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第8章 二学期 第253話 特別任務ー⑰ フランエッテの覚悟/弟子二人の決着 


「妾は……妾は、このままで良いのじゃろうか……」


 私……フランエッテは、岩の後ろに隠れ、ガクガクと震える。


 そんな私の姿に気付くことは無く、探索兵(シーカー)種のベルゼブブたちは、ゾロゾロと地下水路の奥へと去って行った。


 級長たちが逃げた、その後。


 私は彼らについていけることができず、こうして、第五階層の岩の背後に隠れることによって何とか難を凌いでいた。


 私は、今、酷く動揺している。


 それは……突如として現れた、ベルゼブブに対して。


 そして――――エルルゥと再会することに対して。


 私の目的。それは、傲慢の悪魔ベルゼブブを倒し、自分の心臓を取り戻すこと。


 だが、そんなことを、今の自分ができないということを私は重々承知していた。

 

 自分は、最強の吸血鬼、冥界の邪姫フランエッテなどではない。


 本当の自分は、寿命で死ぬことのないだけの、ただの……平凡な旅芸人だ。


 そんな自分が、災厄級の魔物に立ち向かう? 誰がどう見ても不可能な話だ。


 もしこれを見ている誰かがいたら、百パーセント、無理だと言うに決まっている。


「でも……でも……!」


 私は涙で顔をクシャクシャにしながら、立ち上がる。


 身体がガクガクと震える。喉がカラカラに渇き、視界が霞んで見える。


 やめろ、そこに留まっていろ。


 助けが来るまでその場所で縮こまっていろと、脳内で別の自分が語り掛けてくる。


 それでも、私は……一歩、足を踏み出した。


 ベルゼブブたちが向かった、方向へと。


「私は……違う、私じゃない。妾は、冥界の邪姫、フランエッテ・フォン・ブラックアリア。妾に、不可能なことなど、ない……! 何故なら、妾は……最強なのじゃから!! そうで在り続けると、約束したのじゃから!! そうじゃろう、エルルゥ……!!」


 霞む視界の向こうに、私を見て、キラキラと目を輝かせているいつかのエルルゥの姿を幻視する。


 私は、長く生きた。


 いや、違う。止まっている時の中で、長い時間を過ごしてきたんだ。


 私はずっと、肉体的にも、精神的にも、成長することができなかった。


 永遠に15歳のまま。ただの旅芸人のまま。


 今日この日こそ……一歩を踏み出す時だ。


 もう、エルルゥに、人殺しなんてさせたくないから。


 あの時、振り払ってしまった手を、後悔しているから。


 私があの時すべきだったことは、「辛かったね」と言って彼女を抱きしめることだった。


 今度こそ、間違えない。


 今、この悪夢の中から……()が、エルルゥを助け出してあげるんだ。


 彼女のヒーロー、冥界の邪姫、フランエッテとして――――!!




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






《ロザレナ 視点》


「――――かはっ!」


 キールケは血を吐き出し、地面に膝をつく。


 あたしはそんな彼女を見下ろし、口を開いた。


「あんたのことをずっと探していたのよ、キールケ!! さぁ……戦いましょう!!」


 あたしのその言葉に、ジークハルトが、慌てた様子で声を掛けてくる。


「お、おい、ロザレナ! キールケのことは分かるが、今はそんなことをやっている場合では―――」


「先に行って。あたしはこいつと決着を付けてから、上に行くわ!」


「ふざけたことを言うな! 少し休んだとはいえ、お前の体力はもう限界のはずだ! ここはキールケなどに構うな!! 早く地上へと逃げるべきだ!! またいつ、奴らが戻って来るのか分からないのだぞ!!」


「知らないわ!! あたしは、こいつを倒すためだけに……ここまでやってきた!!  さぁ、キールケ、立ちなさい!! あんたは、まだ、こんなものではないはずでしょう? あたしに全力を見せてみなさい!! その上で、完膚なきまでにあんたを叩き伏せてやる!! 二度とあたしの大事なものに触れられないように……あんたの心をここでへし折ってやるわ!!!!」


