第8章 二学期 第234話 同盟締結、満月亭の新たな仲間
「……さて。答えは決めましたでしょうかぁ、ロザレナちゃん?」
特別任務のパーティー6人で顔合わせを終えた……放課後。
人気の無い天馬クラスの教室で、ロザレナとリューヌは向かい合う。
ロザレナの背後に居るのは、俺とルナティエ。
リューヌの背後に居るのは、副級長のバドランディス。
ロザレナは無表情、リューヌは微笑を浮かべながら、無言で見つめ合っていた。
今から……黒狼クラスと天馬クラスの、同盟についての話し合いが行われようとしていた。
「今朝、鷲獅子クラスは、さっそく騒動を起こしたそうですねぇ~」
先に口を開いたのは、リューヌだった。
彼女は胸に手を当て、悲しそうに呟く。
「まさか、こうも早く鷲獅子クラスを掌握するとは思いもしませんでした。キールケちゃんはどうやら、本気で貴方を追い詰めるようです。このままでは、ジェシカちゃんは、確実に地獄を見るでしょうねぇ……可哀想に……」
「……全部、あんたの思い通りに動いたってわけ、リューヌ?」
「そうでもないですよぉう? わたくしは、神様ではありませんからぁ~。ただ、今回の特別任務、わたくしが勝負に出ても良いと思う場になったということは、間違いありませんが。鷲獅子クラスのクーデター、これを利用しないわけにはいきません」
「……」
「先に言っておきましょう、ロザレナちゃん。わたくしは今回の特別任務、全クラス1位を取りにいくつもりです。わたくしたちが結ぶこの同盟は、両クラスで共闘し、鷲獅子クラスを倒すもの。そして、わたくしがトレード券を入手したら、貴方に渡すというもの。ですから……わたくしたち天馬クラスを1位にするために、黒狼クラスは協力していただけませんかぁ?」
「最初から……そういうつもりでしたのね……!」
リューヌの言葉に、ルナティエは眉間に皺を寄せる。
ロザレナは表情を変化させずに、口を開いた。
「それは協力できないわね。あたしたち黒狼クラスも、全クラス1位を目指しているのだから」
「悪くないお誘いだと思うのですけれどねぇ~。勝利すべきクラスはどちらかに絞った方が、得策だとは思いませんかぁ? わたくしの指揮能力、貴方の剣技があれば、1位を取ることなど造作もないと思います。目下、戦闘能力面で一番厄介な存在である毒蛇王クラスはやる気を見せていない。両クラスが協力してポイントを操作すれば、鷲獅子クラスを抑えるのは簡単です。違いますかぁ?」
「……」
「ロザレナちゃん。わたくしは当初、貴方を猪突猛進なお馬鹿な子だと思っていました。ですが、先日のジェシカちゃんのいじめの一件の後、貴方が去った女子トイレを覗いてみて驚きました。まさか……他者にあそこまで容赦なく痛みを与えることのできる人物だったとは。わたくし、考えもしませんでした」
「……」
「普通、人というのものは他人に危害を与える時、無意識にブレーキが掛かるものです。ですが貴方にはそのブレーキがないご様子。鷲獅子クラスの3人は……全員、重症だったそうですよぉう? そして、恐怖心からか、貴方の名を挙げなかったとかぁ。クスクス。酷いですねぇ、ロザレナちゃん?」
リューヌは目を細めると、再度、口を開く。
「と、そう言うわたくしも、ブレーキが無い人間ではありますが。わたくしと貴方はとてもよく似ていると思います。わたくしたちは共に異端としてこの世に産まれた同志。わたくしたち、良きお友達になれるとは思いませんかぁ? ロザレナちゃん?」
そう言ってリューヌは微笑を浮かべると、ロザレナに手を差し伸べた
ロザレナは、差し出されたリューヌの手のひらをジッと見つめる。
そして、数秒後。自分の手を、彼女の元へと持って行った。
「ロザレナさん!」
ルナティエが切羽詰まった様子で、叫び声を上げる。
無理もない。リューヌは先日、自らの能力を開示したのだから。
