第10章 二学期 第288話 剣王試験編ー⑥ 舞い散る葉の中で
無事、久しぶりの学園生活は終わりを告げ――――放課後。
ロザレナは「久々の学校疲れた~」と言って、机に突っ伏した。
そんな彼女にクスリと笑みを溢した後、俺は、チラリと背後を伺ってみる。
俺の視線の先にいたのは、黒狼クラスの副級長ルナティエだった。
彼女は帰りの支度を終えると、アルファルドを連れて即座に教室を出て行く。
俺と共にその光景を見つめていたロザレナが、顔を上げ、ふんと鼻を鳴らした。
「本当、あいつ、どうしたのかしら」
「……自分の道をどうするべきか、きっと悩んでいるのでしょう」
「え?」
「何でもありません。帰りましょうか、お嬢様」
俺はそう言って、席を立つ。
すると、ロザレナはニコッと笑みを浮かべ、俺に声を掛けてきた。
「ねぇ、アネット。今日は寄り道しても良いかな?」
「寄り道、ですか?」
「ええ。前に二人で行った、聖騎士駐屯区にあったあの武器屋を覚えている? あそこにもう一度行ってみたいの。盗まれていた赤狼刀が戻っているか確認したくて」
あぁ……なるほど。赤狼刀は『闇に蠢く蟲』に盗まれて、一時的にアレスの手に渡っていたが……聖騎士団が回収して、既に持ち主の元に戻ったはずだろうからな。あの刀は元々はレティキュラータス家の神具。いつか買い戻して元の場所に戻したいロザレナにとって、ちゃんと現物を見ないことには不安で仕方ないか。
「分かりました。良いですよ。私もちょうど、あの店には用事がありますし」
「やった! ……って、用事?」
「いえ、何でもありません。行きましょう、お嬢様」
そうして俺は、席を立ったロザレナと共に、教室を出て行った。
――――聖騎士駐屯区・商店街通り。
学園の前に広がるこの大通りには、帰宅中の学生の姿が多く散見された。
俺とロザレナは人波の中を歩いて行き、目的の武器屋へと辿り着く。
「あ! あった!」
ロザレナはパァッと顔を明るくさせると、武器屋の入り口横の壁に飾られている赤狼刀へと歩み寄って行く。いや、前と同じ場所に置いてあるのかよ……流石に不用心すぎねぇか、ここの店主。
壁に掛けてある鞘に入った赤狼刀を見て、ロザレナは目をキラキラと輝かせる。
そんな彼女に、カウンターに座っている店主は新聞の上からチラリと目を向け、声を掛けた。
「そんなにその刀が好きなのかい、騎士候補生の嬢ちゃん」
「ええ! あたしはいつか、この刀に見合う剣士になるのが夢だもの!」
「へぇ?」
店主は新聞を畳むと、席を立ち、こちらへと歩いて来た。
そしてロザレナの前に立つと、顎に手を当て「ふむ」と口にする。
「嬢ちゃん、前にうちの店に来たことがあるだろ? 確か、安物のアイアンソードとそこそこの魔法の杖を買っていたか」
「え、覚えていたの? ……ですか?」
パチパチと目を瞬かせるロザレナに、店主はニヤリと笑みを浮かべる。
「以前、ここに来たのは、5月くらいだったか……あの頃はまだまだひよっこだと思っていたが、随分と腕を上げたようだな。顔付きがかなり変わっていやがる」
「見ただけであたしの成長が分かるっていうの?」
「あぁ、武器屋なりの直感って奴だけどな。嬢ちゃん……あの赤狼刀、ちょっと持ってみるかい?」
「え……いいの!?」
「あぁ。ちょっと待ってろ」
そう言って店主は、壁に掛けてある刀へと手を伸ばした。
俺はその光景を見て、「おや?」と、首を傾げてしまう。
(前にリトリシアが来た時は、椅子から立ち上がることもせず、赤狼刀を売ることを明確に拒絶していたのに……ロザレナには刀を触らせるのか?)
