第9章 二学期 第272話 王宮晩餐会編―⑧ 王宮晩餐会の始まり
「無事に辿り着いたか、アネットさん、ソフィーリア」
王城二階。オフィアーヌ家の待合室。
ブルーノとアレクセイに用意された個室をノックして入ると、そこには既にブルーノ、アレクセイ、エリーシュアが待機していた。
エリーシュアはホッとした様子で胸を撫でおろし、俺に声を掛けてくる。
「ご無事で良かったです、アネット様」
「全然、無事ではありませんでしたよ、エリーシュア。我が主人ながら、コルルは、ものすっごく呆れていたところです」
「コ、コルルシュカ。今はその話は良いから……」
俺は咳払いをした後、ブルーノに、地下水路で聖騎士団黒獅子隊隊長ウォルターと遭遇したことを話す。
勿論、俺がウォルターを倒した話は抜きにして、だ。
姿は見られたが、何とか物陰に隠れてやり過ごしたことを伝えると、ブルーノは複雑そうな面持ちを見せる。
「そうか……ゴーヴェンが、地下水路に聖騎士を……すまない。それは、僕も予想できていなかったことだ。確かに、ベルゼブブ騒動のあった後に、地下水路への警戒を怠るはずはないか。これは、僕のミスだ」
「いいえ。あの騒動は一週間前のことなのですから、普通は、警戒を緩めるのも当然だと思いますよ。むしろ、ゴーヴェンの警戒心の高さが、我々の予想を上回ったのだと思います」
俺の言葉にうなずくと、ブルーノは顎に手を当て、口を開く。
「しかし、黒獅子隊隊長相手に、よく逃げきれたものだ。ウォルターは、ゴーヴェンの配下でも、リーゼロッテに並ぶ実力者だと聞く。その忠義も、僕のような信仰心のない聖騎士とはわけが違う。ゴーヴェンのためなら死んでも構わないという連中、黒獅子隊の長だ。彼らは、敵とみなした相手にはどんな残虐非道な手も厭わないらしい。運が良かったね、アネットさん」
「ブルーノ先生。黒獅子隊とは、いったい何なのでしょうか?」
「聖騎士団には、バルトシュタイン家の家紋『鷲獅子』にちなんで、白鷲隊と黒獅子隊という二つの部隊があるんだ。白鷲隊は、正規の手段で聖騎士になったもの、つまり、騎士学校を卒業したものが所属する部隊。黒獅子隊は、ゴーヴェンが直接スカウトをした者の部隊……聞くに、元犯罪者たちの集まりだと聞く。表の仕事を白鷲隊が担当し、裏の仕事、特務を黒獅子隊が担当する。かのフィアレンス事変も、黒獅子隊が担当したという話だ」
ウォルターは、リーゼロッテのことをよく知っている口ぶりだった。
リーゼロッテは特務の騎士。もしかしてあいつは、元々黒獅子隊出身者だったのだろうか?
