第10章 二学期 第328話 剣王試験編ー㊻ 第一回戦終了
「ねぇ、グレイレウス。あれ―――結構、やばいんじゃないの?」
ロザレナはそう言って、闘技場で戦うルナティエとヒルデガルトを見つめる。
明確に大きなダメージを受けてはいないものの、ルナティエはヒルデガルトの攻撃に対して、防戦一方を強いられていた。
ロザレナのその言葉に、隣に立っていたグレイレウスは、腕を組みながらフンと鼻を鳴らす。
「雷属性魔法による、高速移動、か。強いな、あの女。大方、奴の師は【剣神】……『迅雷剣』ジェネディクト・バルトシュタインだろう。あのような移動方法を伝授できる者など、奴しかいない」
「……え? えぇぇぇ!? ヒルデガルトさんの師匠が、ジェネディクトぉ!? いやいやいやいや!! あの男が誰かに剣を教えるとか、あり得ないと思うんだけど!?」
「そうか? 大森林に行った時、あの男は、遠回しではあるがオレに縮地のアドバイスのようなものをしてきたぞ?」
「え……えぇ……? あの奴隷商人が……?」
ロザレナは意味が分からないと首を傾げる。
そんな彼女を一瞥した後、グレイレウスは再び闘技場へと視線を向けた。
「ここであのヒルデガルトとかいう女にやられるようであるのなら、奴の道もここまで、ということだ」
「随分と冷たいのね」
「お前も同じ気持ちだろう。ここから先、上に行くことができるのは、本当の強者のみだ。同じ門下生だからといって、甘えたことは言っていられない。オレたちは、本気で剣の頂を目指しているのだからな。それは奴も分かっている。同情などは、逆に奴の覚悟に泥を塗る行為といえるだろう」
「そうね……あんたの言う通りだわ、グレイレウス」
そう言って短く息を吐くと、ロザレナはルナティエを見つめながら、口を開いた。
「でも、不思議ね。あれだけのピンチだというのに、あたし、ルナティエが敗ける気がしないの」
その言葉に、グレイレウスはマフラーの下で小さく笑みを浮かべた。
「……オレもだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ルナティエ 視点》
「……何となく、分かってきましたわ。その魔法のカラクリが」
わたくしはレイピアを構えながら、周囲を高速で移動するヒルデガルトさんに向けて、そう呟く。
雷による高速移動――――それが、ヒルデガルトさんの能力だと、わたくしはずっと思ってきた。
だけど、違いますわね。彼女は……剣速で、身体を動かしているにすぎませんわ。
よく見てみれば、ヒルデガルトさんは動きを停止する時、一度、剣に纏っている雷を解除しているのが見て取れます。
剣に雷を纏い、軽く振ることで、高速で移動し……停止時、雷を解除、再び剣に雷を纏って振ることで、その進行方向へと移動している。
先ほど、わたくしはわざと挑発して、彼女の攻撃を直情的なものへと変えようと思っていましたが、意外と冷静ですわね、あの子。
基本的にはヒットアンドアウェイに徹し、無暗にわたくしの間合いには入ってこない。わたくしを警戒しているという証拠。
―――――優秀な剣士ですわ。
今までやる気を出してこなかっただけで、彼女は本来、級長クラスの実力を持っていたのかもしれませんわね。
たった一か月でここまでの使い手に成長するとは、彼女、もしかしたら天才という奴なのかもしれません。
必死になって努力しても級長になることができなった才能のないわたくしと、相反する存在のように感じます。
(……だとしても。わたくしは、天才には、敗けるわけにはいきませんのよ)
相手は、一か月で級長になることができる、本物の天才なのかもしれない。
だけどこっちは、十年近くの時間を剣に費やしてきているのです。
努力の天才として……本物の天才に敗けるわけには、いきませんわ……!
