第7章 第210話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー⑩ 未来視の魔眼
《アネット 視点》
「『転生の儀』……だと? それは、いったい……」
「知りたいか? だったら僕を倒してみせろ、アネット・イークウェス」
そう口にすると……アレスは腰にある紅い鞘に入った剣に手を当て、構える。
聖女の血を引いていて、尚且つその聖女の加護の力が使え、『転生』を知っていると口にしたアレス。
確かに俺は、彼の剣は知っているが、その出自を詳しくは知らなかった。
だが……今にして思えば、不思議な点が多くある。
『奈落の掃き溜め』で俺と初めて会った時。
彼は、俺のことを、聖女の予言にあった【滅し去る者】だと、そう呼んだことがあった。
それと……彼の髪の色。
前世の俺は特に違和感は覚えなかったが、ある王女と関わりを持つようになった、今の俺には……。
彼のその特徴的な髪の色は、彼女によく似ていると、そう感じてしまっている。
多くの謎が残る現状。だが、もっとも驚いたのは『転生』という言葉だろう。
俺のこの身に起こったことを……師匠は、知っているのか……?
「フフッ。色々と頭を悩ませているようだね」
「……ったく。死んでから、色々と訳の分からねぇことをカミングアウトしやがって。本当にムカつく野郎だぜ、あんたは」
「君は、聖女という存在をどういうふうに認識している?」
「俺にとって聖女というのは、王家に仕え、その身に宿る特殊な加護の力を使って神の予言……未来を宣告する巫女という認識しかねぇよ」
「うん、大体その認識で合っている。建国時、聖王は女神の信託を受け、聖女と呼ばれる巫女を国に置いた。王国は、大森林からあるものを奪い、その影響で災厄級の魔物に襲われる被害に遭っていた。そんな国を滅ぼしかねない魔物に対しての対抗策として、未来を視ることができる聖女を、王家は国の守り手として重用したんだ」
「大森林から奪った……あるもの……?」
「そのあるものは、今現在、王家の宝物庫に眠っている。オフィアーヌ家が何千年も守護している国の宝だ」
そう言って首を横に振ると、アレスは身体に闘気を纏った。
「さて……僕は今から加護の力を使用する。僕はこの力が嫌いでね。生前、殆ど使ったことは無かった」
ゴゴゴゴと地響きが鳴り、アレスの足元の瓦礫に亀裂が入る。
その姿を見た俺は、いつでも攻撃を対処できるように、箒丸を構える。
だが、彼は剣を抜こうとしなかった。いや……どうやら、鞘から剣が抜けない様子だった。
ガチャガチャと何度も剣を引き抜こうとした後。アレスは自身の剣を見つめ、静かに口を開いた。
「……僕を主人として認めていないようだが……悪いが、無理やりにでも君を使わせてもらう。その見返りとして、僕の身体を好きに喰らって構わない。もっとも、死人の身体故、美味しいかは分からないけれどね」
―――――その瞬間。アレスは腰の剣を抜き、俺に向けて紅い剣閃を飛ばしてきた。
色が白から赤に変わったことを除けば、それは、先ほども何度も見た通常の【絶空剣】に他ならない。
だが……アレスが抜いた剣、それは、以前ロザレナと武器屋で見かけた妖刀【赤狼刀】だった。
【赤狼刀】の姉妹剣である【青狼刀】は、傷を付けた相手に『反・治癒魔法』を付与し、その傷を二度と治癒させないという能力が宿っていたが……【赤狼刀】の能力は俺にも分かっていない、未知数のもの。
その効果を知らないため、むやみやたらに斬撃を身体に受けるのは、得策ではないだろう。
俺は【絶空剣】を弾き飛ばそうと、箒丸を構える。
「……視えているよ、その未来は」
剣閃を飛ばした後。アレスは即座に、俺の右斜め上へと跳躍する。
俺は箒丸を横に振って【絶空剣】を弾き飛ばすが……その剣閃は、右斜め上へと飛んだアレスの元へと向かっていった。
「お返しするよ」
空中で剣閃を弾いたアレスは、そう言って、俺に【絶空剣】を返して来る。
