[2-16]見えない鳥はどこへ行く
前回までのあらすじ:ペリータとエルシュは薬草摘みにピクニックへ出かけたところ、そこへ再び謎の男ハナホジリヌスが現れる。さらにそれを監視する存在に、気づいた事をうっかり気づかれてしまうペリータとエルシュ。果たして一体(監視してる奴は)どうなってしまうのか。
俺は奴隷商館の男に監視の監視を依頼された。
ちゃんと仕事しているかチェックするだけの簡単な仕事だ。
対象は金髪の男で、目立つ風貌をしている。まるで素人だ。
しかも追跡は下手くそ、魔法もド下手くそだ。なぜあんな素人を追いかけなくちゃいけないのかわからねえ、全く緊張感のない仕事だ。まぁこっちは楽だからいいけどな。
あの男はあれで隠れてるつもりなのだろうか。幻術の魔法が半分切れかかってるぞ……。しかも対象の対象はそれに気づいていないらしい。素人が素人追う状態だ。なんかもうまるで子守だな。
今回はこんな仕事をしているが、これでも俺は王都ではちょっと名のしれた裏稼業の専門家だ。俺くらいの奴というとそうだな…せいぜいゴンズくらいか。あいつは名は売れているがしょぼい仕事ばかりしているみたいだから俺より格下だ。まずそもそも名前が広まってる時点で大したことない奴なわけだが。
しかし今追っているやつは別の意味で名前を知らねえ。まさに素人なんだろう。あーあー、足滑らせてあんなに足跡付けちゃって……。もはや俺が痕跡を消していく事になっているぞ。
対象の対象は本来俺が知るような事じゃないんだが、対象が近づきすぎて俺の視覚範囲に入ってしまうくらいだ。
それは女の二人組で、片方はちんちくりんのお嬢様、片方は背の高いメイドとわかった。つまりこれはあれだ。監視という名の子守だ。本当に子守だった。
家出のお嬢様が心配で監視を付けて、さらにそれだけじゃ心配だから俺が付いていっているということなんだろう。バカバカしい依頼だ。まあ息抜きにはちょうどいいけどな。
しかしすぐに対象は女二人組を見失ったらしい。距離を取りすぎて探知できなくなったようだ。
俺は呆れた様子でキョロキョロと焦る男をぼんやり眺める。俺はこのまま見失っても知らねえぞ。あくまで監視の監視だからな。
こりゃ奴は仕事できませんでしたと報告して終わりだな。
対象は覚悟を決めたのか、街道を真っ直ぐ進みだした。さっさとそうしろよ。女二人で道を外れるわけなんかないんだから。そんなのもわからんのか素人は。
だが素人にしてはこいつは足は速かった。俺がぎりぎり追跡できるくらいの速さで街道を進んでいく。これならすぐに女二人組に追いつくのではないかと思ったが、俺の探知範囲内にも一向に入ってこない。俺はそのまま対象を追跡していく。
数日経った。
男は女二人組の目的地をどうやら初めから知っていたようだ。分かれ道も即時の判断で進んでいく。
この先にあるのはスレメボの町、さらにナトーネという地方にしては大きな街だ。おそらくそこだろう。
いい加減に面倒になってそこへ先回りをしておく。素人の癖に移動のペースだけは速かったので少しゆっくりさせて貰おう。
と、思ったら俺が対象をロストした。断じて言っておくが、これは俺のミスではない。対象が突然寄り道を始めたのだ。
真っ直ぐ街に来るなら探知は切れない範囲で先を進んでいたが、急に森の中へ入り、探知が範囲外になってしまった。
これだから素人は行動が読めないから困る。対象の行き先がわかっているならその場所で待つのが鉄則だろう。
まさか街に寄らず直接フニャシー領へ続く川の橋の砦に行くわけはあるまい。俺はのんびりナトーネの街で待たせて貰う。
そして、何か二つ袋を持って対象は現れた。
兵と少し会話をして袋を渡し、宿へ向かった。何かトラブルがあったようだが俺には関係のないことだ。対象が戻ってきたなら俺は監視を続けるだけの事だ。
その後、女二人組も街に現れた。
