【6】
フラスクエロ視点、最終話です。フラスクエロがちょっと変態的かもしれません。
翌日、思いがけないことが起こった。なんと、早朝に王立研究所所長のユハニが麻薬所持法違反で捕まったのである。捕まるときに一つ伝説を作ったらしい彼だが、彼が冤罪であることは確かだ。
フラスクエロは他国からの客分なので彼に会うことはできなかったが、あってきたアウリスとリクハルドに話しを聞くことができた。
「はじめからわかっていたが、ユハニは無罪だな。冤罪で閉じ込められた」
アウリスがそう言ったが、そもそも証拠がないと現行犯逮捕はできないはずだ。その辺を訪ねると、何と、ユハニの個人研究室からカトゥカの粉が出てきたのだそうだ。
「昨日のキメラ事件の時に、こっそり忍び込んで入れたんだろうね。あの時、だいぶ混乱してたはずだし」
リクハルドがため息をつきながら言った。
「どちらにしろ、研究員の中にカトゥカの売買に関わっている人間がいるんだろうけど……」
「とりあえず、生物、薬学系研究者には取り調べを受けてもらう。ああ、研究員を統括できなかった、と言う意味では、ユハニには罪があるか」
アウリスが冷静に言った。ちなみに、マリアンネは理論系の研究員らしい。しかも、今は家に帰っていていないそうだ。
「本当は、あのままミルヴァに預かっていてほしかったんだけどねぇ」
肩をすくめたリクハルドに、アウリスは「登城してきたらリューリに捕まえさせる」と言っていた。
取り調べには午前中いっぱいかかったが、午後には容疑者が割り出されていた。やはり、研究所の魔術師の1人である。頼まれて、ユハニの研究室にカトゥカの粉を置いてきた、と告白した。
こちらは何とかなりそうだが、フラスクエロのもとには別の情報も入ってきていた。
「イグレシアから魔術師が不法入国している?」
「ええ。先ほど、王太子殿下から情報が回されてきました。できたら確保して来い、とのことですが」
アニセトの言葉に、仕事が増えたな……と思う。しかし、この時期の不法入国であれば、おそらく、情勢から言っても麻薬関係だろう。とすれば、カトゥカについて洗って行けば、どこかでたどり着くかもしれない。
しかし、イグレシアからの魔術師流入の情報が集まる前に、事件は起きた。事情聴収中だった王立研究所の研究者が、いよいよ逮捕だと言う段階になって暴れだしたのである。攻撃魔法を連発し、その廊下は阿鼻叫喚である。
後で調べてわかったのだが、その研究者はカトゥカの常習犯だった。結局、この研究者はリクハルドとユハニによって取り押さえられた。ちなみに、ユハニは拘束していた軍人を殴り倒して駆けつけたらしい。このとき、彼はまだ犯罪者だったから拘束されているのは仕方がないが、軍人への暴行はやめた方がいい。本当に罪状ができてしまう。
ちなみに、これも後から聞いたのだが、ユハニは軍人たちから『魔王様』と呼ばれているらしい。強力な攻撃魔法を遠慮なくぶっ放してくるからだそうだ。
そして、この騒動が収まった後、さらに事件の報告が入ってきた。マリアンネが誘拐されたらしい。リクハルドがこの情報をリューディアから聞いた時、彼は笑顔のまま、持っていた羽ペンを握りつぶした。
「とりあえず、私がマリィを探しに行くから、アウリスたちはカトゥカの方をよろしく」
「わかった。無理はするなよ」
「わかってるって」
アウリスのキスを頬に受け、リューディアはドレスの裾を持ち上げて走って行った。走っているのに下品に見えないから不思議である。
「で?」
アウリスがリクハルドを見た。ちなみに、ユハニは先ほどまでいたのだが、再び拘束されて部屋に閉じ込められていた。彼を拘束していた軍人はびくびくしていたのが印象的である。
「あー。たぶん、うちの父の愛人が仲介者っていえば言いの? だね。うちの屋敷は、中間倉庫の役割を果たしてるみたい。とりあえず、麻薬保持で逮捕することはできるよ」
むしろ、早く逮捕してマリアンネを探しに行きたい、と言うリクハルドの思いが見えるようであった。
フラスクエロもリクハルドと同じ気持ちだった。さっさと案件を片づけてマリアンネを探しに行きたいが、フラスクエロは自国から侵入したと言う魔術師も探さなければならない。魔法が使えないフラスクエロには難しい話だ。
だが、しばらくして魔術師らが捕まり、マリアンネも発見されたという情報が入ってきた。どちらもリューディアのお手柄である。
「お前の嫁はどうなっているんだ……」
フラスクエロがアウリスに尋ねると、彼は「まあ、リューリにはカルナ王国最強説があるからな」と答えた。なんだ、それは!