「調子に……乗りやがってぇ……!!」


 よろよろと、キールケは起き上がる。


 そして右腕にクマのぬいぐるみを抱きながら、左手にある、針のような剣を構えた。


 そんな彼女の様子に不敵に笑みを浮かべ、あたしは、大剣を中段に構える。


 睨み合う二人。


 ――――その時だった。


 生徒全体に効果のある、ゴーヴェンの上位の念話が発動された。


『……諸君。緊急事態が発生した。まだ二日目だが、今日で特別任務は一時中断とする。地下水路にいる生徒たちは、いち早く、最寄りのスタート地点へ戻るように。繰り返す。地下水路にいる生徒たちは、いち早く、最寄りのスタート地点へ戻るように――――』


 そのアナウンスを聞き終えたルーファスは、嬉しそうに口を開く。


「ヒュー、ガスパールのオッサン、どうやらちゃんと俺の言うことを聞いてくれたみたいだな。これで、助けが来るのは間違いねぇ。良かったな、テメェら。俺の念話に感謝しやがれ」


 ルーファスのその言葉を聞いた後、シュゼットは、ロザレナに声を掛ける。


「……で? ロザレナさんはここに残ると?」


「ええ。後から向かうわ!」


「そうですか。では、私も、この辺りでアネットさんを探しに――――くっ」


 シュゼットはよろめくと、地面に膝をつく。


 そんな彼女に、ジークハルトは近付き、声を掛けた。


「魔力がもうないのだろう。無理をするな。人探しは後にしておけ」


「黙りなさい……私があの子を守らねば……誰が守ると言うのですかっ!!!!」


 鬼気迫るようなシュゼットのその言葉に、圧倒されるジークハルト。


 そんな彼女に、あたしは、声を掛ける。


「アネットに、貴方の守りなんて必要ないわ。余計なお世話よ」


 あたしのその言葉に、シュゼットは、憤怒の表情を浮かべる。


「なっ……貴方はそれでも、あの子の主人なのですか!? こんな、怪物が犇めく地下水路の中で、あの子は一人きりなのですよ!? 貴方は長年、あの子と一緒にいたはず……心配ではないというのですか!?」


