第8章 二学期 第244話 特別任務ー⑦ 各級長たちの戦い方
「……よし。何とか第二階層へと到着することができたな。皆、怪我はないか?」
そう口にしたのは、鷲獅子の腕章を付けた、鷲獅子クラスの生徒だった。
パーティーメンバーである他の生徒たちの無事を確認すると、リーダーである彼は頷き、松明を手に前へと進む。
彼の名前は、ラッセル。
元々は、ジークハルトに強い忠誠心を持っていた、真面目で勤勉な生徒だった。
だが、彼はキールケによって脅迫を受け、ジークハルトを裏切り、キールケ派閥へと鞍替えした。
彼にとってもそれは苦渋の選択だった。何故なら彼は、キールケよりもジークハルトの方が級長に向いていると考えていたからだ。
「……ジークハルト級長。申し訳ございません。俺は、何としてでも聖騎士にならなければならないんです」
そう独り言を呟いた彼は、胸元からぶら下げているペンダントを手に取り、中にある小さな写真を見つめる。
そこには、ベッドに横たわる幼い少女の姿があった。
彼の妹は、産まれ付き、足が良くなかった。
足を治すためには、莫大な金がいると、医者に宣告されたラッセル。
貴族の出でもない彼にとって手っ取り早くお金を稼ぐ道は、騎士となるしかなかった。
そのため、彼は住んでいた村の人たちからお金を借り、何とか聖騎士養成学校へと入学を果たした。
全ては、聖騎士になって、足の悪い妹に楽をさせるため。
「……」
ラッセルは、目を閉じる。
すると瞼の裏に、過去の情景が浮かび上がる。
『―――ラッセル・バークレイス。私に従うか、あの王子サマに従うか、ここで決めて。もし、断ったら……貴方の妹ちゃんはどうなるかなぁ。調べたけど、貴方の住んでいる村、バルトシュタイン領なんだね。ねぇねぇ、キールケちゃんの機嫌を損ねたらぁ~、貴方の故郷が地図から無くなっちゃうかもよ? あはっ♡ 後悔のない正しい選択をしてね? 豚ちゃん?』
そう言って嘲笑の声を上げるキールケ。
その姿を脳裏で思い浮かべた後。ラッセルは、ペンダントを強く握り締める。
「俺は……絶対に聖騎士にならなければならない。お金を工面してくれた、優しい村の人たちのためにも」
ラッセルは、ジークハルトと妹を天秤にかけた結果、後者を取った。
彼には、聖騎士養成学校で、勝ち続けなければならない理由があったからだ。
「――――うぇぇぇん! うぇぇぇん!」
「!? 何奴!?」
その時。突如前方から聞こえてきた声に、ラッセルはペンダントから手を離し、腰の鞘から剣を抜く。
彼らの前に居たのは、地面に座り込み、俯いて泣いている茶髪の女子生徒だった。
その姿を見たラッセルは、安堵の息を吐き、女子生徒に声を掛ける。
「魔物かと思ったら、人か。どうしたんだ、君。パーティーメンバーと逸れたのか?」
「ぐすっ、ひっぐ」
「泣いていては分からないぞ。仕方ない、入り口まで案内してやる……と言いたいところだが、生憎、俺たちパーティーは先に行かなければならない。一人で心細いようだったら、俺たちと一緒についてくると良い」
そう言って、ラッセルは剣を鞘へと納めると、女子生徒へと手を差し伸べる。
そして、彼は、彼女の腕章を見て……首を傾げた。
「ん? 黒狼クラス……?」
「――――お人好しは、時には仇になりましてよ」
「は? ……って、え?」
少女は勢いよく立ち上がると、ラッセルの顎に向けて、掌底を放った。
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「な、何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? ぐふっ!?」
顎を殴られたラッセルは、仰向けで地面に倒れ伏し、カハッと、息を吐き出す。
そんな彼を見下ろした女子生徒はパンパンと手を叩くと、残りのパーティーメンバーへと視線を向ける。
その光景に驚いたパーティーメンバーたちは、即座に剣を抜いて臨戦態勢を取ろうとするが……最後尾にいた天馬クラスの生徒の首元に、突如、剣が差し向けられた。
「キヒャハハハハハハハハハハハハッッ!! 魔物じゃないからって油断したか、馬鹿どもが!! ヒーラーである修道士はオレ様が取った!! 退路はねぇぞ、クソ雑魚どもッ!!」
