第10章 二学期 第329話 剣王試験編ー㊼ お前たちはやってはいけないことをした
よぉ。俺の名前は、ヨーゼフ・ドルジス。
称号持ちの剣士同士の決闘を取り仕切るよう、代々お上から『決闘人』って仕事を任されている、しがない人間さ。これでも聖騎士団直属の公務員って奴だ。
今回は剣王ルクス様のご命令で、直々に剣王試験の司会者兼審判役を任されて、俺はここにいる。
正直、この剣王試験、俺が想像していたよりもものすごい剣士たちが集まっていて、観客席は大盛り上がりしている。こんな光景、数年は見たことねぇ。
ここだけの話だが、最近の剣士たちの戦い……剣鬼や剣候の戦いっていうのは、どいつもこいつもつまらねーもんばっかりだ。
何でかって? 最近の称号持ちの決闘というのは、大体、八百長ばっかりなんだよ。
簡単に説明するとだな。下位の称号持ちの剣士たちは、常に自分が追い落とされないか、下を見てビクビクしているんだ。
だから剣鬼や剣候は、自分より上の称号を持つ剣士――剣王で最も権力を持つキリシュタット殿やルクス殿の派閥に入り、その称号を守るために根回しをお願いするってわけだ。
根回しっていうのは、ようは金のことさ。
剣王に金を握らせて、剣鬼や剣候に挑む剣士に、剣王が試合に敗けるように指示する。
剣王の指示に従えば、自分に歯向かう剣士の代わりに、いつかお前を上の称号につかせてやると、そう取引をもちかけるらしい。
逆に歯向かって決闘に挑み、称号持ちになれば、派閥を敵に回すことになるぞ、と脅しをかけたりもする。将来、剣士としてやっていくつもりなら、剣王を敵には回さない方が良い、と。
結果、剣鬼や剣候の殆どは、剣王の奴隷の集まりになってしまうって寸法さ。
剣王の采配次第で……上にも下にもいけるってわけだ。剣王のお気に入りは上にいき、そうでないものは下にいく。今、下位の称号持ちっていうのは、そういう仕組みになっている。な? そんな試合を取りしきっても、つまんねーだろ?
俺がここ数年見てきた試合ってのは、そんなんばっかりだ。
キリシュタットが剣王になって剣神へ上がる最後の門番をしてからというものの、誰も、剣神に挑む気概のある者はいなくなった。剣鬼や剣候全体を敵に回してまで、全てを統括するキリシュタットに挑む奴なんていないし、挑んだところで、誰もキリシュタットには勝てやしない。ここ何年も、キリシュタットという壁を超えて、剣神に至った者は誰もいないのさ。
俺も最初は、熱い剣士たちの試合を取り仕切る『決闘人』の仕事に就いた時は、この仕事に希望を抱いていたものさ。剣士たちの戦いを見るのは、好きだったからな。だけど、結果この仕事に就いてみれば、八百長試合を取り仕切る仕事ばかり。『決闘人』は襲名制の伝統的な仕事だし、簡単に辞めるわけにもいかない。だからといってお上に歯向かうわけにもいかない。だから、日々、俺は死んだ目で演技をして、盛り上がる試合を無理矢理演出していたんだ。
だが―――――――今回のこの剣王試験は、俺の燻った魂に、再び熱い剣士たちの戦いを取り仕切る喜びを思い出させてくれたんだ。
(どの選手も、本当に、すごかった……! 第三次試験参加者全員、剣王になって欲しいくらいにはな……!)
彼らは本気で血肉をぶつけあい、全力で、剣王の座を賭けてぶつかり合っていた。
勝者たちの喜びも、敗者たちの悔しさも、手に取るように分かる。
そうだよ。これが、本当の剣士の戦いって奴だよ……!
本気で剣を執ってこそ、剣士は、闘技場の上で輝くってものだ……!
準決勝戦は、いったいどうなるんだ? ワクワクがとまらねぇぜ……!
「……ヨーゼフ」
その時。背後から、騎士に、声を掛けられた。
俺は振り返り、ルクスの部下であるその騎士に頭を下げる。
「はっ。何でしょうか?」
「ルクス様のご命令で、毒入りの水を……いえ、事を済ませました。この先、あの亜人の少女は、病に伏し、試合を棄権するでしょう。貴方は、その流れを掴んで、滞りなく司会してください」
「……は?」
意味が、分からなかった。
だって、ここからが一番盛り上がるところなんだぜ?