『――わたくしの【支配の加護】は、文字通り、人を支配下に置いて洗脳すること。支配下に置ける人間は両の手のひらにある指の数、10人まで。発動条件は、自身より闘気・魔力の値が低い者。自身に恩義を感じ、握手をした者。聞いての通り、とてつもなく面倒な能力でしょう? 強力な加護と思いきや、発動条件がかなり難しいのです』
現在、ロザレナは闘気を纏っていない。
そして、ロザレナはジェシカのいじめの一件を、リューヌから教えられている……その恩義がある。
【支配の加護】の発動条件が、揃ってしまっている。
「ロザレナさん! 貴方、何をやって―――」
ルナティエが止めようと動いた、その時。
ロザレナは全身に闘気を纏い、リューヌに殺意を向けた。
「……あんた、あたしを舐めているの?」
その瞬間、ロザレナはリューヌの人差し指を掴むと、反対側に折り曲げた。
まさかそのような行動を取るとは思わなかったのか、リューヌは微笑を浮かべたまま、硬直する。
「……あら?」
「ふざけるのも大概にしなさいよ。素直に対等な同盟を持ってくる気なら、まだ利用価値はあったけれど……こんな舐めた真似されたらたまったもんじゃないわ!」
「リューヌ様!」
副級長のバドランディスが動こうとするが、ロザレナはそれを眼光で黙らせた。
「動くな! ……あんたはそこにいなさい。じゃないと、あたし、こいつに何をするか分からないわよ?」
ロザレナの闘気の圧に気圧されたバドランディスは、汗をダラダラと流しながら、悔しそうにギリッと歯を嚙み締める。
そんな彼から自然を外すと、ロザレナは再度、リューヌに視線を向ける。
「あたしに舐めた真似をしたことといい、この期に及んでまだ嘘を吐き続けたことといい、ふざけているわね。これでは、対等な同盟とは言えないわ」
「? 嘘?」
「あんた……牛頭魔人クラスと手、組んでるでしょ?」
「は?」「え?」
俺とルナティエは同時に、呆けた声を出してしまう。
リューヌも驚き、目を見開く。
「……それは……どういった意味でしょうかぁ?」
「前から引っかかっていたのよ。以前、廊下で級長たちが争っていたのを見かけた時。シュゼットの攻撃魔法を、ルーファスの奴はリューヌを押し倒して守っていた。あたしはその光景を見て確信したわ。貴方たちは、手を組んでいる、と」
「まさか……それだけで、わたくしがルーファスくん……牛頭魔人クラスと同盟を結んでいると思ったのですか?」
「ええ。間違いなくね。あたしは確信を持ってそう見ている」
ロザレナはリューヌの指から手を離すと、腕を組み、仁王立ちをした。
リューヌは反対側に折れ曲がった自身の人差し指を見つめた後、不気味な笑い声を上げる。
「……あはっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハ! 素晴らしいですねぇ、ロザレナちゃん! 確かにわたくしは貴方のことを甘く見ていたようです! なるほど。貴方は変化している、ということですかぁ。そのお顔からは、以前のような甘さが消えています。やはり貴方は、面白い存在ですねぇ」
「ここまで舐めた真似をしてきたのだから、同盟を組む気なら、こちらにメリットのある条件を提示しなさい。でなければ、あんたと手を組む気なんてないわ」
「ジェシカちゃんを助けるためならば、合理的に考えて、天馬クラスと手を組むのが正解だと思いますがぁ?」
「そうね。でも……別にあんたと手を組まなくたって、あたしはジェシカ助けるつもりでいるわ。邪魔する気なら……あんたたちごとぶっ飛ばしてやる」
轟々と音を立てて、ロザレナはさらに全身に闘気を纏っていく。
その闘気によって、教室の窓はガタガタと揺れ、暴風が撒き上がった。
ルナティエはよろめき、バドランディスは膝を付く。
……ロザレナの闘気の量が、以前と比べて多くなってきている。
やはりジェシカの一件の影響で、ロザレナの中で、何等かの変化が起こっているようだ。
「……貴方は……獣ですね」