突如現れたアルファルドに困惑するパーティーメンバーたち。
そんな彼らに対して、女子生徒は茶髪のカツラを取ると、金髪の巻き毛を揺らし、高笑いの声を上げた。
「オーホッホッホッホッホッホッホッ!! さぁて、貴方たちに残された道はひとつですわ!! それは、今まで稼いできた魔物の首を大人しくわたくしたちに渡すこと!! 油断したのが悪くってよ!! オーホッホッホッホッホッホッ!!」
「ル、ルナティエ・アルトリウス・フランシア!? な、何で、こんなことを!? 特別任務は、地下水路に住み着いている魔物を狩ることでしょう!? 生徒同士相争うことじゃないはずだわ!」
牛頭魔人クラスの鉱山族の女子生徒が、そう声を荒げる。
その言葉に、ルナティエはフンと鼻を鳴らした。
「貴方、ちゃんとガイドを読みましたの? 特別任務は、何も、生徒同士が争うことを禁止していませんわよ? つまり、狩った魔物の部位を奪い合うことはルール違反ではないということ。道中、自分のクラス以外のリーダーのパーティーを見かけたら、魔物の首を賭けて戦うのは普通のことではなくって? それが、勝利を求める者の心構えというものでしょう?」
「ひ、卑怯者! 騙し討ちみたいなことして!! ラッセルくんは心配して貴方に声を掛けたというのに!! そんな卑怯なことするのは、真っ向から戦ったら私たちに勝てないからでしょう!? 貴方は、素人のロザレナに敗けた副級長だものね!!」
「……はぁ。まったく。わたくしは、無駄な体力を割きたくないから不意打ちをしただけだというのに。まぁ、誰に何と思われようとも良いですわ。モニカさん、手に持っているその袋を……魔物の部位が入った袋を、わたくしに渡してくださるかしら?」
ラッセルのパーティーメンバーである黒狼クラスの生徒、モニカに、そう声を掛けるルナティエ。
その言葉に、モニカはギョッとした様子を見せる。
「え? えぇ!? こ、これ、ルナティエさんに渡すんですか!? せっかくみんなで頑張って狩ったのに……」
「お馬鹿さん。貴方は黒狼クラスの生徒でしょう? パーティーよりもクラスの勝利を優先するのが当然でしょうが。さっさとわたくしにお渡しなさい」
「あ、そ、そっか。わ、分かりました、ルナティエさん!」
「ちょ……モニカ、ふざけないでよ!! レーネ!! あんたも何か言ったらどう――――」
牛頭魔人クラスの鉱山族が背後を振り返ると、そこには、パーティーメンバーの毒蛇王クラスの生徒はいなかった。
レーネと呼ばれた毒蛇王クラスの生徒は、来た道を戻り、あるリュックを手に持って走って行った。
その姿を見て、鉱山族の少女は叫び声を上げる。
「レーネ!? 食料の入ったリュックを持って、何処に逃げる気なのよーッ!?!?」
「……食料?」
ルナティエは首を傾げ、逃げ去って行く毒蛇王クラスの生徒を見つめる。
そして、彼女は何かに気が付いたのか、ハッとした表情を浮かべた。
「まさか……」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
その時だった。突如ラッセルが起き上がり、ルナティエの背中に向けて、剣を振り降ろした。
ルナティエは振り向くこともせずに、その剣を身体を逸らすことで簡単に避けてみせる。
「あら? 意識を奪ったつもりでしたが、まだ、動ける体力がありましたの。驚きですわ」
「はぁ……はぁ……俺は、絶対に、敗けるわけにはいかないのだ……! 妹のためにも……!」
「……妹? だから貴方は、キールケなどに従っているのですか? 貴方……確か、ジークハルト政権時代の鷲獅子クラスの三番手の生徒でしたわよね? 彼女に立ち向かう気概も持たず、自分の事情を優先するとは……少しは、ジークハルトやジェシカさんを見習ってほしいですわね」
「ほざけ!! 貴様に俺の何が分かる!!」
ラッセルは咆哮を上げ、ルナティエに向けて何度も剣を振っていく。
「キヒッ。手、貸そうかァ? クソドリル」
「うるさいですわね。貴方はそのままヒーラーを押さえていなさい、アルファルド。いちいち治癒魔法でも使われたら面倒ですわ」
ルナティエは最小限の動きで、身体を逸らし、ラッセルの剣を全て回避してみせる。