亜人とはいえ、彼女は、とつもなく良い試合を繰り広げてくれた。
この観客席の中にも、俺みたいな奴がいたはずだ。
畏怖すべき亜人だけど……彼女には頑張って、剣王の座を狙って欲しい、と。
それなのに、この騎士は、ルクスの命令でメリア選手に毒を飲ませたと、そう言ってきやがった。
静かな怒りが、ふつふつと沸いてくる。
「……あの、勝手な言い分で申し訳ないんですけど、果たしてそこまでする必要はあったのでしょうか? どっちみちあの亜人は、キールケとの戦いで消耗していました。普通に試合を続行したところで、体力を温存しているグレイレウスに、勝てるとは思えないのですが……」
「念のため、です。亜人が勝ち残って、万が一剣王になってしまった場合、セレーネ教の信者たちや、出資してくださった貴族たちに対して、面目が立ちませんからね。亜人は淘汰されるべきもの。それは、セレーネ教の教えにおいて、絶対的なるものですから」
「ですが……っ!!」
「……ヨーゼフ。貴方にルクス様の考えに対して異を唱える権限はありませんよ。貴方は聖騎士団所属の決闘人。戦いには参加しませんが、貴方は一応、騎士位を持つ騎士なのです。騎士ならば、上官の命令には従いなさい。良いですね?」
その勝手な言い分に、思わずギュッと拳を握るが……俺はため息を吐き、拳から力を抜く。
俺がここで奴らに何か言ったって、何も変わりはしない。
セレーネ教や聖騎士団が腐っているのは元から知っていること。
たかが決闘人風情が、一隊の隊長をしているルクスに、敵うはずがない。
「……分かりました、よ」
「既に新しい剣王四名は決まったも同然ですが……気取られないように、観客席を盛り上げてくださいね。では」
そうして、騎士は去って行った。
俺は深くため息を吐いて、後頭部をボリボリと掻いた。
「はぁ……もっと熱い試合を見たかったんだけどな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《グレイレウス 視点》
「―――さぁ、続きまして、ついに第二回戦、準決勝戦へと入ります! 残ったのは、グレイレウス選手、メリア選手、ロザレナ選手、ルナティエ選手の四人。ここからは特殊ルールが採用されまして、この二回戦を勝ち残り、決勝戦に進出した上位二名は、確定で剣王の資格を獲得できます。残りの二枠は、上位敗者三名同士のバトルロワイアルで決闘をし、勝敗を決めていただきます。現在上位敗者はヒルデガルト選手のみ。ここで、二名脱落した者は、敗者枠へとエントリーされます」
……なるほど。では、ここで勝利した二名は、決勝戦の勝敗の是非に問わず、剣王の資格を得ることができるということか。
オレは手袋の端をギュッと引っ張ると、開いては閉じてみる。
幸か不幸か、アルザードとかいう男が棄権した結果、オレは無駄な体力を消費せずに済んでいる。
コンディション的には、悪くはない。
後はあのドラゴン娘を倒し、ロザレナかルナティエ、どちらか上がってきた方を叩き伏せることができれば……このオレが、トーナメントを制覇することが叶う。
フッ……楽しみだな。師匠が今この場にいないことは残念だが、それは仕方ないか。師匠には、後でオレが優勝したことを、お伝えできれば良い。
師匠……早く戻ってこないだろうか……。
「さて……それでは……準決勝戦、第一試合目! グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス選手VSメリア・ドラセナベル選手―――っ!!!!」
司会者のその言葉に、オレは前を向き、闘技場へと上がって行く。
そして闘技場の上に立つと、腕を組んだ。
さて、ようやく、まともに戦うことができるな。
あのドラゴン娘は……見たところ、相当な腕前を持っていた。
特別任務時に参加した時のロザレナと同等の力を持っていそうだな。
オリヴィアの妹との戦いで随分と消耗していそうだったが……油断はしない。
全力で、相対してやる。
「……ん?」
その時。ドラゴン娘が、闘技場へと上がってきた。
奴は何故だか、胸を上下させ、酷く辛そうな様子だった。
その光景を見て、オレは思わず、首を傾げてしまう。
