第9章 二学期 第274話 王宮晩餐会編―⑩ 黄金のドレスの少女
「ふぅ……」
俺はお嬢様から逃げるように離れると、ため息を吐いた。
我ながら、無茶をしたものだが……男に言い寄られているお嬢様を見て、我慢することができなかった。
彼女の手を、知らない男に、触れてほしくなかった。
何というか……俺も相当、拗らせてしまっているな。
まさかここまで独占欲が強い人間だったなんて、自分でも気づかなかった。
「ねぇ、貴方。さっき、あのロザレナと踊っていたわよね?」
その時。前方から声を掛けられる。
顔を上げると、そこにいたのは、紫色の髪の少女だった。
お嬢様に……何処か、雰囲気が似ている……?
「貴方、仮面で顔を隠しているけれど、なかなかのイケメンと見たわ。私とも踊りなさい」
「いや、あの……すみません……」
「まさか、断る気? 何処の家の者か知らないけど、私の誘いを断るというのなら、それ相応の―――」
「お嬢様ァッ!!」
突如、彼女の背後にいる老執事が、声を張り上げる。
「何よ、ボルザーク!! 今、私好みのイケメンをナンパしているところで……」
「またパンツが丸だしでございますぅぅ!!!!」
「何でよ!?」
慌ててコルセットに挟まったスカートを取ろうとする少女。
俺は今のうちだと考えて、そっと、彼女の傍から離れた。
そして―――壁際に立っている、目的の人物の元へと歩みを進める。
「ご満足、されましたか?」
壁際に立っているコルルシュカは、こちらにジト目を向けてくる。
俺は「あははは」と苦笑いをし、彼女と共に、誰にも気取られないよう、外へと出る。
そして俺は、控室へと戻るべく足早に廊下を進んで行った。
「会場の配置の確認だけという約束で、あの場に行ったのに……あんな目立つことをなさって。お嬢様は少し警戒心がなさすぎるのではないでしょうか」
「……返す言葉もありません」
拗らせてしまった童貞ですみません。
でも、あのままお嬢様があの男と踊っていたら、俺のメンタルは終わっていたと思います。本能に抗えなかったんですっ!!
「すぐに、ドレスを着てください。エリーシュアも既に待機しております」
「あぁ……分かった」
ため息を吐いた後、俺はピアスが付いている右耳に手を当て、口を開く。
「【念話】――――ブルーノ先生。そちらは、問題は何もありませんね?」
『あぁ、問題は何もない。ホールの反対側で待機しているアレクセイも……問題はなさそうだ。こちらに緊急時のサインは出していない。予想通り、アンリエッタは、晩餐会の閉会式で計画を実行に移す腹積もりなのだろう』
「了解しました。では、私の準備が終わった後、一旦全員で合流致しましょう。聖王も、既に部屋へと戻りましたよね? 先ほどは社交ダンスをしていたため、あまり確認できなかったのですが……」
「……お嬢様。聖王と配置の確認のために、わざわざ危険を冒して王広間に行ったのでは……?」
隣を走るコルルシュカがジト目で睨んでくるが、俺はそっぽを向く。
ドレス姿のお嬢様に見惚れていたなんて……そんなことは口が裂けても言えない。
『こちらが確認している。聖王は、やはり体力が持たないのか、晩餐会が始まってすぐに部屋へと戻って行ったようだ。現在、壇上は空だ。事前の計画通りに、作戦を実行できると思う』
「了解致しました」
『では、準備が終わり次第、また【念話】を飛ばしてくれ』
「はい。ブルーノ先生も会場で何かありましたら連絡してください」
俺はそう言って、【念話】を切断する。
アクシデントはあったが……主に自分のせいだが……計画は順調だ。