その素早い動きにラッセルは驚き、戸惑いの声を上げた。
「何故だ……何故、俺の剣は当たらない……!!」
「貴方、剛剣型ですわね。ですが、見たところ、闘気操作すらまともにできていないご様子。そんな鈍ら刀じゃ、わたくしを倒すことなんてできなくってよ。せめて、ロザレナさんくらいでないと……いいえ、あんな化け物じみた闘気を持ってこられても困りますわね。今のは忘れてくださいまし」
「と、闘気……!? いったい何を言っている、貴様……!!」
「……なるほど。マリーランドでの経験を経て、いつの間にかわたくしたちは……学生のレベルをとっくに超えていたようですわね。まったく、今にして思えば、師匠の教育はスパルタすぎましたわ」
ルナティエは両手に闘気を纏うと、ラッセルの剣を真剣白刃取りしてみせた。
そして、ボキリと剣を中ほどから折った後、彼女はラッセルの腹部に回し蹴りを叩きこむ。
するとラッセルは、壁へと叩きつけられ、血を吐き出した。
「ぐはっ!? な、なんだ、この威力は……!? どうして、そんな華奢な身体で、俺を吹き飛ばせるんだ……!!」
「これが、闘気というものですわ」
ルナティエは拳に闘気を纏うと、そのまま……ラッセルの腹へと叩きこんだ。
ラッセルはその威力に為す術もなく、白目を剥き、地面に膝を付く。
「ま、ざっとこんなものですわね」
「う、嘘、でしょう……?」
剣を抜かずにラッセルを倒してみせたルナティエに、困惑の声を溢す、鉱山族の少女。
ルナティエは手を上へと伸ばし、伸びをした。
「んー……はぁ。こんなところで闘気を消費する気はなかったのですが……仕方ありませんわね。わたくしは色々な技術がある分、闘気、魔力、体力が少ないのが難点ですわ。まぁ、それがオールラウンダーであるわたくしの特性なのでしょうけど」
「まだだ……まだ……ッ!」
口元から血を流し、フラフラと起き上がるラッセル。
そんな彼を、ルナティエは無表情で見つめた。
「見たところ、貴方、キールケに家族を人質に取られたといった様子ですわね。察するに……貴方、バルトシュタイン領出身の人間ですの?」
「……ゼェゼェ」
「安心なさい。わたくしは、貴族として、キールケの蛮行を許す気はありませんわ。わたくしがキールケを止めてみせます。それでも心配なのでしたら……フランシア領に来なさい。当家は、領民を脅すなんてことは絶対にしませんから。わたくしが作る将来のフランシアは……誰もが傷付くことのない、安寧の地ですわ」
「……本当に……本当に、お前が……止めてくれるのか? 奴を……」
「貴族として二言はありませんわ。不当な扱いを受けている民を救うのは、貴族の責務として当然のことですもの。あの女は……わたくしとロザレナさんが止めてみせます。約束しましょう」
「……頼む。キールケを……倒して……くれ……」
そう口にして、バタリと倒れるラッセル。
そんな彼に対して、一瞬、憐憫の目で見つめた後。
ルナティエは振り返り、背後にいる鉱山族の少女へと声を掛ける。
「貴方たちのリーダーは倒れましたわ。次は……貴方がわたくしに挑んできますか?」
「あーもう、分かったわよ! 降参! リーダーも倒れちゃったし、私とラッセルはここでリタイアするよ! マイナス分は痛いけど、パーティーが瓦解した今の状況で魔物狩りなんて無理だし……全部あげるよ!」
「ありがとうございますわ。入り口に戻るまで、道中、お気をつけなさって。……モニカさん」
「は、はい!」
「わたくしたちの食料を半分、貴方にお渡しいたしますわ。これで3日間、安全なスタート地点で待機して、食いつないでいなさい」
そう言ってルナティエはリュックを開けると、食料を半分別の袋に入れ、それをモニカへと手渡した。
モニカはそれを受け取ると、目をパチパチと瞬かせる。
「え? い、いいんですか!?」
「ええ。貴方にリタイアされる方が、クラスとしては痛手ですもの」
「で、でも、それじゃあルナティエさんの食料が……」
「わたくしのことは気にしなくて結構ですわ。さぁ、お行きなさい」
そう言い残すと、ルナティエは髪を靡かせ、アルファルドに奪った魔物の部位を持たせて、颯爽と地下水路の奥へと向かって進んで行く。
