第10章 二学期 第322話 剣王試験編ー㊵ ロザレナVSジェシカ
《キールケ 視点》
8歳の頃。気まぐれに父に与えられた、亜人の奴隷――――フレイヤ。
私にとって、初めて手に入れた奴隷。それが彼女だった。
あの女は生意気にも、私の姉を気取り、度々世話を焼いてきた。
正直、そんなフレイヤのことを上下が分からない馬鹿な奴隷だと内心罵っていたが……私はバルトシュタイン家で産まれた時から一人だった。
父や母に見向きされることもなく、兄とは家督を争う敵対する立ち位置にあり、姉には敵意を抱かれ腕を潰される始末。
そんな状況の中、フレイヤだけが、私に話かけてくれた。
どんなに邪険にしてもあの女は私の世話をやめなかった。
そんな日々を送るうちに、私にとって、フレイヤという奴隷だけが、唯一私という存在を見てくれる存在となっていた。
いつの間にかあいつを、心の隙間に入れてしまっていた。
『――――キールケ様。あの、これ……』
10歳の誕生日。メイドのフレイヤは、私にくまのぬいぐるみを差し出してきた。
私はくまのぬいぐるみを受け取ると、その下手糞なぬいぐるみにフンと鼻を鳴らす。
『何これ。手作りの人形? だっさ』
そう口にすると、フレイヤは、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
『申し訳ございません。お気に……召さなかったのでしょうか?』
『……気に入らない。奴隷のお前が、何故、私にプレゼントなんて用意しているわけ? お前、立場を理解していないの?』
『そ、そのようなことは……』
『まぁ、良いわ。今日は気分が良いの。特別に、受け取ってあげる』
私がそう口にすると、フレイヤはホッと胸を撫でおろした。
馬鹿みたい。奴隷の身分に落とした人間の娘に媚びへつらうなんて。
普通、私のことを恨むのが筋というものでしょう? そっちの方が私も分かりやすくて扱いやすいというのに。
……いちいちプレゼントを貰っただけで喜んでいる自分がいることにも、腹が立つ。
私は、冷酷で残虐なバルトシュタイン家の正しい後継者になるんだ。
誰かへの情など……そんなもの、必要ない。
フレイヤからくまのぬいぐるみをプレゼントされた……数日後。
私はその日、たまたまフレイヤが住む物置部屋へと訪れていた。
彼女にクッキーを作ってお礼をしようとしていたのだ。
我ながら、馬鹿らしく思う。
『フレイヤ、いるの? ―――――あれ?』
物置のドアが少し開いており、部屋の中で彼女は一人、泣いていた。
『ローリエ……ローリエ……会いたい、会いたいよう……!』
フレイヤは亡くなった妹の名を呼び、妹に会いたいと、そう嘆いていた。
そして彼女は顔を上げると、扉の隙間から覗いている私を見て、驚きの表情を浮かべる。
『ローリエ……!? そこにいるの……!? って、あれ……キールケ様……?』
その姿を見て、私は、理解した。
この女は、亡くなった妹と私を重ねて見ていただけだったのだ、と。
この世界に、私自身を見てくれる人など、何処にもいないのだ、と。
私はこの日、自分が最初から孤独であることを理解した。
(ふざけやがって……!)