たまたま店主の機嫌が良かった説もあるが、一度盗まれた値札も付いていない価値のある刀を、機嫌が良いだけで一介の騎士候補生に触らせるだろうか?
レティキュラータス家の神具だと知っていて、彼女に剣を持たせてみようと思ったのか? いや、ロザレナがレティキュラータス家の令嬢であることを、この男には明かしていない。ならば……ロザレナと赤狼刀の相性を直感で見抜いた、といったところか。
店主のオッサンから赤狼刀を渡されたロザレナは、ワクワクした様子で、両手に持った刀を見つめる。
「わぁ……! 見ただけでも迫力がある刀だなぁと思ったけど、持ったらさらにすっごいって分かるわ! これは……生半可な剣士には持つことが許されない刀ね……! この刀には、意思が宿っている……!」
「ほう、そこまで分かるのか。妖刀ってのは、お前さんの言う通り、意思が宿っているもんだ。伝説の刀匠ラルデバロンの姉妹刀、狼の牙には、ある言い伝えがあるんだ。青き牙は世界に平和をもたらす者を主と定め、赤き牙は世界に混沌と破壊をもたらす者を主と定める。初代剣聖ラヴェレナは調停と破壊の心を持ち、この二対の刀を持つことによって、無類の強さを誇ったそうだ」
「へぇ……ラヴェレナは、二刀流だったんだ……」
「まぁ、一説によれば、ラヴェレナは赤き牙の方を好んで使っていて、青い方は……あれ、誰だったかな? ラヴェレナの妹? まぁ、忘れたが、二対が揃うことはあまりなかったらしい。ただ、二対持った初代剣聖は、敵なしだったという話だ」
「それって、アーノイック・ブルシュトロームより強かったのかしら?」
「いや、流石に初代剣聖の情報は古すぎて、その強さがどれほどのものだったか明確に分かってはいないらしいぜ。ただ、俺としちゃあ、初代よりアーノイック・ブルシュトロームの方が強いんじゃないかと思う。だって、あの男は青狼刀を持ってはいたものの、刀の能力とか関係なしにどんな武器を使っても、剣圧で全てを吹き飛ばしていたって話だぜ? そんな剣士は他に聞いたことがない。あの男こそが歴代最強の剣聖様よ」
いや、あの……褒めてくださってありがとうございます、はい……。
「……」
ロザレナは手に持っている赤狼刀をジッと見つめた後、店主に顔を向け、開口した。
「ねぇ、少し鞘から抜いてみても良い?」
「あ? まぁ、構わねぇが……妖刀っていうのは、主と認めた者にしか抜けないもので―――」
その瞬間……ロザレナは、ゆっくりと、鞘から赤狼刀を引き抜いた。
鞘から少しだけ見えた刀身には、紅い靄が舞っていた。
不気味な赤黒い刀身を見つめて、ロザレナは先程の明るい様子とは一変、目を細め、無表情になる。
「……」
黙り込み、口を横一文字に引き結びながら、ロザレナは紅い刀身を見つめる。
彼女の身体には、薄っすらと、闇のオーラが漂っていた。
「う、嘘、だろ……?」
赤狼刀を抜いたことに、驚きの声を上げる店主。
だが、俺はそんな彼の様子よりも、お嬢様とその紅い刀に言い難い焦燥感に駆られた。
(なん……だ? この気持ちは……?)
