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【コミックガルド配信中】最強の剣聖、美少女メイドに転生し箒で無双する  作者: 三日月猫@剣聖メイド1〜4巻発売中!
第10章 剣王試験

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第10章 二学期 第315話 剣王試験編ー㉝ 何のために、剣を握るのか

 上段に剣を構える。


 思い出せ。過去の自分が持っていた力を。


 アーノイック・ブルシュトロームの【覇王剣】を。


 現在、左腕は斬り飛ばされ、俺は、右腕のみで箒丸を支えている。


 だが、これは幻影でしかない。俺の本当の腕は、左肩にちゃんとくっついているはずだ。


 イメージしろ。想像しろ。あるはずがない腕が、箒丸を支えている姿を。


 俺の腕には、両腕がある。大丈夫だ。幻影を乗り越えろ。これは幻だ。


 俺は、勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。


 アネット・イークウェスとして、俺は、過去の自分自身を乗り越える……!!


 最強の剣聖アーノイック・ブルシュトロームとしてじゃない!! 


 メイドの、アネット・イークウェスとして……!!


「【覇王剣】」

「【覇王剣】」


 俺とアーノイックは、同時に、【覇王剣】を振り降ろす。


 どうして俺は……剣を握ったのだろう。


 どうして、あそこまで力を求めていたのだろう。


 俺の原点は、何だったのか。


 それを思い返した時、俺の脳内に、幼い頃の情景が蘇った。





『―――アーくん。良い? 人は誰かに優しくしていると、回り回って自分に返ってくるんだよ。だから、アーくんは優しい人になりなさい。シエルお姉さんとの約束』



 幼い頃。


 奈落の掃き溜めで、俺は、育ての親である娼婦の少女とそう約束を交わした。


 俺を拾った少女、シエル・ブルシュトロームは、この腐った世界では珍しいくらいのお人好しな人間だった。困っている人がいたら誰彼構わず手を差し伸べて、お腹が減っている人がいたら自分の分の少ない食料を分け与える。騙されていると分かっていてもお構いなし。ガキの頃の俺が見ても、先行きが不安になる女だった。


 ある日。病気の妹を治療するための金を貸して欲しいと、ある男がシエルに金の無心をしてきた。シエルは勿論、その男の願いを聞き入れて、彼にお金を貸した。


 その男を見て、俺は、思った。こいつは、嘘を吐いていると。


 奈落の掃き溜めに住んでいると、嫌でも、人の嘘の匂いに敏感になってしまう。


 幼い俺はシエルと別れた男の後をつけ、動向を見守った。


 すると、その男が、楽し気に友人と話している現場を俺は目撃してしまう。


 奴らはシエルのことをこう言っていた。


 『股もゆるければ、頭もゆるい、馬鹿女』……と。


 俺は、怒りのまま、奴らに襲い掛かった。


 奴らも、まさか、8歳の俺にやられると思っていなかったんだろう。


 最初は、ヘラヘラとした様子で、俺を馬鹿にしていた。


 だが――――――俺が奴らの一人を馬乗りになって殴り付け、前歯を全て折ってやったところ、様子が一変。もうやめてくれと、男の友人は謝罪してきた。


 そのような言葉、聞き入れてたまるものか。俺は、友人も含め、再起不能にしてやった。


 そして、奴らから、シエルの金を取り返して家に戻ると……シエルは怒った顔で、俺の肩を掴んできた。


『アーくん、その拳の血……人を殴ったのね! 人に暴力を振るっちゃ、駄目って言ったでしょ!』 


『でも、あいつら、お前のことを馬鹿にして……』


『私が馬鹿にされるのは良いの! でも……アーくんが誰かを傷付けちゃ駄目! 私はね、アーくんに幸せになって欲しいの。いつか奈落の掃き溜めを出て上層に行って、まともな仕事に就いて、可愛いお嫁さんを貰って……普通の暮らしを送って欲しいの。だから、アーくんが誰かに恨まれたりするのは嫌なんだ。怒りは誰かの怒りを呼ぶものなの。貴方が誰かに傷付けられたら、お姉ちゃん、悲しいから。だから……ね? 喧嘩はやめて?』


