことですよ、部屋が臭いのは。とはいえ、調子の悪い奴はいますがね。治療でもしてくださるんで?」


 気にするなよ。首を突っ込めば面倒なことになるぞ?

 そういう意味でギースレインは言い、ラ゠ギィの方はというと肩を竦める。


「それは困りますね。私は治療魔術は使えないので」


 その答えを受けてギースレインはラ゠ギィを訝しげに見る。

 教会の人間が癒しの魔術を使えないということがあるのか?

 そんな疑問を抱くが、それも一瞬のことだった。

 ギースレインは深く関わらない方が良いということを思い出し、話を変える。


「ところで、どのような用件で?」


「随分と急かしますね。お邪魔でしたか?」


「そちらのためを思って言っているだけですよ。教会の方がこんな場所にいる所を誰かに知られたら困るでしょう?」


「お気遣い感謝します。ですが、人に知られたところで私は困りませんので、私への気遣いは不要ですよ」


 こちらが面倒臭いことに巻き込まれたくないんだがな。

 そう言いたくなる気持ちを抑えてギースレインはラ゠ギィに愛想笑いを向ける。

 権力者に媚びを売り身に着けたスキルだ。ギースレインにとっては何も楽しくなくとも笑うなどは造作もない。とはいえ、心の内に不満はたまるのだが──


「貴方に興味がわいたので、商談の前に少しお話をしませんか?」


 教会の人間との取引は願っても無い展開であり、今後のことを考えればギースレインは我慢ができた。

 そこで、ふとギースレインはラ゠ギィの視線が自分の右腕に向いていることに気付く。


「その腕、生身の腕ではありませんね? どうしたんですか?」


「事故で無くしまして」


 斬り落とされたなどという話をするつもりは無い。

 自分の汚点を暴露する趣味はギースレインには無かった。


「随分と精巧な義手ですね」


 ラ゠ギィは不躾と言える一歩手前くらいの様子でギースレインの真紅の鎧に覆われた右腕を見る。

 普段はギースレイン自身、気にしないようにしているのだが、こうして他人から興味を抱かれると自分の恥を掘り起こされているような感覚に襲われる。


「この街で開発された人工の魔具ですよ」


 魔具という不可思議な力を持った道具はダンジョンで手に入れる他ないと考えられていたが、近年ソーサリアの魔導院が人の手で魔具の開発を成功させており、ギースレインの魔具もそうして魔導院で作られた物。

 ギースレインは失った腕の代わりに、この魔具を手に入れるために命からがらイクサス領からソーサリアまでやってきたのだった。


「人工の魔具とは希少なのではないですか?」


 裏組織の人間が簡単に手に入れることのできる代物ではないだろうとラ゠ギィは言うが──


「その辺りは伝手があるもので」


 ギースレインは曖昧な笑みを浮かべるが、その笑みの裏にはハッキリとした拒絶の色が見えた。

 それを読み取ったラ゠ギィは肩を竦めると、この話を打ち切ることにするのだった。


「取引の話をしましょうか?」


「えぇ、お互いのためにその方が良いでしょう」


 ギースレインは目の前の男を追い出して、さっさと話を終わらせたい気分になっている。

 だが、教会の人間の弱みを握ることのできる取引と考えれば我慢の必要性も感じていた。

 自分のような裏の人間に何か頼みごとをしている時点で清廉潔白であることを要求される教会の人間にとって重大な汚点になる。それをネタにラ゠ギィを強請ることもできるし、ラ゠ギィをつなぎに他の教会の人間と関わりを作ることができる。

 それを考えれば多少は我慢をするのも仕方ないとギースレインは思う。


「それで何をお望みなのですか?」


 ギースレインが訊ねるとラ゠ギィは大した物ではないような口調で──


「人間を何人か用立てて欲しいんです」


「人間を?」


 思わず聞き返すギースレイン。

 それなら奴隷でも買えば済むのではないかと思うが、そんな反応もラ゠ギィは予想しており──


「できれば、氏素性のしっかりしてる人間が良いんです。家族に愛されて育ち、人生の大半の期間を幸せに生きていた人間。それでもって、現時点では使い潰しても罪悪感の無いような者が良いんですが、そのような商品はありませんか?」