「あたしは貴方よりも、あの子のことをよく知っている。その上で……大丈夫だと言っているのよ」


「この……っ!」


 シュゼットはフラフラな足取りでこちらに向かって来ると、あたしの胸倉をつかんできた。


 睨み合うあたしとシュゼット。


 そんなシュゼットの様子に、ルーファスは後頭部を掻くと、ジークハルトに視線で命令する。


 ジークハルトはため息を吐くと、シュゼットの腕を引っ張り、あたしから引き剥がした。


「シュゼット。今はやめておけ。時間が無い」


「触るな、愚物がぁ!! 私は命に代えても、あの子を……!! ……うっ……」


 シュゼットは意識を失い、その場に倒れ伏す。


 そんな彼女をおぶると、ジークハルトは、あたしに声を掛けた。


「今度はシュゼットか……仕方ない。ロザレナ、私たちは先に行くぞ。良いんだな?」


「ええ! 後から合流するわ!」


「なら……必ず勝って戻って来い。私とジェシカの想いを、お前に託そう」


 そう言ってジークハルトはキールケを睨むと、地上を目指し、走って行った。


 その後を、アグニスに肩を貸したルーファスも追って行く。


 残されたあたしとキールケは、お互いに武器を構えて、睨み合った。


「……あんたは逃げなくて良かったの? 子豚ちゃん?」


「何故、逃げる必要があるのかしら?」


「だって、この地下水路には、あの蠅の化け物がたくさんいるんでしょ? 今、アレがここにやってきたら……あんたも私も喰われてお終いだと思うんだけど?」


「知ったことではないわ。あたしの獲物は、あんただけよ、キールケ」


 目を見開き、不敵な笑みを浮かべるあたしのその姿に、キールケは、驚きの表情を浮かべる。


「は……はぁ? 自分も死んじゃうかもしれないんだよ? 癪だけど、ジークハルトの言うことは尤もだと思うけど? ここは一旦、停戦して、後で……」


 あたしは地面を蹴り上げ、キールケに襲い掛かる。


 キールケはそんなあたしを見て、魔法を発動させる。


「【深淵なる影の庭(シャドウガーデン)】」


 その瞬間、キールケの足元の影が、ブワッと広がり……半径五メートル程が、黒い影で覆われて行った。

 

 あたしはお構いなく影の中に足を踏み入れ、大剣を持ち、彼女に向かって突進して行く。


 そんなあたしを見て笑みを浮かべると、キールケは、人形の腕に針の剣を突き刺した。


 その瞬間、あたしの右腕に穴が空き、プシャァァァと、鮮血が舞っていった。


 あたしは腕を押えて、立ち止まると、苦悶の表情を浮かべる。


「これ……さっきと同じ奴……! 手に触れずに、どうやってあたしに攻撃を……!」


「弱っているあんたを倒すのくらい、キールケちゃんにはワケないんだから。私に調子に乗ったことを言った罰よ。貴方は全身穴だらけにして殺してあげる!」


 そう口にした瞬間、今度は、あたしの左脚に穴が空いた。


 ――――恐らく、キールケはあの人形にダメージを与えることで、あたしに攻撃しているのだと思う。


 そして、シュゼットとの戦いの経験からして、魔法というものにはその攻撃範囲があることをあたしは覚えた。


 怪しいのは、キールケの足元から広がっていった、あの影。


 あたしは後方へと飛び退き、影の範囲の外へと出る。


 そんなあたしを見て、キールケは、「ふーん」と鼻を鳴らした。


「ジェシカちゃんよりは賢いみたいだね。そうだよ。キールケちゃんのこの最強の能力には、攻撃の範囲がある」


「はぁはぁ……」


「でもでもぉ、ロザレナちゃん、もうお疲れみたいだねぇ? アハッ♡ どうせあの蠅の化け物に返り討ちにあって、逃げ帰って来たんでしょう? 本当、そんな状態でキールケちゃんに挑むなんて……調子に乗りすぎぃ♡」


 キールケは足を前に出し、あたしに向かって走って来る。


「今度は形勢逆転だねぇ! ほらほら! 早く逃げないとぉ、キールケちゃんの影に触れちゃうよぉ?」


「ッ!!」


 あたしの足が影に触れた瞬間、あたしの右手から、鮮血が噴き出した。


 手のひらを見ると……そこには、ぽっかりと、穴が空いていた。


「右手、利き腕だったんじゃないの? カワイソー」


 キールケに視線を向けると、彼女は、人形の右手に針を突き刺していた。


 あたしは即座に右手から左手に大剣を持ち換える。


(あたしが万全の状態だったら、もしかしたら、あの攻撃を闘気で防げていたのかもしれないけど……いや、キールケが身体の何処を攻撃するのか、予測してその箇所だけに闘気を纏うのは難しいわね。身体全身に闘気を纏わない限り、あの女の攻撃を完璧に防ぐことは困難を極めるわ)


 あたしの身体に無尽蔵に闘気があればそれもいけるのだろうけれど、生憎、あたしの闘気には限界がある。


 全身に纏い続けていたら、体力を失うのは必至……万全の状態だったら少しはダメージを軽減できたのかもしれないけれど、ベルゼブブとの戦闘を終えたあたしに残された闘気と魔力は僅か。今後、影に触れる度に、生身の身体に針を刺されていくことになるだろう。