あとは――――アンリエッタを罠に嵌め、奴の罪を白日の元に晒すだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ロザレナ 視点》
「……」
あたしは、去って行った先ほどの青年を探すために、群衆の中を歩いて行く。
すると、その時。ある女性が声を掛けてきた。
「おや? こんなところで出会うとは奇遇ですね」
「え? って、あんたは……!」
振り返ると、視線の先に居たのは、【剣聖】リトリシアだった。
リトリシアは、皿に載っている巨大なステーキをナイフで切り分け、器用に咀嚼していく。
「むしゃむしゃ……ごくん。ハインライン殿の屋敷で戦った以来ですか。一か月ぶりですね、ロザレナ。あれから剣の実力は上がりましたか?」
「リトリシア……!! まさか、あんたとここで会うなんて……!!」
あたしはすぐに背中に手をやるが……勿論、そこに大剣は無かった。
チッと舌打ちをした後、あたしは腰を低くし、リトリシアに対して鋭い目を向ける。
「確か、お父様が、王宮晩餐会には剣聖も参加するって言っていたわね……! とはいえ、まさかこうして時間を開けずにあんたと再会できるとは思ってもいなかったわ!」
「そうですね」
リトリシアは空になった皿をテーブルの上に置くと、新しい皿を手に取る。
そして今度は、山盛りのチキンを、素手で食べ始めた。
「あたしは絶対に、近い内に、あんたから【剣聖】の座を奪い取ってやるんだから!! 前は手も足も出ずにやられてしまったけど、今のあたしはあの時よりももっと強くなっているわ! 覚悟しておきなさい!」
「もきゅもきゅもきゅ……あのひょきもいいまひたが、わたひとたたかうのにゃら、けんひんになってからにしてくだひゃい。ひょうごうももっていないけんしとたたかうきはにゃいので」
「口に物を入れながら喋ってんじゃないわよ!!」
「……ごくん。失礼。あの時も言いましたが、私と戦いたいのなら、せめて剣神になってからにしてください。称号も持っていない剣士と戦う気はないので」
そう言って、リトリシアは空になった皿をテーブルに置き、新しい料理の乗った皿に手を伸ばす。そこには、またしても大量の肉が乗っていた。
その光景を見て、あたしは思わず眉を顰める。
「いや……貴方、まだ食べるの?」
「? はい。というか、これだけでは全然足りません。剣士たるもの、空腹は一番の敵ですから」
「あたしも結構食べる方だけど……あんたもなかなかね」
「森妖精族は、細身の見た目からよく勘違いされがちですが、かなりの大食いなのですよ。他の種族よりも寿命が長い分、エネルギーの消費が大きいのかもしれません。まぁ……私は元々、食べることが好きなだけですが。亡き父ともよく、龍を狩り、その尻尾を丸焼きにして食べたものです。父は殆ど料理ができなかったので、よく焼いただけの肉を食べさせられました。肉好きはその時からの影響かもしれません。もきゅもきゅもきゅ」
「あっそ……というか、あんたの父親って……」
「ご存知でしたか。はい。私の父は【剣聖】アーノイック・ブルシュトローム。『覇王剣』の名を冠した、最強の剣士です」
「覇王剣……」
アネットが使用するあの全てを消し飛ばす剣技も、覇王剣という名前だ。
今までよく考えてこなかったけど、何でアネットは先代剣聖の技を使用できるのだろう?
あの子……10歳の頃から、あの剣を使っていたわよね?
よくよく考えると、こんなに一緒にいたのに、アネットが何であそこまで強いのか、分からない部分がある。
実はあの子、先代剣聖の血を引いている孫娘とか? うーん……?
「もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ」
「……」
黙々と食べ続けるリトリシアに、あたしは思わずジト目を向けてしまう。
こんな真顔で馬鹿みたいに料理を食べ続ける女が、あたしがいつか倒さなければならない相手なんて……少しだけ、テンションが下がるわね。
「もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ。……そんなにじっと見て何ですか? 食べたいんですか? あげませんよ?」
「いらないわよ! あーもう、あたしは行くわ! さようなら、馬鹿森妖精族!」
あたしはリトリシアに背中を見せる。
するとリトリシアが、声を掛けてきた。
「――――――待ってください」
あたしは足を止め、不機嫌な表情で振り返る。
「何よ」
「貴方には、聞きたかったことがあるのです、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。貴方は……5年前、ジェネディクトが率いる奴隷商団に攫われていましたね?」
「そうだけど、それが何?」
「あの時のことを最近になって思い出したのです。私はあそこで貴方と一度出会っていた。あの時、貴方は私に、自分のメイドを助けてくれと懇願していましたよね」
「やっと思い出したのね。あたしはあの時から貴方のことが嫌いだったのよ。後から来る救護隊に子供を任せて、あたしたちを無視する貴方にはね」
「私は、貴方のメイドが無事であることを理解していたからこそ、ジェネディクトの捕縛に向かったわけですが……まぁ、良いです。私はあの時から、ジェネディクトを倒したのがいったい誰なのか、疑問に思っていたのです。もう一度問います。ジェネディクトを倒したのは……誰ですか?」
「さぁて、ね。知らないわ。あたしたちも偶然、倒れているジェネディクトに出会しただけだから」
「あの時の貴方は、自分のメイドが倒したと、そう言っていた気がしますが?」
「……っ! こ、子供の時の嘘よ。第一、あの時の貴方も、あたしの言葉を信じていなかったじゃない!」
「ハインライン殿の屋敷で改めて貴方のメイドの顔を見て、私もそんはずはないと、再確認しました。どう見てもあのメイドから強者の気配は漂っていない。闘気の気配すら感じられなかった。ですが……やはり、引っかかるのです。暴食の王と戦ったあの時、私の前に、薄っすらとメイドが現れたような記憶がある。この間の災厄級の一件も、調べたらどうやらあのメイドは地下水路にいた様子。残念ながら、今は、行方不明となっているようですが……」
「……何が、言いたいの?」
「名前は忘れましたが、あのメイドが、全ての事件の裏にいたのでは? あのメイドが、影でこの王国を救っていたのでは?」
あたしは無言でリトリシアと睨み合う。
本当はその通りだと言って、アネットの凄さを認めさせてやりたかった。
だけど……それはあの子との約束を破ることになる。
アネットが周囲に実力を広める時は、剣聖になったあたしと戦う時だから。
あたしはため息を吐き、肩を竦める。
「馬鹿みたいな妄想ね。まず第一に、あたしはあの事件からいなくなったあの子のことを、ずっと探しているのよ? そんな実力があったら、あたしのもとに既に帰って来ているはずでしょ。変な事を言って、あたしの傷を抉らないでよ」
「そう……ですね。すみませんでした。確かに配慮に欠けていました」
納得がいっていない様子だったが、自分の言葉が相手を傷付けたと思ったリトリシアは、頭を下げてくる。
あたしは短く息を吐くと、リトリシアに向けて口を開いた。
「あの時……ジェシカのおうちで、貴方と話した時。貴方は、あたしにこう言ったわね。『貴方に大切な人はいませんか? その方が亡くなった、その時。貴方は今のように……前を向き続けることができますか?』って。今になって、ちょっとだけ、貴方の気持ちが分かったわ。確かに……辛いわね。いつも一緒だった大事な人が傍にいないというのは」
「……はい」
「でも、あたしは、前に進むわ。それが、あの子との約束だから」
そう言ってあたしは、前へと歩いて行った。
そんなあたしに向かって、ポソリと、リトリシアは小さく呟いた。
「…………強いのですね。私には……難しそうです。私の時間は、あの雪山での決闘から、止まったままですから……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「皆様、えんもたけなわですが、そろそろ閉会式とさせていただきます」
そう口にしたのは、セレーネ教の大司教、セオドアだった。
その言葉に、貴族たちは会話を止めて、一斉に壇上の前に立つセオドアへと視線を向ける。
静まり返った場内を確認した後、セオドアは、再び開口する。
