[3-16]義兄上のもとへ
前回までのあらすじ:やっとフニャシア公国の都に着いたペリータ達。城に入れないなと思ったら領主が刺されたと知らされた。
「なァっモガフガホガ」
知らせを聞いたゾルトが叫ぼうとしたところを、ヨーゼフに口を塞がれた。
「黄金の天使様の治癒魔法は本当なんだな?」
ヨーゼフがゾルトに念を押して聞いた。
ゾルトは口を塞がれながら、頷く。
「ならば急いで黄金の天使様をお連れしよう。これは最悪の運命の中の天啓だ」
「しかし緘口令だろう? どうやってここを通る」
「押し通るしか――」
「待て」
ゾルトは振り向いて行こうとしたヨーゼフの腕を掴む。
「アレを使おう」
「ちょっと事情がありまして、黄金の天使様は城へ忍び入ることになりました」
「いや、どんな事情だよ」
私はビシッとツッコミを入れた。
「わかりました」
いやわかるのかよ、とエルシュにもツッコミを入れた。
「馬車は脇に寄せて起きます。合図があったら行きますので用意しておいてください」
「合図……?」
しばらく待つと、突然ドゴォォオオォオォオォオオン! と爆音が響いた。
合図ってこれかよ!
と、いうことはつまり。
「アネさんがた! こっちです!」
モグがすっと地面から顔を出した。
ゾルトと私とエルシュがその穴へ入り込む。
「みんなが通ったら埋めますぜ。しかし大丈夫なんすかアネさん」
「ああ、入れさえすればなんとかなるだろう」
普通はならないような気がするぞ!
こいつさては行き当たりばったりだな!
門の内側に入り込み、穴はにゅっと消えた。
「で、何があったんだ、ゾルトっち」
「そうだな、黄金の天使様には話しておかないとだな」
ゾルトはキョロキョロと辺りを見回した。
敷地内なのだから誰もいないだろうに。
「ラディウス様が刺されたらしい」
「!?」
「あにうモガモガモガ」
私は急いでエルシュの口を水魔法で塞いだ。
「なるほどそういうことか」
「黄金の天使様は急ぎ、ラディウス様の治療をしていただきたい。治癒魔法使いと説明すればきっと――」
「いや押し入った方が早いだろう」
「え?」
「モガガ」
私はエルシュへの水魔法を解いた。
「ペリータ様を抱えて先に行きます」
エルシュは私を抱えると、城の居住区にひとっ飛びした。
「えっ?」
ゾルトは唖然とそれを見上げた。
「エルシュさんや。人前で力を出しすぎないように言ったでしょう」
「ごめんなさいつい。でも急ぎます」
兵士やら何やら色々と吹き飛ばしてエルシュは突き進んでいく。
なにこれ戦車かな。
「なっ! 止まっぐえー!」
「ぐえー!」
「ぐえー!」
いかにも何か守ってますな扉の前の兵を3HITコンボした。
黄金の天使に轢かれたのだから、きっと幸せになれるだろう。
天使はドカーンと扉を開いた。
「なんだお前ら! 兵は何をしている!」
偉そうなのが怒鳴って、医者のようなのがヒィと怯えている。
なんだよ、ただの美女と抱えられた美少女メイドなだけだぞ。
「兄上! ご無事ですか!」
偉そうなのを突き飛ばして部屋を突き進む。
飛ばされた太ったのは目を丸くしている。
医者はそれを見てスッと部屋の隅に離れた。
「みんな部屋から出て行け!」
私が抱えられながら叫んだ。
「ラディウス殿下の妹君の命令だ! 従わない奴は反逆者と見なす」
「侵入者だ! しんにゅモガモガモゴ」
偉そうな奴を水魔法で包んだ。
「エルシュ、治癒の前に人払いをしよう」
「かしこまりました」
エルシュは水魔法に包まれた男を掴んで部屋の外へ投げた。
医者も掴もうと近づいたところ、勝手に走って出ていった。
ドアを閉じ、重そうな棚を運んでドンと置き、塞いだ。
「エルシュ……か……」
「兄上、今は静かにしていてください。すぐに治しますから」
エルシュはラディウスの腹部に手を当てた。
手が黄金に光り輝く。
「アッ……ングッ……」
「痛みますか?」
「いやっ……むっ……痛みではない……」
エルシュの治癒魔法で痛みが快楽へ変換されているようだ。
血の気が引いて顔が青白くなっていたラディウスの頬が赤くなっていく。
いいんだぞ。妹の手で気持ちよくなっていいんだぞ。
「ペリータ様、問題が……」
すぐに治してしまうと思ったが、エルシュは一度手を止めた。
「刺された腹部に異物が入っています。このまま治癒魔法で塞ぐことができません」
「異物……?」
腹部を覗いてみたが、そこはか弱い乙女は見ちゃいけない状態になっていた。
お腹が割けて、中のものがびろろーんと出てしまっていて、それを押し込んだ状態になっていた。
「治療として何か詰め込まれているようです。水魔法で取り出せませんか?」
「うげえ」
しかし愛する妻の願いでは仕方ない。
水魔法を腹部にどぷんっと入れて、もぞもぞっと中身をかきだしてみる。
まるで素手を入れてる気分になる。
やだ気持ち悪いよぉ……。ふえぇ……。
