第10章 二学期 第319話 剣王試験編ー㊲ 様々な流派の門下生たち/暴走お姉ちゃん
《アネット 視点》
「はぁ……まさか、ハインラインやジャストラムの奴が剣王試験に来ていたとはな……耳の良いジャストラムがいる以上、これからは余計なことを口にできねぇな……」
俺はそう言って、廊下を歩いて行く。
エプロンのポケットから懐中時計を取り出すと、時刻は午前五時半となっていた。
トーナメント開始まで、あと三十分。
俺はトーナメントには参加はしないので、あとは三弟子を観客席から応援するだけだ。
第二次試験の時の休憩とは異なり、落ち着いて過ごせそうだ。
「さて、トイレも済ませたし、あとは三弟子に激励の言葉でもかけてやるとするか――――って、ん?」
俺は廊下の先で、不可思議な組み合わせの二人組を発見する。
「あれは、ヒルデガルトと……ジェネディクト、だと……!?」
俺は廊下を歩きながら、二人の元へと近付いて行く。
その時、二人の会話が耳に入ってきた。
「――――分かった。おじさん、何から何までありがとうね」
「何がありがとうなのか、分からないわねぇ。私はただ、この私が教えた以上、惨めな真似をしたらその場で殺す……と、言っただけなのだけれどねぇ」
「あーしのこと、励ましてくれてんしょ? あーし、基本的にバルトシュタインの人間は嫌いだけど、おじさんは優しいから嫌いじゃないよ」
「相変わらず、頭がお花畑のようねぇ、ダースウェリンの小娘。何度も言っているけれど、私はお前を利用しているだけのこと。ダースウェリンはいつの時代も私の良い手駒に――――あら?」
俺の姿に気が付いたジェネディクトが、サングラスを光らせて、こちらに笑みを向ける。
そんなジェネディクトの視線を追い、ヒルデガルトも俺の存在に気が付いた。
「あれ、アネットっち? やほやほ! もしかして、あーしのこと、励ましにきてくれた系?」
「ヒルデガルトさん……こちらの方は?」
俺はヒルデガルトの前に立ち、庇うようにして、ジェネディクトを睨み付ける。
そんな俺を見下ろして、ジェネディクトは「フフフフ」と不気味な笑い声を上げた。
「や、ちょい待ち、アネットっち。なんか警戒しているっぽいけど、別にジェネディーおじさんは、悪い人じゃないから。この人、あーしに剣の稽古付けてくれた良い
人だから」
「ジ、ジェネディーおじさん……? というか、この男が……ヒルデガルトさんに、剣を教えたですって……!?」
俺は思わず背後を振り返り、ヒルデガルトに驚きの表情を浮かべる。
そんな俺に対して、ジェネディクトはサングラスのブリッジを上げながら口を開いた。
「ええ、そうよ。そのダースウェリンの小娘に、この私が自ら、剣を教えてやったの」
「……いったい、何が目的なんですか? 貴方は、誰かに剣を教えるような人間ではありませんよね?」
「え、なになに、アネットっち、もしかしてジェネディーおじさんと知り合いだった系?」
「フフフフフ……私のことをよく分かっているじゃない、アネット・イークウェス。そうね。私は、誰かの師になるなんて面倒なこと、まっぴらごめんだわ。ただ……その小娘は、私と似た才を持っていてねぇ。加えて、剣王試験に出るとかいうじゃない? なら、貴方やハインラインのように、手駒を育成して―――あんたたちの手駒と戦わせるのも悪くないと思ったのよ。ま、いってみればこれはただの娯楽かしら」
「手駒……? 弟子を、手駒だと……?」
「そうよ。貴方だって、手駒を育てているじゃない。レティキュラータスの娘に、大森林で連れていたあの生意気なマフラーのガキ。あとは、マリーランドでフランシアの娘を手駒にしていたかしら? フフフフ……貴方は、身の上、表だって動くことができない。なら、都合が良いわよねぇ? 自分の言う通りに動く手駒がいるというのは」