そう言って短く息を吐くと、リューヌは両手を合わせて、口を開いた。
「良いでしょう。分かりましたぁ。黒狼クラスと天馬クラスは対等な同盟を結びましょう。特別任務中、お互いに手は出さない。これで良いですかぁ?」
「ええ、それで構わないわ。あたしもキールケだけに集中することができるから」
ロザレナは闘気を纏うのを止めると、リューヌにそう言葉を投げる。
リューヌは踵を返すと、バドランディスを連れて、教室の入り口へと向かって行った。
「一応、ルーファスくんにも伝えておきます。これで黒狼クラス、天馬クラス、牛頭魔人クラスは、特別任務中、お互いに敵対することは無くなりました。お互いに目下の鷲獅子クラスを倒すために頑張りましょうね、ロザレナちゃん~?」
そう言って、教室から去って行ったリューヌ。
その背中を見送った後、ルナティエは、ロザレナに声を掛ける。
「これで良かったんですの? 『強制契約の魔法紙』で契約もしていない口頭での口約束に、意味なんて果たしてあるのかどうか……」
「無いかもしれないわね。でも、一応、敵対しない条件を取り付けることができたわ。それだけでも今回は儲けものよ」
「ですが……」
「ルナティエ。勿論、万が一の時の対抗策は考えてあるわ」
「え?」
「これから、真の同盟を組むべき相手と交渉して来ようと思うの。それさえ叶えば……あたしは、周囲を気にすることもなく、鷲獅子クラスと戦うことができるわ」
「真の、同盟を組む相手……?」
「ええ。行くわよ、アネット、ルナティエ」
そうして、俺とルナティエは首を傾げながら、ロザレナの後をついて行った。
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――実習棟の屋上。
そこに行くと、柵に手を当てて夕陽を眺めている……メイドに日傘を差してもらっているある人物の姿があった。
「……天馬クラスとは無事に話を済ませることができましたか? ロザレナさん?」
「ええ。待たせて悪かったわね――――――シュゼット」
ロザレナのその言葉に、シュゼットは振り返ると、翡翠色の髪を耳に掛け笑みを浮かべた。
その姿を見て、ルナティエは、驚きの声を上げる。
「え? 真に同盟を組むべき相手って……シュゼット、ですの!?」
動揺した様子を見せるルナティエ。シュゼットは目を伏せ、微笑を浮かべる。
「何を驚いているのですか? 以前のお茶会で、私と黒狼クラスとの同盟を締結させたのは、貴方ではありませんか。まさか……忘れていたのですか?」
ルナティエは目を逸らし、気まずそうな表情を浮かべる。
「わ、忘れてなんていませんわよ? で、ですが、ここの所、色々あって、その……」
「ルナティエって、頭が良いのに、たまにポンコツになる時があるわよね」
「う、うるさいですわねぇ!! そもそも、貴方が天馬クラスと同盟を結ぶことに頑なになっていたから、わたくしはっ……!!」
「天馬クラスと同盟を結ぶことは、黒狼クラスにとって重要なことよ。あたしたちは、鷲獅子クラスと戦わなければならないのだから、他に構っている余裕なんてない。そして、その作戦を盤石にするには――」
ロザレナの目が、シュゼットに向けられる。
シュゼットはコクリと頷くと、扇子を開き、口元を隠した。
「邪魔な天馬と牛頭魔人を……私に対処して欲しい。そういうことですか」
「ええ、そうよ、シュゼット。以前、貴方は鷲獅子クラスと牛頭魔人クラスしか興味が無いと言っていたけれど……どうかしら? 戦闘狂の貴方だから、二つのクラスを相手取るなんて訳もないと思うけど?」
「同盟に関しては以前、了承しましたが……私を好きに動かせるとでも思っているのですか? ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。私は誰にも従いません。何故なら私は……最強だからです」
そう言ってシュゼットは真っ直ぐとロザレナへと扇子を向けると、魔法を唱えた。
