第8章 二学期 第239話 特別任務ー② ジェシカの覚悟、級長たちの思惑
「……よし。それじゃあ、行きましょうか、アネット、ルナティエ」
朝食を終え、寮の外に出ると、ロザレナは空に浮かぶ太陽を見つめながら……背後に立つ俺とルナティエにそう声を掛けてきた。
そんなお嬢様に、俺とルナティエはコクリと頷く。
ロザレナはキョロキョロと辺りを見渡すと、こちらを振り返り、首を傾げた。
「あれ? ジークハルトはどうしたの? あと、あの剣王フランエッテは?」
「ジークハルトは先に学園へと向かいましたわ。フランエッテも、朝から姿を見ていませんから、既に登校したのだと思いますわね」
「そう。まぁ、ジークハルトとは鷲獅子クラスを倒すために手を組んだだけで味方になったわけじゃないし、フランエッテも同じパーティーだというだけで味方じゃないから……あたしたちと一緒に登校する理由も特にないわね」
そう口にした後。ロザレナは、満月亭を静かに見上げる。
「ジェシカも、既に部屋にいなかったわ。あの子……特別任務に参加して大丈夫なのかしら? あたし的には、休んでいて欲しいところなのだけれど……」
俺はお嬢様のその言葉に、首を横に振る。
「お嬢様。ジェシカさんは、そんなに弱い方ではありませんよ」
「アネット?」
「あの御方は、今日この日まで、放課後になるとロックベルト道場に通い、剣の修行をなさっていました。それが何故なのか……ご友人であるお嬢様には、分かるのではないでしょうか?」
「……そうね。でも、あたしは今回の戦い、あの子には参加して欲しくないわ。だって、あのキールケを相手にするのだもの。追い詰められたあいつが何をするのか、分からないわ。またジェシカに危害が及ぶ可能性だってある。そうなった時、あたしは……自分を抑えられるのかが予想できない」
ロザレナは眉間に皺を寄せ、小さくため息を吐くと、前を振り向く。
そして、そのまま学園へと向かって歩みを進めて行った。
ジェシカがキールケに人質にされる可能性がある以上、ジェシカには寮で待機してもらいたい。それが、お嬢様の願いなのだろう。
だが……ジェシカもまた一人の剣士なのだ。
ロザレナのその願いは、剣士としてのジェシカを否定するものでもある。
俺とルナティエはそのままロザレナに続き、学園へと向かって歩みを進めて行った。
宵月の節……9月末。
紅葉した木々が並ぶ、学園へと続く並木道。
入学始めの頃は、桜が咲き誇る並木道であったが、今の木々は紅く染まっていた。
その道の中央に――俺たちを待ち構えるようにして、ジェシカが立っていた。
「ロザレナ」
「ジェシカ……?」
背中に青龍刀を装備し、修行の影響なのか、顔中に傷を作っているジェシカ。
彼女はこちらにまっすぐと歩み寄って来ると……お嬢様の前に立つ。
その顔は以前よりも精悍な顔つきになっており、覚悟の灯った瞳をしていた。
「ロザレナ。私、貴方に、言っておきたいことがあるの」
「言っておきたいこと?」
「うん」
数秒無言で向かい合うロザレナとジェシカ。
しびれを切らしたロザレナは、ジェシカに声を掛けた。
「ジェシカ、貴方、制服に着替えているみたいだけれど……まさか特別任務に参加する気なの? 大丈夫なの? 別に今日くらい休んだって、誰も何も言わないと思うけど?」
「……」
「安心して。今回の特別任務、あたしたち黒狼クラスが1位取って、絶対に貴方を黒狼クラスに引き入れるみせるから。あたしが鷲獅子クラスとキールケを倒して、貴方のことを守るわ。だって、貴方はこの学校で初めてできた、あたしの親友―――」
「私は……【剣聖】を目指すことにした!!!!」
「え……?」
驚き、目を見開くロザレナと、真剣な表情でそう宣言するジェシカ。
戸惑うロザレナを置いて、ジェシカは続けて口を開く。
「私、今まで、引退したお爺ちゃんの代わりになりたくて、【剣神】を目指していた。でも……気付いたんだ。私は、誰の代わりにもなれないって。私が戦いの中で無意識にブレーキを掛けてしまっていた理由。それは、戦いを怖がっていたから。自分という剣士の在り方を見失っていたから。私は、お爺ちゃんにもリト姉にもなれない。だったら自分は何になりたいのか。それを……ある男の子が教えてくれたんだ」
ある男の子……それは、男装した俺のことだろうか?