その行動に目を見開き驚いた俺は、地面を蹴り上げ、後方へと下がった。
するとその瞬間、俺が立っていた瓦礫の山はスパンと縦に斬られ、倒壊していった。
地面に降り立った俺は、キッと、アレスを睨み付ける。
「あんた……まさか……」
「流石だ、アネット。今の攻防だけで僕の加護の力を理解したか」
「まさか……未来が、視えているのか?」
「いかにも。僕には、数秒先の未来が見える。僕が持つ加護……その名は【未来視の魔眼】と呼ばれるものだ」
【未来視の魔眼】……数秒先の未来が見える、か。とんでもないチートじみた加護だな。
と、そう言おうとしたら……アレスは先んじて未来を視たのか、口を開いた。
「そうでもないさ。聖女殿の扱う本物の【未来視の魔眼】と違って、僕の持つこの目は片目の、不完全なものだ。五秒先の出来事しか視ることはできないし、尚且つ、一度使用する度に十秒間のチャージタイムが発生する。完璧な未来視とは言えない代物さ」
「随分と親切に能力を説明してくれるじゃねぇか」
「フッ。僕は生前からずっとこの力を以ってして君と戦いたかったからね。アンデッドとは、生前に未練を残した人間が至る者。僕の未練は、この忌まわしき力を踏破してくれるであろう、剣士として完成した君と本気で戦うことだった。……当初は、君の娘であるリトリシアにその未練を払ってもらいたかったのだが……君がいるんだったら話は別だ。僕は、君にこの力を超えて貰いたい」
「だからあれほどリトリシアに執着していたというわけか」
「君の娘を見てみたかったという気持ちもある。フフッ、ジャストラムと結婚したのだろう? だったら彼女は僕の孫娘だ。祖父として孫娘を見たいという気持ちも勿論あったさ」
「え?」
「ん?」
周囲に、ヒュゥゥゥゥと、風が吹いていく。
何とも言えないきまずさの中。俺は、アレスに声を掛けた。
「いや……あの、リトリシアは森妖精族なんだが……」
「ま、まさか君は、ジャストラムではなく、森妖精族と結婚したというのか!?」
「いや、彼女は本当の娘じゃなくて……義理の娘なんだ、師匠……」
「……」
「……」
…………さらに深まった気まずさが、周囲に漂っていく。
どうしようかと考えていると、アレスが動揺しながらも、開口した。
「そ……そうか。てっきり僕は、ジャストラムは君とくっつくのだとばかり思っていたが……予想が外れてしまったな」
「俺にとってあいつは妹みたいなものだ。そういうのじゃねぇよ」
「君はそうでも……あの子はきっと違うさ。あの子はずっと君のことを想っていた」
「あの女からそんな素振りを見たことは一度もなかったどな。結局、疎遠になって、三十越えてから病でくたばるまで、あいつと再会することはなかったし」
「……娘だから、何となく分かるよ。きっと僕が亡くなったことに負い目を感じた君を、傍で見ているのが辛かったのだろう。自分では君の傷を癒すことができないと……諦めたからこそ、距離を取ったのだと思う。意外に繊細だからね、僕の娘は」
「……」
災厄級【疫災の魔女】との戦いで師匠を失って以来、俺は自暴自棄になった。
それ以来、ジャストラムは俺の前に姿を現さなくなった。
結果俺はリトリシアに出会い、立ち直ることができたが……もしかしたらあいつはまだ、その痛みの最中にいるのかもしれないな。
まぁ……アネットとして転生した今となっては、最早関わり様の無い話かもしれないが。
「さて……本格的に剣を交えるとしようか、アネット。悪いが、ここからは一切の手は抜かない。未来を読み切って、君を一刀の元に叩き伏せる」
「本気で……俺と殺し合うつもりか? せっかく蘇ったんだ、もう一度この世界で生きてみても良いんじゃねぇのか? ……そうだ! もう一度ジャストラムやハインラインに会いに行ってみろよ! きっとあいつら泣いて喜ぶぜ? だから……」
「……僕は生前から君に言い続けたはずだぞ、アネット。剣を握った以上、守るべき存在を見誤るな、と。たとえ殺すべき相手が非のない者だとしても、愛すべき者だったとしても、誰を守るかは常に天秤に掛けろ。剣士とは、そういう生き物だ」
