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とある侯爵令嬢の恋事情  作者: 雲居瑞香
フラスクエロ
16/18

【4】

フラスクエロ視点、第4話。








 その夜。晩餐の約束があったので正装に着替えたフラスクエロは、自分が泊まっているゲストルームとは別のゲストルームに向かった。部屋からちょうど出てきた侍女に声をかける。

「少しいいかな? マリアンネ嬢を迎えに来たんだが」

「え、あ、はいっ」

 侍女は飛び上がるようにして返事をすると、部屋の中に戻る。少したってから、ひょこっとマリアンネが顔を出した。


「こんばんは、フラスクエロ殿下」


 マリアンネが落ち着いた声であいさつをする。フラスクエロも微笑み、あいさつを返した。


「こんばんは、マリアンネ嬢。今日は私がエスコート役を務めさせてもらおうと思って来たんですが……」


 フラスクエロはぶしつけだと思いながらも、マリアンネの姿をまじまじと見た。長すぎた前髪が切られ、顔がはっきりと見えている。その顔も化粧をしているせいか、明るく見えた。まとっているのはパールホワイトのイブニングドレスで、肩から胸元にかけてが大胆に開いていた。淡い色のドレスに合わせたのか、髪飾りも淡い色が多い。

 マリアンネは少し恥ずかしそうだが、これは……。フラスクエロは笑みを深めて彼女に言った。



「よく似合っていますね」



 そうほめた瞬間、マリアンネの頬がカッと赤くなった。そわそわする彼女がかわいらしく、少しいじめたくなってしまった。彼女の顔を覗き込む。

「どうかしましたか?」

 マリアンネははっとした様子を見せると、ふるふると首を左右に振った。

「いえ、なんでもないです。あの……ありがとう、ございます」

 はにかむように微笑んだマリアンネに、フラスクエロも笑みを返す。彼はマリアンネに腕を差し出した。

「では行きましょうか、お嬢様」

「あ、はい」

 マリアンネが控えめにフラスクエロの腕につかまる。そのまま晩餐の会場である食堂へ向かった。比較的小規模な晩餐会用の部屋には、すでにリクハルドとミルヴァがいた。彼らが一番乗りだったらしい。

 リクハルドは、妹の姿を見て微笑んだ。

「やあ、フラス、マリィ。マリィ、その格好、よく似合ってるよ」

「私が選んだのよ。当然じゃない」

 何故かミルヴァが胸をそらして誇らしげに言った。このはかなげなドレスは、ミルヴァの趣味らしい。確かに見惚れるくらい、マリアンネにとてもよく似合っている。

 末席についているリクハルドを見て何か思ったのか、マリアンネはリクハルドと席を代わることを主張するが、リクハルドは笑顔で断っていた。


 最後にアウリスと、彼にエスコートされた王太子妃リューディアが入ってきて、晩餐が始まる。王太子妃リューディアは人に話をふるのがうまく、積極的に会話に参加しないマリアンネにもうまく話題をふっている。

 フラスクエロが国から持参してきた菓子の話題が出た。おいしかった、との評をいただいたフラスクエロは、同じ席にいたらしいマリアンネにも笑顔を向けると、彼女はポッと顔を赤らめて下を向いた。あー、かわいい。

 晩餐会と言うことで、出された飲み物はワインだった。舐めるようにそれを飲んだマリアンネはワインが苦手らしく、果実水の入った瓶に手を伸ばした。それを見たフラスクエロもその瓶に手を伸ばした。

「ああ。私がやりますよ」

「あっ。……ありがとうございます」

 目の前で果実水をかっさらわれたマリアンネは目を見開いたが、グラスに果実水が注がれると素直に礼を言った。女性たちがその様子をにまにまと見守る中、フラスクエロはリクハルドの鋭い視線を感じだ。彼は重度のシスコンなのである。いや、マリアンネをかわいがりたくなる気持ちはわかるが、彼のシスコンは少々行き過ぎのような気がする。













 晩餐会の終了後、フラスクエロはマリアンネを散歩に誘った。ほとんどアルコール類を飲まなかったマリアンネは少しためらった後、フラスクエロの手を取ってくれた。それだけで笑みがこぼれる。

 夜の庭を歩きながら、他愛ない話をする。と言うか、手を取ってくれたことがうれしくてツッコミをいれなかったが、未婚の令嬢が夜に男と2人きりになるのはいかがなものだろうか。


「ええっと。よろしければマリィと呼んでください。マリアンネ、って呼びにくいとよく言われるので……」


 菓子の話をしていたはずが、何故かマリアンネからそんな提案がなされた。リクハルドによると、人見知りであるらしいマリアンネがこんな提案をしてくれると言うことは、フラスクエロに親しみを感じてくれてきているという証拠である気がした。

 フラスクエロは微笑み、彼女の言葉に甘えて、彼女を『マリィ』と呼ぶことにした。マリアンネと言う名は決して珍しい名前ではないが、確かに、少々発音しづらい。それは、フラスクエロにも言えることであった。