「ふぅ……」
わたくしは短く息を吐くと、地面にレイピアを突き刺します。
そして両の手をフワリと揺らめかせ――――構えを取りました。
「―――――【心月無刀流】」
その構えを取った瞬間、剣聖・剣神たちが座る席から、驚きの声が上がった。
「なっ……!? なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」
「【心月無刀流】……? ……ハインライン。貴方、残刀を教えたジェシカとは別に、あの子にも無刀を教えていたの?」
「馬鹿者!! ワシの驚きようを見て分からんか!! ワシはジェシカにしか残刀を教えておらんし、残刀の対となる無刀を教えて習得できた者は門下には一人もおらん!! あの格闘術は、アレス師匠からワシとアーノイックにしか受け継がれておらん、秘術じゃぞ!? まさか、ジャストラム、お主が―――」
「私の驚きようを見て、分からない? そもそも私、【心陽残刀流】も【心月無刀流】も使えないよ。知ってるでしょ? 私がアレスの修行を最後まで受けずに逃げて剣神になったことは」
「そ、そうじゃった、な。だとしたら、いったい、誰があのフランシアの娘に【心月無刀流】を授けたんじゃ……? アーノイックの奴が死ぬ前にあの娘に教えた……? いや、それは無理か。奴が死んだのは30年程前じゃからの」
「……やっぱり、アレスに関係する人間なんじゃないかな。箒星の師範は」
「そうじゃな……それしか考えられぬが、ワシら以外で師の候補が思い浮かばぬ……」
「……」
「リトリシア、お主はどう思う……?」
「……」
「リトリシア……?」
「【覇剣】……【心月無刀流】……です、か……」
わたくしは、何やら騒いでいる剣聖、剣神たちから視線を外して、引き攣った笑みを浮かべる。
(……師匠ーーー!! 【心月無刀流】がそんな珍しい技であるのなら、先に言ってくださいましーーー!! わたくしのせいじゃありませんからね!! 師匠の存在が注目されているのはーーーっ!!)
そう。全部師匠が悪いのですわ。わたくしは悪くありませんわ。
わたくしはコホンと咳払いをすると、手のひらを構えたまま、周囲を駆け巡る青白い閃光を睨み付ける。
「……剣から手離して、あんた、何してんの? 諦めたの?」
その瞬間、ヒルデガルトさんが目の前に姿を現した。
やはり、停止直後は、剣に雷を纏っていませんわね。
わたくしは意識を集中させ、神経を張り巡らせた。
「【心眼】」
その瞬間。彼女は再度剣に雷を纏うと、わたくしに目掛け、目にも止まらぬ速さで剣を振ってきました。
「【雷鳴斬り】」
その刃が、肩に触れた直後。
わたくしは両手に闘気を纏うと、ヒルデガルトさんの肘に向かって掌底を放ちました。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「え……? って、きゃぁぁぁぁぁ!?!?」
剣の軌道がずれ、ヒルデガルトさんはそのまま剣に引っ張られるようにクルクルと回転し……その場にドシンと尻もちをついた。
「い、痛たたたた……」
わたくしはレイピアを抜き取り、そんな彼女の前に立つと、髪を靡く。
「やはり、貴方のそれは、歩法でも身体強化の魔法でもありませんでしたわね。ただ、剣速に身を任して、移動しているにすぎなかった。剣の軌道をずらし、コントロール力を失えば、貴方の速度は崩壊する。種が分かればこんなものですわ」
「……くっ! なんであんた、あーしの高速の剣を、見切ることができたわけ……!」
「【心眼】を使用し、闘気と魔力の流れを感知しましたわ。そして……攻撃に転じたその瞬間に、貴方の腕を折らせてもらいました。それ、もう、使いものにならないでしょう?」
「はぁ? 何を言って……って、な、なに、これ……!!」
ヒルデガルトさんが剣を持っていた右腕は、ブランと、力無く垂れていた。
彼女はその光景に驚き、悲鳴を上げる。
「な、なんで!? 何でたった一撃でこんなことになっているわけ!?」
「貴方は純粋な魔法剣士ですわ。魔法剣士に対して、剛剣型の攻撃は弱点となる。すなわち……紙装甲であるあなた方に、闘気による攻撃は大ダメージになるということ。魔法剣士は剛剣型の剣士に相対した時、一撃でもダメージを喰らってはいけなくってよ。お分かりになって?」
「……!! あんた、さっきも闘気を使っていたし、剛剣型だったってわけね……! あれ? でも最初、水属性魔法を使ってきたような……」
わたくしは地面を蹴り上げて【縮地】を発動させて、ヒルデガルトさんの背後へと回ります。
「わたくしは、オールラウンダーですわ。どの型の技も、習得することができます」
「なっ……!」
ヒルデガルトさんは即座に剣を左手に持ち変えると、剣に雷を纏い、攻撃してくる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「貴方の雷による剣速は確かに脅威的なものですが……軌道を読むことができれば、先んじてその剣を防ぐこともできますわ」
わたくしはレイピアを眼前で斜めに構える。
すると予想していた通り、彼女の剣はわたくしのレイピアに直撃しました。
「な、なん、で……? またさっきの流れを読むっていう【心眼】って奴……?」
「違いますわ。わたくしは貴方の目の動きを追って、その攻撃の軌道を読んでいるのです」
