第10章 二学期 第307話 剣王試験編ー㉕ 負け犬たちの矜持
《ルナティエ 視点》
「さて、どうします? このまま僕と戦うのか、それとも休戦するのか。お好きな方をどうぞ」
そう言ってルキウスは、コートの裏側にある大量の魔道具を見せつけてくる。
わたくしはその光景を見て、フンと鼻を鳴らした。
「貴方……今までそうやって、相手に選択を委ねつつ、時間稼ぎをしてきたのでしょうけれど……生憎、わたくしにそのような小手先の取引は通用しませんわよ?」
「へぇ?」
「対話で時間を長引かせ、ジークハルトやアグニス、エリニュスなどの援軍を呼び戻そうとしているのなら、笑止千万。貴方が情報属性魔法を使用する素振りを見せれば、詠唱をする前に貴方を吹き飛ばしてやりますわ。そんな隙、このわたくしが、与えると思いまして?」
「ええ、ええ、仰る通りです。ですが君は、不用意に僕には近付けないはず。僕は、魔道具の存在を見せた。近距離で特級魔道具を使用したら……流石の君もただでは済みませんよ? ははっ」
「たとえ貴方が特級魔法の魔道具を持っていたとしても、わたくしがここで退くことは、あり得ない。わたくしは……いいえ、わたくしたちはここで貴方がたを倒し……第三次試験へと進みます。わたくしたち主従は、けっして、誰かから逃げることはしませんわ」
「なるほど。ええ、ええ、貴方のお顔を見て、覚悟が決まっていることは理解しましたよ。人を動かすには、金銭と暴力が最も有効です。ですが、そのどちらを使っても、貴方を動かせそうにはない。困りましたね。私にも、退けない理由があるのですが……」
「ならば、剣を執り、戦いなさい。この場で貴方を倒し……わたくしの第二次試験は、終わりとさせていただきますわ!」
そう口にして、わたくしは足を踏み込み、ルキウスへと襲い掛かる。
この戦いで、無暗に体力と闘気、魔力を消耗するわけにはいきませんわ。
魔道具には細心の注意を払いつつ、確実に、最小限の消費で、ルキウスを倒してみせます――――――!!
走って向かって来るわたくしに対して、ルキウスはヒュンと剣で空を斬り、構えた。
――――――何処かで見たことのある、構え。王宮剣術……弧月流……?
「僕は今まで、色々なところに潜入していましてね。貴族の家で養子として過ごしたこともありました。なので、剣の腕も、それなりに鍛えてきたと思っています」
そう言って、ルキウスは、わたくしに目掛け横薙ぎに剣を振ってきた。
わたくしはその剣を、跳躍して、回避する。
なんてことはないスピード。わたくしは宙で回転しながら、ルキウスに目掛け、微量の闘気を纏った回し蹴りを放つ。
ルキウスはそれを左の腕でガードしようとしましたが……わたくしの足が腕に当たった瞬間、彼の腕に大きな打撃痕が残りました。
「ぐっ!?」
痛みに顔を歪めながら、ルキウスは、わたくしへと右手向ける。
その手には、魔道具の指輪が、五つの指に装着されていた。
そのうちのひとつ、中指の指輪に嵌められていた緑色の宝石が……キラリと妖しく光り輝いた。
「圧縮し、弾け飛べ――【インパクト】!」
疾風属性低三級魔法【インパクト】。
空中にある空気を圧縮させ、一気に爆発させる、疾風属性魔法だ。
威力は高いが、効果範囲が手のひらの先に限定されるため、低級に指定されている。
目の前にある手のひらを見つめると、空気が渦を巻き、圧縮している様子が見て取れた。
わたくしは地面に降り立つと、即座に、しゃがみ込む。
すると、その瞬間―――頭上でパァンと、大きな爆発が巻き起こった。
わたくしは動ずることなく、煙が舞う中、低姿勢のまま動き……まっすぐとルキウスへと剣を突く。
「まさか、あまり有名ではない、この魔法を避けられるとは……最初から、この魔法の効果を知っていたということですか……! なかなかに博識な方ですね……!」
ルキウスは右手の中指に嵌めてあった魔道具を地面へと放り投げる。