「こうなっては、ゴーヴェンに侵入者の存在がバレるのは時間の問題か。いや、たとえアネットさんが正体を明かしたところで、現時点では侵入者イコールアネットさんに繋がる確定的な証拠は何もない。だが、ゴーヴェンの頭の良さを考えると……」
「そうですね。ゴーヴェンがいったいこの情報を元に何をしてくるのか、予想できませんね」
俺とブルーノがお互いに議論を交わしていた、その時。
アレクセイが後頭部をボリボリと掻き、声を掛けてきた。
「あーっと、なぁ、兄上、アネットさん。ゴーヴェンの動きを考えるのも大事かもしれないが……時間は、大丈夫なのかよ?」
アレクセイの言葉に、俺とブルーノは同時に壁に掛けてある時計に視線を向ける。
時刻は午後九時四十分。晩餐会の始まりである十時に、迫っていた。
その時刻を見て、コルルシュカが慌てて俺に声を掛けてくる。
「お嬢様。早くお着替えを済ませましょう」
「ソフィー、私も手伝うわ。さぁ、ブルーノ様とアレクセイ様は、外で待っていてください。アネット様がお着替えになられるのでっ!」
「わ、分かったから押すなよ! エリーシュア!」
「……では、僕たちは外で待っていよう。もう、時間もあまり残されていない。なるべく早めに支度を終えてもらえると助かる」
「女の子の支度には時間が掛かるものなのですよ、ブルーノ様。ね、アネット様?」
エリーシュアにそう言われ、ウィンクされたが、俺は、苦笑いすることしかできなかった。
コルルシュカが鞄から取り出したのは、黄金のドレス。
それを見て、俺は、思わずげんなりとし……絶望した表情を浮かべてしまった。
「これ……本当に着ないと駄目なの?」
「メイド服のままでは、登場時に、周囲の方々に疑念を抱かせてしまうでしょう。……前に私が話した時に、お嬢様も納得されていたではありませんか」
「そう、だけど、さぁ……」
化粧箱を取り出して持ってきたエリーシュアに、俺は、大きくため息を吐いてしまった。
その後、俺は鞄からある衣服を取り出す。
それは……ヴィンセントと会った時によく着用していた、男装用の衣装だった。
そして俺は、コルルシュカに声を掛ける。
「コルルシュカ。俺の我儘を聞いてはくれないかな」
「はぁ、今度は何ですか?」
「恐らく、アンリエッタが自分の死を発表するのは、晩餐会が終わる寸前だと思う。だから、俺がそのドレスを着るのは、もう少し猶予があると思うんだ」
「何を仰りたいのですか、お嬢様」
「彼女が来ているかは分からなかった。だけど、彼女はちゃんとこの場に来てくれた。だから、一度だけ―――」
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《ロザレナ 視点》
「ここが、王宮晩餐会の会場……」
目の前に広がるのは、広大なホールだった。
天井にはシャンデリアがいくつも吊り下がっており、ホール全体に置かれている無数の丸いテーブルの上には、色とりどりの食事が並んでいた。
立食形式のパーティーなのか、椅子はどこにもなかった。
王広間に集まった貴族たちは、それぞれ近くにいる貴族と、談笑している姿が見て取れる。
その光景をボーッと見つめていると……隣に立ったルナティエが、呆れた様子で声を掛けてきた。
「まったく。何を呆けた様子で見ていますの」
「だって……あたし、こんなに大きいパーティーに、出たことないもの」
「本当、貴方は、貴族らしくないですわね。これからのことを考えたら、もっとこういう場に慣れておいた方がよろしいですわよ?」
そう言って、フンと鼻を鳴らすルナティエ。
彼女は今、髪をツインテールに結び、青いドレスを着ていた。
胸元が大胆に空いており、ドレスのスカートには短くスリットが入っている。
あたしはその姿を見て、思わずジト目になり、口を開く。
「……痴女?」
「誰が痴女ですの!! ……ははん? なるほど、貴方のぺちゃぱいでは、こういうセクシーで華やかなドレスは似合いませんものねぇ!! 残念ながら、ないものねだりをしても、ないものはないのですわーっ!! オーホッホッホッホッホッ!!」
「何ですってぇ!? この痴女が!! あと、何であんたはいっつも青いドレスなのよ!! ワンパターンすぎるのよ!!」
「貴方だって、真っ赤な深紅のドレスばかり着ているじゃありませんの!! この、目立ちたがり!!」
「何よ!!」「何なんですの!!」