「キヒッ、随分と優しいじゃねぇか、クソドリル。ここであいつらを完膚なきまでにボコして気絶させた方が、敵さんに情報が渡らなくて良いんじゃねぇのか?」
「魔物が出現するこの場所でそんなことをしたら、彼らでは間違いなく死んでしまいますわ。まぁ、級長と出会した際は、そんな生半可なことは言ってられないでしょうけど」
「まっ、そりゃあそうか。テメェはいずれフランシア家の当主にならなければならない奴だからな。こんなところで手を汚すわけにはいかねぇか」
「……」
「だが……もし、汚い仕事が必要な時は遠慮なくオレ様に言え。オレ様の手は元々、汚れているからな。勝つためなら何だってやる。それがオレ様たちだろ」
「ええ。そうですわね。その時は……あら?」
ルナティエは足を止め、耳に手を当てる。
その時。ルナティエは、何者かから【念話】を受信した。
黒狼クラスで【念話】の魔法が使用できるのは、ルナティエだけのはず。
そして、【念話】の魔道具を持っているのは、アネットと、事前に自分が所持していた分を渡しておいたベアトリックスだけ。
ルナティエはどちらかが自分に【念話】を使用したのだと考えて、意識を集中して、【念話】の受信を了承する。
その瞬間、脳裏に、声が響いてきた。
『聞こえていますでしょうか? ルナティエさん』
「ベアトリックスさん? どうしたんですの?」
首を傾げ、そう疑問の声を溢すルナティエ。
そんな彼女に、ベアトリックスは、何処か困惑した様子で口を開いた。
『私のパーティーの毒蛇王クラスの生徒が……食料を持って突如パーティーを離脱したんです。そのことをお伝えしておこうかと……』
「食料を持って、離脱した……?」
『はい。毒蛇王クラスの子が、パーティー内で食料を持っている子のリュックを奪い、スタート地点へと向かって走って行きました。残ったパーティーのみんなは、訳も分からず混乱しているのですが……これ、どういうことだと思いますか?」
ルナティエは、顎に手を当て数秒程考え込む。
そして、ベアトリックスに「また何かあったら報告してくださいまし」と伝えて、ルナティエは【念話】を切断した。
「おい、どうしたんだ? クソドリル」
「……なるほど。これが、シュゼットのやり方ですの。何とも暴力的で、彼女らしいやり方ですわね」
「あぁ? どういうことだよ?」
「アルファルド。とりあえず、わたくしたちは今から第二階層へと入りますわ。そして、歩きながら、わたくしは黒狼クラスの各リーダーに注意喚起の連絡を取ってきます。貴方はその間、周囲を警戒していなさい。よろしいですわね?」
「よく分からねぇが……あぁ、了解した」
コクリと頷くアルファルドに頷きを返すと、ルナティエは奥へと進む足を再会させる。
ルナティエ・アルトリウス・フランシア、アルファルド・ギース・ダースウェリン。
二人は遅れて、ロザレナ、ルーファス、アグニス、シュゼットに続いて、第二階層へと降り立ったのであった。
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「……よし。食料がこれだけ集まれば、シュゼット様も満足するだろ」
南のスタート地点。
そこで、毒蛇王の腕章を付けたガラの悪い生徒は、山盛りに積まれている食料が入ったリュックを眺め、ため息を吐く。
「まさか、アルファルドさんが、黒狼クラスの生徒に……しかも、あのルナティエの従者になるなんてな。ワルを極めたあの人に憧れて、一の子分になった俺からしてみれば、複雑でしょうがないぜ……」
はぁと大きくため息を吐く、毒蛇王クラスの生徒。
彼の名前は、ジャガール。
アルファルドの側近で、彼の腰巾着だった男だ。
ジャガールがリュックの山の前で俯いていると、そこに、両目を布で塞いだ金髪マッシュルームヘアーの少女が姿を現した。
「ジャガールさん。少しアクシデントがありましたが……無事に、ラッセル班から食料の入ったリュックを奪ってきました」
「レ、レーネ!? お、おう! よくやったな! 既に他のみんなは、あそこで待機しているぜ!」
頬を赤く染め、ジャガールは何故か動揺しながらも、背後を指さす。
そこには、複数のテントが張られた拠点が存在した。
テントの周囲には毒蛇王クラスの生徒の姿があり、皆、焚火を囲んで食事をしていたり、本を読んでいたりと、各々にくつろいでいる姿が散見される。
