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[2-12]平和な町に潜む影は消えず

前回までのあらすじ:ペリータがノリで壇上で真面目な事言って演出したら恥ずかしくなってエルシュの胸に埋もれた。

「もう行きなさるのですか?」


「ああ。墓参りもしたしな」


 私は前村長の墓に水をぶっかけ、両親の墓にも挨拶は済ませた。


「あの、また帰ってきてくださいね、先代さま」


「そうだな。次に会ったら結婚しよう。第二夫人にしてやるぞ」


「はい! 待ってます!」


 私は泡姫にぎゅっと抱きついた。うーん幼女お持ち帰りしたい。





「さあて、行くか水姫様よ」


 さて再びエルシュとイチャラブふたり旅……と思ったら、ゲオルゲとかいう大男が着いてきた。

 イラナイ……コイツイラナイ……ヨウジョクレ……。


「はぁ……」


 私はあからさまなため息をしてみせる。


「なんだよ水姫様、もう疲れたっていうのか?」


 エルシュの力をあまり他人に見せるのは問題なので、私は久々に自分で歩いていた。

 道とはいえしょせん田舎の村の道である。石ころだらけで雑草まみれの道だ。

 ちょっと土魔法使い呼んで整備してこい。


「ペリータ様、どうなされました?」


 エルシュが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 はぁ……私の黄金の天使かわいい……でも眩しい……。


「むさいおっさんがいるせいで気分が悪い」


「んだよ。水姫様が殺した冒険者の後処理のために行くってんのにつれないな」


「だからといって着いてくる必要はないだろう」


 私はしっしと大男を追い返す。


「着いてくるってそりゃあ方角は同じだしな。それに魔法使いとメイドの護衛になるぜ俺は」


 大男はムキッとポージングを取った。むさい。臭い。


「嫁よ。肩車をしてくれ」


「はい、かしこまりました」


 エルシュはひょいと持ち上げ、私を肩に乗せた。

 これで大男と同じ高さだぞ。ふふんっ。


「おおう……力持ちなんだなそのメイドは。怪力持ちか。俺も持ってるぞ」


 大男はムキッとポージングを取った。むさい。消えろ。


「なーんか嫌いなんだよなこういうタイプ」


「ははっ……」


 とエルシュは笑って答えた。天使でも苦手なのだろうか。


「あとで」


「あとで力比べでもしようやとか言うなよ。これは私のだぞ」


「おっとすまねえ。ハッハッハ! どうしても同じ怪力持ちを見ると気になっちまうのさ!」


 大男はムキッとポージングを取った。むさい。沈没しろ。

 ああっと! なぜかこんなところに突然沼が!


