[5-3]死
王都から上がる火によって雲が発生し、雨が降ってきた。
「この雨のようなものだ」
「雨……」
「火が上がり、雨が降る。お互いは混ざり、混ざらない」
「私が死ねば開放されます」
「それも手だ」
「それでもいいです」
私は自殺を考える。できるだけ楽に死ねる方がいい。
「死で開放されるなら、それは存在していない」
それ、と言われて私は腕の中の存在を目にする。
私の黄金の天使が眠ったままでいる。
「エルシュは死んでいない!」
「死んでいる。生命として活動はしていない」
「だとしたらあなたのせいだ」
「そうかもしれぬ」
クソ。殺したい。
しかし殺したらエルシュに黒いのがぶっかけられるという。
「手はある」
黒い塊がぶるっと動いた。
「聞こう」
「王都を救う」
え? 手遅れじゃない?
「代わりにここは死地となる」
「それは何も問題はないだろう」
「私にはある。が、もはや仕方もあるまい」
ずるんっずるんっと黒い塊が歩く。
「生命をなるだけ残す。そして我の苗床とする」
なにそれ。壮大なぶっかけをするってこと?
はいはーい。こんにちは。ここに大魔法使いがいますよー。
え? お前は帝国に裏切った奴だろうって? そんなことないですよー。あっしはただの流れの冒険者でやんす。
どうやらお困りの様子。もういらない?雨が降ってるから火が消える? いいえいいえ、こんな程度じゃ消えませんよ。
さらにこれからさらなる帝国の攻撃が始まりますよ。
そこでどうですか水魔法使い。必要じゃないですか? 必要ない? 死ね?
やだなぁもう。わたしゃそんな恨まれる覚えはありませんよ。こっちにはある? 死ね?
そんな怖い言葉使わないでくださいよもう。やっちゃいますよ? いいえ怯えないでください冗談です。死んでもらっては困るんです。そこ城壁から飛び降りないで。
わかったわかったやりますやります。とりあえず火を消せばいいんですね? はい。
ぴろりん。
はい消えました。は? いやいや幻術じゃないですよ。ちゃんと消しましたよ。ほらほら。
ぴろりん。
ね? ちゃんと魔法出てるでしょ? あっ大丈夫ですか? 生きてますか? あ、死んでる。そりゃご愁傷様でございます。変な言いがかりをつけたから神様から罰が与えられたのでしょうね。
お前は何がしたいのかって? さっきから言っておるでしょう。私は皆様を助けたいのです。お代はいりません。正義の大魔法使いですから。嘘言うな? 死ね? やめてくださいよ。ぴろりんしますよ?
大船に乗ったつもりで居てください。今から計画を話します。勝手に話しを進めるな? ダメです。今から口を挟んだらぴろりんしますよ。王でも問答無用です。別に王一人が死んでもこっちは構わないんですよ?
反逆? もううるさいなぁ。いいですか? 言うことを聞いてくれればいいんです。ではまず……。
「おい、王都の門が開いたぞ、どうなってる」
「誰かが侵入して開けたのか? 罠か?」
帝国の陣営で混乱が走る。まずは魔法で攻撃、然る後に攻城兵器で門をぶち破るはずが、勝手に開いてしまった。
帝国の力を見せつけ、諸国に牽制するつもりだったのだが、もはや腹を見せた犬くらいがばがばだ。
「おやおやみなさんお困りのようですね」
いつの間にか作戦本部に黒いローブの女が混じっている。
「なんだ! 王都の暗殺者か!?」
「いやいや違います。これ見て。ほら。帝国側です」
キラリと帝国の王章を見せつける。帝国の王からの信頼の証だ。
「これは失礼をいたしました」
「いいんですよ。こういう仕事ですから。お気づきでしょうけど、門は私が開けました。もはや王都は交戦の意志はありませんよ」
帝国の兵が恐る恐る王都へ侵入する。
しかし攻撃は全くない。敵の姿も見えない。
命令は、全軍を王都へ入れろとのことだ。それで王都は降伏をすると。
そしてそれは、その通りとなった。
攻城戦は呆気なく終了である。お互いに兵の損失も少なく済みました。めでたしめでたし。
ごきげんよう。あらみなさまおそろいで。どうもどうもさっきぶりですねお元気ですか?
