神器の力
「かはっ……!?」
サイスは受けた衝撃に息を漏らし、膝を突く。
メレンディスとの戦闘が始まり数分が過ぎ、たったそれだけの時間でサイスは何もできず劣勢に追い込まれていた。
対して枯れ木のような老人のメレンディスは何事も無かった様子で立っている。その周囲に浮かぶのは泥、砂、石の三つの球体。
「なかなか頑丈のようだ」
サイスは戦意を衰えさせることなくメレンディスを見据えると立ち上がって反撃を繰り出す。
サイスの両腕に嵌めた腕輪型の魔具『千風刃』が空気を武器に変え、サイスの手に風の槍を生み出す。サイスはその槍を手にメレンディスに突進する。
「ふむ、今度は槍ですか」
メレンディスはサイスの魔具が生み出す不可視の武器を言い当てる。
戦いが始まってから、ずっとこの調子だった。メレンディスはサイスの生み出す見えない武器の存在を完全に把握し、その武器の種類、形状、リーチの全てを見切っていた。
メレンディスの周囲に浮かんでいた球体の内の一つである石球がメレンディスとサイスの間に移動し、そして次の瞬間、石球が膨張し、巨大な石の壁になってサイスの前に立ちはだかる。
「ちぃっ」
舌打ちをしてサイスは壁を避けようとするが、その瞬間、壁が崩れ無数の石弾になってサイスに襲い掛かる。
サイスは風の振り回し、自分に向かってくる石弾を叩き落すが、そちらに気を取られたことにより、足元に伸びてきた泥への対応が遅れる。サイスの足元の泥はメレンディスの周囲に浮かんでいた泥球が変化した物であり、それはサイスの気づかぬうちにサイスの足にまとわりついていた。
「ぐぅっ!?」
サイスの足にまとわりついた泥が文字通りサイスの足を引っ張り転倒させる。
泥沼のようになった床の上に転がったサイスに突如現れた大量の泥が覆いかぶさり、溺死させようとする。
魔力によって何らかの変化を加えられているのか、その泥の粘性はサイスの想像を遥かに上回り、サイスはもがいても全身を覆う泥の中から抜け出すことができない。
「陸の上で底なし沼に沈むような感覚を味わう人は貴方が初めてでしょうね」
メレンディスは穏やかな笑みを浮かべながら神器が生み出した泥に覆われたサイスがそのまま窒息して死ぬまでを眺めていようとした。だが、直後にサイスを覆う泥が弾け飛び、サイスは脱出を果たす。
「はぁ、はぁ、クソっ……」
息を荒げたサイスは膝を突きそうになる心に喝を入れ、メレンディスを睨みつける。
「かなり、無理をしているようですね」
メレンディスは閉じた目をサイスの腕に向ける。
その言葉の通り、サイスは相当に無理をした。正確にはサイスは自分の持つ魔具に無理をさせた。
サイスの『千風刃』は風の刃を持つ武具を生み出す魔具であり、風の魔術自体を発生させるものではない。サイスはそれを承知で『千風刃』が本来有していない機能を無理矢理に使った。
その方法は形成途中の風の刃を途中で破棄することで圧縮され刃になろうとしていた風を炸裂。そうして生み出された風によってサイスは泥を吹き飛ばし脱出を果たしたのだった。
本来の用途と異なる魔具の使用は魔具自体に負荷をかける。サイスが腕輪として身に着けている魔具は負荷によって熱を帯びていた。
「それで次はどう防ぐのです?」
メレンディスは嘲る様子も無く、純粋に疑問を口にし、サイスの足元の泥を操作、圧力をかけた泥を弾丸のようにサイスに向けて撃ち出す。
「武器が一つだけだと思うな」
サイスは腰に帯びた収納結晶から実体の槍を抜き放つと、その槍で泥弾を叩き落とす。だが──
「がっ!?」
泥の弾に気を取られた瞬間、死角から放たれた砂の拳がサイスの脇腹を抉る。
「ふむ、先程と同じ展開ですね」
衝撃によって体勢を崩したサイスに向かって四方八方から砂が襲い掛かる。
それは全て拳の形を取り、サイスを滅茶苦茶に殴りつけていた。
拳の形の砂はメレンディスの神器の内の一つである砂球から生み出された物である。
砂球は一瞬で体積を増やし、拳くらいの大きさだった筈の球はいまや人間の身長くらいの大きさになり、そこから伸びた砂がサイスに襲い掛かっていた。
「うおぉぉぉおぉぉっ!」
サイスは気合いを込めて叫ぶと、自分に襲い掛かる砂を払いのける。しかし、払いのけた瞬間、泥球から生み出された大量の泥がサイスに覆いかぶさり、津波のようにサイスを流し、地下室の壁にサイスを叩きつける。
「冒険者というのは頑丈なものですね」
津波のような泥には石球で生み出した石弾を混ぜている。
メレンディスの見立てでは、それを食らえば粉々とまではいかなくとも、人体が原形を留めていない筈だったがサイスは五体満足で壁に叩きつけられていた。