『……俺だけ幸せになっても、意味ねーだろ。姉ちゃんも幸せにならなきゃ……』


『んー? もう、この子ったら。かわいーんだからー!』


 俺は、シエルに抱きしめられる。

 

 彼女の胸が頬に当たり、思わず赤面していると……シエルは、ゆっくりと口を開いた。


『アーくんは、誰よりも優しい子。アーくんは、本来、この奈落の掃き溜めにいるべき子じゃないんだよ。この奈落の掃き溜めは、上で暮らせなくなった人や、行き場を無くした人間が行きつく場所だけど、アーくんはたまたまここで産まれたってだけで、自分の意志でここに来た人間じゃない。だからいつか上に行って、誰かを助けられることができる、優しい人間になってね。これは、お姉さんのお願い』


『周囲のゴロツキどもが言っていたよ。俺は、どこかのろくでなしがゴミ山に産み捨てていった、ただの孤児だって。なら、ここの人間って言ったって別に良いだろ。第一、シエルだって、やりたくてここで娼婦しているわけじゃないんだろう? ここに来たくて来た奴なんて、少数派だろ』


『そうだね。でも、お姉ちゃん、アーノイックは、何か大きな使命を持っている子なんじゃないかなって、そう思うんだ。だからやっぱりアーくんは上層に行くべきだよ』


『意味わかんねー』


 俺はそう言って、頬を掻いた。


 するとシエルはクスリと笑みを溢し、俺の頭を撫でてくる。


『もうそろそろ、お仕事が一段落つきそうなんだ。次の大きなお仕事が終わったら、アーくんといっぱい遊んであげるから。それまで良い子にしていてね』


『ガキ扱いすんじゃねーよ! 俺はもう大人だ!』


『うんうん。アーくんがかっこいい大人になるまで、お姉ちゃん、頑張るからね』


『う、うるせー!』


『あー、何? 照れてるのー?』


 そう会話を交わした後。視界が暗転する。




 ―――――――――俺が最初に剣を握った理由は、何だったっけ。




 そうだ。俺には、守りたい人がいたんだ。



 だけど、俺は、何もできなかった。



 この残酷な世界から、彼女を守ることができなかった。



 後に残ったのは、怒りと後悔のみ。



 俺は、ただ、この世界を恨んだ。自分の非力さを恨んだ。





『―――アーくん、私を、殺して』





 視界にある光景が浮かぶ。


 バルトシュタイン領。ある貴族の屋敷の、地下闘技場。


 周囲に転がっているのは、肥えた貴族とゴブリンども、そして娼婦たちの死体。


 シエルが仕事として連れて来られたそこは、奈落の掃き溜めの娼婦を魔物どもに嬲らせる悪趣味なショーだった。


 観客席に座った貴族たちは、ゴブリンに犯される下層の住民を見て、ワインを片手に悦に浸る。


 シエルの帰りが遅いからと、貴族の屋敷に行き、その光景を見た俺は―――――怒りで、頭に血が上った。


 人間という生き物は、ここまで悪辣で、邪悪な生き物なのかと、絶望した。


 怒りで真っ赤になった視界の中。俺は、拳ひとつで、ゴブリンどもを殴殺。


 そして、守衛を殺し剣を奪うと、観客席にいる貴族どもを殺して回っていった。


 ある貴族が俺を見てこう言った。――――――――悪鬼だと。


 全てを殺し終え、素っ裸のシエルの元へと戻ると、シエルは俺にこう言ってきた。


 ……自分を殺して欲しい、と。


 彼女は絶望していた。この世の全てに。もう、こんな世界に生きたくはないと。


 だから俺は、泣きながらシエルの首に手を当て―――――彼女の息の根を止めた。


『ごめんね……アーくん……』 


 俺に誰かを傷付けるなと説いた彼女が、俺に自身を殺すように願った。


 この時が……俺が初めて、大事な人を失った日だった。

 

 そして、剣というものを、初めて持った日だった。




 ――――――――俺は、守りたいものを守ることができなかった。


 だから、この世の全てを壊そうとしたんだ。





 その後の人生が、フラッシュバックのように、脳裏に過る。




『―――少年。君は、普通じゃないな?』




 奈落の掃き溜めでアレスと出会い、彼に敗北し、俺は、あの男の弟子となった。


『アーノイック。お前の目が気に入らない。お前のその目は、世界全てが敵だと言っているようだ。良いか、兄弟子として、俺がお前のその考えを否定してやる! 俺は……お前の味方だと証明してやる! かかってこい!』