「キールケとの戦いで、未だ、傷が残っていたのか? おい、メリア・ドラセナベル。お前……大丈夫なのか?」
「……平気」
メリアはそう言ってゴクリと唾を呑み込むと、戦斧を構えた。
それと同時に、司会者のカウントダウンが始まる。
「それでは、試合開始のカウントダウンを始めます! 30! 29! 28―――」
「フン。悪いがオレはどんな状況であろうとも、容赦はしないぞ。オレは、お前を、一流の使い手として認めているからな」
「……はぁはぁ……ありがとう。剣の頂を目指す身として、それは、すごく嬉しい言葉。箒星のみんなは、本当にすごいよね。みんな、優しくて強い。誰も、私を亜人だって差別しない。あの人の……弟子、だからかな。自分の道を選んだことに後悔はないけど、あの人に誘われて、貴方たちの兄弟弟子になる道も……悪くはなかったかなって、そう思うよ……」
「15! 14! 13―――」
「お前がもし我ら箒星の門下の一員であったなら、オレ以外にまとも枠が増えて良かったのだがな。ロザレナ(馬鹿)とルナティエ(クズ)と手品師(鳩)の世話は、オレ一人では大変なんだ」
「……手品師が誰かは分からないけど……君も、普通ではないと思うよ。どちからというと、結構、変な方だと思うよ」
「? いったい何を言っているのか分からんな。オレはあの中で一番、常識人なのだが……?」
「……は、ははは……笑うとこ、かな……」
「ん?」
意味が分からずに首を傾げるオレ。
すると、試合開始が、迫ってきた。
「8! 7! 6!」
「見たところ、コンディションが悪いようだが……悪いな。オレはどんな相手にも手は抜けない。全力を以って貴様を踏破するぞ、ドラゴン娘」
「……うん。全力でかかってきて。剣王になるのは、わ―――」
「1! 0! 試合開始です!!」
「た、し……」
試合開始と同時に、バタリと、メリアが地面に倒れ伏す。
オレはその光景を見て、思わず唖然としてしまった。
「……? メリア・ドラセナベル? いったい、どうしたんだ……?」
オレはメリアへと近付き、彼女の顔を覗き見る。
その顔には―――大量の玉のような汗が浮かんでおり、顔が、苦痛に歪んでいた。
「ッ!?」
「おーっと? メリア選手? 試合開始と同時に倒れてしまいましたが、いったいどうなって―――――――――」
「ルナティエ!!!! 来い!!!! メリアの様子が変だ!!!!」
「もう既に来ていますわ!!」
「あ、あたしも!!!! メリア、どうしちゃったわけ!?!?」
オレが呼びかけるのと同時に、ロザレナとルナティエが闘技場へと上がり、メリアの傍へと駆け寄って行く。
その光景に、司会者の男が、慌てた様子を見せた。
「ちょ……まだ、勝敗が決まっていませんよ!! 試合中ですから、今は―――」
「うっさい!! 黙ってなさい!! そんなことよりも、友達の方が大事でしょうが!!」
司会者に噛みつくロザレナ。
ルナティエはメリアの傍でしゃがみ込むと、彼女の頬に手を当て、顔を覗き見る。
「どうだ、ルナティエ」
「わたくしは、治癒魔法や医療を専門にはしていませんから、何とも言えませんが……口から匂うこの甘い匂い……恐らく……毒……ですわ」
「なんだと!?」
「毒って……それ、本当なの、ルナティエ!?」
「断定はできませんけどね……こういう症状の時は、すぐに医者に見せるべきです」
「医者か……おい! 騎士ども! 状況は見て分かるだろう! 早く、担架と医者を呼んで来い!」
闘技場の脇で待機していた救護班の騎士たちは、何故か動きを見せず、微動だにしない。
オレはその光景を見て、思わず声を張り上げてしまう。
「おい!! 人の命が懸かっているのだぞ!! 早くし―――」
「無用だ。騎士たちよ。次の試合の邪魔となる。その亜人を……外へと捨て置け」
そう冷たい声で言い放ったのは、剣王たちの中心に立つ、ルクスだった。
オレは思わず怒りで拳を握ってしまうが、今は、奴に怒っている場合ではない。
次に、オレは観客席に向けて、声を掛ける。
「観客席に、医者はいないのか!! こいつを診てやってくれ!!」
オレのその言葉に、観客席はどよめきを見せる。亜人を助けるなんて、という、差別的な声も聞こえてきた。
(ふざけているのか……! こいつは、オレたちと変わらない人間だろうが……!)