魔道具は魔法とは異なり、魔力を消費しない分、次に使用する時までクールタイム……つまり多くの時間を要する。故にルキウスは、不要になった魔道具を廃棄したのだろう。
わたくしの突いた剣が、ルキウスの肩へと向かっていく。
するとルキウスは、再び、魔道具を使用した。
「我が敵の矛を削げ―――【リデュースアタック】」
妨害属性、中一級魔法、【リデュースアタック】。
確か、一時的に相手の攻撃力を下げる、デバフ型の魔法ですわね。
ルキウスの手のひらから放たれた紫色のモヤが、わたくしの腕へ絡みつく。
それと同時に、わたくしが突いた剣は、ルキウスの右肩へと突き刺さった。
しかし、力を込めて突き刺したはずが、わたくしの剣は肩を貫くことなく―――途中で止まってしまっていた。
なるほど、これが、デバフですの。初めて弱体化魔法を受けましたが、力が思うように入らなくなるものなのですわね。
「ま、まさか、筋力低下のデバフを受けて尚、僕の身体に剣を突きたてられるとは……! 君は、もしや、剛剣型の剣士なのか……!?」
「さて、どうでしょう。ご想像にお任せ致しますわ」
「いいや、君は、間違いなく剛剣型の剣士だ。さっき僕に放った回し蹴りには、尋常ではない力が宿っていた。あれは、闘気を纏ったものなのだろう。だとするのなら……僕が放った【リデュースアタック】は君に有効なはずだ。君は数分間、筋力が低下し、物理攻撃力が弱体化する……! そして―――」
彼は指輪をひとつ捨てて、肩に刺さっているわたくしのレイピアを左手で掴むと、至近距離で、こちらに向けて右手をかざしてきた。
「掴んだ! この距離では、攻撃魔法は避けられまい……! 雷鳴の如く轟け……【サンダーボール】!」
低二級雷属性魔法、【サンダーボール】。
低級に分類されてはいるが、速度と威力が申し分なく、その使い勝手の良さから上級の剣士でも使用することがあると言われる攻撃魔法。
雷属性魔法の速度は、とてつもないもの。近距離で回避することは、困難を極める。
ですが――――――。
「このような速度……我が師の唐竹に比べれば、止まって見えるようですわ」
わたくしはレイピアから手を離すと、地面を二度叩き、【縮地】を発動させる。
そして、姿を掻き消し、サンダーボールを避けてみせた。
「なっ……! 嘘、だろ……? 【縮地】だ、と……? 剛剣型と速剣型の才を持つ剣士だと!? 剣王試験の受験者にそんな力を持った存在がいるはずが……!?」
驚き目を見開く、ルキウス。
わたくしはそんな彼の背後に現れると、大きく息を吐き出し、ルキウスの背中に向けて掌底を放った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「後ろ!? ―――かはっ!?」
血を吐き出し、膝をつくルキウス。
わたくしはそんな彼の横を通り、前に立つと、肩からレイピアを抜いて……その切っ先を彼の眼前に突き付けた。
「勝負、あり、ですわ。潔くネックレスをお渡しなさい」
「……ゼェゼェ……ご、剛剣型の腕力に、速剣型の歩法ですか……これは、付け焼き刃の剣士では、太刀打ちするのは難しいですね」
地面に手を当てて跪きながら、ルキウスはこちらを鋭く睨み付けてくる。
見たところ、特級魔法の魔道具を使ってくる気配はありませんわね。
大方、コートの下にあった魔道具は脅し……といったところでしょうか。
いずれにしても、魔道具だけで戦う者など、わたくしの敵ではないですわ。
「ハハハハ……第二次試験の控室で、赤青黄色ブロックの受験者から、事前に箒星の門下生が尋常ではない強さを持っているとは聞いていましたが……まさか、ここまでとは思いもしませんでしたよ。こんな実力者があと2人もいたのでは、試験の体を成しませんねぇ。酷いバランスブレイカーです」
「理解したのならば、さっさとネックレスを渡してくださいまし。わたくしの従者が、今も孤軍奮闘しているのです。無駄なお喋りをしている暇など、ありませんわ」