 弱い癖に、兄弟子面して、俺に何度もおせっかいを焼いてくる兄弟子のハインライン。最初は、あいつのことが嫌いで嫌いで仕方なかった。だけどいつの間にか……誰よりも信頼している、友人となっていた。


『良い、アーノイック。ジャストラムさんは、アーノイックより二つも年上。だから、ジャストラムさんは偉い。なので、その御菓子を大人しくジャストラムさんに献上するように。……デブになるぞ? 何を言っているのか分からないよ、アーノイック。ジャストラムさんはナイスバディな可愛い女の子だようっふん』


 アレスの娘。俺の保護者面してくる、変わり者の姉弟子、ジャストラム。何かと俺にちょっかいをかけてきて、最初はウザい奴だと思っていたが……いつの間にか、傍にいるのが当たり前の奴になっていた。俺にとって、大事な友人になっていた。

 



『少年。今日から君は、覇王剣と、そう名乗るが良い』




 アレスに勝利し、【剣聖】の称号と、師から二つ名を拝命する。


 俺を育ててくれて、人の情を教えてくれたあいつに、恩返しがしたかった。


 あいつの想いを、【剣聖】となって、意志を継いでやりたかった。


 アレスは時折悲しそうな目をしていた。


 当時の俺はその目の理由が理解できなかった。


 だから俺は、あいつの希望になってやりたかった。


 あいつの愛したこのろくでもない世界を、守ってやりたいと思ったんだ。




 ――――――――だから、俺は、剣聖になって、世界を守るために剣を執った。




『アーノイック。僕が父親で……君は良かったのかな』




 災厄級、疫災の魔女との戦いで、俺を庇い、アレスは亡くなってしまう。


 母シエルは俺が殺し、父アレスもまた、俺が殺した。


 心の底から、絶望した。俺の中にあった光が、完全に無くなった気がした。



 ――――――――俺はこれから、何のために、剣を握れば良いのだろう。



 絶望し、故郷奈落の掃き溜めに赴き、そこで死のうとした俺は……一人の幼い森妖精族(エルフ)と出会う。



『……お前、喋れないのか?』


『……』


『一緒に……来るか?』


 

森妖精族(エルフ)は涙を流しながら……小さな指で、俺の手を取った。


 森妖精族の少女を養子に取った俺は、奈落の掃き溜めで懸命に咲いている百合の花、シエルが好きだった花から……古代の言葉の百合から、リトリシアという名前を、娘に付ける。


 リトリシアは賢く、剣の才のある少女だった。


 だが彼女は俺に依存するあまり、本来の力を引き出そうとはしなかった。


 その後、俺は、疫災の魔女との戦いで負っていた、持病が悪化し……臓器が石化してしまう。


 医師によると、俺の余命は、数年という話だった。


 リトリシアには、このことを打ち明けることができなかった。


 その後、俺は、剣聖として王国を守るために奔走する。


 病によって弱体化し、アレスのことが原因で【覇王剣】を封印した俺は……45歳の時、ジェネディクトと対峙する。


 単騎で闇に蠢く蟲『蠍』のアジトを崩壊させ、俺は、ジェネディクトを追い詰めた。


 全盛期に比べて弱くなったとはいえ、奴を追い詰めることなど、わけなかった。


『終いだな、カマ野郎』


 倒れ伏すジェネディクトの顔に向けて、刀の切っ先を向ける。


 すると、ジェネディクトは顔を上げ瞳孔を開き、半狂乱になって笑い声を上げた。


『あはッ、あははははははははははははははははははッッッッ!!!! よ、よくも、この私の美しい顔に傷を付けてくれたわねぇッ!!!! こんのッッッッ化け物が!!!! 何で魔法で加速している私に、何の魔法も武装もしていない丸腰野郎が、ついてこれてんのよぉぉぉぉぉ!!!! こんなこと絶対にあり得ない!!!  あり得ないわぁぁぁぁぁ!!!!』


