第7章 第211話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー⑪ ある男の結末
「あぐぁっ!?」
何とかテンマさんは吹き飛ばされ、遠方にドサリと、落下していった。
俺は箒丸を手に持ちながら、目の前にいるアレスを睨み付ける。
「邪魔が入ったが……気を取り直して、お望み通りあんたの未来視を超えてやるぜ、アレス!」
「あぁ。来い! アネット! ……いや、待て!」
突如アレスは手のひらを見せて俺を止めると、真剣な様子でこちらを見つめてきた。
俺はそんな彼の様子に、思わず首を傾げてしまう。
「あぁ? 急にどうしたんだよ?」
「君の……その恰好……」
「恰好?」
俺は、自身の姿を見つめる。
先程アレスに斬られたせいか、俺のメイド服は右肩から左脇腹までざっくりと破かれていた。
少し下着が見えているが、まぁ、これくらいは別に……。
「さ、流石にハレンチすぎるぞ、アネット!! め、目のやり場に困ってしまうじゃないか!!」
「テメェが斬ったせいだろうが!! というか、弟子の身体に照れてんじゃねよ、気持ち悪いなぁ!!」
俺は【瞬閃脚】を発動させ、アレスの周囲を駆け巡る。
ったく、相変わらず真剣な戦いの中でも天然というか何というか……変わった奴だ。
まぁ、アレス・グリムガルドって奴は、そういう男だったな。
「か、恰好のことは一先ず置いておくとしようか。だけど、女性に転生したのだからもう少し恥じらいを持った方が良いと思うよ、アネット。いや……あの筋骨隆々の大男だった君が恥じらいを持つというのも、少し気持ち悪いか……忘れてくれ」
そう言ってコホンと咳払いをした後。
アレスは、周囲をグルグルと駆けて行く俺の姿を見て、再度口を開いた。。
「さて、どうやって僕の未来視を超えてみせる? 僕は師として、君の剣筋は完璧に理解している。攻撃の動作を取った瞬間、未来を読み切ってカウンターを放つ。距離を取れば即座に【絶空剣】を放つ。僕のこの戦闘スタイルに、抜け穴はない」
「あぁ。確かにあんたの未来視は、最強と言うに相応しい力だろう。そして、俺の剣を知っているあんたには、どう動こうとも、完璧にこちらの剣を見切られる。まさに、八方塞がりといった状況だ」
そう口にした後。俺は続けて、開口した。
「だとしても――――その【未来視の魔眼】には、弱点がある」
俺はアレスの視界から姿を掻き消す。
そして背後に現れると、アレスに迫り、箒丸を振り降ろした。
アレスは振り返ると、そんな俺を見て、腰の剣に手を当てる。
「また無鉄砲に突っ込んでくるだけか? 君の動きは分かっていると言っているだろう! 【未来視の魔眼】!」
未来視を発動させるアレス。
だが彼は動きを止め、困惑の声を溢した。
「な……に?」
俺はアレスに当たる直前で箒丸を寸止めすると、後方へと下がり、再びアレスの周囲を【瞬閃脚】で駆け巡った。
……フェイント。
アレスが見ている未来の五秒間を、フェイントで、潰してやった。
そうすればチャージタイムの10秒が発生し、奴は、その時間だけ未来視を使用できなくなる。
俺はすぐさまアレスの背後に回ると、再び箒丸を放った。
俺の動きを読んでいたのか、その箒はギリギリ剣によって防がれるが……未来視が使用できない以上、カウンターを放つことはできない。
これで、あいつの【未来視の魔眼】は不完全なものとなった。
「なるほど。逆に僕が【未来視の魔眼】を発動することを先んじて読み、フェイントで、未来の五秒間を無駄にしてみせたか。やるじゃないか、アネット! そうだよ。僕のこの力は最強だが、チャージタイムという弱点がある。未来視の五秒を潰す、君のその読みは正しいものだ。だが―――!」
アレスは箒を剣で弾くと、攻勢に転じた俺とまともに取り合う様子は見せず、背中を見せて、【瞬閃脚】で逃げの一手を選んだ。
「10秒稼げば、僕は再び【未来視の魔眼】を発動できるようになる! フェイントでカウンターを放つことはできなくなったが、未来を読める僕の方が有利なことには、変わりない!」
「俺が―――その程度の速度に追いつけないとでも思っているのか?」
俺は【瞬閃脚】で地面を蹴り上げ、逃げたアレスの先回りをし、目の前に姿を現す。
「なっ……!?」
「あんたが俺の剣を知っているように、俺もあんたがどういう行動を取るのかは最初から理解している。俺は過去に一度、加護を使っていないあんたには勝っているんだ」
箒丸を振り、アレスに連続で攻めていく。
跳躍し、回転しながら宙を舞い、着地と同時に屈み、再び舞い上がる。
アレスの剣を躱しつつ、俺は、彼の身体に着実にダメージを与えていく。
袈裟斬り、逆袈裟、右切り上げ、左薙、逆袈裟、右薙。
もう、迷いはない。ここで、完全に、仕留める……!!
