[3-6]痛みを越えて友となる
前回までのあらすじ:火の魔法騎士ゾルトに連れられ、三人は橋の砦から近くの町へやってきた。屋敷のガライ家のメハイの願いで娘マリシアの顔のやけどと右目の失明を治癒魔法で治した黄金の天使。その様子をゾルトは見ていた。
【ゾルト視点が長いので斜め読みでおk、真ん中辺りから本編】
私は彼らを始めは怪しい人物と疑っていた――
私の名はゾフィア。
フニャシー領の炎魔法騎士である。
砦の兵は始めは一人の男をアンデッドだと言った。
なので私はその男の顔を炎の魔法で燃やした。
アンデッドなら燃やしてしまえば再生できない。
しかし、一人の女が駆け寄り手を当てて魔力を注ぐと、男の顔は元通りに戻っていた。
幻術のようにも見えるが、私の魔法は確かに当たり、男の顔を焼いたはずだ。
男は水魔法使いのようで、私の魔法を軽減していたのは確かだ。
なのでこれが演技で、何かをしているとするならば、この胡散臭い水魔法使いが怪しい。
女はわからない。
これが本当に治癒魔法だとしたら、なぜこの胡散臭い男と、チビの奴隷メイドと旅をしているのかがわからない。
いやむしろ、怪しすぎるがゆえに、かえって怪しくないとも言えるかもしれない。
私が彼らの先導を名乗りあげた。
水魔法使いだとしたら、言葉で操る術もあるはずだ。
私は男に警戒を続ける。
名を尋ねられたが、私はゾルトと名乗った。
水魔法使い相手に本名を名乗る魔法使いはいないので、疑っている事を怪しまれる事はないだろう。
私はこのまま「怪しんでいる」態度を出していれば良いのだ。
ならば男もうかつに何か仕掛けようとも思わないはずだ。
しかし私は二度目の奇跡を目の当たりにした。
このチビ奴隷メイドが先に傷を見ていたので、それが何かをしたのかもしれない。
それにしても、少女の傷が治ったのは本当だ。
しかもやけど痕だけではなく、視力まで回復をさせた。
これはもはや疑う余地はない。
この金髪の美人の女性は、本物の治癒魔法使いだ。
しかしそれでも、何故と疑いの心は晴れない。
彼女はなぜ、フニャシー領へ来たのか。
その意味はなんなのか。
必ず理由があるはずだ。
それが分かる前にラディウス王に会わせて良いものだろうか。
彼女が言う通り、本当に内紛で傷ついた民を治すために来たのだとしたら、疑うことは愚だ。
治癒魔法使いに不快に思われ、私は王から厳しく叱責を受けるだろう。
しかし何か罠があるとしたら、王に会わせることは愚だ。
治癒魔法使いならば王と謁見することとなるだろう。
さすれば帝国へ連絡が行くのは間違いない。
彼女の目的が帝国へ近づくことだとしたら、このまま見逃すのは失敗となる。
もし目的が皇帝の暗殺だとしたら、治癒魔法使いとして信用を得たならばそれは容易となるだろう。
その際に一番に責められるのは、通したここ、フニャシー領だ。
私は彼女への警戒は緩めないつもりだが、彼女の笑顔を見ていると何かを偽っているわけではないと感じる。
しかし、何か嘘を付いている……そんな予感がするのだ。
私は魔力の輝きをその大量の目を見ることで把握できる。
治癒魔法使いの女は魔力が膨大で輝きが尋常ではない。
そして嘘を付いているわけではないが、何かを隠していると、その魔力は言っている。
そして奴隷のメイド少女。
こちらは別の意味で底知れない。
魔力を全く感じることができない。
本当に無いのか、それとも魔力を隠す術を知っているのか、はたまた幻術か。
少女は私と目が合うと、にこっとわざとらしく笑う。
何かあるとしたら、こっちのお付きの奴隷メイド少女の方だ。
私は黄金の天使の後ろから、少女の様子を覗き見た。
さて、マリシアの目は無事に治ったようだ。
私の黄金の天使はどこまで治せるのだろう……。
そしてどうやら魔法騎士の警戒は私の方へ移ったようだ。
無理もない、私は魔道具で魔力が見えないようにしている。
人の魔力が見える力というのは、私が持っているだけのものではない。
持っているものは様々な特徴で、他人の魔力を見ることができる。
そしてそれは非常に強力な力だ。私自身が持っているのだから間違いない。
ならばそれに対抗するには、相手に魔力を見せなければいいのだ。
魔力を隠蔽するか、あるいは幻術で隠すか。
私が取った方法は、魔道具を使い偽る方法だ。
魔力を隠蔽する魔道具、本来無意味な物だ。
なぜなら通常、人は魔力を見ることはできないからだ。
しかし魔力を見ることからできる者からすると、魔力が見えない相手は不気味だ。
自分の力を信じている者ほど、間違いなく警戒をする。
どうやらこの男も例外ではないらしい。
私の目を見て驚いていたので、目で判断する能力なのだろう。
私はそれを確信し、にこっと笑いかけた。
さて、昨日の晩餐はとても美味しかった。
とりあえず入るだけお肉をお腹に詰め込んだ。
小麦を薄く伸ばして焼いたもの? の中に羊肉と香辛料? を入れてスープにしたもの? ももぐもぐした。
