【1】
お待たせしました! フラスクエロ視点です!
今回はフラスクエロがマリアンネに声をかけるにいたるまで。
イグレシア王国の第2王子フラスクエロが彼女に出会ったのは、もう、10年も前の話しだった。当時フラスクエロは15歳だったが、彼女は7歳だった。
同い年である隣国カルナ王国の王太子アウリスを訪ねて彼の宮殿に来たときだった。アウリスの学友であるエルヴァスティ侯爵家のリクハルドが小さな妹を連れてきた。それが、彼女だった。
「妹のマリアンネです。マリアンネ、あいさつ」
「は、初めまして。マリアンネと申します」
精一杯淑女の礼をする7つの女の子に、フラスクエロも、冷徹と言われるアウリスですら頬を緩めた。その時は、それだけだった。
フラスクエロがマリアンネに会った次の年、彼女とリクハルドの実母が病で亡くなっていた。イグレシアに留学していたリクハルドは急きょ帰国し、そのままイグレシアに戻ってくることはなかった。
再びリクハルドの妹、マリアンネに会ったのは3年前の事だ。アウリスが長年追いかけてきた女性と結婚することになった。彼の結婚式に友人として参列するために、フラスクエロはカルナ王国を訪れた。
その時、たまたま開催していた王家主催の美術展に行った。特に何の思惑もなく、暇なので見に行こう、と思った程度だった。そこで、フラスクエロは衝撃の出会いを果たすことになる。
絵画だけでなく、茶器やオブジェなども展示された美術展だったと記憶している。そこで、フラスクエロは一枚の絵を見た。
女性をモデルにしたと思われる、抽象画。抽象画であるのに、女性が聖女であることがはっきりと伝わる。何よりも、この絵に込められた愛情。それに、フラスクエロは胸を打たれた。
絵画のタイトルは単純で『母』。これは、作者の母親をモデルにしたということだろう。
フラスクエロは、近くにいた学芸員にその絵画の作者を尋ねた。しかし、結局カルナ王国の王立魔法研究所から提出されたものであることしかわからなかった。
こういう時は知り合いを使うものだ。まず、カルナの王太子アウリスに尋ねたが、知らないと言われた。次に、リクハルドに尋ねた。すると、彼はあっさりと言った。
「ああ、それ、たぶん妹のマリアンネが描いた絵だよ」
「……妹?」
「そう。妹。前に会ってるよね」
確かに、会っている。しかし、7年前以降会っていないマリアンネは、フラスクエロの中ではまだ、小さな7歳の女の子だった。まあ、7年たっているからもう14歳くらいだろうが。
「そのマリアンネ嬢には会えるか?」
おそらく、兄同伴なら大丈夫だろうと思って尋ねたのだが、リクハルドは「うーん」と困ったような笑みを浮かべた。
「どうだろうね。あの子は嫌がるかも……人見知り……ってか、対人恐怖症気味なんだよね」
「……対人恐怖症? 何かあったのか?」
「人間不信ともいうけど……6年前に母が亡くなっただろ」
「……ああ」
いきなり重い話を持ってこられ、フラスクエロは顔を引きつらせる。葬儀には参列できなかったが、電報を打った記憶はある。
「そしたら、父の愛人とその娘が屋敷に乗り込んできてさ。僕は当時、まだ学生だったし、父は事なかれ主義だしそのまま居ついちゃって」
「……」
「日中僕はいなかったから、その間にいじめられたみたいで」
「その愛人を追い出すか、マリアンネ嬢を連れ出すかした方がいいんじゃないか?」
「うん。だからマリィは王立研究所に預けてる。あの子、魔術師の才能があったし頭もよかったからね」
「そう言えば、学芸員があの絵は王立研究所から提出されたって言ってたな」
「たぶん、所長が出したんだろうね」
リクハルドがにこやかに笑って言った。無理やり対人恐怖症の少女に会うのは気が引けたが、それでも、興味の方が勝った。あの絵を描いたリクハルドの妹はどんな少女なのだろう?