オレが怒りに震えていると、ルナティエが開口した。
「医者がいたとしても、きっと、亜人を恐れてメリアを診てはくださらないでしょう。ここは、専門科に任せるべきですわ。……オリヴィア!!」
「は、はい!?」
ルナティエがオリヴィアの名を呼ぶと、観客席で、オリヴィアが立ち上がる。
そんなオリヴィアに、ルナティエは続けて口を開いた。
「オリヴィア!! 貴方は医療の知識がありますわよね!? 彼女のこと、診てやってくださいまし!!」
「で、でも、私、本物のお医者様じゃありませんし……!! 少しだけ、薬学をかじった程度で……」
「今は貴方しかいないのです!! お願いしますわ、オリヴィア!!」
ルナティエの必死な叫び声に、オリヴィアは緊張した面持ちでコクリと頷くと、観客席から降りてくる。
ルナティエが「あとは担架ですが……」と口にすると、ロザレナが率先して手を挙げた。
「だったらあたしがメリアを運ぶわ。ついでにマイスも呼んで……」
「お前たち、そこを離れろ。その亜人は、我ら聖騎士団、異端審問隊が始末する」
突如、ルクスの騎士たちが姿を現した。
そんな騎士たちに対して、オレとロザレナは、メリアを介抱しているルナティエの前に立ち、剣を構えた。
「まさか……お前たち、聖騎士団に歯向かうつもりか?」
「ふざけんじゃないわよ。始末? この子はあたしの友達なのよ!! 友達を傷付けようとする奴には……容赦しないわ!!」
「同感だ。生憎、オレたち箒星の門下生は、病の友人を見捨てろなどとは、教えられていないのでな。我が師であればきっとこう言うはずだ。友は守れ、と」
「貴様ら……聖騎士団に歯向かえば、どうなるのか知って―――」
「おぉーっと、ちょっと待ったちょっと待った」
そう言って一触即発のオレたちと騎士の間に入ってきたのは、司会者の男だった。
司会者の男は、ヘラヘラとした笑みを浮かべ、口を開いた。
「そちらの意向は分かっていますんで、後は私が彼女を始末しておきますよ。これでも私も騎士の端くれなんで、それくらい任せてくれませんかね?」
そう司会者の男が口にすると、騎士たちはフンと鼻を鳴らし、去って行った。
そして司会者の男は、こちらを振り返る。
オレとロザレナは瞬時に身構えるが……司会者の男は、辛そうな表情を浮かべていた。
「……すまねぇな。全部、大人の身勝手って奴だ。俺はヨーゼフ。奴らの代わりに詫びるよ。すまなかった」
「え……?」
「亜人の嬢ちゃんの容態はどうだい、ルナティエ選手」
ヨーゼフと名乗った男のその言葉に、ルナティエは首を横に振る。
「状態は……よくありませんわ。心拍数がどんどん上がっていきます」
「そうかい。後は俺に任せろ。何、安心しろ。始末なんて絶対にさせねぇよ。奴らに従うふりをして、医務室に運んでやる。後はお前たちの知り合いが診てくれるんだろ?」
「なんで……そこまでしてくれるわけ?」
「この子には……良い戦いを見せてもらったからな。まぁ、後は……罪滅ぼし、って奴かな」
「罪滅ぼし……?」
「あぁ、そうだ」
そう言って、ヨーゼフはメリアの元に近寄り、彼女を抱きかかえた。
そして彼は周囲には聞こえない声量で、オレたちに向けて声を掛けてくる。
「全部、これを仕組んだのはルクスの奴だ。ルクスの手下がメリア選手に対して、毒入りの水を飲ませた。いや……ルクスだけじゃない。キリシュタットやクローディアも関わっているかもしれないな。基本的に、こういった決闘の場は、奴ら上位三名が支配しているのがいつものことだ。まぁ、今回の剣王試験は、思ったよりも強者揃だったから……八百長のような真似はできなかったみたいだけどな」
「メリアが……どうして、毒を飲ませられなきゃいけないのよ……?」
「分かっているだろう? ルクスは異端審問官の隊長だ。亜人に、剣王になって欲しくないのさ。だから……騎士団に所属する身として……これくらいの罪滅ぼしは、させてくれ……」