夢中になって食べてたら隣の黄金の天使が口の周りを拭いてくれた。
なんかまるで私が幼女みたいだぞ。
そのせいか……、きっとそのせいだろう。今日は朝からお腹が痛い。
ぎゅるるるるとお腹のモンスターが騒いでおる。
私はふかふかベッドでくの字になっていたが、もはや耐えきれず、おたおたとおトイレを目指す。トイレへの道は遠い。
部屋を出たら、魔法騎士のゾルトが何故か立っていたので、私は彼に声をかけた。
「と……といれ……」
彼は「え?」と戸惑った様子であったが、肩を借してくれた。
彼は良いやつだった……。
もし私が世界征服をした暁には、彼は特別待遇とし、私をトイレに運ぶ職に就かせてやろう。
苦しさで思考が回らない。
脂汗が止まらない。この汗は昨日の肉の油だろうか。腹痛は肉にされた羊の怨念だろうか。
とにかく急がねば、この美少女水魔法使いのお尻からは決して発動してはいけない水魔法が発動してしまう。
ハァハァハァハァ。
落ち着け。私は水魔法使いだ。
液体をコントロールする魔法を使う事ができる。
腹に手を当て、目を閉じる。
ひっひっふー。ひっひっふー。
よし、波は収まった。出陣じゃ。
手がプルプルして動かないので、ゾルトにトイレのドアを開けて貰う。
しかしこれからが戦いの本番だった。
神よ。私に力を。
うううううぅぅうぅううううぅうぅうぅぅぅぅぅうぅぅぅ……………。んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん。
ハァハァハァハァ……。
痛い。どうあがいても痛い。しかし落ち着いた。
ジャアアアと水魔法でお尻を綺麗にして立ち上がると、再び波が訪れる。
お腹のコントロールができない……!
私は激しく消耗した。
神に10回ほど祈った。
おお神よ。なぜ人に試練を与え賜るのか。
助けて……天使助けて……。
ジャアアアアアと再びお尻を綺麗にして、よろよろと部屋に戻った。
「ペリータ様!? どうなさいました!?」
私の様子を見たエルシュは慌てて立ち上がった。
「おな……おなかが……」
「お腹が痛いのですか!?」
エルシュは私のお腹をなでなでした。
なでなでなでなで。
あら、急に痛みが収まっていく……。
こ、これは……黄金の輝き……これが治癒魔法の力……!
治癒魔法の痛み止めは快楽が伴うとゴンズが言っていた。
確かに気持ちがいい! これは……癖になる……!
危険だ! この力は……世界を滅ぼす!
「ああんっ」
お腹をなでなでされて気持ちよくなってくる。
痛みは完全に消えた。すっきり。
治癒魔法の半分は優しさでできているって本当だったんだ……。
私は黄金の天使に感謝の抱擁をする。ぎゅー。
手が腰までしか届かない。 身長は相変わらず足りない。
しかしあれだな。傷だけじゃなく腹痛も治せるんだな……。
「痛みを止めただけですよ?」
ということはあれか。
私の腹の中ではヨルムンガンドが暴れまわっているということか。
痛みだけを止めたということは、むしろ感覚が失われ、下手に油断するとニュルンベルクしてしまうのではないだろうか。
ハァハァハァハァ。
落ち着け。私は水魔法使いだ。
液体をコントロールする魔法を使う事ができる。
腹に手を当て、目を閉じる。
ひっひっふー。ひっひっふー。
ガチャリとドアを開け、部屋から出るとゾルトがまだ立っていた。
「大丈夫?」
と言いつつ彼は私への警戒を解いていない。
私は親指を立てた。
その時、なぜ親指を立てたのか、私にもわからない。
私にとってすでに彼は、戦友だったのだろう。
彼も戸惑いながら私に向かい親指を立てた。
朝食はない。
冒険者と違って一般人は朝食は食べないのだ。
どちらにせよ今は食べると危険を感じる。
問題が一つ発生した。
この屋敷の娘、マリシアが黄金の天使に懐いているのだ。
少女よ待って欲しい。これは私のだぞ。
マリシアが黄金の天使の左腕を取っている。
私は対抗して黄金の天使の右腕を取った。
マリシアが話す会話を、黄金の天使はにこにこと聞いている。
私の体調が万全なら敵ではないというのに!
マリシアが言うには黄金の天使を街の案内したいとのこと。
私は! 私は置いてけぼりか!
お腹がぎゅるるるしてるからといって置いていく気か!
護衛として魔法騎士のゾルトも付いてくるらしい。
危険すぎる!
すでにゾルトは私が認めた男なれど、エルシュほどの美人と一緒になったら狼になるに違いない。
信頼した後の男こそ一番危険なのだ。
そうあれは初めて冒険者としてパーティーを組んだ時の事――て、私の思い出は置いておく。
とにかく、私も付いて行くのだ。
そう言ったら、エルシュとゾルトに本気で心配な顔で見られた。
そんなに?
そんなに私の顔やばいことになってる?
大丈夫痛みさえなければお腹の調子はなんとかなる。
なぜなら私は水魔法使い。
水のコントロールは私の得意分野だ。
ぎゅるるるるるるるる。
とりあえず出かける前にもう一度トイレに行っておこう。