その光景を見つめた後、レーネは、静かに口を開いた。
「……シュゼットさんの策略は、各パーティーの食料を序盤で枯渇させ、大多数の生徒を地下水路の奥へと進ませないこと。毒蛇王クラスの生徒たちは各パーティーから食料を奪い逃走した後、南のスタート地点で合流し、そこで一丸となって食料を守る。ポイントを稼ぐのは、全て、支配者級を狙うシュゼットさん任せ。本当に、これで、私たちは勝てるのでしょうか……?」
「いや、俺はこれ以上ない作戦だと思うぜ? 現にシュゼット様は、この学年で最強の生徒だ。狙いは支配者級のみで、万が一奥へと進むことのできた生徒は、シュゼット様に狩られる。どこにも穴の無い作戦だろ」
「ですが……もし、シュゼットさんが敗北した場合は……私たちは完全に敗北することに……」
下唇を噛み、心配そうな様子を見せるレーネ。
そんな彼女を見て、ジャガールは、ため息を吐く。
「確かに、学級対抗戦で敗北したシュゼット様を見て、不安に思うのも当然だと思う。だけど、俺たちがあの人に逆らうことなんてできるのか? 俺たち毒蛇王クラスの生徒は、対抗馬だったアルファルドさんがいなくなった時点で、シュゼット様に完全服従するしかこの学園で生き残る道は無くなった。アルファルドさんが副級長をやっていたら、まだ、俺たちに動けと命じてくださっただろうが……あの人は黒狼に付いた。もう、どうしようもない」
「……エリニュスさんは、どうですか? シュゼットさんの対抗馬として、新しい級長候補に……」
「エリニュスがかぁ? あいつはアルファルドさんみたいに頭が良いタイプじゃないから、無理だろ。あの女は、他の奴の面倒を見れるようなタマじゃねぇよ。あぁ……アルファルドさん、戻ってきてくんねぇかなぁ……」
そう言って、ため息を吐く、ジャガール。
そんな彼を一瞥した後、レーネは、テントの周辺で酷い怪我をしている生徒に目を向ける。
「……彼らは、何故、あんな怪我を?」
「食料を奪うのに下手こいたんだろ。逃げきれずに捕まり、パーティー内でリンチにされて、命からがらここに辿り着いたらしい」
「リタイア、させないのですか? あの状態で治療をさせないで放置は、些か可哀想な気が……」
「シュゼット様は、クラスで勝利を掴みたいのなら、どんな状況でもリタイアするなと言っていた。だから俺たちは怪我人をリタイアさせるわけにはいかない。もし怪我人自ら教師の元へ行ってリタイアしようとしたら、全員で力づくで止めんのさ」
「……なかなかに惨いですね。毒蛇王クラスは、他のクラスと異なり、どうにも個人主義が強いように思えます」
「あ? 何か言ったか?」
「いいえ。なんでもありません」
そう口にして、レーネは、ため息を吐いた。
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「――――なるほど。シュゼットちゃんもなかなかに強い一手を打ってきますねぇ」
リューヌは西のスタート地点で、テーブルに座り、優雅に紅茶を飲む。
そしてカップをソーサーの上に載せると、耳元に手を当て、念話相手と会話をする。
「天馬クラスのリーダー枠の生徒で、食料を奪われたパーティーは、6パーティー中4つ、ですかぁ。なかなかに痛手ですねぇ~。不足した食料は、魔物を狩って、ポイントに換えて交換しなければならない。結果、奪われたパーティーの進行速度は、大幅に遅れることとなる。クスクスクス……やる気が無さそうでしたのに、急に牙を剥いてくるとは、流石はシュゼットちゃん。油断ならない相手です」
そう口にした後、リューヌは念話相手に「また何かあったら教えてください」と言って、念話の魔法を切断する。
そして彼女は、紙に、ペンを走らせた。
「現在、第二階層へと到着したパーティーは、ロザレナちゃん、ルーファスくんと牛頭魔人クラスのリーダー3人、アグニスくん、シュゼットちゃん、ルナちゃん……ラッセルくんは目前でリタイア、ですか。今のところ、黒狼クラス、牛頭魔人クラス、毒蛇王クラスがリードしているといったところでしょうかぁ」
紙に一通り名前を書いた後。リューヌは不思議そうに、首を傾げる。