『チッ、ギャーギャーとうるせぇ野郎だな、オイ。全部自業自得だろうが。まぁ、いいや。さっさと死ねや、クズ野郎』


 奴の首を切断しようと、剣を振り降ろす。だが、その時。


 ジェネディクトは懐からネックレス型の魔道具を取り出すと、大きな声で呪文を唱えた。


『【転移】!!』


 そして、次の瞬間。俺が剣を振り降ろすよりも早く、奴の身体は霧散して消えていった。


 ジェネディクトを見逃すという、痛恨のミス。


 アレスの死が原因で【覇王剣】を封印していなければ、こんなことにはならなかっただろう。


 結局、当時の俺は、弱い自分を乗り越えることができなかったんだ……。


 

 47歳。余命一年となったその日、俺は、リトリシアに病であることを告げる。


 そして残りの一年は、娘のためだけに生きると決めた。


 アレスが住んでいた道場跡に小屋を建てて、そこで、リトリシアと二人で暮らした。


 とても、楽しい日々だった。幼い頃から家族を欲していた俺にとって、リトリシアは、シエルとアレスに代わる、新たな光だったからだ。




 ――――――――――――あぁ。できることなら、傍で、この子の成長を見ていたかった。


 彼女を正しい剣の道に、導いてやりたかった。




『師匠……師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』



 泣きじゃくるリトリシア。俺の視界に映るのは、青い冬の空。


 俺の人生は、失うばかりの人生だった。


 俺は、力を得て、何かを成すことができたのだろうか?





 俺は――――――いったい、何のために、剣を握ったのだろう?




 愛する娘に看取られ、俺は、この世を去った。





 ――――――――――――ここまでが、アーノイックの人生。


 残りの人生は、アネット・イークウェスの物語。


 

 転生した俺は、お嬢様やエステルたちを守るべく、ジェネディクトと戦った。


 特級魔法を行使しようとしているジェネディクトに向けて、上段に箒丸を構える。


 あの時から、俺の剣の道は、再スタートし始めた。


 そうだ。あの時の俺は何故、封印していた【覇王剣】を使用することができたのだろうか?


 何故、過去を乗り越えることができたのだろうか?




 ―――――――――お前は何のために、剣を握る? アネット・イークウェス。


 


 回想を終えると……そう、目の前にいるアーノイック・ブルシュトロームが、問いを投げてきた気がした。


 幻影が、喋るわけがない。だけど、あいつがそう言った気がした。


 俺は笑みを浮かべ、口を開く。



「だから、言ってんだろ。今の俺は……大事な人たちを守るために、剣を握ってんだよ」



 俺の原点は、シエルを守りたいと思った、幼い頃と同じ。


 腐った世界を滅ぼすために剣を握ったわけでも、アレスの想いを継いで世界を守る使命に燃えているわけでもない。


 俺は、守りたいから、剣を握ったんだ。



「俺はもう……変わることができたんだよ、アーノイック」


『……――――――――アネット!』


師匠(せんせい)!』『師匠!』『師匠(マスター)!』

『アネットちゃん!』『アネット!』『メイドの姫君』


 お嬢様や、みんなのおかげで。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 箒丸を全力で、振り降ろす。


 俺の中にある全ての闘気を、この一刀に、叩き込む。


 振り降ろした箒丸から飛んで行った斬撃は、アーノイックが青狼刀を振って放った斬撃と衝突し、俺たちの間でせめぎ合う。


 ぶつかり合う【覇王剣】と【覇王剣】。こんな光景は、見たことが無い……!


 箒丸に力を込めていた腕の血管が切れ、血が噴き出す。


 圧される……! 今まで俺が戦ってきたどんな奴よりも、強すぎる……!


 ここまで実力差があるのだとしたら、俺とアーノイックはもう、別人に等しいのかもしれない。


 姿も、性格も、趣味も。全部違う。


 こうしてみると俺とアーノイックはもう、まったく違う別の人間だ。


 あいつは孤独故に強かった。俺は、みんなに囲まれ、孤独ではなくなった。


 俺が弱くなるのは、当然の道理なのか……? いや……違うだろ……!


