第10章 二学期 第345話 剣王試験編ー終章 エピローグ 空を翔ける箒星 ③
「さぁ……もっとあたしを楽しませなさい、ルナティエ……!! あんたはこんなもんじゃないはずでしょう? だって、あんたは……あたしのライバルなんだから!!」
「……ッ!! 当たり前、ですわよ!!」
そう言ってルナティエは地面に突き刺していたレイピアを引き抜いた。
俺はその光景を見て、目を細める。
(ロザレナの成長速度が……俺の想定を遥かに超えている……)
やはり、闘技場の端にできていたあの深い斬撃痕は、ロザレナによるものだったか。
威力が尋常ではなく上がった【覇剣】に、速剣型の歩法【縮地】……か。
俺の想定していた現段階のロザレナの【覇剣】はあそこまで威力が上がったものではなかったし、まだ彼女は【縮地】を発動できるレベルでもなかった。
想定以上に強くなってしまった原因は、間違いなく、ルナティエと戦うまでロザレナが闘気石を外さなかった点だろう。
まさか、【剣王】相手にも闘気石を外すことをしていなかったとは俺も思わなかった。流石に、狂っているにも程がある。下手をしたら、大きな後遺症を残していた可能性もあっただろう。俺がその場にいたら、確実にその行為を止めていた。
(やはり……ロザレナには危ういものがあるな)
あいつは、自分の命を勘定にすらいれていない。
ただ【剣聖】になるためだけに、俺との約束を守るためだけに、身を危険に晒し続けている。
―――――剣に命を賭す者。
これほどまでに、剣士に向いている者もなかなかいないだろう。
少しだけ、複雑だ。
幼少の頃の、冒険者ギルドで泣きじゃくり、俺に引っ付いていたお嬢様とは……どんどんと別人のようになっていくからだ。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ロザレナは咆哮を上げると、大剣を闘技場のタイルの隙間に突き刺して、てこの原理でルナティエへとタイルを弾き飛ばした。
ルナティエは逆手にレイピアを持つと、剣に水を纏い、斬撃を放った。
「【水流・烈風裂波斬】!」
タイルは斬り刻まれ、無数の瓦礫と化す。
そんなルナティエの背後に、【縮地】を発動させたロザレナが姿を現した。
ロザレナは大剣を横振りに放つが、ルナティエは身体を逸らすことで、ギリギリ回避してみせる。
「このっ……!」
ロザレナは連続で大剣を振るが、その攻撃を全て、ルナティエは紙一重で避けてみせた。
「どうして当たんないわけ!? あたし、【縮地】を使えるようになったから、速度はルナティエと同じになったはずでしょう!?」
「貴方が成長したように、わたくしも成長しているんですわよ」
ルナティエはロザレナの隙を見て、足を掛け、彼女をよろめかせる。
「なっ……!?」
「わたくしは、この一か月間、師匠の剣と相対し続けました。剣王想定の剛剣型、速剣型の剣と。そして……その動きの特徴を、粒さに観察してきましたわ。そこで、気付きました。剛剣型は闘気を発動する瞬間の部位を見極めることができれば、攻撃の動作を先んじて読むことができると。速剣型は足を見て歩法の瞬間を見極めれば、攻撃の動作を先んじて読むことができるのだと」
ルナティエは、ロザレナに目掛け、剣を突く。
ロザレナは片足に力を入れて態勢を整えると、その剣を顔を逸らして避けてみせた。
「は……はぁ!? 闘気の発動の瞬間!? そんなの、分かるわけないでしょ!! 闘気を出すのなんて、一瞬じゃない!!」
「わたくしは……その一瞬を見極めるために、剣王試験前の一か月間、 師匠の剣を受け止め続けましたわ。ロザレナさんは、入学時にわたくしと決闘する前に、師匠の上段の剣を受け止め続ける修行をしたんですわよね?」
「まぁ、そうだけど……受け止めることはできなかったけどね」
「わたくしは……受け止めましたわよ?」
「は……? 嘘……でしょう? あの上段の剣を?」
驚きの表情を浮かべるロザレナ。
そして彼女は、後方へと下がり、大剣を上段に構えた。
「だったら―――――避けられないように、消し飛ばしてやるのみよ!!」
ルナティエは剣を腰の鞘へと戻すと、両手に闘気を纏った。
「正しくは……受け止めるではなく、防いでみせた……が、正しい言い方かもしれませんけどね」
ルナティエはそう言って【縮地】を発動させると、敢えて、ロザレナへと間合いを詰める。
「なっ……!!」
驚くロザレナ。
先ほどのあの【覇剣】を見せた後に、不用意に突っ込んでくるとは思わなかったからだろう。
ルナティエは、ロザレナの無防備な腹部に目掛け……掌底を放った。
「【心月無刀流】―――――……一の型、『断崖絶破』ッッッ!!」
腹部に掌底を当てた瞬間、ルナティエは手をグルリと回転させる。
その瞬間、ロザレナの身体もグルリと回転し、吹き飛んで行った。
「くっ……!!」
ロザレナは空中を回転しながら、何とか態勢を整えて地面に剣を突き刺すと「ザザザザザ」と滑っていく。
そして闘技場の隅で何とか止まり、額の汗を拭った。
「な……何なの、今の……!? ヒルデガルトさんに使っていたのを見たときは、ただの格闘術かと思ったけど……あいつ、今、あたしの闘気を利用して吹き飛ばしたんじゃ……!?」
「【水流・烈風裂波斬】!」
ロザレナを闘技場の外へ叩き落そうと、ルナティエは剣を抜いて、水の斬撃を放っていく。
「ちっ……!」