ジェシカはニコリと微笑むと、ロザレナに指を突き付ける。
「私は、ジェシカ・ロックベルトとして、【剣聖】を目指す! そのために、今回の特別任務……私は、鷲獅子クラスを勝利に導く!! 黒狼クラスの級長であるロザレナは、私の敵だよ!!」
その言葉に、ロザレナは無表情になると、静かに口を開いた。
「……このまま、キールケの手下になるってこと? だとしたら貴方は、あたしの敵にすらならないわね」
「違うよ。私は、自分の手でキールケを倒したいの。あの子に鷲獅子クラスを任せてはいられないもん。だから、私がみんなを引っ張る。私が、鷲獅子クラスの級長になる。最初から、ロザレナに守ってもらう必要なんてないんだよ。私は、【剣聖】を目指している……貴方と対等な一人の剣士なんだから!」
「……」
ロザレナは無表情でジェシカを見つめる。
そんな彼女の背後から、ルナティエが口を開いた。
「そうですわね。守ってもらうばかりでいたら、剣士として、自分を許せなくなりますものね。わたくし、今まで貴方のことを筋トレ好きのお馬鹿さんだと思っていましたけれど……改めて見直しましたわ。わたくしも剣の頂を目指す者として、貴方のことを認めてさしあげましょう、ジェシカ・ロックベルト。これからはライバルですわ」
「あ、ありがとう、ルナティエ。私、ロザレナとルナティエとグレイレウス先輩がいつも一緒にいるの、羨ましく思っていたんだ。3人は、仲の良い友達ってわけじゃないけど、対等なライバルとして、お互いを認め合っていたから。私も3人みたいに上を目指せるような存在になりたいって、いつもそう思っていたの」
そう言って「えへへ」とはにかむと、ジェシカはまっすぐとロザレナを見つめる。
「ロザレナ。貴方も、私を……ライバルって認めてくれるかな?」
「……」
ロザレナは目を伏せて、大きくため息を吐くと……ジェシカを鋭く睨み付けた。
「【剣聖】を目指すと言うのなら、貴方はあたしの敵よ、ジェシカ」
「うん。こうなったら、今までの仲の良い友達のままってわけにはいかないって……分かってるよ。ロザレナにとっての【剣聖】って、それくらい大きなものだということは、勿論、分かってる」
「……」
ロザレナはスッと、ジェシカの横を通り過ぎて行こうとする。
そして、その途中。ロザレナは一言、ジェシカに声を掛けた。
「特別任務を勝利するのは黒狼クラスで、キールケを倒すのはあたしよ」
「早い者勝ち、だね。負けないよ」
そう短い言葉を交わして、ロザレナはジェシカの横を通り過ぎて行った。
その後ろを、俺とルナティエはついて行く。
ジェシカから離れて、無言で道を進んで行くロザレナ。
そんな彼女がぽそりと独り言を呟いたのを、俺は、聞き逃さなかった。
「……そう。あたしから離れるっていうのね」
それは、どういう意味だったのか。
俺には、理解できなかった。
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学園のグラウンドに辿り着くと、そこには、先頭に旗を持った生徒と、各クラスで集まっている生徒たちの姿があった。
黒狼の旗。天馬の旗。牛頭魔人の旗。鷲獅子の旗。毒蛇王の旗。
俺とロザレナ、ルナティエは、迷うことなく黒狼の旗を持つ生徒の元へと向かって行った。
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「……どいつもこいつも、怖ぇ顔していやがるな。もっと気楽に挑めば良いのによ」
そう口にしたのは、牛頭魔人クラスの級長、ルーファスだった。