「テメェ……」
俺とジェネディクトは、お互いに睨み合う。
何の目的でヒルデガルトに剣を教え、手駒にしようとしたのか分からないが、どうせ、ろくでもない理由なんだろう。
話についていけなかったヒルデガルトは、俺とジェネディクトの顔を交互に見た後……俺たちの間に割って入ってくる。
「ちょ、ちょっと、ストップ! なんかよくわかんないけど、私にとって恩人である二人が喧嘩するのは、やだよ!! 仲よくしよ!! ね!!」
「フフフ……安心しなさい、アネット・イークウェス。私は、ダースウェリンの小娘をエステルの事情に介入させる気はないわ。私はただ、私が育て上げたその娘の力が、貴方の手駒やハインライン、ジャストラムの手駒にどこまで届くのか……見てみたいだけだから。他の受験者に呆気なく敗けて、手駒として無能だと判断できれば……即座に捨てるわ。飽き性だしねぇ、私。古いオモチャはいらないの」
そう言って、ジェネディクトは革靴を鳴らして、廊下の奥へと去って行った。
その背中を見つめて、俺は小声で呟く。
「……俺にとって、お前が弟子を取ること自体、異常なんだよ。警戒するのも当然だろうが」
「? アネットっち?」
「なんでもありません。それよりもヒルデガルトさん、あの男に何か酷いことはされていませんか?」
「え? や、全然? 厳しい人だけど、あーしにちゃんと剣を教えてくれたよ?」
「どうやって……あの男と知り合ったんですか?」
「えーっと、あーし、先月クラスでルナティエと衝突した日があったじゃん? ほら、アルファルド関連の。その時、放課後、街をブラブラしてたんだよね。自分の考えを整理したくてさ。そしたら、何か、突然変な男たちに絡まれてさー。ナンパって奴? うっとおしーなって思ってたら、あーし、腕捕まれちゃって。それで怖くなって誰か助けて―って叫んだの。そしたら……」
「まさか……あの男が、助けてくれた、と……?」
「うん。ジェネディーおじさん、そのナンパしてた奴のこと、たまたま仕事で追ってた?って言ってた。だから、偶然、あーしを助けてくれたって。でもでも、多分、それって、照れ隠しなんだと思うんだよね。フツーに、善意であーしのこと助けたって、言えなかっただけだと思う。おじさん、プライド高そうだし?」
いや……あいつが善意で人を助けるなんて、まず、あり得ない。
確実に、その男は、エステルから捕らえるよう命じられていたのだろう。
それか……エステルの支持率を上げるために、積極的に人助けのような真似をした、といったところか。
ヒルデガルトは最初から、あいつのことを勘違いしている節がありそうだ。
「それで、ジェネディーおじさんの剣技見たら、ビリビリってしびれたんすよ。すっごく綺麗な剣だったから、思わず弟子にしてくださいーって言ったの。そしたら、『弟子になりたかったら私に実力を示しなさい。もし才能がなかったらその場で殺すわ』って言われたんだー。でもでも、流石に殺すだなんて冗談だって分かってたからさ、あーし、頑張って実力を見せたんだよ」
いや、ヒルデガルト、それ……多分、冗談じゃない……ジェネディクトはマジでお前を殺そうとしていたと思うぞ……。
「剣を振ってみせてもおじさんは無表情だったから、じゃあ、ベアトリッちゃんから教わった雷属性魔法ならどうだーって、魔法も見せたの。それでも無表情だった。あーしは焦って、適当に剣に雷属性魔法を纏って振ってみせたんだー。そしたら……おじさん、けっこー、おどろいてくれたんだよー。そんな感じで、おじさんに認められて、あーしはあの人の弟子になったとさ。めでたしめでたし、みたいな?」
「……」
ジェネディクトに何かを認められた、か……。
ヒルデガルトにそんな才能があったとは、知らなかったな。