ロザレナは大剣で水の斬撃を弾き飛ばすと、闘技場の隅を走りながら、連続して向かって来る斬撃を消し飛ばしていった。
「威力はないけど、厄介ね……! 遠距離攻撃もできる相手は……!」
「【縮地】」
水の斬撃によって周囲に土煙ができた中、ルナティエは【縮地】を使い、ロザレナの前に姿を現した。
ロザレナは大剣を横薙ぎに振り、ルナティエを斬り刻む。
だが、それは幻影。
背後の土煙から現れたルナティエは、ロザレナに向けて剣を突いた。
―――――――――キィィィィィィィィン。
ルナティエの突いた剣は、寸前で振り返ったロザレナの大剣に止められる。
交差する剣の中。ロザレナは笑みを浮かべて、口を開いた。
「あの時とは……立場が逆転したわね! ルナティエ!」
「ふふっ。『貴方、おしゃべりが好きなのね』、でしたっけ? 懐かしいですわね」
「こんなに戦い辛い相手は初めて!! やっぱり貴方は……あたしのライバルよ、ルナティエ!!!!」
ロザレナは剣に闘気を纏い、ルナティエの剣を弾き飛ばす。
ルナティエはその威力に、苦悶の表情を浮かべ、手首を押さえた。
「っっ……!! 本当に、馬鹿力ですわね、貴方は……っっ!!!!」
ルナティエは右手で剣を構えて、左手に闘気を纏う。
元々、ルナティエは両利きだ。
故に、右手で剣術、左手で格闘術という、器用な手も使える。
しかし、本来――――【心月無刀流】は、剣を持たない者のために作り出された格闘術。
【心月無刀流】は、主に掌底を使って相手の力を流す、柔拳の型。
【心陽残刀流】は、片手に剣を持ち、片手で拳、足技などを使う、剛拳の型。
無刀はそのスタイルから、剣を持って扱うには元来不向きな格闘術だ。
一か月前に俺が教えた【断崖絶破】は、剣を納刀した状態でないと普通は放てない。
そういった理由から、剣士としては不向きな格闘術ではあるのだが……ルナティエは、今、その縛りを乗り越えようとしている。
無刀を、残刀と同じスタイルで使おうとしている。
持前の、器用さを使って。
(やっぱりお前は……努力の天才だよ、ルナティエ)
俺は目を瞑り、一か月前を思い返した。
『……はぁはぁ……!』
地面にレイピアを突き刺して片膝をついたルナティエは、ポタポタと、大量の汗を垂らす。
箒丸を手に持った俺は、そんな彼女に、声を掛けた。
『今日は、お終いですね。段々と私の上段や縮地に対応できるようになってきましたね。流石です。剛剣の見切り、速剣の見切り。ステップ1~2はほぼ完遂できたと言って良いでしょう。次は―――』
『し、師匠……わたくし……これでは、駄目だと……思うのです……』
『ルナティエ?』
ルナティエは顔を上げると、俺に、強い眼差しを向けてきた。
『確かに、わたくしがロザレナさんの攻撃を回避できるようになれば、脅威となると思いますわ……!! ですがそれでは……多分、彼女やグレイレウスを乗り越えることはできない……!! わたくしが十分な強さを得ても、あの二人はさらに先へと行くのですから……!!』
『ルナティエ……』
『わたくしは才能がありませんから、人一倍、努力しないといけないのです!! あの二人が休んでいる間も、新たな武器を見つけて身に付けなければ……わたくしは、あの二人に勝つことが……できない!!!!』
地面に拳を叩きつけて、ルナティエは咆哮を上げた。
ルナティエは、自分の力量を誰よりも理解している。
そして……ロザレナが、自分の想像も何倍も強くなる才能を秘めていることを、理解している。
ロザレナが今の実力のままであると仮定するのならば、このままルナティエが課題をクリアすれば、対等なレベルになるのは間違いない。
だが、ロザレナは戦いを乗り越える度に、実力を飛躍的に伸ばしている。
想定内のトレーニングだけでは、ロザレナには追い付かない。
だからルナティエは、このままでは駄目だと考えているのだろう。
俺は短く息を吐くと、ルナティエに声を掛けた。
『過度な訓練は身を滅ぼすものです。私はそう、何度もグレイを注意してきました』
『ですが、師匠――――――!!』
『……しょうがないです。今回だけですよ?』
『え……?』
『今回だけ、貴方に肩入れしてあげます。皆のトレーニングが終わった後の2時間だけ……貴方の修行を見てあげましょう。ただし、身体の不調などが見つかった場合は、すぐに居残りトレーニングを停止します。良いですね?』
『し、師匠……!!』
泣きそうな表情を浮かべるルナティエ。
俺はそんな彼女に、優しい笑みを見せる。
『ただし、居残りトレーニングは、ステップ3をクリアしてからとなります。ステップ3は……【心月無刀流】の強化……三つの型を覚えていただきます』
『三つの型、ですの?』
『はい。それを習得した後は……貴方が、その型を覚えてどう天才たちに対抗するのか、自分で考えるのです』
『……わたくしが自分で考えた方法で強くなっても、果たしてロザレナさんに……天才たちに届くのでしょうか……?』
『何度も言いましょう。私は、貴方がロザレナお嬢様やグレイレウスに劣るとは考えていません。貴方は、『努力の天才』ルナティエ・アルトリウス・フランシアです。たとえ、三流止まりの天才だとしても、偽物の天才だとしても……その刃は……確実に天才たちへと届く。貴方が証明してやるのです! 努力は、天才を凌駕すると!』
『……っ!!』