この違和感を、俺は最近、感じた覚えがある。
そう、これは―――ジェシカが虐められていた現場を見て、ロザレナが豹変した時と、同じ感覚。
ロザレナはそのまま、さらに刀を引き抜こうと腕を動かす。
俺は、お嬢様が何処か遠くへと行ってしまうのではないかと思い、急いで手を伸ばした。
「―――――お嬢様っ!!!!!」
だが、俺が手を伸ばして止める前に、ロザレナの手はそれ以上、赤狼刀を鞘から引き抜くことができない様子だった。
彼女はガチャガチャと剣の持ち手に力を入れて引き抜こうとするが、何かにつっかえたように、刀が抜けることは無かった。
俺はすぐにお嬢様の手を掴み、刀を鞘へ納刀した。
ガチャンと完全に鞘に刀を仕舞った後、お嬢様から先ほどの別人のような雰囲気は消え失せ、闇属性魔法も消失し、元の様子へと戻る。
ロザレナはパチパチと目を瞬かせると、ぷくーっと頬を膨らませた。
「ちょっとしか抜けなかったわ。うぅぅぅ~~っ!! 悔しい~~っ!!」
「お嬢様……その刀を抜いた時、何か、感じられませんでしたか?」
「え? 別に、何も? あ、プレッシャーみたいなのは感じたかも?」
顎に人差し指を当て、首を傾げるロザレナ。
どうやら本人は……自分の纏う気配が変わったことに気付いてはいないようだ。
赤狼刀。どうやらこの刀は、お嬢様の中にある闇属性魔法と、何か関係がありそうだ。
いやそれよりも、直感で、あまりお嬢様に持たせるのは良くないものだと理解した。
これ以上、この刀をお嬢様に触れさせてはいけない。
俺はお嬢様の手から赤狼刀を奪うと、それを店主に渡した。
「お返しいたします」
「あ、あぁ……それにしても、まったく驚いたぜ。少しだけとはいえ、鞘から刀を抜くとはな……お前さん、赤狼刀に主人として認められる一歩手前までいっているようだ」
ロザレナに対して、店主は感心した様子を見せる。
そんな彼の言葉に、ロザレナは複雑そうな表情を見せた。
「むむむむ~~。一歩手前、かぁ~~。もっと強くなったら、その刀に認められるようになるのかしら」
「かもしれないな。まぁ、妖刀が主を認めるには、肉体的強さが必要なのか、精神的成長が必要なのかは、分かっていないが。お前さんが赤狼刀が求める成長とは異なった方向に行けば、さっきよりも刀が抜けなくなる可能性だってある。まぁ、頑張るこったな、嬢ちゃん」
「ねぇ、おじさん。その刀、完全に鞘から引き抜くことができるようになったら、あたしに売ってくれない?」
ロザレナはそう言って、真面目な表情で、店主にまっすぐと視線を向ける。
店主はフッと鼻を鳴らすと、腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「完全に鞘から引き抜くことができたら、金なんていらねぇよ、てめぇにくれてやる」
「え!?」
「俺はそいつに見合った剣士を、ずっと探してたんだ。自分の主人に仕えることが、妖刀の本懐だ。ただし、お前よりも先に鞘から抜くことができた剣士が現れたら、そいつにくれてしまうけどな。早い者勝ちって奴だ」
「分かったわ! 次ここに来る時は、もっともっと、成長してみせるんだから!」
「……」
俺は、迷った。
お嬢様に、赤狼刀を持つことは止めておいた方が良いと、言うべきか否か。
だが……明確な理由がない以上、ここで止めても、お嬢様はきっと納得しないだろう。
だが、赤狼刀は青狼刀とは異なり、危険な刀だ。
いつかお嬢様がこの刀を再び抜きに来るまでに、俺は彼女を説き伏せなければいけない。
「それで……アネット、この店に何か用事があったんじゃなかったっけ?」
「あ、そうでした」
ロザレナにそう声を掛けられた俺は、店主に向けて口を開く。
「あの、店主様。私が以前、修復に出していた魔法の杖は……」
「あぁ、直ってるぜ。今、持って来よう」
そう言って、店主は赤狼刀を元の位置に戻すと、カウンターの奥へと向かって行った。
そして彼が持って来たのは―――初めてこの店に来た時、俺がロザレナにプレゼントしてもらった、魔法の杖だった。
その杖を見て、ロザレナは目をまん丸にさせ、驚きの声を上げる。
