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第8章 二学期 第245話 特別任務ー⑧ 一日目の夜を迎える

《アネット 視点》



 その後、俺たちは魔物を狩りながら……順調に地下水路を攻略していった。


「……どうやらこの先が、第三階層のようです」


 俺は壁に刻まれている文字を読み、奥へと視線を向ける。


 俺のその言葉に、バドランディスとプリシラは頷くと、前を走るロザレナとエリニュスを追って行った。

 

 そうして俺たちは、薄暗い道を走り、奥へと進んで行く。


 地下水路は奥へと進むごとに寒さを増し、体感的に第三階層の温度は、約二十度前後といったところだった。


 今更だが、何故、この地下水路はこんなにも複雑化しているのだろうか。


 確か、地下水路は王城と繋がっているんだったか?


 敵兵に攻められた際の、王家の脱出路としての役割でもあるのだろうか?


 俺が地下水路のことに頭を巡らせていると、徐々に、水の音が聞こえてくる。


 歩みを進めるごとにザーッという水の音が大きくなり……俺たちは、突如、開けた場所へと出た。


「わぁ……すごいわね、ここ……!」


 足を止めたロザレナは、額の汗を拭い、目の前に広がる光景に感嘆の息を溢す。


 そこには、巨大な滝と、巨大な貯水湖の姿があった。


 ザーッと流れ落ちる水音が響き渡り、滝の周囲には、跳ねた水しぶきがキラキラと輝きを放ちながら霧散している。


 今まで光のない暗い道を進んで来たというのに、ここには何故か、照明具の魔道具があった。


 レンガタイルの道沿いに聳え立つ電灯が、貯水湖を囲むように周囲を青白く照らしている姿が見て取れる。


 その神秘的で美しい光景に、パーティーメンバー全員、思わず息を呑んでいた。

 

 俺はそんな彼らの様子にクスリと笑みを溢した後、鞄から懐中時計を取り出し、時刻は確認してみる。


「時刻は……午後七時ですか。外はすっかり日が落ちてしまっていますね。皆さん、ここで野営をして、休憩しましょうか」


 俺のその言葉に、ロザレナはコクリと頷く。


「そうね。ここは明るいし、見たところ、魔物の姿もないわ。本当だったら、このままぶっ通しで最奥まで行きたいところだけど……それは流石にやめておくわ。どうせアネットに止められるだろうしね」


 ロザレナの発言に、ビクリと肩を震わせるバドランンディス。


 そして彼は、地面に膝をつき……「やっと休める」と、疲れたように頭を垂れた。


 彼は元々剣士ではなく、修道士だ。体力にはあまり自信がないはず。


 それなのに、よくここまでついて来れたものだ。


 もしかしたら彼は、日々、基礎訓練を怠っていなかったのかもしれないな。


 俺は、うなだれるバドランンディスに笑みを浮かべた後、ここまで頑張ってついてきたもう一人の人物、プリシラへと視線を向ける。


 そこにいたのは、プリシラ……なのだが、何故か彼女は、先ほどとは随分と雰囲気が異なっていた。


「あれ? プリシラ、さん……?」


「あぁん? 何だァ?」


 ライオンのような鬣……髪の毛?が逆立ち、こちらに鋭い眼光を見せるプリシラ。


 俺は首を傾げ、彼女に言葉を投げる。


「プリシラさん、ですよね……? 先ほどとは雰囲気が異なるように見えるのですが……」


「当たり前だろ。夜なんだからなァ! 私は夜行性型の獣人族(ビスレル)だァ! だから、昼夜で性格が変わるんだよォ!」


「あ、そういう感じなんですね……」


「夜はこれからだぜェ! 私に任せなァ! 全部ぶっ壊してやるからよ!! ヒャッハーッ!!」


 両手を広げ、長く伸びた爪を見せて、挑発的な笑みを浮かべるプリシラ。


 昼夜で性格が変化する、か。


 確か、ルグニャータも昼夜で性格が変わっていたっけな……。


 生前の獣人族(ビスレル)の知り合いは、ジャストラムぐらいだったが……そういえば、ジャストラムは狼の獣人族(ビスレル)なのに、昼夜どちらとも性格に変化がなかったな。狼って、どう見ても夜行性だよな? 何でだ?


