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第10章 剣王試験

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第10章 二学期 第336話 剣王試験編ー終章 空を翔ける箒星⑦ あたしは、剣聖になるわ





《ロザレナ 視点》




「いいぜ。お望み通り、殺し合うとしよう、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。お前は……俺の飢えを満たすに等しい、獲物だ」


 そう言って、キリシュタットは剣を構えた。


 多分、キリシュタットも、こう思っているだろう。


 あたしと彼は―――――とてもよく似ていると。


 あたしはの原点は、欲する心。


 幼少の頃。病室のベッドで、あたしは剣聖アーノイック・ブルシュトロームの伝記を抱きながら、窓を見つめて手を伸ばし続けた。


 自由が欲しい。伝説の剣聖のように、何者も恐れず、傍若無人に好きなように生きたいと。


 キリシュタットの飽くなき野心は、あたしに通じるものがある。








《キリシュタット 視点》



 

 ロザレナは右手だけで大剣を上段に構える。


 きっと、奴も気付いているだろう。


 俺たちは―――――とてもよく似ていると。


 俺の原点は、果てなき飢え。


 幼少の頃。俺は剣聖アーノイック・ブルシュトロームの伝記を胸に抱き、ベッドの上で、止まらない涎を垂らしながら窓の外を見つめて手を伸ばし続けた。


 この飢えを満たす何かが欲しい。全てを手に入れることのできる、力が欲しい。


 ロザレナの飽くなき野心は、俺に通じるものがある。



 ―――――――恐らく、俺たちは……。


 

 





《ロザレナ 視点》



 ――――――――恐らく、あたしたちは……。



「始まりを同じくする、ぶつかるべくしてぶつかった、同族!」

「始まりを同じくする、ぶつかるべくしてぶつかった、同族!」


 そう叫ぶのと同時に、キリシュタットが足を前に踏み出し、あたしに襲いかかってくる。


 ―――――――ヒュン。迷いなく、あたしの顔に目掛けて刀が突かれる。


 あたしは顔を横に逸らし、その剣を間一髪で避けてみせた。


 恐らく、あの剣が顔に当たれば、あたしは終わるだろう。


 キリシュタットは自身の能力を筋力を奪う力だと言っていたが、あれは謂わば、相手を飢餓状態にする能力だとあたしは考えている。


 最初に右脚を浅く斬られた時、あたしは、強い喉の渇きを覚えた。


 次に左手を斬られた時は、さらに強い空腹感を覚えた。


 斬られるごとに身体はどんどん肉を失い、「飢え」ていく。


 じゃあ、顔を斬られ、脳に栄養が回らなかったら……あたしはどうなってしまうのだろうか?


 考えられる答えとしては、今以上に飢え、冷静ではいられなくなるだろうということだ。


(顔だけは……何としてでも、死守しなければいけない。いえ、顔だけではなく、左脚も守らなきゃ、立っていられなくなるわね。剣を持てなくなると考えたら、右手も、か)