ルーファスは周囲に並ぶ他クラスの生徒たちを一瞥した後、ヒューッと口笛を吹き、背後に立つ二人に声を掛ける。
「首尾はどうだい? アグニス、プリシラ」
その言葉に、牛の角が生えた筋骨隆々の大男、副級長のアグニスは大きな笑い声を上げる。
「ガッハッハッハッハッ! 問題は何もないぞ、ルーファス! 同盟を組んだ天馬クラスも無事に黒狼クラスを味方に引き入れることができたようだからなァ! 牛頭魔人、天馬、黒狼。この三クラスが不戦の契りを結んだ以上、鷲獅子クラスの勝星は絶望的だろう! この特別任務で、番狂わせが起こるのは間違いない!」
そんな彼の横に立っていた、獅子の鬣のような髪型をした少女、プリシラは、不安そうな顔を見せる。
「んー、でもさぁ、黒狼クラスと天馬クラスが裏切らないって保証はどこにあるの? 二クラスが結託して牛頭魔人クラスのポイントを押さえようとしている可能性も、捨てきれないんじゃないかなー?」
「それはあり得ないぜ、プリシラ。そもそも、黒狼クラスの級長ロザレナは、鷲獅子クラスの級長キールケにお熱だ。そんな器用な真似ができるタマじゃねぇよ、あの級長サマは。そういった手を使ってくるのは、どちらかというと、副級長のルナティエの方だが……」
ルーファスはチラリと、遠くの列にいるルナティエに視線を向ける。
ルナティエはロザレナやベアトリックスと作戦会議をしていた。
その光景を見て、ルーファスは笑みを浮かべる。
「あの女程度の策略で、うちが脅かされる可能性は万が一にもねぇ。俺の頭脳、そして……アグニス、うちにはお前がいるのだからな。お前に勝てる奴なんざ、この学年にはいねぇよ。可能性があるとしたら、剣王フランエッテくらいのもんだろ」
「ガッハッハッハッハッハッハッ! 当然だ、ルーファス! 俺は強い! 俺のこの身には、人族最強の戦士の血が流れているのだからな! 人族の英雄の血統! 獣人族の圧倒的なパワー! 俺こそがこの学園で最強の戦士だ!!」
「まぁ、今回は好きに暴れろ。獣人族は夜目と鼻が利く。地下迷宮でお前たちの右に出る者はいねぇさ。三クラスで同盟は組んだが……最後に勝ち残るのは、俺たち牛頭魔人クラスだ。異種族が集まるこのクラスこそが、最強だということを証明してみせるぜ」
そう言ってルーファスはサングラスのブリッジに指を当てると、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
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「……と、いった感じで、恐らくルーファスくんは、三クラスで同盟を結ぶといっても、終盤でポイントを出し抜いて勝利しようと考えていることでしょうねぇ。可能性として最も高いのは、終盤戦で鷲獅子クラスの失墜を確信した後、天馬・黒狼クラスの有望なパーティーに入れた生徒に、足を引っ張らせ、ポイントを操作する策でしょうか……いずれにしても、同盟を組んだと言っても、牛頭魔人クラスはわたくしたちの真なる仲間とはいえない存在でしょうねぇ」
そう口にしたリューヌは、周囲を取り囲む生徒たちに微笑みを浮かべる。
そんな彼女に、背後に立っていた副級長バドランディスは、静かに声を掛けた。
「リューヌ様。では、三クラスで鷲獅子クラスを妨害し、その後、彼らの敗北が必至になった後が……私たち三クラスの勝負になるということなのでしょうか?」
