表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/379

ソーサリアの裏側

 

 ソーサリアの市外のはずれには後ろ暗い素性の者達が集まる区画がある。

 無秩序に乱立した建物のせいで日光が入らず昼でも薄暗い通り、そしてそこに暮らす人々もまた表情に暗さを持ち、真っ当な社会に生きていない人種であることが察することができる有様。


 そんな街の中にクリムゾン・ギースという名の犯罪集団の根城はある。

 荒んだ雰囲気の区画にあって、その根城だけは貴族が住むような屋敷であるが、人々は華やかな建物の中でどれほどの非道が行われているのかは承知しており、その屋敷に近づく者はいない。

 仮に近づく者がいるとすれば、それは組織に所属する者か、もしくは組織に対してろくでもない用がある者のか、もしくはクリムゾン・ギースに呼びつけられた不幸な者くらいだ。


 そんな風に人々に恐れられる屋敷の中には今は客がいる。

 その客というのは自分からやってきた者であり、そして同時にクリムゾン・ギースに呼びつけられた者。

 二つの条件を同時に満たす客が屋敷の応接間にいた。


「それで今日はどのような御用件ですかね?」


 応接間のソファーに男はふてぶてしく座りながら問う。

 男の名はギースレイン。以前はイクサス伯爵領で騎士の任についていた男だった。

 その姿は以前の騎士らしい姿を取り繕うことも無く荒んだ雰囲気を発し、イクサス領でゼルティウスに斬り落とされたはずの右腕には真紅の鎧が嵌められていた。


「また、取引を頼みたいんだが……」


 そう答えるのはソーサリアの魔導院で選ばれた一部の物しか袖を通すことを許されない白服を着た二人組の男女だった。


「取引と言いますと……」


「クスリだ。クスリを売ってくれ」


 ふてぶてしい態度ながら下手に出た言葉遣いのギースレインに対し、白服の男女は居丈高に要求する。

 二人が要求しているのはギースレインの組織から密かに販売している魔力を増強するクスリのことだ。

 一錠、飲むだけで本来の数倍の魔力を手に入れられるというクスリ。ギースレインの目の前にいる二人はそのクスリの常用者だった。もっとも常用者と言うなら学院の生徒の相当な数がギースレインのお得意様であったが──


「そう言われましてもねぇ」


「頼む! お願いだ! もっとクスリを飲めば──」


 男子学生がギースレインに対して切羽詰まった様子で頼みこむ。

 その隣に座る女子学生はクスリの禁断症状が出ているのか青ざめた顔で小刻みに体を震わせていた。

 女子学生の様子を見てギースレインは馬鹿なガキだと思う。ギースレインが売っているクスリはそこらで売られている薬物とは違い、飲んだところで気分が良くなるような成分は無い。というか、肉体的には全く悪影響が無いということは実験もしているのでギースレインは把握している。

 それなのに女子学生が禁断症状を感じているのはクスリに対して精神的に依存しているからだ。クスリを飲むことで得られる圧倒的な力。裏を返せば、クスリが切れることで圧倒的な力を喪失した状態になり、その状態に不安を覚える。そして、そのうちクスリで魔力を増やしていなければ不安でいられなくなり、その状態がギースレインの目の前に女子学生の姿だ。

 その姿を見てギースレインが馬鹿なガキだと思うのは身の丈に合わぬ力に溺れているから。クスリに頼らなければ生きていけないくせに高望みをするから、こんなザマになるのだとギースレインは女子学生を見ながら心の中で笑っていた。


「クスリを飲めば、何です?」


「研究院に入れるんだ! クスリを飲んで強くなれば、今度こそ僕は認められて、研究院に入れるんだ!」


 本当に馬鹿な奴らだとギースレインは思う。

 身の丈に合わぬ夢を持ち、そのせいで地獄に落ちるのだからと──


「それは素晴らしいですね。いやぁ、素晴らしい。我々もそんな夢を持つ若者の手助けができるなど願ってもないことです」


「ありがとう。じゃあ──」


 男子学生が身を乗り出すが、ギースレインはそれを手で制する。


「ですが、こちらも商売でして、お代は頂きませんと……」


 ギースレインの口元にニヤリと嫌らしい笑みが浮かんだ。


「特別に割引して1錠につき金貨1枚と言ったところでしょうかね」


 それは白服の学生にとって法外な値段であり、思わず声を上げる。


「馬鹿な! 最初に買ったときは銅貨1枚だった筈なのに、なんでそんな高くなるんだ!」


 ソーサリアでは銅貨、銀貨、金貨と貨幣が流通しており、銅貨が最も価値が低く、金貨が最も価値が高い。銀貨はその中間となっている。それぞれの価値は十進数で増しているわけではなく、その時々に応じて変動するため、金貨は単純に銅貨の百倍の価値があるわけではない。それは高い場合も低い場合もあるということで、この時点でソーサリアに流通している金貨の価値は銅貨の数百倍である。