「その魔具で風を生み出して盾にしたのでしょうか? いやはや命がかかった状況での冒険者の方の機転というのは素晴らしい。確か、グラウド殿も素晴らしい機転の持ち主でした」
グラウドの名が聞こえた瞬間、サイスの戦意が燃え上がり、自身の負傷を無視してサイスは立ち上がる。
「お前がグラウドのことを語るんじゃない!」
立ち上がったサイスは収納結晶から剣を抜き放ち、メレンディスに向かって突進しようとするが、その瞬間に手の形をした無数の砂がサイスを押さえつけ、無数の砂の手の一つがサイスの首に手をかけ、締め上げようとする。
「若い方は情熱的ですね」
枯れ木のような老人はそう言うと石球を操作する。
「私の神器『地霊三相珠』は大地を構成する三つの相を自在に操る」
石球が巨大化する。
「自在に操るというのは量も形状も自由に生み出し、自由に変えられるということです。弱点は私の想像力の貧困さから、さほど多彩な運用をできないということくらい」
巨大化した石球がサイスに向かって放たれる。その大きさは直径十メートルを優に超える。
地下室の床と天井にスレスレの大きさにも関わらず石球は高速で飛翔し、サイスに迫る。
「私は使いこなせていないわけですが、それでもまぁ貴方をこうして無力化できる程度には強力です」
砂の手で拘束されたサイスに石球が迫る。
死の危険が迫る中でもサイスの戦意は衰えず、サイスは敵を見据え叫ぶ。
「メレンディスゥゥゥゥゥ!」
聞こえてくる叫びを断末魔の叫びと解釈しメレンディスはサイスの死後の平穏を心から願い祈る。だが、その祈りはすぐに無駄だと判明する。
「させない!」
何者かが、サイスを蹴り飛ばし拘束から解放すると同時に石球から逃がす。
誰がサイスを助けた? そんなことは考えるまでも無い。この場にいるのはメレンディスとサイスとあと一人だけ。
「手を貸すわ」
メレンディスの拘束から逃れたリィナがサイスの体を起こしながら言う。
その背後では地下室の壁に石球が激突し轟音を響かせていた。
「すまん。知らない奴だから放っておいた」
「いいわよ、私だって見ず知らずの奴を助けるなんてことはしないし」
サイスはメレンディスとの戦闘に際してリィナの解放はせず放っておいていた。敵か味方か分からない人間を自由にすることを危険と判断したためだった。
その結果、リィナは自力でメレンディスが施した拘束から逃れるしかなかったが、結果的にはそれによってメレンディスに警戒されることも無く、横から現れてサイスを助けることも出来た。
「結果的に言えば悪くは無かったみたいね」
「あぁ、助かった」
サイスは素直に礼を言い、そして肝心の事を訊ねる。
サイスとリィナは互いに相手の事情をそれとなく察し、必要以上のことはこの場では聞かないことにした。
「そっちの目的は?」
「アイツを殺すこと」
目的は同じだ。
リィナも詳しい事情は知らないが、サイスが相当な殺意を抱いていることは理解できる。
「協力できるか?」
「問題なし」
最優先はメレンディスを殺すこと。
言葉を交わさなくても二人はお互いの身に纏う空気で目的を察し、共同戦線を張ること決断する。
「サイスだ」
「マルスリィナ。でもリィナって呼んで」
最低限以下の自己紹介をして二人は武器を構える。
サイスの手には魔具で生み出された風の槍。リィナの手には収納結晶から取り出した聖剣。
魔具は負荷の影響から回復し本来の性能を取り戻した。収納結晶はリィナがメレンディスから脅威と思われていなかったせいで没収されずに手元に残っていた。
自らの武器を構えた二人は共通の敵を見据えると、同時に飛び出し、メレンディスに攻撃を仕掛ける。そして──
「いやはや全く、手強い方々だ」
しかし、メレンディスはサイスとリィナの二人よりも強かった。
二人が同時にメレンディスに攻撃をしかけた数分後、そこにはメレンディスの前で膝を突き崩れ落ちるサイスとリィナの姿があった──
「地霊三相珠」
黄神の神器。
泥、砂、石の三つの宝珠で構成されている。
宝珠ごとに対応した物を自由に生み出し、生み出した物を自由に操作できる。
使用のためのエネルギー源は本人の魔力だが、黄神からの補助もあり燃費が良いため、実質無限に泥、砂、石を生み出し、自由に操ることができる。
メレンディスは自分は多彩な使い方できないので、それが弱点というが、実際は多彩な使い方をせずに雑に使った方が強いのでメレンディスは勘違いしている。
山くらいの大きさの石を生み出して落下させたり押し潰したり、無限に生み出せる砂や泥の質量で圧死させてしまった方が強かったりする。