「まぁまぁ、そう言わずに。こう見えてもですね、僕、子供のころから結構な修羅場を潜ってきているのですよ。生きるためには、何でもやりましたし、他人にもかなり恨まれてもきました。ですので……修羅場、というものには慣れているのです」
「? 何が、言いたいんですの?」
「僕、詐欺師をやる前は、コソドロをやっていまして。それなりに手癖が悪いんですよ。それ―――見てください」
そう言って、ルキウスが、わたくしの胸元に指を差してくる。
彼が指し示した場所を見てみると、そこには……首元にかけていたネックレスが無かった。
「なっ……!?」
「さてさて。貴方のネックレスは何処に行ったのでしょうか。もしかしたら、林の中に放り投げているかも……? このまま僕を倒したら、取り戻せなくなるかもしれませんねぇ。僕と貴方のネックレスをトレードするだけで終わりかもしれません。さてさて、どうしましょう?」
「ふざけたことを……! 貴方が隠し持っているのでしょう!?」
「はてさて、どうでしょうねぇ。確証はありませんよ」
もしかして、指輪を捨てていたのは、ネックレスを奪うために、わたくしの視線を誘導するためでしたの?
その隙に、ネックレスを奪っていたと? 気配を殺して動くのが、上手い男ですわね。
戦闘能力面においては、わたくしが有利でしたのに……一気に、場の主導権を握られてしまいましたわ。
ここでこの男を倒しても、もし、わたくしのネックレスが見つからないとなれば、わたくしが消耗した体力と闘気が無駄骨になる。ロザレナさんやグレイレウスのことを考えると、他の受験者と戦う選択は、できる限り避けたいところ。
ルキウスの言葉に、わたくしはギリッと奥歯を噛み、剣を引いた。
逆にルキウスは、勝ち誇った笑みを浮かべ、立ち上がろうとする。
先程とは形勢逆転となる。だが――――彼の手にあった剣が、地面へと落ちていった。
「なっ……!?」
自身の震える手を見て、驚くルキウス。
わたくしは髪を靡き、笑みを浮かべ、口を開いた。
「肩には、腕を支える筋肉―――棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋、三角筋といった筋肉組織があります。わたくしは先程の剣で、その多くの筋肉を狙って斬りました。貴方の右腕は、もう、まともに機能しませんわ」
「明確に、どこの筋肉を断てば、腕が動かなくなることを把握して剣を放っていたのか……剣の能力だけじゃない。ものすごい知識量を持っているんだな、君は……!」
「勝つためならば、なんだってやる……それはそちらも同じなのではなくって?
わたくしとルキウスは、その場で睨み合う。
多分、彼も気付いたのでしょう。
わたくしと彼は―――――頭脳を使って戦う、同じタイプの剣士であるということを。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アルファルド 視点》
「はぁはぁ……クソが……!!」
オレ様は、森の中を走って行く。
オレ様は剛剣型に分類されている剣士のようだが……どうにも、剣の才能はそこまでないらしい。
箒星の三人が剣王試験の修行に明け暮れる中、オレ様は、ルナティエの様子を見に満月亭の裏山へと向かったことがある。
その時、アネットに、何とは無しに聞いてみた。
オレ様は……今より、強くなれるのかどうかを。
そう問いを投げると、アネットは目を逸らし、数秒考え込んだ後、こう口にした。
『……アルファルド。はっきり言いましょう。貴方は……既に、限界を迎えています』
『限界……それって、つまり、オレ様は……』
『ええ。貴方は剛剣型の剣士として、既に成長の限界を迎えています。闘気の量も、今以上に増えることはありません。これ以上修行をしても、強くなれる可能性は低いと思われます』
『……』
オレ様が無言で俯いていると、アネットは短く息を吐き、首を横に振った。