 確かにその条件となると奴隷商人が取り扱っているような奴隷の中にはいないな。


「それと可能であれば何か一芸を持っている者が良いですね」


 何を頼まれるかと思えばギースレインはラ゠ギィの求める物を聞いて拍子抜けした気分になる。

 もちろんラ゠ギィの求める物は普通ならば、それなりに用立てるのに手間取るのだが、ギースレインにとっては片手間に用意できる商品だ。


「でしたら、ご自分の眼で選ばれるのがよろしいかと」


 そう言うとギースレインはラ゠ギィを屋敷の地下へと案内する。

 屋敷の地下は牢獄となっており、そこにやってきたラ゠ギィが見たものは──


「──学生ですか?」


「えぇ、魔導院の学生です」


 牢屋の中に入っている少年少女をラ゠ギィに見せるギースレインの表情は朗らかでどこか自慢するようだった。


「この者たちであれば、お眼鏡にかなうかと」


 そう言ってギースレインは近くの牢の鉄格子に蹴りを入れる。

 すると、牢屋の中の女子学生が怯えた様子でギースレインのもとに近づき鉄格子ごしに媚びるような視線を向けてくる。


「どこぞの貴族のご令嬢です。なぁ、そうだよなぁ?」


 ギースレインは髪を掴んで女子学生の顔を叩きつけるような勢いで鉄格子に押し当てる。

 それを見たラ゠ギィは顔色を変えることも無く淡々と──


「女性を求めているわけではないので、そういう子はもっと上客に売るべきかと思いますよ?」


「そうなんですか? てっきり、そういう趣味かと思っていたんですがね」


 少女好みかと思ったがそういうわけではないのか分かり、ギースレインは自分の読みが外れたことに少し驚く。女を漁りにきたわけではないというのなら、何を求めてやってきたのかギースレインはラ゠ギィの求めるものが分からなかった。

 あてが外れたギースレインはラ゠ギィの前を歩き、ラ゠ギィの欲しがりそうな人間を見繕おうとするが、その背中にラ゠ギィは──


「このようなことをして問題にならないのですか?」


 無論、それは学生を閉じ込めて、その身柄を売り買いしていることだ。

 ラ゠ギィの当然の問いにギースレインは振り返り──


「実際、大きな問題になっていないということで察してもらいたいですね」


 これ以上は詮索するなとラ゠ギィに対して眼差しで語る。


「なるほど」


 学生が行方不明になっていたとしても誰も何も声を上げない。

 そしてそれは学生を監督しているはずの魔導院でさえも、そこから察すに恐らく──しかし、そこまで考えてラ゠ギィは思考を中断する。

 詮索するなと言われたそばから詮索しようと余計なことを考える自分を無礼だと考え、このことについては余計なことは考えないようにしたのだった。


「まぁ、アレです。魔導院の方では塔が現れましたし、塔に選ばれなかった学生の中で卒業目前の者は学院生活に見切りをつけて学院をやめるというのは昔から・・・あったことのようですし、退学した学生のその後の行方までは学院も関知はしてませんからね」


 昔からということを強調するギースレインの言葉。

 ラ゠ギィは思う所はあったが、口には出さず先を歩くギースレインの後ろをついて歩く。

 ただし──


「先ほども言ったと思いますけれど使い潰しても罪悪感の無い者が良いのですが」


「その点についてはご安心を、ここにいる連中はどいつもこいつも大なり小なりクズですからね。例えば──」


 ギースレインは通り過ぎようとしていた牢屋の前で足を止め、中の男子学生を指差す。


「こいつはクスリ欲しさに後輩から金を脅し取ってたクズ」


 次に隣の牢屋の女子学生を指差し──


「この女はクスリを買う金欲しさに男に股を開いていた淫売」


 そう言ってギースレインは女子学生の入っている牢屋の鉄格子に蹴りを入れる。

 その音で中の女子学生がビクリと体を震わせる。


「俺に話を通さずに勝手に春を売るってのは良くないよなぁ? どう思う?」


 牢屋の中の女子学生はギースレインの言葉に答えることなく体を震わせるだけだった。

 それを見てギースレインは笑みを隠さずに言葉を続ける。


「おい、なんとか言えよ。また、豚と交尾させてやろうか? 小汚いオヤジもそこらの豚も一緒だろ? あぁ、違うか、あの豚はオークだったもんなぁ!」


 その様を思い出したギースレインは笑い出す。


「いやぁ、アレは最高だった。貴族のお嬢様が魔物に犯される姿とか最高の見世物だったぜ」


 女子学生は目を伏せて震えるだけだ。

 それを見たラ゠ギィは若干居たたまれない気持ちになり、ギースレインに訊ねる。


「貴族の方なんですか?」


「元だよ元。何処の世界に金欲しさにそこら辺の男に股を開く娘を自分の子どもと認める貴族がいる? そのうえ魔物に犯されてるとか、世間体が悪すぎて自分の娘とは認めないだろうなぁ。つまり、こいつは帰る家が無いってことさ」