「え!? その杖って、あたしがアネットにあげた―――」
「はい。実は学級対抗戦前に、ベアトリックス……ではなく、アルファルドに壊されたあの杖を、こっそりと修復に出していたのです。バキバキに折られていましたから、修復にも時間がかかりましたが……何とか、直すことができました」
店主はフッと鼻を鳴らすと、俺に杖を手渡して、開口する。
「購入した方が安く済むし早いと言ったんだけどな。そこのメイドの嬢ちゃんはこいつを直してくれてと譲らなかったんだ。よほど、大切なものと見えるぜ」
「アネット……」
「あ、い、いえ、その、ちょうどフランエッテも弟子となったわけですし、そろそろ私も杖を持って、魔法の勉強もしなければいけませんしね、はい」
「このこの~っ! 照れちゃって! このこの~っ! そんなにあたしがあげた杖を気に入っていたなんて! このこの~っ!」
「ちょ、お嬢様、脇をくすぐらないでください!! 店先で騒いでいたら、失礼ですので!!」
俺はロザレナにちょっかいを掛けられながらも、手の中にある杖を見つめた。
前にも言ったが、俺にとって魔法の杖は、こいつ以外に考えられない。
無事に戻って来てくれて、本当に良かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アネット! 見て見て! 並木道に落ち葉がいっぱい落ちているわ!!」
武器屋を出た後。
俺たちは満月亭へと帰るべく、校門を潜り、学区内へと戻っていた。
ロザレナと一緒に、学区内の並木道を歩いていると、お嬢様は両手を広げてくるくると回り出す。
そして彼女は地面に落ちている赤や黄色の落ち葉を拾い上げると、両手いっぱいに抱え、それを勢いよく空中へと放り投げた。
まるで子供のような無邪気な姿のお嬢様に、俺は思わず背後で微笑みを浮かべてしまう。
「まったく、お嬢様はいつまでも子供みたいなのですから」
「ねぇねぇ、アネット。覚えている? 幼い頃、あたしが貴方に、騎士学校に行かないかって誘った時のこと! あの時も、御屋敷の中庭で、こんなふうに落ち葉が舞っていたわよね!」
「勿論、覚えていますよ。あの頃のお嬢様は、奴隷商団から解放されて安心したせいか、私の腕にずっとひっつていましたね。クスッ、それは今もあまり変わってはいないかもしれませんね。今もお嬢様はひっつき虫さんです」
「あー、もー、馬鹿にしてー。だって仕方ないじゃない。あたしは、あの絶望的な状況から助けてくれたあなたを、心の底から好きになっちゃったんだもの」
「好きって……」
何、急に告白してくれやがるんだ、このお嬢様は!?
俺が顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、ロザレナは笑みを溢す。
「分かってるわ。アネットが、そういった話題が苦手なことは。貴方は、女性同士でそういう関係になることは嫌なんでしょう?」
「え……?」
俺が疑問の声を溢し前を向くと、ロザレナは何処か寂しそうな表情で、木々を見上げた。
「あーあー、アネットが、男の子だったら良かったのになー。そうしたらあたしたちの間に障害なんて何もなかったのに」
「お嬢、様……」
ロザレナ。俺は……俺は、本当は、男なんだ。
俺が何故、王宮晩餐会で、危険を覚悟してまで……彼女とダンスを踊ったのか。
そんなの、決まっている。
他の誰かに、お嬢様のお身体に触れて欲しくなかったからだ。
俺だって、ロザレナのことが好きだ。
だけど、俺の中身のことを考えると、ロザレナの想いを受け入れることがどうしてもできない。
だって、自分が女だって、ずっと彼女を騙している最低な男なんだぞ、俺は。
普通に考えたら気持ち悪いだろ。傍にいたメイドが、実は男だったなんて。
そんな最低な俺が、お嬢様と一緒になって良いはずがない。
俺はこの自分勝手な想いを飲み込んで、お嬢様の幸せだけを願うべきなんだ。
ハハ……ロザレナは性別なんて関係なしに俺に好意を持ってくれているのに、俺ときたら、前世のことで悩んでいて、情けないぜ。
だけど、誰よりも大事な人なのだからこそ、俺は、真剣に考えなきゃいけないんだ。