 ようするに、もうこれ以上、あいつに何処も斬られてはいけないということ。


 改めて考えると、何て凶悪な能力なのだろう。


 【飢餓の加護】。一撃必殺も良いところだ。


「ヒィィィィィィイイイアッ!!!!」


 キリシュタットは、連続して、あたしに目掛けて刀を突いてくる。


 あたしはその刀を全て最小限の動きで、身体を逸らすことで、避けてみせた。


 そして、その後。あたしはキリシュタットの刀に大剣を当て、キィンと、弾いた。


 「だあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」 


 あたしは咆哮を上げると、大剣を地面に叩きつけ、その反動で宙へと跳躍した。


 そして右手を上段に構え、大剣に闘気を纏い、眼下にいるキリシュタットへと向けて振り降ろす。


「【覇け―――――」


「シャアッ!!!!」


 キリシュタットは深く前へ踏み込むと、跳躍し、あたしの大剣を弾いてくる。


 そして瞳孔を開きながら、あたしに目掛け、膝蹴りを放ってきた。


 あたしは腹部に闘気を纏い、それを難なく腹で受け止める。


 しかし、威力を殺しきれず、吹き飛ばされてしまった。


 あたしは空中で旋回した後、着地と同時に大剣を地面に突き刺して着地をする。 


「休憩する暇など、与えねぇよ!!!!」


 すると、即座に、キリシュタットがあたしに目掛けて走って来る。


 彼は跳躍すると、あたしの頭上へと、剣を振り落とした。


「【絶牙】!」


 あたしは、それを横に逸れることで、回避することに成功する。


 だが――――――キリシュタットが地面に刀を叩きつけた瞬間、闘技場に紫色の斬撃が走り……闘技場に、端から端まで亀裂が走った。


 一見すると、あたしの【覇剣】やジェシカの【気合い斬り】のような、闘気を纏ったただの斬撃に見える。


 しかし、斬撃を受けた箇所が……()に代わっていた。


 恐らく先ほどの斬撃に当たると、全てが、飢えて枯れていくのだろう。


 こうして見ると、何だか……あいつの使う【飢餓の加護】は、あたしの使う闇属性魔法に近い能力のように思える。


 生命エネルギーを奪って自分のものにする、という点が、闇属性魔法とは違う点かもしれないけど。


 あたしはその光景を見た後、キリシュタットに向けて、大剣を上段に構える。


「【覇け――――」


「間抜けがッ!」


 キリシュタットは【縮地】を発動させて、姿を掻き消す。


 あたしの目じゃ、どこに移動したのかが分からない。


 けれど……背後から悪寒を感じたあたしは、本能で、しゃがみ込んだ。


「【絶牙】!!」


 あたしの背後から、剣が横薙ぎに振られる。


 頭上を通り過ぎて行く刀。


 あたしはしゃがんだことで、その斬撃を回避してみせた。


 だが、しゃがんだ隙に、今度は蹴りが飛んでくる。


 頬を蹴られたあたしは、血を吐き出し、後方へと吹き飛ばされるが……何とか態勢を整え、大剣を構えた。


「一本足で、よく耐えてみせているが……少しでも気を抜いてみろ! すぐにテメェは飢えて死ぬぜ!! ヒィィィィィィヤアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」


 キリシュタットは叫び声を上げながら、あたしに、連続して剣を振ってくる。


 あたしは笑みを浮かべて、その剣戟を、大剣で全て防いでいった。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!!」

「あははははははははははははははははははははッッッッ!!!!!!」


 お互いに笑い声を上げながら、剣を振り合う。


 一瞬でも気を抜いて、身体を斬られれば、即ゲームオーバー。


 だけど、あたしはキリシュタットの剣の軌道を全て目で追い、剣を防いでみせた。


 30程の斬撃を防いだ後。


 あたしは、キリシュタットにできた唯一の隙を、見つける。


(来た、大振り……!)


 前へ大きく足を踏み出し、キリシュタットの大振りの上段の剣を、大剣を全力で振って強く弾いてみせた。


 キィィィィンと音が鳴った後。キリシュタットはその威力に、体勢を崩す。


 あたしはその隙を見逃さず、キリシュタットの義手を―――――斬り落とした。


「なっ……!?」


 落ちていく義手と、その手に握られている刀。


 あたしはそのまま大剣を上段に構えると、キリシュタットへと向かって、跳躍する。


「【覇剣】!!」


「【縮地】!!」


 あたしが剣を振り降ろした瞬間、キリシュタットは落ちいく義手を蹴り上げ、その手の中にあった刀を右手に持つと、【縮地】を発動させて姿を掻き消す。


 その瞬間、あたしが放った【覇剣】は闘技場の床を割り―――――観客席へと向かって飛んで行く。


「馬鹿……!」


「何をやっているんですの、ロザレナさん!?」


 グレイレウスとルナティエのそんな悲鳴の声が聞こえてくる。


 だけど、大丈夫。ちゃんと……【覇剣】を放った箇所は計算できている。


 あたしが放った【覇剣】はまっすぐと、観客席の手前にある、剣神たちが座っている席へと飛んでいく。


 その光景を見て、ジェシカのお爺ちゃん……ハインライン・ロックベルトは、ため息を吐いて、席を立った。


「……生意気な娘じゃ。剣神を利用しようとするとはのう」

 

 ハインラインは飛んできた【覇剣】に対して剣を抜くこともなく、蹴りだけで、上空へと弾き飛ばした。


 軌道を変えて空へと飛んでいった【覇剣】は、遥か上空で爆発音を鳴らし、煙を巻き上げる。


 あたしはその光景を確認した後、横を通って行った影を目で追い……即座に、右横に向けて大剣を横にして構えた。


 すると、大剣に向けて、刀が振るわれる。


 交差する大剣と刀。あたしとキリシュタットはお互いに、ニヤリと、笑みを浮かべた。


「イカれているなぁ、お前……! 剣神ごと観客に向けてあの斬撃を放つとはな! 観客がどうなろうともどうでも良かったのか!?」


「フフッ、あはははははははは!! これで、あんたは片腕を失ったわ!! お揃いになったわね? 気分はどうかしら?」


「ハッ! 最高の気分だぜ!!」


「なら、足も斬り落として……完全に一緒にしてあげる!!!!」


 あたしは刀を弾くと、キリシュタットの頭に目掛け頭突きを放つ。


「かはっ!?」


「あはははははははははははははははははははは!!!!」


 あたしは、鼻血を流しているキリシュタットの足に目掛けて、大剣を横薙ぎに放つ。


 キリシュタットは即座に跳躍して避けてみせたが……足のつま先を斬られ、親指と中指が、地面に転がっていった。


 あたしはその光景を見て、目を細める。


「惜しい」


「ッ!? 野郎……!!!!」


 キリシュタットは苦悶の表情を浮かべたまま着地すると、刀を構えて、姿を掻き消した。


「【縮地】!」


「……」


 あたしすぐに高速で動く()を目で追いかけて――――背後を振り返り、大剣を振った。


 その瞬間、肩を斬られたキリシュタットが姿を現し、彼は驚いた表情を浮かべて後方へと飛び退いた。


「お前……まさか……【縮地】が……見えている、のか……?」


「さて、ね。適当に振っているだけかもしれないわよ?」


「いや、お前は見えている。ここに至るまで、お前は俺の【縮地】を全て、剣で防いでみせた。まさか、お前……そんな馬鹿げた闘気を持ちながら、速剣型の世界に……足を踏み入れつつ、あるの、か……? 純粋な剛剣型じゃなかったのか? お前……?」