『私は、貴方を信頼しています。きっと、私が考えるよりも、上手く技を昇華することができるでしょう。ここから先は……私の力ではなく、貴方の力で、夢を手に入れるのですよ、ルナティエ。勿論、師匠としてバックアップはします。ですが、ロザレナお嬢様を倒すのは貴方の力でなければいけない。いえ……貴方の力でなければ、倒せない』
俺は、力任せに剣を振る、どちらかというとロザレナに近いタイプの剣士だ。
だから……戦闘方法は教えるが、それをどう活かすかは、策略家であるルナティエでなくてはいけない。
もう既に、ルナティエは、自分の戦闘スタイルを導きつつあるのだから。
『……師匠。ひとつ、お聞きしますわ』
ルナティエは涙を指で拭って立ち上がると、俺に、真剣な眼差しを向けてくる。
そして、彼女は口を開いた。
『わたくしは―――――――――に、なれると思いますか?』
俺はその言葉に、頷きを返した。
『勿論ですよ。だって貴方は……私の弟子なのですから』
回想を終え、俺は目を開ける。
そして、ルナティエに向けて、心の中で声を掛けた。
(―――――やれ、ルナティエ。お嬢様に証明してやれ、お前の力を)
「【縮地】!!」
ルナティエは姿を掻き消す。
その瞬間、ロザレナも【縮地】で姿を掻き消した。
闘技場を残像のように駆け回る二人。
そして闘技場の中央でルナティエが姿を現すと、ロザレナも空中で姿を現し、ルナティエに向けて大きく足を上げて……強烈な踵落としを叩き込んだ。
「うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
まるで斧でも振ったかのように落ちてきた踵落としを、ルナティエは寸前で避けてみせる。
その瞬間、闘気を纏ったロザレナの足は闘技場に突き刺さり、闘技場全体に亀裂が入っていった。
「こ、これ以上闘技場を壊さないでいただけると助かります―――――!!」
司会者のそんな悲鳴の声など、聴く耳も持たないのか。
ロザレナは足を地面から抜くと、大剣を構え、剣に闘気を纏う。
「……あたしの攻撃を避けられるのは分かったけど、このままだとあんたはジリ貧よね、ルナティエ。ジェシカみたいな体力モンスターならいざ知らず、あんたはそこまで体力がない。【縮地】を使用する度に息上がっているのは、分かってるわよ? ここから……どうする気なのかしら?」
ロザレナは、ワクワクとした表情を浮かべて、ルナティエに斬りかかる。
実際、お嬢様の言う通り、ルナティエの呼吸は少し乱れてきている。
ルナティエの能力は、基本的に突出したものはなく、全て平凡なもの。
闘気も魔力も体力も、恐らく【剣王】の平均値をやや下回るレベルだろう。
ステータス値だけ見れば、ロザレナと戦える存在ではないことは明白。
だが……ルナティエは持ち前の頭脳と器用さを使って、ロザレナと相対することができている。
体力的に、時間はないが……やれるんだろう? ルナティエ。
「【心月無刀流】、二の型……『流星掌底』!!」
ルナティエは左手を前に出すと、ロザレナが振ろうと握っていた剣の手を……弾いていみせた。
ロザレナは腕を弾かれよろめくが、続けて剣を構え、振り続けた。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「させませんわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
その全てを、掌底で弾いていくルナティエ。
そして、ロザレナが上段に剣を振ろうとした瞬間、ルナティエは、左手の掌底をロザレナの腹部に叩き込んだ。
「【心月無刀流】、一の型……『断崖絶破』!!」
「また、これ……!?」
回転して、吹き飛ばされるロザレナ。
そんな彼女に、ルナティエは【縮地】で追いかけ、剣に水を纏いながら……斬撃を放った。
「【水流・烈風裂波斬】!」
ロザレナは地面に着地して態勢を整えると、腕をクロスして闘気を纏い、初撃の斬撃を防いで見せる。
だが……横から放たれた斬撃に当たり、彼女は、肩を斬り裂かれてしまった。
「15、16、17……!!」
ルナティエは姿を掻き消しては現れ、ロザレナに向けて連続で斬撃を放っていく。
いくら威力の低い【烈風裂波斬】であろうとも、折り重なれば、その威力は上っていく。
通算、30程の斬撃を放った後、土煙の中に立っていたロザレナの身体は、ボロボロになっていた。
「はぁはぁ……! 何よ、これ……! 何で、あたし、攻撃に転じることができないの!?」
「わたくしは……ここで貴方を超えますわ……!! ロザレナさん!!」
「っ!?」
ルナティエは剣に闘気を纏うと、土煙の中、ロザレナの前に現れ、剣を突いてみせた。
だが―――――――――。
「……え?」
ルナティエは驚きの声を溢す。
何故ならロザレナは……ルナティエの突いた剣を左手で握り、止めてみせたからだ。
ロザレナは笑みを浮かべて、頬から流れ落ちる血をペロリと舐める。
「この程度であたしを止められるなんて……思わないことね! ルナティエぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ロザレナは剣ごと、片手でルナティエを空中へと持ち上げた。
「嘘……でしょう?」
「いくらカウンターが上手くても、捕まえればこっちのもんよ!! おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ロザレナはそのまま、剣を振り降ろし、地面へとルナティエを叩きつける。