「なんでと言われましても、お取引する方が多いものでしてね。今はこれが相場なんですよ」


「ふざけるな。この間、買った時は銀貨1枚だった筈だ!」


「相場というのは変わるものですから。……不満があるなら、お引き取りください。別にウチの客は貴方がただけじゃないんですからね」


 ギースレインはスッと表情を変え、不遜な態度を明らかにして学生二人に言う。

 震えている女子学生は縋るように男子学生の方を見て、見られている男子学生はギースレインに縋るような視線を向けていた。そして、その視線を受けたギースレインの背筋は快感に震える。


「……お願いだ。頼むから売ってくれ」


 男子学生はギースレインに縋りつくように言う。

 クスリはギースレインからしか手に入れる方法が無い以上、二人の学生はギースレインに売ってもらうしかない立場だった。


「でしたら、もう少し頼み方って物があるんじゃないですかねぇ?」


 最初から自分の方が立場が上だと分かっていたギースレインはここに来て秘めていた感情を隠さずに言う。


「……お願いです。売ってください」


 男子学生はギースレインに頭を下げ、それを見て女子学生の方も頭を下げる。

 それを見てギースレインの心に生じるのは薄暗い灯りを放つ喜びだった。


「お二人とも御実家はどこぞの貴族家でしたよね。そんな高貴な生まれの方が、私のような卑賤の身に頭を下げるというのはどういう気分なんですかねぇ。ご立派な家名に恥ずかしいとか思わないんですか?」


 切羽詰まれば人間というのは簡単に品性をドブに捨てる。

 高い所で人を見下していた奴らが見下していた奴と同じ目線に転がり落ちてくるのを見るのはギースレインにとって至上の喜びであった。


「ま、いいでしょう。売ってあげますよ。ただし、値段はこっちの言い値で1錠ごとに金貨10枚で」


「っ!? 話が違う! さっきは──」


 男子学生は咄嗟に頭を上げて抗議しようとするが──


「頭を上げてんじゃねぇよ!」


 その頭を押さえつけギースレインは言う。


「偉そうなことを言える身分かテメェはよ! テメェらみたいなクソ以下のガキどもに善意でクスリを売ってやってる俺の値付けに文句でもあんのか? なぁ、おい! あるなら言ってみろよ! それとも他の奴から買うか? 無理だろ? 俺から買うしかねぇくせに俺の言った値段に文句をつけるんじゃねぇよ!」


 ギースレインはそれまでの穏やかに見せていた表情を一変させ、男子学生を殴り飛ばす。

 これまでは下手に出ていた相手の豹変に二人の学生は意表を使え何も言えずに黙り込む。


「そもそも、テメェら、この前の代金も全部は払ってねぇだろうが! まずはそっちを払うのが先だろうがよ! 分かってんのかヤク中どもが!」


 殴られ床に倒れこんだ男子をギースレインは何度も踏みつける。

 そうして踏みつけたことで気が済んだのかギースレインは晴れ晴れとした顔と穏やかな口調で男子学生の顔を覗き込みながら言う。


「まずはお金を払いましょうよ、坊ちゃん?」


「……か、金は必ず払う。研究院に入れたら──」


「ははは、そんな先の話をされても困るんですよね。手持ちが無いと言うなら御実家の方に泣きついて仕送りでもしてもらったらどうです? クスリに頼らないと魔術師として大成できないので、そのクスリを買う金をくださいとか、貴族の親御さんに連絡してくださいよ? ねぇ、できるでしょ?」


 子供の道楽に金を払う親だ。クスリの金くらい出してくれるだろ?

 ギースレインは甘やかされて生きてきた二人の学生を見て、自分の境遇と比較し強烈な怒りを覚えていた。

 台無しにしてやる。こいつらの人生を全て台無しにしてやる。そんな想いが心の中に溢れてくる。

 もっとも、それはギースレインにとって自分より幸せな生き方をしている全ての人間に対して生じる感情であった。


「そ、それは……」


「できない? 恥ずかしい? ははは、じゃあウチへの支払いはどうなるんですかねぇ。前回の分と今回、貴方がたが欲しい分のクスリ代。どうやって払うつもりなのかなぁ?」


 ギースレインは男子学生の髪を掴みながら顔を覗き込む。


「払えないんだったら、家の物を盗むなり、金庫から金を抜き取るなりしてこいや! ヤク中の分際でカッコつけてねぇで、何としても金を作ってくるんだよ!」


 怒鳴りつけギースレインは男子学生を突き飛ばす。

 そうして床に倒れこんだ男子学生を見下しながらギースレインは懐から一粒の錠剤を取り出す。


「分かってるだろ? こんな物に手を出したことがバレれば学院にはいられないし、研究院に入るって夢も叶わなくなる。だから誰にも言えない。そして、それ以前にお前らはこのクスリが無ければ、もう生きていけないもんなぁ」