「鷲獅子クラス……キールケちゃんの動きが、まるで読めませんねぇ。私の張った情報網に、一切、彼女が引っかかってきません。不思議ですねぇ……これもあの子の能力なのでしょうかぁ? 聞いたところによると、手で触れずにジークハルトくんの足を折ったそうですが……いったいどんな能力を持っているのでしょう? 加護の力? バルトシュタインの加護は【怪力の加護】だけだと思うのですが……」
顎に手を当て数秒程思案した後。
リューヌの元に、再び【念話】が飛んでくる。
「はい、何でしょうかぁ?」
耳に手を当てそう言葉を返した後、リューヌは、何者かからの念話を聞く。
そして、ニヤリと笑みを浮かべると、彼女は口を開いた。
「そうですかぁ。ありがとうございますぅ。級長たちは全員、第二階層へと辿り着いたと。では……そろそろわたくしも動きましょうかねぇ」
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「なるほど……食料、か」
足を止め、耳に手を当てながら、そう呟くルーファス。
そんな彼に、ゴブリンの頭を素手で潰したアグニスが、声を掛けた。
「どうした、ルーファス? トラブルか?」
「……毒蛇の奴さん、なかなかにえげつない手を使ってきやがった。パーティーから食料を強奪して、自分たちで占領しはじめたんだとさ。最速攻略組以外は、軒並みリタイアするんじゃないのか? こいつは、一日目から荒れるぜ」
「なるほど。では、どうする? 戻るか?」
「それはあり得ない。まぁ、俺とお前で戻って毒蛇王クラスから食料を獲り返すのは悪くない手だが、そんなことをやっている内に、シュゼットとロザレナの奴が先へと進んじまうだろう。俺たちは誰よりも早く最奥へと辿り着かなければならない。支配者級を狩るためじゃない。後から来る連中を、罠に嵌めるためだ。その策は何がなんでも崩しちゃいけない」
「……支配者級がいるフロア前までたどり着き、俺たち牛頭魔人クラスで道を一本に絞って、そこに罠を張り巡らせ……上位パーティーを罠に嵌めてリタイアさせる。その後、ゆっくりと俺たちで支配者級を倒す……これがお前が打った勝つための一手。そうだったな、ルーファス」
「あぁ。目下、一番厄介なのはシュゼットだったが……運がないね、俺も。ここに来てあいつよりもやばい奴が出て来た。それは、ロザレナだ。シュゼットは魔術師故に足が遅いが、ロザレナは脚力もある、相当腕の立つ剣士だ。あれを仕留めるには……罠を張って全員で四方から叩くしかない。それでも勝率は半々だ」
「お前がそこまで言うとは相当だな。対峙してみて、あの女の強さが分かったのか? お前は人を見る目だけはずば抜けてあるからな。俺に教えてみろ。奴は、いったい、どれ程の強者だ?」
「……わからねぇ」
「何?」
「分かることは、今までに見たことが無いほど……底の知れない目をしていたことだ。あいつの目は、俺やお前を障害だとは思っていない。あの女は、自分の目的のためだったら、一切の躊躇なく目の前に立つ者を斬り殺すだろう。どちらかというと、あれは善人側ではなく……いや、まだ、どちらにも染まっていない、自分の本質を理解していない危うい状態にあるといえるか。とにかく、常識の通用しない相手であることは間違いない」
「あのまま戦っていたら、どうなっていたと思う?」
「俺とお前は間違いなく斬り殺されていただろうな。まぁ、武器を持たない相手に剣を振るようなことをしないという、甘ちゃんな一面があったようだが……まったく、歪な奴だ。向かってくる者には容赦しないが、それ以外は相手にしない。優しいのか狂っているのかよく分からないな」
「斬り殺されていた、か。そうはっきりと言われると戦士として堪えるものだな」
「お前だって対峙してみて分かっていただろ。あれが、本物の化け物だということをな」
「……そうだな。一切、勝てる気がしなかった」
「俺個人の感想でいえば、シュゼットよりもロザレナの方が恐ろしいね。キールケはよくあんな化け物に喧嘩を売ったなと、驚くばかりだ。俺の予想が正しければ……学園最強は既にシュゼットじゃない。あの女だ。この特別任務、あいつを倒せるかどうかに、勝敗が懸かっている」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ジークハルトくん。こっちの道で合ってる?」