「ぐっ、ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
するとアレスの鎧は傷だらけになり、俺の猛攻に耐え切れず、彼の左腕の籠手が弾き飛ばされた。
その時。彼の手から、砂が舞った。
どうやら、妖刀の力を上手くコントロールできず、アンデッドの身体に限界が来ているようだ。
自身の腕が徐々に砂となって消えていく光景を確認した後、アレスは右手に持っている剣に、苛立った様子で視線を向ける。
「くっ! 【赤狼刀】め……! 真の能力を明け渡さないばかりか、使用料とでも言いたいばかりに、容赦なく僕の身体を貪り喰らっていくとはな……! じゃじゃ馬もいいところだ……!」
「見たところ、どうやら【赤狼刀】はあんたのことを主人とは認めていないみたいだな。俺の【覇王剣】に耐えきれる剣が他に無かったとはいえ、剣に良いようにやられるとは。あんたらしくもない結末だ」
俺はそう言って、アレスに【覇王剣・零】を放った。
するとアレスはその威力に為す術もなく吹き飛ばされ……背後にあった瓦礫の山に直撃した。
鎧の胸部に斬撃痕が残り、アレスは「カハッ!」と紫色の血を吐き出した。
だが、奴はまだ生きている。
あの男がこの程度でくたばるわけがない。
俺は地面を蹴り上げ、アレスに向かって駆けて行った。
するとアレスは案の定、すぐに立ち上がり、剣を構えた。
「フフッ、剣の力を十全に引き出せないとしても、今この時を、君との戦いで使えればどうってことはないさ! ――――――【未来視の魔眼】!」
10秒のチャージタイムが終わったのか、即座にアレスは【未来視の魔眼】を使ってくる。
勿論、秒数は数えていた。だから、奴が未来視を使ってくることも最初から読めていた。
アレスの元へと詰め寄り、フェイントを掛けようと箒丸を振った、その瞬間。
アレスは未来を読んだのか、身体を逸らして俺の背後へと回り―――そのまま剣を振り降ろしてきた。
「最初こそは面食らったが……もう、その手は効かないぞ!!」
その剣をモロに背中に受けた俺は、痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、即座に背後へと箒を振った。
その斬撃を、アレスは剣で防ぎ、ザザザザッと砂埃を上げながら後方へと下がっていく。
未来視を発動する際は、万事を取って、身体全体に闘気を纏っていたから軽傷で済んだが……なかなかに消耗が激しいな。
今の攻撃が闘気のガードが無い状態で直撃していたら、俺の背中は間違いなく真っ二つに裂かれていただろう。
俺たちはお互いに満身創痍になりながらも、ゼェゼェと息を吐き、睨み合う。
「はぁはぁ……フッ。どうやら速さも力も、僕は君には到底及ばないようだ。剣を交えた当初は、転生前の君と比べて弱くなったのでは? と、そう思ったが……それでも、相変わらずとんでもない奴だよ。【未来視の加護】が無かったら、僕は全力の君に一瞬で惨敗していただろうね。この力を以ってしても、君を超えることは、難しい」
そう口にした後。彼の鎧の隙間から、サラサラと砂が零れて空中に舞っていった。
アレスの背後の空は紅く染まり、もうすぐ夜明けが近いことが窺えた。
そんなアレスの姿を見て、俺は思わず、眉間に皺を寄せてしまう。
「アレス、お前……」
「うん。どうやら僕のこの身体は、妖刀に喰われ、もう長くはないみたいだ。そしてアンデッドは日の光を浴びると砂へと戻る。僕の最期は近いようだよ、アネット」
そしてアレスは腰に剣を仕舞うと、剣の柄に手を当て、構えた。
「だから……この一刀に全てを賭ける。勿論、【未来視の魔眼】を使って、元剣聖として全力を以って君を斬り伏せるつもりだ。生前に僕が残した未練。それは、剣士として完成した君と、この力で……」
「あぁ。そう何度も言わなくても分かっているさ、アレス・グリムガルド」
「そうだったね。僕と君との間に多くの言葉は不要だった。僕たちは、師弟、なのだから」
俺は上段に箒丸を構え、アレスは腰の剣の柄に手を当てる。
静かに睨み合う俺とアレス。
数秒程睨み合った後。先に動いたのは、アレスだった。
アレスは【瞬閃脚】で俺の元へと駆け寄ると、跳躍し、俺に蹴りを放ってきた。