「いや、あいつは、半分人間……というか、アレスの血を引いていたから、普通の獣人族(ビスレル)とは違うのか。今思うと、あいつもなかなか複雑な立ち位置にいるんだな……」


 そういえば、聖女の奴は、アレスの娘をどう思っているんだろう?


 放置していても問題ないと考えているのか?


 だから、彼女を始末していない?


「アレスが話してくれた、宝物庫にある転生の魔道具の話……オフィアーヌ家先代当主は、宝物庫の中身を知り、フィアレンス事変で命を落とした。転生と当主の死。確実に、俺の出生とは無関係ではないはずだ。俺の正体を知ったら、聖女は、間違いなく……」


「アネット? どうしたの、ぶつぶつ呟いて。早く野営準備をしましょうよ」


「あ、はい、お嬢様。今行きます」


 俺は頷いて、リュックを降ろしたお嬢様の元へと向かって行く。


 その時。フランエッテが、遅れて第三階層へと到着を果たした。


「ゼェゼェ……や、やっと休めるのか……」


 地面に手を突き、四つん這いになって、荒く息を吐くフランエッテ。


 皆、自分たちの野営準備に夢中で、そんな疲労困憊の様子のフランエッテに気が付いていなかった。


(いや……よく今までバレてこなかったな、あの中二病少女……)


 とてつもなく運が良いというか、何と言うか。


 さっきも、逸れた時の情報を無理矢理聞き出してみたが……偶然、シュゼットの奴に助けられたみたいだったし……戦闘技術は皆無だが、どうやら運のステータスだけは飛びぬけて良いようだな、彼女は。


 テントを広げようとしている俺と目が合うと、フランエッテはすぐに立ち上がり、左目を押さえたポーズを取る。だからいちいちそのポーズを取るのは何なんだ。


「フッ……本当に、くだらないゲームじゃ。魔物狩りで競うなど、個として最強たる妾がいれば、勝者が誰なのか明白だというのに。学校側は何も分かっていない。これほどつまらない任務に、本気を出す必要性すら感じられないのう」