結局、誰かに情を見せれば、こうなるのだ。
姉に近付こうとすれば腕を潰され、フレイヤに心を開こうとすればしっぺ返しを食らう。
バルトシュタインの思想、強者は孤高の中で産まれるという言葉は、正しいもの。
誰かに頼り、依存すれば、人間は弱くなる。
自己で全て解決できる人間こそ、真の強者なのだ。
それからというもの、私は、フレイヤを死なない程度に痛めつけてやった。
あの女が幻の妹ではなく、私という人間を見て、私に憎悪を抱くその日まで。
そうすれば、きっと、私の中にあるかすかに残った彼女の情を無くすことができると思ったから。
だけど、フレイヤは、どんなに私が突き離しても、私の傍を離れようとはしなかった。
あの女は、変わらず、私の世話を焼こうとした。
必死に謝りながら、私のためだけに動こうとした。
そのことに、私は非常にムカついた。
人間なんて全員、醜い生き物だ。
痛みを与えられれば誰かを恨むし、皆心の奥では金を欲しがっているし、無償で誰かを助けようとする正義の味方だなんてどこにもいない。
だから、フレイヤのその在り方は、私の考えを、生き方を、否定するものだ。
故に、私はあの女を嫌悪し、侮蔑する。
ジェシカ・ロックベルトも同じだった。あいつは、力を持っている癖して、曲がっ
たことは絶対にしなかった。どんなに痛めつけようとも、誰かを恨むことはしなかった。安易に暴力で解決しようとはしなかった。
だから、私は学校に入学して最初に、あいつをダーゲットにしたんだ。
無論、ロザレナを挑発する目的もあったが、ロザレナを怒らすためだけだったらオリヴィアやあいつのメイドなど、他に候補はたくさんいた。
私は単純に、ジェシカのような善人面して自分の感情を殺している馬鹿が、嫌いだっただけ。
そう、フレイヤやジェシカのような、善人面した馬鹿を認めるわけにはいかないの。
身を差し出してまで正しさを貫こうとする偽善など、この世にあるはずがないのだから。
「そうよ……私は、祖父が遺したバルトシュタインの正当な思想を持っている後継者。何かを捨てられないものに強さは得られない。だから私は、ここに至るまで、色々なものを捨ててきた……なのに、今更それが間違いだったと言われたら……今までの私はどうなるというの……? 今までの私の努力は……どうなるというの……?」
「……大丈夫ですよ、キールケ様。貴方様の努力は、私が見ていますから」
「…………は……?」
私は、目を開ける。
すると目の前には、フレイヤの顔があった。
彼女は私に膝枕しながら傷の手当をしていた。
その光景を見て、私は眉間に皺を寄せる。
「……お前、何をやっているの?」
「傷のお手当です」
「誰がそんなことを命じた? お前は私の命令通りに動く奴隷。お前は私がやれと言ったことを大人しく実行して、命令が無い時は動かなくて良いんだよ!! 何回言ったら分かるんだ、この馬鹿女!!!!」
私は腕を振り上げフレイヤを殴ろうとしたが……全身に痛みが走り、上手く手が持ち上がらなかった。
私はチッと舌打ちをして、顔を横に背ける。
「馬鹿女。お前、待機を命じていたのに、特別任務でも気絶した私のことをおぶって外に連れ出したよね? これで命令を破ったのは二度目。私が命令を破った奴隷に何をしてきたのか、知らないはずはないよね? 分かってるの?」
「はい。鞭打ちでも何でも、受け入れます」
「ふざけんじゃねぇよ!!!! その行動に、いったいお前に何の得があるっていうんだよ!!!! 私が死ねば、奴隷の身から逃げ出せるかもしれないんだぞ!? この傷も、普通、ざまぁって思うところだろ!! あぁ、分かった。大事にしていた髪も切られてボサボサ、綺麗に塗った爪も全て剥がれ落ちている。こんな見窄らしい私の姿を見て、笑いにきたってこと? なるほど、それならキールケちゃんも理解できるよ。良い趣味してるねー、フレイヤ」
「私が、キールケ様を笑っているように見えますか?」
「……ッ!! 本当に、お前は……私をイラつかせる天才だな!! わかった、もういいよ!! 私の敗け!! お父様には怒られるかもしれないけど、もう、良い!! お前を奴隷から解放してやる!! ほら、お前はもう自由だ!! どこへでも好きなところへ行け!! 恨むべき私の傍にいる必要はなくなったよ!! さぁ行け!!」
「……」
「……なんで……」
「……」
「……なんで……手当を続けてるの、お前……」
「私は、キールケ様の努力を知っています。バルトシュタインの教えを守り、独学で魔法剣を極められていた貴方を、知っています。貴方が今回の剣王試験に、どれほどの想いで臨んでいたのか……知っています」
「……お前、何、キールケちゃんに生意気な口を利いているの? 今からお前に拷問してやるよ? 泣き叫ぶまで斬り刻んでやる。分かったのなら今すぐ口を閉じ―――」