「……ジェシカ。そっちは違う。何度言ったら君は分かるんだ……」
「あ、ご、ごめん! 私、方向感覚が無くて……」
ランタンを手に持ちながら、ジークハルトとジェシカは道を進んで行く。
ジェシカは先行しつつ、何処か緊張した様子で、チラチラと背後に居るジークハルトを伺う。
ジークハルトはそんな彼女に対して、首を傾げた。
「どうした? さっきから私の顔を見つめて?」
「あ、うん……私、今まで、ジークハルトくんはもっと冷たい人だと思ってたんだ。でも……貴方は、鷲獅子クラスのみんながキールケに支配されていることを良しとはしなかった。私、貴方のこと、少し誤解してたのかも」
「誤解ではない。私は今まで鷲獅子クラスを自分の軍隊にするつもりで統率してきた。実力主義を強いたのもそのためだ。私は王子として、自分だけの武器を欲してきた。私利私欲で鷲獅子クラスの級長をやっていたのだ。何も、間違ってはいない」
「だとしても。やっぱり私は……ジークハルトくんの方がキールケよりも級長に向いていると思うよ。今の貴方の方が、よっぽど級長に向いていると思う」
「私はそうは思わないが……ジェシカ・ロックベルト。今の君の方が級長に向いているのではないか? 君は、とても変わったな。この一か月で、随分と精悍な顔つきとなった」
「そう、かな。でも……変われてたら嬉しいな。私は、もっと強くならなきゃいけないから。ライバルである……ロザレナに勝つためにも。私は、【剣聖】を目指すって、そう決めたから」
「【剣聖】か。大きな夢だな」
「笑う?」
「笑わないさ。私にも夢がある。聖王となって、この国を変えること――――待て、ジェシカ・ロックベルト! 止まれ!」
「え?」
ジークハルトのその言葉に、ジェシカは足を止める。
ジークハルトは腰の鞘から剣を抜くと、ジェシカの前に出て、恐る恐ると歩みを進めて行く。
「ど、どうしたの? ジークハルトくん?」
「この先に、人の気配がする。なるべく音を立てずに、ついて来い」
「わ、分かったよ」
静かに前へと歩いて行く二人。
そして、右に曲がる道を進んだ、その時。
そこにあった光景に、ジークハルトとジェシカは、息を呑んだ。
「なん……だ、これは……?」
「え……?」
「むーっむーっ! むーっ!」
そこにあったのは、天井から吊るされた網。
その網の中には、両手両足を縛られ、口に猿轡を嵌められた、鷲獅子クラスの腕章を付けた生徒の姿があった。
その下には、その網に必死に手を伸ばそうとしているゴブリンたちの姿がある。
鷲獅子クラスの生徒を使った、魔物をおびき寄せるための、罠。撒き餌。
その光景を発見したジークハルトは、眉間に皺を寄せ、怒りの声を上げる。
「キールケッッ!! これがお前のやり方かッッ!!!!」
その怒りの声に呼応するように、彼の背後にあった影から、人形を抱えた黒髪ハーフツインの少女……キールケが姿を現す。
キールケは邪悪な笑みを浮かべると、ジークハルトとジェシカの前に立ち、口を開いた。
「とても効率的なやり方でしょう? 使えない豚ちゃんたちは撒き餌にして魔物をおびき寄せるトラップにしたの。他の豚ちゃんも、自分が撒き餌にならないように、必死に魔物狩りに専念するってわけ。どう? 面白―――」
最後まで喋り終える前に、ジークハルトは、キールケに向かって剣を振り降ろす。
真っ二つとなったキールケは、影になって、霧散していった。
完全に消える間際。キールケは、ジークハルトにジト目を向ける。
「可愛い可愛いキールケちゃんが話している途中でしょう? 相変わらず空気の読めない豚ちゃん。まぁ、良いよ。私と戦いたかったら、地下水路の奥までおいでよ。キールケちゃんが直々に、ボコボコにしてあげるから」
「……影だと? 本体ではないということか……!?」
「またね~! 王子サマ、ジェシカちゃん」
そう言い残し、影は消えて行った。
後に残ったゴブリンたちが二人に気付き、襲い掛かって来る。
「チッ! 今はあの生徒を助けることを優先するぞ! 手を貸してくれ、ジェシカ・ロックベルト!」
「う、うん! 勿論だよ!」
二人は剣を構え、ゴブリンと対峙するのであった。