 みんながいるからこそ、俺は、強くならなきゃいけないんだ……!!!!


「ここでテメェを倒して、俺は、未来に生きるぜ!! アーノイック!!!!」


 ガチガチと、歯車が引っかかる音が聴こえる。


 【覇王剣】を放つ時に聴こえる謎の歯車の音。


 闘気が少ないからか、その歯車は、上手く回らないみたいだ。


 どんどん圧されていく俺の【覇王剣】。


 懸命に踏ん張っている俺の身体の節々から、血が噴き出していく。


「くっ……そっ……たれ……!」


 グググと背後に追いやられ、足がズルズルと後ろに動いていく。


 対する遠くに見えるアーノイックの顔は、無表情。


 まるで、雑務処理でもしているような、つまらなさそうな顔。


 あんな顔をして剣を振っていたんじゃ……確かに、ジェネディクトの奴が俺にビビルのもわけねぇな。我ながら、恐ろしい……!


「闘気だ……あの怪物を倒すには、闘気が全然足りない……! まだ、残ってるはずだろ……!」


 俺は無理やり、身体の中にある闘気を絞り出す。


 その瞬間、かみ合わない二つの歯車が金切り音を上げ、ギギギギと苦しそうに動こうとした。


 それと同時に、ドクンと、心臓が強く痛みだす。


「はぁはぁ……これ以上は危険ってか? 悪いが、限界を超えないことには、あいつは倒せねぇんだよ……! これでぶっ倒れても、良い……! 身体の中にある全ての闘気を使って、あいつを倒す!!!!」


 ギギギギギギギギギギギギ―――――――――――ガシャン。


 歯車がかみ合う音が聴こえる。


 そして――――――今までに感じたことがない程、歯車が、猛スピードで回転し始めた。


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」


 俺の【覇王剣】が勢いを増し、アーノイックの【覇王剣】を打ち消し―――――――奴の元へと向かっていく。


 その光景を見たアーノイックは、両腕を下げ、ニコリと笑みを浮かべた。




『はっ。やるじゃねぇか、アネット・イークウェス』




 そんな言葉が聴こえたのと同時に――――――――ドシャァァァァァァァァンと爆音が鳴り響いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



「また、揺れた……! なんなの、これ……!」



 三度目の揺れ。山頂にいるロザレナは、辺りをキョロキョロと見渡す。


 すると、その時。頂上に地響が鳴り響き、亀裂が走った。


「わわっ!」


 溝は深くはないが、端から端までぱっかりと割れた山頂。


 その光景を見てロザレナが汗を垂らしていると、隣に立っていたグレイレウスが腕を組みながら開口した。


「なんだ、今の揺れは。地震か?」


「わかんない。でも、これで三度目だよね? 山頂にいて大丈夫なのかな? 少しだけ、怖いわよね」


 ロザレナとグレイレウスとそう会話を交わした後。


 ロザレナは、崖際に立って下を見ているルナティエに声を掛けた。


「ちょっと、ルナティエ! 何やってるの! 崖際に立っていたら落ちちゃうわよ! こっち来なさい!!」


「……ロザレナさん。グレイレウス。これ……見てみなさい……」


「え?」「む?」


 ロザレナとグレイレウスは首を傾げ、ルナティエの横に並ぶ。


 そして二人は、そこに広がる光景に、驚きの声を上げた。


「なっ……なに、これ……?」

「なんだ……これ、は……?」


 そこに広がっていたのは、山の中腹にできた、大きな斬撃痕。


 その斬撃痕は、山頂の亀裂へと繋がっている。


 文字通り……山を割った……斬撃の痕だった。


 その光景を見て固まっているロザレナとルナティエを他所に、グレイレウスは身体を震わせ、拳を握ると……興奮した様子で目を輝かせた。


「これは間違いなく……師匠(せんせい)の御業だろう!! 流石は師匠(せんせい)だ!! 本当に、素晴らしい……我が師はやはり、剣の神に愛されし最強の剣士……いや、剣の神そのものだ!! 何処に山を割る剣士がいるというのだ!! フ……フハハハハハハハハハハ!!!!! 我が師は神なのだ!!!!! フハハハハハハハハハハ――――――ッ!!!!!」