「あたしね、アネットがいてくれるから、あたしはあたしのままでいられると思うの」
そう言って、ロザレナは落ち葉を蹴り上げた。
その横顔に、俺は思わず見惚れてしまう。
「もし、アネットに出会うことがなかったら。あたしは、荒んだままでいたんじゃないのかな。アネットと出会う前のあたしはね、入院している病院で、触れるもの全てに怒りをぶつけていたわ。どうしてあたしは立ち上がることができないのか、どうしてあたしはこんな小さな世界に閉じ込められているのか、って。それはもう、狂暴な女の子だったわ」
「お嬢様は私と初めて出会った時も、いきなり殴り付けてきましたしね」
「そ、それは今はいいの! とにかく。あたしって、元の性格はこんなじゃなかったの。常に、手に入らないものに手を伸ばしては、怒り、世界を敵視していたわ。その、最初にアネットを殴っちゃった時も、本音を言うと、あたしは友達が欲しかったんだと思う。でも、どうやって友達を作って良いのか分からなかった。だから、暴力という手段を用いて屈服させて、自分のものにするしか方法が分からなかったの」
「そうだったのですね」
「うん。欲しいものがあったら、力付くで奪う。それしか、あたしには人との交流手段が無かった。それを変えてくれたのは……アネット、貴方よ」
そう言ってロザレナはこちらを振り返ると、耳に髪をかけ、ニコリと微笑んだ。
「あたしは貴方が傍にいてくれたから、今のあたしになることができた。また、ジェシカの時のように、あたしは目の前で誰かが傷付けられたら自分を見失っちゃうかもしれない。だけど、アネットが一緒に居て手を握ってくれたら、そんな怖いあたしにはならないと思う。だから……あたしを好きにならなくても良い。ずっと、傍にいて、アネット」
そう言って俺に手を伸ばすロザレナ。
微笑む彼女の顔を見つめていた、その時。
風が吹き、並木道の葉を次々と落としていった。
その光景を見た時、何故だか、一抹の寂しさを覚えてしまう。
終わりが近付いていると、そう、感じてしまう。
「アネット? ボーッとして、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるロザレナに、俺は笑みを返し、首を横に振った。
そして彼女の傍に近寄り、俺は、その手を取った。
「夏休み最終日、ジェシカさんの御屋敷でも言ったじゃないですか。私は、私の存在がお嬢様の害にならない限り、お傍にいると。現に、オフィアーヌ家の騒動を片付けて貴方様の元に戻って来ているじゃないですか。だから、安心して――――」
その瞬間、脳裏に、ゴーヴェンの言葉が蘇る。
『聖女ではないが……ひとつ、君に予言をしておこう。君は12月に、ある決断を迫られる。そして、ひとつの答えを出すために、私の元へと訪れるだろう』
『愛する人を守りたいのならば、私と取引することだな。私は、必ず約束を守る。この言葉を……よく覚えておくことだ。最早、強欲の目覚めは止められない』
――――――――――――12月。
そうか。俺が、葉が落ちる風景を見て、終わりが近いと思ってしまったのは……ゴーヴェンに言われたあの言葉のせいか。
ゴーヴェンの言葉なんて信じてはいない。
だけど、不思議と、俺の中には12月に何かがあるという予感がある。
「アネット?」
「いえ、何でもありません。帰りましょう、お嬢様。満月亭に」
「うん!」
俺とロザレナは二人並んで並木道を進み、寮へと向かって歩いて行く。
触れられる場所に愛する人の手があるが、それを握る勇気も資格も俺には無い。
だけど、我儘は言わない。だって、俺は、お嬢様のお傍にいられるだけで幸せなんだ。
この五センチ程度の距離で、こっそりと我が主人のお顔を盗み見るだけで、俺は十分に幸せだ。
俺を墓場から引きずり出したゴーヴェンには言いたいことはあるが、レティキュラータス家に連れて来てくれて、お嬢様と引き合わせてくれた母には、感謝しかなかった。
だから、今は、この幸せを享受しよう。
赤狼刀に触れてしまった今日が、終わりの始まりだという、そんな予感なんて覚えないように――――――――。