『私も……学園に居た時から貴方が、人の見ていないところで地道に剣の修行を続けていたことは理解しています。貴方の身体は……修行を怠らず、常に、鍛えてきた人の身体付きでしたから』
オレ様がこの世界の誰よりも強いと思っている、アネットが言うんだ。間違いないのだろう。
まぁ、薄々、分かってはいたさ。
オレ様がどう足掻いても、本物の才能を持つ連中に勝てないことくらいはな。
学園に入学して、シュゼットを見た時に思った。あいつは……本物の化け物だと。
ロザレナやグレイレウスを見て、さらに理解した。
奴らのような戦の神に愛された者たちは、オレ様のような脇役がどれだけ努力しても届かない領域を、ひょいっと、軽く超えていきやがるんだ。
王都の路地裏でアネットにボコされて、オレ様は、自分の内なる心に気付いた。
弱い自分が悔しくて……仕方がないと。
クソみてぇな両親の元に産まれ、クソみてぇな血を引いたオレ様だが、オレ様は……好きでこんな人間になったわけじゃなかった。
分かっているさ。環境のせいにすんのは、言い訳だってことくらいはな。
ベアトリックスの奴を地獄に叩き落とそうとした張本人は、このオレ様だ。ヒルデガルトの奴がオレ様を目の仇にするのも、今ではよく分かる。
オレ様だって、マリーランドのあいつらが、また、ゴルドヴァークみてぇな化け物に奪われたらと考えると……腸が煮えくり返りそうになるぜ。
やってしまったことは消えない。ヒルデガルトがオレ様を憎むのは、当然のことだ。否定する気もない。
だが、こんなオレ様にも……本気で、頂点に立たせたい奴ができたんだ。
――――――ルナティエ・アルトリウス・フランシア。最初は、いけすかねぇ、夢見がちな馬鹿だと、そう思っていた。
あいつは、シュゼットやロザレナ、グレイレウスとは違う。どちらかというと、オレ様側の人間……端役、やられ役……オレ様とよく似た性質を持っている女だった。
あいつは、才能がないのを理解していながらも、自分が凄い奴なのだと自信があるフリをして、夢に向かって進んで行った。自分が勝つためならば、どんな手だって厭わない。常に傲岸不遜で、自分を天才だと口にし、己を鼓舞していく。
だが……結局、どんなに姑息な手を使おうとも、本物の天才には、敵わないものだ。
あいつはリューヌに敗け、ロザレナに敗け、今年の夏、心を折りそうになった。
しかし、本物の師と出会い、あいつは変わった。本物の天才たちに、あの伝説の剣神キュリエールに、一矢報いるまでに成長しやがった。
そんなあいつを見た周囲の人間たちは、恐らく、元々才能があったおかげだと言うことだろう。
けれど、それは違う。あいつは人一倍努力することで、やっと、天才たちに届くことができたんだ。オレ様は知っている。あいつが、3人の弟子の誰よりも長い時間、裏山で修行していたことを。
身体を壊しかねない、無茶な修行。それでも全てを乗り越え、あいつは必至こいて、天才たちの領域に手を伸ばし続けている。
マリーランドの一件から、剣王試験への修行を打ち込むその姿を見て……オレ様は、思った。あいつを、頂点に立たせてやりたいと。
フランシア家の当主? 【剣神】? そんなもんがゴールなんて言うんじゃねぇぞ、クソドリル。テメェはそんなところで満足して良い奴じゃねぇ。オレ様はテメェを―――剣の頂点、【剣聖】にしてやりてぇんだ。
『……アネット。お前の弟子でもないオレ様がこんなことを聞くのは、おかしいと思う。だが、はっきりと教えてくれ。オレ様が格上の相手を超えるには……どうすれば良い? 成長の限界を迎えた凡人は、どうすれば強くなれる?』
『それは……』
難しい表情を浮かべるアネット。オレ様は、続けて彼女に、自分の想いを吐露した。
『オレ様は……マリーランドの連中を守るために、ルナティエの従者となった。最初の動機は、リューヌなんかより、あいつが一番、フランシア家の当主に相応しいと思ったからだ。だけど、この数か月、あいつの従者となって別の目的ができた。それは……あの努力馬鹿を、頂点に……【剣聖】に立たせてやりたいってことだ』