「おじさん、どんな人なのかあんまし知らないんだけど、アネットっちは何か知っているふうだったよね? あの人、何やってる人なの?」
「……彼は……【剣神】の一人ですよ」
「え?」
「そして、第三王女殿下の騎士でもあります」
「ぬぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
オーバーリアクション気味に、驚きの声を上げるヒルデガルト。
バルトシュタイン家出身であることは知っていて、他は何も知らなかったのか……。
この様子じゃ、あいつがバルトシュタインを追放されて、あの一族に深い恨みを持っていることも知らなそうだな。
「そ、そうなんだ……や、すごいんだね、ジェネディーおじさん。服のセンスとかも良いから、その辺も尊敬してたんだけど……やー、ヒルダちゃん、すごい人の弟子になってしまったなー。ちょっと、自分にはもったいないすごすぎる師匠かもー」
たはははと笑って、後頭部を掻くヒルデガルト。
その後、彼女は神妙な表情を浮かべ、口を開いた。
「……ね、アネットっち。あーしね、分かってると思うけど……ルナティエのこと、認められないんだ。アルファルドは、ベアトリっちゃんを傷付けた最低な奴。あーしは……学級対抗戦の時、アネットっちみたいに、ベアトリっちゃんの真意に気付くことも、杖を折ったあの子を追いかけることもできなかった。全部、間違えてた。アネットっちがいなかったら、未だにベアトリっちゃんは苦しんでいたままだったと思う。だから―――」
「もう、間違いたくない、と? 今度は自分の力で、ベアトリックスさんを守りたいと?」
「うん」
そう言って力強く頷いたヒルデガルトは、俺の目をまっすぐと見つめ、再度、開口した。
「ルナティエと言い争いになった時、ルナティエはあーしにこう言ったんだ。嫌なら、他にクラスを勝利に導く策を提示してみせろ、って。後で考えてみたら、ルナティエの言っていることは間違ってないって分かった。あーし、ただ我儘言ってただけだった。アルファルドが嫌いだからクラスに入れたくないって、喚いていただけだった。でも……あーしの考えも間違いではないって思ったんだ。あいつがいることで、ベアトリっちゃんはまた傷付くと思う。そんな状態で、黒狼クラスは戦っていけるのか、って。一人を切り捨てるようなやり方で、果たして勝てるのかって」
あの流されるだけで他人の表面上しか捉えることのできなかったヒルデガルトが、ここまで冷静に物事を見ることができるようになっていたとは。
ベアトリックスの事情を知らずに、怒ってしまったことを……後悔していたのだろうか。良い成長を遂げている。
「ルナティエの目指すクラスの在り方も間違いじゃない。でも、あーしの目指すクラスの在り方も間違いじゃない。だったら……お互いにぶつかるしかないよね。それで、あーし、黒狼クラスの副級長になろうと思ったの。でも、何の実力もない奴が副級長になるだなんて、みんな認めてくれないでしょ? だから、分かりやすい指標である【剣王】になった後、副級長の座を賭けて、ルナティエに決闘を挑もうとしてたんだ。だけど……ルナティエも剣王試験に出てたから、決闘は前倒しになっちゃったかな? まっ、トーメント形式だから、当たるかはわかんないよねー。ヒルダちゃん、痛恨のミスって言ったカンジ?」
「強くなるためには手段を選ばない革新派のルナティエ様と、クラス一丸となって戦った方が良いと説く和平派のヒルデガルトさん。なるほど。確かに、どちらが副級長になっても、クラスは良い方向に進んでいきそうです」
「アネットっちはさ、あーしの考え……間違ってるって思う?」
「いいえ。間違ってはいません。どちらにも正解はなく、どちらにもおかしい点はない。だとしたらやはり、ぶつかり合うしかないのでしょう。ぶつかり合って見えてくるものもあると思います」