「その通りですよぉう、バドランディス。黒狼クラスは正直、あまり危険視はしていませんがぁ……牛頭魔人クラスの異種族、特に獣人族は警戒した方が良いですかねぇ。彼らは暗所ではかなり厄介な敵となります。特に、副級長のあのアグニスとかいう男は、何かありそうな気がしますねぇ」
「何か、とは?」
「何処かで見たような顔なんですよねぇ~。まぁ……どんな秘策があろうとも、最後に勝利するのはわたくしたちなのですが。わたくしたちの連携は、他クラスとは比較になりません。争いごとは嫌いですが……皆さん、このわたくしと一緒に、勝利を目指してくださいますかぁ?」
「「「はい!!!! リューヌ様!!!!」」」
「良いお返事ですねぇ。さぁ……皆さん、頑張りましょおう……? クスクス」
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「天馬、牛頭魔人クラスは、毒蛇王クラスが抑える……雑魚の相手は不本意ですが、これも仕方ありませんね。よろしいでしょうか、毒蛇王クラスの皆さん。天馬、牛頭魔人クラスのリーダー枠に所属している毒蛇王クラスの生徒は、リーダーに対する嫌がらせを徹底的に行ってください。どんなことをしていただいても構いません。そうですね……初手は相手の荷物を隠したりするのが良いかもしれませんね。地下迷宮という閉所で備蓄が無くなれば、パニックになるのは当然ですからね」
シュゼットのその言葉に、毒蛇王クラスの生徒たちはザワザワと動揺した様子を見せる。
そんなクラスメイトたちの様子を確認した後、副級長のエリニュスが、シュゼットに声を掛けた。
「ねぇ、シュゼット。それって本当に毒蛇王クラスの勝利に繋がるわけ? 私たちのクラスは、ただでさえ学級対抗戦で黒狼クラスに敗けて下位に落ちたのよ? これ以上、勝星を下げるような行為は――――」
「エリニュスさん。クラスなど所詮、雑兵の集まり。烏合の衆というものは、頭を狩れば終わりなのですよ」
「はぁ?」
「頭を潰せば、雑兵如きにまとまる意志などはまるで無い。確かに私は黒狼クラスの申し入れを受け入れ、天馬、牛頭魔人クラスの対処を受理しましたが……その後の展開を指示されたわけではありません」
「……何が言いたいのよ?」
「私は、今回の特別任務で、級長狩りを行います。まずは天馬、牛頭魔人クラスの級長、リューヌとルーファスを狩ります。その後、ロザレナさんが手間取っている様子であれば、鷲獅子クラスのキールケを狩ります。狩った級長たちは、縄で縛って何処かに放置しておけば良いでしょう。頭を失った烏合の衆は混乱し、瓦解する。私たちはその後にのんびりと魔物狩りを愉しめば良い」
「級長狩りをするって、本気で言っているの!? その無茶苦茶な話、なかなか受け入れ辛いんだけど……! というか、だったら黒狼クラスのロザレナはどうするのよ? 級長狩りをするのっていうのに、あいつだけ野放しにしているのは何で? あんたは一番、あいつにリベンジしたいんじゃないの?」
「今は、まだ、その時ではありませんから。彼女に借りを返すのは、お互いにもっと成長してからです。フフフ……私は毒蛇王クラスに勝星をもたらすように行動する。その代わりにエリニュスさん、貴方は……例の件をお願いします」
シュゼットはエリニュスに詰め寄ると、その鋭い眼光を光らせる。
エリニュスはゴクリと唾を飲み込むと、静かに口を開いた。
「わかった……けど、未だに意味が分からないんだけど。ロザレナのメイドを注視し、警護しろって、あんた、そう言っていたわよね? パーティー内で怪しい動きをしている奴が居たら報告しろとも言っていたっけ。いったい何なのよ? あんたは私に何をさせたいわけ?」