俺はその蹴りを左腕で防いで弾き、そのまま箒丸で、アレスに斬りかかった。
「【未来視の魔眼】!」
未来を読んだアレスは、着地と同時に俺の斬撃を屈んで避け、俺に足払いを掛けてきた。
俺はその足払いに掛かり、転倒してしまう。
そんな隙だらけの俺に目掛け、アレスは腰の剣を構えた。
「終わりだ、アネット!!」
「いいや……あんたが未来視を発動するタイミングは、読んでいた。これは読み通りの展開だ」
背後へと転倒する寸前。俺はアレスの顔に目掛け手を伸ばし、笑みを浮かべる。
「遍く光の渦よ、聖なる加護で汝の眷属が征く道を明るく照らしたたまえ――――【ホーリーライト】!」
俺の掌の先から眩い光が発せられ、アレスの視界を塞ぐ。
その光景にアレスは、驚愕の声を上げた。
「ま、魔法だと!? そんな馬鹿な……! 君には魔法因子は無かったはずだ!! くっ、目が!!」
「前世の、俺にはな」
「視界を奪ったか……! 確かに魔眼持ちの僕には痛い効果だが、状態異常を回復させる治癒魔法くらいならば、僕も覚えているさ! 主よ、我が身体に取り付きし不浄を祓いたまえ――――【セイクリッドキュア】!」
即座に信仰系魔法を使用し、目の眩みを治癒するアレス。
だが、もう、遅い。
俺はバク転をして後方へと下がると、地面を蹴り上げ突進し……アレスの目の前で跳躍して、箒丸を上段に構えた。
「終わりだ、アレス・グリムガルド!! ――――――――――【覇王剣】!!」
「!? 【絶空剣】!!!!」
上段に振り降ろした全てを滅する剣と、急いで鞘から剣を抜いたアレスの【絶空剣】がぶつかる。
この至近距離では……いくら未来視を使っても、俺の【覇王剣】から逃れる術は、ない。
これからはお互いに、純粋な力比べとなる。
俺は咆哮を上げ、振り降ろした箒丸に力を込めると、目の前に放たれた全てを斬り裂く真一文字の【絶空剣】を【覇王剣】によって、叩き伏せる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ぐっ、ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
アレスも咆哮を上げ、地面に足を付けて、【絶空剣】で【覇王剣】を圧して行く。
「まだだ!! まだ僕は敗けていないぞ、アネットッ!!!!!!! 地に足が付く限り、僕は戦い続ける!! それが、僕の剣士としての生き様だ!!!!」
「超えろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
俺はさらに覇王剣の出力を上げていく。
すると絶空剣が圧され、アレスの立っていた地面が、陥没した。
アレスは吹き飛ばされないよう、剣を押して、【覇王剣】に何とか耐えている。
「くっ!! 負けられない……僕は、まだ……っ!!!!」
アレスは兜の奥でギリッと歯を噛み締めると、声を張り上げた。
「僕の……剣に賭してきた人生は……まだだ!! まだこんなところでは終わらないぞ、アネットぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
俺の【覇王剣】は【絶空剣】を斬り裂き、アレスへ向かって飛んで行った。
未来を視ても回避することができない、至近距離での、全てを消し去る斬撃―――――【覇王剣】。
自身に迫ってくる【覇王剣】を見て……アレスは戦闘態勢を解いて手を下げると、無防備な様子で立ち、兜の奥でニコリと笑みを浮かべた。
「見事だ」
そうして――――――アレスは、そのまま……【覇王剣】に、飲み込まれていった。
「まだ原型を留めているとはな。驚きだ」
俺は、地面に倒れている、上半身だけとなったアレスに声を掛ける。
そんな俺に、アレスはクスリと笑みを溢した。
「兜を脱がしてはくれないかな、アネット。最後に、直接この目で君の顔を見たいんだ」
俺はその言葉に頷いて、しゃがみ込み、アレスの兜を脱がした。
すると……銀のような白い髪が、姿を現した。
白い髪に白い肌。そして、白銀の瞳。
年老いても、二十代後半と言ってもそん色のない美しく、若い顔。
その特異な姿は……やはり、あの王女様によく似ていると思う。