あたしとルナティエはお互いに手を掴み合い、睨み合う。
そんなあたしたちの背後から、スーツを着たお父様とルナティエのお父さんが姿を見せた。
「フフッ、本当に君たち二人は仲が良いんだね」
「エルジオ……どこをどう見て、あの二人が仲が良いと思うのだ……私はむしろ、恥ずかしいのだが……何故、こんな公の場で大声で喧嘩をしておるのだ……貴族の礼節はどうしたというのだ、ルナティエ……」
「分からないのかい、ルーベンスくん。ロザレナもルナティエさんも、お互いに本心を曝け出して、ぶつかっている。家族以外であれほどロザレナがぶつかっていける相手は早々いないよ。うちの娘はああ見えて、人見知りだからね」
「……フン。そんなこと、貴様に言われないでも分かっているぞ、エルジオ。我が娘、ルナティエも、簡単に誰かに素を見せるような娘ではない。あの子は……いつも何かを抱えて、悩んでいた。それを、私やセイアッドに相談することはなかった。正直、私は、不安だったのだ。ルナティエが聖騎士養成学校で、上手くやっていけるかどうか」
「そうだね。僕も親として、ロザレナが心配だった。だけど、親の想像するよりも早く、子供というものは成長していくものなのかもしれない。昨日、二人が戦う姿を見て、思ったよ。ロザレナとルナティエさんは……いつか必ず、この国にとって、大きな存在になると。あの二人は、良き友人であり、良きライバルだ」
「良き友人、良きライバル、か」
「うん。昔の僕たちのようにね」
あたしたちが揉み合う中、背後で、そんな声が聞こえてくる。
あたしはマリーランドで、フランシア伯……ルナティエのお父さんが、勘違いされやすいだけで、悪い人ではないことを知った。
幼少の頃、あたしが病で入院していた時。
フランシア伯は、お父様にいつも嫌味を言っていた。
最初は、他の貴族たちと同様に、没落寸前の御家だからレティキュラータス家を侮っているのだと思っていた。
だけど、フランシア伯の真意は、家の格などではなく、ただ単純に約束を破ったお父様に対しての怒りだったのだ。
―――アネットがいなくなった今なら、何となく、フランシア伯の気持ちも分かる。
フランシア伯は、約束を破り剣を捨てたお父様に対して、悔しさを覚えていたのだろう。
フランシア伯は、お父様のことを誰よりもライバルだと認め、お互いの背中を預け、切磋琢磨していく友人だと信じていた。
だけど、お父様はゴーヴェンの脅しに屈し、フランシア伯の妹の安全を守るために、騎士学校を自主退学した。
フランシア伯はその時、思ったはずだ。
……何故、自分に相談してくれなかったのだ、と。
何故、自分と一緒に、ゴーヴェンを倒す道を選んでくれなかったのだと。
アネットのことは、誰よりも分かっているつもり。
もし、アネットが、あたしに相談もなく、姿を消したというのなら、それは――――間違いなく、あたしを守るための行為なのだろう。
いつもそうだ。アネットは全て一人で抱え、全て一人で解決してしまう。
だけど、あたしは……あたしは、アネットのその行動が、悔しくて仕方がない。
アネットに、頼って欲しい。あたしも、アネットの抱えるものを一緒に解決したい。
だけど、分かっている。あたしには多分、まだその力が足りないんだ。
アネットにとって、あたしも、ルナティエも、グレイレウスも。
まだ、庇護の対象でしかない。
悔しい。これだけ強くなったのに、まだあたしは、あの子に守られたままだ。
奴隷商団に捕まった子供の頃と、何も変わっていない。
――――――あたしの力を証明して、あの子を屈服させてやらないと。
「……? 屈服?」
あたしは思わず、首を傾げてしまう。
あたしは、アネットの隣に立てる剣士になりたかったはずだ。
なのに、何故、屈服なんて言葉が……。
「どうしたんですの? ロザレナさん?」
ルナティエは手を離すと、こちらをキョトンとした表情で見つめてくる。
あたしは首を横に振り、口を開く。
「いえ……何でもないわ。そんなことよりも、ここにある食事、どれだけ食べても怒られないのかしら?」
「貴方は……もう少し貴族のマナーを覚えた方が良いですわね……! レティキュラータス家でお茶会をした時に、もう少し、貴方に食事のマナーを叩きこんでおくべきでしたわ……」
はぁと、大きくため息を吐くルナティエ。
……その時だった。
あたしたちの元に、近付いてくる人物がいた。