シスコンの兄の許可をもらうのが大変だったが、しゃべれなくてもいいなら、と言う条件で会わせてもらった。果たしてその対人恐怖症の少女は、
「……」
うつむいたままリクハルドの隣に立っていた。顔が見えない。そして、本当に何もしゃべらなかった。リクハルドに「だから言っただろ」と言わんばかりの表情でフラスクエロを見ていた。
一応、話しかけてみたのだが、彼女はびくっと震え、リクハルドの後ろに隠れた。ショックだった。ただ、彼女が描いたという絵をほめたかっただけだったのだが……。
「や、悪いね。あれでもだいぶましになったんだけど」
「……あれでか」
マリアンネが退出した後、リクハルドはそう言ってフラスクエロに謝った。だが、リクハルドの口調は謝っているようには聞こえない。
「王立研究所に入るまではまじめに引きこもりだったからね。人前に出てくれるだけましだよ」
まじめに引きこもりってなんだ。とにかく、引きこもっていたらしい。そう思えば、フラスクエロに会ってくれただけで進歩……なのかもしれない。
イグレシアに帰国後、ちょっとマリアンネの情報を集めてみた。しかし、社交界デビュー前だからか、ほとんど情報は集まらない。
ただ、王立魔法研究所に所属しているということは、魔術師なのだろう。だが、絵を描いているということが画家でもあるのだろうか。研究職と画家は対極にあるような気もするのだが……。
フラスクエロより8つ年下の彼女は14歳。あと2年もすれば社交界デビューだ。その頃にカルナ王国へ行けば夜会などで彼女に会えるかもしれない。
初めはただの興味だったはずなのに、かたくなに姿を見せないため、その興味は執着と言っていいほどになっていた。
そして、3年後。このところイグレシアでは麻薬カトゥカが王都に広まっており、困っていた。その流通ルートとしてカルナ王国を通っていることがわかっている。カルナ王国に問い合わせると、調査中、とのことだった。
間がいいことに、社交界シーズンに入るところだった。カルナ王国内部からカトゥカの流通を調査するために、第2王子であるフラスクエロが派遣されることになった。
「で、お前が来たと?」
「そう言うことだな」
カルナ王国に到着後、アウリスに冷たい視線で睨まれてもフラスクエロは微笑んでいた。アウリスは王太子妃である妻が娘を生んで機嫌がいい、と聞いていたのだが。
「まあまあ。落ち着きなよ、アウリス。こっちも手詰まりでイグレシアに迷惑かけてるのは確かだし」
リクハルドがアウリスをなだめるように言った。彼は相変わらず腹の中が真っ黒らしいが、仕事はできる。
表向きはアウリスの初めての子が生まれた祝いに来ているので、夜会などにはいくつか参加しなければならない。参加した夜会会場で、3年ぶりにマリアンネの姿を見た。彼女はすらっとした少し目つきの悪い男性と一緒だった。聞けば、その目つきの悪い男が王立研究所の所長ユハニだと言うことだった。
「対人恐怖症は治ったのか?」
リクハルドに尋ねると、彼はうーん、と首をかしげた。
「治ったっていうか、無視する方向に決めたというか。基本的に彼女は、夜会に参加しても座って本を読んでいるだけだから」
「……それ、悪目立ちしないか?」
「目立ってる目立ってる。賭けで負け等やつらが罰ゲームでマリィに声をかけるくらいには目立ってる」
それはただの変人扱いだ。シスコンのリクハルドが何故放ってあるのか気になったが、しっかり報復していたので何となく安心した。いや、安心することではないのだが。
その日、彼女は相手の男と一緒に早々にいなくなってしまった。リクハルドによると、相手の男もあまりこういった社交の場は得意ではないらしい。だから、研究所にでも戻って研究でもしているのだろうと言うことだった。
「……リク。マリアンネ嬢はまた夜会に出てくるか?」
「……一応、結婚相手を探さなきゃいけないから、出てくるとは思うけど」
「その結婚相手候補に名乗りを上げたいんだが」
「……えっと。僕の義弟になると」
「そう言われると、すさまじくノーと言いたくなるな」
軽口をたたきつつも、フラスクエロはリクハルドに、マリアンネに求婚したい旨を伝えた。リクハルドは眉をひそめつつもうなずいた。
「まあ、マリィがいいと言えばいいんじゃないかな。うちは侯爵家だから、君と釣り合わないわけではないし……あの子も、この国を出たほうがいいかもしれない」
もしかして、自分の父の愛人たちにいじめられていることを言っているのだろうか。できるだけリクハルドが一緒にいるようにしているようだが、ずっとそうしているわけにはいかない。リクハルドは宮廷に官職を持っているのだ。
彼女らの眼の届かない、外国に行ってしまった方がいいのかもしれない。リクハルドは、そう考えたようだ。
思いがけず彼女の兄から許可の出たフラスクエロは次の夜会で、早速マリアンネを探した。他のご令嬢から声をかけられ、時々踊ったりしている間に、彼はマリアンネの姿を見つけていた。
彼女を見つけるのはそんなに難しいことではなかった。座って本を読んでいる姿はどうしても浮くし、彼女の周囲には人がいないからだ。避けられているらしい。
フラスクエロはマリアンネに近づいた。人が近づいても本に目を落としている彼女は徹底しているなぁ、と少し感心した。
フラスクエロは手を差し出しながら、言った。
「お嬢様、一曲お相手願えませんか?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリアンネは、以前にフラスクエロと二回会ってるんですね。でも、どちらも覚えていないと……。最初は幼すぎて、その次は対人恐怖症で。
裏情報ですが、マリアンネが夜会に行くときは、兄リクハルドかユハニ同伴であることが多いです。二人とも、魔除けです。特にユハニはどこの魔王か、っていう表情で立ってそうです。