「……」
俺の顔が苦悶に歪んだのを見て、アレスは笑みを溢す。
「師だからといって僕に情けなど持つな。僕は死人、そして君は今を生きている人間だ。……あの時のことは、別に、負い目に感じなくても良い。僕は君のために死ねたことに、一切の後悔などしていない。唯一残った未練は、剣士として完成した君を見届けられなかったことだけだ。……僕の最後の我儘を、聞いてはくれないか、アネット。君の剣で、本気の僕を倒してくれ」
優しい声音で、そう、言葉を投げかけて来る師匠。
生前、孤児だった俺には家族がいなかった。
そんな俺にとって、彼は、本当の父親のような存在だった。
だからだろう。久々にアレスと会話をして、俺は、子供の頃の自分を思い出してしまった。
『おい、アレス! 俺と勝負をしろ!』
『ははは! またか! 懲りないな、アーノイックは』
脳裏に浮かぶのは、道場で何度もアレスに挑み、敗北していた少年時代の俺。
……もう俺は子供じゃない。親に甘える年齢でもない。
今の俺は、弟子ではなく、師だ。三人の愛すべき弟子を持つ、師匠だ。
俺は頬をパチンと強く叩く。
そして迷いを全て捨て去り――――一人の剣士として、アレスに鋭い眼光を向けた。
「……アレス・グリムガルド。あんたがこの俺に本気で向かって来るのなら、俺はあんたを斬り伏せるだけだ。もう、迷いはしないぜ。俺には、アネットとして産まれて出会った、愛すべき仲間と弟子たちがいる。ここで過去は捨てて行く。俺は未来を取るぞ、師匠」
「あぁ、それでいい。僕という過去を超えていけ、アネット」
そう口にした後。
アレスは【瞬閃脚】を発動させ、俺に突進して来る。
俺も【瞬閃脚】を発動させ、アレスに向かって突進し、地面を蹴り上げた。
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《アレス 視点》
僕を敵と見定め、箒を手に、駆け抜けて来るアーノイック。いや……アネット。
その青い瞳は先程までの甘い目ではなく、【奈落の掃き溜め】で初めて出会った時と同じもの。
目の前の獲物を殺すまではけっして足を止めない、獰猛な獣の目。
あの男は、才能はあったが、最初から最強だったわけではない。
何度も何度も敗北して、何度も何度も地獄を見て、地の底から這いあがってきた異端の剣士。
倒すと決めたら、敵のその喉笛を噛み切るまで止まらない、鬼の子。
何度吹き飛ばされようが、その歩みはけっして止まることはない。
アーノイック・ブルシュトロームとは、そういう剣士だ。
(やっぱり似ているな……あの子と)
メリアに敗北したあの少女……確か、ロザレナと言ったか。
あの子を初めて見た時。僕は、幼い頃のアーノイックにとてもよく似ていると思った。
どれだけ身体が傷付こうとも、何度でも立ち上がり、格上の相手だろうが関係なしに噛みついて行く。
そうか。先程弟子がいると言っていたが……あの子のことか。
確かに、君が取るに相応しい弟子だ。他にも弟子がいるのかな? ぜひ、見てみたかったよ。
「【旋風剣】!」
アネットは箒をブンブンと振り回し、竜巻を起こす。
瓦礫を巻き込みながら、竜巻は僕に襲い掛かってくる。
僕はすかさず、【未来視の魔眼】を発動させた。
すると、視界に、残像のようなものが映る。
僕が視た未来はこうだ。
『――――僕は竜巻を閃光剣で斬り裂く』
『すると背後から箒を構えたアネットが現れ、僕にゼロ距離で【覇王剣・零】を放ってくる』
【未来視の魔眼】を発動し終えると、僕は【閃光剣】で竜巻を斬り裂いた。
そしてその直後。すぐさま屈み、横薙ぎに振られた箒による【覇王剣・零】を回避してみせた。
「ちっ! やはり、不意打ちは完全に無効化されるってことか!」
「【未来視の魔眼】に加えて、僕は師として君の動きは熟知している。さて、どうする? このままでは君の剣は僕には絶対に通らないぞ?」
