第139話 元剣聖のメイドのおっさん、仇敵の変化を感じ取る。
「―――っと。アネットさん、着いたよ」
崖の上に垂れているロープから手を離し、エステルは地面へと着地する。
そして、目の前にいる俺に微笑を浮かべた後、キョロキョロと辺りを見回した。
「上から見て分かっていたけれど、この界域は大分霧が深いね。そういえばさっき、森の中から大きな音が聴こえて来たんだけれど……何か異常があったのかい? 魔物でも出た?」
「そ……そうですね。魔物……のようなものですかね、アレは……」
そう口にして、先程出会った謎の少女を思い返しながら、俺は苦笑いを浮かべる。
そんな俺に対して、エステルはキョトンとした顔をして首を傾げた。
「ん? 何か、歯切れが悪いみたいだけど、もしかして、魔物ではなかっ――――」
「ぴぎゃあああああああああああああッッッ!!!! ど、どいてくださいぃぃ~~!! グライスくん~~~~~!!!!!!」
「……え? ――って、うわぁっ!?」
エステルは頭上を見上げた後、慌ててその場から離れ、俺の身体に抱き着いて来る。
その直後。ドシーンと音が鳴り響き、先ほどまでエステルの居た場所に何者かが降って来た。
土煙にケホケホと咳込んだ後―――その落ちて来た張本人であるミレーナは、尻もちを付きながらこちらに涙目を向けて来る。
「ゲホッ、ゴホッ! うぅぅぅ~酷い目に遭いました~……。死ぬかと思いましたですよ~~」
「……フン。貴様がロープを降っている途中で『もう怖くて降りれませーん、ぴぇーん』などと言って一向に降りようとしなくなったのがいけないのだろう。オレが後押ししてやったことを光栄に思うが良い、ぴぎゃあ女」
そう言いながらグレイレウスは、スタッと、ミレーナの背後に静かに降りて来る。
ミレーナは振り返り、そんな彼に対して眉間に皺を寄せ、鋭い目を向けた。
「何が光栄に思うが良い、ですか! この変態マフラー男! よくも、刀でロープを斬ってうちを落としてくれましたね!! 7,8メートルくらいの高さから落下しましたですよ!! 下手したら殺人ですよ、殺人!! 王都に戻ったら訴えてやるですっ!!」
「生きていたのだから別に良いではないか、ぴぎゃあ女。……それにしても、受け身も取らずにその程度の怪我で済んでいるとは、なかなかに頑丈の奴だ。前から思っていたのだが、貴様はどんな過酷な状況下でも生き残っていそうなタフさがあるな。その害虫のようなしぶとさ、尊敬に値する。どうしようもない屑女だと思っていたが、その点に関しては見直したぞ」
「全っ然、褒められているように感じられないんですがぁ!? ちょっと、アネットさん!! お宅のお弟子さん、どうなっているんですかっ!!!! この変態男、危うく人を殺しかけましたよっ!?!?」
「そういえば……ジェネディクトはどこにいるのですか? 切れたロープの上側にはいない様子ですが?」
「無視ですかぁ!? 何なんですかこの師弟は!! むきぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!!」
起き上がり、地団太を踏むミレーナ。
そんな彼女を無視して、俺は、未だに抱き着くエステルへと声を掛ける。
するとエステルはキョトンとした顔で、そのまま口を開いた。
「そ、そうだね。ジェネディクトはいったいどこに――――って、あっ、ご、ごめん、ずっと君に抱き着いてしまっていたようだ!」
エステルは白い頬を真っ赤にさせると、慌てた様子で俺から離れる。
彼女は常人よりも肌が白いから、照れると分かりやすいな。
何か、普段男みたいな雰囲気で喋ってるから、ギャップで普通に可愛―――って、何考えてるんだ、俺は!
お前は中身オッサンなのだから、若い女性に対してそんな気色悪い感情抱いてるんじゃねぇ、気色悪い!!