「よく……頑張られましたね。キールケ様」
「…………ッッ!!!!」
その言葉に、私は何故か瞳が潤んでしまう。
私は、すぐに腕で目元を隠した。
「見るな!!!! 何だこれ!!!! ふざけるな!!!! 何処かに行け!!!!!」
「剣王試験……残念でしたね、キールケ様。きっと次があります。負けないでください」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」
そう叫んだ後。私は歯を噛み締め、再度、口を開く。
「別に、何とも思ってねーよ!! 良い? キールケちゃんは、残虐で邪悪なバルトシュタインの次期後継者なの!! 今までたくさんの人間を叩き伏せ、ここまでやってきたの!! 気に入らないものは全部壊してきた!! だからこんなたかがお祭りで敗けたことなんて、気にしてなんかいない!! どうせいつか必ず、キールケちゃんは剣王になるんだし!!」
「悔しいのですよね。だから、涙が出てくるのですよね」
「黙れよ、奴隷!!!!」
私は痛む腕を動かし、上体を起こすと、フレイヤの胸倉をつかんだ。
「良い? キールケちゃんは欲しいものは今まで何でも手に入れてきたの!! どんな手を使ってもね!! これからもそれは変わらない!! この私をコケにしたロザレナも倒すし、ジェシカも倒すし、ヴィンセントも倒す!! それで、キールケちゃんが一番になるんだ!! 馬鹿にされないためには、自分の居場所を作るには、暴力で掴み取るしか方法はない!! 父もジェネディクトを潰して、叔母も先代オフィアーヌ家を潰して、そうやって生きてきた!! だから私もそうやって生きるんだよ!! 舐めた口聞いてんじゃねぇぞ、奴隷!! 悔しい? そんなわけねーだろ!! いつか絶対に私が勝つんだからさ!!」
「キールケ様」
その時。フレイヤは私の身体を抱きしめてきた。
私は憤怒の表情を浮かべ、叫び声を上げる。
「離せ、奴隷!! 汚い手で私に触るな!! 殺すぞ!!」
「我慢、なさらないでください。泣きたい時は、泣いて良いのです」
「っざっけんな!!!! 私のことを知ったように話すな!! わたし、は……っ」
自分の意志とは反対に、ボロボロと涙が零れ落ちる。
こんな情けない姿、自分じゃない。やめろ。泣くな。泣くなって言ってるだろ!
私はバルトシュタイン家の正当な意志を継ぐ後継者なんだ!!
たとえ素養がないと父に言われても、兄のような魔法剣の才に恵まれていなくとも、姉のような特別な加護の力が無くても。
私は……私は、必ず、バルトシュタイン家の当主に――――だから……。
当主になれば、きっと私のことを、誰かが認めてくれると思うから――だから……。
「……ぐす、ひっぐ、どうして……どうして、私、敗けてるの……? 悔しい……悔しくて仕方ない……どうして……う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「キールケ様。きっと人間というのは、勝ち続けて成功する人なんて誰もいません。人は敗北を知ってこそ、強くなるんです。大丈夫です。キールケ様は、きっともっと強くなられます。私がお傍で……見ていますから。亡き妹ではなく、キールケ様自身を」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!」
私はみっともなく、フレイヤの腕の中で泣き叫んでしまった。
私のそばにあった、くまのぬいぐるみが、笑ったような……そんな気がした。
「……キールケ……」
オリヴィアは医務室の前で救急箱を手に持って立ち尽くしながら、部屋の中から聞こえてくるキールケの泣き声に、優しい笑みを浮かべる。
そして彼女はそのまま、その場を去って行った。
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「あのメリアという少女とバルトシュタイン家の娘……キールケ。もしやあの二人、既に私たちより強いのでは……?」
そう言ってロドリゲスは顎に手を当て、誰もいなくなった闘技場を見つめる。
そんな彼に、隣に立っていたルクスは声を荒げた。
「馬鹿か、お前は!! 私たちは剣王なのだぞ!? 受験者、それも亜人などに劣るわけがないだろう!! 発言には気を付けろ、ロドリゲス!!」
ゼェゼェと荒く息を吐くルクス。
そんな彼に、背後にある椅子に座っていたキリシュタットは、椅子を揺らしながら口を開く。