こうなっては……ロザレナから逃れる術は、ひとつしかない。
三度地面に叩きつけられた後。ルナティエは剣を手放し、起き上がると、【縮地】を発動させてロザレナから距離を取った。
ロザレナは笑みを浮かべて、手に持っているルナティエのレイピアを見つめる。
「この剣を闘技場の外に捨てれば、あんたの敗けは確定よ、ルナティエ。だけど……あたしはもっと、あんたとの戦闘を楽しみたい。これ、返すわ」
そう言って、ロザレナはルナティエの前にレイピアを放り投げる。
ルナティエはそれを拾うと……何故か、自身の剣を闘技の外へと放り投げた。
その光景を見て、ロザレナは目を見開いて、驚いた表情を浮かべる。
「……は? はぁ!? あんた、何を―――」
「……腹が立ちますわね。貴方、このわたくしをまだ対等として見ていないおつもり? 貴方に情けを掛けられる程……わたくしは、落ちぶれていませんわよ!!」
ルナティエはそう言って、ゼェゼェと荒く息を吐きながら、ロザレナを睨み付ける。
その姿を見て、ロザレナは無表情となり、頭を下げた。
「ごめん。あたし、自分が楽しみたいばかりに、あんたのことを蔑ろにしていたわ。だって、あたし……こんなに楽しいの、久しぶりなんだもの……! あんたはやっぱりあたしの……最高のライバルよ、ルナティエ……!!」
ロザレナは大剣を構えると、【縮地】を発動させて、ルナティエへと襲い掛かる。
ルナティエは『流星掌底』を使って、何とかロザレナの攻撃をいなしていくが……剣という最大の武器を失った彼女に、攻撃手段は無くなり……最早残されているのは、カウンターで相手の攻撃をいなすしかできない、殺傷能力が低い【心月無刀流】と、【縮地】、妨害属性魔法の【ファントムベイト】のみとなっていた。
ルナティエの弱点、それは……高火力の技がない、小手先の技だけ、という点だろう。
ロザレナは笑みを浮かべながら、ルナティエを斬り続ける。
ルナティエの体力も少なくなってきたのか、徐々に、攻撃を防ぐことができなくなり……身体中に浅い傷が産まれていった。
その光景を見て、ハインラインはため息を吐く。
「残念だが……勝敗は決まったな」
「そうだね。あの子もよく頑張ったよ」
ジャストラムも、そう言って、目を伏せる。
「あぁぁぁぁぁぁ!! 我が愛しきルナティエが、あんなにボロボロに……!! もうやめるのだぁ!! 見ていられんんんんっっっ!!!!」
観客席で頭を抱えて発狂するルーベンス。
だが俺は、ルナティエから目を離すことはしなかった。
ただ、彼女の背中をじっと見つめていた。
「終わりよ、ルナティエ!!」
ロザレナはそう言って、大振りに剣を振った。
寸前で後方に飛んで避けたものの……ルナティエは、肩から左脇にかけて斬られ、その場に片膝をついてしまった。
「あたしの勝ちよ。潔くリタイアしなさい、ルナティエ」
ロザレナはそう言って、ルナティエの頭に剣の切っ先を向けるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ルナティエ 視点》
―――――――わたくしは、今まで、たくさんの人たちに敗けてきました。
『ルナティエ。貴方には、剣士としての才能がありません』
地面に横たわる幼いわたくしに、お婆様は、はっきりと残酷な現実を突きつけてくる。
そんなこと、最初から分かっていましたわよ……キュリエールお婆様。
ですがわたくしは、諦めたくなかったのです。
こんなわたくしにだって、どうしても叶えたい夢がありましたから……。
わたくしは、拳に力を入れ、立ち上がる。
『……ルナちゃん。これではっきりと分かったでしょう? 才能の無い者はいくら頑張っても上へいくことはできないのです。クスクス……努力すれば夢が叶う? 諦めなければ夢が叶う? そんなものは夢を叶えた才能のある勝者が語る幻です。敗者の言葉は、歴史に残る意味がないのですから。常に世に言葉を残すことができるのは、才能を持っている強者のみ。剣術も魔法も身体能力も平均値の貴方が、上へ行くことは絶対にあり得ませんよ』
場面が変わり、リューヌとの決闘に敗けた、幼い自分の姿が脳裏に映る。
幼いわたくしは、ボロボロと涙を流しながら地面に跪く。
悔しくて仕方が無かった。自分には夢があるのに、何でわたくしはこんなにも弱いのだろう。夢を叶えられない、才能のないこの身体を強く恨んだ。
……諦めれば楽になれることは、分かっている。
この手の中にある剣を手放せば、わたくしは、楽になれる。
だけど、わたくしは、諦めることはできなかった。
膝に力を入れ、何度でも、立ち上がる。
『……ルナティエ様、また、夜通し剣の素振りをなさっているみたいですよ?』
『次期当主はリューヌ様に決まっているのに、本当、見ていて痛々しくなるわね』
フランシアのメイドたちに何を言われようとも、わたくしは目に涙を貯めて、必死に剣を振り続けた。
いつか、この努力が報われると信じて。
だけど―――――――神様は残酷だった。
『ど、どうして……わたくしが……黒狼クラスの級長じゃありませんの……?』
学園に入学して、掲示されたクラス発表の張り紙を見てみると……級長の座に、わたくしの名前が書かれていなかった。
級長の名には……レティキュラータス家の息女の名前が書かれていた。
わたくしは、神にも、見放されてしまったのだった。
だからわたくしは、彼女から級長の座を奪おうと、そう決めたのです。