 完全に目で追えているわけではない。


 だけど、何となく、キリシュタットの速度に慣れつつある自分がいる。


 ……楽しい。


 徐々に、動きが理解できているし、徐々に、闘気が増えている。


 本来、大剣は両手で持つものだから、右手で使うのはかなり大変だけれど……闘気石を付けている利き手の右手だからこそ、良い特訓になっているみたいね。


「戦いの中で成長している、というわけか。闘気石を外さないことと言い……ムカツクな、お前。剣王の座を賭ける戦いすらも、己の糧にする場だとでも思っていやがるのか?」


「だから、最初から言っているじゃない。あたしが目指す境地は、剣聖だと。あんた……剣聖を目指すとか言っておきながら、剣王の座に何でそんな執着を持っているの? そんなに剣王って……すごいものなのかしら?」


 あたしのその発言に、キリシュタットは、眉間に皺を寄せる。


「俺は、何年も、この座に座って時機を見ていたんだ。俺が師から教わったことは、獲物を狩る時は、確実に殺せる時に狙えという言葉だ。お前みたいに青臭い理想論を語っている馬鹿じゃ、上にはいけねぇ。安心しろ。俺は巡礼の儀が始まったらすぐに……ヴィンセント・フォン・バルトシュタインを殺して上に行く。この座ともおさらばだ」


「まったく理解できない話ね。あたしが師から教わったことは、剣士とは、最後まで諦めずに剣を離さなかった者のみが勝利するということよ。殺せる時に殺す? 勝てると分かっている戦いに挑んで、何が楽しいというの? 戦いというのは……自分よりも遥かに強い相手に挑み、追いかけ続ける方が、楽しいのではないのかしら!!」


「そんな狂った根性論こそ、まったく理解できない話だな!! 良いか? 俺の下に付かなかった時点で、てめぇの夢はここで終わりなんだよ!! 俺はここでてめぇを喰らい、剣神となり、上に行く!!!! 全ては、己の飢えを満たすために!!!! あの日夢見た……最強の座に上り詰めるために!!!!」


 キリシュタットは刀に闘気を纏うと、それを高速で降ってくる。


「【絶牙】!!」

 

 あたしに向かってくる斬撃。


 あたしは深く息を吐き出すと……静かに口を開いた。


「……息苦しい。あんたが描く世界は、息苦しくて仕方ない。まるで、物心付いた頃から暮らしていた、あの病室みたい」


「世界を創れるのは、支配者の特権だ!! 強者こそが、この世界を牛耳ることができるんだよ!! 過去、俺はクズどもに良いようにされてきたが……今度は俺が全てを支配する番なんだ!!!! 弱者は喰われるためにある!! それが、この世の摂理だッ!!」


「つまらないわね」


 あたしはそう言って大剣を構える。


 前から、ひとつ、気になっていたことがあった。


 それは、アネットやリトリシアは……圧倒的な闘気を持っているにも関わらず、あたしやジェシカのように、炎のような揺らめく闘気を纏っていなかったこと。


 あの二人は、薄い膜のような……波一つ立たない静かな闘気を纏っているが、その闘気の量は見た目とは裏腹にとてつもない質量が宿っていた。


 以前、ジェシカの道場でリトリシアに喧嘩を売った時。


 彼女は、とてつもない闘気を纏っていたはずなのに、薄い膜のような闘気だけで、あたしが放った剣を傷一つなく首だけで受け止めてみせた。


 あれは……どうやってやっているんだろう?


 何で、あの二人は、闘気をあんなふうに操作したのだろう?


(もしかして、闘気を圧縮すると……通常よりも硬度が増す、ということなのかしら?)


 剣を己の一部として認識する。右手に持っている大剣に、闘気をかき集めて纏う。


 その瞬間、ボウッと、炎のような闘気が大剣に宿った。


 これはいつもの、あたしが纏う闘気。


 あの二人が使っていたのは、この段階じゃない。


 あたしはその闘気を圧縮して……できる限り薄くして、大剣の周囲にコーティングしてみる。


 静かに。ただ冷静に。心を落ち着かせて、闘気を操作する。


 闘気の表面を、波立たせないように。


 ……これ、かな? これが、あの二人がやっていた、闘気操作?


「これが、てめぇのくだらねぇ夢の末路だ。飢えて死ね!! ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!」


 あたしに向かって飛んでくる【絶牙】。


 頭の中に想像をするのは、居合斬りをする、アネットの姿。


 あたしはその斬撃に向けて、大剣を振り、闘気の圧のみで切り裂いてみせた。


「なっ!?」


 驚きの声を上げるキリシュタット。


 圧縮した闘気の剣閃は、斬撃を切り裂きながら、キリシュタットへと向けて飛んでいく。


 彼は自分に向かって飛んできた闘気の刃を、身体を逸らして、避けてみせた。


 その瞬間、彼は、頬から血を噴き出しながら、驚きの表情を浮かべる。


「なっ……なん……だ? 今の高速の剣は……? 一歩動作が遅れていたら、身体が真っ二つになっていたぞ……!?」


 キリシュタットがそう口にするのと同時に、剣聖・剣神たちの席から、悲鳴のような声が上がった。


「ふざけないでくださいッッッ!!!! 貴方がそれを……使えるはずがないッッッッッッ!!!!!!!!」


 振り返ると、そこには、席を立っているリトリシアの姿があった。


 リトリシアは憤怒の表情を浮かべながら、再度、開口する。


「それは……その技は……っ!!!!」


「リトリシア。落ち着け。あれはまだ……【閃光剣】には至っておらん。速度も全く足りていないし、居合いの型ではない。ただ、闘気を圧縮して飛ばしてみせただけじゃ」


「ですが……闘気を圧縮できるのは、現存する剣士では、貴方や私くらいで……!」


「ワシの若い頃は闘気圧縮できる剛剣型などたくさんおったぞ。故に……アーノイック亡き後、貧弱な剣士しか産まれなかったこの時代が、変わりつつある、ということじゃ。新しい時代が、すぐそこに来ているということじゃ」