『アルファルド……』
『これから先、奴が進む道には、必ず、道を阻む敵が出て来ることだろう。あのクソドリルは、ただでさえ少ない体力と闘気、魔力を、雑魚相手には消耗できない。だから、奴が無駄に力を使わないためにも、その露払いを……オレ様がしたい。オレ様が、奴を頂点に立たせるための道を作る。ロザレナを【剣聖】にしたいお前には、酷な話かもしれねぇが……頼む。オレ様が強くなる方法を、教えてくれ!』
そう言って、オレ様は、アネットに頭を下げた。
奴が今、オレ様に対してどのような表情を浮かべているのかは分からない。呆れているのか、それとも、怒っているのか。その感情を読むことはできない。
無言で頭を下げていると、頭上から、声が聴こえてきた。
『アルファルド。ルナティエから聞きましたが、貴方も、剣王試験を受ける意志があるんですよね? 貴方は、剣王になる気はないのですか?』
『ある。奴が剣聖になるのだとしたら、オレ様はせめて、剣王の座くらいに座っておかないといけない。これ以上成長の余地のない雑魚には無謀な夢だってことくらいは、分かっているさ。笑いたければ笑ってくれ。だが、オレ様は――――』
『笑いませんよ。顔を上げてください、アルファルド』
オレ様はゆっくりと顔を上げる。するとそこには、真剣な表情をしているアネットの姿があった。
『アルファルド。マリーランドの時から言っていますが、私は……貴方をもう、敵として見てはいません。一人の剣士として……いいえ。主人を想う同じ従者として、貴方に敬意を持っています。貴方は、変わりました。誰かを思いやれる、良き青年となった』
『いや……あんたがどんなに変わったって言ってくれても、やってきたことは変わらねぇよ。オレ様は、今まで、自分が勝つために好き放題してきた。その結果、他の奴らの大事な人間をたくさん傷付けてきたんだ。皮肉な話だよな。マリーランドで誰かを大事に想う感情を初めて知って、今まで自分がやってきたことの愚かさに気付いたんだからよ。本当、救えねぇ馬鹿だよな、オレ様は』
『いいえ。そこに気付けた時点で、貴方はもう、馬鹿ではあえりませんよ。私は、偉そうなことを言っていますが……私も過去、似たような経験をしています』
『あんたも?』
『はい。私は幼い頃、家族を奪われた憎しみを暴力という手段を用いて他者にぶつけて発散していました。周囲から恐れられ、鬼子とまで呼ばれていた私は、師と出会い、変わりました。確かに罪は消えませんが、その罪を清算できるくらいの何かを、世に成せば良いのではないでしょうか? ルナティエを頂点に立たせたいのなら、それを成せば良い。その行為の裏で……きっと、救われる人もいるはずです』
『……アネット』
『アルファルド。貴方はもう、間違いを犯さない。自分の正しいと思う道を、自分の判断で決めて、進みなさい。貴方は父親と母親とは違います。貴方は、自由です』
『……ありがとう。あんたの言葉で、迷いが晴れた気がするぜ』
オレ様はそう言って笑うと、アネットもニコリと微笑みを返してきた。
『それで……オレ様が強くなるには、どうしたら良いと思う? もう、鍛えても強くならないことは分かったが、それでもオレは、力を手に入れたいんだ……』
『答えはもう、分かっているのではないのですか?』
『は?』
『貴方の主人を見てください』
アネットの視線の先に目をやると、そこには、汗だくになって剣の素振りをしているルナティエの姿があった。
奴は足を震わせながらも、苦痛に顔を歪めながらも、修行を続けている。
その姿を見つめながら、アネットは続けて口を開く。
『貴方は、あの姿を見て、みっともないと思いますか?』
『いいや。思うわけがない』