「だ……だったら……!」
ヒルデガルトさんはわたくしから離れると、剣を振り、再び高速で動き始める。
だが彼女は闘技場の端に辿り着くと必ず剣に纏った雷を解除し、進行方向へ向けて剣を振っている。
それを何度も繰り返し、わたくしの周囲を駆け巡り、青白い電の閃光を走らせますが……一度停止している時に剣を振ってどの進行方向に行くかを記憶していれば自ずとその進路を読むことができます。
ヒュンヒュンヒュンと駆け巡る青白い閃光と、それを見て、軌道を記憶していくわたくし。
そしてついに、ヒルデガルトさんがわたくしの背後へと姿を現し、攻撃に転じてきた。
「【雷鳴斬―――」
わたくしはレイピアの柄に闘気を纏うと、振り向かずに、ヒルデガルトさんの腹部へとそれを叩き込みました。
「がはっ!? な、なん、で……」
「すべての軌道を読み終えましたわ。貴方は剣速を使って高速で移動している。それならば、停止する時には必ず雷魔法を解除し、進行方向に剣を振らなければならない。その軌道を全て読み切ることができれば、貴方がどこから攻撃してくるかなど、手に取るように分かりますわ」
「そんな……馬鹿なことが……!! できるわけないでしょ!! あーしの動きを全て記憶して、読み切るなんて……!!」
「できているからこそ、わたくしは、貴方にダメージを与えられているのですわ」
そう言って、わたくしは、ヒルデガルトさんの眼前に剣の切っ先を突きつけます。
「貴方の敗けですわ、ヒルデガルトさん。潔く敗北を認めなさい」
「無理に……決まっているでしょ……!! あーしは、絶対に、あんたに勝って剣王にならなきゃいけないの……!!」
「……そんなにわたくしが嫌なら、先ほども言った通り、わたくしはアルファルドと共に天馬クラスへと移りますわ。そうすれば、貴方の障害は無くなります。見たところ、貴方は副級長に相応しい力と覚悟を持っていますしね。ですから―――」
「ふざけんな!!!! あんたがここまで持ってきた黒狼クラスでしょうが!!!!
確かにあーしは副級長を目指してたけど……そんな、お情けみたいに貰うのは超嫌なんだけど!!!!」
口の端から血を流しながら、ヒルデガルトさんは左手に持った剣を、震えながら構える。
「簡単に他クラスに移るなんて言わないでよ!! 確かに、あーし、あんたもアルファルドも嫌いだけど……あんたがクラスのために必死になって頑張っていたのは知っているの!! 学級対抗戦の時も、あーしが友達と遊びに行こうと教室を出ていった時、あんたは教室に一人残って陣形を研究していた……! 特別任務の時もそう。あんたはどうすれば全員で勝利できるのか、一人図書室に閉じこもって戦略の本を読み漁っていた……! あんたはあーしが遊び惚けていた時も必死でクラスを支えていた……あーしはそれを分かっている!! だから、簡単に天馬クラスの級長になるとか言うな!!」
「貴方の言葉も分かりますわ。ですが、わたくしは、級長になってロザレナさんと戦うのが目的―――」
「だったら!! 前みたいに黒狼クラスの級長を奪おうとしなよ!! なんで、他クラスの級長になろうとしてんのさ!! 意味分からない!!」
「貴方……副級長になって、わたくしを黒狼クラスから追い出そうとしていたのではなくって……?」
「違うんだけど!! あーしは、黒狼クラス全員で勝利できるクラスを目指していたの!! アルファルドは黒狼クラスじゃないけど、あんたは黒狼クラスの一員でしょ!? 何で追い出す必要があるの!?」
「つまり……アルファルドのみを追い出そうとしていた、と?」
コクリと頷くヒルデガルトさん。
なるほど……彼女はやっぱり、誰よりも仲間想い、なんですわね。
わたくしはフフッと笑みを溢して、頭を横に振る。
「ヒルデガルトさん。貴方のおかげで、迷いが晴れましたわ。確かにそうですわね。過去のルナティエ・アルトリウス・フランシアだったら……ロザレナさんから再び黒狼クラスの級長の座を奪おうとしたはず。他クラスの級長の座など欲しない。わたくしは、簡単に座ることができる椅子よりも、皆さんで必死になって温めてきた……ロザレナさんが座るその席が、欲しいんですわね」
「……勿論、あーしは、あんたの考えを認めることはできないよ。アルファルドは、黒狼クラスに混乱を招く存在だから。あーしが目指すクラスは、みんな一丸となって卒業するクラスだから」
「ええ。認めていただかなくて結構。ですが、今からわたくしと決闘して完全に敗北したら……否が応でも認めていただきますわ。わたくしは、今は、黒狼クラスの副級長、なのですから」
そう言ってわたくしはヒルデガルトさんから距離を取る。
するとヒルデガルトさんは笑みを浮かべて、立ち上がった。
「じょーとー。分かったよ。今から敗けたら、きれいさっぱり飲み込む。だけどあーしが勝ったら……」
「貴方を副級長と認めましょう」
わたくしとヒルデガルトさんは向かい合う。
これは、決闘。己の座を賭けた戦い。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼女は咆哮を上げると、剣に雷を纏い、わたくしに目掛け走ってきた。
その剣に纏っている雷は先程のものとは比べ物にならない。全ての魔力を投じた一撃を放つのは、明白……!!