 まるでシュゼットが言いそうな台詞なのだが……もしかして彼女の言葉をパクっていない? あの子。


「ぐぬぬぬぬ……あの中二病女、あたしの獲物を奪った挙句に、Cランク相当の魔物を四対も倒すなんて……ちゃっかりとあたしよりも活躍するなんて、許せないわ!」


「お嬢様……彼女と張り合うのは、時間の無駄ですよ……」


「時間の無駄ですって!? 何よ、アネット!! あたしじゃ【剣王】には勝てないっていうの!?」


「いや、そういうことではなく――――」


「狼。貴様では妾には勝てぬ。妾は最強の魔眼を持つ、真祖の吸血姫なのじゃからな」


「何ですってぇ!? わけのわからないこと言ってんじゃないわよ、中二病女! 何だったら今からでも白黒付けて――――」


「わ、妾はもう休息を取る時間じゃ! 野営の準備をしなければならないからのう! いっ!……いたたた、腰がいたたた……」


「腰?」


「な、何でもないわい!!」


 フランエッテは話は終わりとばかりに、背を見せて、野営準備を進める。


 何というか……色々と大変そうだな、あの子も。


 何故、実力を偽っている理由は分からないが、境遇としては、何処か俺に近いように感じる。


 まぁ、偽りの【剣王】を演じるのと、ただのメイドを演じる俺とでは、その大変さは異なるのかもしれないが。


「……ねぇ、あんた。あれだけ走ったのに……疲れてないの?」


 その時。俺をジッと見つめながら、エリニュスが声を掛けてきた。


 いかんいかん。人の心配をしている場合ではなかったな。


 俺はニコリと笑みを浮かべ、汗を拭う振りをする。


「いいえ。私はポーカーフェイスなだけで……正直、お嬢様についていくので精一杯でした。今も早く横になりたくて仕方ありません。くたくたです」


「……ふーん? ま、見たところ、体力と脚力に関しては、やる気のないフランエッテを除いたら、あんたはうちのパーティーの中で三番手だと思うわね。バドランンディスやプリシラよりも動ける奴と見たわ」


 その言葉に、バドランディスとプリシラは反応する。


「め、面目ありません……」


「あぁ!? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!! 昼間の私と夜の私は違――」


 その時。プリシラはくんくんと鼻を鳴らし始めた。


「くんくん……くんくん……鼠の臭いがするぞ! あそこか!」


 プリシラは突如目をキラキラと輝かせると、獣のように四つん這いになり、地面を走るネズミを追いかけて行った。


 その姿を見て、エリニュスは、顔を青ざめさせる。


「ひ、ひぃ!? 鼠!? やだぁ! どこどこぉ!?」


 普段の彼女とは思えない可愛らしい声を溢すと、エリニュスは、勢いよく俺に抱き着いてきた。


 あ、あの、む……胸が……その、腕に……け、結構でかいな、この子……。


「…………アネットぉ?」


 前方を見ると、ジト目でこちらを睨んでいるロザレナの姿があった。


 いや、違う。これは違う。俺は何も悪くない。


 エリニュスはハッとすると、顔を真っ赤にさせて俺から離れ、コホンと咳払いをする。


「……と、とにかく。あんた、なかなかやるみたいね。だけど……ひとつ忠告しておくわ」


 エリニュスは真面目な表情を浮かべると、続いて開口した。


「夜は、気を付けなさい。死にたくなかったら、なるべく私かロザレナの傍にいることね。何処に敵がいるか分からないわよ」


「? 敵……?」


 エリニュスは肩越しに、背後に居るプリシラとバドランディスへと視線を向ける。


 そして視線をこちらに戻すと、リュックを背負いながら、そのまま俺とロザレナの横を通り過ぎて行った。


「何、あの子。どういう意味?」


「……さぁ……私にも、分かりません」


 敵。もしかして、差出人不明の……あの手紙のことと関係があるのだろうか……?


 俺は去って行くエリニュスの背中を、ジッと見つめた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 皆で、大して美味しくもない魚の干物と乾燥したパンを食べた後。


 俺たちは焚火を囲み、ボーッと火の様子を眺めていた。


 その空気は何というかとても気まずいもので……元々、敵クラス同士の間にある壁を、どうしても感じざるを得なかった。


「……あの……せっかくパーティーを組んだことですし……もう少し、交流を深めたりしませんか?」


 そう提案してきたのは、長い黒髪の、深いクマのある男……バドランンディスだった。


 彼のその言葉に、鞄に背を預けて座るエリニュスはハンと鼻を鳴らす。


「馬鹿なの? 私たちは敵クラス同士。仲良くなれるわけないわ」


「だとしても。これから2日間、共に任務に臨むのですから……少しでもお互いを知っておいた方が良いのではないでしょうか?」


 その発言に、寝袋の上で寝転がったプリシラは笑みを見せる。


「良いんじゃねぇの? 私らは群れだ。お互いに蟠りがあったら、狩るものも狩れねぇ。良いこと言うじゃねぇか、陰キャくん」


「い、陰キャくん……私は、夜のプリシラさんは苦手ですね……昼間の貴方の方が良かった……」


「あぁん!? 何失礼なこと言ってるんだ、この長髪野郎! その鬱陶しい前髪、私が切り刻んでやるぞゴルァ!? 素材は良いんだからもっとオシャレに気合い入れろやゴルァ!? モテねぇぞゴルァ!?」