『その通りです。ルナティエは、常に、自分がやれることを精一杯、やろうとしている……それが、あの子の強さ。アルファルド。強さとは何も、力だけではありませんよ。状況を判断し、策を練る。どう戦えば相手が不利になるのかを、一生懸命に考えることも、強さのひとつです。ルナティエは、けっして、剣の力だけには頼っていません。頭を使い、演技をして、相手の感情を読み取る―――そんな、策略家気質の剣士です。ですから、貴方も、剣だけに頼るのではなく、盤外で戦う術を身に付けなさい。貴方たち主従は、敵の虚を突き、勝利を求める。常に、自分がやれることを模索する。そういう戦い方をするのです』
『……そうか。そうだな。オレ様は元々、恫喝、騙し討ちで敵の精神を揺さぶることを得意としていた毒蛇王クラスの副級長だ。盤外戦術こそが、得意分野だったはずだ。すっかりそのことを、忘れていたぜ』
オレ様はそう言って、踵を返す。
そして、静かに、アネットへと礼を言った。
『サンキューな、アネット。もし、オレ様に、剣の才能がもう少しあったのなら……あんたの弟子になりたかったぜ』
『その気があるのでしたら、いつでも一緒に訓練してくださっても構いませんよ? 貴方なら、歓迎します』
『馬鹿言え。テメェのところの化け物どもに混じって剣なんて振れるかってんだ。だけど……あんたのことは誰よりも尊敬しているよ。あの時、オレを殴ってくれてありがとう。敬語が苦手だから、いつも舐めた口利いちまって……悪かったな。アネット先生』
オレ様はそう言い残し、後頭部をがしがしと掻いた後、その場を去って行った。
――――――回想を終え、今に戻る。
森の中を疾走しながら、背後を伺う。
そこには、こちらを追いかけてくる、ブリュエットとポンティキの姿があった。
見たところ、ジークハルトの奴は追いかけて来てねぇようだな。
ハッ! 舐めやがって! あの二人ならオレ様を狩れるとでも思っていやがるのか? それはこっちにも好都合な状況と言えるぜ! オレ様としては、どうにか三対一の構図を変えて、各個撃破できるように戦況を動かしたいところだからなぁ!
……とはいえ、第二次試験に進んだ剣王受験者どもは、全員、副級長~級長クラスの実力を持っていやがる奴ばかりだ。剛剣型なら闘気操作を行える奴ばかりだし、速剣型なら当たり前のように【縮地】を使ってきやがる。真っ向から戦っても、敗北する可能性は高いだろう。
ろくな闘気も素早さも、凡人であるオレ様は持っていない。
だが、策はある。
「……」
自身の手のひらの先には、先ほど、ジークハルトの剣を掴んだ時にできた傷跡があった。
(使えるもんは……何でも使ってやるさ)
その後、オレ様は手を握りしめ、方向転換すると―――隣にあった藪の中へと飛び込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ブリュエットとポンティキは林の中を走りながら、藪の中に入ったアルファルドを見て、呆れた表情を浮かべた。
「いつまで逃げる気なのですか、あの男は! 貴方には、剣士としてのプライドも矜持もないのですか!? せめて散り際は、綺麗に終わらせなさい!!」
「安心するでしゅ、ブリュエット。アルファルドは手負い。ジークハルトに負わされた怪我は、深いでしゅ。それに……あの男は、自らジークハルトの剣を掴むことで、手に傷を作っていましゅ。何処に逃げたところで、血の跡が、奴の足取りを示していましゅ」
ポンティキの視線の先には、地面に転々と作られている、血の跡があった。
二人はそれを辿り、遅れて藪の中へと入る。
藪の中にも、転々と、血の跡が続いていた。
その光景を見て、ブリュエットはフンと鼻を鳴らす。
「馬鹿丸出しですね。恰好を付けてジークハルトの剣を掴んだことが、仇になるとは」
「ブリュエット、見てくださいでしゅ。あの先の大木の裏に……血の跡が続いていましゅ。恐らくは、体力を消耗して、木の裏に潜んで休んでいるのでしゅね」
「自分が血の跡を作っていることにも気付かずに、のんきなことですね。私は、右から行きます。ポンティキ、貴方は左から行ってください。二人で挟撃しましょう」