 ギースレインはクスリを見せつけながら女子学生の方に近づく。


「なぁ、欲しい?」


 訊ねると激しく頷く女子学生。

 それに対しギースレインは──


「だったら、金を用意しろって言ってんだよ、こっちはさぁ!」


 女子学生を容赦なく蹴り飛ばす。


「金は無い。実家にも頼れない、だったら股でも開いて金を稼げや! なぁ、本当に金に困ってるなら、良い店を紹介してやろうか? 学院の生徒ってプロフィールがあれば人気者になれるぜ。クスリを買う金くらい簡単に稼げるよ?」


 ギースレインの口調は段々と優しくなり、穏やかな眼差しで女子学生を見る。


「や、やめろ」


 男子学生が止めようと声をかけた瞬間、ギースレインの表情は一変する。


「テメェは黙ってろ!」


 豹変したギースレインは男子学生を再び踏みつける。


「あぁ、イラつくイラつく。お前ら、まだ何とかなると思ってんだろ?」


 ギースレインは自分が踏みつけた男子学生を優しく抱き起し、その口に自分が取り出したクスリを押し込む。その瞬間、苦痛に満ちていた男子学生の表情が恍惚としたものに変わる。

 肉体的や精神的に直接作用する快感などはこのクスリにないはずだが、それでも生じるこの効用は強い力を取り戻したことによる高揚感によるものだとギースレインは分析している。


「もう無理だよ、お前ら」


 クスリを飲むことで得られるものから、この二人は離れられない。

 力を手にすることの快感からは。


「ふ、ふふ」


 男子学生の口から笑い声が漏れる。

 その声にイラついたギースレインは男子学生の腹を全力で殴りつけた。

 すると、その衝撃で男子学生の腹の中の物を床にぶちまけてしまう。


「あ、あぁ」


 男子学生の吐瀉物の中にはまだ溶け切っていない錠剤があり、それを見つけた女子学生は次の瞬間には男子学生の吐いたものの中にあったクスリを自分の口の中に放り込んだ。

 それを見てギースレインはこらえきれなくなる。


「ハハハ、スゲェスゲェ、人間ってこんなに卑しくなれるんだなぁ! ハハハッ、お高く止まってた貴族生まれのエリート様が他人のゲロを舐めるようになるなんて、最高の見世物だよ!」


 高い所にいた人間が自分と同じ位置まで落ちてきた。

 そのことがギースレインにとってはこの上なく喜ばしい。

 全ての人間が自分と同じどん底まで落ちれば良い。いや、自らの手で落としてやる。

 それが今のギースレインの行動原理。全てを失ってこの地に流れついたギースレインが辿り着いた……いや、正確には気付いた自分が生きる目的だった。


「お楽しみのところ申し訳ありません、ボス。お客様です」


 ギースの高揚感に水を差すように応接間の外から部下が呼びかける。


「誰だ?」


「白神教会の宣教師と本人は名乗っています」


 教会の人間が何の用だとギースレインは思うが──


「わかった、通せ」


 どうせロクでもない用事だろうと思い、それならば教会の弱みを握ることもできるだろうとも考え、会うのも悪くは無いだろうと結論を出す。


「その二人はどうしますか?」


 許可を受けた部下が応接間の中を覗きこみギースレインに訊ねる。

 腹を殴られ悶絶している男子学生と、クスリがもたらす高揚感で酔っぱらったような表情になっている女子学生。


「もう少しいたぶりたい。帰さずに閉じ込めておけ」


 部下は頷くと人を連れてきて二人の学生を運び出し、ついでに男子学生が汚した床も掃除していく。

 見た目は綺麗になったが、すえた臭いまでは消すことが出来ない。

 だが、その臭いが良かった。自分の生まれた場所を思い出す臭い。この臭いを嗅ぐ度にギースレインは普通に生きている人間をどん底に叩き落としてやろうという想いを取り戻すことができる。


 気持ちを新たにギースレインは客を待つ。

 そしてほどなくして、やって来たのは──


「はじめまして、白神教会の宣教師のラ゠ギィと申します」





ちょっと投稿のペースを変えるかも

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