 気分の高揚ゆえに取り繕うことを忘れたギースレインは素の姿を露にする。


「……あ、あれは──ひっ」


 牢屋の中の女子学生が意を決して口を開こうとした瞬間ギースレインは牢屋の格子に再び蹴りを入れる。


「誰が話して良いって言った? なぁ、おい? 誰が話して良いって言ったんだよ、あぁ!?」


 形相を一変させてギースレインは鉄格子を鎧に覆われた右腕で殴りつける。


「まだ分かってねぇようだなぁ! テメェの全ては俺の管理下にあるってことを! 俺の了解に無しに口を開くんじゃねぇ! 俺のお情けで今も生きていられるってことを、もう一回、教育してやろうか、なぁ、おい!?」


 発狂したように鉄格子を右腕で何度も鉄格子を殴りつけるギースレイン。

 牢屋の中の女子学生は怯え切った様子で牢屋の隅で体を丸めている。


「まぁまぁ、そのあたりにしておきましょうよ」


 客である自分を放っておいてはいけないと言うようにラ゠ギィはギースレインを取りなす。

 するとギースレインは一瞬前までの発狂ぶりはどうしたのかスッと冷静な顔に戻り、牢屋の中の女子学生を指差す。


「ちなみにさっき『アレは……』と、このガキが言おうとしてたのは騙されたとかいう世迷言ですよ」


 先程の豹変ぶりはどうしたのかギースレインはラ゠ギィが最初に顔を合わせた時と同じ表情に戻っていた。


「学院の先輩に楽に金を稼げる仕事があると聞いて売春を始め、そうして仕事を始めた場所は私たちの縄張りの中。我々の無視して、そういう商売をされては困るんで、落とし前をつけた結果、こういう有様──」


 ギースレインはそこまで言うと近くの牢を指差す。


「この子に売春を勧めた先輩もそこの牢屋に入ってますよ。適当な女にウチのシマで体を売るように勧めろと、クスリを安く売ってやるという交換条件をダシに頼んだら、快く応じてくれました」


 つまり全てギースレインの掌の上だったということだ。


「まぁ、その先輩もクスリの代金を滞納することが多くなったんで、体で代金を払ってもらうことになり、そこの牢屋にいるわけですがね」


 ギースレインの語り口は極めて楽しそうで、ラ゠ギィは少女たちの境遇に何とも言えない表情になる。

 とはいえ、同情に値しない者もいるようなので怒りを抱くまでは至らない。

 ラ゠ギィは顔色を変えることなく淡々とギースレインに質問をする。


「先程からクスリと言っていますが、それはどういう──」


 最後まで聞くより早くギースレインは懐から取り出した錠剤をラ゠ギィに投げ渡す。


「魔力を増大させるクスリですよ。魔導院の学生はこれにハマってるんです。使うだけで簡単に強くなれて、そうして強くなった自分という存在が病みつきになり、そのうちクスリで強くなった自分でなければ安心できなくなる」


 話を聞きながらラ゠ギィは錠剤を調べ、ほどなくして──


「ふむ。見たことがある薬ですね」


 その反応にギースレインは特に驚く様子も無く──


「それはそうでしょう。むしろ教会の方の方が詳しいのでは? そのクスリは北の方──クルセリアの近くにあるノーランド共和国から流れてきたものですからね」


 白神教会の総本山であるクルセリアの名前を出されても反応する様子の無いラ゠ギィにギースレインは訊ねる。


「まさかクスリを売ってることに文句でも?」


「いや、私は聖と俗は分けて考えるようにしているので、俗世のことには口を出しませんよ」


 言うほど自分が聖職者をしているかと聞かれると微妙だが、と思いつつラ゠ギィは受け取ったクスリをギースレインに返そうとする。しかし、ギースレインはそれを手で制し──


「お近づきのしるしにどうぞ」


「いえ、結構。粗悪品のようですからね」


 ラ゠ギィは指で弾いてギースレインにクスリを返す。


「ノーランドで出回ってる物はもっと質が良くて依存性も強い」


 ラ゠ギィが知る限り、本来この薬はこれだけを飲んでれば他の何もいらなくなるようにするために作られた薬であった。

 一錠飲めば、天国にいるような気分になり何もする気が無くなる。そうなると人間が本来生きていくのに必要な活動も不可能になるのだが、そこで生じる生命の危機を薬の使用によって増加する魔力を生命維持に用いることで回避するというコンセプトだった筈とラ゠ギィは覚えている。