「ちょっと! ここで大きな声で笑い声上げるんじゃないですわよ、グレイレウス! これをやったのが師匠だってバレたらどうするつもりなんですの!」


「もがっ!」


 グレイレウスの口を塞ぐルナティエ。


 そんな二人を他所に、ロザレナがポソリと呟いた。


「……これ……を……アネット、が……」


「ロザレナさん?」


 ロザレナは、戦慄した様子で身体を震わせた後……緊張した表情で、ニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべた。


「アネットも、強くなっている……ということね。いえ、あたしがアネットの底を見誤っていたんだわ。そっか……まだ全然……あたしはあの子の背中すら見れていないんだ……これじゃああたしの【覇剣】は、可愛いものにしか見えないわね。ふふっ」


 笑みを溢すロザレナ。そんな彼女に呆れたため息を吐いた後、ルナティエは、二人に向けて口を開く。


「良いですこと、お二人とも。こんな事態になったら、まず間違いなく――――」


「な……なんだ、これはぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!」


 その時。剣王たちもテントから出て、山の中腹が斬り裂かれている光景に気付いた。


 驚き、硬直する剣王たち。


 だが、直前までアネットとアーノイックの【覇王剣】について会話していたロザレナたちとは異なり、剣王たちは、山割れを単なる自然現象として捉えたようだった。


「こ、これは……恐らく、地崩れか何かかだろうか……。くそ。オフィアーヌ家への説明が面倒だな……一応、怪我人がいないかどうか、見てくるとしよう。ラピス、クローディア、ついてこい。アレフレッドとロドリゲスはここで待機して、受験者たちが来たら対応しろ。行くぞ」


 そう言ってルクスが動き出そうとした、その時。


 キリシュタットが、ルクスに声を掛けた。


「俺も行こう」


「お前が……? 珍しいこともあるものだな? お前は怪我人の有無など、気にしないと思っていたが?」


「何。少し、気になったというだけの話さ」


 そう言ってキリシュタットは崖下にある斬撃痕を見下ろした後、箒星の門下生たちへと視線を向ける。


 そして、そのまま、ルクスたちと共に去って行った。


 その後ろ姿を見て、ルナティエは顎に手を当てる。

 

「やばい……ですわね」


「え? 何が?」


「何が、じゃありませんわよ。もし、斬撃痕を残した場所に師匠がいたら、怪しまれますわよ! 早く、助けに行かないと……!」


「えー? 大丈夫でしょ。あいつら、自然現象か何かだと思っていたっぽいし。アネットだって、あいつらが来たら、隠れるでしょ?」


「キリシュタットは……あれを、自然現象としては捉えていないように感じましたわ。それに、もし、アネットさんが戦った過去の自分が、あっちの自分だとしたら……」


「? 何言ってるの、ルナティエ?」


 ルナティエは数秒程思案した後、グレイレウスに声を掛ける。


「グレイレウス! 剣王たちよりも早く現場に向かって、今すぐ師匠を回収してきなさい! この中で一番速いのは、貴方ですから!」


師匠(せんせい)を回収……? お前はいったい、何を言っている?」


「良いから、早くなさい! わたくしの予想では……師匠は動けなくなっているはずですわ!!」


「動けなく……? まぁ、よく分からんが、了承した。奴らよりも早く現場に到着し、師匠を連れてここに戻って来いということだな? 良いだろう」


「え? あんた、よく分かってないのに、ルナティエの言う通りにするつもりなの?」


「癪だが、このクズ女はオレたち3人の中で誰よりも頭が良い。こいつの言葉に従うことに、間違いはないだろう。お前もそう思っているはずだろう、ロザレナ」


「それは……そうね。ルナティエの言うことに、間違いはないわ」


 グレイレウスは踵を返し、しゃがみ込むと、クラウチングスタートのポーズを取る。


 そんな彼に、ルナティエは声を発した。


「グレイレウス。貴方……剣王たちより先に……師匠がいる試練の間に辿り着くことは、できるんですわよね?」


「誰にものを言っている」


 そう言った直後。グレイレウスは瞬く間に姿を掻き消した。


 その姿を見送った後。ルナティエは、小さく口を開く。


「頼みましたわよ……グレイレウス」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「けほっ……けほっ……」