「今年もこうして皆様と王宮晩餐会に参加できたこと、このセオドア、嬉しく思います。これも全ては女神アルテミスの思し召しでしょう。これから季節は冬へと移り、12月には生誕祭があるわけですが……ここで改めてセレーネ教の教えを説かせていただきます。よろしいですかな? 我らが女神は、人の世の争いを無くすべく、人間を四種族に産み出し――――」
セオドアの長い説法がまた始まったと、貴族たちは苦笑いを浮かべる。
……その時だった。
突如、壇上の前へ、アンリエッタが歩みを進めて行った。
「申し訳ございません、大司教殿。最後にこの場を借りて、報告したいことがあるのです。よろしいでしょうか?」
四大騎士公の一族であるアンリエッタの登場に、セオドアは潔くその場を明け渡す。
「おぉ、アンリエッタ殿! いつもセレーネ教に多額の寄付をありがとうございます。何を話したいのかは分かりませぬが、オフィアーヌ家の夫人である御方の言葉を遮る者はこの場にはおりますまい。ささっ、どうぞ、前へ」
セオドアは道を譲り、壇上の前に、アンリエッタが立つ。
アンリエッタは会場内を見渡した後、一呼吸置いて、口を開いた。
「皆様も知っての通り、オフィアーヌ家には現在、当主がおりません。この場で口にするのはあまり良くないかもしれませんが……先代オフィアーヌ家当主、私の前夫であるジェスターが王家を裏切った結果、長年、高齢である先々代当主、ギャレット様が当主代理を務めてきました。私もギャレット様も、まさかジェスターが王家を裏切るなんて思わず……未だに、あの事件のことで、心を痛めております」
そう言ってアンリエッタは懐からハンカチを取り出すと、目元を拭った。
そして、辛そうな表情で微笑を浮かべると、再度、口を開く。
「ですが……そろそろ私たちも、前を向かなければならない時です。先月、ギャレットお爺様は、こう仰いました。―――『先代当主一族の生き残りがいないか探してもらいたい。探して連れて来た者を、次代の当主に任命する』と」
オフィアーヌ家夫人の言葉に、場内はザワザワとざわめき立つ。
そんな貴族たちに向かって、アンリエッタは手のひらを向け、同意するように頷いた。
「皆様の言いたい事は分かります。先代オフィアーヌの一族は、フィアレンス事変で皆殺しにされたはず。もし一族の者が生きていたとしても、王国に反意を示した者に会いたがる当主代理はおかしい……そう、申されたいところでしょう。ですが、お爺様とて人の親。可愛がっていた息子の子、孫に会いたいという気持ちは、当然のものでしょう。年老いた結果、その気持ちが強くなるのも当然ではないのでしょうか。そうですよね? お爺様?」
アンリエッタは、会場にいる杖を突いた一人の老人へと視線を向ける。
老人は、コクリと、頷きを返した。
「……あぁ。ワシももう良い歳。もし先代一族の者が生きていたら、死ぬ前に会っておきたいと、そう思ったのじゃ。先代一族のワシの孫、長男ギルフォードと末の子の赤子は、未だに死体が見つかっておらん。じゃから……ワシは、家族にこう告げたのじゃ。もし、先代一族の情報を手に入れることができたのなら、そやつを次の当主に任命すると」
ギャレットのその言葉に、近くにいた貴族が声を張り上げる。
「だけど……もし生き残っていたとしても、陛下はお許しにならないだろう! 先代オフィアーヌの一族は皆殺し、それが、聖王様のご意思だ!」
「もし孫が生きていたとしたら、ワシは……この命と引き換えにしてでも、見逃してくれと、陛下に懇願するつもりじゃ。子供にまで罪はない。ジェスターが犯した反逆罪は、フィアレンス事変で清算されたはずじゃ。ワシは、悔いておるのじゃ。ジェスターやアリサに対して何もできなかった、あの日の無力な自分をな」
そう言ってギャレットはボロボロと涙を溢し、身体を震わせる。
その姿を見て、周囲にいた貴族たちも、同情した様子を見せる。
「まぁ、確かに……今思うと、フィアレンス事変って、謎の事件だったよな。先代当主が宝物庫を覗いたのが原因だって言うけど、何で、宝物庫の中を見ただけで一家郎党皆殺しにされなきゃいけなかったんだろうな」
「馬鹿、それ不敬だぞ。聖騎士の耳に入ってみろ。お前、殺されるぞ」
「平気だろ。もう、聖王陛下に力は残っていないよ。これからは、ジュリアン殿下とエステル殿下の一騎打ちだ」
「ギャレット様、お可哀想……今度の聖王様は、理不尽に人を罰しない方が良いですわね……」
ザワザワと、騒ぎ始める貴族たち。
そんな彼らを一瞥した後、アンリエッタは、ニコリと微笑む。
「私は、何十年もフィアレンス事変に囚われているお爺様が不憫でなりませんでした。だから……配下と協力し、何とか、先代一族の手がかりを掴むことに成功しました。全ては、オフィアーヌ家の家訓……『家族を大事にする』を守った結果です。家族で助け合い、愛情を尊ぶのが、オフィアーヌ家の人間の在り方ですから」