「へぇ、それはスゴイ」


 知っているだろうとラ゠ギィは思ったが深くは追及することはしない。

 ギースレインが面倒を避けるように、この状況を見てラ゠ギィもギースレインと深く関わる面倒を避けるべきだと感じていた。この場だけでの取引相手と考え、速やかにこのやりとりを終わらせるべきだと、ラ゠ギィの直感は訴えていた。


「こんなところでいかがでしょうか?」


 互いに対して寒々しい思いを抱いたまま、ギースレインとラ゠ギィは一つの牢屋の前に到着し、その中の少年少女をギースレインはラ゠ギィに紹介する。


「どちらもそれなりの貴族の家出身で大事育てられましたが、クスリにハマって今はこのザマ。ここいらにいる連中のご多分に漏れずクズで罪悪感なく使い潰せます。それでもって一芸を持っているという点については魔術が使えるという点で如何ですか?」


 ギースレインの説明を受けてラ゠ギィは牢屋の中を覗き込む。

 そこにいたのは、ついさっきまでギースレインと話していた男子学生と女子学生だった。


「良いですね。この子たちにしましょう」


 牢屋の中の二人は状況が分からない様子だが、ギースレインとラ゠ギィは牢屋の中の二人など気にはせずに自分たちの都合で話を進める。


「お買い上げありがとうございます。代金につきましては──」


 余計な会話をせずにさっさと代金の話をギースレインがしようとしたその時だった。

 不意に慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえ、ギースレインとラ゠ギィは足音のする方を見る。すると──


「大変です、ボス! 殴りこみです!」


「なんだと?」


 慌てた足音はギースレインの部下の物で、その部下の報告を聞きギースレインは表情を変える。


「どこの誰だ、俺達に喧嘩を売ってくる馬鹿は!」


「それが、そいつはアッシュ・カラーズって名乗る奴で──」


 アッシュ・カラーズ。

 その名を聞いた瞬間、ギースレインの胸の内に怒りと憎しみの炎が吹き上がる。

 何故、奴が殴り込みをかけてくるのか状況は全く分からないが、その名前を聞いた以上ギースレインのすることは一つだけだ。


「殺せ!」


 自分を今のようなドン底の境遇に追いやったそもそもの原因であり、ギースレインにとってアッシュ・カラーズは復讐の対象である。

 殺す以外の選択肢はあり得ない。


「アッシュ・カラーズか……」


 ギースレインの部下の報告を聞いたラ゠ギィもその名を呟く。

 それを耳ざとく、聞き逃さなかったギースレインはラ゠ギィを睨みつけ問う。


「知り合いか?」


 その意味はアッシュの味方かどうかを問うものであり、ラ゠ギィはギースレインの望む答えを口にする。


「いいえ、私にとっても敵です」


「ならいい。だが、俺の邪魔はするなよ」


「それは勿論。私も今は奴と顔を合わせたくないので貴方の邪魔はしませんよ」


 その答えを聞いたギースレインは牢屋の鍵を開け、中にいた二人の学生をラ゠ギィに引き渡す。


「商品はくれてやるから、さっさと消えてくれ」


「お代はどうしますか?」


「奴を殺してから取りに行く」


 自信があるのか、それとも身の程を知らないのか。

 ラ゠ギィはギースレインの言葉に笑みを浮かべる。


「良い報告が聞けることを期待して待っていますよ」


 ラ゠ギィはそう言うとギースレインの部下の案内を受けながら、状況の呑み込めていない二人の学生を引き連れて地下の奥深くへと消えて行く。

 残されたのはギースレイン一人。


「ぶっ殺してやるよ、アッシュ・カラーズ」


 ギースレインは殺意を言葉に出しながら、地下から屋敷の地上部分へと戻るのだった。





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