「――――貴方が、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、ね」
振り返ると、そこには、紫色の髪の少女とそれに突き従う初老の男性の姿があった。
少女は不敵な笑みを浮かべると、再度、開口する。
「私は、アイリス・フェイン・オルベルフ。オルベルフ家の名は勿論、知っているわよね?」
「知らない。誰?」
「は?」
目をパチパチと瞬かせると、アイリスと名乗った少女は怒りの表情を浮かべる。
「馬鹿にしているのかしら? オルベルフは、レティキュラータス家の……!」
「―――分家だよ、ロザレナ」
お父様がこちらに近寄り、そう、声を掛けてくる。
そしてお父様は、アイリスに視線を向け、小さく頭を下げる。
「お久しぶりだね、アイリスさん」
「レティキュラータス伯……! 忌まわしきメアリーの息子……!」
「オルベルフ家は、未だにお母様……メアリーのことを恨んでいらっしゃるのですね」
「当たり前よ。本来、私のお爺様が継ぐべきだった家督を、メアリーは横からかっさらっていったのだもの」
その発言にあたしは思わず、首を傾げてしまう。
「聞き捨てならないわね。お婆様は、実力で家督を勝ち取ったのよ?」
「本来、家督というものは、長男が継ぐべきはずものでしょう!? 本当だったらレティキュラータスの名を名乗っていたのは私たちで、オルベルフの名を名乗っていたのは、貴方たちだったはずなのよ!!」
アイリスはあたしの目の前に立つと、ビシッと指を差してくる。
「聞いたわ。貴方、【剣聖】を目指しているそうね? だったら……今度実地される剣王試験に、参加する意思はあるのよね?」
「だったら、何だと言うの?」
「私もそこに参加するわ。そこで貴方を……完膚なきまでに叩き伏せてあげるから! 覚悟しておきなさい!」
そう言って、アイリスは従者と思しき初老の男性を引き連れ、その場を去って行った。
お父様はため息を吐き、あたしに声を掛けてくる。
「ロザレナはあまり社交界に出たことがないから、知らないと思うが……レティキュラータス家と分家のオルベルフ家は、お婆様の代から仲が悪いんだ」
「何となく、あの子の言葉で理由は分かりました、お父様。お婆様が家督を取ったことが原因……なんですね?」
あたしの言葉に、お父様はコクリと頷いた。
そんなあたしたち二人に、ルナティエが、口を開く。
「バルトシュタインの分家、ダースウェリン家。オフィアーヌの分家、レクエンティー家。フランシアの分家、マリリアナ家。レティキュラータスの分家、オルベルフ家。まぁ、どの四大騎士公の分家も、本家とは仲が悪いのが常ですわね。何も、珍しい光景ではないと思いますわ」
「そんなものなの?」
「そんなものですわ。とはいっても、レクエンティー家だけは、今のオフィアーヌの本家になっていますから、ちょっと違うかもしれませんけど。本家と分家が仲良く手を取り合う時代なんて、どこにも無いと思いますわ。だから、そんなに重たく考えることはありませんわよ」
「知らない間に誰かに恨まれていたなんて……何か、複雑ね」
あたしはそう言って肩を竦めた後、去って行ったアイリスの背中をジッと見つめ続けた。
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「あれは……ロザレナさんかな? 隣の金髪の子は、誰だろう? フランシア伯も一緒にいるから、フランシア家の子なのかな? 犬猿の仲で有名な両家が並んでいるなんて、珍しいこともあるものだね」
そう口にして、エステルは微笑を浮かべて、遠くにいるロザレナを見つめた。
そんな彼女の横に立っていたギルフォードは、フンと鼻を鳴らす。
「レティキュラータスとフランシアの交流など、どうでもいいだろう。見ろ。ジュリアンの奴は、セレーネ教の大幹部たちと談笑をしているぞ。完全に奴は、セレーネ教を味方に付けるつもりのようだな」
「そのようだね。だけど、そんなことは分かりきっている話さ。たとえセレーネ教が相手になったとしても、最後には僕が勝つ。問題は何もない」
そう言って一拍置いた後、エステルは再度、開口する。
「そんなことよりも、君は、妹が心配じゃないのかい? 行方不明だと聞いたけれど?」
「…………」
「もし精神的にダメージを負っているようなら、一旦休暇を取ってもらっても構わないよ。こちらの陣営も、徐々に人材が増えてきた。だから―――」