アンリエッタの言葉に、「おぉーっ!」と、皆、歓声を上げる。
アンリエッタは胸に手を当てると、悲しそうな表情を浮かべ、ギャレットに声を掛ける。
「お爺様。私が持ってきた情報を……知りたいですか?」
「む、無論だ! 早く教えてくれ!」
「ですが……恐らく私の持ってきた情報は、お爺様を酷く傷付ける結果になってしまうかもしれません。それでも……知りたいですか?」
「勿論じゃ!!」
アンリエッタはパチンと指を鳴らす。
するとそれと同時に、ある木箱を持って、アンリエッタの使用人レギウスが姿を見せた。
レギウスはアンリエッタに頭を下げると、隣に立つ。
そしてアンリエッタは、ギャレットに向けて口を開いた。
「こちらにいらしてください、お爺様」
「あぁ、分かった」
杖を突きながら、ギャレットは何とかアンリエッタの傍へと辿り着く。
アンリエッタはレギウスから木箱を受け取ると、目の前に立ったギャレットに、手渡した。
ギャレットは木箱を受け取り、首を傾げる。
「? これは、何じゃ?」
「遺骨です」
「だ、誰の、じゃ……?」
「先代一族の血を引く者であり、ジェスターとアリサの末の子。その名を―――アネット・イークウェス。実は彼女は、先月までは生きていました。ですが、不運なことに、先の災厄級の魔物が王都を襲った事件……ベルゼブブの襲撃によって、命を落としてしまいました。私が気付いて彼女を追った時には、もう、全てが遅かったのです。何とか地下水路にあるベルゼブブの巣を漁り、拾えたのは、バラバラになった骨だけでした……」
木箱を開けるギャレット。その中にあるのは、骨だけだった。
「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!!」
ガクンと膝を地面に突き、木箱を抱きしめるギャレット。
アンリエッタはしゃがみ込むと、そんな彼の肩をポンと優しく叩いた。
「お爺様! 悲しまないでください! お爺様にはまだ、私たちがいます! 私は何があろうとも、お爺様の味方です! これからは、私がオフィアーヌの当主となり、お爺様を支えてみせます! 私が……もうこのようなことが起こらないように、家族を守ってみせます!」
「アンリエッタ……!」
ボロボロと涙を流すアンリエッタに、ギャレットはコクリと頷く。
その光景を見て、貴族たちは、拍手を鳴らした。
「アンリエッタ様……! 新たなオフィアーヌ家当主の誕生だ……!」
「血が繋がっていないのに、あんなに義理の父親を心配するなんて……お優しい御心の持ち主ね! 何だか見ていて、とても感動してしまったわ!」
賞賛の声を上げる貴族たち。そんな歓声の中、アンリエッタは一瞬だけ、邪悪な笑みを浮かべる。
全ては、彼女の計算通りだった。
貴族の中に何人か自分の手の者を忍ばせ、自分が芝居をうつたびに、歓声を上げる。
その歓声につられて、他の貴族たちも同調し、アンリエッタを褒め称えるようになる。
全てはギャレットから、当主の座を奪うための策略。
その策略に嵌ったギャレットは、完全に、アンリエッタのことを信じきってしまっていた。
「アンリエッタ……お前はオフィアーヌの人間ではないというのに、こんなにもワシに尽くしてくれた……約束は守らねばならぬな。これからは、お主をオフィアーヌの当主として認めよう」
「……はい。お任せくださいませ、お爺様」
アンリエッタは、ギャレットを抱きしめる。
彼女は内心で、自分の勝利に、酔いしれていた。
あとは、ブルーノとアレクセイ、そしてギャレットを処理することができれば、オフィアーヌ家は完全に自分のものになると、そう考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アネット・イークウェスって……ど、どういう、ことよ……!」
ロザレナは動揺しながら、壇上の前で抱き合うアンリエッタとギャレットを見つめる。
周囲が大歓声を上げる中、ロザレナはギリッと歯を噛み締め、咆哮を上げた。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!! アネットが、そんな木箱に入る程小さく……ほ、骨になんて、なるわけないじゃない!! 嘘吐き噓吐き噓吐き噓吐き!! ぶっとばしてやる!!」
歓声を上げる人々をかき分け、アンリエッタの元へと向かおうとするロザレナを――――ルナティエは腕を掴み、引き留めた。
「待ちなさい、ロザレナさん!」
「何よ!? 何すんのよ!? あんたも聞いたでしょう!? あの女は、でたらめばかり言っているわ! オフィアーヌ? 遺骨? 意味分からない……意味分からない意味分からない意味分からない意味分からないッ!!!!」