「新しい時代……?」


「そうだ。黄金時代と呼ばれた、ワシやジャストラム、そして、アーノイックの時代が……終わりに近付いているということじゃ」


「認めない!!!!」


 リトリシアは、あたしのことを睨み付けてくる。


「お父さんの時代が、終わる……? そんなこと、私は絶対に認めない。そんなことを認めてしまったら、お父さんの……アーノイック・ブルシュトロームの記憶が、人々の中から消えていってしまう!! 私は絶対に認めない!!」


 あたしとリトリシアは、お互いに視線を交わし、睨み合う。


 そしてあたしは前を向くと、笑みを浮かべ、背後にいるリトリシアに声を掛けた。



「……ようやく―――――見えてきたわね。頂の姿が! 待っていなさい、リトリシア・ブルシュトローム! 必ず貴方の座を……あたしが奪ってあげるんだから!」



「勝ったつもりで話してんじゃねぇぞ……ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!」


 キリシュタットが咆哮を上げて、あたしに向かって走って来る。


 あたしは闘気を圧縮した剣閃を、キリシュタットへと向けて放った。


 キリシュタットは横に逸れてその剣閃を避けてみせるが……完全に避けることができていないのか、太腿が斬られ、宙に血が舞っていた。


 しかし、彼は、走る足を止めない。


 ギラギラと目を輝かせながら、飢えた狼のような顔をして、走って来る。


 その目にあるのは、あたしという獲物の姿しかない。


 あたしも目を輝かせて、笑みを浮かべて、キリシュタットの元へと走って行く。


「あははははははははははははははははははははははははは!!!!!」


 これより始まるのは、飢えた獣と強欲な獣の殺し合い。


 欲する者同士の、喰らい合い。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ロ、ロザレナの手足があんなことに……! は、早く決闘を止めましょう、あなた!」


 ロザレナの母、ナレッサは、夫であるエルジオにそう声を掛ける。


 エルジオは闘技場の上に立つ娘の惨状を見て、コクリと頷いた。


「正式な決闘の場を取りやめるなど、難しいかもしれないが……流石にこの状況は看過できないな……! でないと、あの子はもっとひどい目に……!」


 席を立とうとしたエルジオとナレッサに、ロザレナの祖母、先代当主であるメアリーは、手で制した。


「待ちなさい。あの子の戦いを止めるきならば、許しませんよ」


「で、ですが、母上! あれは流石に……!」


「あれこそが、本物の剣士の戦いですよ、エルジオ。死を覚悟していなければ、到底、剣王になんてなれるわけない。そして今、貴方たち夫婦がやろうとしていることは、あの子の覚悟に泥を塗る行為です。ロザレナの目を見なさい。あの子は……諦めてなどいませんよ」


「母上! ロザレナはまだ、十五歳なのですよ!? 覚悟よりも、命の方が……!」


「エルジオ。座りなさい。でなければ私が貴方を斬ります」


「……っ!! 母上……!!」


「貴方はあの子が騎士学校に通うことを、最終的には了承した。ならば、今はあの子の覚悟を見届けなさい。あの子は本気で……剣聖になろうとしているのですから」


「……わかり……ました……」


 そう口にして、エルジオとナレッサは着席する。


 メアリーはそんな二人から視線を外すと、闘技場にいるロザレナを見下ろし、笑みを浮かべた。


「剣王になりなさい、ロザレナ。貴方の夢は、あの時、中庭で語った夢は……その先にあるのでしょう?」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





《キリシュタット 視点》




 宙に血を撒き上げながら、ロザレナと斬り合いをする。


 もっとも、これは奴の血じゃない。全部、俺の血だ。


 俺は全てを捨てて、ゴーヴェンに頭を下げてまで、この呪われた加護の力を最強の武器として使いこなせるようになったというのに……何故、一撃もあいつに加えることができやしねぇんだ?


 あの女は左腕と右脚がやせ細り、飢餓状態に陥っているはずだ。


 それなのに、何故、あの女は常に俺の一歩先を行く?


 何故、全力で戦わない? 何故、ギリギリのところで戦う?


