[3-13]誘拐再び
前回までのあらすじ:宿場町の温泉で、水魔法で作られたお立ち台で仁王立ちする幼女が観測された。
俺はそれを見たとき最初は目の異常かと思った。
あるいは脳がいかれたかと思った――
俺の名はモリック。土魔法使いで通称〈モグラ穴〉
地方のしがない冒険者さ。
金になるためなら酒場に張り出されないような裏稼業もこなす。
とは言っても殺人のような危険な仕事はしない。
あくまで厄介な仕事も受けるただの冒険者だ。
「いいかお前ら。今回の仕事はでかいアレだ」
「でぶぅ」
「そっすね」
デブの〈熊の手〉、チビの〈爆炎〉が頷いた。
こいつらは仲間というわけではない。
拠点が同じなので時々同じ仕事をする顔見知りだ。
〈熊の手〉は怪力者で、普段は荷降ろしなど重労働を手伝っている。
冒険者の仕事ではそのでかい身体のせいで邪魔になる。
〈爆炎〉は火魔法使いで、普段は合図の仕事をしている。
実はこいつ、爆炎と言っても大した魔法は使えない。
ただでかい音が鳴る魔法が使えるだけである。
そして俺、〈モグラ穴〉は土の中を移動することができる。
移動というか、地下空間を作ることができる。〈熊の手〉のデブが通れるくらいのサイズは作れる。
「今回は初顔の男がいるようだ……おっと来たな」
その男は、異国の褐色の姿で〈水影〉と言った。
眠り魔法の使い手らしい。
なるほど、今回の仕事でわざわざ寄こされたわけはそれか。
今回の仕事は『桃色の髪の少女を誘拐して王都に連れてくること』だ。
誘拐とかヤバイ仕事なんだが、大金が貰え、かつ王都へついでに行けるのが大きい。
いつまでも地方でちまちま稼いでも仕方ないしな。
そういう事で、〈水影〉が眠り魔法で眠らせて、〈熊の手〉が運び、〈モグラ穴〉の俺が穴を掘って移動で成功。
……と思ったら、首謀者が捕まったらしい。
この仕事は誘拐して速やかに逃げるのが鍵だ。
首謀者がゲロったら俺たちは即終了。作戦失敗だ。
誘拐を未遂に済ませるために〈水影〉が一人残った。
そのおかげで俺たちは町から脱出成功。
王都とは逆の方向へ逃げることにした。
そして俺たちは今一つ隣の町へいる。
そこの知り合いの宿で働いているのだ。
俺は土魔法で温泉の修繕を、デブは力仕事を、チビは温泉を温めている。
逃亡犯が近くの町で働いてるなんて、衛兵も思わないだろう?
一週間ほど過ぎた頃、俺たちはそこで凄い光景を目にした。
桃髪の少女が温泉で浮いている……。
温泉の一部を水魔法で操作して垣根の遥か上空、そこで全裸で仁王立ちする少女がいた。
あまりの尊さに俺は思わず礼拝した。
あんなものを見てしまったら、礼拝せずにいられないだろう。
それはともかくだ。
俺はそれを見て失敗した依頼を思い出す。
『桃色の髪の少女を誘拐して王都に連れてくること』
もしや俺たちにまだチャンスはあるのではないか?
「でぶぅ」
「っす!」
俺たちは再び誘拐の計画を立て始めた。
俺たちの作戦はこうだ――――
「止まったが何が遭った?」
急に馬車が歩みを止め、ゾルトが外へ降りた。
「先で馬車が止まってますね」
街道の先を見ると、斜めに傾いた馬車が立ち止まっていた。
「俺が先を見てきます」
後ろで護衛をしていた騎士のヨアヒムが馬を走らせた。
「なんだか嫌な予感がするな」
ゾルトはそのまま馬車の外を歩き、警戒しながら一同は進んだ。
しばしするとヨアヒムが戻ってきた。
「どうやら車軸が折れて立ち往生してるようです」
「さっさとどいてくれればいいんだが」
「すみませんね旦那様、へへ」
ヒョロヒョロの男がへこへこと謝った。
「我々は急いでいるのだが、馬車をどかして先に進んでいいかね」
「それはもう、もちろん」
「ヨアヒム、頼めるか?」
「時間はかかりますが」
ヨアヒムは怪力者の騎士だ。
怪力者と言っても、力自体がそこまで強いわけではない。
他の人より多少強いくらい、大剣を振り回せるくらいの力だ。
ヨアヒムが撤去作業を始めた。
馬車の車軸が壊れているので、解体しないと動かせなそうだ。
と、潜り込んでいると茂みの中から爆音が鳴り響いた。
ドゴォオォオォオオォオォォオォォン!!!!