「……えっと……これ、褒められているのでしょうか?」


 夜のプリシラちゃん、口調はヤンキーみたいだけど、普通に良い子そうだな……。


 プリシラの様子に困惑した様子を見せた後、バドランンディスはコホンと咳払いをして、続けて口を開いた。


「交流を深めるには、まずは、自分のことを皆さんに知ってもらうのが早いかなと思います。私は……フランシア領、マリーランド出身です。私の父は、一言で言うのなら、最低な人でした。常に酒を飲んでは母と小さい私に暴力を振るう……酷い人でした」

 

 そう言って苦悶の表情を浮かべるバドランンディス。


 皆、そんな彼を無言で見つめていた。


「母を守るために父に挑んでは、暴力を振るわれる毎日。そんな日々を送る内に、私は、教会にて神にこう祈るようになりました。――――あの男を、殺して欲しい、と。そんな時、私は、修道女であるリューヌ様と出会いました。あの方は、私にこう言いました。自分の未来は、自分で変えるしかないと」


「リューヌ……」


 隣で三角座りをしているロザレナが、複雑な面持ちでそう呟く。


 ロザレナの考えは、きっと、俺と同じだろう。


 リューヌは、【支配の加護】の力を持っている。


 すなわち……天馬クラス副級長バドランンディス、彼が、リューヌに支配されている可能性があるということ。


 ルナティエのメイド、エルシャンテは、リューヌに支配されることによって、主人であるルナティエを傷付けるような行動を取っていた。


 彼女は本来、ルナティエを実の妹のように可愛がっていた優しいメイドだったという。


 本来の人格をも変えてしまう、強力で悍ましい、加護の力。


 支配される以前の性格を把握していれば、支配の効力を理解できるが……ほぼ初対面であるバドランンディスに【支配の加護】が使用されているかどうかは、俺には判断できない。


 こうして会話している分には、普通の青年だとは思うのだが。


「……それで? あんたの父親はどうなったの?」


 エリニュスのその言葉に、バドランンディスは無表情で答える。


「死にましたよ」


「死んだ? それって……」


「私が騎士学校に入った理由は、父のような悪を断罪するためです。騎士とは、神の啓示を持ってして悪人を裁く者たちのこと。私は、騎士となり、真なる正義の味方を目指しています。まぁ、自分のことを説明するのなら、こんな感じですかね」


 そう言って、肩を竦めるバドランンディス。


 空気は……先ほどよりも重いものに変化していた。


「いや、空気を換えるどころじゃなくなっただろ。何だその重い身の上話。はぁ……これだから陰キャ野郎はよォ……」


「いや、あの、プリシラさん。陰キャ野郎と呼ぶのはやめてください……傷付きます……」


 プリシラはボリボリと後頭部を掻くと、再度ため息を吐き、開口した。


「あー、分かったよ。私も話すよ。私は、見ての通り、獣人族(ビスレル)だ。獣人族(ビスレル)って種族は、未だに人族(ヒューム)が治める国では、差別される対象だ。獣の血が混じっているから、種族としては劣っているとか何とか……獣人族(ビスレル)にとって差別も無くまともに暮らせる国は、共和国しかない。だけど、平和に暮らせる国が共和国だけってのもおかしいだろ? 私はそれを変えたくて、王国にやってきた。騎士となって、偏見を無くすためになァ」


 そう語った後、「柄にもなく喋っちまったなァ」と口にして、プリシラは目を逸らす。


「あー、じゃあ、次はお前だ、エリニュス。お前も自分のことを話せよ」


「はぁ? 何で私が貴方たちに自分のことを話さなきゃいけないの?」


「おま……ここは腹割って話すところだろうがァ!! ゴルァッ!?」


「……チッ。まぁ、良いけど。私は、元王国貴族、ベル家の長女だった。お人好しすぎる両親のせいで、お金があまりない、小領貴族の出だったけど……それなりの生活を送れていたわ。だけど、そんな両親が、ある日、孤児を引き取って養子に迎い入れたの。彼女の名前は、メリッサ・ベル。その子は、私の義理の姉となったわ」