俺は自分の頭を軽く小突く。そんな俺を見て、エステルは不思議そうな表情を浮かべた。
「? アネットさん?」
「い、いいえ、何でもありません。それで、ジェネディクトは―――」
「クスクス……私をお呼びかしら、アネット・イークウェス」
その時。背後にある森の中から、ジェネディクトが出てきた。
奴はズルズルと見知らぬ男を引きずりながら、こちらに近寄って来る。
そして近くまでやってくると、男を目の前に放り投げ、笑みを浮かべた。
「こちらを監視している間者がいたのでねぇ。対処しておいたわぁ。クスクスクス……その間者がまさか、貴方だとは思わなかったわね、ゲラルトちゃん」
ボロボロになった男はうつ伏せになりながら、ジェネディクトへと悲しそうな顔を向ける。
「ボ、ボス……な、何故、俺に攻撃をっ!! そ、それに、貴方が何故、そいつと一緒に居るんですかっ!! そのメイドの女は、蠍の奴隷商団を潰した、あの時のガキでしょう!?」
「クスクス……状況に応じて、敵味方というものは変わるものなのよ。少なくとも、今現時点において、アネット・イークウェスは私の敵ではない」
「う、嘘だ……そのガキは、俺たちの計画を台無しにした奴じゃないですか!!」
そう叫んだ後、ゲラルトと呼ばれた男は、忌々し気に俺へと怒りのこもった目を向けてくる。
ん? どこがで会ったことのあるような気がするが……思い出せないな。誰だ、こいつ?
腕を組み男を見下ろしていると、ジェネディクトはクスクスと嗤い声を上げ、再び口を開いた。
「貴方、何か勘違いをしているのではないかしら。私にとって蠍の奴隷商団はただの隠れ蓑にしかすぎない存在だったのよ。貴方たち闇組織の人間と仲良しこよしする気は私にはないの。今の私は、王位継承権を持ったエステリアル王女の従者よ。必要とあれば―――過去の仲間だって、容赦なく殺してみせるわぁ」
「そ、そんな……!! ボス!! ボスがいなくなってから『蠍』はほぼ崩壊しているんですよ!! 残った『蜘蛛』と『百足』は、ジェネディクト・バルトシュタインという求心力を失い、現状、帝国の長老たちに良いように飼いならされているようなものです!! 戻ってきてください、ボス!! 貴方がいなければ、俺たちは―――」
「クスクス……『蜘蛛』の首魁のお嬢ちゃんなら、さっき、この子が倒してしまっていたわよ? まるで相手にすらなってはいなかった様子だったけれどねぇ」
そう言ってジェネディクトはチラリと俺に視線を向けてくる。
俺はそんな奴に対して、訝し気な視線を向けた。
「あ? 蜘蛛だとか百足だとか、いったい何の話をしているんだ、テメェ?」
「何でもないわ。……まったく、強すぎるというのも困りものよねぇ。『一般的な強さ』を計れるものさしを、貴方は持ち合わせていないのだから。貴方にとっては、相手がどれほど世界で名を馳せた実力者であろうとも、総じて雑魚にすぎないのでしょうよ。クスクス……本当に、ふざけた話よねぇ」
こいつ……さっきの戦いを何処かで見ていたのか?
ジェネディクトは俺から顔を背けると、再び地面に倒れ伏すゲラルトへと視線を向ける。
そして、腰の剣を抜き、その剣を――――ゲラルトの手の甲に突き刺した。
「ぐっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッッッ――――――!!!!!!」
「答えなさい、ゲラルト・リードル。貴方と蜘蛛のお嬢ちゃんは、何の目的でこの大森林に来ているの?」
「ゼェゼェ……さ、災厄級の魔物の援護をして、【剣聖】たちを追い詰めろと、長老からの命令が……」
「ふーん? 大体察しは付いていたけれど、そういうことね。魔物を神の使徒として崇める、あのイカれた異教徒たちの仕業か。まっ、そんなところだとは思っていたわぁ」
「ジェネディクト……いったい、どういうことなんだい?」
エステルのその質問に、ジェネディクトはゲラルトから剣を引き抜くと、不敵な笑みを浮かべた。
「端的に説明をするのならば、王国に嫌がらせをしたい連中が帝国には居てねぇ。そいつらが、災厄級の魔物を援護して【剣聖】や【剣神】を追い詰めろって、闇組織に命令してきたのよ。その帝国の異教徒たちは、闇組織のスポンサーになってくれているから、この子たちは奴らは歯向かえないのでしょうね。私が抜けて資金難になった組織は、帝国の異教徒たちに頼らざるを得ない状況になっている―――というワケね、推察するに」
「王国の闇組織……『暗闇を這う蟲』たち、か。まさかこんなところにまで彼らが出てくるとはね。先ほど名前が挙がった蜘蛛の首魁というのは……元剣神【操霊剣】のメリッサ・ベルのことかな?」
「クスクス……どうやら今は別の名前を名乗っているみたいだけどねぇ」
さっき相対したあの少女は……メリッサと言うのか?