「―――【ストーン・バレッド】」
その瞬間、シュゼットの背後に無数の石礫が浮かび上がり、それが雨のようにロザレナへと向かって射出される。
「ロザレナさん!?」
ルナティエが声を上げるのと同時に、ロザレナは背中の大剣を抜くと、石の雨の中に飛び込み―――器用に剣を使い、石の雨を弾いていった。
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
全ての石を弾き終えた後。
ロザレナは大剣を地面に突き刺し、シュゼットを睨み付けた。
「勿論、この同盟を受けるも拒否するも、あんたの自由よ!! ただ、クラス闘争として、この同盟は都合が良いんじゃないのかしら!! 黒狼クラスが鷲獅子クラスを押さえて、毒蛇王クラスが天馬と牛頭魔人クラスを押さえたら、あたしたち二クラスが勝ち星を得る可能性がぐんと上がるわ!!」
「私はクラス闘争になど、興味はありませんよ? 【ストーン・ランス】」
地面から石の槍が生えてくるが、ロザレナは後方へと飛びそれを紙一重で回避してみせる。
「だったら……あんた、このまま舐められっぱなしでいいの? この前の級長会議だって、他クラスの副級長に馬鹿にされて、キレてたじゃない!! これから先も、あんたの強さを不審がる連中が出てくるかもしれないわよ? そういうの、うざくないの!?」
「……ほう? 思ったよりも口が回るようになりましたね、ロザレナさん」
パチンと扇子を閉じると、シュゼットは扇子の端を顎に当てる。
「確かに、学級対抗戦の一件以来、私に不遜な態度をする輩は増えました。見せしめに天馬と牛頭魔人を血祭りに上げてやるのもまた一興ですか……ふむ」
そう言って短くため息を吐くと、シュゼットは目を細め、何故か俺に視線を向けてくる。
「今は、学園の闘争になど現を抜かしている場合ではないのですが……あの女が仕掛けてくる可能性を考慮すれば、彼女のいる黒狼クラスと手を組むのは最善と言えますか……。良いでしょう。ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、貴方の口車に乗って差し上げましょう。天馬と牛頭魔人は、私たち毒蛇王が相手をしてさしあげます」
「決まりね。あんたとなら、心からの同盟を組むことができるわ、シュゼット!」
そう言って、笑みを浮かべるロザレナ。
そんな彼女に、ルナティエはポカンとした表情で、声を掛ける。
「ロザレナさん。まさか貴方、全てこれを一人で考えていましたの?」
「まぁ、ね。ジェシカの一件があってから、どうやったら黒狼クラスが鷲獅子クラスと一騎打ちできるのかずっと考えてた。表面上、天馬と手を組み、裏では毒蛇王クラスと手を組む。これが最善であるということは、天馬クラスが裏で牛頭魔人クラスと繋がっていたことに勘付いた時点で、分かっていたから。恐らくリューヌは、あたしがシュゼットを懐柔できるとは思っていないでしょう。これは、間違いなく大きな一手になるわ」
「……まったく。なら、最初からそう言ってくれれば良かったものの。わたくし、本気でリューヌと同盟を結ぶのかと思って、ずっとモヤモヤしていましたのよ?」
「勿論、本気でリューヌと手を組む気ではいたわよ?」
「え?」
「でも、あいつはあたしに舐めた態度を取ってきた。わざわざ能力を説明したうえで【支配の加護】を、あたしに使おうとしてきた。まぁ、どっちに転ぼうとも、あたしとしては裏でシュゼットと手を組む気でいたから、別に良いんだけどね。ただ、黒狼クラスと鷲獅子クラスが戦える状況を作りたかっただけだから」
「……貴方と言う人は。上手くいったから良いものの、せめてわたくしに相談なさい。わたくしは黒狼クラスの参謀なのですから」
「ごめん。あたし、ジェシカを助けなきゃってそればっかり考えていたからさ。ずっと、上手くいくのかなってシュミレーションしていたの。だから、リューヌとは手を組むべきじゃないって言われた時、強く反応してしまったわ」