街中の範囲だと女二人組の行動もわかってしまう。素人の監視にも飽きてきたのでそっちも一緒に見てみる。
キャッキャと楽しんでいる。監視されてることも知らずにのんきなものだ。
これがもし狙っているのが命で追跡者が俺みたいなプロの暗殺者だったらとっくに命はないぞ。
夜になって、女二人組が不審な行動を始めた。どうやら対象の追跡が下手くそすぎてバレてしまったようだ。
むしろ今更かよと笑ってしまう。
もうなんなんだろうねこれは。子供の遊戯か。
なんかこのままでは腕が鈍ってしまいそうだ。カンを取り戻すまでしばらく要人暗殺とかでかい仕事は断るべきだな。
次の日、対象は驚くべき行動を取り始めた。
なんと対象は女二人組に接触し始めたのだ。
さすがの素人も、監視がバレた事に気づいたらしい。そこでバレているのならばと顔を見せたようだ。
俺は驚いた事が三つある。
まず対象と女二人組が顔見知りだったようだ。どうりでド素人がこんな仕事しているのかと思ったら、そういう理由のようだ。
そして対象の男が「ハナホジリヌス」とか酷い名前をしていることだ。思わず吹き出して笑ってしまうところだった。
それと重要なのがもう一つ、宿内という近距離でわかったことだが、女二人組がものすごい美人だった。
お嬢様と思われる茶髪の白のローブの少女はまだ幼いが、凛とした立ちふるまいで将来美人になるだろう。
背の高い黒髪メイドはその一見の印象とは異なり可愛らしい印象を受けた。
ふぅん、これはちょっと臨時収入を考えてもいいかもしれない。
対象の対象がどうなろうと俺には関係はないので、対象がいなくなれば、俺が女二人組をどうしようと問題はないはずだ。
つまらない仕事で沈んでいた気持ちが持ち上がり、期待でワクワクしてくる。
あの女たちはどんな声で泣いてくれるだろうか。
そんな事をぼんやり考えていると、対象は女をデートに誘っていたが断られたようだ。
女二人組は一目のつかない町外れへ出た。どうやら薬草摘みにピクニックに出かけたようだ。
これは早速お楽しみのチャンス到来だ。俺は思わず股間を固くする。
それにはまず俺の対象をどうにか処理しなければならない。
あの素人、おとなしく遠目で監視していればさっくり殺せたものを、何を考えているのか女二人組に再び接触し始めたのだ。
そこからの様子が少し変だった。
始めはお嬢様の方が怯えてメイドに抱きついたりしていたが、少しずつ楽しそうに談笑を始めたように見えた。
その時、時々メイドの方が俺に向かって手を振りだしたのだ。
まさかあのメイドは俺に気づいている……?
まずそんなことは無いだろうが念の為に、要人暗殺の仕事のレベルまで魔法を強くする。
メイドが変な事をするせいで、対象がキョロキョロと周囲を警戒し始めた。
余計な事をしやがって……あとで絶対に犯す。壊れるまでぶち犯す。
そんな事を考えているとメイドは俺に向かって明らかに中傷の笑いを飛ばしてきた。
俺の顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
しかしここまでされると返って冷静になれた。少なくともあのメイドは俺クラスで仕事ができるやつだ。
まずはお嬢様を狙うべきだな、と思ったらお嬢様にも感づかれたらしい。
そして対象を罵倒し始めた。石を投げられて喧嘩別れした。いい気味だ。
さて……どうやって犯してやろうか。
俺は女二人組に近づいた。
ペリータは手を出すつもりはなかったが、天使へ悪意を向けられたら手加減するつもりはなかった。
ゴンズの言っていた「凄く良い報酬」には惹かれるものはあったが、エルシュに手を出すものに死を与える方が優先順位は上だ。
「さて、私の天使もとっくに気づいてると思うが、すぐそこに私の処女を狙っている変態ロリコン野郎がいる」
「不敬な奴ですね。潰してしまいましょう」
すっとエルシュは立ち上がる。