『わたくし、ルナティエ・アルトリウス・フランシアは、ここにロザレナ・ウェス・レティキュラータスへ手袋を投げることを誓います。そして、《騎士たちの夜典》の開催を、ここに宣言しますわっ!!!!』
そう言って、わたくしは入学早々、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスに決闘を申し込みました。
すると、ロザレナさんはメイドに止められながらもこう言葉を返してきた。
『アネット、黙っていなさい。これは主人であるあたしが決めたことよ。級長の座なんて未だに良く分かっていないし、正直どうでもいいのだけれど……あたしは、ここで退いてはいけない気がするの。ここで逃げたりしたら【剣聖】になんて、絶対になることができない。この道を進む以上、あたしは、挑まれた戦いから逃げたりはしない』
その言葉に、わたくしは一瞬真顔になった後、思わず吹き出してしまった。
『プッ! クスクス、オーホッホッホッホッホッホッ!!!! け、【剣聖】、ですって? 貴方、今、【剣聖】になる、なんて言ったのですか? あ、頭は正気ですかっ? ぷふっ、まさか違法ドラッグでも服用してはいませんわよね? 貴方!!』
わたくしの言葉に釣られ、取り巻きのアリスたちも声を上げる。
『あの方、実力も分からずに不相応な発言をする辺り、級長には相応しくないわね。やはりルナティエ様こそがこのクラスの級長に相応しい御方!』
『そうですね、私もそう思います、アリス様。王政から爪つま弾はじきにされた格落ちのレティキュラータス家の者の癖に、栄えあるフランシア家のルナティエ様に逆らうなんて、ちょっと頭が高いんじゃないんですか?』
『本当、レティキュラータスのお里の程度が知れますわぁ』
そんな嘲笑の声が、彼女に向けられる。
ですが、ロザレナさんのその目は……一切、揺らいでいませんでした。
彼女はわたくしが幼い頃に見ていた、けれど一言も口にすることができなかった夢を、その場で言い切ってみせた。
その在り方は、メイドたちに何を言われようとも剣を振り続けた、わたくしと似ていると―――――そう思いました。
あの子は、わたくしと同じ、夢を持っていた。
「貴方の敗因、それはあたしたちを――――――舐めたことだッッッ!!!!」
《騎士たちの夜典》の決闘の場。ロザレナさんが上段に剣を振った瞬間、剣が折れ、わたくしはゆっくりと後方に倒れ伏していく。
また、敗けた。わたくしはいったい、何度敗ければ良いのだろう。
いったいどれだけ挑み続ければ、わたくしは、才能という壁を超えられるのだろう。
気絶しそうになった間際、わたくしの前に立つロザレナさんの姿が目に入る。
その目は、ここではない何処かを見つめていた。強い信念が宿る瞳。
彼女には、見えているのだ。自分の夢の果てにあるものを。
【剣聖】になる、か……わたくしだって……わたくしだって―――――!!!!
『わたくし、おとうさまのようなしきかんにもなりたいですし、おばあさまのようなけんしんにもなりたいですわ! ですけど、わたくしは、おふたりをもこえるけんしに、あの、けんしのちょうてんに―――――――』
子供の頃の夢。一度しか口にしたことのない夢。
その夢を打ち明けたら、祖母はこう言葉を返してきた。
『なれるわけがありません』……と。
ですが、師匠は……師匠は、違いました。
『師匠。わたくしは――――――【剣聖】に、なれると思いますか?』
数日前の修行の時。わたくしは何気なく、そんな質問を師匠に投げてみました。
すると師匠は、わたくしのその言葉にコクリと頷きを返し……口を開きました。
『勿論ですよ。だって貴方は……私の弟子なのですから』……と。
「わたくしだって……【剣聖】に、なりたいですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
回想を終え、わたくしはそう叫ぶと―――――差し向けられた剣を手で弾いて起き上がり、ロザレナさんの間合いへと入る。
「ロザレナさん! わたくしは、堂々と夢を語る貴方の姿に、嫉妬した!! そして、気付かされた!! 自分の本当の願いにッッ!!」
「ルナティエ!?」
「貴方はきっといつか【剣聖】になるでしょう!! わたくしは貴方のことを誰よりも認めています!! 貴方は、絶対に【剣聖】になる女……ですが――――――【剣聖】になった貴方を倒すのは、このわたくしです!!!! 真の天才である貴方を倒すのは……このルナティエ・アルトリウス・フランシアですわ!!!!」
わたくしは力強く足を一歩前に踏み出し、両手に闘気を纏う。
「【心月無刀流】――――二の型、『流星掌底』!」
わたくしは、ロザレナさんの剣を振る手に掌底を当て、払いのけていく。
そして、身体を捻らせ、回し蹴りを放った。
ロザレナさんは腕に闘気を纏い、防御する。
足が彼女の腕に当たった瞬間、わたくしの足の骨にヒビが入ったような嫌な感触を覚えましたが……その痛みを無視して、わたくしは続けて、ロザレナさんに攻撃を続けていきます。
その姿を見て……ロザレナさんは咆哮を上げました。
「いくらあんたが攻撃したところで……剛剣型のあたしの闘気を超えられるわけが、ないでしょうが!!!!」
そう咆哮を上げた瞬間、ビリビリとした闘気が発せられ、わたくしの身体に響いてくる。
分かっていますわよ、そんなことは……!!