 あたしはバク転をして後方に下がり、着地と同時に地面を蹴り上げ、キールケと距離を取りつつ、彼女の周囲を駆け巡る。


 キールケは嗤い声を上げながら、私に距離を詰めて来た。


「もう、まだ抵抗する気? 私が見たいのは、そういう顔じゃないよ、子豚ちゃん!! もっともっと、絶望した顔を見せて!! 私に媚びへつらい、命乞いをする様子を見せてよ!! あはははははっ♡」


「……」


 キールケの影を再び踏んでしまったあたしは、またしても、身体に穴を開けられる。


 今度は、肩を貫かれた。


 キールケの奴は、心臓を差して、あたしにトドメをさせるはずなのに、それをしない。その理由は、あたしを追い詰めるため。


 今は……その嗜虐心に救われている。


「アネットは、こう言っていたわ。どんな攻撃にも、必ず、隙というものがあると。例え、回避不可能な攻撃だろうとも……本物の剣士には、避けることができるのだと」


 あたしは足を止め、キールケと向き合う。


 キールケはそんなあたしを見て、ケラケラと笑い声を溢し、口を開いた。


「どうしたの? 諦めちゃった? そんなところにいたら、私、ブスブスッと、あんたのこと刺しまくっちゃうよ?」


 その瞬間、右腕の間接部門に穴が空き、血が舞う。


 これで、利き手の右手はもう使えない。


「……」


 あたしは、目を閉じる。


 そして、瞼の裏に、アネットとの修行を思い返した。




『良いですか、お嬢様。貴方に教えるこの【心眼】は、剣の道を究めた達人が習得する技。本来であれば、お嬢様のレベルで習得するものではありません』


『え? そんな技、あたしに覚えることができるの!?』


『この技に必要なのは、剣の技術ではありませんので、可能です。ただ……お嬢様にとっては、困難を極める修行になることでしょう』


『剣の技術は関係ない……? どういう修行なわけ……?』


『心を無にする修行です』


『は? 心を無にするですって?』


『はい。とりあえず、座禅を組んで、心を無にしてみてください』


 あたしは言われた通りに、座禅を組んで、頭の中を空っぽにしてみる。


『ぼけー』


 すると、アネットが、箒の柄であたしの背中をパシンと軽く叩いてきた。


『それは、ただ、何も考えずにぼけーっとしているだけです。心を無にすることとは異なります』


『あいたっ! もう、叩かなくても良いじゃない! 心を無にするって、何も考えないことなんじゃないの!?』


『違います。心を無にするということは、精神を研ぎ澄ませることです。達人が見る剣は、スローモーションに見えることがあります。それは、脳のリミッターを解除し、精神を極限まで研ぎ澄ませているからこそできる行いです。全ての事象が、短時間とはいえ、スローモーションに感じた時……お嬢様なら、どういったメリットがあると思いますか?』


『えー? 敵の動きが遅いなー、としか思わないけど?』


『良い線いっています。敵の動きが遅く感じたのならば、相手が次、どこを攻撃してくるのか手に取るように分かるはずですよね?』


『あ……』


『キールケは、ジークハルトの足を、手に触れずに折ってみせました。ああいった正体不明の未知数の攻撃に対処するには、【心眼】はもってこいの技です。相手の攻撃の弱点を看破し、回避することができるのですから』


『そっか。【心眼】は、対キールケにとって、有効打になるということね!』


『はい。ですのでお嬢様にはこれから特別任務まで……ずっと、座禅をしてもらいます。居眠りしたり、ただぼけーっとしているようでしたら、私が箒で喝を入れてさしあげます。この一か月、一緒に頑張りましょうね?』


 アネットのその怖い笑顔に、あたしは思わず、ガクガクと震えてしまうのだった。




 回想を終え、あたしは、キールケと対峙する。


 目を閉じて剣も構えずに立っているあたしの姿を見て、キールケは、不愉快そうに開口した。


「はぁ? なにそれ? 剣も構えず、目を閉じて棒立ちして……馬鹿にしてんの?」


 ただ、無に至る。


 精神と感覚だけを研ぎ澄ませる。


「もっと泣き喚け! 私に命乞いをしろ!」


 その時、あたしの身体に何個もの穴が空き、鮮血が宙を舞った。


 それでもあたしは動じない。ただ、その場に立ち尽くす。


「……つまんな。武人として、立ったまま死にたいって奴? キールケちゃんが一番嫌なタイプなんだけど。まっ、蠅の化け物がやって来ても困るし? お望み通り、さっさと殺してあげるよ!!!!」