「まあ待て。私のかわいい天使が力を見せるのは最後の手段だ」
「さ、左様ですか……」
「賊の時は私が力不足だったから……あと後処理にゴンズもいたしな」
「あ、やっぱりハナホジリヌスさんはゴンズさんでしたか」
今更ながらの答えにエルシュはパッと顔を輝かせた。
「そしてそれを聞いたロリコン変質者はもう生きて帰れない」
「…………」
エルシュは辺りをキョロキョロとしている。やっぱり天使は可愛いなぁ。
もうそのままの君でいて。
「まあゴンズも大したことない男だからな。もしかしたら生き残れるかもしれない」
「おい酷いこと言うなよ。お前より現役の俺の方が上だろう」
「……何!? ぐっ! がっ!」
ゴンズがすでにロリコン変質者をうつ伏せにして捕らえていた。
「なんで私の出番を取ってしまうんだ」
「だってお前……殺しちゃうだろ?」
「ロリコンは死ねばいいと思う」
ペリータはスカートをめくりあげ、ロリコン変質者の顔を踏みつけた。
ロリコン変質者はバタバタと暴れだした。
「ほらこいつ、私のスカートの中を覗いて喜んでやがる」
「ペリータ様! そんな奴に見せてはいけません!」
エルシュはバッとペリータを抱え上げた。
「さて、なんで俺たちにこんな素人をよこしたのかは知らねえが、一応名前を聞いてやる。まあ知らない名だろうが」
「…………」
「天使、スカートをめくって踏んでやれ」
「いっ嫌です! ペリータ様のご命令でも困ります!」
「待て待て、メイドちゃんが踏んだらこいつ死ぬだろ。ダメだぞ」
死と聞いて、ロリコン変質者は震えだす。
「……ジョバーニだ」
「小者か、やっぱり知らんな」
「私は知ってるぞ。同じような小者の仕事をしてたからな」
「まじか」
ペリータは裏稼業からは手を洗っていたが、軽い仕事は小遣い稼ぎで続けていた。
本当に軽い仕事だぞ。街中で「おっと失礼お兄さん」とぶつかって服にこっそり薬を付けたりとか。
「そもそもこいつは私に気づかなかったのか?」
ペリータは自分にかけていた幻術の魔法を解いてみせた。
特定の相手から自分の姿が周囲から異なるように見えるようになる基本的な魔法だ。
「!? その髪色とその目つき……! お前ペリータか!」
「え? この方なんで今さら気づいたのでしょう」
「見た目と名前を違うように聞こえるようにしておいた」
「そんなこともできるのですか! さすがですペリータ様!」
「ふっふっふ!」
ペリータは両手に腰を当て、ドヤ顔をした。
「ちなみにエルシュは黒髪ロングでちょっとブサイクに見せていたぞ」
「なっなんでちょっとブサイクにしてたんですか!」
「だってエルシュは可愛すぎてすぐバレちゃうだろ」
エルシュは両手を頬に当てて照れた。もーそういうところがまた可愛いんだからー。
「さてこっちの身バレもしてしまったし、どうするかな」
「おっとそういえばうっかり私達の事もロリコン変質者にバレてしまったな」
そう言ってペリータは再びスカートをたくし上げ顔を踏みつけた。
エルシュに「ダメ! ダメです!」と慌てて抱え上げられる。
「ぐっ! 俺をどうするつもりだ!」
「おっとまだ元気だな」
ゴンズがぐいとひねっている腕に力を入れ、ロリコン変質者はがっと呻いた。
「私の顔と処女膜を見て生きて帰れるわけがあるまい」
「自分から見せつけたくせに恐ろしいな……」
ペリータはロリコン変質者の前にしゃがんだ。
「さて、誰に頼まれて、仲間は何人いるんだい? 素直に答えたら楽に溺死させてやろう。素直じゃないなら苦しませて溺死させてやろう。わかったか?」
ペリータは水球を手のひらの上で浮かべて、それを見せた。
「まずはロリコンかどうか答えてもらおう。お前はロリコンか?」
男は首を横に振った。ペリータはばしゃんと水を顔にぶっかけた。
「お前はロリコンか?」
男は再び首を横に振った。ペリータは再びばしゃんと水を顔にぶっかけた。
「お前はロリコンか?」