「落ち着け、ルクス。確かに、あの二人は強かった。既に、剣王下位のラピスとロドリゲスより強いのは間違いない。下手したら、実力の中間に位置するアレフレッドよりも強い可能性があるだろうな。剛剣と速剣を扱える亜人に、強力な魔法の力を持ったバルトシュタインの娘。剣王に届き得る才を持っていることは間違いない。あいつらはそんじょそこらのゴミとは違う」
「キリシュタット!! バルトシュタインの娘は良いが、汚らわしい亜人が、トーナメントを勝ち残ってしまったのだぞ!! 当初は、観客の見世物になるのならと、敗北を前提にして参加をしぶしぶ認めはしたが……これでは亜人が剣王になってしまう可能性があるではないか!! そんなことは認められない!!」
「知らねぇよ。お前の宗教観を俺に押し付けてくんじゃねぇ。俺は別に亜人だろうが何だろうが、俺に従順な部下の剣王が増えるのなら何でも良い。この世は強者にこそ言がある。弱者に語る言葉はねぇ」
「貴様……!」
「それに、第一次試験の時も言ったが、あの程度だったら、俺とお前、クローディアの敵じゃねぇよ。もし気に入らなければ、俺みたいに力で分からせてやれば良い。……何、焦ってんだ、テメェは。それくらい分かってんだろ」
「……そう、だな……。いや、すまない。剣神ジャストラム・グリムガルドの言動がまだ残っていてな。奴は私たちよりも先に、箒星の弟子たちを剣王だと判断して声を掛けた。そのことが、未だに引っかかっているのだ……」
「変わりモンの剣神の行動をいちいち気にしてんじゃねぇよ。確かに今残っている受験者どもは粒揃いだが……所詮、戦場も知らねぇガキどもだ。ビビる必要もねぇ」
キリシュタットのその言葉にルクスは頷くと、背後にいる部下の騎士へと声を掛ける。
「……あの亜人は消耗しているが、念のため、だ。これを」
「はっ」
ルクスから何かを受け取った部下の騎士は、その場を離れていった。
その光景を遠くで見つめていたラピスは目を細め、小声で口を開く。
「……やっぱり、この連中、腐ってる」
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《ロザレナ 視点》
「さぁ、続いて第三試合!! 『箒星』門下生ロザレナ・ウェス・レティキュラータスVS『蒼焔』門下生ジェシカ・ロックベルト―――――!!!!」
あたしとジェシカは同時に、闘技場へと上がっていく。
お互いに距離を取って向かい合わせに立つと、ジェシカが声を掛けてきた。
「ロザレナ。こうしてちゃんと向かい合って二人で戦うのは……初めてだよね」
「そうね。あたしたちは、ずっと友達だったから。一緒に特訓することはあっても、入学してからずっと、戦うことはなかった。あたしたちの関係が変わったのは……キールケが現れた、特別任務のあの時から。貴方が剣聖を目指すことを決めた以上、あたしは、貴方を斬らなければいけない。あたしは例え親友にも、自分の夢を譲るわけにはいかないから」
「分かってるよ。ロザレナは学園に入学してからずっと、剣聖だけを目指して走ってきたよね。ルナティエを倒して、シュゼットを倒して、キールケを倒して……何が立ち塞がってもけっして、その歩みを止めることはしなかった。全て、一様に、剣で斬り伏せてきた。そして……ロザレナはリト姉に認められた。私、ロザレナのこと、嫉妬してたんだ。だって、私にとってリト姉は、お爺ちゃんと同じくらい憧れている剣士だったから」
「そう。今も、嫉妬しているの?」
「ううん。私はもう、ロザレナには嫉妬しないよ。私にも、目指すべき境地が、見えたから」
そう言って一呼吸飲むと、ジェシカは真剣な表情を浮かべて、青龍刀を抜く。
その後、彼女はあたしに向けてまっすぐと剣を刺し向けてきた。
「私の名前は、ジェシカ・ロックベルト!! ハインライン・ロックベルトの孫にして、『蒼焔剣』の弟子!!!! 私の夢は、お爺ちゃんが叶えられなかった【剣聖】の座を勝ち取ること!!!! 腕を無くして、役立たずだなんて言われてしまったお爺ちゃんの名誉を、私が、挽回させるの!! 『蒼焔剣』の名に懸けて!!!! ―――――今ここに、ジェシカ・ロックベルトは、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスに決闘を挑む!!」
剣士の名乗りをするジェシカ。
あたしは笑みを浮かべて、大剣を抜くと、剣をジェシカの青龍刀に当て……その名乗りに応える。
「あたしの名前は、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。『箒星』の一番弟子。あたしの夢は、【剣聖】になって、憧れの人と交わした約束を叶えること。あたしは、必ず【剣聖】になるわ。例え……この道の先に、親友が立ちはだかったとしても。あたしは全てを切り伏せ、【剣聖】になってやる。ジェシカ・ロックベルト。その決闘の申し入れ、受け入れるわ。貴方を……あたしの夢へと続く道の障害として認識する」