 ……分かっている。この女の顔を見たら、答えなんて書いてある。


 こいつは……ロザレナ・ウェス・レティキュラータスは……この戦いを、純粋に、楽しんで(・・・・)いやがるんだ。


 さっきの発言からして、こいつが一瞬で終わる戦いを好むはずがない。


 格上の相手と戦い、相手の技術を吸収して成長していくことに、この女は愉しみを見出している。


 生粋の戦闘狂。それが、この女の正体。


「あはははははははははははははははははははははははははは!!!!!」


「化け物が……!」


 喉が渇く。腹が減る。


 幼い頃。ベッドの上で、窓に映る太陽に向けて手を伸ばした。


 奈落の底で、空を飛ぶ鳥に向けて手を伸ばした。


 左腕を斬られ、地面に横たわりながら、雨が降る暗い空に向けて右手を伸ばした。


 何をどうしても、届くことがない。


 俺は、アーノイック・ブルシュトロームのような英雄の存在に憧れた。

 

 この地獄の中。彼のような存在がいてくれたらと、切に願った。


 だけど英雄なんてものはいない。俺を救ってくれる者などいない。


 剣聖や剣神なんて、名ばかりだ。全ての人を救える英雄なんかじゃない。


 自分自身を救えるのは、自分だけだ。



『……君の考えは正しい、キリシュタット・フォン・オルベルフ』



 脳裏に、ゴーヴェンに弟子入りした時の光景が、思い起こされる。


 暗い騎士団長室の中。


 ゴーヴェンは机の上で手を組み、椅子に座る俺に笑みを浮かべる。


『自分の身は、自分で守るしかない。その通りだ。この世界に、女神も、正義の味方も、何処にもいない。神に祈っても、大切な人は無慈悲に残酷に殺されるだろう。英雄を求めても、夜盗によって村は焼かれるであろう。平等など、どこにもない。どれだけ文明が進もうとも、人間社会にあるのは喰うか食われるか、原始的な食物連鎖だけだ』


『……聖騎士団長である貴方が、そんなことを言っても良いのですか?』


『聖騎士団長であるからこそだよ、キリシュタット。いつの世も、平和というのは武力があってこそ、だ。騎士という武力を以って、初めて、国の法律は動く。この先どれだけ文明が発達しようともそれは変わらない。新たな兵器を以ってして、人間の本能を制御し、統治するだけだ。騎士とは、そういった防衛装置にすぎない。人間の暴力的な本能は、それを上回る武力で統治するしかないのだ』


『……』


『……さて。本題だな。君は、私の弟子になりたいのだったな? キリシュタットよ』


『……はい』


『その目を見て、話をして、よく分かった。君と私はよく似ている。英雄に憧れ、英雄に裏切られたその姿など、特にな。私は君を気に入ったよ。弟子にしてやっても良い。ただ―――――』


 そう言って目を細めると、ゴーヴェンは冷たい表情を浮かべた。


『お前の大切なものを私に差し出せ。お前はまだ……完成(・・)には至っていない。まだ、こちら側に来てはいない』


『は……? 大切な……もの?』


 俺は首を傾げ、再度、口を開く。


『金品、でしょうか? それなら、払える限りで―――――』


『違う。お前の最も大切なものは金などではない。私の前で、嘘は通用しない』


 俺はゴクリと唾を呑み込んだ。


 大切なものと言われて頭に思い浮かんだのは、俺を奈落の王と慕いついてきてくれた五人の部下と、上層で酒場を営んでいた年上の恋人だった。


 そんな俺の答えなど分かっているかのように、ゴーヴェンの冷たい目が俺を射貫いていた。


 本能で理解した。この男に、嘘は点けないと。


『ほ、他のものでは―――――――!』


『駄目だ』


『お願いします、彼らは俺の大事な――――――』


『駄目だ』


 そう言って、ゴーヴェンは短く息を吐く。


『お前の目にはまだ、輝きがある。本当に大事なものを失って初めて、強者は強者足り得る。アーノイック・ブルシュトロームもそうだったであろう? かの英雄は、娼婦であった育ての親を失って初めて、力を覚醒させた。何も失っていない者に、力は宿らない』


『……ッ!!』


 彼のその言葉は、まるで俺を、アーノイック・ブルシュトロームのような存在に創り上げようと……実験でもしようとしているかのような口ぶりだった。


 逡巡する。


 目の前には力がある。だが、力を手に入れれば、仲間を失うことになる。


 簡単に、選択することなど、できなかった。


『選べ。夢を追い求めて再び走り始めるか、それとも情のために全てを捨てるのか。見てみろ、お前の腕を』


 俺は、失った左腕を見つめる。


 その瞬間、喉が渇き、腹が減った。ダラダラと、涎が溢れ出てくる。


『お前は、このまま何も成し得ないまま、朽ち果てるのか? お前は今まで何のために生きてきた? それを思い返してみるが良い』


 俺が今まで足掻いてきたのは、この地獄のような渇きから逃れるためだ。


 恐らく夢を諦めれば、幼少の頃のような苦しみの中へと堕ちていくだろう。


 それだけは……嫌だった。


 結局、自分を救えるのは、自分しかいない。英雄など、何処にもいないのだから。


 何も捨てれないものに、力は宿らない。


 俺は前を向くと――――コクリと、頷いた。


『お望みならば』





 翌日。俺はアジトに訪れ、五人の部下たちを拘束した。


 レイニー、グラスル、エンシスティア、ブレイト、バロック。


 彼らは一切の反抗もなく、縄で縛られて、俺の前で跪いた。


 俺はそんな彼らに向けて、口を開く。


『どうした? 何か言いたいことでもあるんじゃないのか?』


 最後に、恨み言でも聞いてやろうと思ったが、彼らの反応は意外なものだった。


『我らの命を使い、奈落の王が上へと上り詰められるのならば……本能です。ですが、お約束してください、我が王キリシュタットよ。必ず、頂点へと君臨してください。貴方が求める、頂点へ。それが奈落で生きてきた我らの願いです』