振り返り様に剣を振り、アネットの首に目掛けて剣閃を放つ。
アネットはその攻撃を、横に逸れて寸前で避けてみせた。
彼の前髪が数本斬られ、空中に舞っていく。
「悪いが、このまま手数で押し切らせてもらう」
僕はそのまま剣を振り、アネットに襲い掛かる。
真横に一閃、一文字斬りを放つ。アネットはその斬撃を縦にした箒の柄で防いで見せる。
次に袈裟斬り。アネットはそれも器用に箒に当て、相殺して防ぐ。
左切上げ、逆袈裟、右薙、突き、右切り上げ、袈裟斬り。
アネットはその全ての剣を防いでみせた。
そして、今度はこちらの番と言いたそうな顔で、攻撃を仕掛けて来る。
……だが僕の眼の前では、それは、通用しない。
「【未来視の魔眼】」
僕は行動の先読みをして、アネットの剣を軽く右に避けることで回避する。
そして剣を振り、アネットの横を通り過ぎると、肩から腹に目掛けて彼の身体に斜めの斬り傷を付けた。
「……ッ!!!!」
心臓を裂いたつもりだったのだが……闘気を纏っていたからか、その身体に致命傷を与えることはできなかった。
流石は【剛剣型】を極めし剣士。元々が【速剣型】の僕の闘気では、貫くことはできないか。
だが……時間と共に闘気は消耗するもの。常時全身を闘気でガードすることは、不可能だ。
いずれ、君は、身体を守ることができなくなる。
「さて、どうする? このままでは君は僕に一方的に斬られるだけだぞ? 例え全てを消し去る【覇王剣】を持っていたとしても、当たらなければ、どうということはない」
ヒュンと、剣の切っ先に付いた、アネットの血を払う。
そして肩越しに背後を伺い、僕は、彼に声を掛けた。
「僕には全てが視えている。そのままの状態では、君の攻撃は、僕には届かない」
「ハッ! 五秒先の未来を視る、か。まさかこの歳で挑戦者の気分を味わうことになるとは思いもしなかったぜ。普通だったら絶望的な状況なのだろうが……結構、楽しいものだな」
そう言ってアネットは前髪を手で押さえると、ふぅとため息を吐く。
そして笑みを浮かべながら、続けて口を開いた。
「まさか期間を置かずに連続で強者と戦うことになるとはな。闘気と魔力を極めし【暴食の王】の次は、高火力の【絶空剣】とチート級の加護【未来視の魔眼】を持った元【剣聖】が相手、か。悪くはねぇ気分だ」
「【暴食の王】……?」
「何でもねぇ。こっちの話だ」
そう言ってアネットは頬から流れる血を親指で拭うと、不敵な笑みを浮かべる。
その目は、【未来視の魔眼】を前にしても、色あせることはない。
僕という獲物をどう狩るか、どう倒すかということに楽しみを見出し、ギラギラと青い瞳を輝かせている。
姿かたちは変わっても、その表情だけは変わらない弟子の姿を見て、僕は思わず笑みを浮かべてしまった。
「あぁ―――君なら、この力を前にしても絶対に折れないということは分かっていたよ、アネット」
「行くぜ、アレス! 今度こそ完膚なきまでにテメェをぶっ飛ばしてやるぜ!!」
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「……とてつもない闘気のぶつかり合いだな。まさかあのメイドが、アレス・グリムガルドと渡り合える力を持っていたとは……驚いた」
そう言ってゴルドヴァークは、煙が上がる中央市街を見つめ、クククと笑い声を溢す。
そして彼は背後を振り返ると、血だらけで倒れ伏しているジェネディクトに視線を向けた。
「さて……これで満足したか? ジェネディクト」
「ゼェゼェ……ゴルドヴァーク……!!」
ジェネディクトは口元から血を流しながら、何とか立ち上がる。
そんな彼から視線を外すと、ゴルドヴァークは、赤みがかってきた東の空を見つめた。
「もうすぐ、夜明け、か。クククク……我らアンデッドにとっては死の時間だな」
「絶対にあんたを殺してやるわ! 母の恨みは、ここで晴らさせてもらう!!」