思わず全員がそちらに目をやった。
「なにがあった!?」
耳がキーンとしてその声は聞こえなかった。
「黄金の天使様は無事か!?」
慌ててゾルトが振り返ると、自分たちの馬車の荷台と、男がいなくなっていた。
地下ではヒョロとデブとチビの男三人が、馬車の荷台の前で集合していた。
「見たか俺の土魔法!」
「オイラの爆炎も褒めてくれよな」
「でぶぅ」
イエーイと三人はハイタッチをして喜んだ。
あとは馬車の中の桃色の髪の少女を拐うだけだ。
上の護衛達もまさか地下にいるとは思うまい。
「さて、戦利品を確認しようか」
馬車の中を覗くと、金髪美人の膝の上で桃髪の少女がぷるぷるしていた。
「やあ始めましてお嬢ちゃん。俺たちはあんたらに危害を加えるつもりはない。ちょっとばかし王都まで付いてきて欲しいだけさ」
「おっ王都?」
「そうさ。大人しく付いてきたらあんたらにも報酬を分けてやろう」
「ぷるぷる」
「あの、とりあえず外に出てもいいですか?」
「どうぞ。ああ、逃げ場はありませんよ」
金髪美人がぷるぷるしてるメイド少女を抱えて出てきた。
「おぉー……凄いな……」
桃髪メイド少女は地下空間を見回して感嘆している。
「なあ〈モグ〉、対象ってコレだっけ?」
「わからんが桃髪で少女ならなんでもいいだろ」
「でぶぅ」
ヒソヒソと話してると、桃髪メイド少女がツンツンとつっついてきた。
「なんだい嬢ちゃん」
馬車の一点を指さしている。
カンテラをかざしてそこをよく見ると――
「ふぇ!? ほえぇぇえ!?」
「なんだ? どうしたん?」
「でぶぅ?」
三人が集まって馬車に描かれた紋章を見た。
「フニャシー家の紋章!?」
三人はガクガクブルブルしだす。
「あのさ……こういう仕事する時はちゃんと確認した方がいいと思うよ……」
桃髪メイド少女が呆れ顔で三人を見つめている。
「ヒッヒィ! ゆっ許してくだせえ嬢ちゃん! ほんの出来心だったんでさぁ!」
「でもさぁ〈モグ〉、フニャシー王族がこんな少数の護衛で都に向かうか?」
ヒョロ男がハッと振り返って、桃髪メイド少女を睨んだ。
「ははーん、俺たちを騙そうとしたな? そうは引っかからねえぜ!」
「いや本物。見よ、この高貴なお姿を」
桃髪メイド少女はバッと後ろの金髪美人に両手を向けた。
「ヒッヒィ! やっぱり本物っぽいぜ!」
「すっすまねえ、オイラてっきり」
「でぶぅ」
三人は地下空間の中でひざまずいた。
「さて、どうやって死にたい?」
ズモモモモと街道が割れ、穴から馬車の荷台と5人が現れた。
地面は街道へ差し替わっていく。
街道は区切れ目なく元の姿に戻った。
「いや凄いな……本当に」
「お褒めいただきありがとうごぜやす。お嬢ちゃん」
「こいつらの仕業か!」
ゾルトが剣を引き抜いた。
「待て、黄金の天使さまの御慈悲で、この者たちを許す事にした」
「えっ」
ゾルトが黄金の天使の方を向いた。黄金の天使はうんうんと頷いた。
「お情けくださりありがとうごぜやす」
「感謝するっす」
「でぶぅ」
「まあそういう事ならそれでいいが、こいつらは逃がすのか?」
「同行させようかと」
「えっ、ええ……」
「あっしらお嬢様のために働きます!」
「フニャシー家の力になります!」
「でぶぅ」
「どうする? ヨーゼフ」
「私達は黄金の天使様に従います」
「なら、その壊れた馬車をどかして出発しよう」
ヨアヒムに再びどかすように命令をした。
「それならこのデブに任せてください」
「でぶぅ」
どすどすとデブの〈熊の手〉が壊れた馬車に近づき、ぶふぅと唸って馬車を持ち上げ、街道の脇にどけた。
「おぉ……」
「お前中々の怪力者だな。隊に入らないか?」
「あっ、一人先に就職先見つけるとはずるいぜデブ!」
「でぶぅ」
デブは『フロント・ダブル・バイセップス』(両腕で握りこぶしを盛り上げるポーズ)でアピールした。
ゴトゴトと馬車は何事もなかったかのように進む。
ゾルトは外で、壊れた馬車に付いていた馬に乗って三人の男を監視している。
「ペリータ様」
「なんだ?」
桃髪メイド少女は黄金の天使にいつものように抱きかかえられている。
「なぜあの三人を許したのですか?」
「なぜって、私は優しいんだぞ」
「それは存じてますが、いつものペリータ様ならバババッと懲らしめそうなので」
「え? エルシュから見て私ってそう見えるの」
「い、いやぁ……ははっ」
桃髪メイド少女はちょっと傷ついた。
「私だって戦う時は、時と場所と相手を考えるさ」
「と、言うことは……流石ですペリータ様!」
「ふふーん」
『簡単に下僕にできることに気づいて引き込んだのですね! 殺さないなんて優しい!』と思っているエルシュと、『地下空間で土魔法使いと、火魔法使いと、怪力者三人を相手に戦う事になったらマジやばすぎるわ』と本気でぷるぷるしていたペリータだった。
また仲間にアホが増えた。