『おま、え、ら……』


 一瞬、覚悟が揺らぎそうになった。


 このまま全員を逃がしてゴーヴェンを欺こうなどと、口にしかけた。


 そんな俺を見て、部下の中で一番年齢が上のレイニーは、笑みを浮かべる。


『迷いはもう、捨てられよ。奈落の底で、飢えを満たすためだけに他者を喰らい続ける貴方様に憧れて、私たちは配下となった。我らの血肉を使って……先へと進まれよ!! 奈落の王キリシュタット!!!!!』


 俺は涙を堪えて……後からやってきたゴーヴェンの配下の騎士たちに、彼らを引き渡した。



 王都端にあるチンピラが集まる酒場。


 そこで働いている19歳の女……ルーシーが、俺の女だった。


 俺は、奈落の掃き溜めで元娼婦をやっていたあいつを身請けして、恋人にした。


 自由階級となったあいつは、憧れだった酒場の店主となり、日々を楽しんでいた。


 俺はいつもの調子で、酒場へと入る。


 すると、客へと麦酒の入ったジョッキ運んでいたルーシーが俺の姿に気付き、駆け寄ってきた。


『キリシュタット!』


 そばかすの付いた愛らしい顔で、ニコリと微笑みを浮かべるルーシー。


 その顔を見て、胸がすごく痛んだ。


 だって、俺は、夢のためにこいつも……悪魔に捧げなければいけないからだ。


『キリシュタット、聞いて聞いて! 貴方に話したいことがあったの!』


『店の裏でも良いか……?』


『え、うん。分かったー』


 俺はルーシーを連れて、店の裏手に入る。


 するとルーシーが俺に抱き着き、口を開いた。


『私ね、赤ちゃん……できたみたい……』


『……は?』


『えへへ。キリシュタットはまだ15歳だから、お父さんになるには早い年齢かもしれないけれど……でも、いいよね。ね、キリシュタット。私は貴方に身請けしてもらってから、すっごく幸せだったよ。貴方は、弱者を救うことができる素敵な人。きっと貴方みたいな人が、キリシュタットが憧れていた英雄様みたいな人に、なるんじゃないかな』


 やめろ。やめてくれ。


『ね、キリシュタット。腕を失ってしまったんだから……もう、危ないことはやめて、二人で酒場を経営して生きて行こうよ。マフィアも、剣候の称号も、全部捨てよう? それで、私と、この子で―――――――』


 彼女には手を出さないでくれ。


 そう、もう一人の俺が闇の中で口にしたが……【飢餓の加護】は、許さなかった。


 喉が……乾いた。


『む、り、だ……』


『え?』


『俺はもう……決めてしまったんだ……。全てを捨てでも……修羅になってでも、剣聖の座に上り詰めてやると……!! この世界に英雄がいないのならば、この俺が……英雄になってやるとッッッ!!!!』

 

 俺はルーシーの首に手刀を当て、気絶させる。


 意識を失う間際、ルーシーは『どうして……?』と口にして、地面に倒れ伏した。


 その後、ゴーヴェンの部下の聖騎士にルーシーを引き渡した後。


 俺は雨の中、両手を広げて、街の中を歩いて行った。


『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! 全て、全て、失った!!!! 腕も、部下も、恋人も、子供も!!!! これが真なる絶望か!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!』


 もし、腕を失った、あの時。


 俺の傍に英雄アーノイック・ブルシュトロームがいてくれたのなら。


 俺は、このような選択を選ばずに済んだのだろうか?


 それとも今と変わらず、悪魔に魂を売ってでも、剣聖を目指し続けようとしただろうか?


 ―――――――――今更、そんなたられば話などどうでも良い。


 英雄などいない。何処にも。


 ならば……俺が、英雄になってやろう!!!!


 この世は力こそが全て!!!! 強者にしか、言はない!!!!


 この飢えを満たすためだけに、俺は、剣を振り続ける!!!!


『そうだ……俺は、アーノイック・ブルシュトロームと同じ道を歩んでいるんだ……奈落に捨てられ、愛する人をこの手で殺した……そうして、俺は、ゴーヴェンの脚本の元で、奴が国の支配者となった時、闇の剣聖としてこの国に君臨するのだろう……。この選択を選んだ以上、俺は進み続けなければならない……そうなんだろう? レイニー、グラスル、エンシスティア、ブレイト、バロック……ルーシー……あは、あははははは、みんな、みんな、俺が殺したんだ……!』