やめてくださいよ。二重スパイなんてそんな汚いものじゃないですよ。
お互いにこうしたらいいよと提言しただけのしがない魔法使いです。
みなさんには会っていただきたい方がいらっしゃいまして。
師匠! 準備はいいんですか師匠!?
ええ。安心してください。これも計画の一旦です。お互いに損はありません。
でも困ったことに師匠が何をするのかわからないんですよね。ええ。一緒に見届けましょう。
王城に誰もが目に見える黒い塊が襲ってきた。
それは恐怖の塊だった。兵達はそれに当てられて昏睡した。
魔力は過剰に増えると一瞬で気を失う。
万の兵は何もわからぬまま、バタバタと倒れていった。
ほら見てください凄い光景ですよ。
種も仕掛けもございません。兵が次々に倒れていきます。不思議ですね。
え? 裏切ったな? 違います。あれ私ではありません。私の師匠が勝手にやっていることでして。
あ、切らないでくださいよ。結構難しいんですよ、この幻影魔法。ええ。こんな危ないところにさすがの私もいませんですって。
おっと次は王城へ向かってきましたね。来ますよ。みなさん準備はよろしいですか?
それでは新たな誕生を祝って。ハッピバースデー!
「娘よ。少し足りなかった」
「左様ですか。そんなお菓子が食べたり無い子供のような顔をしてもないですよ師匠」
師匠の黒は薄まって、私にも姿が見えるようになっていた。
ゲロ吐くのも納得の気持ち悪い姿だ。
「しかし師匠、あれらってみんな死ぬんです?」
「魔力が過剰となった動物は魔物となる。人間の場合は悪魔と呼ばれる」
「え? あれ全部悪魔になるんですか? 人類やばくないですか?」
「我は後処理をするだけだ」
「あ、そうでしたね。師匠は人の営みなんて気に為さりませんよね」
静かになった丘の上で、エルシュを膝に乗せて私は座っている。
「もしかしたらエルシュも悪魔に……? そうなったらやっぱり許しませんよ」
黄金の天使が悪魔になってしまう。いや待てよ。悪魔のエルシュもかわいいのではないか? 一考の余地はある。
師匠がずりずりと向かって歩いてくる。
「やめてください。汚い手で触らないでください」
黒いのが移ります。
「穢れではない。私が抱えているのは人々の願いだ」
「願いでも色々ありますからね」
人が使った魔法の残滓を吸い続けた結果が真っ黒だ。
「再度問う。娘、願いは」
「それは私達の黒いのをお返しすることです」
「ならば、我はまだ穢れている」
やっぱ穢れているんかい。
師匠がずりずりと王都へ戻っていく。歩く姿は遅いんだな……。
そして王都に向かって黒いのをぶっかけた。
あらぁ。イカスミのパスタみたいになってしまいましたわ。
まるで呪いの城だ。これから悪魔だらけになるみたいだし。
なるほど死地か。
ぶっかけてすっきりした師匠がるんるんの足取りで戻ってくる。
すっきりした師匠はモヤが無色透明になっていた。
「なるべく大地は穢さぬようにした」
るんるんでもなかったか。悲しい顔をしている気がする。
「でも師匠は限界だったみたいだし、いつか発散するしかなかったと思いますよ」
「そうか。そうだな。それが我のわがままの罪か」
「そうです。早くこっちの罪も回収してください」
ずんずんと師匠が歩み寄る。いつものぶるぶるずりずりの姿ではない、他の人が見る本当の姿だ。
師匠がエルシュに右手を伸ばした。
私から見たエルシュの黄金の中に汚れた黒が、師匠の元へ立ち昇っていく。
無色透明の師匠がまた少し黒くなった。
「え? 終わり? 呆気ないですね」
「ではさらばだ娘よ」
「はい。お疲れ様でした。え? 私は!?」
穢されたままなんですけど。
「そのままでいいだろう」
えー! 師匠薄情だよ!
ずんずんずんと師匠は行ってしまう。おいおい本当にスルーだよ。
まあいいか。悪魔になりかけていた黄金の天使のエルシュが戻ってきたし。
はぁかわいいなぁ。早く目を覚まさないかなぁ……。