元剣神、か……なるほど、厄介な奴を倒してしまったのかもしれないな。
「――まぁ、大森林に闇組織の連中がいたところで、特に問題はないんじゃないかしら。こちら側には、何と言っても、私とアネット・イークウェスがいるのだから。残った闇組織の連中に遅れを取ることなど、まずないと断言できるわぁ」
そう口にして、ジェネディクトは剣を逆さにして持つと、その峰を、ゲラルトの脳天へと叩き込んだ。
そして、ゲラルトが気絶して地面に横たわったのを確認すると、奴はエステルへと微笑を向ける。
「さて、先へ進みましょうか。私たちの目的は奥の界域へと進むこと……そうでしょう? 王女様?」
「この男は、捨て置いて問題はないのかい?」
「そうね。残ったロープで、この辺の岩か木にでも括りつけておきましょうか。そしてその後、騎士団にでも引き渡してしまえば良いわぁ。クスクス……闇組織の構成員を捕らえたとなれば、王女である貴方の株も上がることになって一石二鳥ね。あぁ、誰かさんが倒したもう一人の女も既に木に縛り付けてあるから安心しなさい。クスクス……」
そう言ってジェネディクトは俺へと視線を向けてくる。俺はそんな奴に対して、呆れたため息を溢した。
「用意周到なことだな」
「利用できるものは全て利用する性質なのよ、私は」
「? いったい何の話をしているんだい? ジェネディクト、アネットさん?」
「何でもないわぁ。行くわよ、王女さま」
そう言ってジェネディクトはロープを使ってゲラルトを近くにある岩に括りつけると、立ち上がり、前を歩いて行く。
俺たちはそんな彼に続き、森の中を静かに進んで行った。
「……」
それにしても、ジェネディクトの奴……以前とは何処か様子が変わった、か?
残忍さと容赦の無い性格は相変わらずだが、何処か……その言動に、エステルに対しての情が見え隠れしているような気配がする。
何というか、子を見守る、母親のような愛情というか――い、いや、奴に限ってそれはあり得ないな。
ガキ共を奴隷にして変態貴族に売払っていたこの極悪漢が、そのような感情を持つはずがない。
こいつは、目的のためならばかつての仲間だろうが剣を向ける。
さっき、そのことを、目の当たりにしたばかりだろう。
自分が不利な状況になれば、必ずエステルを裏切る。俺が知っているジェネディクト・バルトシュタインという男は、そういう奴だ。
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―――第4界域『槍の峡谷』。
そこで、剣王ロドリゲス・イラト・エンドクライブは、腕にハインラインを抱えながら、霧の深い森の中を疾走していた。
「はぁはぁ……くそっ!! 我が師を早く王都へとお連れせねばならないのに、首狩りのせいで、大森林の奥地へと追い込まれてしまうとは……っ!! これでは、転移の魔道具を使用できぬではないか!!!!」
「……ケホッ、ゴホッ……。ロドリゲス、ワシを捨て置いて、先へ行け」
「!? 何を言っておられるのですか、我が師!! そんなこと、できるはずがないでしょう!!」
「あの首狩りと災厄級めが狙っているのは、仕留め損ねたワシの身柄じゃ。ワシを囮にすれば、幾ばくかの時は稼げる。その隙を見て、お主だけでも逃げろ」
「な……そんなことできませんよ!! 私は、一族から出奔し、路頭に迷っていたところを貴方に
拾われ救われた!! この恩義を仇で返すことなど、できるはずもありません!!」
「バカモンが!! 年寄りより若ぇ奴が死ぬことなど、このワシが許すとでも思ってるのか!! 良いから、ワシを置いていけ、ロドリゲス!! 剣を賭して死ねるのなら本望じゃ!! この老獪、ただでは死んではやらん!! あの獣と小娘に、必ず一矢報いてみせる!!」
「ろくに身体も動かせない状態で何を言っているのですか!! 絶対に置いてなどいきません!! 私は、貴方を必ず王都へと連れ帰ってみせる……ッ!! 王国最強の剣士が、こんなところで死んで良いはずがない……ッッ!!」
ロドリゲスはそう叫び、森の中を疾走していく。
そんな彼に対して、ハインラインは呆れたようにため息を溢すのであった。
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「クチャクチャクチャ……保存食代わりに、各所に雑魚の肉を吊るして置いて助かったな。おかげで住処に戻る前に、消耗していた体力を元に戻すことが叶いそうだ」
第2界域『黄昏の古代都市』。
そこでオークは、木の上に吊るされた肉団子を地面へと落とし、喰らっていた。
蠅がたかるその腐った肉を美味そうに咀嚼し、飲み込んでいくオーク。
そしてオークは30分程掛けて一頻り食べ終えると、ふぅと息を吐き、立ち上がった。