 そう口にした後、エリニュスは鞄の傍に置いていた鎖鎌を手に取り、ギリッと歯を食いしばる。


「あいつは剣の才能があり、14歳という若さで、【剣神】にまで上り詰めた。剣の申し子の誕生に、両親は浮足立ったわ。だけど……あいつの本質は、殺人鬼だったのよ。夜な夜な外に出ては人の首を狩り、瓶詰にしてコレクションしていた。それが発覚した時、メリッサは【剣神】を止めて、名前を変えて闇組織へと加入した。残された私たちベル家は周囲から非難を浴び……領地を売り払って、貴族ではなくなったわ。その後は、とても酷い暮らしを強いられた。幼い弟はろくにご飯も食べられずに栄養失調で亡くなり、それがきっかけで、お人好しだった両親は内臓を売ってなけなしの金を作って……憎悪の表情を浮かべて私にこう言ってきた。騎士になって、メリッサを殺してくれ、と」


「エリニュスさん……」


「この鎖鎌は、あいつが【剣神】時代に使っていたものよ。首狩りのキフォステンマ。私は、あいつを倒すために、絶対に騎士にならなければならない。復讐を、遂げなければならない」


 まさか、こんなところにも、首狩りの被害者がいたとはな。


 行く先々で出会うあのストーカー女、グレイレウスだけでなく、そこらで恨みを買っていたんだな……。


「ほら、満足? 私のことは話したわ。次は、誰?」


「じゃあ、あたしが話すわ! あたしは、【剣聖】を目指しているわ! 以上!」


「……」「……」「……」「……」


 全員、真顔で、ロザレナを見つめる。


 いや、お嬢様……それは多分、全員が知っていることですよ……。


「いや、それは知っているから。あんた……自分の過去を話すとかしないの?」


 エリニュスのツッコミに、ロザレナは再度、口を開く。


「幼い頃に助けてもらったある人に憧れて、【剣聖】を目指しているわ! 以上!」


「えぇ……簡略化しすぎでしょ……」


「だって、あたしの過去って、そんなに話すことないもの。あたしには、辛い過去の出来事もないし、誰かに復讐したいとか、どうしても騎士になりたいといった想いもない。あたしは、ただ純粋に、憧れの人に近付きたいから剣を振っているのよ。以上!」


 清々しいお嬢様のその言葉に、全員、フッと笑みを溢す。


 俺もクスリと笑みを溢して、口を開いた。


「私は、そんなお嬢様のメイドを、5年前からやっております。私が騎士学校に入った目的は、【剣聖】を目指すお嬢様を支えるため。それ以外に目的はございません」


「何というか、目的が分かりやすい二人ね」


 そう言ってエリニュスは微笑を浮かべる。


 そして彼女は、最後に残った一人に視線を向けた。


「さぁ、次はフランエッテ、あんたの番。ここまで来たのだから、話しなさいよ。あんたの過去、少し、気になるわ」


「……貴様らに話す気はない」


「だと思った」


 やれやれと肩を竦めるエリニュス。


 バドランンディスは、恐る恐ると、フランエッテに声を掛ける。


「フ、フランエッテさん。何でも良いので、お話してくださいませんか? 今後のためにも、パーティーの親睦を深めるのは重要だと思います」


「妾は……誰とも、関わる気はない」


 一瞬、悲痛そうな表情を浮かべると、フランエッテは立ち上がり、テントの中へと入って行った。


 そのあからさまな拒絶に、パーティー全員、ため息を吐く。


(……フランエッテ。彼女は、学生寮でも、極力誰とも関わろうとはしなかった。その背景には……何かが、あるのだろうか?)