「貴方は、私の言われた通りに動けば良いのですよ、エリニュスさん。私は貴方の欲しているクラスの勝利への手助けをする。貴方は、アネット・イークウェスを警護する。イーブンな取引ではないのでしょうか?」
「イーブンって……普通、級長がクラスに貢献するのは当たり前のことなんじゃないの?」
「私にとってこの学園での争いごとなど些末なこと。本気を出せばいつでも勝利できるゲームに執心するほど、私は暇人ではありませんよ?」
「……チッ。本当にイカれた奴。あんたみたいな奴が級長とか、本当、私も貧乏くじを引いたわ。嫌いよ、あんたみたいな自己中心的な女は」
「私は貴方のことが結構好きですよ、エリニュスさん。アルファルドくんと同じく、愚かで、見ていて飽きませんから。私は愚かな者が踊り狂う姿を見るのが好きですので」
フフフフと不気味に嗤うシュゼットに、エリニュスはチッと舌打ちを放った。
そんな二人を、毒蛇王クラスの生徒たちは、困惑した様子で見つめていたのだった。
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「…………ほーんと、貴方たちは使えない雑魚だね~。これはリーダーである君の責任でもあるんだよ? ミランダちゃん」
自分のメイドを四つん這いにさせ、その背中に座るキールケは、パフェを頬張りなら目の前で膝をつく3人の生徒を見下ろす。
ミランダと呼ばれた生徒と残りの二人は、以前、ジェシカをいじめていた生徒たちだった。
少女たちはダラダラと汗を流し、怯えた様子でキールケを見つめる。
そんな彼女たちの姿にため息を吐くと、キールケは口を開いた。
「キールケちゃんはさぁ、もっともっと、ジェシカ・ロックベルトを追い詰めろって言ったよね? 何であの子、フツーに特別任務まで学校に通ってきているわけ? おかしくない?」
「そ、それは、その……思ったよりも、あの子のメンタルが強かった、と言いますか……その……」
「言い訳しちゃうんだ? へぇ?」
キールケは目を細めると、ミランダの背後に居る二人の女子生徒に声を掛ける。
「ねぇ、そこの豚さん二人。ミランダちゃんのことボコボコにしてあげてよ」
「「は?」」
「ほら、さっさとしてよ。私の命令は絶対。そうでしょう?」
「で、でも、彼女は私たちの友達で―――」
「次、余計な言葉を喋ったら……貴方の口、糸で縫って塞ぐよ?」
キールケのその冷たい瞳に、二人の生徒は立ち上がると、ミランダに向かって行った。
「や、やめ……! あぐぁっ!」
友人二人から殴る蹴るの暴行を加えられ、ミランダは塞ぎ込む。
その光景を見て、キールケは楽しそうに手を叩いて笑い声を上げた。
「あははははははははは! いいねぇ、さいこぉう! もぐもぐもぐ……うーん、パフェ美味しー!」
数分してパフェを食べ終えた後、キールケはメイドの背中から降り、倒れ伏しているミランダの元へと歩いて行く。
そして手に持っていたフォークを、ミランダの鼻の穴へと突っ込んだ。
「豚さんみたいな、ぶっさいくなお顔。キールケちゃんが特別に整形してあげる。お鼻、ひとつにしてあげよっか?」
「え? や、やめ……」
「整形、して欲しいよね? ね?」
愉しげな微笑みを浮かべるキールケと、ガクガクと身体を震わせ、顔を青ざめさせるミランダ。
そんな二人の元に……ある人物が歩いて行った。
「やめなよ」
その人物とは、ジェシカだった。
彼女はキールケの腕を掴むと、至近距離で鋭い眼光を見せる。
そんなジェシカの様子に、キールケは嘲笑の声を上げた。