「【雷光】!!!!!」
高速移動してわたくしの前に現れると、ヒルデガルトさんは上段に構えた剣を振り降ろしてくる。
「【雷鳴斬り】!!!!」
【心月無刀流】は、相手の力を利用し、剣を持っていない者でも勝利するための格闘術。
今回は相手の速度を利用し、その力を逆手に取り、自分の持っている以上の力を引き出してみせる……!!
わたくしは敢えてヒルデガルトさんの間合いへと入る。
そして、掌に闘気を溜めると……彼女の腹へと回転するように掌底を放った。
「【心月無刀流】――――一の型、断崖絶波!!!!」
ヒルデガルトさんは「かはっ」と肺の中の空気を全て吐き出すと、勢いよく吹き飛ばされていき……闘技場の外にある壁へと叩きつけられる。
そして彼女は壁にめりこんだまま、気絶し、意識を失った。
わたくしはレイピアを鞘に納めると、髪を靡いて、踵を返す。
それと同時に、司会者が声を張り上げた。
「第五試合、勝者―――――ルナティエ・アルトリウス・フランシアっ!!!!」
ワーッと盛り上がる観客席。その中から、お父様の声が聞こえてきた。
「ルナティエ―――!! このまま、レティキュラータスの娘を叩き伏せて、優勝するのだ―――!! はっはっはっはっは―――!!!!」
「ち、父上!! 静かにしてください!!」
観客席に立とうとしているお父様を止めていたのは、セイアッドお兄様だった。
わたくしはクスリと笑みを溢した後、担架で運ばれそうになっているヒルデガルトさんへと目を向ける。
「安心なさい、ヒルデガルトさん。わたくし、貴方に失望されないように、頑張っていきますから」
そう言い残して、わたくしは闘技場の下へと降りる。
すると、遠くの方に……ロザレナさんの姿があった。
彼女は腕を組みながら、笑みを浮かべていた。
「……ついに、この時が……来ましたのね……」
入学時以来の、再戦。
わたくしにとってロザレナさんは、誰よりも勝ちたい相手。
今度こそ……勝ってみせる。
わたくしのこの手で、あの本物の天才に、一撃を喰らわせてやりますわ……!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《フランエッテ 視点》
「待て! 待つのじゃ! 変態馬ぁぁぁぁ!!!!」
妾は地面を駆け、屋根の上を飛び交い走るアルザードを追って行く。
恐らくじゃが、奴が腕を巨大化させたり、馬の脚を生やしてみせたりしたのは、変化属性魔法の効果なのじゃろう。
物質を別の物へと変化させる。それが、変化属性魔法の能力なのだと考えられる。
何かを、変える、か。
もしかしたら妾の【次元斬】も、重力を付与しているわけではなく、相手の体重を変える能力……なのかもしれぬな……?
この魔法、思ったよりも汎用性が高いのかもしれぬ。妾、今のところ薔薇にしか変えることができぬが。
「まぁ、そんなことは今はどうでも良かろう。今はとにかく、被害者が出る前に、あの馬を止めねば……!!」
「ぱからぱから、ひっひーん!! 私は最速のお馬さんよぉぉぉぉぉ!!!!」
「どこにそのような馬がいるか!! 人面馬がぁぁぁ!!!!」
懸命に走るが、段々と妾の息が荒くなっていく。
無理もない……妾、さっきから走りっぱなしで、まともに休んでいないからのう……こんなことなら、もっと体力、作っておけば良かったのじゃ……ロザレナのランニングに混ざれば良かった……魔法剣士には肉体トレーニングは不要などと、格好つけたことを言うんじゃなかったのじゃ……!
「こ、これから頑張るのじゃ……妾、明日から本気出すのじゃ……」
段々と、お馬さんの姿が小さくなっていく。
まずい……! このままだと、見失ってしまう……!