 そう呟いて、俺はフラフラとした足取りで、闇の中を歩いて行った。


 もう――――――戻ることはできない。




 ―――――――回想を終え、今に戻る。


 目の前にいるのは、相変わらず俺に向けて剣を振ってきているロザレナ・ウェス・レティキュラータスの姿。


 まさか、この俺が本家の娘にここまで追いつめてくるとは、思いもしなかった。


 確かにあいつはこの俺によく似ている。


 夢のためならば、何だって捨てる覚悟を、奴は持っている。


 だが……根本的な何かが、奴と俺とでは異なっている。


 それは……恐らく、師の存在だろう。


 俺はゴーヴェンの弟子となったことに後悔はない。


 あの男の考え方には、深く共感する部分が多いからだ。


 だが、恐らく、俺は……ロザレナの師に会ったら、強い嫌悪感を覚えることだろう。


 ロザレナの青臭い部分や、夢を語る時の目付き、諦めの悪いところなど、奴が師から影響を受けた部分だと思われる。


 正直言って、あの女のそういうところを見ていると、反吐が出る。


 この世には、抗えない現実ってものがあるのだ。


 青臭い理想論だけじゃ、上に行くことはできない。


 似ている部分もあるが、相反している部分もある。


 それが、俺とロザレナ・ウェス・レティキュラータスの立ち位置だろう。


「お前は剣聖になって、何をする、ロザレナぁ!!!!」


 俺は剣を振り、大剣にぶつける。


 するとロザレナは不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。


「最強の剣士との約束を果たす! あの日見た背中を乗り越える!」


「意味が分からないなぁ! 剣聖になって、最強の剣士との約束を果たすだぁ!? そんなくだらねぇ夢に、全てを捨ててきた俺が、負けるはずねぇだろうがよぉ!!」


「だったら、あんたは剣聖になって、何を目指しているの!?」


「俺は、頂点に立ち、真の英雄となる!!!! 伝記の中にいる偽物じゃない、本物にだ!!!!」


 俺のその言葉に、ロザレナは剣を弾くと、俺の間合いへと入ってくる。


「真の英雄? 何それ。英雄って、自分でなるものじゃないのよ? 周囲から認められて、その名で呼ばれた人間だけが、英雄になれるのよ。貴方は……果たして、英雄に相応しい人生を生きてきているのかしら?」


 右腕が斬られる。その瞬間、傷口から血が噴き出した。


(こいつ……速度が、上がって――――――)


「あたしは、英雄なんて目指していないわ! あたしが目指しているのは……英雄を倒す剣よ!!!!」


 今度は、胸が斬られる。


 続いて、足の甲が斬られる、首元が斬られる、鎖骨が斬られる、腹部が斬られる―――――――――。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 咆哮を上げて、ロザレナは連続して、俺の身体を斬り刻んできた。


 早い……早すぎる……最初とは、速度が、まったく違う……!


 どうしてだ! こいつは、満身創痍のはずだろう!?


 どうして……どんどんと強くなっていく!?


 どうして……俺はこいつに一撃も加えることができない!?


「俺は……全てを捨てたんだ!! 今度は俺が勝つ番だろうがよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 俺は大ダメージ覚悟で、足を前へと踏み出す。


 そして……ロザレナの右腕に、剣を放った。


 すると、ロザレナが、目の前から姿を掻き消した。


「なっ……【縮地】……!?」


 即座に、背後を振り返る。


 すると、ロザレナが、俺に目掛けて剣を振り降ろした。


 再び交差する剣。


 だが、じりじりと、俺は後方へと押しやられてしまう。


「ど、どこに、こんな力が……!? お前、飢えているはずだろ……!?」


「あたしは、あんたをここで倒して、いつか必ず剣聖になるわ!!」


「ふざけんじゃねぇ!! お前みたいなただのガキが!! この俺を超えられるはずがッッ……!!」


「あたしは……ここであんたを超えていく!!!!」


 剣を弾かれた瞬間、俺は風圧によって、吹き飛ばされる。


 そして闘技場のギリギリの際で踏みとどまると、すぐに前を向いた。


 そこには……跳躍して、上段に剣を構える、ロザレナの姿があった。


「あたしは、剣聖になる女よ!!!!」


「剣聖になるのは、この俺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 闘気を纏い、空中を飛ぶロザレナに向けて斬撃を放つ。


「【絶牙】ァ!!!!」


 その瞬間、ロザレナの右腕に斬撃が当たり、そこから血が噴き出した。


「勝った!! 間抜けが!! 片足だけで空中を跳べば、宙の上で斬撃を避けることはできねぇだろうが!! これでお前の右腕は終わりだ!! 俺の剣王座は守られ―――」


 ……違和感を覚える。


 ロザレナの顔に、一切の、焦りを感じられない。


 それは、何故か。


 時がスローモーションのように、ゆっくりと動いていく。


 ロザレナの腕は、確実に、徐々にやせ細っていっている。

 

 【餓狼の加護】が働いたのだ。俺の勝ちは揺るがない。


 では、何故、ロザレナの目は、じっと、俺を見つめているのか。


「……あ」


 理解した。あいつは端から、この一撃で、勝負を決める気だったのだ。


 あいつは止まりはしない。今更腕がやせ細ることに恐れなど抱かない。


 奴には最初から、死ぬ覚悟などできている。


 ――――――その時。俺の目に、何かが入ってきた。


 それは……斬られたベルトと、備え付けられた闘気石だった。


(そう、か……俺は……闘気石のベルトを斬って、しまったの……か……)


 ロザレナは上段に剣を構えたまま跳躍し……そして奴は、腕が完全に細くなる前に……俺に目掛けて、上段の剣を振り降ろした。




「――――――――――――――――――【覇剣】!!!!」


 


 俺は即座に刀に全力の闘気を纏い、構える。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! この身がどうなろうとも良いッッ!! 【飢餓の加護】ぉ!! 俺の身体を喰らいやがれッッ!! その代わり――――――あの女の剣技を何が何でも止めやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!! 【絶牙】ァァァァァァァァ!!!!!!」


 刀を横薙ぎに振り、斬撃を飛ばす。


 その瞬間、俺の右腕が、徐々にやせ細っていった。


 【飢餓の加護】を全開で宿した【絶牙】。その効果範囲は、通常の【絶牙】よりも上だ。つまり……自分自身にも効果があるということ。


 これは、奴が俺を仕留めきるか、それとも奴と俺の身体がどちらが先に朽ち果てるかの勝負……!!