「我が【怪力の加護】を前にしては、お前は無力だ、ジェネディクト。俺は闘気を貫通して肉体そのものにダメージを与えられる。お前は筋肉量が少ない【速剣型】と【魔法剣型】の剣士。俺に一撃でも攻撃を当てられたら、そこで終わりだ。確かに速さには目を見張る者があったが……ただ、それだけのこと。特二級魔法【ライトニング・アロー】以外に火力のある攻撃方法がないお前では、俺の肉体に致命的なダメージは与えられない。時間を稼げば稼ぐだけ、俺はお前の速度に慣れていく。結果、一撃拳が掠っただけで、お前は地に伏した」
「……ッ!!」
「ククク……【ライトニング・アロー】を使ったらどうだ? 特二級魔法。当たれば、我が肉体も一溜まりもないかもしれんぞ?」
「安い挑発ね」
双剣を構えると、ジェネディクトはゴルドヴァークを睨み付ける。
そんな彼に対して、ゴルドヴァークはフッと笑みを溢した。
「まぁ、お前がその魔法を使わない理由は分かっている。万が一【ライトニング・アロー】を外してしまったら、お前は魔力が枯渇し、身体に電撃を纏うことができなくなる。そうなればお前には打つ手が無くなってしまうからな。雷属性魔法で加速し続けなければ、【瞬閃脚】を使える俺の攻撃をもろに食らってしまうのは免れまい。故に―――【ライトニング・アロー】は、相手が隙を見せた時にしか使えない」
「脳筋の割には、随分と頭が回るじゃない、筋肉ダルマ……!」
「俺は戦のことは熟知している。お前は強い。だが、単純に俺とお前は相性が悪かった。この結果は、それだけのことだ。恥じる必要はない。俺が、強すぎたのだ」
そう言って、ゴルドヴァークが歩みを進めようとした……その時。
彼の足元が、突如、凍り付いた。
「む?」
「【アイシクルブレイド】!」
氷の斬撃が飛んでくる。それをゴルドヴァークは、アイアンクローを振り、消し飛ばした。
「叔父上殿! 大丈夫か!」
「お前は……ヴィンセント……!?」
突如現れた、黒い鎧を着込んだ剣士、ヴィンセント。
その姿を見たゴルドヴァークは「ほう」と、驚いた声を漏らす。
「その鎧は、我がバルトシュタイン家に伝わる宝、『黒獅子の鎧』、か。貴様、バルトシュタイン家に連なる者か?」
「そうだが……お前は何者だ? 町が崩壊していたが……これは全てお前のやったことか?」
「ククク……こうして我が血を引く者たちと邂逅できるとはな。またとない奇跡だ」
そう口にして、ゴルドヴァークは両手を広げ、不気味な笑い声を溢すのだった。
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《アネット 視点》
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は箒丸を振り、アレスに斬り掛かる。
だがアレスは俺の剣を、軽く身体を逸らすだけで避けてみせた。
「これで何度目だ? ただ無鉄砲に突っ込んでくるだけじゃ、僕の眼は超えられないと言ったはずだぞ、アネット」
そう言ってアレスは俺の顔に蹴りを打ち込んでくる。
その威力に、俺は吹き飛ばされるが……空中でクルリと一回転し、すぐに地面に着地した。
鼻から流れる血を手の甲で拭い、しゃがみながら箒丸を肩に乗せ、笑みを浮かべる。
「もう少しで、分かってきそうだ。あんたの見ている未来を超える方法がな」
「僕に突っ込んでは、何度も何度も吹き飛ばされて……何か得るものがあったとでもいうのか? 君の攻撃は、僕には当たらない。僕は未来を視て、君の一手先を防ぐだけだ」
「その割には……あんた、常に守り手に徹していて、俺の攻撃を回避する時しかその魔眼を使用していねぇよな? 何故、攻撃する際にその魔眼を使用しない? 何故、攻め手に転じない?」
「……」
「恐らく重要なのは、魔眼を使用した後の、チャージする十秒間だ。あんたは未来を視るために、十秒、時間を稼ぐ必要がある。攻め手に転じて、もし、ゼロ距離で俺の【覇王剣】を喰らったら……あんたは防ぐことができない。だから常に距離を保ち、俺が至近距離で攻撃を仕掛けてきたら、未来視でカウンターを放つ。あんたにとって完璧で安全な策がこの動き。だから、カウンターでしか【未来視の魔眼】を使用して来ない」