「良かった。アネットっち、あーしとも仲良いけど、ルナティエとも仲良いじゃん? だからさ、板挟みになって困っちゃってるかなって思ってたんだ。だけど、アネットっちの様子を見るに、本当に中立に立ってくれてるってカンジだよね。ありがとね。あーし、アネットっちも大事なお友達だから、これで仲悪くとかなりたくなかったんだ」
「また、ベアトリックスさんやヒルデガルトさんと一緒に、教室でお話したいですね。勿論、ミフォーリアさんや、ルークくん、シュタイナーくんも一緒に」
「そだねー! 何だかんだ言って、学級対抗戦の時の魔法兵部隊は、とっても楽しかったよね! だから……あーし、仲良いみんなで、仲良く学校を卒業したいんだ。その時にアルファルドのせいでベアトリっちゃんの顔が曇ったままだったら……やだからさ」
この子は、本当に、良い子だな。
うちのクラスで、誰よりも仲間想いの生徒かもしれない。
だからこそ……師に関しては不安がある。
以前よりも対話できるようになったとはいえ、ジェネディクトは、悪人だ。
あいつは基本的に利が無ければ動かない。
ヒルデガルトは一応、分家とはいえ、バルトシュタインの血を引いている、四大騎士公の末裔。もし、彼女を巡礼の儀に参加させるような真似をした時は……俺も、黙ってはいられない。
ヒルデガルトのこともよく……見ておいた方が良さそうだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午前五時四十分。トーメント開始まで、あと二十分となった頃。
俺は、早めに中庭にある闘技場へと戻って来ていた。
この詰所は王都に近い。だからか、闘技場を囲むように作られた観客席には、王都に暮らす民たちが集まりつつあった。
次代の剣王が決まる最後の戦いゆえに、見物客が見に来たのだろう。
この場で実力を示せば……三弟子たちも晴れて、王都中に広まる実力者になる、ということか。
そのことに、一抹の不安もある。ロザレナの……闇属性魔法のことだ。
もし、王都中に彼女の魔法のことが知られたら、ロザレナは、過去の俺のように恐れられ、民衆に石を投げられる……嫌悪の対象として扱われないだろうか?
いや、それならまだマシだ。フランエッテの話では、闇属性魔法を使用できたエルルゥは、新たな災厄級の前触れとして聖騎士団によって捕らえられ、拷問にかけられたと聞く。
剣聖を目指すお嬢様のことだ。いつか、上位の称号に上り詰め、その名が王都に知れ渡る日が来るとは思っていた。だけどいざその日が来るとなると……少しだけ、怖く感じるな。
もし、エルルゥの時のように、聖女がお嬢様の抹殺を命じたら。
俺は――――お嬢様を守るために、この国の全てと、戦うことになるだろう。
それはすなわち、ハインラインやジャストラム、ヴィンセント……そして、リトリシアを敵に回すことに繋がる。
かつての兄弟弟子たちや友人、愛娘と、俺は、愛する主人を守るために戦わなければいけないのか……?
俺が、ロザレナを聖女に売り渡すことなど、絶対にあり得ない。
しかし国を守るべき剣聖だった俺が、国を敵に回すことなど……それは、この国の人々を愛していたアレスの意志に反することになる……。
前世の自分が大切にしていた人たちと、今の自分が誰よりも大切にしている主人。
もし、そうなった時、俺は、いったいどちらに天秤をかけるのか。
嫌な予感が、拭えない。
怪物と化した親友と向き合ったフランエッテが、未来の自分と重なって見えてしまう。
額から汗を流した後。俺は、お嬢様に声を掛ける。
「お嬢様。やはり、剣王を目指すのは――――」
「アネット! ついに、この日が来たわね! ついに……あたしは、剣聖への階段を上り始めたのよ!! あと3段先に、あたしが目指す剣聖の座がある!!
