変化とときめきと
本日、コミックス1巻が紙・電子ともに発売です!
「リゼット様、失礼します。リゼット様が探されていた本を見つけたので、お持ちしました」
「えっ? わざわざありがとう、ラルフ」
ラルフから差し出された本を受け取った私は、同時に違和感を感じて顔を上げた。
「ねえ、そろそろその呼び方と敬語やめない?」
「どうしてですか?」
「ラルフの態度と合わせると、まるで主人と従者のようで落ち着かないわ」
そもそも身分だって立場だって、何もかも彼の方が上なのだ。それなのに私は呼び捨てで敬語も使わず、彼が常にへりくだっている状況はやはりおかしい。
恩義を感じてくれているから、というのは分かる。けれど、今はもう恋人のような立場なのだし、そろそろ変えてもいい時期だろう。
「周りから見ても、絶対におかしいもの」
「僕はリゼット様の従者だろうと犬だろうと、他人からどう思われても気にしません」
「そこは気にして」
ラルフはこの国の勇者であり、次期侯爵という立場なのだ。本来なら私にとっては雲の上の人だった。
とは言え、ラルフはラルフで今の状態に慣れているだろうし、急に変えても落ち着かないはず。そう思った私は「少し練習してみましょうか」と声を掛けた。
ラルフは「はい!」と大人しく私の隣に座り、にこにこと眩しい笑みを浮かべている。
「まずは何をすれば良いですか?」
「そうね、私のことはリゼットと呼んでみて。あ、もちろんリゼとかでもいいわ」
「……本当にいいんですか?」
「ええ」
するとラルフはこほんとひとつ咳払いをした後、真剣な表情をすると、私をまっすぐに見据えた。
「リゼ」
「……っ」
その瞬間、想像していた以上の破壊力に、眩暈すらした。ラルフは驚くほど声がいいのだ。低くて甘い声でそう呼ばれた瞬間、大きく心臓が跳ねてしまった。
聖域を出てからは、おばあちゃんやロイも含め、誰からも「リゼ」「リゼット」と呼ばれていたというのに。
ラルフに呼ばれるだけでこんなにも特別になり、ときめいてしまうなんてと、内心驚いてしまう。
「……リゼ? どうかしましたか?」
「ご、ごめんなさい、ちょっと……想像以上にドキドキしてしまって」
「僕にドキドキしてくださっているんですか?」
「それはもう」
素直にそう答えると、ラルフはぱあっと表情を明るくする。その背後には、ぽんぽんと咲き乱れる花々が見えそうなくらいに。
「嬉しいです! たくさん呼びますね、リゼ」
「うっ……ありがとう」
そもそも、ラルフ・レッドフォードという人は誰よりも顔がいいのだ。近距離で優しく名前を呼ばれて、ときめかない女性など存在しないと思う。
このままでは私の心臓が持たないと思いつつ、自分で言い出したことを思うと、やめようとは言いづらい。
「次はどうしたらいいですか?」
「そ、そうね。敬語をやめてみるとか」
「分かった。……リゼは今日も可愛いな。好きだよ」
お願いだから待ってほしい。本気で顔から火が出そうになる。どうして普通の会話をしてくれないのだろう。
思わず後ずさった私と距離を縮めるように、ラルフはさらに近づいてくる。
「どうして逃げるんだ? 僕のこと、好きじゃない?」
「ま、待って……!」
「待たない」
口調だけではなく、性格まで変わっている気がする。いつもは私の言うことをパッと聞くのに、今や私の腕を掴み、半ば押し倒されかけているのだから。
「ご、ごめんなさい。私が悪かったわ。やっぱりしばらくは今まで通りにしてほしいの。お願い」
「……分かりました」
大人しく観念した私が「お願い」と必死に訴えかけると、ラルフはしょんぼりとした顔で頷いてくれた。
「すみません。照れてくださっているリゼット様があまりにも可愛くて、歯止めが効かず……」
「私が言い出したんだもの、ごめんなさい。確かに急に私が『ラルフ様、どうかおやめください』なんて感じに口調が変わったら、ラルフだって落ち着かないものね」
「…………!」
するとラルフの頬がぽっと染まり、彼は耐えきれないといった様子で口元を片手で覆う。
「すごくゾクゾクしました。もっとお願いします」
「ええ……」
「それに僕はどんなリゼット様でも好きなので、どんな汚い言葉を吐かれても、いくら罵られても喜べます」
「本当にやめて」
何でも普段通りが一番だと思い知った私は、二度と余計なことはしないでおこうと固く誓ったのだった。