 ――――――精神が研ぎ澄まされ、無に至る。


 その時、全ての事象が、スローモーションに感じた。


 あたしの胸に、チクリと、痛みを覚える。


 カッと目を見開いたあたしは、残っていた闘気を胸に集め、防御する。


 キールケの針が、人形に刺さる前に……あたしは、その攻撃を防いでみせた。


『ギャ?』


 下方に視線を向けると……黒い影の中に、青い二つの目を見つけることができた。


 その青い二つの目をした何者かは、あたしと目が合うと、影の中に解けて消えて行く。


(なるほど。熊のぬいぐるみばかりに気を取られていたけど、キールケの能力を実際に発動させていたのは、アレだったのね……)


「は……?」


 闘気によって攻撃が弾かれたその光景に、瞠目して驚くキールケ。


 あたしは即座に地面を蹴り上げ、キールケの元へと、駆け抜けて行く。


 闘気のコントロール、そして、【心眼】の獲得。


 これら二つが無ければ、あたしは今、心臓を刺されて死んでいた。


 キールケ・ドラド・バルトシュタイン。改めて彼女の能力が、恐ろしいものであることを認識せざるを得ない。どちらかというと、真っ向からの戦いではなく、暗殺に特化した能力と言えるだろう。

 

「な……んで、私の能力を防御できてるの? は……?」


「あんたの能力の弱点。それは、あんたが魔法剣型であることよ。剛剣型、速剣型、魔法剣型の三竦みにおいて、魔法剣型は剛剣型に弱いポジションにある。闘気の操作ができる剛剣型は、闘気操作のガードよりも早く動ける速剣型が弱点であり、魔法を自在に扱える魔法剣型は、遠距離攻撃や能力強化することで速剣型の強みを打ち消すことができる。そして、魔法剣型は、闘気を持つ剛剣型に対して攻撃力が足りない。つまり……あんたの能力は、相手が生身の状態ならば無敵だけど、闘気を持つ相手には殆ど利かないってわけ」


「はぁ? はぁぁぁぁ!? キールケちゃんは、今まで、剛剣型の剣士にも余裕で勝ってきたんだぞ!? 何で私の能力は、お前やジェシカには利かないの!? おかしいでしょ! だって、私の能力は、ダメージを相手に反映させるもので―――」


「貴方――――自分より格上の剣士と戦ったことがないんじゃないの?」


「……は、ははは……お前が、私よりも格上だと言いたいの? 調子に乗ってんじゃねぇぞ!! 没落貴族、レティキュラータスの娘の分際でぇ!!!!」


 キールケは再び、人形に、針を突き刺そうとする。


 しかし私は即座に【心眼】を発動させ、攻撃を予測する。


 数秒間の、スローモーションの時の中。


 私はキールケの攻撃を針が突き刺さる肌で感じ、予めそこに闘気の防御を発動させておく。


 【心眼】の発動期間が終わり、キールケの攻撃は見事、あたしの闘気によって防がれる。


「何で……何でだ何でだ何でだ―――ッッ!!!!」


 その後も何回も熊のぬいぐるみに針を突き刺すが、あたしは全て【心眼】で防衛してみせる。


 何度繰り返しても攻撃が通用しないことに地団太を踏むと、キールケは針の剣を中段に構え、叫び声を上げた。


「【影を支配する者(シャドウデーモン)】!! 来い!!」


 その瞬間、キールケの足元に広がっていた半径5メートルの影が、全てキールケの剣に集中して集まっていき――――キールケの針の剣は、影によって刀身を変え、鋭利な返し刃が無数についた、黒いのこぎり刀へと変貌を遂げていた。