アネットとあの夜に交わした約束に、近付いてきているのよ!!!!」
燃えるような紅い瞳で闘技場を睨み付けたお嬢様は、パシッと、手のひらに拳をぶつける。
――――――剣王を目指すのは止めろなんて、言えるわけがない。
もし、お嬢様を止めることができるのだとしたのなら、あの日、満月亭に初めてやってきた、運命の夜の日以外にない。
ここまで来てしまったら、もう、お嬢様を止めることなんでできない。
『アネット。あたしが【剣聖】になったら、衆目に実力を解き放ち、あたしと全力で戦いなさい!』
俺は、あの日、約束してしまった。
お嬢様が【剣聖】になったのなら、全力を以って相手をすると。
あの時、俺は、お嬢様が闇属性魔法の因子を持っていることなど知らなかった。
フランエッテの話で、闇属性魔法を使用する者が、災厄級の魔物に転化する可能性があるなど、知りもしなかった。
全て……遅かったんだ。
この場でお嬢様の手を掴み、満月亭に連れ帰ったとしても、お嬢様は絶対に夢を諦めることはしないだろう。彼女のことは誰よりも俺が理解している。一度決めたことを、お嬢様が覆すはずがない。手足がなくなり、動けなくなるまで……お嬢様は止まらない。全ては、俺との約束を、叶えるために。
「……お嬢様。何度も言っていますが、あの魔法だけは……」
「分かっているわ。もう、心配性ね。たとえ敗けそうになっても、使ったりしないから。安心して」
現状、お嬢様の闇属性魔法で、何か大きな問題に直面したことはひとつもない。
事前に、お嬢様の魔法を目撃したシュゼットや級長たち、クラスメイトたちには、ルナティエを介して口封じをしてある。
ロザレナがベルゼブブと戦ったあの場にいなかったのはリューヌだけ。リューヌ以外の級長、ジークハルト、ルーファス、アグニス、シュゼットは、比較的話が分かる連中だ。彼らが無暗にロザレナのことを吹聴する可能性は低いと見える。
当然だが、ルナティエやグレイが、ロザレナのことを言いふらす可能性は絶対にない。
警戒すべきは、魔法因子検査を行った時にいた黒狼クラスの生徒たちだが……彼らは闇属性魔法が持つ忌避される意味すらも、理解していなかった。ルナティエの監視と根回しもある。恐らく、大丈夫だろう。
これで、ロザレナの闇属性魔法が、誰かに知られることは…………。
……。
………………。
何か……何か、俺は、見落としているような気がする。
いや、大丈夫なはずだ。俺とルナティエの策に、ぬかりはない。
「お集まりの皆様! これより、剣王試験、最後の試練である……第三次試験『バトルトーナメント』を開始いたします!!」
その声にハッとした俺は、顔を上げる。
すると、闘技場の上に立った司会の男性が、観客席に向けて再度、開口した。
「これから第二次試験をクリアした九名には、トーナメントの対戦順を決めていただきます! 今からひとりずつ、剣士紹介と同時に名前を呼びますので、名前を呼ばれた剣士は前に出て、私が持つこの箱の中から番号の付いたボールを取っていただきます! ボールの番号ごとに、あちらのボードに貼られているトーナメント表に、順次、名前を記載させていただきます! さぁさぁ、いったい、誰と誰が戦うことになるのか……!」
ワーッと、盛り上がりを見せる観客席。
その光景を見て頷くと、司会の男は、闘技場の外にいる受験生たちへと手を差し向けた。
「夜通し行われた第二次試験で勝ち残ったのは……この九人です! まず一人目! 驚異的な速度で第二次試験をクリアした、現状最高成績でここまでやってきている、『箒星』門下生! 疾風の剣士、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス!! どうぞ、前に出てください!!」
「……何だ、このくだらん催しは」
グレイは心底嫌そうな顔をして、前に出る。
「さぁ、グレイレウス選手! この箱の中から、ボールをひとつ、取ってください!」
「……チッ」
グレイは不愉快そうに舌打ちをした後、箱に手を入れて、ボールを取り出す。
そのボールには、『1』と書かれていた。
「1番! まさかの最初にボールを取ったグレイレウス選手が1番です!」
その言葉を聞いたラピス(何故かバニーガールの衣装を着ている)が、ペンを手に、トーナメント票の一番左端のところに、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスと名を書き記す。
「では、グレイレウス選手、戻ってください!」
その言葉に、グレイが場外へと戻ろうとした、その時。