やがて白い網のようなものが出てきた。なにこれ。
「多分これかな」
「だと思います」
謎の物体を、水ごと窓の外へぽいっとする。
エルシュは再びお腹に手を当てて治癒魔法を再開した。
「どのくらいかかるんだ?」
「全力を出せばすぐにでも!」
「いや待て、落ち着け、ゆっくりやろう。な?」
魔力の大量放出はろくなことにならない。
「わかりました、ゆっくりやります」
ドアがドカッドカッと斧で叩きつけられ始めた。
「ゆっくりかつ急いでやろう」
「わかりました、ゆっくりかつ急いでやります」
「賊どもめ! ラディウス殿下から離れろ!」
ドカドカドカと兵士が部屋に入り込んできた。
その中にいた見知った魔法騎士が一歩前に出て、しゃがんだ。
「殿下、ご無事ですか」
「ああすこぶる調子が良い。おや? みんなどうしたのだ?」
刺され伏していたはずのラディウス殿下が立ち上がった。
兵達はこの状況に狼狽える。
どうするべきか、目の前の魔法騎士がそれを示している。
兵は一斉に膝を付いた。
「騒がしいな。そこの魔法騎士を残し他は出ていってくれ。私は彼女らと話しをしているんだ」
「しかし殿下! そいつらは――」
「そいつら? 彼女は私の弟だぞ。おいその不敬な男を叩き出せ」
「殿下! 私は殿下のお側にホガフガヘガ」
兵が部屋から出ていき、部屋は静かになった。
「ゾフィアよ。弟を連れてきてくれて感謝する」
「はは! もったいなきお言葉」
ゾフィア? 弟?
「エルシュよ。よく来てくれた」
「兄上の治癒が間に合って良かったです!」
「それに……ペリータと言ったかな」
ラディウスはちんちくりんの奴隷メイドを見た。
私は両手を腰に当ててえへんとえばった。
「この方はわたくしの主人のペリータ様です。国に入る際に偽るためにわたくしの奴隷の首輪を代わりにはめています」
「なるほどそうだったか。ペリータよ。あなたの治療の協力も感謝する」
「私の嫁の義兄さんだもの。いいってことよー」
「嫁……よめ?」
エルシュはコソコソっとラディウスに耳打ちをした。
「(ペリータ様はわたくしを女性だと思っているようです)」
「え? うん。うん? あれ? じゃあ彼女は男か?」
失礼な! どうみてもぷりちーな乙女でしょうが!
「失礼な! どうみてもぷりちーな乙女でしょうが!」
いくら偉い人だろうと怒るぞ。ぷんぷん。
「どゆこと……?」
「あの……失礼します。黄金の天使様は殿下の弟君でしたのでしょうか」
何言ってるんだ、エルシュは女の子だから妹だろう。
「そうだ」
「はい、隠していてすみません」
「えっ」
みんな何を言っているんだ。
こんな可愛い子が男のはずがないだろう。
ははーん騙そうとしているな?
「なんだそういう冗談か」
はははっと私は笑った。
「いやエルシュは男だぞちっこいの。そもそもエルシュが男の名ではないか」
なん……だと……。
「黄金の天使様はエルシュという名でしたのですね! 初代の英雄の名を継いでいた方だったとは……なるほど名を隠されていたわけですね」
エルシュ……英雄……?
「まあエルシュは昔から可愛いからなぁ! こんなドレスを着ていたら女と間違えても仕方ない」
「可愛いだなんてやめてください兄上! んもう!」
ドレス……かわいい……。
「待て! 男だったらドレスを着ているはずがないじゃないか!」
バァァァァン! と私は指をさした。
ふっ、完全に論破したな。
「ドレスを着せたのはペリータ様じゃないですか」
「なっ……!」
完全敗北。
「いやだって……ちんちんだって付いて……」
「はい、だからあの……男なので……」
エルシュはポッと顔を赤くして両手を頬に当てた。
「だってエルシュはおちんちん付いてる女の子じゃん!」
私は泣いた。人生で六度目の涙だ。
わんわん泣いた。
エルシュに頭を撫でられてよしよしとされた。
ふえぇ……。
「うぐ……だって……エルシュが男だと……結婚できないじゃないか……」
「できます。できますから泣かないでください」
「えっ」
いやだって結婚は女の子同士でするものではなかったか?
私はエルシュをぎゅっと抱いた。
「じゃあエルシュ結婚して。ウェディングドレス着て嫁になって……」
「いやそれは……」
困惑するエルシュ。
やはり天使と結婚はできないのか。
「いいんじゃないか」
「えっ?」
ラディウスはなぜかニヤニヤしている。
「いいんじゃないか」
私はぱぁと笑顔になった。
さすが義兄上! 話しがわかるぅ!
「エルシュのウェディングドレス、いいんじゃないか」
「えっ兄上何言って……」
「やったー!」
困惑するエルシュ。
意味不明な流れに完全に置いてけぼりのゾルト。
そして弟が嫁に行くことを祝福するラディウス。
「こうしてペリータはエルシュを嫁に貰い、末永く幸せに暮らしましたとさ」
「えっ? ええ……」