 俺はうつ伏せになって倒れ込み、咳き込む。


 パラパラと天井から土砂が降ってくる中、俺は、土煙の奥へと視線を向ける。


 俺は、アーノイックを倒すことができたのか……否か。


 土煙が開けると、そこには――――――左腕を失い、左肩から腹部にかけて、大きな穴が空いているアーノイックが立っていた。


「はっ。化け物野郎が……」


 けっして膝を突くことはしないという、強い意志が宿った瞳。


 左腕を無くし、腹部に風穴が空いても、あいつは意識を失うことなくそこに立っている。


 全力の【覇王剣】を放っても尚、あの男は倒れることはしない。威風堂々と、その場に立ち続けている。右手には、青狼刀が握られたままだ。


「俺はもう、身体を動かすこともできない……俺の……敗け、か……」


 そう言葉を発したのと同時に、壁が崩れ落ちる。


 すると、室内に漂っていた紫色の煙が、外へと出て行った。


 それと同時に、アーノイックの姿が、徐々に塵となって消えていく。


 アーノイックはフッと鼻を鳴らすと、地面に青狼刀を突き刺し、口を開いた。


『いいや。お前の勝ちだ、アネット・イークウェス』


 そう言葉を残して、奴は空気に溶けて消えていった。


 俺はそんな奴に対して、言葉を投げる。


「幻影の癖して、格好つけてんじゃねぇよ。馬鹿野郎」


 勝敗的には、引き分けといったところか。


 与えたダメージ総量でいえば俺の勝ち。殺し合いをするのなら、動けなくなった俺の敗け、最後まで立っていたあいつの勝ち……ってところかな。


 一時的に過去の俺と同等の……やや上回る【覇王剣】を放つことはできたが……今の俺がこれを放つと、闘気がすっからかんになって動けなくなるようだな。


 当時の俺は連発して放てていたというのに、情けないったらないぜ。


 この全力の【覇王剣】は……いざとなった時のための奥義だな。


 むやみやたらに使うことは控えなければいけない。


「っと、あれ……? 魔道具(マジックアイテム)が解除されたっていうことは……」


 俺は、自身の左腕を確認する。するとそこには、ちゃんと、俺の腕がくっついていた。


 幻影だと分かっていたとはいえ、自分の腕が斬られるとなると、肝が冷えたな。


 片腕じゃ、メイドの仕事もやり辛くなっちまう。いや……問題はそこじゃねぇか。


 そう、俺が左腕を見てホッとしていると、ゴゴゴと音を立てて、山頂へと続く隠し扉が開いた。


 あとは山頂へと向かうだけ……なんだが……。


「う、動けねぇ。どうするか……」


 魔道具が解除された以上、幻影に与えられたダメージは無くなっている。


 だが、俺の脳は今まで与えられたダメージを覚えており……身体には、見えないダメージが残り続けていた。


 あと、俺の【覇王剣】による地形ダメージはちゃんと残るようだ。


 幻影体アーノイックがばかすか【覇王剣】を撃っていたから、勘違いしていたが……幻影体の攻撃は残らないが、俺の攻撃は現実のものなので残り続ける。


 山を割ってしまったのは……流石に、やりすぎてしまったか……いや、アーノイックを倒すにはあれくらいしないといけなかったし……うーん……。


「山崩れが起こったのは……こっちの方だ……!」


 その時。山頂へと向かう扉の向こうから、何者かの声が聴こえてきた。


「やっべ……!」


 流石にメイドの俺が山を割った元凶だとは悟られないだろうが、ここで倒れていたということで、後々何らかの不信感を抱かれる要因にもなりかねない。


 倒れていた言い訳としては、山崩れに巻き込まれた、で済むだろうが……勘の鋭い奴がいた場合、俺の嘘を怪しむ奴も出てくるかもしれない。できる限り面倒事は、避けたいのだが……!


師匠(せんせい)!」


 その時。切り裂かれた壁の向こうから、グレイが姿を現した。


 俺は突如現れたグレイに、驚きの声を上げる。


「グレイ!? どうしてここに!?」


「ルナティエに言われて来ました!」


 まさかルナティエ……俺の状況を推察して、グレイを派遣したのか……!?