「私のこともフラスでいいですよ。私の名前も呼びにくいですから」


 フラスクエロは少々珍しい名前であり、発音もしづらい。マリアンネもそう思っていたのか、あまりためらわずにうなずいた。

「フラス殿下、ですね」

「殿下か……まあいいか」

「?」

「……何でもありませんよ」

 殿下、をつけられたことに消沈しているフラスクエロの心境がわからないらしく、首を傾けたマリアンネに微笑みかける。

「そういえば、昼過ぎにあなたと別れた後に、あなたの父上にお会いしました」

 フラスクエロがそう言うと、マリアンネから「やる気のない人じゃありませんでした?」と父親を評するには少々厳しい言葉が返ってきた。その通りなのだが、肯定することもできずにフラスクエロは微笑んだ。

 マリアンネの父エルヴァスティ侯爵が、結婚は彼女の意志に任せる、と言っていたことを伝えると、マリアンネは少し悩む様子を見せた。


「……フラス殿下はいつまでご滞在くださるのですか?」

「そうですね。一応、予定ではあと5日ほど滞在する予定です」

「……そうなのですか」


 カトゥカの問題が解決しなさそうであれば、もう少しいることになるだろうが、この国の王太子アウリスも、彼女の兄リクハルドも優秀である。少なくとも5日以内には片付くだろう、とフラスクエロは睨んでいた。

「では、それまでには必ず返答させていただきます」

 どうやら、マリアンネは自分の口から返答をくれるらしい。フラスクエロは笑みを深くする。

「ありがとう。ちょっと期待して待っていることにしますね」

 そう言ってマリアンネの手を取ると、尋ねた。


「マリィは芸術鑑賞が趣味と言っていましたが、花も好きですか?」


 手を握られて動揺したのか、少々挙動不審になりながらもマリアンネは答えてくれた。

「え……っと。そうですね。きれいなものは好きです」

「それはよかった。リクに聞いても『宝飾品にはあまり興味がない』、『誕生日に本をあげた時が一番喜ばれた』と言われたので」

 なんでも、特に数学系の本が好きらしい。リクハルドに「数学は世界で一番美しい学問」と言ったこともあるらしく、彼女のことを愛していると言っていいフラスクエロにも、ちょっと彼女の思考は理解しがたい。


 そのため、自分が理解できるレベルに話を持って行く必要があった。


「は、はぁ……すみません」

「謝るようなことではありませんよ。何を贈ろうか、悩みがいがあります」

「そ、そうですか」

 花は一般的な女性も好きなので、マリアンネの趣味が一般と隔絶しているわけではない。彼女にあげたいものはたくさんあるが、どうせなら、彼女が本当に喜んでもらえるものをあげたい。

 しかし、花が好きか聞いたのには裏があった。フラスクエロは、ちゃんとした告白を彼女にするつもりだった。その時に、薔薇の花束を贈ろうと考えていたのである。ここできらい、と言われたら、考え直さなければならなかったので、とてもほっとした。


「冷えてきましたね。そろそろ戻りましょうか」

「あ、はい」


 素直に手を引かれ、マリアンネがついてくる。エントランスに入ると、マリアンネにはミルヴァと言うお迎えが来ていた。王女の割には行動力に富む彼女にマリアンネを預け、フラスクエロが使っているゲストルームへ向かうと、その部屋の前にリクハルドが仁王立ちしていた。


「お帰り、フラス」


 ニコッと悪魔の微笑みを浮かべてリクハルドが言った。見た目爽やかな紙腹黒のこの男は、本当にシスコンなのだ。

「僕のマリィに変なことしてないだろうね?」

「そんなことしたら、私が信用を失う」

 マリアンネは警戒心が強い。ここで下手なことをすれば、彼女の信用を失いかねない。それはごめんだった。リクハルドは「それもそうか」と納得した様子。


「見た感じ、あの子もお前に気があるっぽいんだよねぇぇぇえ……」

「やはり、そう思うか?」


 フラスクエロは唇の端を吊り上げて笑った。自分の勘違いだと痛いだけだから言わなかったのだが、リクハルドにもマリアンネがフラスクエロを好いているように見えたらしい。ちなみに、アウリスには聞くだけ無駄だ。

「フラスにはいろいろ言いたいことがあるけど、あんまり言うと、マリィが怒る気がするからやめておくよ……」

「マリィも怒るのか。ちょっと見てみたいな」

 先ほど約束したので、上機嫌でマリアンネを愛称で呼ぶと、リクハルドはぎっとフラスクエロを睨み、彼の襟首を締め上げた。


「いつの間に愛称で呼ぶ仲になったのかな……?」

「さっき、マリィの方から『呼びにくいだろうから』と愛称で呼ぶことを許可された」

「ぐっ。あの子が言ったのなら止められないじゃないか!」


 あ、マリアンネの意志でなければ止められるところだったのか。

「それで、お前、本当に私に説教するためだけにここにいたのか?」

「あ、そうだ。業務連絡」

 リクハルドがぽん、と手をたたいて言った。さすがに、説教の為だけにフラスクエロに会いに来るほど酔狂ではなかったらしい。


「明日の朝、朝食後にアウリスの執務室に集合。遅れるな、だってさ」

「わかった。朝食後にアウリスの執務室だな」

「うん。よろしく。お休み」

「ああ。お休み」


 妹が関わらなければ、有能な臣下なのにな、とフラスクエロはリクハルドを見て思った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


確かに、リクハルドは妹がかかわらなければただの有能な臣下ですが、フラスクエロはマリアンネがかかわらなければただの美形王子様です。


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