「いつ敵に寝返るかも分からない私の扱いに困っているのか、エステル。残念だが、私は貴様の傍に居続けるぞ。それが、貴様にとって、最も嫌なことだというのは重々に理解している。最初に言ったはずだ。私は……お前の手下になったわけではない。私は、王族とバルトシュタイン家を滅ぼすまで、お前を利用させてもらうぞ」
「まったく。僕も厄介な者を引き入れてしまったものだね。だけど、忠告しておくよ、ギルフォード。僕とジェネディクトを殺す気なら、僕が即位するまで待つべきだ。そうでないと……御互いに、不利益を被ることになるよ」
「……」
エステルとギルフォードが会話を交わし、睨み合っていた、その時。
王広間に、漆黒の鎧甲冑を着た騎士ヴィンセントと、漆黒のドレスを着たオリヴィア、水色の髪の少女ミレーナが姿を現した。
その漆黒の騎士を見て、王広間に居た人々は全員怯えた表情を浮かべ、口を閉ざし、道を開ける。
その光景を見てクスリと笑みを溢すと、エステルは騎士の元へと向かい、彼に声を掛けた。
「これはこれは――――バルトシュタイン家長男、ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン殿。ようこそ、王宮晩餐会にお越しくださいました」
「……エステリアル王女。この度は、お招きいただき感謝を」
「聞きましたよ? 先週の騒動の最中、大聖堂で大量の『死に化粧の根』を見つけられたとか。素晴らしい功績でしたね。流石は剣神殿だ」
「勿体なき御言葉。自分は、己の正義を信じたまでです」
そんな二人のやり取りを見て、第一王子ジュリアンと話をしていた、セレーネ教のナンバーツー、大司教が声を張り上げる。
「エステリアル王女!! その発言は、神に対して不敬であろう!! あれは、リューヌ司教がしでかしたことであり、我らセレーネ教本部とは関係のないことだ!! 『死に化粧の根』を集めていたことは、神のご意思ではないッ!!」
「神のご意思でなくとも、弱き者を救うべき聖教が、弱き民を苦しめていたことは事実。一度、セレーネ教の在り方を見定めなければなりませんね。上層部の腐敗が進んでいる」
「き、貴様ぁ……!」
「落ち着いてください、大司教。エステルも、こんな場で争いごとの火種になるようなことを言うのはやめるんだ。良いね?」
第一王子ジュリアンの言葉に、エステルは頷き、口を開く。
「そうですね。申し訳ございませんでした、お兄様」
そう言って彼女は踵を返すと、一瞬だけ、ヴィンセントの方へと視線を向ける。
彼の足元には、マントに隠れて怯える、水色の髪の少女の姿があった。
「何故……ミレーナさんがここに……?」
エステルが去った後。仮面の騎士ギルフォードは、ヴィンセントの前に立つ。
ヴィンセントとギルフォードは無言のまま、お互いに睨み合った。
「……」
そしてギルフォードは一瞬だけ、背後にいるオリヴィアに視線を向けると、踵を返し、そのままエステルと共に雑踏に消えていった。
オリヴィアは深くため息を吐き、ヴィンセントに声を掛ける。
「……お兄様」
「あぁ。この王宮晩餐会で、ミレーナを王女に仕立てあげる。ギルフォードの凶行を止めるぞ、オリヴィア」
「はい!」
「はい、じゃないですぅ! 勝手に盛り上がらないで欲しいですぅ! ミレーナさんは……もう、おうちに帰りたいですぅ……!! 何でうち、こんなところにまで連れて来られているんですかぁぁぁぁぁ!!!!」
ミレーナは悲痛な叫び声を上げるが……ヴィンセントは聞く耳を持たず、そのまま王広間へと足を踏み入れた。
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数十分後。十時ちょうどになった瞬間に、宰相が、王広間に集まった人々に声を掛けた。
「――――――皆様、お待たせいたしました。これより、王宮晩餐会を始めたいと思います」
パチパチと拍手の音が鳴り響くのと同時に、壇上に、使用人に支えられて、一人の老人が姿を見せる。
白いマントを纏い、黄金の王冠を被ったその人物は―――聖グレクシア王国の聖王、バルバロス・エル・ペラド・グレクシアその人だった。
様々な策謀が渦巻く王宮晩餐会が今、始まろうとしていた。
読んでくださって、ありがとうございました。
書籍1~4巻、発売中です。
作品継続のために、ご購入、どうかよろしくお願い致します。