「落ち着きなさい!! 今はただ、じっと堪えなさい!!」
「堪えられるわけ……ないじゃない!! だって、あれが、あんな小さな箱が、アネットだって言っているのよ? ルナティエ……ルナティエぇぇ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
ロザレナは大声で泣き喚き、ルナティエに勢いよく抱き着いた。
ルナティエはそんなロザレナの背中をポンポンと撫で、アンリエッタを睨み付ける。
「大丈夫、大丈夫ですわ。きっと、これは……あの方の思い描いた通りの絵図のはず」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アネット……そ、そんな……」
「マグレットさん!?」
床に膝を突くマグレット。
そんな彼女を支える、エルジオ伯爵と妻のナレッサ。
マグレットは放心状態のまま、ポロリと、静かに涙を流した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アネットちゃん……!」
オリヴィアは悲痛な表情で口元に手を当て、ボロボロと涙を流す。
そんな彼女の横に立っていたヴィンセントは、不思議そうに首を傾げた。
「アネット……? 先代オフィアーヌの末の子の名は、アレス……ではないのか……?」
疑問の表情を浮かべるヴィンセントを他所に、ミレーナは至って冷静な様子で口を開いた。
「いや、あのぉ……何でそんなに泣いているんですかね、オリヴィアママ。あの化け物メイドが、そう簡単に死ぬわけないじゃないですかぁ……うぅ、想像しただけでも怖いですぅ! また何処からか現れるんじゃないですかぁ!? あの人がいると、いっつも、ミレーナは碌な目に遭わないですからぁ……ガクブル」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……アネット・イークウェス」
リトリシアは料理を頬張りながら、アンリエッタへと視線を向ける。
そして彼女はゴクリと飲み込むと、口を開いた。
「ここで死ぬようなら……私の思い違いでしたかね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……アネットさん」
エステルは、ジッと、壇上の上を見つめる。
そんな彼女の隣で、ギルフォードはチッと舌打ちを打った。
「……愚かな妹が。アンリエッタに補足され、災厄級の魔物が襲撃した時にどさくさに紛れて殺されたか。くそ……くそぉ……っ!!」
ギルフォードは拳を握り締め、身体を震わせる。
そんな彼とは対照的に、エステルはニコリと、不敵な笑みを浮かべた。
「こんな程度のことで君は死なないさ。これも全ては、起死回生の一撃を叩きこむための策略――――そうなのだろう? アネットさん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アンリエッタ 視点》
これで――――全ては、私のものになる!!!!
ようやく。ようやくだわ。私は四大騎士公となり、貴族の中にある四つの頂点の一つとなる。
私の道を邪魔する者は、もう、誰も居ない!!
見ているかしら、ジェスター!!
私を愛さず、アリサにしか目を向けなかった結果が、これよ!!
見ているかしら、アリサ!!
よくも私に偉そうに説教してくれたわね!!
何が、シュゼットに暴力を振るうのはやめろ、よ。
私からシュゼットを奪い、母親面をしやがって……!!
私の教育に文句を付けるな!
見ろ! 私は今、四大騎士公の仲間入りを果たした!!
どっちが正しかったのか、一目瞭然でしょう!!
あぁ、気分が良いわねぇ。殺したい人間は全て殺し、手に入れたいものを、手に入れることができた。
あとは、ゴーヴェンとルーベンスを蹴落とし、私が、四大騎士公の頂点に立つだけ。
聖王の次に権力を持つのは、この私、アンリエッタよ!!!!
「――――――お待ちください」
その時だった。突如、背後から声が聞こえてきた。
私はギャレットから手を離し、立ち上がると、背後を振り返る。
すると、壇上に立っていたのは――――黄金のドレスを着た、アリサだった。
「……は?」
意味が分からず、思わず、首を傾げてしまう。
いや……いや、あれは、アリサじゃない。アリサにしては、若すぎる。
じゃあ、誰? あれは、誰なの?
黄金のドレスを着た、栗毛色の髪の少女は、スカートの端を掴み、カーテーシーの礼をしてくる。
「初めまして、アンリエッタ様。私の名前は、アネット・イークウェス。先代オフィアーヌ家夫人、アリサ・オフィアーヌの娘でございます」
その言葉に、私は……頭が真っ白になってしまった。
読んでくださってありがとうございました。