「さて……これからどうするか。喰い損ねた老剣士と鉱山族を追うのは決定事項ではあるが……別段、急ぐほどでもない。現状において、我はあの二人の剣士に遅れは取ってはいないからな。強いて言えば、老剣士とはギリギリの戦いではあったが―――ルティカの力を手に入れた今となっては、敵にすらならないだろう。とはいえ、あの女の肉は一部しか喰ってはいないわけだからな。その身に宿る力を全て奪い取ったわけではない」
人間の中でも特に強者と言えるだろう二人。ハインラインとルティカ。
あの二人を降した今となっては、最早敵はいないだろうと、オークはそう思っていた。
人間を滅ぼすことなど容易いこと。今、早急に力を手に入れる必要性は特に無い。
現時点の自分こそが世界最強の戦士であると、オークはそう確信していた。
だが――――――その考えは、背後から迫って来る何者かによって、即座に否定されることになる。
「―――……見つけました。貴方が災厄級の魔物、ですね?」
オークはその声に、背後を振り返る。そこにいるのは、小柄な金髪の森妖精族の少女だった。
どう見ても、強さの欠片も感じられない矮小な存在。
ハインラインやルティカとは違い、見た目からしても、強者の気配を感じられない少女。
そんな彼女に対して、オークはフンと鼻を鳴らした。
「何だ、貴様は。この我に何か用なのか?」
「人語を喋れるのですか……。なるほど、見た目はただのオークだと思いましたが、やはり、どうやら普通の魔物とは違うようですね、貴方は」
そう口にして森妖精族の少女は腰を低くし、戦闘態勢を取る。
森妖精族の少女の腰には、二本の刀剣――刀と剣が差してあった。
一本は、先代剣聖アーノイックの遺品である『青狼刀』。
そして二本目は、世界最硬石のフレイダイヤで造られた『フレイル・ソード』。
森妖精族の少女、リトリシアは一度、『青狼刀』に手を触れる。
だが、一度刀に触れた後、彼女は何故かその刀から手を離し――――もう一本の『フレイル・ソード』に手を当てた。
そして、抜刀の構えを取り、オークを睨み付けると、静かに口を開く。
「申し訳ございませんが……早急に貴方を片付けさせていただきます。貴方のような醜悪な魔物と交わす口など、私には、持ち合わせてはおりませんので」
「クククククッ……貴様のような矮小な小娘が、この我に太刀打ちできるとは思え―――」
「【閃光剣】」
リトリシアが一歩足を前に踏み出すと、黄色い閃光のように髪の毛が軌跡を描き―――彼女は一瞬にしてオークの背後へと瞬間移動する。
その瞬間。周囲の木々は皆、中ほどから一直線に切断され、それと同時に、オークの胴体も真っ二つに……腹部の中間から斬られたのだった。
「なッ―――!?!?!?」
ゴロンと、オークの上半身が地面へと落下する。残された下半身は、噴水のように鮮血を吹き出しながら、その場に立ち尽くしていた。
その光景を肩越しに見つめ、リトリシアは剣に付いた血をヒュンと振り払い、つまらなそうにため息を溢す。
「この程度ですか? くだらないですね。ルティカに似た傲慢な態度を見せていましたが……こうもレベルが低いとは思いもしませんでした。興ざめです」
「ぐっ……うるぁぁぁあああああああああああッッッ!!!!!!!」
再生の加護【原初の蛇】を使用し、即座に下半身から胴体を生やしてみせたオーク。
そしてオークはすぐにリトリシアから距離を取ると、彼女に信じられないものを見るかのような目を向けた。
「なっ―――な、何だ、貴様っ!? 何だ、今の剣は!? 抜刀する瞬間を、目視すらできなかったぞ!!」
「……? 即死レベルのダメージを与えてもすぐに蘇生するのですか、貴方は。なかなかに厄介な加護を持っているようですね。まぁ……だとしたら、復活できないように、粉々にみじん切りにすれば良いだけのことですが」
そう口にして、彼女は剣を鞘へと仕舞い、再び抜刀の構えを取る。
そして、腰を低くし、足を一歩前に踏み出して……再度、神速の剣を発動させた。
「【閃光剣】」
「まっ―――」
今度は、首、胸、腕、足、四か所を切断され、オークの肉片が宙へと舞う。
剣の国、最強の剣士の称号とされる【剣聖】。
その座に君臨する少女の圧倒的な強さに、オークは瞠目し、驚愕せざるを得なかった。
第139話を読んでくださって、ありがとうございました。
オーク編はあと7,8話で終わらせられたら良いなと考えています。
できたらもう少し早めに終わらせたい……できるかなぁ……笑
結末は皆さまもお察しの通り、アネットと完全体のオークの戦いになる予定です。
恐らく、作中で最も本気状態のアネットを書くことになると思いますので……楽しみにしていただけると幸いです!!