 実力を偽っていることも、邪な想いがあってやっていることとは、どうにも思えない。


 名声を浴びたいだけなら、わざわざ人の多い学園という場所に足を運ぶ必要もないはずだ。


 何か……学園に入らなければならない、目的でもあったのだろうか? 




 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 深夜零時。


 テントでロザレナと共に寝袋に入って横になっていると、脳内に、念話の声が鳴り響いた。


『諸君。一日目の戦績結果を発表する。ランキング上位5名、パーティーのリーダーの名前順に読み上げて行く。1位、アグニス。2位、ルーファス。3位、キールケ。4位、ルナティエ。5位、ルイーザ。以上だ』


 俺たちのパーティーは、一度もスタート地点には戻らず、討伐した魔物の部位を教師に届けてはいない。故に、一日目のランキングに入ることができていないのは当然だろう。


 恐らくお嬢様の考えは、支配者(ルーラー)級を倒し、最終日に全ての魔物の首を納めることだと思われる。いや、そもそもお嬢様は支配者(ルーラー)級にしか目に入っていないようだが。


 そうなると……魔物の部位を持つエリニュスがなかなかに大変なことになりそうだ。ただでさえ、リュックが臭ってきたとか言っていたから、今後のことを考えると少し同情する。


「1位、2位は、牛頭魔人クラスのツートップか」


 恐らくルーファスたち牛頭魔人クラスは、一緒に居たリーダー枠の生徒に、【転移】の魔法を使用できる者がいたのだろう。


 その生徒に討伐した魔物の首を渡して、地下水路の攻略を順調に進めていたか。


 なかなかに、効率的な戦略だな。牛頭魔人クラスには一切の無駄がない。


「4位はルナティエか」


 ルナティエは、自力でスタート地点に戻ったのか、誰か他の生徒に魔物の首を任したのか分からないが……一応、教師に魔物の首を届けることに成功したようだな。


 一番驚いたのは……ルイーザ、か。


 優秀な生徒だとは思っていたが、ここにきて、頭角を現したか。


 現状、牛頭魔人クラスが二人、黒狼クラスが二人、ランキング入りしている。


 一点、リューヌがランキング入りしていないのは、不気味なところか。


 彼女は確実に戦況をかき乱す存在だと思っていたのだが……予想が外れたか?


『では、諸君、引き続き頑張りたまえ』


 そう言って、ゴーヴェンの【念話】は途切れた。


 その後、待ったなしに、【念話】が飛んでくる。


『師匠。起きていますか?』


「ルナティエ?」


 俺は上体を起こし、耳に手を当てる。


「こんな夜遅くに、どうかしましたか?」


『寝る前に相談しておこうかと思いまして。毒蛇王クラスの動きについてです』


 ルナティエの話によると、シュゼットは、各パーティーから食料を強奪し、それを南のスタート地点に集めて毒蛇王クラス生徒全員で守っているようだ。


 シュゼットだからこそできる、ワンマン戦略。自分に自信がないとできない最強の一手だろう。


『黒狼クラスからは6組のリーダー枠の内、3パーティー、食料を奪われましたわ。奪われていないのは、早々にパーティーから離脱したわたくしと、毒蛇王クラスの動きを事前に見切ったルイーザさんです。アネット師匠のところはどうなんですの?』


「私のところは、今のところ、そのような動きは見られません」


『そうですの。毒蛇王クラスの生徒が動くとしたら……全員が寝静まった、夜だと思いますわ。お気を付けなさって』


「はい」


『師匠のところは、他に何か問題はありませんでしたか?』


 俺は、今日あった出来事の全てを、ルナティエへと伝える。


『なるほど。ルーファスとアグニスが……一日目で牛頭魔人クラスが上位を取るとは、なかなかに驚きましたわね。スタート地点での騒動があって遅れてしまいましたが、わたくしも急いでロザレナさんたちの元へと向かいます。支配者級を討伐すれば、間違いなく、そのクラスは勝利する……何が何でも、この特別任務、勝利してみせますわよ」


