[5-1]彼女はすでに壊れていた
何も感じない。
今思うにあの頃すでに私は壊れていたのだと思う。
しかしそれはいつからだったかわからない程度に蝕まわれていったのだ。
おそらくきっかけは黒い塊と会ってからだ。
冷静に考えると、100年以上存在する生命ですらわからない何かがまともな者ではないのだ。
あの頃から少しずつ、私の中が変化していったように思う。
生命を奪う事、人を殺す事は何も感じなくなっていた。
最初はそうではなかったと思う。しかしそうなっていた。
私の中に少しずつ何かが混じり、溶けていったのだ。
それが黒い塊の目的か、あるいは必然とそうなったか。
私の精神は私の精神だけではなく、池の中に一滴ずつ別の物が入っていたのだ。
ならばして、いつしか私が私でありつつ変化していってもおかしくはない。
あれは一体なんなのか、その存在自体に尋ねてみる。
私の中にもそれが存在するならば、それは答えるだろう。
しかしそれは何も答えない。すでにそれは私であるからだ。
その思考こそが私が私の証左である。
私は農村でちやほやされていたのほほんとしただけの娘だったはずなのだ。
この思考はそれではない。やはりこれはまるで……。
私は思考を止め、目の前の光景を眺めた。
ふむ……どう見ても王都が燃えている。これはあれかなー。一瞬にして帝国にやられちゃったってやつかな。
だってほら、王都が落ちて奴隷商館が無くなったらもう金を払わなくていいじゃん?
そしたら黄金の天使は完全に私のものじゃん? ハッピーエンドじゃん?
そう思ったんだよねー。ははっ。すごくよく燃えてる。
もちろん私の仕業じゃないぞ。水魔法使いだし。火は扱えないし。
まあ頑張れば鎮火もできるだろうけど、そんな依頼は受けてない。この規模を消そうとしたら5日くらい昏睡しそうだし。
でもその間エルシュに看病して貰うのもいいな。私が寝ている間も優しくしてくれるかな。
どうかな? と隣のエルシュに訪ねようとしたが、そこにはエルシュはいなかった。
あれどこいったのかな、私の黄金の天使。
そういえばいつからか、いなくなっていた気がする。
それはいつからだったか。
ちょっとノリで帝国に味方してから?
思わずゴンズを殺して捨ててから?
エルシュの両親に挨拶に行ってから?
その時はまだ居た気がする。
記憶を遡りながら少しずつ思い出してみる。
師匠と会った時から?
ドクンと心がうずく。
そうだ、あの時あの黒い塊はなんと言っていただろうか。
確か……。