俺は立ち上がると、アレスを見下ろし、静かに口を開いた。
「約束だ。くたばる前に教えてくれ。『転生の儀』とはいったい何なのかを、な」
「そうだったな。とはいっても、僕が語れるのは……君が求めている答えではないかもしれない。それでも良いかな?」
「あぁ。話してくれ」
そうしてアレスは、自身の過去を、ゆっくりと話し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『―――良いですか、皆さん。私の血を分けて作った貴方たちホムンクルスは、我ら女神の眷属と同じ、神のご加護を受けて産まれて来た神聖なる存在なのです』
大聖堂の中。聖女の前に集められたのは、白髪の子供30人。
聖女は白髪の子供たちを『人形』と、そう呼んだ。
聖女曰く、僕たち人工的に生み出された子供、30人のホムンクルスの中から最も優秀な者1人を、次代の聖女……未来視の担い手に選ぶのだという。
聖女は優しかった。だからみんな、彼女を母親だと思って接していた。
皆、聖女に愛されたいがために必死になって、言われた通り剣や魔法を修練していった。
その中で頭角を現したのは、僕……アレスと、アリアと呼ばれる少女だった。
剣術では僕がトップの成績を納め、魔術と未来視の加護の分野ではアリアがトップの成績を納めた。
僕はアリアを敵視していた。だけど、アリアは、何処かこの状況に不安を覚えている様子だった。
『ねぇ、アレス。私たちって何で、この世界に産まれてきたんだろうね』
夜。部屋を抜け出して大聖堂の中庭に佇んでいると、背後からそう僕に問いを投げてきたアリア。
僕はそんな彼女に、ぶっきらぼうに口を開く。
『それは、聖女様が言っていた通り、僕たちの中から次代の未来視の担い手を選ぶためだろう? 当たり前のことを聞くなよ』
『命って、何処から来て、何処で終わるんだろう。死ぬっていったいどういうことなんだろうね』
『はぁ?』
『私たちホムンクルスは、産まれた時から大聖堂の中で育てられ、外には出られない籠の中の鳥。後ろを見てみて? 常に騎士が私たちを監視している。アレスは可笑しいと思わない? この状況を』
背後に視線を向けると、そこには、僕たちを監視している騎士がいた。
確かにアリアの言う通り、この状況は何かが可笑しいと僕もそう思った。
そんな僕に、アリアは悲しそうな顔をして開口した。
『もし、私に何かあったら……アレス、貴方がみんなを守ってあげて。ここで育ったホムンクルスたちは、みんな、私たちの家族みたいなものだから』
『家族……』
『ホムンクルスには、皆、それぞれ性格がある。ランドは怒りっぽいけど仲間想いで、クレリアはお花が大好き。ピュリースは食いしん坊。テレッサは絵を描くのが趣味。ドークは臆病だけど意志が強い。アレスは……誰よりも優しくて、誰よりも負けず嫌い。私は、みんなのことを良く知っているんだ』
そう言ってアリアは僕にフフッと笑うと、続けて口を開いた。
『魔法の才能がある私がお母さんで、剣の才能がある貴方がお父さん。お父さんは、子供を守るもの。だから、お願い……貴方がみんなを守ってあげて。これは、アレスにしかできないことよ』
『僕よりも君が守れば良いだろう。魔術や加護の力の才能がある君の方が適任だ』
『私は……多分、無理だと思う。私の命は、もう、残り少ないと思うから……』
『? それは、どういう意味なんだ?』
『私の命の意味。死の間際に思う、こと、か。……ねぇ、アレス。私のこと、忘れないでね。私が生きていたってことを、貴方が死ぬまで忘れないで。お願い……』
その言葉に、僕は、意味も分からず曖昧に頷くことしかできなかった。
翌日。次の聖女の後継者には、アリアが選ばれた。
聖女によって、別の場所……王宮の宝物庫に連れて行かれそうになったアリアは、最後に、僕に悲しそうな目を向けていた。
『さて。新たな肉体も手に入ったことですし……これで貴方たちホムンクルスは用済みになりました。
数日後。そう言って大聖堂に現れたのは、聖堂騎士を引き連れたアリアだった。
困惑する僕たちに対して、アリアは、以前の様子とは異なった不気味な笑みを浮かべる。
『良いですか、ホムンクルスたち。貴方たちは我ら女神の眷属の魂を移すために産まれた人形なのです』