そう口にした後、ロザレナは、上空を強く見つめる。
「あたしは……絶対にジェシカを助ける。どんな手を使ってでも、絶対にね」
その姿を見て、ルナティエは、呆れたように笑みを溢した。
「……目的のために手段を選ばなくなった人間は恐ろしいもので、時に策士は、覚悟を決めた戦士に為す術もなく敗けることもある……ですか。なるほど、リューヌはロザレナさんを操ろうとするつもりが、余計な成長の機会を与えてしまったみたいですわね」
ロザレナが本来持っていた鋭さ。
それが、成長の兆しに影響を与えているのは間違いないだろう。
その点は問題ない。だが……先ほど、リューヌを人質にバドランディスを脅したことと言い、お嬢様は何処か変わってきているような気がする。
表面上天馬クラスと手を組み、裏で毒蛇王クラスに対処させる、何ていう裏切りめいた手を思い付いたこともそうだ。
彼女は、目的のためなら……敵と断じた人間に、容赦が無くなってきている。
「……その同盟、私も加えてもらっても良いだろうか?」
その時。背後の扉が開き、一人の生徒が現れた。
それは、額と身体に包帯を巻いた……元鷲獅子クラスの級長、ジークハルトだった。
彼の姿を見たロザレナは、瞬時に剣を構え、敵意を見せる。
「ジークハルト……ッ!! 貴方、何しにここに来たのッッ!!」
「待ちなさい、ロザレナさん! 彼はもう、貴方の敵ではありませんわ! ……そうですわよね、ジークハルト」
「……あぁ、その通りだ。私は、最早、鷲獅子クラスの級長ではなくなった。今朝見てもらった通り、ただの敗走兵だ」
「貴方、さっき、同盟に加えて欲しいと言っていましたわよね? どういうつもりなんですの?」
「言った通りの意味だ。私も今の鷲獅子クラス……いや、キールケを倒したい。そのためならば、手を貸すと言っているんだ」
「本気……なんですの? 自分のクラスを裏切ると言っているんですわよ?」
「あぁ。本来であれば、裏切りなど、私の信条に反する行為だが……それでも、鷲獅子クラスをあのままにはしておけない。どうか、頼む。信用できないのなら、私を黒狼クラスに入れてもらっても構わない。私は……仲間たちを救いたいのだ!」
ジークハルトのその言葉に、ロザレナは憤怒の表情を浮かべ、地団太を踏む。
「自分勝手なことを言わないでよ! ジェシカは、鷲獅子クラスで苦しんでいたのよ! 貴方、知っていたの!? あの子はずっとずっと……鷲獅子クラスの序列に苦しんできたんだからっ!! 元はと言えば、あの子の苦しみの要因を作ったのは、あんたよ!! ジークハルト!!」
「……私は、クラスメイトたちの能力に則って、クラス内で序列を作った。そうすれば、皆、意欲的に上を目指すと思ったからだ。……ジェシカ・ロックベルトのような才能を開花させることのできていない者も、上へと登って来られるとそう信じた」
「……でも、あんた、前にジェシカを才能の無い生徒だって……!」
「他クラスの者に、自分のクラスの生徒の能力を開示するわけにもいかないだろう。彼女には才能がある。それを目覚めさせるために、発破をかけるつもりで厳しく接したつもりだったのだが……どうやらそれは逆効果だったようだな。友人であるお前の怒りももっともだ。そして、キールケの側に付いた仲間たちの様子を見るに、私の行動は間違っていたのだろう。その点については……私の落ち度といえる」
「……」
ジークハルトのその発言に、複雑そうな面持ちを浮かべるロザレナ。
そんな彼女を一瞥した後、ルナティエはジークハルトを見つめ、口を開いた。
「わたくしたちの戦いに横やりを入れられても仕方ないですし……わたくしとしては、彼を仲間に引き入れることに賛成ですわ。どうですか、ロザレナさん?」