「おっと! いたずらは止めてくれねえか」


 ちっ。


「試しただけだ」


「試しって……っとあれ見ろよ。モンスターだ」


 大男は真っ直ぐに駆け出した。

 なんだこの脳筋。


「オラァ!」


 大男はバスタードソードを抜き、狼系の魔物を両断した。

 2匹、3匹と斬りつけたところで魔物は森の奥へ逃げ出した。


「どうよ! 俺の力は!」


「素晴らしい剣筋です!」


 私の天使が笑顔でパチパチと拍手をした。


「ありがとよメイドさん!」


 お前は何か言うことないか? という目で私を見てくる。やっぱりウザい。


「数匹逃したな、下手くそが」


「水姫様は手厳しいな! ハッハッハ!」


 何を言っても無駄そうな大男は無視して、狼の魔物の死体を魔法の沼で沈めた。





 早朝に村を立ち、休憩を入れつつ約9時間かけて町に着いた。


「なんて言ったかな、この町は」


 昔に何度も見た町の石の門が見上げながら、ふと尋ねた。


「町の名はスレメボだ。来るのは初めてか?」


「いいや良く知っている。町の名には興味無かっただけだ」


「ああ。村で町といったらここを指すということもあるだろな」


 町という言葉が固有名詞となっていたのかと言いたいのだろう。


「ただど忘れしただけだ」


 スレメボか。そうかそんな町の名だったな。私が冒険者を始めた町は。 


 門兵に銅貨を渡し、町に入った。

 大通りには馬車が行き交い、歩道には人が溢れている。

 この町は交易路が重なる場所で王国内でも重要な場所で、その事は石の壁がぐるりと周囲を囲んでいるからも容易にわかる。

 周囲には危険な場所が少なく、地方ではあるが様々な物品が取り扱われ発展していった。

 人は多いが危険が少ないゆえに冒険者の仕事は少ない。

 むしろ冒険者自体が危険な者の扱いをされていた。


「おいっこっちだ!」


 なぜか仕切っている大男、ゲオルゲの後を着いていく。

 向かう先は懐かしき宿酒場だ。


 ゲオルゲが戸を開けるとガランと音を立てた。

 その音を聞き数人の客が入店者をジロリと見るが、大男の姿を見て興味なさげに視点を戻す。

 そして、その後ろに着いて入った黒のローブの少女とメイドを横目で見て「ん?」と観察をしてくる。


 店内に知っている顔はいなそうだ。

 私を襲うとした男や、執拗に絡んできた女が居ても面倒だが。

 私の思い出の中の、かすかな楽しい思い出のかすかな記憶の顔を思い出し当てはめようとしたが、店内に当てはまる者はいなかった。


「ゲオルゲ、こいつらみんな新人か?」


 店内の男らが発言者の私の様子を盗み見る。


「新人は端にいる若造だけでほとんど一年くらいだな。俺がここを拠点にして二年くらいだ」


「古参は?」


「弱い奴は死んだし、金が出来た奴は王都へ行ったぞ」


 私自身だって一年で王都へ行ったのだから、他の奴らもどこかへ行ったのだろう。


「おうマスター。バダルの奴死んだぞ。ああ、俺が埋めてやったから間違いねえ。だから水姫様の村の復興の依頼の人員追加してくれ。ああそうだ。今度はもっとマシな奴を頼むぜ。あいつら村の祟りにあって死んじまったからな」


 ゲオルゲが酒場のマスターと依頼の話しをつける。

 村の祟りか。概ね間違ってないが、そこは女神の裁きと言ってくれたまえ。


 ところでマスターか。

 マスターは変わってなさそうだな……。

 だとするとバレそうだが、嬉しいやら嬉しくないやら。


「うん? そこにいるのは水影か……何しに戻ってきた……」


 じろりと濁った目で睨んできた。


「まだボケてなかったか」


「覚えているぞ。そんなチビは他にいないからな……」


 ここのマスターは白髪交じりの初老の男だ。口数は少なく人付き合いは悪いが飯は美味い方だ。


「水影……? 水姫じゃないのか? マスターと知り合いなのか?」


「昔ちょっとな」


「ゲオルゲ、こいつにはあまり関わらない方がいい……裏の人間だ……」


「今は真っ当な冒険者だよ」


「ふん……過去は消えるめえ……」


 相変わらず面倒くさいジジイだ。

 その裏の仕事を斡旋したのもあんただろうに。


「ふうん? 水姫様は只者じゃないとは思ってたが、英雄には影があったってわけだな! おーい酒と飯はまだか!」


「でかい声を出すなと言ってるだろう……」


 ゲオルゲのバカでかい声で何もかも筒抜けだ。

 まあそのおかげで店内に居た見知らぬ男達は、初見の私に絡もうとする気は失せたらしい。

 隣では大人しく私の側に控えていた黄金の天使が何やらそわそわしていた。


「どうしたんだ私の天使」


「ペリータ様はこの町で活動していらしたのですね」


 その事が一体どうしたというのだ。


「ペリータ様と一緒に巡れて楽しいです!」


 エルシュがにこっと笑顔を向けた。

 眩しい! 店内でそんなに輝くと眩しいぞ!


「ハッハッハ! それじゃ祝いだな!」


 ゲオルゲは出されたエールを掲げた。

 祝い……なんのだよ。


「おおいみんな! バダルの野郎の追悼だ! それとあいつが死んだから依頼の空きができたぞ! 一番多く呑んだ奴を連れて行ってやる!」


 ガタガタと店内に居た男達もエールを手にして掲げた。

 そうか……そうだ、私はこういうノリが嫌いだったんだなと今更ながらに思った。





「明日には立つか」


 宿の固いベッドでゴロゴロしながら日記を書いているらしいエルシュの背中に話しかけた。


「お早い出立ですね。わたくしは大丈夫ですが、町を見て回らないのですか?」


「寄ってはみたが、マスターに歓迎されてないようだしな」


 長く滞在してもこの町で私を狙っている者に暗殺の依頼が渡されかねない。

 それにすでに私を監視している者がどうやらいる。

 この町に入った時から私の探知魔法で遠巻きに尾行をしてくる動きが変な奴がいた。

 私にバレるくらいだから大したことはないが。


「エルシュの領土……フニャシー領? はもうすぐだったよな」


「はい。街道沿いの次の町からすぐになります」


「楽しみだな」


「はい! 父上と兄上にペリータ様の事を自慢いたします!」


 黄金の天使の笑顔は、私の中に湧き出そうになった闇をキラキラと輝いて消していった。

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