とりあえず、頭を切り替えて魔術師の尋問を行うことにした。リューディアによると、マリアンネは誘拐されたことをさほど気にしていないらしい。それも考慮され、魔術師はイグレシアに強制送還、イグレシアに裁かれることになった。
魔術師から簡単に事情を聞いたところによると、やはり、この魔術師がカルナ王国に来たのは、カトゥカをイグレシアに密輸するためだったらしい。と言っても、魔術師は護衛役で、運び屋ではなかった。
そこから何故マリアンネの誘拐につながるかと言うと、麻薬取引を行っていたコルホネン商会から依頼を受けたらしい。と言っても、依頼してきたのはコルホネン商会の娘であるヨハンナの娘からだ。ヨハンナはエルヴァスティ侯爵の愛人なので、雇い主はマリアンネの異母姉にあたる。
誘拐理由はマリアンネへの嫉妬らしい。フラスクエロがマリアンネを選んだことが気にくわなかったようだ。だが、そう言う話はフラスクエロ本人に言うべきだろう。
誘拐したのもマリアンネの異母姉だが、助けたのも異母姉だった。いや、実際に助けたのは王太子妃リューディアであるが、マリアンネが捕まっている部屋まで案内したのは、もう一人の異母姉であったらしい。
ちなみに、マリアンネを誘拐した方の異母姉は逮捕された。一緒にいた仲間の青年も同時に逮捕されている。彼に会ったときは、笑いをこらえるのが大変だった。リューディアに剣の柄で思いっきり殴られたらしく、顔の片側が変形していたのである。いい気味だ、と思うと同時に、ちょっとかわいそうな気もした。というか、リューディア、恐るべし……。
一気に事件が起き、一気に事件が解決した。そのため、フラスクエロを含め、アウリス、リクハルドたちは忙しかった。おかげで、マリアンネに一度も会えなかったのに、フラスクエロは不服であった。無事をこの目で確認したかったのだが。
結局、フラスクエロがマリアンネに会えたのは彼が帰国する前日に開かれた舞踏会だった。あらかじめ、リクハルドにマリアンネのパートナーをさせてくれ、と打診していたため、会場近くの個室で会うことができた。
と言うか、フラスクエロやアウリスたちがいるところに、リクハルドが連れてきたのである。リクハルドに「よろしく」との言葉とともにマリアンネを引き渡される。マリアンネが元気そうなことにほっとしつつ、フラスクエロは彼女に微笑みかけた。
「マリィ。今日はよろしく」
「あ、はい」
マリアンネが反射的にうなずくのを苦笑気味に見る。自分でうなずいたのに、マリアンネは頭の上に疑問符を浮かべていた。そんな彼女の今日のドレスは、背中が大胆に開いていた。誰かに着せられたのだろうか。
アウリスとリューディア、リクハルドとミルヴァが先に出ていく。四人を見送り、フラスクエロはマリアンネの手を自分の腕に絡ませ、彼女に微笑んだ。
「じゃあ、私たちも行きましょうか」
当然のように言うと、マリアンネは数度目をしばたたかせた。
「え、と。でも、わたくしがフラス殿下の隣にいるって、不相応ではありませんか……?」
「何を言ってるんですか。マリィはとても素敵ですよ。まあ、今日のドレスは背中が開きすぎだとは思いますが」
思わずそのきれいな背中に手を滑らせると、マリアンネは「くすぐったい」と身をよじった。フラスクエロは微笑んで「これは失礼」と謝る。
「では、私たちも行きましょうか」
フラスクエロはマリアンネに声をかけて、彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩き出した。
しかし、ホールに足を踏み入れた瞬間、多くの視線に萎縮したマリアンネはうつむいてしまった。そんな彼女に囁く。
「うつむくから視線を浴びるんです。堂々としていれば、逆に気になりませんよ」
マリアンネが不安げにフラスクエロを見上げてくる。フラスクエロが軽くうなずくと、マリアンネははっきりと顔を上げた。その視線が一方に向いて離れなくなったので、彼女に尋ねた。
「誰か気になる人がいましたか? あなたの視線を釘付けにするとは、ちょっと妬けるんですが」
「あ、ユハニ様がいただけです。釈放されてよかったなって」
「ああ、彼。……強烈でしたね」
思わずフラスクエロはうなずく。特に、彼が誤認逮捕された時の捨て台詞がすごかった。さらに、きっちり彼に冤罪を押し付けようとした相手に報復をしているのだから恐ろしい。もちろん、目に見えない形、つまり、精神的な報復である。マリアンネも言っていたが、彼は相当な鬼畜だ。マリアンネも「否定はしません」と肩をすくめた。
相変わらず動きがおっとりしているマリアンネと二曲踊ったところで、リューディアに声をかけられた。マリアンネが少し心配だが、カルナ王太子妃の誘いを断れない。
どんなにマリアンネをひいきしたとしても、リューディアの方が圧倒的にダンスがうまかった。こちらが間違えても軽々とついてくる。むしろ、引っ張られているような気がした。
何となく、「私のかわいいマリィを悲しませたら殴り込みに行くぞ」と言われているような気がした。