「了解しました、でしゅ」
二人は頷き合うと、藪の中に潜みながら左右に展開し、大木へと向かって進んで行く。
そしてブリュエットが迂回して藪の中を進み、大木の裏へと辿り着いた……その時。
木の裏には――――誰もいなかった。
「え?」
ブリュエットが驚きの声を溢すのと同時に、遠くの方で、「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」というポンティキの悲鳴が響き渡った。
ブリュエットは剣を構えながら、木に背を付けて、周囲をキョロキョロと見渡し、警戒する。
「ポンティキ!! どうしたのですか!!」
その声に、返ってくる言葉はない。周囲は、深い闇と森のみが広がっている。
「い、いったい、何が―――――」
「ハッ! まだ気付かねぇのか? テメェらはまんまと、オレ様の策に嵌ってんだよ!」
「ア、アルファルド!?」
ブリュエットは背後から聞こえてきたその声に、大木の影から飛び出し、後ろを振り返る。
すると、それと同時に、彼女の元に黒い影が飛んできた。
ブリュエットは剣を構え、それを斬ろうとするが―――彼女の前に飛んできたのは、頬を赤く腫らして気絶している、ポンティキだった。
「なっ!?」
仲間を斬ることをためらい、ブリュエットは一瞬、躊躇する。
その隙に、ポンティキの影に隠れて接近していたアルファルドは……剣に微量の闘気を纏いブリュエットへと剣を放った。
「隙だらけだぜ!!!!」
鎧によって剣は防がれたが……その威力に耐え切れなかったブリュエットは、吹き飛ばされていき……ゴロゴロと地面へと転がって行った。
カハッと血を吐き出した後。ブリュエットは、身体を震わせながらアルファルドへと視線を向ける。
「ひ、卑怯者……! 私の仲間を、盾に、するだなんて……!」
「仲間だぁ? テメェらはどうせ、第三次試験に進めば敵同士だろうが。甘ったれたことを言ってんじゃねぇ。オレ様だったら、一時的に手を組んだ仲間なんて、容赦なく叩き斬るぜ? そんな覚悟もねぇ奴に……オレ様は敗けねぇよ」
「血の跡は……わざと……作っていたのですね……!」
「当然だろ。傷口を広げるのは多少痛かったが、どんなものでも使うのがオレ様のポリシーなんでな。騙しうちはこっちの領分だ。敗ける気はしねぇよ」
「こんな奴に……やられる、なんて……申し訳ございません……ルイン師匠……」
そう言って、ブリュエットは、気絶していった。
アルファルドはそんな彼女の元に向かい、首元にあるネックレスを奪おうとする。だが、ブリュエットの首には、ネックレスがかかっていなかった。
「はぁ!? 何でこいつ、ネックレスが首にかかってねぇんだよ!」
そして彼は、次に、彼女の鞄を漁るが……そこにも、目的のネックレスの姿がなかった。
「マジかよ……こいつ、元々ネックレス奪われた敗者だったのかよ……ってことは、何だ、くたびれもうけかよ。クソが」
はぁとため息を吐くアルファルド。その後、彼は、手に持っていたポンティキのネックレスを懐に仕舞うと、来た道を戻って行った。
「まぁ、良い。後は――――あいつだけだ。あいつを倒せば、ネックレスはオレ様の分を含めて三つになる。これで、少なくともルナティエは……第三次試験に進むことが確定になる……!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
ジークハルトは一人、元居た場所で佇んでいた。
彼は、ずっと、考え込んでいた。自分は剣王になって、何がしたいのかと。
その時。彼の前に――――藪をかき分け、アルファルドが姿を現した。
「よぉ。ずっとそこで、待っていてくれたのかぁ?」
「!? 貴様……ブリュエットとポンティキはどうした!?」
「奴らなら、林の中でおねんねしているぜ。キヒヒヒ……さて、再戦と行こうぜ、クソ王子」
剣を構えるアルファルド。そんな彼に対して、ジークハルトは眉根を顰める。