 まぁ、今は何でも良い。ナイスだぜ、ルナティエ……!


 倒れている俺の傍に近寄ると、グレイはおろおろとし始める。


師匠(せんせい)……動けないのですか!? まさか、何か、ご病気にでも罹ったのですか!?」


 俺が誰かにやられたのだとは思わないのか、グレイレウスは。


 俺はため息を吐き、グレイに声を掛ける。


「何でもいい。早く俺を背負って、別の場所へと連れて行ってくれ」


「はっ。御意」


 俺はグレイに背負われて、何者かがやってくる前に、その場を後にした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 グレイに山頂へと連れて行かれた俺は、木を背に、座らせてもらった。


 すると俺の傍に、ロザレナとルナティエが駆け寄ってくる。


「アネット! どうしたの!? 大丈夫なの!?」


「師匠!? ご無事ですか!?」


「お嬢様、ルナティエ。少し、最後の試練に手間取ってしまいました。ですが、ご安心を。少し休めば、回復すると思いますので」


 俺は「あははは」と笑みを溢す。


 するとグレイがリュックから水筒を取り出し、コップに水を注いで、膝を突いて甲斐甲斐しく俺にコップを突き出してきた。


師匠(せんせい)、お水です。どうぞ」


「いや、悪いんだけど、手も動かせないんだ。だから……」


「では、オレが飲ませてあげますね!」


「ちょ、無理やり口元にコップを押し付けてくんな……がぽっ、ごぽぽぽぽぽぽっ……げほっ! てめぇ、グレイ! やめろ! 俺を殺す気か!!」


「せ、師匠(せんせい)!? オ、オレはただ、師匠(せんせい)の御病気を治したい一心で……!!」


「病気じゃねぇっつってんだろ!! ……はぁ、まぁ良い。お嬢様、グレイ、ルナティエ。ここにいるということは、無事に、第二次試験をクリアなされたのですね」


「ええ! 勿論よ!」


「はい、勿論ですわ!」


師匠(せんせい)! 申し訳ございませんんんんっ!! このグレイレウス、水すらまともに師匠(せんせい)に与えられないとは……っ!! では、お粥でも御作り致しましょうか!? 師匠(せんせい)に元気になってもらわなければ、オレは……オレは……!!」


「おい、誰か、あの馬鹿を黙らせろ」


「はいですわ」


「ごふっ!? ル、ルナティエ……貴様、よくもオレの頭にチョップを……」


 ルナティエを睨み付けるグレイ。


 俺は弟子たちの様子に笑みを浮かべた後、再度、開口した。


「ルナティエ。貴方のおかげで、助かりました。やっぱり、貴方は状況を把握することに長けていますね。頭脳面において、貴方の右に出る者は殆どいないでしょう」


「……えへへへ。御力になれたのなら、良かったですわ」


「グレイ。貴方も、速さに磨きがかかりましたね。前よりも冷静に……なったようですが、私のこととなると何故、暴走してしまうのでしょうか……」


師匠(せんせい)! お褒めいただき、恐悦至極でございます!!」


「ロザレナお嬢様。以前よりも、強くなられましたね。まだ発展途上ではありますが、闘気、そして速度が、ぐんぐんと成長していっています」


「当然よ! あたしは、【剣聖】になる女だもの!」


 俺は弟子たちにコクリと頷き、続けて、口を開いた。


「これから始まる第三次試験で、貴方たちが【剣王】になるかどうかが、決まります。称号持ちの剣士になるというのは、今までとは異なります。称号持ちは、人々のために剣を振ることを義務付けられるのです。貴方たちは、これからますます、強者との戦いに身を投じていくことになる。その覚悟は、ありますか?」


「ええ!」「勿論ですわ!」「はい!」


 元気よく返事をする三弟子に、俺はにこりと笑みを浮かべる。


「貴方たちが【剣王】になったその時。私が、師として、貴方たちに二つ名を授けましょう。第三次試験を乗り越えて―――――――【剣王】となりなさい、我が箒星の弟子たちよ」


「「「はい!!!!」」」


 三弟子の元気の良い声が、山頂に響き渡った。

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