そう言って、ヨーゼフは、合流したオリヴィアとマイスと共に外へと出て行った。
ヨーゼフから衝撃の事実を教えられたロザレナは、身体をプルプルと震わせる。
「なによ、それ……亜人だからって、あの子に毒を飲ませたっていうの? あの子は本気で剣王に……剣聖を目指していたのに……っ!!」
拳を握りしめ、怒りの形相を浮かべるロザレナ。
そんな彼女に対して、ルナティエが声を掛ける。
「ロザレナさん。やめなさい」
「……分かっているわよ。ここでアレは出さないわ」
ロザレナは怒りが頂点に登ると闇属性魔法を発現するからな。流石に大勢の前……聖騎士がいる前でアレを使う程、馬鹿ではなかったか。
オレはふぅと短く息を吐くと、二人に声を掛ける。
「本来であれば、お前たちと雌雄を決した後に……トーナメントが終わった後に、奴らには大々的に喧嘩を売るつもりでいたが……もう、計画を前倒しにしてしまっても良いか?」
「そうですわね。わたくしたちの戦いは、後ですれば良いですわ」
「そうね。こうなったらもう、我慢できないわ。でも、後で必ず戦うわよ、ルナティエ。グレイレウス。あたしたちの本当の決勝は、最後に取っておくんだから!! それを忘れないでよね!!」
「当然」「無論」
そうして、オレとルナティエ、ロザレナは、一列に並ぶ。
真ん中に立ったロザレナは前に出ると、剣王たちに向けて指を差し、叫んだ。
「……あたし、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスは、この剣王試験を棄権するわ!! そして……今、ここで、剣王に勝負を挑む!! 【剣王】キリシュタット・フォン・オルベルフ!! あたしと剣王の座を賭けて、決闘なさい!!」
「……はぁ?」
「わたくしはこの剣王試験を棄権します。そして、今ここで、剣王に勝負を挑みますわ。【剣王】ルクス・アークライト・メリリアナ。わたくしと剣王の座を賭けて、騎士の誓いの名の元に、決闘なさい」
「な……何だと……!?」
「オレはこの剣王試験を棄権する。そして、今、ここで、貴様ら剣王に決闘を挑む。【剣王】クローディア・アイゼンスター。剣王の座を賭け、オレと決闘しろ」
「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 面白れぇ!!!! 面白過ぎて腹が痛いぜぇ!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ―――っ!!!! お前ら、最高だよ!!!!」
闘技場の上に立つオレたち三人と、剣王上位三名は、お互いに睨み合う。
長い沈黙の後。最初に口を開いたのは、椅子の背もたれに背を預けて座るキリシュタットだった。
奴はパチパチパチと拍手を鳴らしながら、開口した。
「目前に迫った剣王の座を捨てて、俺たちから剣王の座を奪う、ということか。いやー、青いねぇ。青すぎて笑っちまうよ。その亜人のガキが倒れたことに、相当、頭にきたみたいだな? 一時の感情に支配されてせっかくのチャンスを捨てるとは、間抜けめ。青すぎて逆に面白いよ、お前ら」
「残念でした。これは、元から考えていた計画よ。元々、あたしたちは剣王試験を終えた後、剣王の座を捨てて、あんたたち3人に決闘を挑むつもりでいたの。確かに計画を前倒しにはしたけれど、別に、あたしたち3人のトーナメントは後でやればいいし。問題は何もないわ」
「貴様らぁ……! 箒星の三人! よくも、神聖な剣王試験の場を穢してくれたなぁ!! 貴様らは失格だ!! そして剣王になるのは、ヒルデガルト、キールケ、ジェシカの三人で確定だ!! お前たちの無謀な挑戦を終わらせた後、三人の表彰式をすぐに行う!! それでこの剣王試験はお終いだ!!」