 キールケは左手に持った剣を構えると、邪悪な笑みを浮かべる。


「確かに、あんたは強いみたいね! でも、キールケちゃんの全力に耐えられるかしら! 私は、魔法剣士として、それなりの実力を―――」


「この一撃で、仕留める!!!!」


 あたしは跳躍し、大剣を上段に構えた。


 対してキールケは、左手に持った魔法剣を、横に振る態勢を取る。


「話、最後まで聞けよ!! 後悔しても、知らねぇぞっ!! ――――――――――――【影の戦刃(シャドウ・ブレイク)】!!」


「【覇剣】!!!!」


 残った闘気を全て大剣に込めて、放つ。


 私の放った斬撃が、影の斬撃とぶつかり、辺りに衝撃波を巻き起こす。


 やっぱり、闘気の量が減っている……! 


 いつもだったら、もっと、あたしの上段の一撃は威力があったはず……!


「あははははは! 【影を支配する者(シャドウデーモン)】! 全てを飲み込んでしまえ!!」


「……ッ!!」


 意識が揺らぐ。


 もう、身体に限界が近い。


 だけど……だけど……!


 脳裏に、女子トイレで虐められていた……ジェシカの姿が過る。


「こいつはあたしが倒さなきゃ……駄目なんだ!!!!」


 絶対に、倒す。あたしの周りにいる誰かを脅かす者は、必ず。


 あたしの大切なものを傷付ける奴は、絶対に、排除する。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


「は? 嘘? 押されて――――何で? 何で、キールケちゃんが、こんな、没落貴族の娘なんかに――――――――――」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「リューヌ!! これでお終いですわ!!」


 ルナティエは、地面を駆けると、剣を持ってリューヌに向かって走って行く。


 リューヌは変わらぬ微笑のまま、首を傾げた。


「やはり……おかしいですねぇ。ルナちゃんがここまで強くなれるなんて、あり得ない事象です。想定外の出来事すぎて脳の処理がパンクしています。ルナちゃん、貴方たち(・・)の師匠は、一体……何者なんですか? 普通じゃありませんよ? 貴方のその急激な成長速度は?」


「これが……【箒剣】流派の、門下の実力ですわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ルナティエは剣を上段に振り、リューヌの身体を切り裂いた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 あたしの斬撃は、影の剣を切り裂き……キールケの身体に、肩から左脇にかけて深い斬撃を叩きこんだ。


「かはっ……!」


 その光景を見届けた後、あたしは……地面に倒れ伏す。


 あたしはゼェゼェと荒く息を吐きながら、前で倒れ伏すキールケに視線を向ける。


 キールケはダラダラと血を流しながら、芋虫のように這い、前へと進んで行った。


「くそ、くそくそくそくそッ!! 何で、何で、キールケちゃんが、こんな目にぃ……!!」


 あたしは痛む身体を持ち上げて立ち上がり、ズルズルと大剣をひきずりながら、キールケの元へと向かう。


「キールケぇぇぇぇぇ……!!」


「ッ!! な、何なんだよ、お前はぁ!! あ、頭、どうかしてるんじゃないの!? 何でそんなに私に執着してくるんだよぉ!!」


「ゼェゼェ……」


 あたしはよろめきながら、キールケの元へと向かう。


 するとキールケは怯えた表情を浮かべ、前へと懸命に這って行った。


「来るな……来るな来るな来るな来るな!! 私は、バルトシュタイン家の令嬢なんだぞ!! 私に手を出したら、お前たち一族みーんな、お父様が殺しちゃうんだから!! 分かってる? この王国で、バルトシュタイン家に敵う貴族はいないんだからっ!!」