「貴様に勝機はない。言ったはずだ。級長と副級長には、絶望的なまでの実力の差があるとな。それは、先の戦いで嫌というほど理解したはず。それなのに、何故、戻ってきた? お前は、勝てない相手に何度も挑むような奴だとは思わなかったが? ネックレスを調達したら、すぐに何処かに消えるものだと思っていたぞ」
「オレ様も、テメェに言ったはずだぜ? オレ様には、【剣王】を目指さなきゃいけない理由があるってなぁ。四肢が残る限り、オレ様は足掻き続けるぜ? 悪いな、心底、諦めが悪いんだよ、オレ様はなぁ」
ボロボロの身体を無理矢理動かし、剣を構えるアルファルド。
そんな彼を見て、ジークハルトは剣を抜き、口を開く。
「理解し難いな。貴様は、先ほど、【剣王】になるのは今しかないと言っていたな。だが、人間、生きていれば必ずチャンスというものがやってくるはずだ。それなのに、何故、そうまでして戦い続ける? 何故、勝てない戦いに挑み続ける? お前は……そんな人間ではなかったはずだろう」
「ハッ。馬鹿か、テメェは? オレ様は一度も、テメェに勝てねぇなんて思ったことはねぇよ。それに……あいつなら、こう言うはずだぜ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ルナティエ 視点》
「―――――ルナティエさん。貴方の知略は素晴らしいものでしたよ、ええ。貴方の剣で僕の右腕は封じられ、いくつかの魔道具は、消耗して使えなくなってしまいました。最初に申し上げた通り、僕は詐欺師です。お察しの通り、戦闘の技術はそこまでなく、魔道具において、戦力を補っています」
そう言ってルキウスは左手に持っていた剣を落とすと、コートの中から、ひとつの指輪を取り出した。
そして彼はニコリと微笑みを浮かべると、それをこちらへと見せてきた。
「これは、特四級魔法が封じられている魔道具です。戦闘能力のない僕にとっての、唯一の切り札といったところでしょうか。ええ」
「貴方の言葉は、信じませんわ。それが低級魔法の魔道具の可能性だってあるのでしょう?」
「ええ、それはそうですね。勿論です。確率は二分の一。ですが、特級魔法というものは、世界の事象を書き換える力があるとされています。雷で山に穴を開け、水で都市を飲み込み、火で全てを燃やし尽くす。それが、特級魔法というもの。いかにお強い貴方であろうとも、この特級魔法を前にしては、為す術はないでしょう。試験のルール上、他者を殺すことは禁じられている。僕も、この魔道具をここで使用することは不本意です。ですが――――こちらにも、退けない理由があるのですよ。なので、どうか、ここは退いてはいただけないでしょうか? ルナティエさん」
ルキウスのその言葉に、わたくしは口に手を当て「フフフフ」と笑みを溢す。
そして顔を上げると、わたくしはレイピアを構えながら、声を発した。
「何故、わたくしが、特級魔法を防ぐことができないと思っていますの? その時点で、貴方は、判断を間違っていますわね」
「なっ……!? と、特級魔法ですよ!? 【剣神】たちでさえも防ぐことが困難とされる超常の魔法ですよ!? しょ、正気なのですか!?」
「よろしいですか? ルキウス。わたくしは、師に、こう教わりましたわ。この世界に――――不可能はない、と。だから、わたくしは……!!」
「あいつなら、こう言うはずだぜ。この世界に不可能はないってな。だから、オレ様は……!!」
「たとえ敗北しようとも、何度でも挑み続けてやりますわ!! 敗けることなんて、怖くはありませんから!!」
「たとえ敗北しようとも、この身がある限り、何度でも挑み続けてやるぜ!! 敗けることなんて、怖くはねぇからなぁ!!」
そう言って、わたくしは、ルキウスへと向かって走って行った。
そう言って、オレ様は、ジークハルトの元へと向かって走って行った。
「オーホッホッホッホッホッ!!!!」
「キヒャヒャヒャヒャッハァ!!!!」