『人形……? ア、アリア、いったい何を言って……!』
『私はアリアではありません。私は、転生の儀でアリアの肉体に魂を移した、聖女です』
『え……?』
『フフッ。どんな長命種であろうとも、肉体というものは時間と共に劣化していくもの。ですから私は思い付きました。新たな肉体を造り出し、その身体に自身の魂を乗り移らせるという、永遠の生き方を』
その後、アリアの身体に乗り移った聖女は騎士たちに命令を下し、僕以外のホムンクルスを全員皆殺しにしていった。
そして最後に残った僕に、聖女は、こう言葉を掛けた。
『私は貴方の未来を知っている。貴方には、いずれ、娘ができる』
『むす、め……?』
『通常、ホムンクルスには生殖機能はありません。ですが貴方には獣人族との間に子供ができる。……不思議な話です。加護の力を殆ど使えない貴方に価値などありませんでしたが……その剣の才能と、子供ができる不可思議な未来には、目を見張るものがある。我らのスペアボディ兼実験体として、生かす価値は多少なりともありますかね』
『僕に、生きろとでもいうのか? お前はみんなを騙して、殺した、悪い奴の癖に!!』
『騙してなどいません。私はこの国の守り手として、生きなければならない理由があるのです。だから、私は貴方たち人形を産み出し、ただ道具として利用しただけのこと。……アレス、貴方、【剣聖】になりなさい。これは取引です。貴方が【剣聖】としてこの国を守り続けるのならば、私は将来産まれてくる貴方の娘には手を出しません。その代わり、貴方には私の思い通り動く手駒になってもらいます』
『手駒、だと……?』
『ええ。いずれこの国に現れる、災厄級【滅し去りし者】を……貴方が仕留めなさい。私は【滅し去りし者】がいつ現れるのか、その未来を上手く掴むことができていません。ですから、彼の者を殺すことを、貴方に命じます。これは女神アルテミスの意志であることを肝に銘じておきなさい』
ホムンクルスの中で、僕は、たった一人生き残ってしまった。
それから僕は12歳で【剣聖】になり、多くの命を奪ってきた。
共和国との戦争では、巨大な戦斧を使い、龍化した龍人族の戦士長を殺してしまった。
彼の首から下げていたペンダントには、幼い娘の写真があった。
僕は、将来産まれてくる自分の娘を守るためだけに、他の家族を奪い、多くの犠牲者を産み出していった。
だけど、僕には、前へと進んでいく道しかなかった。
何故なら僕は、どうしても、家族というものが欲しかったからだ。
人工的に生み出された僕は、幼い頃から家族というものに強い憧れを抱いていた。
だから、将来産まれる娘を守るために、聖女の手足となって、この国を脅かす悪を討っていった。
【剣聖】とは、いわば国の守り手であり、聖女の傀儡のような存在だ。
聖女は、アリアを……みんなを殺した悪い奴。
殺してやりたい時もあったが、未来を読める人間を殺すことなど、どう考えてもできなかった。
とても苦しいことが多かった。けれど……まだ、楽だった。
この地獄から解放される、唯一のゴールがあったから。
【滅し去りし者】という災厄級を殺すという、ゴールが、僕にはあったから。
でも――――――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……僕には、【滅し去りし者】である君を殺せなかった。いや、殺したくなかった」
「……」
「転生の儀というものは、王家の宝物庫にある魔道具を使って、女神の眷属たちが他者に魂を移す儀のことだ。恐らく君は、何者かによってその魔道具を使用され、アネットという少女の身体に魂を移されたのだろう。前世の君が埋葬された墓、亡骸は……今、どこにあるか分かるかい?」
「多分、あんたの道場の跡地に建てた俺の家、王国の辺境の雪山にあると思う。弟子のリトリシアに、俺をあそこに埋葬するよう、生前に言っておいたからな」
「そうか……。だったら近い内に、君の墓を暴いてみると良い。きっと、君の亡骸は墓の下から無くなっているはずだ。何者かが君の墓を暴き、宝物庫にある魔道具を使用して、死体に宿る君の魂を別の身体に移した。だから今、君は、そのような姿になって生まれ変わっているのだろう」