ですがお生憎様。わたくしの中に、諦めるという文字は無いんですのよ……!!
どんな絶望的な状況でも、活路を見出す! それがわたくしの戦い方!
ロザレナさんは、わたくしに目掛け剣を振ってくる。
わたくしは両手に闘気を纏いながら、恐れずに前へと踏み出した。
「【心月無刀流】――――三の型、『燕返し』!!」
ロザレナさんがわたくしに剣を振った、その瞬間。
わたくしは、ロザレナさんの剣を、真剣白刃取りで止めてみせた。
「は……? 嘘でしょ? 何で、闘気を纏った剛剣型の剣をあんたが止められるのよ……ルナティエ……?」
「【心月無刀流】は基本的に、相手の闘気を利用してカウンターする技ですわ!! 『燕返し』はかなりタイミングが難しい技ですが、手のひらと相手の闘気の波長を合わせることにより、闘気の流れを相殺することも可能です……!! そして……!」
わたくしは白刃取りした大剣を捻り、剣ごとロザレナさんを……地面に叩きつけた。
ロザレナさんの手から離れる大剣。わたくしはその剣を、闘技場の外へと放り捨てる。
「はぁはぁ……これで、条件はイーブン、ですわ!! わたくしは……どんな泥試合になろうともけっして諦めませんわよ!! ロザレナさん!!」
そう叫んで、わたくしは跳躍すると……倒れているロザレナさんに目掛けて、闘気を纏った足を振り降ろした。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ッ!!」
ロザレナさんは寸前で顔を逸らして回避し、即座に起き上がると、バク転をして後方へと下がっていった。
ロザレナさんが先ほどまで倒れていた場所に、わたくしの足が叩きつけられる。
その瞬間、タイルに亀裂が走った。
わたくしは、ロザレナさんへと視線を向ける。
彼女は軽やかに着地した後……「ふぅ」と大きく息を吐き、わたくしに笑顔を見せてきた。
「……当然、知ってるわよ。あんたが諦めの悪いことは」
「え?」
「だからあたしは……あんたを早めにリタイアさせたかったの。追い詰められたあんたが厄介なことは、理解していたから。まったく、本当に厄介だわ。まさか、あの状態からあたしの剣を奪うとはね。流石だわ」
そう言ってロザレナさんはやれやれと肩を竦めると……両手の拳に闘気を纏った。
「それじゃあ……この先は、最後まで立っていた方の勝ちってことで良いわよね、ルナティエ。ここからは、剣も何も関係のない、ただの泥臭い殴り合いよ」
「ええ。望むところですわ……!!」
「言っておくけど……容赦なんかしないから。どうなっても知らないわよ?」
「手加減なんてしてみなさい。わたくしは貴方を一生……許しませんわよ!!」
わたくしとロザレナさんはお互いに笑みを浮かべて睨み合う。
彼女とわたくしは、出会うことを約束された、運命のライバル同士。
わたくしの夢、それは、才能の無い者でも剣の頂に立てるのだと証明すること。
そして――――――いずれ剣聖となる少女、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスという真の天才に、一矢報いること!!
「行くわよ、ルナティエぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「行きますわよ、ロザレナさん―――――――――ッッッ!!!!!」
わたくしたちは同時に咆哮を上げ、突進して行く。
そして、同時に【縮地】を発動させ闘技場の中央に立つと―――――お互いの頬へ向けて拳を放った。
「「まずは一発!!!!」」
わたくしたちはそう口を揃えて、殴り合う。
「ぐはぁっ!?」「ぐぎゃあ、ですわ!?」
わたくしたちは悲鳴を上げ、よろめきつつも……何とか足を踏ん張り、口の端から血を流しながら、拳を構える。
「いったいのよ、このドリル女ぁぁぁぁぁ!!」
「どんだけ馬鹿力ですのよ、このゴリラ女ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
お互いに拳を放ち、殴り合いながら、わたくしたちは同時に声を張り上げる。
「【剣聖】になるのは、このあたしよ!!!!」
「【剣聖】になるのは、このわたくしですわ!!!!」
そして、そこから……わたくしとロザレナさんの、泥臭い殴り合い劇場が始まったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ロザレナとルナティエは、お互いに激しく殴り合っていく。
いや……ロザレナが一方的にダメージを与えていると言った方が正しいか。
ルナティエは相手の攻撃を【心月無刀流】で防ぐことができるとは言っても、剛剣型であるロザレナに対して攻撃手段を持たない。ルナティエの闘気の拳がロザレナに通ることはなく……防戦一方を強いられてしまうのは免れないだろう。
平均値のオールラウンダーが剛剣型の天才に挑む。剣の知見があれば、誰もが無謀と思う戦いだろうな。
だけど……この場にいる者で、ルナティエを馬鹿にする人間はいない。
ルナティエは、今、本気で―――才能の差というものに、立ち向かっているからだ。その気迫は、見る者の心に伝わっているはずだ。
「あの娘……! 頑張るのじゃぞ……!」
拳をギュッと握り、ルナティエを応援するハインライン。
そんな彼に対して、ジャストラムは肩を竦めた。
「……はっきり言って、見ていて痛々しくなる。あの子に剣を教えた師匠は、あの子を追い詰めているだけ。残酷すぎる」