「その通りだ。数秒先しか未来を視れない分、一番安全なのは、受け手に回ることだからね。攻め手に回ると、相手の攻撃を読み、回避するのが難しい。特に君の【覇王剣】は脅威だ。直撃すれば、僕の身体はそこで終わり。受け手こそが、未来視を最も有効に使える戦いのスタイル。―――――とはいっても」
アレスは腰に剣を納めると、抜刀の構えを取った。
「遠距離でなら、こうして攻め手に回り、君に攻撃を放つことができるのだけれどね。―――【絶空剣】!」
紅い斬撃が飛んで来る。
俺はそれを走りながら、跳躍し、回避する。
「さて! いつまで避け続けることができるかな! 【絶空剣】!」
またしても全てを斬り裂く斬撃が飛んでくる。
この野郎……我が師ながら、容赦のねぇ戦略を取ってきやがるな。
遠距離では【絶空剣】が飛んできて、至近距離では【未来視の魔眼】で完全に攻撃を見切られる。
隙の無い攻撃スタイル。こちらは、時間と共に体力も闘気もその身も、削られるばかりだ。
(だが―――――【未来視の魔眼】は無敵の能力ではない。確実に、攻略の糸口は、ある!!)
「【絶空剣】! 【絶空剣】! 【絶空剣】! 【絶空剣】! 」
走りながら、屈み、跳躍し、バク転し、身体を逸らし。
全ての剣閃を避けて行く。
今現在、教会は、アレスの背後にある。
民間人を巻き込まないよう、常に、周囲に気を配りながら戦っているが……これもなかなかに神経をすり減らす作業だな。
状況を常時把握し、守りながら戦うというのも、なかなかに難しい。
「ただ……もう少しだ。もう少しで、きっと、この状況を抜け出すことができる」
俺は突如地面を蹴り上げると、アレスの元へと突進した。
するとアレスは笑い声を溢し、腰に剣を納め、構える。
「また突っ込んでくるか! さて、どうする、アネット! 未来を視ている僕に、至近距離での攻撃は当たらないぞ! かといって遠距離で【覇王剣】を撃ったところで、僕は未来視で回避する! どうやってこの態勢を崩すんだ? 僕に君の力を見せてみろ!」
「……あぁ。お望み通り、いい加減、この戦いを終わらせてやるぜ。アレス・グリムガルド」
俺は箒を構える。アレスもそんな俺を見て、腰の剣を構えた。
――――――その時だった。
予期しない来訪者が、俺たちの前に現れた。
「見つけたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! メイドぉぉぉぉぉぉぉ!!」
目の前に現れたのは……さっき撒いたはずの、鎌を持った大道芸人の……何とかテンマさんだった。
何とかテンマさんは鎌を持って、俺に向けて声を張り上げる。
「よくもこのアタシを大道芸人だとか言って馬鹿にしやがったな!! 次こそぶっ殺してやるぞ、マグレ女!! その首を取って、肥溜めにぶち込んで、数千回ナイフでぶっ刺してグチャグチャにしてやらなかきゃ、アタシのこの怒りは収まらない!! キャハハハハハハハハ!!!!!! さぁ、アタシと勝負をしろ、メイドぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺とアレスの間に現れた、場違いの何とかテンマさん。
そんな、目の前に現れたテンマさんを無視して、俺たちは一歩、前に足を踏み出す。
そして同時に箒と剣を振って―――テンマさんに攻撃を放った。
「「邪魔だ」」
その瞬間。俺とアレスに斬られたテンマさんは……その威力に耐え切れず、上空に吹き飛ばされていくのだった。
第210話を読んでくださって、ありがとうございました!
前回、たくさんのいいね、感想、ありがとうございます~! 評価もありがとうございます!
とても励みになっております(T_T)
マリーランド編もあと数話で終わりです!
最後までお付き合いいただけたらと思います!
次回も読んでくださると嬉しいです!