観客席から、声が聞こえてきた。
「グレイくーん!!」「ハッハッー!! 応援に来てやったぞ、グレイ!!」
グレイが顔を上げると、そこには、オリヴィアとマイスの姿があった。
その光景を見て、マフラーで隠しているグレイの口元は、釣り上がっていた。
「……フン。暇人どもめ」
「グ、グレイレウスくん!! 頑張ってください!!」
その時。異なる観客席からも声が聞こえてくる。そこには……青い髪にボブヘアー、高身長の少女……確か、三期生鷲獅子クラスの副級長、ヘーゼルの姿があった。
以前、一度会った時に、何か勘違いをして俺に対して対抗心燃やしてたんだよな、あの子。多分、グレイのことが好きだったんだろうな。しっかし、あの変人マフラー男、意味分からんことに学園で結構モテているんだよな……マジで意味分かん。
「ヘーゼルまで来たのか。くだらん」
「あ……」
一蹴されたことに、ヘーゼルは落ち込んだ様子を見せる。
そうしてグレイは踵を返すと、俺たちのところへ戻ってくる。
おいおい……女の子には優しくしてやれよ……俺みたいに生涯童貞野郎になっちまうぞ……くそ、僻むぞこのマフラー片目隠し野郎……! これだからモテ男は!! きぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
「次は……現状の成績では二位! 第一次試験で、剣の一振りで大勢の選手を場外へと叩き落した、ゴリ……驚異的なパワーを持った女剣士! 『箒星』門下生、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!」
「あんた今、あたしのことゴリラって言おうとしたでしょ!! ムッカツク司会者ね!! 誰よ、こんな奴を呼んだのは!! ぶっ飛ばすわよ!!」
ロザレナのその言葉に、観客席はドッと笑い声を上げる。
肩を怒らせながらロザレナは司会者の元へと向かう。
その途中、ロザレナは、観客席から声を掛けられた。
「ロザレナー!」
「ほら、あそこを見て、ルイス。お姉ちゃんですよ。お姉ちゃんを応援してあげて」
「……あ、アネットだ!」
「あ、アネットちゃんは良いから! お姉ちゃんを……」
「ロザレナ、良い。いらない。アネットー!」
何故か、観客席にいるルイスが俺に手を振ってくる。
俺は顔を引きつらせながら、手を振り返した。
ルイス坊ちゃん……応援されても、俺は、第三次試験に出ないんですけど……。
「お父様とお母様が来てくれたのは嬉しいけれど……なによ、あれ!! ルイスは、ほんっとぉ~~に、あたしのこと嫌いなのね!! 可愛くない弟!! アネットは絶対に渡さないからね!! 馬鹿弟!!」
「ロザレナちゃん、ワシもおるぞー!!」
ロザレナの祖父……ギュスターヴが、観客席から乗り出し、ロザレナに手を振る。
ロザレナは真顔で「お爺様は良いわ」と、辛辣なことを言った。
「がーん……相変わらず、お爺ちゃんには懐いてくれないのだな、ロザレナちゃん……」
そんなギュスターヴ老の肩を、ロザレナの祖母、メアリーはポンと叩いた。
「まぁまぁ。それにしても、ロザレナちゃん……良い顔付きになったわね。まさか、この一年で【剣候】止まりだった私を超えて、【剣王】の座に挑むなんて……五年前に言ったあの時の言葉が、現実味を帯びてきましたね。騎士学校在学中に、【剣聖】になって、御家を復興させる…………フフッ、流石は私の孫ですね、ロザレナ」
「お婆様……」
ロザレナの最初の師。それが、レティキュラータス家先代当主であるメアリーだ。
ロザレナは、思い出したのだろう。ここまで来ることになった最初の一幕を。
祖母を説得して味方に付け、騎士学校に通うことを両親に認めさせた、あの夜を。
ロザレナは祖母に力強く頷くと、前に出て、司会者の持つ箱へと手を入れる。
そして、そこからボールを取り出した。
そのボールには……『6』の文字が書かれていた。
トーナメント票の六番目……二ブロック目の最初の試合に名前を書かれるロザレナ。
その光景を見て、隣に立っているグレイがフンと鼻を鳴らす。
「どうやら、一試合目であいつと当たることはないようだな。しかも、別ブロックか。オレが一ブロックを制覇し、あいつが二ブロックを制覇したら……決勝で当たる可能性が高くなったな。フン、面白い」
グレイのその言葉に、ルナティエが目を細める。
「何を馬鹿なことを言っているんですの、全裸マフラー変態男。ロザレナさんと貴方が別ブロックになった以上、どちらかが3位落ちになることは免れませんわ。何と言っても、このわたくしがいるのですもの。天才少女、ルナティエには、誰も勝てないのですわー! オーホッホッホッホッホッ!!」
