[2-6]新月にかかる虹はどちらも映像表現でお見せすることはできません
師匠のグロ存在注意。
前回までのあらすじ:王国が干ばつになっているのでペリータは故郷に帰省しようと思った。
王都を立ってから三日が経った。エルシュは馬並なので凄いペースで進んでいた。しかもエルシュは道なき道をひょいひょいと進んでいった。問題は私がエルシュ酔いしたことだ。美しさにではない。
日が落ちる前にキャンプの準備を行う。
「まず師匠に会おうと思う」
「ペリータ様のお師匠様ですか! どんなお方なんですか?」
エルシュがキラキラした目で見つめている。エルシュまじ天使。今すぐぎゅってしたい。
「師匠は黒い塊だ。人かどうかもわからない。一応人の言葉を話す」
「えっ……ええ……」
「私は人の周りに魔力のモヤが見えると言っただろう?」
「はい。私の姿は黄金に輝いているとおっしゃられました」
「そうだ。師匠は魔力が濃すぎて私では姿が見えない。さらに色を持たずに黒くてテカテカしているのだ」
「そ、それはウーズなのでは……」
エルシュが恐る恐る尋ねた。
「そうだ。私にはちょうどそのように見える」
「それは……恐ろしいですね……」
「なので本当の姿はわからない」
「なっなるほど……」
さらに二日後、懐かしい森へ入った。
ここへはもう二年以上来ていない。まだ残っているだろうか。
「あの家だ。下ろしてくれ」
「はい」
私は地面に降り立った。家のドアを不躾に開ける。ドアはギィと音立てて開いた。
「師匠。帰りました」
いつもの椅子に座っている黒い塊がぶるんと震えた。
「ああ娘か。月は回っているか」
「またよくわかないこと言ってますよ師匠。言葉を思い出してください」
「姿があれば足りる」
その姿が私には見えないんだって。
「師匠。人を連れてきたのですがいいですか? 禍々しい師匠とは違って黄金に輝く天使のような人ですよ。会ってください」
「ならば太陽か」
太陽。確かに。
「おじゃましま……んぷっおえええええ」
その太陽は外へ駆け出し盛大に吐いた。
黄金の天使の美少女が出会って3秒で即嘔吐がオート発射である。
おいおい一体どんな姿してるんだよ師匠。
すぐさま私は駆け寄りエルシュの背中をさすった。
「大丈夫かエルシュ」
「逃げてくださいペリータ様。私が守ります」
エルシュの手がぷるぷるとしている。
「いや、あれが私の師匠なんだが」
「あれは人間ではありません。腐った肉と骨の塊です」
「えっ……ええ……」
そんななの師匠。というか、実の姿が私視点の見た目とそう大差ないのでは。
モンスターオブザモンスター。
「でも腐卵臭とかしないし、きっと腐ってないよ、うん」
「腐敗は進行するものならば、我はここに留まっている」
「師匠が話すとややこしくなるので家の中で待っていてください」
肉達磨らしい黒い塊の師匠をぐにぐにと押し返す。
「一体……何なんですかあれは……」
「エルシュの評からすると人では無くなった者のようだな」
「わたくしはあれは無理です……げふっぐっ……」
エルシュはまだえずいている。
せっかく師匠に「私の嫁です!」と紹介したかったのに。
しかしどんな姿なのかより一層気になるな……。
「もう少し詳しく観た姿を教えてくれないか」
「思い出すのもきついのですが……わかりました」
まず足は付いているらしい。そうだ。私は足跡でそれを人と判断したのだ。
そして足のもも辺りは皮が無いらしい。そして股の辺りは肉を半分削ぎ落としたようになっているようだ。
あらやだ。無修正で丸見えじゃない。もう師匠ったら年甲斐もなくー。
腸の辺りはぐじゃぐじゃっとして左腕が生えているという。なぜ腹から腕が?
右腕は存在? しているようだ。上半身はもうぐじゃぐじゃっとしててよくわからないらしい。
顔は? 喋ってるのだから口はあるのだろう?
顔は二つあるらしい。なんで二つあるんだよ。どうなってるんだよ師匠。
そして全体的に黒いらしい。なんだ魔力の姿とほぼ同じじゃん師匠。
以上、師匠の本当の姿でした。
「それってつまりグールみたいなものってこと?」
「それが近いと思います」
なんだやっぱり人間じゃないじゃん師匠。そりゃ人がわからない言葉しゃべるし100年以上生きるわ。
「師匠は……平気なんですか……」
私からは黒い塊だし、最初こそは怖かったけど害意はないしぶるんぶるんしてるのはわりとかわいいし?