「ジャストラム! 何を言うか! お前さんにはあの娘の本気が――」
「……だけど、ああいう剣士が一人くらいいても良いと、ジャストラムさんはそう思う。あの子は……すごい。誰もが諦めるであろう状況の中、必死に、活路を探している。まるで、アーノイックの『折れぬ剣の祈り』が、擬人化したような子」
「フッ……そうじゃのう。不思議な光景じゃわい。アーノイックの剣士としての才能はロザレナという娘が受け継ぎ、アーノイックの剣士としての在り方は、ルナティエという娘に受け継がれているようじゃ。あやつらからは……何処か、アーノイックの面影を感じるのう……」
俺は内心でドキリとしつつも、闘技場の上で殴り合う二人の弟子を見つめる。
そうだな……あいつら二人は、俺の中にある自分を二分割したような二人だな。
ロザレナとルナティエ、か。
出会った頃から犬猿の仲で、いつも喧嘩ばかりしていたが、内心ではお互いを誰よりも認めていることを、俺はよく知っている。
ロザレナは本気でルナティエを自分の生涯のライバルだと思っているし、ルナティエもロザレナを自分が倒す最大の敵だと考えている。
俺の……愛すべき大切な弟子の二人だ。
俺は二人とも【剣聖】の座に至るに相応しい素養を持つ、剣士だと思っている。
「頑張れ、二人とも」
師としては……二人を応援するだけだ。
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《ルナティエ 視点》
「くっ! とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
わたくしは血だらけになりながらも、ロザレナさんへと拳を放っていく。
しかし、その拳を、ロザレナさんは闘気を纏った腕で難なく防いでみせた。
その腕は、一切のダメージを負っていない。
マリーランドで一緒に修行をした時は、まだ、わたくしの拳で痣くらいはできていたというのに……もう、わたくしの闘気では、ロザレナさんにダメージを与えることすらできていない。
強い……強すぎる……。貴方はいったい、どこまで強くなるというのですか、ロザレナさん……?
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その時。ロザレナさんが、わたくしに向かって、膝蹴りを放ってきた。
【心月無刀流】で防ごうとしましたが……間に合わず。
膝蹴りをダイレクトに顎に喰らったわたくしは、そのまま吹き飛ばされ、地面に倒れてしまいました。
「おぉっと!! 【剣王】ルナティエ、ノックアウトです! カウントを開始します! 10! 9! 8!」
起き上がろうとしましたが……上手く、身体に力が入りません。
何で……どうして、ですの……!!
わたくしは……ロザレナさんを超えなければいけないというのに……!!
わたくしが絶望した、その瞬間。
大きな声が、耳に入ってきました。
「何やってんだぁ、クソドリルぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
顔を動かし、声が聞こえてきた方向に目をやると……入り口に松葉杖を持った、包帯グルグル巻きのアルファルドが立っていました。
アルファルドはゼェゼェと荒く息を吐きながら、再度、開口します。
「立て!! 立ちやがれ!! 立って、天才に一泡吹かせてやれ!! てめぇはそんなところで諦めるような奴じゃねぇだろ!! 仮にもオレ様の上に立つ女が、情けねぇところ見せてんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」
わたくしはニヤリと笑みを浮かべ……痛む身体を無理矢理起こし、立ち上がりました。
「はぁはぁ……従者の癖に、生意気ですのよ。当然ですわ。わたくしを誰だと思っていますの……!!」
わたくしは額から流れる血を腕で拭い、目の前に立つロザレナさんを睨み付けます。
するとロザレナさんは……心底ワクワクしているかのような、楽し気な笑みを浮かべました。
「やっぱり、立つわよね。あんたはそうよね、ルナティエ。分かっていたわ」
「ゼェゼェ……わたくしは……貴方という天才に勝つのですわ……!! そのために、これまで努力してきたのですから……!!」
「何を言っているのよ。天才はあんたの方でしょう? あたしが今まで戦ってきた剣士の中で、ここまで追いつめられたのはあんたが初めてよ。あたしは……ずっとあんたを凄い奴だと思って、警戒していた。全ての型も使用できて、格闘術や魔法もできて、頭も良い。こんなにすごい奴、見たことが無いわ」
何を言っているんですの……すごいのは、貴方の方でしょうが……。
わたくしが天才? いったい何処を見てそう思ったんですの、このお馬鹿さん。
入学の時と変わらず、今も、貴方に手も足も出ていないでしょうが……。
「ルナティエ。やっぱりあたしの最大のライバルは、あんたよ。あんたは、本当にすごい奴だわ。だから―――――」
ロザレナさんの雰囲気が変わる。
そして彼女は……全身にとてつもない量の闘気を纏ってみせた。
「だから、全力で、貴方に勝つわ」
ロザレナさんが闘気を纏った瞬間、周囲に暴風が吹き荒れる。
そして、次の瞬間……ロザレナさんは全身の闘気を拳に集約させて、薄い膜のような状態へ変化させた。
(なんですの……これ、は……!!)