「キヒャヒャヒャ!! そうだぜ、マフラー変態野郎!! オレ様たちがいるんだ、そう簡単にテッペンを取れるとは思わないことだなァ!!!!」
「……おい、変態呼びはやめろ。オレは変態ではない」
「オーホッホッホッホッホッホッホッ!! マリーランドの海水浴場で全裸にマフラーを巻いていた変態は、どこの誰でしたっけ~? オーホッホッホッホッ!!」
「キヒャヒャヒャ!! 何だそれ!! ガチの変態じゃねぇか!! キヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
「変態……ではない……」
元悪役主従に精神的なダメージを与えられるグレイ。
何て姑息な手を……勝負は既に始まっているということか……。
「次は、軽やかな動きで翻弄し、多種多様な技で第一次試験を突破した……指揮官として名高いフランシア家の御令嬢、『箒星』門下生、ルナティエ選手!!」
「はい」
ルナティエはツインテールに結んだ巻き毛を靡くと、優雅な所作で司会者の元へと向かう。
すると案の定、観客席から、声が聞こえてきた。
「圧倒的な才を持つ、フランシア家きっての天才児……我が娘、ルナティエよ!! 【剣王】となって、その美しい姿を王国に刻み付けるのだ!! あと、レティキュラータスの娘は恩人ではあるが、この場では絶対に容赦するでないぞ!! 憎きエルジオの鼻を明かしてやれ!! ハーッハハハハハハハ!!!!」
「ち、父上!! す、座ってください!! 恥ずかしいですから!!」
セイアッドに肩を掴まれるが、ルーベンスは気にする様子も見せず、観客席の上に立って盛大な笑い声を上げる。
その姿を見て、近くに座っているエルジオは「あははは」と疲れた笑みを浮かべていた。以前よりも両家の関係は良くなったと思っていたけど、相変わらずフランシア伯はエルジオに対抗心があるんだな……まぁ、あの二人はあれで良いのかもしれないな。ロザレナとルナティエの関係と似たところもあるし。
ルナティエは赤面しながらも、父の熱烈な応援に、嬉しそうな様子を見せる。
「お父様……」
ルナティエは父と兄に頭を下げると、覚悟を決めた表情で、司会者の前に立つ。
そして、箱の中から、ボールを取り出した。
そのボールには、『9』の数字が書かれていた。二ブロックの一番端、シード枠だ。
「二ブロック目ってことは……あたしと当たるのは確実ね」
ロザレナは腕を組み、ルナティエに対して不敵な笑みを浮かべる。
ルナティエはその視線に対して、無表情で、真っ向から睨み付けた。
元々、ルナティエはこの剣王試験でロザレナを降すことを考えていた。
これから先の自分が、黒狼クラスの副級長でいるのか、それとも、念願だった天馬クラスの級長になるのか。
ルナティエは、ロザレナにリベンジするために剣を握っていた。
だから、彼女は悩んでいた。ロザレナと、今のままの関係で良いのか、それとも、過去のように徹底して敵として接した方が良いのか。
この戦いで、ルナティエはきっと、その答えを出すのだろう。
そうして――――――その後も、順調に、トーナメント票は埋められていった。
「ビリビリと電撃を放つギャル! 『迅雷』門下、ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン!」
「はいっす!」
ヒルデガルトは、『8』の数字のボールを手に取った。
「元気とパワーじゃ、誰にも敗けない! あの元剣神ハインライン・ロックベルトの孫、『蒼焔』門下、ジェシカ・ロックベルト!」
「は、はいっ!」
ジェシカは、『5』の数字のボール。
「あー、『死神』門下の……亜人……龍人族の斧使い、メリア・ドラセナベル」
「……はい」
観客席からブーイングされながらも、メリアはボールを取る。
メリアのボールは、『3』の数字。
「あの最強と名高い武家バルトシュタインの末妹であり、悪評轟くことを知らない、地雷系美少女……『無門下』キールケ・ドラド・バルトシュタイン!!」
「……何、あの化け物女、来てるの? きんもー」
「キールケ……」
観客席にいるオリヴィアを見て、キールケはハンと馬鹿にするように鼻を鳴らした。
そして彼女はそのまま箱からボールを取った。番号は、『4』。
「既に満身創痍で包帯グルグル!? そんな状態で果たして勝つことはできるのか!? 『孤月』アルファルド・ギース・ダースウェリン!!」
「うるせぇ!! テメェからぶっ殺すぞ、クソ司会者!!