「あたしは、まだ、この男を許すことはできないわ。でも、倒すべき敵は同じキールケだっていうことは分かっているつもり。ジークハルト、キールケを倒すまで、一時的に共闘といきましょう」
「あぁ。それで良い」
ロザレナはジークハルトに近付くと、彼と握手を交わした。
その時、二人の横を、シュゼットがエリーシュアを連れて通って行った。
「お話は終わりましたね? 私は、敗北したその男には興味ありませんので、お暇させていただきます」
「シュゼット。天馬クラスと牛頭魔人クラスのことは、任せたわよ」
「ええ、勿論です。ロザレナさん、貴方との同盟は成った。あとは、お互いに倒すべき敵を降すとしましょう」
そう言って、シュゼットはエリーシュアを連れてその場を去って行った。
そんな彼女を見送った後、ロザレナは拳をパシッと手のひらに当て、不敵な笑みを浮かべる。
「よし! じゃあ、あとは、特別任務に向けて修行するのみね! あたしは必ずキールケを倒して、ジェシカを助けてみせるわ!」
「……あぁ、そうだ。お前たちに言っておかなければならないことがあった」
ジークハルトはロザレナとルナティエへと顔を向けると、再度、開口する。
「お前たちと同盟を結ぶ以上、常に連絡が取れるように、特別任務が始まるまでは私も学生寮に入った方が良いだろう。ということで……これから、学生課に申請してくる。できればお前たちの住む満月亭に入寮したいところだが、そればかりは運だな。まぁ、同じ寮になったら、よろしく頼む」
そう言って、ジークハルトは屋上を後にした。
「え? 何あいつ、同じ寮に住むことになるの?」
「学生寮は三つありますから……何処に配属されるかは運ですわね」
「ジークハルトが同じ満月亭の寮生になる可能性が、ある、ということですか」
俺は顎に手を当て考え込む。
以前、マイスとジークハルトは激しく口論していた。
見る限り、彼ら兄弟は、犬猿の仲と見える。
同じ寮に入った場合、また喧嘩にならないだろうか……?
「さて、帰りますわよ、ロザレナさん、アネットさん」
「そうね。行きましょうか」
ルナティエとロザレナは、屋上の入り口に向かって、歩みを進める。
俺は足を止め、そんな二人に声を掛けた。
「あ、すいません。お二人とも、私は後から行っても良いでしょうか?」
「え? うん、いいけど……どうしたの?」
「少し、考えたいことがありまして」
「そうなの? ん、分かったわ。行くわよ、ルナティエ」
「ええ。アネットさん、遅くならないように戻って来てくださいましね」
去って行く二人を見送った後。
俺は、屋上にある倉庫の屋根を見上げ、口を開く。
「……そんなところで何をなさっているのですか? ――フランエッテ様」
そこに隠れていた黒い人影はビクリと肩を震わせると、屋根から飛び降りてきた。
「ぶべっ」
何故か頭から地面に激突した後。
フランエッテは立ち上がり、ドレススカートに付いた埃を払うと、優雅な所作で日傘を差して俺に微笑を向けた。
「ほう、気付いておったのか、子リス。お主、なかなか目ざとい奴じゃの」
「……御怪我、されていませんか?」
「平気じゃ。妾を誰だと思っているのじゃ、子リス?」
不敵な笑みを浮かべるフランエッテ。
俺はそんな彼女に向けて、再び口を開いた。
「以前、満月亭のみんなでこの実習棟に肝試しに来たことがあるのですが……その時、屋上に、白髪の少女の人影を見かけたんです。最初は、実習棟の見回りをしていたルグニャータ先生かと思ったのですが、彼女に聞いてみたら、屋上には行っていないと仰っていました。皆、幽霊だと騒いでいましたが……あの時屋上からこちらを見下ろしていた人影は貴方ですね?」
「夏休みに入ってすぐの時のことか。いかにも、去って行くお主たちを見送ったのは妾じゃ」
「何故……夜中の実習棟にいたのですか?」
あの時、実習棟にギルフォードが侵入して騒動が起こった。
マイス曰く、ギルフォードは監視の魔道具を学校中に仕掛けていたらしいが……その一件に、この少女も関わっているのだろうか?