「はぁはぁ……」


 あたしはズルズルと大剣を引きずり、ただ、キールケだけを見つめて前へ進む。


「ちょ、は、話、聞いてるの!? 私は……!!」


「あたしは、前にあんたに言ったはずよ、キールケ。あたしはあんたを……必ず殺すって」


「…………は? あ、あれは、ジェシカちゃんを虐めたから、怒って調子に乗って強気な発言しただけでしょ? あ、あんたみたいなただの学生が、人を殺すなんて……」


「あたしは、殺すと決めたら、殺す女よ。あんたはあたしの大事なものを脅かす可能性がある。今後も、ずっとね。なら……排除するしかないわ」


 あたしのその発言に、キールケは、身体がガクガクと震わせる。


「ま、待ってよ。王国で殺人は大罪だよ? そんなことしたら、刑務所送りに……」


「ここであんたを殺して、誰が、あたしを殺人鬼だと告発するの? どうせあんたは

ここで死んだら、蠅どもに喰われて奴らの腹の中よ。誰も、証明しようがない」


 あたしはキールケの前に立つと、震える左手で、大剣を上段に構えた。


 そんなあたしの姿を見上げ、キールケは、瞳に涙を浮かべる。


「マ、マジで言ってるの? あ、あんた、私をビビらせようとしてんでしょ? そうなんでしょ?」


「……」


 キールケは、あたしの目を見て、こちらの真意を読み取ったのか。顔面を蒼白にさせる。


「あんた、は……」


「あたしという人間をようやく理解したかしら、キールケ。あたしは、別に、人を殺すことに一切のためらいも後悔もないわ。今まで散々他人を泣かせてきたのだもの。今更、自分だけは可愛いだなんて言わないわよね? やってきたことに対して、自分もやられる覚悟を持っていたのよね?」


「あ、あんたは、私よりも……まっ……」


「さようなら、キールケ・ドラド・バルトシュタイン。あたしの大事なものを傷付けたことを後悔しながら、死んでいきなさい」


 あたしはそう言って、大剣を振り降ろす。


 その瞬間、キールケは白目になり、気絶した。


「―――――――――駄目だよ! ロザレナ!!」


 その時だった。横から現れたジェシカが、あたしの身体を突き飛ばした。


 顔を上げると、ジェシカは涙目になりながら、あたしのことを睨み付けていた。


「ロザレナ!! そんなことをしたら、駄目だよ!!」


「ジェシカ……?」


「そんなことをしたら、平気で他人を傷つけることのできるあいつと一緒になるよ!! 誰かの命を奪えば、誰かに恨まれる!! あんな奴だけど、きっと、大事に思っている人はいるはずだよ!!」


「退きなさい、ジェシカ!! ここで仕留めなきゃ、あいつは絶対にまたあたしたちに復讐してくるわ!! キールケはそういう奴よ!! またジェシカが傷付けられたら、あたしは、後悔することになる!! だから――――」


「私は、大丈夫だから!! 私は、一人でも自分を守れるよ!! ロザレナが背負う必要はないの!!」


「ジェシカが大丈夫だったとしても、他のみんなは!? オリヴィアさんに、マイス、グレイレウス、ルナティエに……あたしの家族たちだって……あいつに脅かされる可能性がある!! あたしはもう、あの時のジェシカのような顔を誰かにさせたくないの!! あたしは、あたしは……!!」

 

 ジェシカはそっと、あたしを抱きしめた。


「その時は、私がいるじゃん。私はこれでも剣士の端くれなんだよ? 私を頼ってよ。友達って、一方を守るだけの関係じゃないでしょ。私たちは、友達であり、剣の頂点を目指すライバル同士。持ちつ持たれつの関係なんだよ」