「何、勝手にキールケちゃんの手に触ってるの? 級長である私が飼い主で、あんたたち平凡な鷲獅子クラスの生徒たちは豚さん。前にそう言ったよね、ジェシカちゃん?」
「私はやっぱり、こんなやり方、間違っていると思う。私は貴方を……級長とは認めない」
「ミランダちゃんは、ずぅっとジェシカちゃんをいじめてたんだよ? 何で助けるのかなぁ、つまんない~。もっとドロドロしたもの見せてよ、ジェシカちゃん。……そうだ! 今から私の代わりにこの子をボコボコにしてあげてよ! 今までいじめに耐えてきたご褒美! これまで受けてきた痛みを、こいつにぶつけて発散しなよ、ジェシカちゃん!」
「……」
ジェシカは無言でキールケの手を離すと、ミランダの元へと近寄り、しゃがみ込み、彼女の肩に触れる。
「大丈夫?」
「な……は、はぁ? な、何で、あんた……私のことが憎くないの!?」
「憎いよ。顔も見たくない」
「だったら……」
「私は絶対に、貴方のことは許さない。でも、私は、誰かに痛みをぶつけて発散するような弱い人間にはなりたくないの。私が目指すのは……【剣聖】なのだから。貴方のような……いいえ。キールケや貴方たちのような、程度の低い人間に、私はならない。なりたくもない」
ジェシカのその言葉に、キールケは不愉快そうに「はぁ?」と眉を顰める。
ジェシカは立ち上がると、振り向き、キールケと真っ向から睨み合う。
「私は、いつか絶対に【剣聖】になる!! 私が倒すべき敵は、私が最も尊敬していた剣士、リト姉と、親友のロザレナ!! 貴方なんか、怖くも何ともないんだから!! 私は貴方に……剣士として決闘を挑むよ、キールケ!!」
ジェシカは手袋を脱ぎ、それをキールケへと投げつける。
憤怒の表情を浮かべるキールケに、唖然とする鷲獅子クラスの生徒たち。
そんな中――――ジェシカの言葉に賛同するように、前へ出る生徒の姿があった。
「よくぞ言った、ジェシカ・ロックベルト。私もお前に賛同する」
ジェシカの横に立ったのは、先代級長のジークハルトだった。
ジークハルトの登場に、ジェシカは目を丸くさせる。
「ジークハルト、くん……?」
「何も、この現状に不満を抱いているのは、お前だけではないというわけだ。私も……貴様と戦うつもりだ、キールケ!」
ジークハルトは手袋を脱ぎ、それをキールケの足元へと放り投げる。
「悪いが私は、諦めが悪くてな。級長の座を返してもらうぞ、バルトシュタイン家の末妹よ」
「雑魚二人が、調子に乗って……! でも、いいよ。その決闘、受け入れてあげる。だけどぉ、今から《騎士たちの夜典》もできないだろうしぃ……じゃあ、こうしよっか? 特別任務中、三人の中で、一番ポイントを稼げたパーティーの勝利ということで。これなら、鷲獅子クラスへの貢献もできて、一石二鳥でしょう? もし私が敗けたら、二人の内、どちらかに級長の座を明け渡してあげる。どう?」
「私たちが敗北した時は、どうなると言うのだ?」
「その時は……反抗する生徒をクラスに置いておいても邪魔だし、退学でもしてもらおうかな。どうかな? ジークハルトくん? ジェシカちゃん?」
「良いだろう。ただし、私は班での行動はせず、単独で動かせてもらう。鷲獅子クラスの生徒たちは、お前の駒だ。邪魔をされる可能性もあるだろうからな。私一人でポイントを稼がせてもらう」
「私も問題ないよ。必ず、勝ってみせる。ここで敗けてたんじゃ……ロザレナには、絶対に、勝てないと思うから」
「楽しみだね。キールケちゃんが叩き潰してあげる、ざこぶたちゃんたち♪」