俺が値踏みするようにフランエッテを見つめていると、彼女は何故かばつが悪そうに、視線を逸らす。
「……そうじゃな。妾は、夜空に広がる闇を吸収せねば、邪眼の能力が発動できぬのでな。夜になるとこの実習棟の屋上で、闇の力を蓄えておるのじゃ。フフフ……」
そう口にして、右目を押さえるゴシックドレスを着た少女。
そして彼女は、何故かチラチラと自身の背後にある倉庫を気にする素振りを見せた。
「後ろに……何かあるのですか?」
「フフフ……我が眷属たる【災厄級】の魔物を封じておる。妾はここで、身を挺して魔物が世に出ぬよう、見守っているというわけじゃ。妾は人知れず世界を守っている、というわけじゃ」
「……何言ってんだこいつ」
思わず素の自分で喋ってしまった。
俺は大きくため息を吐くと、彼女の背後にある倉庫へと向かって歩いて行く。
「や、やめよ! 我が邪眼で封じてはいるが、奴らが解き放たれては、世界が――」
ドアを開け、倉庫の中に入る。
すると、倉庫の中は……人一人が住めるような、改装された部屋となっていた。
無造作に床に置かれた寝袋に、吊るされたランタン。窓際に置かれた、野菜が植えられたプランター。
ハンガーに掛けられた『フラン』と書かれた簡素な麻布のジャージに、サーカスなどで使われるようなハット帽子、ステッキに、大玉、手品の小道具。
黒猫、鳩などの動物の姿もある。
何というか、子供が作った、秘密基地のような一室だった。
「もしかして、フランエッテ様。ここに住んでいらっしゃるのですか?」
「……」
「フランエッテ様?」
「そ……そうじゃがぁ!? 何か文句あるのかのぉう!?」
「いや、別に文句はないのですが……」
「妾だって、ちゃんとしたところに住みたかったわ! だけど、学生寮は何処もペット禁止で……! ペット可の賃貸は、王都だとすごく高くて! 妾には……妾には、ここに住む選択肢以外、なかったんじゃぁーっ!!」
顔を真っ赤にさせて、俺の肩を掴み、ぶんぶんと揺らしてくるフランエッテ。
俺はそんな彼女に、顔を引きつらせながら、口を開いた。
「いや、【剣王】だったら、それなりの稼ぎがあると思うのですが?」
「そ、それは……」
目を逸らし、口を噤むフランエッテ。
そして、俺から離れると、再び右目を隠すポーズをする。
「妾は、【剣王】でも最強格と呼ばれている魔法剣士じゃ。それ故に、おいそれと仕事が来ぬのよ。まぁ、妾自身が任務を選り好みしているというところもあるがな。フフフ……」
「……もしかして、フランエッテ様って……」
「何じゃ、子リス? あとフランエッテではない。冥界の邪姫様、じゃ」
「冥界の邪姫様は……」
「うむ」
「本当は、弱いんですか?」
俺のその言葉に、フランエッテはポカンと口を開け、俺と見つめ合う。
「……」
「……」
「……」
「…………な、何を言うておる、無礼者! こ、この【剣王】が弱いじゃと!? 今すぐ、消し飛ばされたいのか!?」
「はい、消し飛ばしてみてください」
「……」
「……」
「……」
時が止まったかと思う程、無言で見つめ合った後。
彼女は勢いよくこちらに詰め寄ると、俺の肩ガシッと掴んで来た。
そして……潤んだ瞳を見せる。
「……………お願い、黙っていて~!!」
「えぇ……?」
やはり……そういうことだったのか……。
「ぐすっ、ひっぐ、私、本当はただの旅一座の手品師だったの! でも、何か偶然、剣士の申し子とか言われ始めて~! やむを得ない事情があって、隠し通さなきゃ、いけなくなっちゃったの~!!」