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ロザレナさんは【縮地】を発動させて間合いを詰めると、わたくしの頬を殴り飛ばしてきた。
そのとてつもない威力に、わたくしは、一気に後方へと吹き飛ばされる。
「かはっ!」
地面に背中を打ち付け何度か跳ねた後、血を吐き出しながら何とか態勢を整えた、その時。
既に、ロザレナさんが跳躍し、わたくしの前に来ていた。
その光景を確認したわたくしは、即座に闘気を纏った左手を前へと突き出した。
「【心月無刀流】……二の型、『流星掌底』!!!!」
ロザレナさんが放ってきた拳を、掌底で何とか受け流す。
しかし、拳が手のひらに当たった瞬間、わたくしの手でビリビリと痛んでしまった。
「これ、は……!!!!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ロザレナさんの蹴りが、容赦なくわたくしの腹部に叩き込まれる。
吹き飛ばされたわたくしは、膝をつき、地面に倒れ伏してしまう。
「またしてもダウンです! 10! 9―――――」
「倒れてなんて……やりませんわぁ!!!!」
すぐに起き上がる。それが分かっていたと言わんばかりに、起き上がったわたくしの顔面に目掛け……膝蹴りが放たれた。
その瞬間、鼻が折れ、血がドバドバと流れ落ちて行く。
わたくしはまたしても膝をつき、地面に倒れてしまった。
「ダウンです! 10! 9! 8――――」
「ま……まだまだ、です、わ……!!」
わたくしは拳を握りしめ、起き上がる。
すると、観客席から、お父様の声が聞こえてきました。
「ルナティエ!! もう良い!! リタイアしろ!! そのままでは、お前が―――」
「黙っていてくださいまし、お父様!! わたくしは、『今』、戦わなければいけないのです!! 今、全力で夢のために戦わなければ、わたくしは絶対に後悔をする……!! わたくしは……絶対に諦めませんわ!! 天才に届く、その日まで!!」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
わたくしが起き上がった瞬間、ロザレナさんが再び、拳を放ってくる。
もう、身体が動きません。全身が痛い。今すぐ気絶してしまいそう。
だけど……意識を手放すわけには、いかない。諦めてたまるものですか!!
わたくしは、向かってきたその拳を、額で受け止めました。
額に拳が当たった瞬間、周囲に衝撃波が舞い、地面に亀裂が走ります。
とてつもなく痛かったですが……わたくしは歯を食いしばり、咆哮を上げました。
「わたくしが今まで、何度……敗けてきたと思っているんですの……ッ!! 何度……立ち上がってきたと思っているんですの……ッ!! これくらいの痛み、何ともありませんわッッッ!!」
わたくしはロザレナさんの腹部に手を当て、クルリと回転させる。
「【心月無刀流】、一の型……『断崖絶破』!!」
ロザレナさんは回転し、後方へと吹き飛ばされていきます。
恐らく……次が、最後の攻撃……!!
もう、体力に余裕はありません。
わたくしの全てを―――この拳に賭ける……!!
「ロザレナさん!! 喰らいなさい!!!!!」
「ルナティエ!!!!」
ロザレナさんも起き上がると、拳を構える。
そして―――――――――わたくしはロザレナさんの腹部を殴り付け、ロザレナさんはわたくしの頬を殴り付けた。
何度も『断崖絶破』を腹部に叩き込んできましたから……お腹にダメージは、蓄積しているはず……故に、わたくしの闘気も、通りやすくなっているはず、です、わ……。
わたくしとロザレナさんは同時に血を吐き出し、同時に地面に膝をつく。
そして、同時に、闘技場の上へと横たわったのでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「おぉぉぉぉぉーっと、同時ににダウンだ―――っ!! 果たして、この勝負、引き分けとなるのか!? 10! 9! 8――――」
カウントが始まっても、二人は起き上がらない。
「7! 6――――――」
その時。ルナティエの身体がピクリと動いた。
観客席や剣神、剣王たちが、「おぉぉぉ!」と歓声を上げる。
「動け……動け、動け、動け……!!!!」
ルナティエはそう、か細い声で何度も呟く。
だが、ルナティエが起き上がることは、ない。
「5! 4! 3――――――」
「はぁはぁ……!!」
その時。苦悶の表情を浮かべ、ある人物が起き上がった。
それは―――――――――――――――――ロザレナだった。
「2! 1! 0―――――――――――――勝者、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス―――――――――――――――ッ!!」
「そ、そんな……何で……何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
泣き声を上げるルナティエ。
その顔は……涙で塗れていた。
ロザレナは腹部を撫でながら、ルナティエに声を掛ける。
「ルナティエ……あんたはやっぱり……すごい奴、だわ……あたしの一番のライバルは、やっぱり……あんた、よ……」
ロザレナはそう言って、再び、地面に倒れ伏した。
俺は深く息を吐き出し、心の中でルナティエに声を掛ける。
(……ルナティエ。悔しいだろうが……確実に、お前の刃はロザレナに届いていたぞ。お前はこの勝利を今までの敗北と同じと重ねるのだろうが、それは違う。この敗北は……勝利への一歩目だ)
そう心の中で呟いた後。俺は、空に浮かぶ星々を見つめた。
―――――――――――――――『黄金』でもなく、『銀』の『聖剣』でもない。
無限の可能性、無限の色が宿る剣。
無限に色があり、そこに、明確な色は存在しない。
だからこそ……その剣は多くの可能性を秘め、多くの人を魅了していく。
俺はお前を――――――――――――【色彩剣】と名付けよう。ルナティエ。
成長するごとに色鮮やかになっていくその色彩は、いつか天才をも超えると、願いを込めて。