さらにミルヴァに捕まり、なかなかマリアンネの元に戻れない。彼女はリューディアより直接的で、ステップを間違えたふりをして足を踏んできた。それでも「あら、ごめんなさい」と涼しい顔で言うあたり、さすがリクハルドの未来の嫁である。
今日のマリアンネは誰が見ても魅力的な美少女である。変な男に絡まれてはいないか、と思ってそっと視線を向けたが、彼女はユハニと踊っていた。少しほっとすると同時に、彼に対する対抗心が芽生えてくる。
「踊っている時くらい、相手の顔を見るものですよ」
ミルヴァがニコッと笑って言った。フラスクエロは「これはすみません」とミルヴァの方に顔を向けるが、ミルヴァはにまっと笑って足を止めた。まだ曲の途中なのだが……。
「どうぞ、マリィの所に行ってください。でも、彼女を悲しませたら、私とリューリで突撃をかけますから」
「……それは怖いですね」
フラスクエロはそう言って苦笑し、ミルヴァの言葉に従い、マリアンネのもとに向かった。彼女を連れ出すのに、ユハニとにらみ合ってしまったが、マリアンネはどこかきょとん、としたような表情でフラスクエロとユハニを見比べるだけだった。
薄暗い三日月が照らす庭に出ると、フラスクエロはまず謝罪を口にした。再びキョトンとする彼女に告げる。
「わが国の魔術師が、不届きにもあなたを誘拐したそうで」
マリアンネは思い出したように「あー……」、と微妙な声を出す。最終的に、
「……えっと。あれはフラス殿下のせいではないと思うのです。それに、大丈夫でしたから」
と言った。心優しいと言うより、本気で気にしていなさそうだから何とも言えない。
たぶん、彼女にとってはどうでもよいことなのだ。どこの国の魔術師が、自分を誘拐するのを手伝ったか、などは。
「いいえ。謝らせてください。申し訳ありませんでした」
それでも気が済まないフラスクエロはマリアンネに向かって頭を下げる。しかし、彼女は驚き、「だ、大丈夫ですから、顔を上げてくださいっ」とあわてた様子で言った。だが。
「まだあります」
マリアンネはまだあるのか、と言うような表情になった。
「私は、最近、イグレシアに流入しているカトゥカの流通元を探しにこの国に来ました。その結果、あなたの父上を――」
「あ、それは本気で気にしてないので、大丈夫です」
これは魔術師の件の時よりあっさりと言われた。彼女にとって、父親はその程度だったらしい……。
現在、マリアンネの父エルヴァスティ侯爵オラヴィは、愛人の麻薬売買を止められなかったことで蟄居を命じられ、リクハルドが爵位引継ぎ作業中である。数か月以内に、彼は侯爵となり、第二王女ミルヴァと結婚するそうだ。
「……言ってはなんですが、変な人ですね」
「……よく言われます」
「でも、明るくなりましたね」
「……そうですか?」
優しく微笑むと、マリアンネがかすかに赤くなるのがわかった。変人令嬢と言われたマリアンネだが、フラスクエロはそんな彼女に恋をしたのだ。フラスクエロはマリアンネの手を握り、彼女の前に膝をついた。驚いたマリアンネが無意識なのか逃げようとするが、それを強く手を引いて止める。
「迷惑かもしれませんが、私にあなたに告白するチャンスをください」
「え!? っと、もちろん、構いませんが……」
「感謝します」
フラスクエロが手を差し出すと、闇にまぎれていたアニセトが魔法で咲かせた赤い薔薇の花束をその手に置いた。マリアンネは目が悪いのか、アニセトが見えなかったらしく、突然目の前に現れた花束に目を見開いていた。
「愛しています。マリィ。どうか、これを受け取って、私とともに生きてはくれませんか?」
しばらく、考えるような沈黙を置いた後、彼女は「……答えは、決まっています」とつぶやくように言った。その言葉に、思わずどきりとする。
だから、彼女がふわっと微笑んだ時はとてもほっとした。
「わたくしで、よければ。殿下と一緒にいさせてください」
夢のようなセリフに、フラスクエロは思わず彼女のほっそりした体を抱きしめた。
「ありがとう。とてもうれしい……!」
感情が高ぶっていたフラスクエロは、マリアンネに「苦しい」と言われるまでずっと、彼女を抱きしめ続けていた。
婚約期間が設けられたのが不服だったが、イグレシアに帰るフラスクエロにキスをされた見送りに来てくれたマリアンネが、とてもかわいらしかったので良しとする。
ちなみに、結婚するまでそれを思い出してはにやにやしていたため、アニセトや兄に「気持ち悪い」と言われ続けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリアンネ視点、フラスクエロ視点にお付き合いいただき、ありがとうございます。書いててわかったこととは、「フラスクエロの考えていることはよくわからん」です。
とりあえず、宣言通り終われてよかったです。
《追伸》
私は誤字が本当に多いです。この話を書いているときも、マリアンネは「マリアン」、フラスクエロを「フラスク絵」、リクハルドを「陸春と」と誤変換してました。もしも見つけたら、お手数ですが、お知らせください。
にしても、改めて見ると、ひどいですねー。特にリクハルド。実は、こいつが一番変換ミスが多いです。