「なるほど。事情は後で聞くとしますが……今はとりあえず、こんなところに住むのは止めましょう。女性が一人でこんな倉庫で暮らして居たら、危ないですよ」
「え? でも、他に場所が……」
「とりあえず、満月亭に来てください。あぁ、事情を聞いて判断するまで、実力のことは他の者には言いませんから。ご安心を」
「あ、ありがとう、メイドちゃん~~!!」
わんわんと泣いて抱き着いてくるフランエッテ。
その様子を見るに、何か、実力を偽らないといけない事情がありそうだな。
実力を隠さなければならない俺とは、ある意味真逆の位置にいる子だな、この少女は……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「無事に、満月亭への仮入寮が決まったわけだが……」
満月亭の玄関口に立ったジークハルトは、チラリと、隣に視線を向ける。
「何故、お前がここにいるんだ、フランエッテ・フォン・ブラックアリア」
フランエッテの背中には大きなリュックがあり、肩に鳩、足元には黒猫の姿がある。
彼女は日傘を差しながらフフッと笑みを浮かべると、ジークハルトに鋭い眼光を見せた。
「妾もたまたま、ここに来る用事があってのう。そこの子リスに、案内をさせたわけじゃ。のぅ、子リ……」
前に立つ俺の顔を見つめると、何故かフランエッテはそっぽを向く。
「こ、子リスではなく、これからは我が使い魔とでも呼ぼうか。ふはははは!」
「あの」
「ひぅ!? 何じゃ、ですか、アネットさん!?」
「アネット、さん……?」
ジークハルトの訝し気な視線に、フランエッテはハッとして、キリッとした表情を作り直す。
「何でもない。それよりもジークハルトよ、お主、満月亭での妾の世話役に命じてやろう。光栄に思え」
「貴様……馬鹿にするなよ? 鷲獅子クラスの級長の任を降りたとはいえ、私は、規律は守る男だ。貴様のような力を持つのに使わない愚者の世話などするものか」
「相変わらず堅い男よのう。まぁ、妾も貴様と同じ、次の住処が見つかるまでここに厄介になるだけじゃ。これからよろしく頼むぞ、ジーク」
「チッ、私はお前が嫌いだ、フランエッテ。お前程の力があったら、私は、キールケを降していたというのに……」
険悪な雰囲気が漂う二人(主にジークハルト)。
俺はそんな二人を呆れた目で見つめた後、再度、声を掛ける。
「あの、部屋の案内しますので……ついてきてくれますか……?」
「あぁ、分かった」
「フフ、案内を頼むぞ、子リス……アネ……さん」
「姉さん?」
「な、何でもないわい! ゆくぞ、ジークハルト!」
「何故、お前が仕切るのだ……」
俺は、二人を連れて、二階へと向かって行く。
そんな俺たち三人を背後から見つめていた、ロザレナ、ルナティエ、グレイレウスは小声で会話をした。
「何か……また変な奴が満月亭に来たわね……」
「そうだな。ここにいる、金髪ドリル女以来か」
「ちょっと! わたくしを変な奴扱いしないでくださいまし! それよりも……何故、【剣王】フランエッテがこの満月亭に来ているんですの!? 状況がまったく分からないのですけど!」
「フン、【剣王】か。腕が鳴りそうな相手だな。勝負を挑んでみるのも面白そうだ」
「惨めに敗けることにならないと良いわね、グレイレウス?」
「馬鹿なことを。貴様でもあるまいし」
「はぁ!? 馬鹿にしてんじゃないわよ、あんた!!」
「あーもう、マフラー男とゴリラ女、喧嘩は、他所でやってくださいましーっ!」
そう叫ぶルナティエ。
そして、最後に、グレイが一言ポソリと呟く。
「にしても、あのジークハルトという男。何処か……マイスに似ていないか?」