行為は男が素直になるまで繰り返された。
「依頼主は奴隷商館副店長のサドレー。まあ本当だろうな」
「あの野郎……未練たらしく売ったエルシュの様子でも見てたのか」
中々素直にならないロリコン変質者はすでに2時間近く水をぶっかけられていた。まだ息はある。
「しかし本当にロリコン変質者だったとはな……」
「認めるまでに2時間かかったけどな」
認めてからは素直になったのか、色々と話してくれた。
「仲間はなしで単独、本当だと思うか?」
「こいつに知らされてないだけだろう」
「だろうな」
最初からのけものにされてたロリコン変質者。哀れな。
「しかし俺の探知には引っかかってないぞ。お前は?」
「ふむ?」
ペリータは雲しか見えない空をじっと見上げた。
「敵が隠れんぼが上手いか、そもそも存在しないか、別の方法で見ているか、それとも見てないか、私たちの魔法が下手くそか」
どう思う? とペリータはエルシュに聞いた。
「えっと……ペリータ様の魔法が下手くそということはないと思いますが……」
「困ったな、それだと他に方法が多すぎる」
「それは置いとこう。他に聞くことは? 報酬? 金貨1枚だとよ」
「それならばら撒けるな」
「このレベルならな」
俺たちを追跡するなら俺たちを知らない素人の方がきっと集めるのが楽だろう。
割に合わない仕事はしないもんだ。
「目的は? 俺の監視?」
「ずいぶん楽な仕事だな」
「そういうがペリータが追跡者だったら振り切る自信はあるぞ」
エルシュがムッとした顔をゴンズに向ける。
「私もソロなら追える自信はないが……それ逃げてるだけだろ」
「逃げてない。お前がバテて付いてこれない足手まといなだけだろう」
エルシュがムムッと怖い顔をする。
待て待て天使、顔が怖いぞ。腹立つのはわかるがアレが言ってるのは一応事実だ認めてやる。どうどうどう。
「女に足並みを揃えないからモテないんだお前は」
「うるせえ。次は? 出身地? 関係あるのかそれ? 東の地? 関係なさそうだぞ」
「そうだな、王都と関係ない生まれだな」
「余所者が都合がいいってことか」
そもそも王国生まれの裏稼業だったらゴンズが大体把握している。
「次は?」
「真の雇い主だ」
「は? いるのかそんなの」
ロリコン変質者は首を横に振っている。
「いないみたいですよ」
エルシュはロリコン変質者の顔を覗き込んだ。
「ふーんまあいいか」
ペリータはげしっとおまけと言わんばかりに顔を蹴飛ばした。
「さてゴンズ離してやれ。逃してやろう」
「おっ? おう……」
ロリコン変質者はふらふらっと立ち上がって慌てて駆け出した。
「本当にいいのかよ、逃しちまって」
「私は優しいからな」
ふふんっとペリータは腰に手を当てて胸を反らした。
「仲間がいるなら今夜に接触し、いないなら慌てて王都に逃げ帰るだろ。もう少し泳がせるさ」
「なら今度は逆に監視だな」
慌てて逃げていくロリコン変質者を後ろから眺め、ゴンズは笑いながらゆっくりと街で向かっていった。
ペリータとエルシュが丘の上で二人残った。
ペリータは空を見上げていった。
「鳥だ」
「鳥ですか?」
エルシュが顔を上げるが鳥なんてどこにもいなかった。
「どこでしょうか?」
「見えないよな」
「はい?」
ペリータ様は時々おかしな事を言う、とエルシュは首を傾げた。
「昼寝して雲ばかり見てたよな」
「はい。寝転がって雲を見てました」
「……ふむ。楽しかったな」
ペリータ様はまた一人で何か考え込んでいる、とエルシュは悲しくなった。
「そんな顔をするな。不思議じゃないか? 鳥が全くいないのは」
「干ばつの影響でしょうか?」
「そうか……そうかもしれないな」
ペリータとエルシュは手をつなぎ、街へ戻るのだった。
月のない夜に陽気な鼻歌が流れる。
「……まあそういうわけで役に立ってくれて礼を言うぜ」
じゃぼんと顔のない男の死体が川へ投げ捨てられた。