「いいえ。貴方たち3人から剣王の称号を奪った後、わたくしたち3人と、メリア、ヒルデガルト、そしてジェシカかキールケかアルファルドが剣王に加入して、この試験は終わりですわ。長らく君臨してきた貴方がたの時代はここで終わりです。新たに始まるのは……わたくしたち箒星が築く、新時代ですの」
「ぷひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あたしに挑む気配を見せていたが、まさかこんな形で決闘を挑んでくるとは思わなかったぞ、童貞坊や!!!! いいぜぇ、殺し合おうぜぇ? 姉のファレンシアはあたしの師に殺され、弟は弟子であるあたしに殺される……!! 面白いじゃねぇか!! あたし、イッちゃいそうだよ!! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「フン。貴様のような殺し合いを愉しみにしている外道はその席に相応しくはない。潔くオレに明け渡せ。貴様らの時代はもう終わりだ」
トーナメント上位三名が、突如剣王上位三名に決闘を挑んだことに、観客席に座っている人々は声を失っていた。
箒星の門下生同士でどちらが上か雌雄を決したかったが、仕方ない。
手早くこいつらを剣王の座から引きずり降ろした後に、再び三人でトーナメントを再開するとしよう。
「良いか、お前たち。絶対に勝つぞ。箒星の名に賭けて、師匠の顔に泥を塗るようなことはするな。必ず勝て」
「誰にものを言っているのかしら? 当然、勝つに決まってるでしょ。……というか、あんたがリーダー面してんじゃないわよ、グレイレウス!! そこは一番弟子であるあたしが言うべきところのはずでしょうが!」
「オーホッホッホッ! 何やらゴリラが吠えていますわねぇ。まったく、箒星のまとめ役はわたくしに決まっているでしょう。ゴリラと変態マフラーには荷が重すぎますわぁ」
「誰がゴリラよ!」「誰が変態マフラーだ」
「良いですこと、お二人とも。剣王たちは所詮前座。わたくしたちの戦いまでの、軽いウォーミングアップですわ。剣王になって……再び雌雄を決しますわよ!」
「当たり前!」「当然」
……フン。生意気な奴らだ。
しかし、こいつらと並んでいると……何故だか、敗ける気がしないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ヨーゼフ 視点》
「おいおい、嘘だろ……? 何なんだ、この状況は……?」
マイスという青年に亜人の少女を任せて会場に戻ってくると……何故か、箒星の門下生たちが、剣王の上位三名に喧嘩を売っている現場に出会した。
正直、目の前の光景に、理解が追い付かない。
剣王の座が目前に迫っていた上位三名が……受験資格を捨てて、剣王上位三名に決闘を挑んだだとぉ……?
何だよ、これ。はっきり言って、イカれてやがるだろ……!
剣王上位三名は、彼らが剣王になってから数年間、その座が動いたことのない不動の剣王たちだ。剣聖・剣神の座へと続く最後の関門である彼らは、今まで決闘を挑まれてきて、誰にも敗北したことがない。
マフィアを統括し、剣王最強として長年称号持ちを支配してきた青年、キリシュタット。
異端審問官隊長の座に君臨し、セレーネ教でも高い地位を持つ聖騎士の青年、ルクス。
夜は異端審問官実行曹長であり、昼間は殺し屋として名を馳せる少女、クローディア。
剣王最強の三人。彼らが倒される姿など、想像することもできない。
だけど、何だ? この、胸が熱くなる衝動は……!
もし、箒星の三人が彼らを倒したら、一気に時代は動くだろう……!
キリシュタットの下位剣士の支配制度はなくなり、ルクスの亜人差別はなくなり、これから先、剣士の決闘は、公正なものへと変わっていくかもしれない……!
剣士の新たな時代の幕開けが、始まるかもしれない……!
新たな剣聖・剣神が、誕生するかもしれない……!