あたしとジェシカは睨み合う。
そして剣を離し、元の位置に戻った。
「えー、で、では、試合開始のカウントを開始します!! 10、9―――」
あたしにとってジェシカは、アネットやグレイレウス、ルナティエとは異なった、大事な存在だ。
アネットはあたしにとって一番大好きな、傍にいないと不安になる人。そしてあたしが目指す剣の道の先にいる人。『憧れの人』。
グレイレウスやルナティエは、いっつも喧嘩をするけど、同じ志を持っていて、誰よりも信頼している『仲間』であり『ライバル』。『兄弟』という関係にも近いかもしれない人たち。
ジェシカは……あたしの、数少ない、友達。『親友』。
入学当初、ルナティエに嫌がらせをされていた時、ジェシカは、アネットと満月亭の先輩たち以外で唯一、学園で味方になってくれた子。
あの時、あたしは常に強気でいたけど、それはあの子が傍にいてくれたおかげでもあるんだと思う。
ジェシカはどんなことがあっても、あたしの友達でいてくれた。
だからキールケに彼女が酷い目に遭わされた時、酷く頭にきた。
アネットやグレイレウスやルナティエが誰かに何かされるなんて想像つかない。
だから、彼らと同じ大事な人であるジェシカが虐められていたのには、酷く動揺した。
あたしの大事なものを奪う奴らなんて、死んでしまえって、そう思った。
ジェシカを守らないとって、そう、思った。
だけど、それは間違いだって、特別任務で分かった。
ジェシカは……あたしに守られたくなんてなかったんだ。
グレイレウスやルナティエのように、同じ夢を持って、一緒に肩を並べて戦いたかったんだ。
ジェシカは、大事な『友達』。だけど、同じ夢を追う『ライバル』でもある。
だから――――――――――戦わないと。
手加減なんてしない。するわけがない。
あたしは今まで、自分の前に立ちふさがった剣士は全て斬り伏せてきた。
今回も、同じこと。
この先に【剣聖】への道がある。なら……ジェシカはあたしの『敵』だ!!!!
「――――――3、2,1……0! 試合開始です!」
カウントが終わるのと同時に、あたしは上段に剣を構え、大剣に闘気を纏う。
ジェシカも身体全体に闘気を纏い、剣を足元に下げ、構えた。
「――――――【覇剣】!!!!!」
「――――――【気合い斬り】!!!!!」
お互いに剣を振り放ち――――大剣と青龍刀が交差してぶつかる。
その瞬間、あたしたちの立っていた場所の闘技場が陥没し、とてつもない衝撃波が当たりに飛んでいった。
「たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
闘技場の外に立っていた司会者が、風圧に耐え切れず、観客席の下にある壁へと叩きつけられる。
……すごい闘気。どうやら、迷いは晴れたみたいね。
第二次試験のままだったらどうしようかと思ったけど、これなら……遠慮しない。
容赦なく、叩き伏せてやる!!!!
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あたしは大剣を振り放ち、ジェシカを吹き飛ばした。
ジェシカはあたしの【覇剣】の斬撃に圧され、足を地面につけながら、ザザザーッと滑っていった。
「くっ……! こんな……もので……!」
青龍刀で【覇剣】を受け止め、足を踏ん張り、じりじりと後退しながら、何とか耐えようとするジェシカ。
そして彼女は全身にさらに闘気を纏うと、咆哮を上げた。
「おりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ジェシカは青龍刀を振り上げると、あたしが放った【覇剣】を上へと弾き飛ばした。
上空で闘気が爆発し、ドゴォォォンと煙を巻き上げる。
ジェシカは闘技場の際で止まると、額から流れる血を拭って笑みを浮かべた。
「流石、ロザレナだね。すごい闘気だった。でも……私は、スロースターターだから。これから徐々に、ギア、上げていくよ」
ジェシカは地面を蹴り上げると、あたしの元へと駆け抜けてくる。
「【心陽残刀流】、風華の舞!!」
青龍刀を振り回し、ジェシカは舞うようにあたしに襲い掛かってくる。
剣の初撃を交わした瞬間、あたしの顔に目掛け、拳が振るわれた。
それも避けようとするが……その拳はフェイントで、あたしの鼻先で止まっていた。無防備となったあたしの顎に向けて、膝蹴りが放たれる。
「くっ!」
あたしはその蹴りをまんまと顎に受けるが……闘気でガードしていたため、鼻血が出る程度で済んでいた。
……鼻血が出る程度で済んでいた?
馬鹿みたいね。あたし、一点に闘気を纏っていたのよ?