「ルナティエもお気を付けて。今のところ、リューヌの動きが不透明ですから」


「はい。では、おやすみなさいませ、師匠」


 そう口にして、ルナティエは【念話】を切断した。


「ぐかーぐかー」


 隣を見ると、お嬢様が爆睡しておられる姿が見て取れる。


 滝の傍で、それなりにうるさい場所だというのに……お嬢様のそのどこでも眠れる豪胆さは、ものすごいな。


 その分、彼女は朝が弱いのが弱点ではあるのだが。


「……毒蛇王クラスの生徒が食料を盗む可能性がある、か」


 俺はテントから出て、周囲を伺う。


 皆、自分のテントに入って、既に眠っている様子だ。


 誰も、外に出ている者は――――あれ?


「エリニュスのテントが、開いている……?」


 俺はテントから出て、エリニュスのテントへと近寄り、覗いてみる。


 中には、エリニュスの姿が見当たらなかった。


「いったい、どこに……? まさか、他の生徒のテントの中に入り、食料を……」


 ――――キィィィン。


 何か、鉄と鉄がぶつかり合うような音が、聞こえてくる。


 それは、滝つぼの方へと続く、階段の方からであった。


 俺はゴクリと唾を呑み込み、【暗歩】を使用して、音が鳴る方向へと進んで行った。





「……チッ。まさか、こうも早くやってくるとは思わなかったよ」


 鎖鎌を手に持ち、フードを被った謎の人物二人と対峙している、エリニュス。


 俺はその光景を、壁に隠れて立ち、緊張した面持ちで見つめた。


(エリニュス? いったい、こんな夜中に、誰と会話を……)


「……邪魔をするな、エリニュス・ベル。オフィアーヌ家に盾突いても、お前に良いことなど何もないぞ」


「残念だけど、私も、そのオフィアーヌ家の人間から、あの子を護衛するように言われているのよ。あんたの言うことは聞けない」


「なるほど。シュゼット、か。彼女には困ったものだ。彼女が行く先々で出会う生徒を狩り、食料を奪うという暴挙を行った結果、大多数の生徒が地下水路の奥へと行くことができなくなったのだからな。おかげで、生徒が絞られ、上位パーティーの中でしか行動できなくなるとは……シュゼットに遭遇して狩られる可能性が上がってしまった以上、本来であれば二日目の夜に実行する計画だったが、急いで前倒しにするしかなくなった。」


「シュゼットの戦略で、あぶりだされたというわけね。まっ、どうでもいいわ。あんたたちを倒して、私のこのくだらない子守りも終わりよ」


 そう口にしすると、エリニュスは鎖鎌の先端に付いている重りを、まっすぐとフードの二人へと投擲する。


 その攻撃を寸前で躱すと、矢筒を背中に付けたフードの人物が、口を開いた。


「オフィアーヌ家次期当主、アンリエッタ・レルス・オフィアーヌ様の命……それは、アネット・イークウェスをこの特別任務で暗殺すること。その邪魔をするのなら、無関係の生徒だろうが容赦はしない。ここでお前を……消す、エリニュス・ベル」


 その言葉に、俺は思わず、目を見開いて驚いてしまった。

第245話を読んでくださって、ありがとうございました。

本日、書籍4巻の表紙とあらすじが、オーバーラップ広報室様の方で公開されました。とても素晴らしい表紙なので、見て頂けると幸いです。

また、4巻の予約が、Amazon様や各通販サイト様で始まっております。

作品継続のために、どうか、ご購入お願いいたします。

(今回が続巻の正念場だと思います……! ぜひ、お願いいたします……!)

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― 新着の感想 ―
まだ一日目だったっけ…濃ゆいやり取りだったなぁw
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