俺は闘技場に立つと、困惑する観客席に向けて、司会を始めた。
「では、ここで、トーナメントを一時中断して……箒星の三名と剣王上位三名との決闘を行いたいと思います! 司会兼審判は、決闘人であるこのヨーゼフが務めさせていただきます!」
「ヨーゼフ! 勝手に進行をするな!」
ルクスの叫び声が聞こえてくるが、俺はそれを無視する。
あははは……これでルクスが剣王の位置に着いたままだったら、減給されるかもな……いや、どっちみち決闘人は聖騎士団所属だから、ろくな目には遭わなそうだ。
だけど、決闘人として、決闘の進行をしないわけにはいかない。これは、俺の仕事だ。
「おじさん、今、トーナメントは一時中断って言ってたけど……」
ロザレナ選手がそう、俺に声を掛けてくる。
俺はそんな彼女に、ウィンクしてみせた。
「後でお前さんたち、戦うんだろ? せめてそこまで司会をさせてくれ」
「おじさん……ありがとう!」
「あぁ、亜人の嬢ちゃんのことは心配するな。マイスって青年とオリヴィアっていう嬢ちゃんがちゃんと医務室で診てくれている。あと、ジェシカ選手と剣神のヴィンセント様が何か薬とか毛布とか持って医務室にやってきたが……俺は特にやれる仕事もないし、ヴィンセント様の顔が俺を睨んでいる気がしたから、すぐにこっちに戻ってきたんだ」
俺の言葉に、ルナティエ選手が首を傾げる。
「そうですの……あの恐ろしい顔をした剣神がいるのは、意味分かりませんわね」
「まぁ、大丈夫でしょ。満月亭のあの三人なら……ちゃんとメリアを診てくれるわ」
「それもそうですわね。改めてありがとうございますわ、ヨーゼフ」
「どうってことないさ。それよりも……あいつらを倒してくれ。俺もあいつらにはムカついていたんだ。挑戦者が毒なんて飲まされることがない、剣士の正しい時代を、取り戻してくれ」
「ええ! 任せなさい!!」
胸を叩いてそう口にするロザレナ選手に、俺は、思わず微笑みを浮かべてしまった。
心から笑うのなんて……何年ぶりだろうな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
「おい、ジャストラム。お前、弟子の見舞いに行かなくて良いのか?」
剣聖・剣神たちが座る席。
そこでジャストラムは無表情で、ルクスを見つめていた。
そんな彼女に、ハインラインは再度、声を掛ける。
「おい、ジャストラム」
「……」
「ナイフから手を離せ」
ハインラインのその言葉に、ジャストラムは身体から力を抜き、腰についているナイフの柄から手を離す。
そしてジャストラムはふぅと短く息を吐き、目を伏せた。
「何があったんじゃ? いや、何を聴いた?」
「……司会者の男が箒星の三人に言っていた。剣王ルクスが、メリアに、毒を飲ませたと」
「なるほど、な。まったく。いけ好かんわい。キュリエールもあまり好かんかったが、奴の弟子もろくでもないな。セレーネ教の信者というのは、こういう奴ばかりなのか?」
「この国で亜人は魔物と同じとされている。差別されるのはよくあること。だけど……剣士として戦いに挑もうとしたあの子の覚悟に泥を塗ったことは、許されない行為。心の中のアーノイックが、私に、殴り飛ばして良しと言っている」
「アホ。あの馬鹿に感化されるでない。はぁ……お主……箒星の三人が奴らに決闘を挑まなかったら、ルクスのこと、斬っておったじゃろ?」
「そんなことにはならない。その前に、ハインラインが止めていたと思うから」
「まぁ、な。流石にこの歳になって、妹が指名手配犯になるのは嫌じゃからのう」
「あの子たちのおかげで溜飲が下がった。メリアの様子を見てくる」
そう言って席から立ち上がるジャストラム。
そんな彼女に、ハインラインはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「弟子ではないとか何だかんだ言っておっても、あの娘のことを心配しているんじゃな、お主」
「うるさい。あのまま死んだら、寝覚めが悪いだけ」
そう口にして、ジャストラムは去って行った。
そんな彼女を見送った後、ハインラインは、箒星の三人へと目を向ける。
「まるで若かりし頃の血気盛んなアーノイックのような三人じゃわい。気に入らないものは、斬って進んでいく、か。ほっほっほっほっ、見ていてこれほどワクワクする剣士も久々じゃのう。さて……お主らが何処まで行く存在なのか。見せてもらうとしよう」