「……でも!!」


「私は友達として、ロザレナに人殺しをさせたくはない。お願いだよ、ロザレナ。ここは……退こう? 一緒に、地上に戻ろう?」


「……」


 あたしは、身体から力を抜き、天井を見上げる。


 脳内では、キールケを仕留めるべきだって、もう一人の自分が囁いている。


 この時以外に、あいつを殺せるチャンスは無いと。


 でも……ここでキールケを殺したら、多分、ジェシカはまたあの辛い表情を浮かべることになるのだろう。


 それだけは、嫌だった。


「……うん。分かった。やめる。ジェシカ、ごめんね」


「ううん。私こそ、ごめん。前に、ロザレナのことを怖がっちゃって。さっ、肩を貸すから、立って」


 あたしはジェシカに肩を貸してもらい、立ち上がる。


 キールケに視線を向けると、そこには……以前見かけた、彼女のメイドである、奴隷のフレイヤの姿があった。


 フレイヤは、キールケを背負うと、こちらにペコリと頭を下げて来る。


「……キールケ様を助けていただき、ありがとうございました」


 そう小さな声で礼を言うと、フレイヤはキールケを連れて去って行った。


「あのメイドの子、キールケに散々酷い目に遭わされていたのに……あの女を助けるなんて、変わってるわね」


「そう、だね。私たちには、よく分からないね……」


 二人して去って行ったフレイヤをボーッと見つめた後。


 何かに気付いたジェシカが、「あ!」と口にし、キョロキョロ辺りを見渡した。


「どうしたの? ジェシカ?」


「私、さっき、おっきい蠅の怪物と遭遇してね! すんごい外皮が硬かったから、倒せなくて、仕方なく逃げて来たんだけど……その途中で二人のこと見つけたからさ、あの化け物、もう近くに来ているのかなぁって」


「え゛? ベルゼブブが、こっちに来てるの!? というか、よくアレと遭遇して無事だったわね、ジェシカ!」


「あれ、ベルゼブブって言うの? うん。相当強いね、あの化け物。多分、私たちのレベルじゃ、まだ勝てないね」


「は、早く逃げましょう、ジェシカ! この状態のあたしじゃ、アレを倒すことはできないわ!!」


「う、うん! そうだね! 行こう、ロザレナ!」


 そうしてあたしは、ジェシカと共に、遅れて地上へと目指して走って行った。


 その途中。あたしは、あることに気が付いた。


「あ」


「どうしたの? ロザレナ?」


「いや……キールケの影に触れずにあいつを倒すんだったら、普通にジャンプしてあいつの頭に剣を叩きこんだら良かったな、って。あの女の能力、完璧に見えて結構穴だらけね」


「た、確かに……?」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……」


 壁に隠れて、去って行くロザレナとジェシカを見つめるベルゼブブ。


 そのベルゼブブは二人を追おうと足を一歩進めるが……クイーンからの指令により、足を止めた。


『待て』


 ピタリと足を止めるベルゼブブ。


 そのベルゼブブの視界を通じて、ロザレナとジェシカのやり取りを見ていたクイーンは、困惑の声を溢す。


『何故、私はあの人族の子供を殺しに行けと、命じられない? あの二人が抱き合う姿を見て、何故、私は……ブレーキがかかってしまった? 我が目的は、自身の種以外の全ての種族を根絶やしにすることだったはず。いったいこれは、どういうことだ? 人間だった頃の残滓が、何か影響を与えているというのか……?』


 クイーンは数秒程思考した後、ベルゼブブに指令を出す。


『まぁ、良い。探索兵(シーカー)種よ、同胞を増やすために、より新鮮な肉がいる。市街地に出て、肉を調達して来い。繰り返す、肉を―――いや、待て。我が巣穴にて、大量に幼体を破壊している者がおるな。戦闘兵はすみやかに巣穴を荒らす賊を排除せよ。下等種族どもを根絶やしにするのだ、一匹残らず奴らを幼体の餌とせよ』

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― 新着の感想 ―
やはりジャンプ斬り。ジャンプ斬りがシンプルに効果的…アクションゲームで割と多様するし
更新速度が速くてありがたいです。 キールケは思ったよりも強かったけどテンマさん枠のギャグキャラの匂いがする。 いよいよアネット対ベルゼブブの戦いが本格的に始まりそうで楽しみ。
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