「踏ん張り……どころじゃぁぁぁぁぁぁ!! ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!」
狭い路地裏を出ると、目の前には、大きな橋が架かっていた。
ここは……聖騎士駐屯区へと繋がる橋か……? 確か、騎士学校へと入学する際に渡った橋じゃ。幸運なことに、人の姿は見当たらない。
自分を馬だと思っている化け物と化したアルザードは、橋の手すりの上に立つと、突如、その姿を変貌させた。
「我が身を蝙蝠と化せ―――【トランスバット】」
その瞬間、奴の身体は無数の蝙蝠と化し、橋の下……奈落の掃き溜めへと飛んで行った。
妾は急いで橋の手すりへと近寄ると、谷の底へと飛んでいく蝙蝠の群れを見下ろして、叫び声を上げる。
「ちょ……そんなの有りなのかぁぁぁぁぁぁ!!!! 戻ってこーい!! お馬さぁぁぁぁぁん!!!!」
「私は蝙蝠よぉぉぉぉぉぉ!! ばっさばっさ!!」
「勝手に蝙蝠になるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そうして……蝙蝠の群れは小さくなって、闇の底へと消えていった。
「そんな……!!」
妾は手すりにもたれかかり、荒く息を吐く。
「はぁはぁ……ここまで追いつめたのに……逃げられるなんて……!! このままじゃきっと、奴は、奈落の掃き溜めにいる罪の無い人々を襲ってしまうのじゃ……!! 妾、いったい、どうしたら……!! 助けて欲しいのじゃ、師匠ぁぁぁぁぁ!!!!」
『……フランエッテ様は、世界を笑顔にできる御方です。だって、私も、貴方のおかげでこの世界に光を見ることができたのですから。貴方に不可能はないのですよ、冥界の邪姫さま』
その時。エルルゥの言葉が、脳裏をよぎった。
妾……消えゆくエルルゥの前で、冥界の邪姫フランエッテとして在り続けると、約束したのじゃ。
もうこれ以上、エルルゥのように、世界に絶望する者が出ないように。
妾は、この現実という舞台の上で、虚構を演じ、世界に笑顔をもたらすと……いずれ虚構を本物にしてみせると、誓ったのじゃ。
このような情けない姿を、エルルゥに見せてなどいられるか……!!
妾は涙を拭うと、立ち上がり、覚悟のこもった目で奈落の掃き溜めを見下ろした。
「あやつは恐らく、変化属性魔法の使い手なのじゃろう。なら……同じ変化属性魔法を使用できる妾にも、あやつと同じことができるはずじゃ……!!」
妾は手を伸ばし、先ほど奴が詠唱していたのと同じ、魔法を唱えた。
「我が身を蝙蝠と化せ―――【トランスバット】」
しかし、何も起こらない。
何故じゃ……!! 妾も奴と同じ変化属性魔法使いなのに……!!
「もしかして、蝙蝠がいけないのかのう!? 妾にそぐわない動物なのかのう!? だったら何が――――――あ」
その時。ピンとくるものがあった。
妾にとってなじみ深い動物。それは……。
「我が身を鳩と化せ―――【トランス……ピジョン】?」
その瞬間、伸ばしていた腕が、鳩に変わり、空へと飛び立って行った。
「ぬ……ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
妾の身体が無数の鳩へと変わって行く。
そして全身が鳩へと代わり、鳩の群れと化した妾は……奈落の掃き溜めへと飛んで行くのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くっ……! まさか、あのルナティエが、ここまで勝ち進んでくるとは……!」
ルクスは闘技場の上から去って行くルナティエを見て、ギリッと歯を噛み締める。
そんな彼に対して、静かに背後に近寄ってきた部下の騎士が、声を掛けた。
「ルクス様。王都の街で、あのアルザードとかいう参加者が暴れている件ですが……よろしいのですか? 剣聖、剣神様、他の剣王様にご助力を願わなくても?」
「何度も言わせるな。第一、アルザードにはフランエッテの奴がいるだろう。奴に任せておけば良い」
「ですが、家屋などが倒壊し、被害が多数……」
「私の指示に従え。それに今、この場で剣聖、剣神たちに助力を乞うてみろ。観客席にいる騎士公たちや貴族たちに、我ら剣王の存在が過小に映る可能性があるのだぞ。このトーナメント開催において、貴族たちには多額の出資をしていただいているのだ。中止になど、できるわけがない。それよりも、あちらの方は順調か?」
「はっ。亜人の娘に対しては……事が進んでおります」
「よし。これで万が一にも、亜人が勝利するなどというたわけたことは起きなくなったな」
そう口にして、ルクスは笑みを浮かべるのだった。