アルファルドが箱から取ったボールは、『7』。
「何処の門下なのかも分からない、正体不明のダークホース! その残虐性は剣王すらも震撼させた!! 『無門下』クラウザー・トリステン!!」
「フ、フフフフ。フフフフフフフ」
不気味な笑い声を上げるクラウザーが取り出したボールは、『2』。
これで、九名全員、ボールを取り終えた。
結果は、こうだ。
第一ブロック
・グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスVSクラウザー・トリステン
・メリア・ドラセナベルVSキールケ・ドラド・バルトシュタイン
第二ブロック
・ジェシカ・ロックベルトVSロザレナ・ウェス・レティキュラータス
・アルファルド・ギース・ダースウェリンVSヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン
・シード枠 ルナティエ・アルトリウス・フランシア
何というか……第一試合から、すごい組み合わせになったな。
いきなり、ロザレナVSジェシカか……これは荒れそうだ。
それに、アルファルドとヒルデガルトが戦うのか。
二人は同じダースウェリン家の一族同士であり、そしてヒルデガルトにとってアルファルドは、一番恨んでいる相手だ。
キツイ戦いに……なりそうだ。
そう、トーナメント表を見て考察していた、その時。
観客席から、騒がしい声が聞こえてくる。
「……は? 何故、第三次試験でアネットの名が呼ばれていないのですか? これは、何者かの謀略です。剣王たちを呼びなさい。抗議しま――――もがぁ!?」
「黙っていろ、シュゼット」
「そ、そうだぜ、シュゼット! た、確かに、アネットさんが脱落しているのは悲しいけど、剣王に抗議するのはどうかと思うぜ!?」
「シュ、シュゼットお姉様……やめてください……恥ずかしい、です……」
「ええい、離しなさい、ブルーノ!! 良いですか、コレット。例え当主の命令だろうとも、私は私の道を行きますよ。この私が、アネットに魔法を教えたのです。そう簡単に脱落するはずが――――あ! アネット! 私です! 紛い物ではなく、貴方の本物の姉が来ましたよーっっ!!!!」
……………何やってんの、あの人。
というか、何でオフィアーヌのみんな来てるの? 暇なの?
今、一番忙しい時でしょ? コレットを支えてって言ったよな、俺!!
「むー! 紛い物の姉って、もしかして私のことですか!? アネットちゃーん!! お姉ちゃんですよー!!」
オリヴィア、やめてくれ。対抗しないでくれ。あの人を刺激しないでくれ。
「オリヴィア・エル・バルトシュタインッッッ!!!!! これだから、バルトシュタインの一族は……!! あの一族は私から全てを奪っていく……!!!!!」
いや、オリヴィアは何も奪ってないですよ。奪ったのは、アンリエッタとゴーヴェンですよ姉様。
ギリギリと歯を鳴らして、遠くの席にいるオリヴィアに殺気を向けるシュゼット。そんな彼女を止めようとアレクセイが手を伸ばすが、シュゼットに肘で顔面を殴られ、倒れていた。
あの、観客席を乱闘の場にするの、やめてください。
何なの、あの姉……怖すぎるんだけど……!!!!
というか、仲良くなったのは良いけど、剣王試験に参加したことを伝えてもないのに勝手に調べて一族総出で俺の応援しに来るのやめてくれないかな!!!! あと、観客席に四大騎士公当主が3人集まっているのもなかなかおかしいからね!? ちゃんと領地を経営してくれ大貴族ども!!!!
俺は、ブルーノとアレクセイとコレットに止められている暴走する姉を見て、大きくため息を吐いた。