それなのに、全身に闘気を纏っているだけの、闘気コントロールができていないジェシカの蹴りで、ダメージを負ってしまっている。
見たところ、ジェシカは全身に闘気を纏っていても疲れている様子が見えない。相変わらずの、体力……いや、闘気お化けといったところかしら。
鼻血を親指で拭った後。あたしは大剣を地面に突き刺すと、そのまま闘技場の床の瓦礫ごと、ジェシカに砂をかけた。
「わわっ!?」
目に砂が入り、舞いが止まるジェシカ。
あたしはそんな彼女の背後に回ると、大剣を振り降ろす。
「させないよ!」
ギリギリのところで、青狼刀によって防がれる。
剣と剣がぶつかった瞬間、先ほどと同じように、闘気の衝撃波が舞った。
……さっきと違って、このあたしと剣を打ち合っても、普通に耐えるようになってきたみたいね。
確かに、ジェシカはスロースタータータイプの剣士だわ。戦うごとに、どんどん闘気が増し、反射神経が鋭くなっていく。
だけど、あの子が特別任務の時に見せたあの闘気は……こんなものじゃなかった。
多分、ジェシカが内包している闘気は、今のあたしよりも上……闘気石を全て外して、届くかどうかといったところね。
今まで戦ってきた剣士の中で、ジェシカ・ロックベルトという少女は、間違いなく群を抜いて類まれな才能を持っている。
だとしたら長期戦は、悪手、かな。
あたしはジェシカから距離を取ると、大剣を上段に構える。
本当はもっと戦って、あの子の本気を引き出したい気持ちがあるんだけど……残念だけど、あたしの先にはルナティエとグレイレウスがいる。
体力を温存するためにも、本気の一撃で、手早く叩き伏せるしかない。
「ジェシカ!!」
あたしは上段の剣に闘気を貯めていく。
もっと。もっともっともっともっともっと―――――闘気を大剣の一点へ集中させる。
すると、ゴゴゴと地面が揺れ、暴風が吹き荒れた。
その光景を見て、ジェシカは青龍刀を構えると、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「あたしの【覇剣】を受けてみなさい!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ハインライン」
「分かっておる。あの構え方は……!」
ハインラインとジャストラムは、闘技場で剣を構えるロザレナを見て、驚きの表情を浮かべる。
ハインラインは目を細めると、飛んできた瓦礫を腕で払いのけ、 口を開いた。
「あのレティキュラータスの娘、今、【覇剣】といったか? 上段の剣に、あの圧倒的な闘気……まるで、若い頃のあいつと重なって見えてしまうわい」
「私は、一瞬、若い頃のアーノイックとハインラインが戦っているように見えた。これは……どういうこと……?」
「ジャストラム。お主、確かフィアレンスの森にある山を割った何者かがいると言っておったな? 可能性として一番高いのは、あやつではないのか? 山を割る程の闘気ではないが……あの娘、あんな闘気を放出しておりながら、手と足に闘気石なんつー馬鹿げたもんを取り付けておる。あの古臭い修行法は、今の剣術界では身体を壊すだけだと言われ使われなくなったものなんじゃが……あれを付けたまま、平然としておるとはのう。アーノイック並の闘気を持っている可能性もあるのではないのか?」
「……普通に考えれば、そうだけど……あの娘に、まだ、そんな力があるとは思えない。とてつもない力であることは確かだけどね」
ジャストラムとハインラインがそんな会話していた、その時。
隣の席に座っていたジェネディクトが、笑い声を溢した。
「フフフフ……ハハハハハ……アーハッハッハッハ!! まさか、あの時、泣き喚くことしかできなかっただけのガキが、ここまでの力を持つことができているなんて……!! あの子が貴方の後継者というわけ? 『箒星』の師……!」
「? ジェネディクト、君、やっぱり『箒星』の師範を知っているの?」
「さぁねぇ。フフフ……面白くなってきたわね、次の世代が。こういった化け物が産まれてくるから、剣士というのはやめられないのよ」
そう言って不気味な笑い声を溢すジェネディクト。
ヴィンセントはそんな彼を横目に、門下生を通じてアネットの存在がバレないかと焦り、ダラダラと汗を流していた。
ちょうど―――その時。リトリシアが、剣聖・剣神の観客席へと戻って来ていた。
リトリシアは闘技場の光景を見て、目を見開き、驚きの声を上げる。
「…………は? な―――――なん……なのですか、あの構えは……ま、まさか、【覇王剣】……? そんなはずは……」