「……だったら、俺が転生したこの身体の、本来の持ち主は……」
「死んでいるな。転生の儀を終えた本体の魂は消える。アリアの時も、そうだった」
何者かのせいとはいえ、本来アネットとして産まれるはずだった少女を、俺は、殺してその身体を奪い取ってしまったというわけか。
本当、何とも言えない話だな……本来産まれてくる存在だったアネットには申し訳なく思う。
「やはり優しいな、君は。姿形が変わっても、その優しいところは昔と同じだ」
そう言ってニコリと微笑むアレス。
すると、彼の身体はどんどんと砂へと変わって、崩れ落ちていった。
もう、彼に残された時間は少ないだろう。
今の内に、できる限り、聞けることは聞いておこう。
「もうひとつ質問だ。何故、あんたは俺を殺さなかった? 災厄級である俺を殺すことが、聖女の目的だったのだろう?」
「憎悪を孕んだ目で世界を見つめる君という存在は、この国の支配者……聖女の手先である僕が産んだも同然の存在だったから。僕が殺してきた者たちの呪いが具現化した存在なのかと、『奈落の掃き溜め』で最初に君を見た時、そう思った。だから……償いたいと……そう思ったんだ……」
「……そう、か」
「それと、癪だったんだ。あの聖女があれほどまでに恐怖を抱いていた【滅し去りし者】という存在を、僕の後釜に据えてやったら、彼女はどのような顔をするのだろうかって、ね。単なる嫌がらせでもあったんだ」
「そういえば……前世の俺は、何で聖女に殺されず【剣聖】になれたんだ? よく分からないが俺を殺したくてたまらなかったんだろ? 聖女の奴は?」
「幼少の時ならいざ知れず、【剣聖】になった君を誰が止められるというんだい? そしてその頃にはジャストラムも【剣神】になっていた。最早、聖女が手出しできないくらいの強さを手に入れてたんだよ。彼女は君が病で亡くなるまで、君を化け物だと、町民を怖がらせるような噂を流布する程度のことくらいしかできなかったんだ」
「なるほど……あんたが俺とジャストラムに剣を教えていたのは、聖女に殺されないため、という理由もあったわけか……」
そう口にすると、地平線の向こう側に、太陽が浮かび上がった。
その太陽に目を細めると、アレスの身体は一気に砂へと変わって行った。
「さて、どうやらお別れの時がきたようだ。またこうして君と出会えることができて、良かったよ、アーノイック」
「あぁ……。俺もあんたとまた会えて、嬉しかった」
「最後に。このマリーランドには、僕の弟子のメリアという少女がいる。できたらで良いのだが……彼女には、君が剣を教えてくれないかな? あの子は才能はあるが、まだまだ成長の途中なんだ。あと、彼女には「ごめんね」って、そう伝えておいてくれ」
「ごめんね? 何でだ?」
「彼女の父親は……共和国との戦役の時に、僕が、殺してしまったから……。僕はずっとアーノイック・ブルシュトロームとして真の名を偽って彼女と接してきた。何処かジャストラムに似ている彼女を放っておけなかったんだ。だから、彼女に剣を教えた」
「……分かった。伝えておくよ」
「ありがとう、アーノイック。いや、アネット。これからも続く君の旅路が、素敵なものになることを……師として、影ながら祈っているよ……」
「こちらこそ、ありがとう、アレス。良い旅路を」
「……これから先、君がこの世を去る時まで、僕の存在が君の中で生き続けてくれると嬉しいな。……そうか、アリアもこんな気持ちだったのだろうか……? 僕が生きて来た理由、か。フフッ、少し、僕らしくもなく感傷的になってしまっ……た……だけど……悪くない……気分、だ……」
そう言って幸せそうに笑うと、アレス・グリムガルドは、完全に砂となって消えて行った。
風に乗って朝陽へと飛んでいくその遺骨を、俺は静かに見つめる。
そして――――――この長い夜が終わったことを、改めて理解したのだった。
先日、10月23日でこの作品は二周年を迎えました。
ここまで書いてこれたのは支えてくださった読者の皆様のおかげです!
改めて、お礼を申し上げます。二年間、この作品を読んでくださって、ありがとうございます!
次の話で、マリーランド編は終了となります。
また次回も読んでくださると嬉しいです。