 これは、どちらが剣王の座に立つか――――――いや、どちらが、剣聖を目指すに相応しい器か、決めるための戦い!!!!


 どちらが捕食者側か、決める戦い!!!!


「負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 全てを捨てた俺こそが、最強の剣王だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 とてつもない大きさの斬撃が、俺の【絶牙】と衝突する。


 その瞬間、重い衝撃波が周囲に響き渡り、刀を持つ俺の右腕がビリビリと痛んだ。


 全身の傷口から血が噴き出す。もう限界だと、身体が悲鳴を上げている。

 

 敗けるわけにはいかない。


 俺は……全てを捨ててまで、この座に辿り着いたんだ!!!!


 全ては、己の渇きを満たすため!! 真の英雄になるため!!


 俺はここまで、生きてきたんだ!!!!


 王は、この俺だッッッ!!!!!


「俺が、俺こそが……剣聖に……!!!!」


 じりじりと奥へと追いやられて、足のかかとが、闘技場の角へと追いやられる。


 とてつもない威力の斬撃……!! これが、あの女の真の実力か……!!


 その斬撃は、観客席を全て吹き飛ばすほどの大きさだった。


「なん、だ、これは……っ!! 剣王ですらない奴が、こんな闘気を持って良いはずが……!!」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「ぐっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 やせ細っていった右腕が、ぐにゃりと折れ曲がる。


 だが俺は体重を全て賭けて、刀を必死に支えた。


「こんな、ところで……こんなところで、この俺が……!!」


「とりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「負ける、わけ、には……!! 俺は、あいつらの死を無駄にしないためにも、剣聖、に……!!」


「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 その瞬間、刀が真っ二つに折れ……視界の全てが真っ白になった。


 その光景を見て、俺は、引き攣った笑みを浮かべる。


「おいおい……うそ……だろ? これが俺の末路だっていうのか……?」


 まぁ、事故とは言え、最後の闘気石を外させたのは上出来だったか、と、俺の中のもう一人が自嘲する。


 そして、それと同時に、ひとつの確信を得た。


「俺は……………もしかして…………ついていく人間を間違ったのか…………?」


 本質が似ていた、俺とロザレナの違い。


 それは、道を示した、異なった思想を持つ師の存在。


 まぁ、今更、後悔なんてしないぜ。これが俺の選んだ道だ。


 後悔なんてしたら……奴らに顔向けができない。


「……すげぇな……お前。今はそんなことしか言えないぜ。今は、ただ、剣士としてお前に賛辞を贈ることしかできない……ロザレナ・ウェス・レティキュラータス」


 俺は懐から葉巻を取り出すと、それを口に咥えた。


「お前の勝ちだ」


 そう口にした瞬間、俺は、斬撃によって吹き飛ばされた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






《ロザレナ 視点》





「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 あたしが覇剣を放った瞬間、闘技場が爆発し、キリシュタットが闘技場の外へと吹き飛んでいった。


 そしてあいつは建物の方へと高く飛んで行き……二階の壁へと激突して、壁を破り、建物の中へと吹き飛んで行った。


「はぁはぁ……!! や、った……!! うぐっ!!」


 あたしはそのまま落下して――――――地面に腹部をぶつけて横たわる。


 身体全体が重い。全ての闘気を使いきった感覚がする。


 左腕を見てみると、飢餓状態が治り、いつもの見慣れたあたしの腕に戻っていた。


 足も……見えないけど、多分、治ってる。


 キリシュタットが気絶したから、加護の効果が解けたんだ。


「これで……あたし……剣王になれたのよ、ね?」


 ヨーゼフの方へと顔を向ける。


 しかし彼は、闘技場の外で、ある一点を見つめて固まっていた。


 観客たちも同様に、固まっていた。


 何事かと、前方へと視線を向けてみる。


 何故か、そこから先にあったはずの闘技場が……無くなっていた。


 それだけじゃない。剣を振り降ろした場所に、底が見えない大きな穴が空いていた。


 なにこれ? どういうこと?


 って……そっか。あたしが……消し飛ばしたんだ。


「あははは……闘技場消し飛ばしてしまって、ごめんなさい」


「―――――――――し、勝者! ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!! あ、新たな剣王の誕生ですッッッッッ!!! 新たな時代の幕開けです!!!!!!」


 ヨーゼフがそう口にしても、観客席は静まり返ったまま。


 グレイレウスやルナティエの時とは異なり、ただただ会場内は、静寂に包まれていた。


「か……怪物……! アーノイック・ブルシュトロームの再来……!」


 そんな、何処かの老人の声が聞こえたような……気がした。


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