44 残念令嬢とお母様
「え、ルパートとの婚約を白紙撤回させないために私を拐おうとしたの?!」
アガスティア公爵家の執務室で、リリーの驚いた声が響く。
「ああ。どうやらアチラの派閥の一部が何とか婚約の白紙撤回を阻止しようと勝手にやったことらしいが、それでも許される事じゃないからね。隠すと却って危険だから、リリーも知った方が良いと思ってね」
父である公爵が眉を下げてリリーの顔を見ながら、ハッキリとそう口にした。
×××
あの騒ぎから3日経った。
バザー当日、事件の知らせを受けたアガスティア公爵家の動きは早かった。
教会関係者や孤児院の子供達そして参加者達と話す暇もないまま、やって来た護衛騎士達に自邸に連れ去られる様に馬車で帰ってきたのである。
護衛騎士団長の好々爺、エヴァンスも緊張の面持ちで馬車の横に騎乗したまま張り付くように警護をしていた。
その後自邸に着くなり待っていた母に泣きつかれ、兄に纏わりつかれた。父は王都警備兵の詰め所にある留置場に捕まっている主犯3人と彼らの馬の見張りをしていた1人を尋問しているという。
教会のバザーの後始末は残ったアルフィーとシスター達、そして公爵家から派遣された従僕達に任せたままになってしまい、リリーは心苦しかったが今は帰るべきだと皆に説得され渋々帰ってきた。
そしてその翌日、王都警備兵の団長と事務官がやって来てリリーと面会をして帰って行った。
そして今日こそアルフィーのカフェに行くのだと、準備をしていたのだが、『1週間ほど店を休業する』という連絡がアルフィーからあり、少々落ち込んでいたのだ。
そして父に執務室に呼ばれて今に至るのだが、リリーは父の言葉に驚きより怒りを感じた・・・
×××
「許せないわ・・・」
呟きながら書類から顔を上げた女性の名前はオフィーリア・アガスティヤ公爵夫人。
皆様ご存知リリーの母、武門の家系アガスティヤの知る人ぞ知る鬼姫将軍である。
リリーどころかアレクシスでさえ影形もなかった25年前。
隣国との小競合いが悪化する中、敵に周りを囲まれ窮地に陥った愛する第2王子殿下と、ついでに国軍を助け出すために単騎で戦場に乗り込み、鬼気迫る勢いで隣国の軍隊を駆逐。
その後自身と自領の騎馬兵だけで敵将軍を討ち取ったという女傑で狩人で女勇者。
そしてこの国の英雄だ・・・ ああ怖い。
オフィーリアの愛する元第2王子が現国王の弟で彼女の夫でもあるアガスティヤ公爵であり、彼女は心の底から愛している夫にクリソツなリリーを溺愛している。
多分、目の中にリリー本人の身体がウェルカムしても全くのノープロブレムだ。
彼女はリリーがどんな姿だろうがどんな表情だろうがとにかく何をしていようが愛しいのだ。あんまり愛しすぎて可愛くて可愛くて可愛いので、リリーに非常に失礼な事をしでかした第3王子を瞬時にぶん殴る事をなんの躊躇もなく国王の前で実行できる位だ。
まあ、これは兄のアレクシスにも同じことが言えるのだが・・・
仲良しこよしの辺境伯夫人と共に王国の安全と平和を担っているが基本的にガチで家族愛の強い女性であり、言い換えれば夫が王弟だから国も守るし娘や息子がこの国に住んでいるから大人しくしているだけという、基本的にとんでもないジコチューなお方である。
但しリリーに怖がられては生きていけなくなるので、基本彼女の前では猫を大量発生させて体中に貼り付けているので未だに本性はバレていない。
――アレクシスは自分のコピーなので知られても気にしない辺りが大雑把だが。
因みに今の国王一家は彼女を敵に回すと怖いという事を早くから学んでいて、寝た子は起こさない方針を貫いているのを古くからの重鎮は心得ている。
――のだが。
「家庭教師に自己否定感情を植え付けるように情緒操作させた? 第3王子の失言を利用して貴族共に陰口を叩くように誘導した? 私のリリーちゃんを傷モノにして、ルパート以外に娶らせないようにする計画? ・・・だ、と?!」
怒りで片手で持っていた、コーヒーカップが跡形もなく砕け散った。
「どうやってオトシマエつけてもらおうかしら」
オフィーリアの瞳がギラリと光った。
が。
ドアの向こうに人の気配を感じ取ると表情を元に戻したのである。