「慣れた」
「さすがですペリータ様……」
今までで一番の感嘆の声をしていたが、あまりうれしくないな。
「エルシュも慣れてくれ」
「……努力いたします」
うむ努力したまえ。人は見た目で判断してはいかんよ。
「ということで、師匠はとても気持ち悪い見た目をしているようですので、私の嫁と目を合わせないでください」
「あいわかった。嫁か。それはなければあるな」
「それってどういう……?」
「エルシュ。師匠の言葉はわからないものはスルーしていい。腐肉とコミュ障の塊だから」
思わず師匠の姿を見ようとしたエルシュの目を塞ぐ。
黒い塊がずずっと動く。
「良い月だ。明るい」
「今日は新月ですよ師匠」
師匠ははははっと笑いぶるんと震えた。
「娘にはまだ見えぬか」
「まだ人間ですので」
「そうか、ははそうだったか」
師匠はぶるんぶるんしている。初対面の天使にゲロを吐かれたのにいつになく上機嫌のようだ。
私がエルシュにそんなことされたらショックで死んでしまう。あとついでにそれを飲む。
そうかその手があったか! と今更ながら悔やむ。
今度機会があったら急いで手で掬おう。
「酒が欲しい」
「おおう!? 師匠が人間の飲食物を求めるなんて大事件ですよ!」
私の記憶の中では一切記憶にない。
霞とその辺の魔力を吸って生きている生物ではなかったのか。
「我は人……ではないようだな。記憶にはないが」
「そのようですね。グールみたいだそうですよ。本当はグールなんですか?」
「ウーズにグールか……。懐かしい。あれは不味かった」
まさか食ったのかよ。真っ黒になったのはまさかそれが原因かよ。
エルシュが後ろでごそごそしてると思ったら、律儀に袋から酒を取り出していたようだ。
「蒸留酒ならあります」
「知らん酒だ」
「あら師匠ご存知でない。北の方の酒ですね。酒からさらに精製したものとか。火が付くやつもあるようですよ」
「オイルの酒か」
「多分違うと思いますが」
師匠に酒を渡し、私はエルシュの目を塞ぐ。
大丈夫かな腐った肉が分解されないかな。
魔力が薄まって見えるようになったら嫌だな。
「ふむ美味い。貰っていいか」
「どうぞ。師匠が口にしたものなんて汚くて飲めませんので」
黒い塊がぐおんぐおんと回っている。まさか酔ってるのかそれとも大喜びなのか。
「師匠はずっとここにいたのですか? 私のことを待っていたのです?」
「待ってはいない。我は来ていた」
こんな美少女の帰りを経った二年も待てないなんてなんて残念な肉塊だ。
「どこに居たのです?」
「観ていた。外を」
「どうでした?」
「娘のように言うならば、それは黒かった」
「左様ですか」
外の世界は師匠のように魔力が黒くなっていたと。
「それでどうするんです?」
「我が動くのはどうかした後だ」
色々と起こった後の処理ってことね。
「もしかしてそれって干ばつが影響してるのですかね」
「あるいは、いやもしくは。先か、後か」
「どちらが原因か結果かわからないと」
「ならば降らすか」
「そうそう。故郷の村に雨を降らしに行こうと思うんです。エルシュの足なら一日で着きますね。師匠も一緒に来ます?」
目を隠しているエルシュの身体がビクンと震えた。師匠を持つのは嫌らしい。
「あっダメだそうです」
黒い塊がずずっと動いた。
それにしても黒い魔力か。師匠はそういうのがわかるんだな。私は人間限定だけど、師匠はもっと広い範囲で魔力を感じることができるのかもしれない。なんか私の存在もそんな感じで見られている気がする。
「師匠から見てエルシュはどう見えるのです?」
試しに聞いてみた。
「美味しそうだ」
エルシュは一段とビクンと震えた。
「師匠は食べちゃダメです。私が食べるんですから」
「冗談はやめてください……」
「大丈夫エルシュ。私や師匠は冗談を言うタイプじゃない」
私は言うかもしれない。
「大丈夫じゃないですそれ」
ああかわいいエルシュ今すぐにでも食べたい。その前に水魔法で綺麗にしなくちゃ。
「しかし師匠。師匠がしたことは知りませんけど、もう混ざらないと言ってたじゃないですか」
「娘の言う黄金なら興味はある」
「左様ですか。あげませんよ」
私より一回り大きいサイズのエルシュをぐいと引き寄せる。
「我の魔力が戻るかもしれぬ」
「そしたら私も師匠を直視できなくなりますからやめてください。そのままの姿でいてください」
見た目が肉塊と話すのは私も嫌だよ。
そして夜はふけていく。
私は気づいたら意識を失っていた。
起きると師匠は黒い塊が少し薄まった気がする。
もしかして本当に酒が効いてしまったのだろうか……。




